エキシビジョンSSその1

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エキシビジョンSSその1


真っ白なシーツのパイプベッド。クリーム色の天井。
腕に繋がれた点滴とバイタルサイン監視装置。
心拍に同期した電子音が規則的に鳴っている。
雪山で敗れた後に見たものと、まったく同じ光景。
『音玉』以降の記憶がない聖槍院九鈴(せいそういん くりん)は、集中治療室で自身の勝利を知った。

「うっふふー。ゆっくり休んで良くなってくださいね」
九鈴の治療を担当した、天狂院癒死(てんきょういん いやし)が優しく声を掛けた。
……彼女もまた、チューブに繋がれてベッドに横たわっている。
むしろ九鈴よりも重篤な雰囲気だ。

大会医療スタッフである、癒死の治療能力《開腹術》は凄惨な技だ。
彼女の体内には治癒の力が宿っているが、その力を発揮する方法がとてもグロい。
自身の腹部を切り開き、取り出した臓物を負傷者に押し当てて治療するのだ。
開腹した激痛で癒死本人も絶叫しまくるし、それはもう地獄のような光景である。
だが、死者すら回復させるその治癒力はすごいし、とても優しい慈愛の人なのだ。
でもやっぱり治療方法が恐いので、あまり周囲に好かれてはいない。かわいそう。

決勝戦を目前にして大会の枠組みが崩壊した際に、ワン・ターレンは姿を消した。
転校生である彼は、活動に制約があったのだろうと思われる。
彼のいない今、瀕死の九鈴と遠藤終赤(えんどう しゅうか)を回復させられるのは癒死だけであった。
結果として、彼女自身も重傷となり三人仲良く集中治療室で枕を並べることになった。
終赤の意識はまだ失われたままだが、いずれ回復することだろう。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「やあ九鈴さん。ひっさしぶりー! 具合はどうかな?」
馴れ馴れしい態度で病室を訪れたのは、赤羽(あかばね)ハルだった。
お互い試合の映像は見ていたが、直接顔を合わせるのは雪山以来だ。

「まあまあですね。優勝、おめでとうございます」
意外な見舞客に驚きながらも、九鈴は穏やかな笑顔でハルの優勝を称えた。
推理光線で一度は斬り離された右手を、握って、開く。
本来の調子が戻るまでには、まだしばらく時間が必要だろう。

「ハハハッ、なんか憑き物が取れたって感じだな。あんたも裏の優勝、おめでとな」
そう言うハルも、何か重荷から解放されたかのような様子だった。
何から解放されたのか、それはハル本人も理解してはいない。
既にハルの意識から、白詰智広(しろつめ ちひろ)という女性の存在は消えているのだ
「で、九鈴さん。逮捕されるってのは本当か? 掃除は……もういいのかよ?」

「ほんとうですよ。世界の掃除は、七葉グループがやってくれます」
裏トーナメント優勝の副賞として、九鈴が望んだ物は、関東を覆う瓦礫の撤去だ。
自分自身ができる掃除より、グループの為す掃除の方がより大きいと九鈴は判断した。
だから、遠藤終赤との戦いに備えて敢えて自首したのだった。

「ぜんぶ自分で掃除しようとするのをやめたのは良いことだな……」
ハルは少し躊躇いがちに、来訪した理由について切り出した。
「だが、七葉の奴らは賞金と副賞を踏み倒す気だぜ?」

「じょうだんでしょう? そんな不実な真似が許されるわけがありません」

「ところが冗談じゃないんだな。なぁ……天狂院癒死さん?」

「え、私? なんで私? 知りませんよそんなこと」
急に話を振られて、隣のベッドで半分寝ながら聞き耳を立てていた癒死が慌てる。
オロオロする様子が可愛らしい。治癒術がグロいのが本当に残念だ。

「七葉は既に大会から手を引きかけている。ここでの治療は癒死さんの自腹なんだろ?」
この場合の『自腹』とは、能力《開腹術》のことではなく、普通の意味の自腹である。

「はい……そうです……。一度引き受けた仕事だし、怪我人をほっとけないし……」
癒死は決まり悪そうに壁の方を向いて、小声で答えた。

「そんなわけで困ってるんだ。賞金もらえないと俺、死んじまうんだぜ」

「わたしもこまる……。そうじしてくれなきゃ……。そうじを。そうじをそうじを……」
九鈴の目つきがおかしくなり、ブツブツ独り言を始めた。
なんか聖書めいた謎のチャントも混じり出す。危険な状態だ!

「だからさ、よかったら来週、一緒に神社へ行かないか?」
デートに誘うような口調で、ハルは九鈴に提案した。死のデート・・・・

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

参加選手契約書 第八十二条
(せんしゅ)が本契約または(しゅさいしゃ)の運営に疑義のある場合、
甲の開催する大会運営会議の場にて乙は疑義申し立てをすることができる。

よくよく調べてみると、これがふざけた条項だった。
大会運営会議には、七葉グループの七財閥頭首が一堂に会する。
その会議は、グループと縁の深い夏菅大社(かすがたいしゃ)の祭殿で開かれる。
夏菅大社は雷公・菅原道真を祭神とし、近畿辺境の小さな山、三傘山(みかさやま)の山頂にある。
また、三傘山を囲むように、七つの下宮が配置されている。

夏菅大社は厳重な結界に守られていて、関係者以外は立ち入ることができない。
結界を解除するためには、下宮の本尊である七つの宝珠が必要になる。
会議開催中その宝珠は、七葉の各財閥が擁する最強の魔人が守護しているのだ。
会議の場に参加するためには、七つの宮を巡って七人の魔人を倒す必要がある。
つまり、疑義申し立ては事実上不可能。
――ハルと九鈴は、それをやろうとしている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

一ノ宮に辿り着いたハルと九鈴を、奇怪な男が出迎えた。
背中に大きな穴のあいた経帷子(きょうかたびら)を纏い、身長2mを越える痩身の巨人。
顔面と両手両足には、有害毒電磁波から身を護るためのアルミホイルを巻き付けている。
「我が名は……“破壊光線”の灯台寺鹿苑(とうだいじ ろくおん)……」
ワシャワシャとホイル同士が擦れ合う音と共に、第一の守護者が自己紹介した。
「滅びの定めに抗う愚か者よ……裁きの光を受けるがよい……」

能力名《レーザーストーム・クライシス》!
ハルと九鈴の全身に照準マーカーが多数出現!
灯台寺の背中から光が放たれる!
放たれた光は美しい曲線を描きマーカーに向かってゆく!

ハルは横に飛んで避ける!
九鈴は壁を蹴って上空に避ける!
だがレーザー光線はマーカーを自動追尾し――全弾命中!
ハルと九鈴は体勢を崩して胴体着陸!

「ハッ! イカレたカルト野郎が!」
日本銀行拳! ハルの指が弾いた硬貨たちが灯台寺を狙って飛ぶ!
「そうじをします……」
九鈴はダウン姿勢からの地を這うようなダッシュで間合いを詰める!
再び大量の照準マーカーが出現!
硬貨の弾丸とハルの身体と、トングを持つ手と九鈴の身体にレーザーが命中!
吹き飛ばされる硬貨! 手の痛みでトングを危うく取り落としかける!
ハルと九鈴にに大ダメージ! 灯台寺は依然として無傷!
「一対二だろうと関係ない……我は神の光と共にあるのだ……」

「なぁ九鈴さん。今月、金欠でさぁ……良さげなトングを一本貰えないかな?」
「しかたないなぁ。金欠はいつものことなのでしょう?」
ハルの意図を察した九鈴は、懐から小振りなトングを取り出してハルに向けてトスする。
だが、空中のトングを照準マーカーが捉えレーザーが飛ぶ!

「遅ぇんだよ!」
レーザー着弾より一瞬早く、ハルの掌がトングを弾きながら《ミダス最後配当》で換金!
聖槍院家準家宝、小トング『オサキ』60万円!
60万枚の一円玉弾丸が灯台寺を襲う!
激しいレーザー連射で応戦するが到底防ぎ切れる数ではない!

大量の一円玉を全身に食らって吹き飛ぶ灯台寺を、急接近した九鈴のトングが捉える!
投げ飛ばし床に叩きつけ、うつ伏せに《タフグリップ》でトング固定!

「流石の神サマも、1対60万じゃ勝てなかったみたいだな?」
ハルが灯台寺の後頭部を踏みつけ、その顔面を床に押し付けながら嘲る。
対象を視認しなければ《レーザーストーム・クライシス》は発動できないのだ。

「どちらがおすき? 大人しく宝珠を渡して気絶させられたい?」
九鈴がトングを鳴らしながら質問する。
「それとも、殺されてから宝珠を奪われたい?」

一ノ宮 “破壊光線”の灯台寺鹿苑:トング裸絞めにより意識不明

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

二ノ宮の守護者、“剣闘士(グラディエーター)”の守羅紗(すらさ)リオ。
朱色の巨大剣を持ち、黒いゴチック様式のドレスに身を包んだ女性である。
ドレスの各所にあしらわれた赤いアクセントが禍々しい。
だが、それ以上に禍々しいのが左手に持った古く赤い本――殺戮文書『ラティス卿』。

「一人で来るとはよー、アタシを舐めてんの?」
リオは整った顔を歪ませ、ガラ悪く凄んだ。

「いやいや、『古本屋』を甘く見たことなんか一度もないし、二度と戦いたくもない」
ハルは正直な心の内を吐露した。本当に、古本屋とはもう関わりたくない。
「生憎時間がなくてね。九鈴さんと仲良く宮巡りしてる暇はなかったんだ」
懐から紙幣を取り出し、両手に構える。日本銀行拳によって紙幣に鋼の如き鋭さが宿る。

「どーでもいーけどな。殺すし」
リオは赤い魔導書のページを繰り、スペルを編集する。
ラティス卿の編集コンセプトは『携帯する珪素生命体』。
フィーン。フィーン。フィーン。フィーン。
奇妙な甲高い音が響き、赤く輝く怪物が四体出現した。
そいつらの手には、リオと同じ朱色の巨大剣が握られていた。

赤い光の怪物が一斉に襲いかかる! 振り下ろされる四本の巨大剣!
ハルは身をかわしながら巨大剣の側面に手を当て換金を試みるが換金不能!
怪物どもの巨大剣は通常物質にあらず!
紙幣による斬撃で怪物の一体を狙う! 手応えなく斬撃がすり抜ける!
怪物どもは実体にあらず!

「ハハハハッ、無敵の召喚キャラとはまいったな!」
怪物どもの足元の床を《ミダス最後配当》で換金!
崩れた床に怪物どもが落ち……落ちない!
存在しない床に足をふんばる怪物たちによって、巨大剣が振り回される!
紙幣の刃で抗戦するが、巨大剣四本と紙幣二枚では手数と斬撃の重さが違う!
避け損ねた巨大剣が、ハルを打ちのめす!
骨の砕ける感覚! これは刃物よりも鈍器に近い!

「クッ……だから古本屋どもとは関わりたくないんだよ!」
よろめきながらリオ本体へ硬貨の指弾を飛ばす!
実体のない赤い怪物を突きぬけて三枚の硬貨が飛ぶ!
リオは巨大剣の幅広い刃で、つまらなそうに硬貨を受け止めた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

襲い来る無数の刃を、トングで弾く! 弾く! 弾く弾く!
二ノ宮を守護する“放置プレイ”の(チャン)・カルロスは結跏趺坐したまま動かない。
自動追尾の刃が、カルロスの周囲に次々と生成されて九鈴を襲う!

刃の雨を踊るように掻い潜り接近! 二本のトングを同時に突き出す!
宙に浮かんだ刃が密集して刃の壁を形成! トングの突きを跳ね返す!
刃の壁は迅速に解散してすぐさま自動追尾攻撃!

九鈴は後方宙返りで離れながら袖口から取り出した小型トングを投擲!
再び刃の壁が生成されて投擲トングをガード!
九鈴の着地点目掛けて刃が殺到する! トングで刃を弾く弾く弾く!

「そろそろ諦めて、大人しく四肢切断(カランバ)させて欲しいねぇ」
カルロスは褐色の肌の青年だ。
彫りの深い顔の黒い瞳に、下劣な喜びへの期待がありありと浮かんでいる。
彼は女性を解体するのが大好きなのだ。
カルロスは降り注ぐ刃を弾き続ける九鈴の舞をうっとりと眺めていた。
美しい。なんて優雅なダンスだろう。
そして数分後には、その姿はバラバラの肉塊に変わるのだ。
世界はなんと無慈悲で残酷なのだろうか。

カルロスは結跏趺坐したまま動かない。
悲鳴を上げながら引き裂かれる九鈴の姿を、ただ想像している。
戦闘は、彼の生み出す刃たちが自動的に終わらせてくれる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

地に倒れるハルに、四本の巨大剣が振り下ろされる。
ついに命運尽きたかと思われたその時!
ハルと赤い怪物たちの間に、突然、影の壁が出現し巨大剣を防いだ。
「赤羽の旦那ァ、ずいぶん苦戦してるじゃないか。イイ気味だぜ」
『馬鹿者。仮にも君は私の従者なのだぞ。下品な口は慎みたまえ』
古本屋・相川(あいかわ)ユキオ! その手には殺戮文書『ノートン卿』!

空飛ぶ刃が九鈴の右側に集中する!
右手は癒合したばかりで動きが鈍く、防御をすり抜けた刃が九鈴に突き刺さる!
態勢を崩した九鈴に刃が殺到する!
その時! 黒いスーツの男が、素早いナイフ捌きで刃を叩き落とした!
「あんたにここで死なれちゃ困るんだよ。俺が死刑求刑できなくなるからな!」
魔人検事・内亜柄陰法(ないあがら かげろう)
能力発動。《ロジカル・エッジ》! 『涙モノのツンデレ発言』から催涙弾を生成!

四ノ宮。“初見殺し”の疾風雷禍(はやて らいか)は、殺気を感じて身をかがめた。
一瞬前まで首のあった位置を、絞殺ワイヤーが通過する!
疾風は振り向きざまに日本刀を抜き居合い斬り! 飛び離れる黒い影!
トリニティの無量小路奏(むりょうこうじ かなで)だ! 奏は空中で射手矢岩名(いてや いわな)に姿を変える!
岩名は銃器生成能力《ニューヨークリローデッド》で巨大な放水銃を生成!
そして、水色の髪の栗花落三傘(つゆり みかさ)に姿を変える!
雨弓(あゆみ)先輩からの頼みなんだ! 僕たちは必ず勝つ!」
「フッ……雑魚が迷い込んできおったか!」
疾風は刀を鞘に戻し、三傘に向かって走る!
三傘、放水開始! 操水能力《レイニーブルー》で強化された超破壊力の奔流!

「セニオ様の奇跡は、時空を超えて私の祖国まで甦らせてくださいました」
「だからネ! セニオっちの戦いに泥を塗る奴は、アメちゃん容赦しないヨーッ!」
五ノ宮には姫将軍ハレル&参謀喋刀(さんぼうちょうとう)アメちゃん+98!
対するは弁髪の老人、“デアデビル”の飛白狼(フェイ・パイラン)
白狼は無言で拳を構える。形意拳・狼の構え!
“先制攻撃 First strike”+“火炎草”
ハレルが遠間から参謀喋刀アメちゃんを振るう! 剣身から火炎弾が放たれる!

丸い超肥満体型に、赤緑縞模様の道化師衣装。
手には無数の風船を持ち、顔にはクラウンメイク。
六ノ宮の守護者は、場違いに陽気な姿をした“いつもニコニコ”の追原覇王(おうはら はおう)
その前に、場違いに幼い少女が現れた。
指揮装甲車(エルシーブイ)も出ないし、TA-35(ロボット)も出てこない。どうやら私はもう『世界の敵』じゃない」
少女は独りごちた。自分が何者であるのか見失い、戸惑っていた。
「だけど、九鈴さんの邪魔をするんだったら――高島平四葉(たかしまだいら よつば)は、おまえの敵だよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

境内から少し離れた路上に、不審なパネルバンが一台、停まっている。
一見、普通の車両だが、スモークガラスに隠れた後部座席から怪しい光が漏れる。
違法ギリギリの改造が施された『四ツ目興信所』の車両だ。
後部座席には、各種通信機器や武装が満載されている。

「よし、見えた……けど、アレってなんですかね。人間の形じゃないですよ?」
運転席の翅津里淀輝(はねつり でんき)が、七ノ宮を見ながら言った。
魔人能力《目ッケ!(アイスパイ!アイ)》の遠隔視で、異形の敵を捕捉したのだ。

「どれどれ……ゲッ、脳味噌が水槽の中に浮かんでやがる。なんなんだコレ……」
淀輝の誘導に従い、対象を目視した雨竜院雨弓(うりゅういん あゆみ)も絶句した。
光の屈折を操作する《睫毛の虹》によって対象の直視経路が開かれている。

「魔人だね! 能力名《R-180(アール・ワンエイティ)》。絶対防御フィールドを前方に生成するよ!」
雨弓から視界を渡された、兎賀笈澄診(とがおい すみ)の可愛らしい目が眼鏡の奥で不気味に光る。
《フォーアイズ アナライズ》による魔人能力の完全把握! コワイ!

「コードネーム“不可侵”のザ・ダムド……わかるのはこれだけです。すみません」
「ん~。あたしも知らない名前ねぇ~。研究所で作られた人造魔人ってトコかなぁ~?」
兎賀笈穢璃(とがおい えり)と偽名探偵こまねの、諜報力と分析力が敵情報を補足する。
ただし、ザ・ダムドに関してだけは有益な情報は得られなかった。

「ま、物理完全防御ってことなら、光と音のファンタジーを楽しんでもらおうぜ」
「えぇ~。戦闘に参加する場合は追加料金だからね~」
「そこは遊園地同盟のよしみでサービスしとけよ。な、リーダー。ハッハッハ」
「こーゆー時だけリーダー扱いしないでよぉ~」
愉快そうに話しながら、屈強な雨弓と華奢な駒音(こまね)が連れ立って七ノ宮へと向かった。

――ふたりの背中を見ながら、穢璃は言い知れぬ不安を感じていた。
裸繰埜(らくりの)……?)
形のない不安に包まれた穢璃の脳裡に、憎むべき敵一族の名前が浮かんだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『やはり逃げ延びておったか! 我が盟友オレイン卿に仇なす腐れゾッキ本め!』
いままで無言だったラティス卿が、ノートン卿への敵意を顕わにした。
『相手に不足なし。征くぞユキオ、勇ましく進軍せよ!』
「嫌です閣下。俺は逃げるためにココに来たんですよ」
ユキオはスペルを編集し、二ノ宮の広大な堂内に影の迷宮を張り巡らせる!
踵を返して影の階段を登り迷宮に逃げ込むユキオ!
「赤羽の相手はアタシがするよ! 相川ユキオをブッ殺しな!」
朱色の巨大剣を振り上げ、リオがハルに襲いかかる!
『うむ。腐れゾッキ本を引き裂き馬舎の敷き藁にしてくれよう!』
赤い怪物どもがユキオを追って影の迷宮へと乗り込んでゆく!

撃ち込まれた催涙弾の煙がカルロスの姿を包み込む。
内亜柄は早口で一気に説明した。
「奴の《フェイテッド・イージネス》は自動で攻撃と防御を行う空飛ぶ刃を生成するクソ能力で特に防御力は高く物理攻撃は一切通用しないレベルだが制約条件としてカルロスの野郎は能力発動中その場を動けねぇから催涙弾で奴をいぶり出し動いた所をコイツで仕留めるって寸法だ」
手元に『速い』投げナイフが次々に生成される。
カルロスが一歩でも動けば内亜柄のナイフが神速で飛び、それで決着だ。

放水銃の大出力に《レイニーブルー》を上乗せする!
その破壊力は特II型駆逐艦・敷波を一撃で中破させるかもしれない程に凄まじい!
さらに飛び散った水も操作し、四方八方から水の槍が疾風を襲う!
疾風は致命的な主砲を巧みに避けつつ、周囲からの包囲槍撃は居合いで相殺する!
「“針の雨”!」
大破壊力攻撃は命中しないのを悟った三傘は、水滴を無数の針弾に変えて範囲攻撃!
しかし疾風は超高速連続居合い! 針弾の大半を切り落としダメージは蚊に刺された程度!
気付いた時には既に居合いの間合い!
三傘はパラソルを開いて疾風の視界を塞ぐ! そしてすぐ閉じる!
……パラソルが閉じた時、そこに三傘の姿はなかった。
水浸しの床に、水色のパラソルがぱたりと落ちた。

白狼は滑るような足捌きで僅かに身体を横に逸らし紙一重で火炎弾を回避!
そして一転、獣の如き荒々しい踏み込みでハレルに迫る!
ハレルは袈裟懸けにアメちゃんを振るう! 白狼は紙一重で回避!
能力《至近の神代(かみしろ)》が発動!
白狼の全身が青白く輝く! 2秒間無敵のサイキック・バリアー!
攻撃を紙一重で避け続けテンションを上げることで無敵時間を得る白狼の特殊能力だ!
ハレルは手甲による防御を試みるが、無敵モードに入った白狼の攻撃はガード不能!
餓狼の牙のような型の両拳がハレルの肩に噛み付く!
平服甲冑の肩当てが砕け飛ぶ!

「ヒョホホホ。ウェルカム・トゥ・ザ・ファンタジィ・ワアァールド!」
ピエロ姿の追原が手に持った風船を割ると、中から出てきたのは七連装ショットガン!
風船を通じて異世界の超兵器を購入する追原の能力《幻想商店街》!
「へー。面白そうな武器だね」
四葉の手には《モア》で強化複製した八連装ショットガン!

赤く光る怪物どもは影の城壁を平然と通過して迫って来やがる。
驚くようなことじゃない。相手はオレイン卿と同格の殺戮文書なんだからな。
スペルを編集して、右手に影の槍を生成。
絶賛壁抜け中の怪物が持つ朱色の大剣を、槍でひと突きする。
大剣が実体化して、影の壁に引っ掛かる。
ざまあみやがれ。これで少し時間が稼げる。
ユキオは大剣を引き抜こうとしている怪物に背を向
『時間稼ぎが狙いとは言え、逃げてばかりは感心せぬ。そもそも主人公たるもの――』
「お言葉ですが閣下。いかに偉大なる英雄たるノートン卿にあらせましても」
背を向けて駆け出す。
「今回に限っては、脇役なんですよ」

疾風は目を閉じ、三傘の気配を探る。
奏の奇襲すら感知し得た、疾風の察気術をもってしても三傘の気配は一切感じ取れない。
察気範囲をさらに広げる――四ノ宮全域を範囲に収めたが、やはりいない。
逃げたか――疾風の気がわずかに緩んだ瞬間!
突然三傘が姿を現し、疾風の脇腹をパラソルの突きが貫いた!
パラソルの付喪神である三傘は、自分自身の一部であるパラソルの中に姿を隠せるのだ!
三傘の奥の手、奇襲技“ミカサノヤマニイデシツキ”!
疾風は居合いで反撃! 三傘はパラソルを引き抜き受ける!
「ふむ……雑魚呼ばわりして失礼した。拙者も奥義にて御相手仕ろう」
疾風は居合いの構え! ただならぬ殺気が溢れる!

【刀語[特](本日の使用回数:13)(使用時間・単位分:7,059)】
「いやいやまいったネ! ヨソウドーリの強敵だヨ!」
「私の剣……完全に見切られてた」
「相手はハレっち以上に百練千摩! おまけに美術館の戦いもしっかり見てるっポイ!」
「紙一重の回避に失敗しても“おいはぎの曲刀”で肉体ダメージはなし……」
「ストップ! いい加減ソレの反省はやめるコト! アメちゃん逆に怒るヨ!」
「ごめん……」
「サクセン立てるヨ! まだ見せてない手札でフイウチ! どう組み立てようカナ!」
「あのね、アメ。私思ったんだけど……」
「ナニ? アメちゃんがカッコいいっテ?」
「あいつの術、『あの魔法』に似てないかな?」
「あ! ソレダ! アメちゃんもソレ言おうとしてたトコ! ホントだヨ!」
……
…………
【刀語[特]了】

細い身体のどこにこれほどの膂力が備わっているのか。
リオは朱色の巨大剣を軽々と振り回し、ハルを叩き切らんと暴れ狂う!
「まいったな! 怪物どもの相手のが楽だったかもな!」
日本銀行拳の紙幣斬撃が走る! 硬貨の指弾が飛び散る!
「アハハハハッ! 楽しいねー!」
リオは独楽のように回転し遠心力連続攻撃!
ハルは靴裏に仕込んだ紙幣を強化して巨大剣を蹴り反動で高く跳躍!
リオの頭上より指弾による硬貨の雨が降り注ぐ!
身体を捻って弾幕を回避しながら巨大剣の回転軸を変化させ垂直回転攻撃!
足裏でガードするが弾き飛ばされ、影の城壁に叩きつけられる!

BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
トリニティ・岩名の二丁マグナム乱れ撃ち!
疾風の居合い抜き! 刃が煌めき銃弾を切り裂く!
既に三傘は瀕死で戦闘不能。岩名も全身切り傷だらけだ。
ズタズタの赤いワンピースが、鮮血で毒々しい斑模様に染まっている!
「微塵となりて滅ぶべし――《塞狭斬》」
疾風の必殺剣! その論理特性は『初見回避不能』!
三傘が斬られた際に、岩名は既にこの技を見ている――しかし!
(ふふふ、だからって二撃目なら必ず避けられるわけでもありませんからね)
岩名は避けない! 全身を九閃の斬撃が同時に切り刻む!
BLAM! 後手カウンターでマグナム接射! 疾風の右腕が吹き飛ぶ!
(奏……後はたのみましたよ……)

「そんなにうまく行くわけないよなぁ?」
催涙ガスの煙が晴れると、悠然と結跏趺坐したままのカルロスの姿が現れた。
周囲の刃が、風車のように組み合わさって回転しカルロス周囲の空気を浄化している!
「そして標的が二倍なら、刃も二倍だぜ! 二人まとめて解体(カランバ)だ!」
更に大量の刃が生成され、九鈴と内亜柄を狙って飛ぶ!
二人は背中合わせになって無数の刃を迎え撃つ。
トングが刃を弾く! ナイフが刃を弾く!

赤い怪物に追われながら、ユキオが影の城壁から飛び出してきた。
「そんじゃ赤羽、そろそろ撤退としようか!」
「オッケー!」
ハルは二ノ宮の壁面を《ミダス最後配当》で換金! ユキオと共に境内へ転がり出る!
壁面の穴が影の城壁で塞がり、中にリオを閉じ込める!
パチパチパチ。焼けた木材のはぜる音。
密かにユキオが放った火が燃え上がり、二ノ宮を覆い尽くさんとしていた。

“跳躍 Jump”
ハレルは床を蹴って宙高く舞い上がり、白狼の頭上に至る。
“飛行 Flying”+“三段攻撃 Triple strike”
空気を蹴って軌道を変え、急降下連続斬撃を仕掛ける。
しかし、それすらも白狼の対応可能な範囲内。
白狼は一瞬で放たれた連続三連斬を、全て紙一重で回避!
テンションが高まり《至近の神代》の発動条件が満たされた!

三連続側転で居合い斬りを回避! 激しい動きだが胸はないので揺れない!
ポニーテールも切断されているため揺れない! 全身からおびただしい出血!
誤解がないよう説明しておくと胸は切断されたわけじゃなくて元々ない!
《塞狭斬》は見切り、相手は右腕を失っている。それでもなお奏は劣勢であった。
居合いは辛うじて避け続けているが、奏のナイフも当たらない。
《サウンドオブサイレンス》の無音奇襲も、疾風の察気術には通用しないのだ。

追原が風船を割る! 禍々しく『16t』とペイントされた巨大鉄球が四葉の頭上に出現!
四葉はゴロゴロと床を転がり即死鉄球を間一髪で避ける!
あと3mmズレてたらぺしゃんこになっていた所だ――雪山に散ったあの地球人のように!
そして四葉はジャンプ!
「《モア》ーッ!」
禍々しく『16.5t』とペイントされた巨大鉄球が追原の頭上に出現!
「ギャアアアーッ!」
直撃したが追原はまだ死なない! とんでもなくタフネス!

二ノ宮が、赤く燃えている。
その壁面を斬り壊し、燃え盛るドレスを身に纏った守羅紗リオがよろよろと現れた。
リオは境内の池に飛び込み、衣服を消火した。その手に魔導書はない。
「アハハハッ! ラティスの奴が燃えちまった! 畜生、自由だ! これでアタシは自由だ!」
池の中に突っ立ち、涙を流しながらリオは大声で笑った。
彼女と『ラティス卿』の関係がいかなるものだったのか、それはわからない。
だが、魔導書を手にして幸せになった奴はいないし、幸せになろうとしている奴もいない。
それだけは確かなことだ。

内亜柄は大声で言った。
「どうやら梃子でも動かねーつもりだな! だったら俺がガードごと叩き潰してやる!」
巨大なハンマーを生成! 雪山で九鈴が持ち上げた氷塊よりもさらに巨大!
「んー? あんたそんなに怪力だったっけ? ハリボテのフェイク! つまり叩き潰す気無し!」
カルロスは内亜柄の台詞が嘘であることを冷静に見破り動かない!
「正解! あんたマヌケ面の割に賢いじゃねえか」
ゴウ!
巨大な光の柱が刃の防御を貫通してカルロスを包み込んだ!
内亜柄の大声による合図を受けた鎌瀬戌(かませ いぬ)の《ヒトヒニヒトカミ》だ!
「叩き潰すのは俺じゃないんだよ! マヌケ野郎め!」

奏はポシェットから文庫本を取り出し、ナイフで背表紙を切断した。
(……ゴメンね)
切り裂いた本に謝罪し、無音領域を展開! 小説の紙吹雪で敵の視界を奪う!
素早い身のこなしで奇襲を狙う奏!
だが疾風は察気術によって奏の動きを全て把握している!
――ざくり。後方から飛来したナイフが、疾風の首を切り裂いた。
背後に仕掛けたナイフを、奏がワイヤーワークによって射出したのだ!
「パラソルの奇襲に反応が一瞬遅れていた。あなたの察気術は非生物の感知が鈍い」
「フッ……紙吹雪は視界封じプラス対察気術チャフ、体術全ては陽動か……見事なり!」
疾風の首から吹き出す血飛沫が、トリニティの勝利を告げた。

“警戒 Vigilance”+“先制攻撃 First strike”+“カラテ Karate Lv.3”
白狼が能力を発動しようとするタイミングを見極め一瞬早く!
場に満ちたテンション、すなわちカラテ・エネルギーをハレルが消費した!
異国より伝わりし特異な魔術体系カラテ!
「イイイヤアアアアアーッ!!」
ハレルは後方宙返りを打ちながら白狼の顎を蹴りあげる!
最高位カラテ呪文サマーソルトキックだ!
+“二段攻撃 Double Strike”+“アメノハバキリ+98”
ハレルは着地後さらに跳ぶ! もう一回転!
顎を砕かれて宙に浮いた白狼を、アメちゃんで垂直に斬り上げる!
白狼の服が“おいはぎの曲刀”の効果ですべて破れ散る!
垂直に吹っ飛ばされた白狼本体が天井に突き刺さる!

時空が歪み極太の波動レーザー砲が放出される! 追原の超次元収縮亜空間砲!
四葉も極太レーザー砲を発射! レーザー同士が二人の中央で激しくぶつかり合う!
渦巻く巨大なレーザー干渉渦は徐々に追原へと近づいてゆく! 四葉の出力が高い!
(ぐぅ……すでに赤字でこれ以上はヤバいのだがやむを得ん!)
追原は懐の激痛に内心号泣しながら風船を割り、超次元収縮亜空間砲をもう一門購入!
「そんじゃあ私も《モア》!」
四葉も一門追加! 四本の極太レーザーが激突し、遂にブラックホールが生成された!
ブラックホールは空間を削りながら追原の方へと向かってゆく!
「ギャーッ! 亜空間砲のブラックホールに吸い込まれ異次元に飛ばされギャアーッ!」

大穴の空いた、三ノ宮の屋根の上。
鎌瀬戌は澄み切った夜空に輝く星を見上げていた。
心の中で星を繋いで、女性の姿を形作る。
大好きだったシロ姉の姿なら、どこからだって見つけだすことができる。
(やったよ……シロ姉。この俺が他人(ヒト)の力になれたんだぜ……)

二ノ宮 “剣闘士”の守羅紗リオ:『ラティス卿』焼失により戦意喪失
三ノ宮 “放置プレイ”の張・カルロス:落雷により心肺停止
四ノ宮 “初見殺し”の疾風雷禍:出血多量により戦闘不能
五ノ宮 “デアデビル”の飛白狼:全裸で意識不明
六ノ宮 “いつもニコニコ”の追原覇王:消息不明

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

境内から少し離れた路上に、不審なパネルバンが一台、停まっている。
車両のそばに、二人の女性が倒れている。
少し離れた場所に、銃を手にした男性が倒れている。

三人は時折、苦しそうなうめき声を上げるが、それ以外の動きはない。
スモークガラスに隠れた後部座席の中で、通信機器のLED光がまたたいている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ハルと九鈴は、最後の七ノ宮に辿り着いた。
そこには、雨竜院雨弓と偽名探偵こまねが倒れていた。
砕け散った水槽。
脳味噌がひとつ、落ちている。

七ノ宮 “不可侵”のザ・ダムド:死亡

脳味噌を踏みにじり、女性がひとり、立っている。
医者であろうか――白衣を着て、大きなマスクをつけている。
その姿には、床板を濡らす液体の刺激臭が、よく似合っていた。

「やあ、ご苦労様。七葉グループのお偉い様方には一度挨拶したかったのでね」
白衣の女性は、ハルと九鈴に視線を向けて優しい声で言った。
「宝珠を集めてくれたんだろう? 感謝するよ」

「すまねぇ九鈴。しくじったぜ……」
呻くように、雨弓が言った。

「こいつは裸繰埜病咲風花(らくりのやみさき ふうか)……パンデミックの張本人だよ~」
弱々しい声で、こまねが言った。

「ほう。まだ喋れるのか。なかなか興味深い」
白衣の女性――風花は手に持った注射器型の拳銃を構えた。
「だが邪魔をされると困るので少し眠ってもらうよ――“死痲風(しまかぜ)”」
銃口から霧状にウィルスが噴射され、雨弓とこまねを包み込む。
ふたりは、一瞬で昏倒した。

「くろうの……かたき!」
九鈴は両手のトングをガシャリと鳴らし、怒りに満ちた戦闘態勢をとる。
そんな九鈴を、赤羽ハルは不思議な気分で見ていた。
自分も何か、こいつに対して怒るべき理由があったような気がする。
脳裡に、車椅子の女性がぼんやりと浮かんだが、それが誰なのかはわからなかった。

「ふむ。それは違わないかな? 九郎君の命を奪ったのは――」
風花は、自らが創り出したウィルスに感染した者のバイタル情報を感知できる。
それによって感染者が、どのように苦しみ、死んでいったかを観察しているのだ。
だから、聖槍院九郎がいかにして死んだかについても完全に把握している。

「ゴミが――しゃべるな」
九鈴のトングが唸りを上げて襲い掛かる!
眩暈でよろめくような動作で、風花はトングを回避し注射銃から“死痲風”を噴射!
二本のトングが素早く空間を掴み取る! 《タフグリップ》によるウィルス捕獲!

日本銀行拳! ハルが硬貨弾を連射する!
「ゴフッ! ゴフッ!」
風花は咳き込みながら床にばたりと倒れ、硬貨弾を回避!
自らに感染させたウィルスの発作を利用した酔拳の如きムーブメント!
旋回しながら飛び起き二人から離れる!

「随分と厄介なトングだな――“銑患(せんかん)コラプション”」
再び九鈴に向けてウィルス噴射!
二本のトングが素早く空間を掴み取る! 《タフグリップ》によるウィルス捕獲!

だが……ウィルスを捉えたトングが腐食してゆく!
伝説の名工が隕鉄から造り出した名トング『カラス』が!
岩手県のみに産する特殊合金で造られた名トング『ナンブ』が!
錆びた鉄屑となって崩れ落ちる!
金属すらも感染させ滅ぼす、恐るべき風花の《アウトブレイク》ウィルス!

「トングが……バカな……!? ぐうっ……!」
動揺した九鈴をウィルスの霧が包み込み、昏倒させる!

「チィッ! なんて奴だ!」
ハルは床板を《ミダス最後配当》で換金して床下に潜りこむ!
素早く風花の直下に移動!
床を盾にしてウィルスを防ぎながら潜水艦の如く床貫通硬貨弾で攻撃!

「“朽木患(くちきかん)コラプション”」
ふらふらとした動きで硬貨弾を回避しつつ風花は床板にウィルス噴射!
床板が腐り落ち、風花も床下に潜る!
その動きを読んでいたハルは、硬化した一万円札を手裏剣めいて投げつける!
眩暈ムーブによって一万円札を紙一重で避ける風花!
しかしハルは《ミダス最後配当》の時間差両替炸裂弾を仕込んでいた!
至近距離で、一万円札が全て一円玉に換金――されない!
風花の全身を包むウィルスの毒気が一万円札を蝕み、貨幣価値を失わせていたのだ!

「ぐっ……がふっ……マジかよ……」
ハルの全身を“死痲風”が包み込んだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

わたしはダメだ。
また、掃除できなかった。

ごめんね、くろう。
ごめんね、とうさん。ごめんね、かあさん。

わたしはよわい。
どうしてこんなに弱いのだろう。

トングになろう。
そうだ、わたしは一本の、決して折れないトングになろう。
幸せは要らない。未来も要らない。
愛しい弟を苦しめ死の淵に追いやった憎き敵。
その憎き敵の臓物を掴み、引き摺り出すことさえできれば。

――それだけでいい。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

聖槍院九鈴が、ゆっくりと、力強く立ち上がった。
全身に力が満ち溢れる。憎き敵を滅ぼすための力が。
怨敵・裸繰埜病咲風花の元へと歩み寄る。

「まだ立ち上がれるとは! なんと素晴らしい被験者であろうか!」
風花は歓喜した。“死痲風”の直撃を喰らってなお立ち上がった者は初めてだ。
《アウトブレイク》のモニタリング能力で九鈴の生体情報を確認する。
――バイタルサインが、読めない。

「おかしいな。では改めて感染してもらうとしよう」
注射器型拳銃から“死痲風”を再び噴出する。
ウィルスの霧が九鈴を包む! しかし九鈴の歩みは止まらない!

九鈴はトングになったのだ!
九鈴の身体を形作る細胞、ひとつひとつがトングなのだ!
体内に侵入した《アウトブレイク》ウィルスは、トング細胞によって挟み込まれる!
そして《タフグリップ》により抑え込まれ即座にウィルス機能を停止する!

風花は狼狽した。“死痲風”連続噴射! 効果無し!
「化け物め! 近付くなーッ!」
九鈴の顔面に拳で殴りかかる風花!
頬に命中した拳は、そのまま頬の表皮細胞に《タフグリップ》で固定される!
緩慢な動作で、九鈴は風花の喉を掴み、押し倒した。

九鈴の右腕が、風化の胸にざくりと差し込まれ心臓を掴む。
「では、ころします」
淡々と、そう告げた。

「やめろ! やめろッ! 私を殺して弟が喜ぶとでも思っているのか!」
苦し紛れに風花が呻いた言葉に、九鈴の動きが止まった。

「ころしちゃ……だめだ……。くろうを……よろこばせなきゃ……」
九鈴は、心臓から手を離した。

「じっくりしなきゃ。ゆっくり……できるだけ、くるしめて……」
その表情は、満面の笑顔だった。
九鈴は今まで、楽しみのために殺人を行ったことはない。
くりんは、これから、はじめて、たのしんで、ころします。
みててね、くろう。おねえさん、がんばるよ。

九鈴の楽しそうな笑顔を見て、風花の脳内一杯に恐怖の感情が満ちた。
そして、風花の頭部は爆発四散した。

「九鈴さん……ぜんぶ自分で掃除しようとしちゃあいけないぜ」
ハルの撃ち込んだ日本銀行拳の硬貨が風花にとどめを刺したのだ。
「殺すのは、暗殺者の仕事だぜ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

長々と終わらぬ会議に、七葉樹落葉(ななはぎ おちば)は焦れていた。
結局のところ他の頭首たちは、賞金、副賞を払いたくないだけなのだ。
払わない理由が少しでもあれば、それに拘泥し、出し渋る。
理由がなければ、延々と理由を探し続ける。
14歳の若さにして七葉グループの総帥を務める落葉の権力基盤は不安定だ。
ゆえに、筋が通っていない意見に対しても、強硬な態度には出られない。

苛立つ落葉に、森田一郎(もりた いちろう)が音も無く近付き、耳打ちした。
険しかった落葉の表情が、少し緩んだ。
「諸君。話題の御二方が直接来たようだ!」

「馬鹿な……この僅かな時間であの『七人』を倒したというのか!?」
「おそろしい……」
「やはり奴らは『世界の敵』……!!」
「南無阿弥陀仏……」
落葉の台詞に、ざわつく権力者たち。

「ザ・キングオブトワイライト優勝者、赤羽ハル様。
 並びに裏トーナメント優勝者、聖槍院九鈴様。お入りください」

森田に促され、ハルと九鈴が夏菅大社の祭殿に姿を現した。
その全身は傷だらけで、激しい戦いの痕を物語る。
風花の死によってウィルスは力を弱めたが、ふたりに残された体力は僅かだ。

「ハル様。九鈴様。どうぞ御用件をお話しください」

赤羽ハルが言った。
「あー、言いたいことは色々あるが……『契約は守れ』まずは、それだけだ」
饒舌な彼らしくもなく簡潔な意見だった。
だが言外に、契約に反した場合は手段を選ばず抗う決意が込められていた。

そして、九鈴も続けた。
「『そうじしなさい』特に、汚れた己の心を。私から言うべきことは以上です」
彼女の意見も簡潔だった。
だが、何をしでかすか分らない度で言えばハル以上かもしれない雰囲気だった。

「聞いたか貴様ら!」
落葉が、怒声を上げた。
「彼らは、世界の全てを敵に回して戦うことができる力を持った魔人だ!
 その魔人の望みを聞いたか?『あたりまえのことをしろ』それだけだ!
 参加者の中には、確かに邪悪な奴も居た!
 だが、参加した選手全てが、己の目標のため全力で戦った!
 その結果として勝ち残った二人に、貴様らは裏切りを働くつもりか!
 裏切りの果てに、彼らを『世界の敵』にするつもりか!
 あさましき者どもめ! 恥を知れ!
 本当の『世界の敵』が誰なのか、貴様らが一番よく解っておろう!」

落葉に反論するものは、もはやいなかった。
三傘山の上に昇った満月が、静かに光を投げ掛けていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【聖槍院九鈴・エピローグ「逮捕」】

病院から九鈴が現れると、報道陣のカメラが一斉にフラッシュを浴びせた。
光に包まれながら、九鈴は背筋を伸ばししっかりとした足取りで歩いた。
毛布に包まれた両腕には魔人拘束錠が填められているが、その心は解放されていた。

九鈴は、掃除を成し遂げたのだ。

拘置所へと向かう魔人護送車の座席に深く腰を掛け、九鈴は瞳を閉じた。
瞳を閉じて、今は亡き父と、母と、弟のことを想った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【赤羽ハル・エピローグ「目撃者」】

なんとか賞金を手に入れたものの、ハルの借金は依然として膨大だ。
副賞として割のいい仕事を回してもらえているため、辛うじて死なずにすんでいる。

今夜も仕事でとある病院に来ている。
七葉グループの金を横領した悪徳医師の『自殺』を見届けるだけの簡単なお仕事だ。
屋上から地面に落ちてグシャリと潰れた姿を確認して振り向くと――。

そこに、車椅子に乗った女性がいた。
熟練の暗殺者であるハルが、背後の人物に気付かぬことなどありえない。
なぜ、“ハルの意識から彼女の存在が消えていた”のだろうか。
目撃者は消さなければならない。
だがハルは、理由のわからぬままに、彼女を殺すことはできないと直感していた。

荒涼とした男だった。
まるで若いチンピラのような印象を与える、刺々しい金髪。
革ジャケットの下には、お世辞にも趣味の良くないチェック地のシャツ。

男は、暗殺者だった。
今まさに、リサイクル箱に空き缶を放り込むような気軽さで、人を突き落としていた。
だが、彼の姿を見た瞬間、なぜか胸に暖かいものがこみ上げた。
奇跡的に視力を取り戻しつつある白詰智広の目から、理由のわからぬ涙が溢れ続けた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【高島平四葉・エピローグ「消された過去と、白紙の未来」】

東京を遠く離れた、小さな村落。
ローターの爆音を響かせ、小型のヘリコプターが小学校の運動場にゆっくり着陸した。
「はあい、ついたよん!」
操縦士の少年は、隣の席で眠りこけている少女を揺り起こす。
ヘリに乗っている二人の魔人は、どちらも10歳前後の年齢である。

「ん……ありがと。じゃあまたね」
目を覚ました少女、高島平四葉は少年に礼を言い、校庭にぴょん、と飛び降りた。

「バイバイ。こんどは仕事ヌキで遊びたいな」
操縦士ボーイは笑顔でにっこり挨拶した。
ホエールラボラトリ社の忠実な端末である彼は、残忍な任務もこなす危険な魔人だ。
黄樺地セニオを襲撃し、瀕死の重傷を負わせたように。
だが、プライベートでは年相応の幼い一面もある。

飛び去るヘリを見送りながら、四葉は両手を上げぐいっと伸びをした。
そして、ヘリの下に広がる懐かしい故郷の風景を見て、ちょこんと首を傾げる。

かつてこの地で、幼い四葉の身の上に陰惨な出来事が降りかかった。
その出来事については、あまりに(おぞ)まし過ぎてここに記すことはできない。
教師も、友人も、家族も、四葉の味方にはなってくれなかった。みんな敵だった。
やがて四葉は魔人として覚醒し、強化型ウィルスを撒き、故郷の人々を皆殺しにした。
――そんな、悲しい時間軸も、存在した。

文字通りに『世界の敵』であった四葉の過去は徹底的な改竄を受けている。
もはや、四葉に辛く悲惨な過去は無く、故郷にパンデミックを起こした事実もない。
では何故、四葉は魔人で、《モア》を使えるのだろうか。
その辺は、セニオの世界平和なら細かいことはまーいっしょ的アバウトさでウヤムヤだ。
マジパネェとしか言いようがない。

いずれは世界の恒常性維持機能が働き、細かい辻褄も次第に合ってくるだろう。
世界改変が生んだ様々な矛盾が消えた時が、セニオの魔法が終わる時かもしれない。
魔法が解けた後、再び破滅に向かってゆくのか、とこしえに平和が続くのか。
白紙の未来を開く鍵は、世界に住む人々全ての手に、少しずつ分け与えられている。

とりあえず四葉は、久々に家に帰り、ご飯を食べて、いっぱい話をすることにした。
お母さんとお父さんに話したいことが、それはもう、いっぱいいっぱいあるのだ。
それから――どうしよう。
やっぱり目指すは世界征服、かな。

「マイ目標イィーズ、セカァー、ウィー、セェーイ、フゥーク!」

言ってみて、ちょっと今のは馬鹿みたいだったなと思い、四葉は笑った。
無邪気に、邪悪に、笑った。

(おわり)








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