決勝戦【山】SSその2

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決勝戦【山】SSその2

 切り落とされた掌を風が撫でた錯覚に不安を覚え、
 中途半端な長さの左腕が右腕に触れた。
「……ッ」

 針のような痛みが、包帯に包まれた手首を刺す。
 ……それは針ではない。
 右腕の包帯に丁寧に留めて持ち運んでいるのは、赤羽ハルの造花だった。

 車椅子で回るこの中庭すらも、彼女にとっては既に、他と同じ平坦な闇に過ぎない。
 あらゆる音が感触が匂いが、智広が触れた瞬間、黒一色の苦痛に。

「ハルくん……あはは、私がいなくなっても、大丈夫かなあ。」
 白詰智広の世界は、少しずつ色彩を失いつつある。
 彼女を盲目の世界に落とし、四肢の先端すらも腐らせた『理不尽』――新黒死病。
 何ヶ月も何年もの時間をかけて、ゆっくりと歩み寄る死の形そのものであった。
(……いい加減に見えて、変なところで律儀だし。
 お父さんとの約束なんて、私は……)

(私は……どうでもいいのに。なのに、あんななんだもんな。
 毎日お見舞いに来てくれるし。私なんて、役立たずなのに……)

 白詰智広は『負債』であった。彼女自身も知らぬ事実である。
 智広の父を手に掛けた魔人暗殺者こそがまさに、赤羽ハルであって――
 その際交わされた『取引』が、殺し屋にある種の枷を嵌めている事を、彼女は知らない。

(……もし病気がなかったら、私はどうしていただろう)
 死を目前に、ふとそんな思考がよぎる。
 智広とて、パンデミック事件の膨大な犠牲者達と比べるなら、
 ずっと幸福な部類の患者であることは間違いない。

 彼女に家族はいないが、それでも赤羽ハルがいる。
 関東滅亡後のこの世界において、入院治療を受けられる人間も限られるだろう。
 智広自身も、それを自覚している。高望みに過ぎるのだと、分かっていても。

 もしも――幸せな現在があれば。
(景色を見たいなあ。高いどこか、綺麗な場所で。一緒に……)

 強く吹きつけた清浄な風が、智広の肌を苛んだ。
 今が、その現在だった。

「チョリ――――ッスwwwww いきなりカワウィッ娘(コ)ハッケーン!?
 姉ちゃんが? 病院ちゃんでぇ? お散歩チャンチャ――ン? wwwwww
 ガチでwwwwwウケるwww名前聞いても良い(ウィー)かなァー?wwww」
「え……」

 突如割り込んだ騒々しい声が、懸念を粉々に破壊した。
 智広は呆然と、そちらに顔を向けるしかなかった。

「ハ・ジ・メ・マ・シ・テェーwwwwww
 キカバジ チャラオじゃなかったセニオで~っすwwウッケwwwww」
「は、はぁ……」



 ――滅び行く運命に負けぬ、世界最強の存在を求む。

 決勝戦まで駒を進めた2人の魔人……黄樺地セニオ。赤羽ハル。
 仮にザ・キングオブトワイライトの謳うこの文言に相応しい者が実在し、
 それに能う魔人能力者を、この2人から選ぶとすれば。

 それは確実に、黄樺地セニオであろう。
 意志も目的も存在しないチャラ男そのもの。彼自身に特筆する経歴はない……が、
 無制限無制約のコピー。彼の『イエロゥ・シャロゥ』は世界最強の魔人能力である。
 準決勝であの恐るべき『ファントムルージュ』の症状を打ち消してみせたように――
 彼の能力はまさに、魔人の内包するあらゆる可能性の原石と言っても過言ではない。
 そして『イエロゥ・シャロゥ・パレット』。彼の能力を言い表すとすれば、無限だ。

 だが両者が仮に純粋戦闘という場において相対した時。経験と技量、基本スペック。
 それらの要素においてどちらが格上であるか――も、やはり言うまでもない。
 それは元魔人暗殺者である赤羽ハルであり、運に助けられた試合も多いとはいえ、
 直接戦闘の領域においては確かに世界最強に近い存在であろう。
 しかし彼の『ミダス最後配当』は、間違いなく強力な部類の魔人能力とはいえ……
 世界に対してなんら貢献することのない能力だ。彼は運命に抗うことはできない。


 最弱にして無限。最強にして無力。決勝戦のこのカードは、
 この大会の形式が殺し合いである矛盾を投げかける構造であるとも言えるだろう。

    、 、 、 、 、 、 、
(――それを踏まえて、だ。俺が確実に勝つ)
 白い廊下を歩く赤羽ハルの精神には、慢心はない。
 しかし彼はこの無限の戦闘スタイルを持つ決勝の敵に対する、確実な勝算があった。
 それどころか、これまで相対してきたどの敵よりも与し易い。

 異常な思考回転に伴う周到な策と格闘能力を見せた、“ケルベロス”ミツコ。
 常人でありながら恐るべき執念と奇策で敗北寸前に追い込まれた、相川ユキオ。
 唯一思考を読むことができなかった相手。理外の暴と狂気を身に纏う、聖槍院九鈴。
 名実ともに世界最悪の戦力を操ってみせた高島平四葉などは、当然比較すべくもない。

 赤羽ハルは、黄樺地セニオの戦ってきたすべての試合をチェックしている。
 雨竜院雨弓。ハレルア・トップライト。紅蓮寺工藤。遠藤終赤。そして偽原光義。
 彼らは負けた――何故、負けたのか?

 それはチャラ男特有の、天性の幸運を味方につけたのだ、と見る観客も多い。
 三つ巴の戦いにおいて、共闘の流れから漁夫の利を得たのだと。
(実際は、違う……こいつらの敗因は)

 赤羽ハルはそうは考えない。
 廊下を歩きつつ、袖に一枚の新札を仕込む。誰もが凶器と認識せぬ凶器。

 、 、 、 、 、
(戦おうとしたこと)

 全試合をチェックした赤羽は、その結論にたどり着いていた。
 『その場のノリ』で相手の魔人能力すらも模倣してのける、究極の魔人能力者。
 だが彼自身の本来の性質は、むしろ好戦性の少ない無害なチャラ男であり……
 勝利に対する強い動機すらも持たないことを。

 現在では失われてしまった記録ではあるが、
 本来チャラ男というものは、痛みや苦痛、努力や勝負などを忌避する生命体なのだ。
 ありとあらゆるシリアスな状況から積極的に目をそらし、刹那的に、軽薄に生きる。
 仮にそんな生物が、自ら『戦う』状況があるのだとすれば――
   、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
 『周りがそういうノリになっている』以外の理由は考えられない。
 黄樺地セニオはおそらく、その場の空気すらをも模倣するのだ。

(対象の警戒を解く方法がわかっている……これほど楽な、仕事はない。
 仮に先制攻撃を受けたとしても、反撃せず、友好的に近づけばいい……
 背を見せたところで掻っ切る。その一撃があれば十分だ)

 今日の夕刻には試合が始まるはずだ。
 最終戦にして暗殺者の独壇場。
 だが、思索を終えたところで彼の口をついて出たものは……

「な……」

「なにやってんだセニオてめええええェェ―――ッ!!!」

 病院中庭に響き渡るほどの、驚愕の叫び声だった。



「オッケオッケwwwwチッヒーイイッショガチデ? ヨロシクシナイ?
 ガチデカラオケガチッショ? ダイッジョブダッテ!
 ガチアゲメチャアゲスタイルデ行コージャーン♪ ウェイウェ――――イ!」

「す、すみません……えっと……」
 盲目の女性に執拗に絡むチャラ男!
 読みきり少年漫画の導入としても骨董じみたシチュエーション!

「待てこの野郎、おい!」
 だがこの場合、強引に割って入った男も、また悪人である。
 何しろ彼は数知れぬ殺人経歴を持つ、元魔人暗殺者なのだから。

「まさかのご本人登ォ場ォ―――ウェ――イ!!
 赤羽ッチなになに?? この子知り合い? トゥギャザーガチ勢ってワケ?
 試合とかブッチして合コン行かネ?」
「……」
 赤羽も、セニオが人質目的で智広に近づいたわけではない、と承知している。
 彼はそのような発想に至る事のできる人格ではない……
 このタイミングで白詰智広に遭遇したことすらも、
 観客の言う『幸運』とやらの仕業にすぎないのだろう。しかし。

(……けど、なんだこりゃ……ふざけんなよ……!
 直接話してみるとこいつ! 想像以上に……………ウゼェ……!!
 試合まで……いや試合中も、こんなヤツに殺意を抑えなきゃいけないのか? ……)

 だが、チャラ男ゥストラはかく語りき――シリアスを理解しないチャラ男の特性は、
 精神にありとあらゆる深刻な枷を負った赤羽ハルとはまさしく正反対だ。
 そんな男がよりによって白詰智広に絡んでいるのだから、ストレスは想像以上である。

「……ハルくん」
 赤羽の声をすぐに聞き分けて、智広が顔を上げた。
 包帯の巻かれた痛々しい両眼は見えないものの、口元にほころぶような笑みが浮かぶ。
「今日も来てくれたんだ。
 ありがとうね。私も頑張って病気治すから」

「そうだねー。智広さんが頑張るなら、すぐに治るよ。多分」
 赤羽の脳裏を過ぎるのは、準決勝の試合。秘密裏に交わした、白詰智広の治療契約。
 あの試合で、赤羽が負け――契約の不履行によって魂を失ったとしても。
 ミツコならばきっと、智広の理不尽すらも取り除いてくれたのだろう。
 きっと多くの人が救われたはずだった。赤羽が敗北していれば。

「ねぇハルくん。ハルくんも、危ないことはしないでね。
 ……いっつも、心配してるんだからね。だってハルくん、」
「ウェ――――イ!! ヤッベwwwチヒロちゃんハルのカノジョー↑?
 衝撃のww新事実発覚wwwwww
 ヤベェッショwwww知り合いのマジカノジョナンパしちゃった件wwwww
 気まずさMAX1000%って感じジャネこれwwwwwwウケるwwww」

「ッ……」
 2人の会話は再び破壊された。赤羽はセニオにあからさまな憎悪の視線を向けるが、
 当然セニオがそんな事に気づくはずもない。

「つーか名前ハルって、ハルジャンwww昔の飲みフレにいたわwww
 懐かしすぎなんだけどガチで! 居酒屋でバイトしてたヤツ!」
「あのな……黄樺地」
 赤羽は精一杯友好的に……現状の精神状態で可能な限りにこやかに笑って、
 セニオの肩に手を乗せた。

「ちょっと、2人で飲みに行くか」
「うはwwwwwおkwwww」
 これは赤羽にとって非常に不本意な偶然だった。
 存在するだけで病状を悪化させかねないこの男を白詰智広から遠ざける必要があった。

 試合開始まで、2時間。



「セカァー、ウィー、ヘェイー、ワー! ワカル?
 親指はァー、こう! で~~? ここから、セカァー、ウィー、」
「わかったっつーの、クソッ……静かにさせてくれ……」

 間接照明が照らすバーの静謐を乱す異物を、バーテンが訝しげに見つめている。
 幸いこの時間帯の客は他におらず、異様な2人連れが見咎められることもなかった。

「俺の発想スゲくねスゲくね? 天才じゃね?
 優勝しても、フツーは1人しかハッピーになりませぇーんーがぁー??
 なんと世界平和だとぉー? wwwバ・バーンwww
 1000億人が超☆ワロッシュ!! ヤッベwww24時間テレビよりスッゲwww」
「あのな……いくら大会運営でも、そんな力があるわけないだろ。
 無駄なりに現実的に頭を働かせろよ……」

 軽めの水割りを傾けながら、呆れた眼差しをセニオに向ける。
 通常ならば、赤羽ハルの方が軽薄を装う側のはずだ。
 だが黄樺地セニオのテンションは、まさに本物の軽薄さ。
 本来敵のペースを崩すはずの話術も、日本最後の天然チャラ語にだけは勝てない。

「おやおや、ハルって知らない系知らない系?
 まさか大会賞金知らない系~~?
 10億円もあれば超ヨユーだしwwwネンシュー何億年ぶんジャンって話ジャン??」
「お前の年収は10円以下なのか……?」

「まーまー、せっかくまた会ったわけだしさwww
 再会を祝してって感じで? テンション爆アゲッショ?
 ハル今、ガッコーとかドゥーしてんのヨ?」
「……何混同してんだよ……そのハルは別人だろうが。
 俺は過去未来一切お前に関わるつもりはないぞ」
 セニオはどうやら、半ば本気で昔のチャラ男仲間と再会したのだと勘違いしている。
 明らかに赤羽ハルにとって迷惑な話だ。
 相手に懐かれるというのは試合中の暗殺には好都合な条件だが――
 この黄樺地セニオと友人関係というのは、いくらなんでも正気が疑われる。

「つか、ハルんとこの居酒屋行かねwww
 ココ辛気臭いし、カラオケとか置いてねーっしょ?
 皆誘ってラウンドワンでも良い(ウィー)けどさwww」
 何かに気づいたように、赤羽が顔を上げる。
「……。確かにそうか。勘がいいな、黄樺地」

 いつのまにかバーテンの姿が消えていた。空気の質量が変わる。
 裏社会の人間特有の勘が、危険を伝えている。
 セニオの提案は、赤羽よりも早くそれを察知したが故だったか、果たして……。

(まだ決勝戦は残っている。ここで仕掛けてくるほどバカじゃあないと思っていたが)
 さりげない動作。小指でグラスをカウンター下に落とし、隠す。
 腰をわずかに浮かせ、数通りの脱出経路を意識する。
 レジの位置を、棚の酒のアルコール度数を、凶器として利用されそうな物品を記憶。

 ――赤羽ハルには、『敵』の心当たりがある。
 準決勝において、彼個人の目的で契約を結んだホエールラボラトリ社。
 実際の契約締結は準決勝よりもずっと前だ……
 だが、『世界の敵の敵』たる“ケルベロス”ミツコを敗退させた今となっては、
 確固たる後ろ盾を持たない『殺し屋』など、機密保持のために消される運命だ。

 大会運営本部にも秘密裏であったHL社との個人契約は、赤羽ハルの悪手だろうか?
 ……あるいは、そうであったかもしれない。
 たとえ優勝に至れずとも、白詰智広だけは救わなければという、その焦りが……
 『世界の敵の敵』――災厄の元凶たる新黒死病ウィルスを消し去る希望を、自ら潰し。
 そして自らの命すらもを危機に晒す結果となった。
 魔人暗殺者といえど、この世界を牛耳る企業に追われれば、いずれ犬死に。

(だが。俺は……後悔なんかしねぇぞ)
 右手の裏で札束を広げつつ、赤羽は思う。
 相川ユキオとの戦い。ただの常人が魔人と相対するに至った、その力の根源は何か。
 ……それはあの場にいたどちらもが知っていたはずだ。


 決断すること。
 たとえ結果が敗北だろうと、
 自分自身が解決のための行動を起こすことこそが自由であると。

 バー入口から、数人の人間が踏み込んでくる。
 ……人間だ。フルフェイスヘルメットに、ボディアーマー。
 アサルトライフルを構えた、完全武装の兵隊。

 先頭に立つ一人は違った。それは10歳ほど――高島平四葉に近い背丈の少年であり、
 その双眸の青い輝きが、この薄暗いバーの中でもはっきりと見て取れる。魔人だ。

【赤羽ハル。ご苦労だった。君の仕事は社内でも高い評価を受けた】
 声は少年の声帯から発せられるべきそれと、明らかに異質な響きを帯びていた。
 この場にいない安全な『何者か』が喋らせているに違いなかった。
「……そりゃどーも。だが、人違いのお世辞はあんまり嬉しく思えなくてね」
「ウェーイwwwみんななになにィー? ハルのダチトモって感じ?
 俺俺、キカバジウィー、セェ、ニ、オー!! ヒュゥーッ! シ☆ク☆ヨ☆ロ」

 一人騒ぐセニオをよそにサングラスをかけ直し、薄く笑う。
「残念だけど……仕事相手にこーいう失礼な態度をとるような御方々とは、
 あんまりお付き合いした記憶はないなあ」
【……。これは君の戦力を把握した上での作戦だ。
 BC兵器を用いていないのは、あくまで当社の倫理ポリシー上の理由でしかない。
 できるだけ穏便に同行を願いたいのだがね?】
「ハッ……ハハハハハ、ハハハッ、そーゆーところだよ……」
【……】

「所詮あんたらは企業だ。真面目に勉強して、大学にも入って……
 そういう育ちは人間としちゃ理想的だが、その分『殺し』には向かない。
 バーテンから何から、巻き添えに殺そうと思えば、できたはずだ。
 少なくとも、範馬慎太郎の時代の魔人自衛隊なら――それくらい、してたもんさ。
 ……余計な死人が出ることになる。これからな」
【まったく同感だ。撃て】

 その時既に、赤羽ハルはシミュレーションを完了している。
 一斉銃撃をどう防ぐか。遮蔽物をどう利用し、どのように肉薄するか。
 盾にすべき兵隊の順序。店舗そのものの『換金』をどの時点で切るか。……

 銃声が響いた。赤羽は動き出した。だが。

「……は……?」
 直感する。たった今、胴の横を掠めていったライフル弾は、違う。
 赤羽の予測は誤っていた――彼らが狙っていたのは。

「黄……樺地……!」
「…………。ウェ?」

「うwwwはっ、げばっ、な、コレガチ血じゃね?
 ゴホッ、ホッ……ヤッベ、アレ、アレしなきゃヤベェwww
 なwんwwwじゃwwwコwwリャwwwww」

 大量の吐血がワインのように零れて、店内の床を濡らした。
 戦闘態勢に持ち込ませず、相手を『赤羽の友人』と思い込んだ状態での奇襲――
 赤羽が持ち込もうとした戦略の正しさは皮肉にも今、目の前で証明されていた。

【君は大会運営本部との間でも、選手本来の契約を結んでいるな?
 ――禁則事項を遵守する、という内容。
 元公安の偽原光義があれほど手段を選ばず暴れまわっていたにも関わらず、
 仮にも本職の暗殺者がその本領を発揮せず、正々堂々と試合に臨むというのは……
 フフフフ。どうだ? いかにも不自然な態度に見えると思わないかな?】
「何が言いたい……」
         、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
【だから君は、試合の外で敵選手を暗殺することは絶対にできなかったんだな?】

 小学生ほどの少年は、機械的に……淡々と続ける。
 統一された動きの兵隊の中にあって、その動きはさらに非生物的で、
 まるでそのためだけに設置された装置であるかのようだった。
【我々は既に君の能力制約を看破している。
 有形無形関わらず、『契約に反すれば死ぬ』。
 君の戦力はよく把握している。我々は君と戦うつもりはない。
 ……戦うまでもない、というべきか。】

 軍勢は踵を返した。赤羽は背を襲撃しようと踏み込んで、留まった。
 振り返ると、カウンターに持たれる黄樺地が、瀕死のまま笑っていた。

【偽原光義。黄樺地セニオ。“ケルベロス”。高島平四葉。
 完璧(コンプリート)だ。……大会は我が社の求める役割を十分に果たした。
 だが廃村の戦闘において、黄樺地セニオの危険は許容レベルを超えると判断された。
 彼はもはや、制御不能の世界の敵だ】

 HL社の少年は彼自身のものではない雄弁とともに、笑顔らしきものを作った。
 顔筋が糸で引っ張られるような、不自然な笑みだった。
【よって『何らかの重大な禁則違反』により黄樺地セニオの選手登録は抹消され、
 それを事由として、ザ・キングオブトワイライトは主催者権限で強制中止される。
 赤羽ハル。君の始末の話だが――自動的に実行してくれるだろう】


【60億の負債がな】




「うはww……ははwwヤッベ……川見えちゃうんじゃね?
 テ、テンション……アガって……きたwしww……
 このチョーシでイッちゃうんジャン? 川一本イッちゃう~~~??」
「いいわけねェーだろボケ!!」

 赤羽ハルは黄樺地セニオを背負ったまま、市街を駆けていた。
 無論、現在の彼に確固とした目的地があるはずもない。
 選手控室などに戻れば、今度こそ本物の死の罠が2人を待ち受けるだろう。

 『滅び行く運命に負けぬ、世界最強の存在』2人は――
 なすすべもなく、ただ逃げていた。

「ウォット、団体サァーン……www
 5人連れとか……いいジャン……楽しwそ―じゃーん……」
 セニオのチャラき目が、いち早く追手の存在を捉える。
 刹那、赤羽が無言で放った10枚の100円玉が2発ずつ命中し、動きを止める。
 その場にセニオを投げ捨て、懐に潜り、装甲の隙間を1000円札で切開し殺す。

 慣れた手つきで死体の身元を確認し、赤羽は舌打ちする。
「チッ、さすがに安く使えるチンピラ連中を雇ってるか……
 撒けねーよな……この程度じゃあな……!
 どうするんだよ、クソッ……!」

 この世に完全治療を可能とする魔人能力がある以上……
 いくら瀕死に追い込んでも、なお復活の可能性がある。
 逐次的に兵力を投入し追い回す戦術は戦力比的には無意味に等しいものだが、
 黄樺地セニオの死までの時間を稼ぐという意味ならば、これ以上に有効な作戦はない。

「ウェウェ……マジ? これってガチ……ジャン……ww
 や、ヤラセなしのガチンコでガチで……w」
「何ブツブツ言ってんだ? ……死んでも恨むなよ。
 俺だって、助けたくて助けてるわけじゃない」

 再びセニオを背負う。ジャケットに夥しい血液が染みる。
 今や黄樺地セニオの生存は、赤羽ハルの生命にとっても必要条件となった。
 当事者であるセニオ本人が秘密裏に消されてしまえば――
 『重大な禁則違反』について追求できる者は、運営本部を含めて誰も居なくなる。
「違くてハルww……テレビ……ガ、ガチじゃんアレ?
 生ライブ…………じゃねーしww俺映ってるから生なワケねーしwごぱっ、うは……」

 そのセニオが指す方向を見た。巨大な街頭テレビが、何か緊急特番を喚いている。
 そこには雨竜院雨弓がいた。倉敷椋鳥が。儒楽第が。トリニティの戦闘が――
 蠢く巨大なモザイクは明らかに蛭神鎖剃とゾルテリアだ。

 夕闇の覇者――ザ・キングオブトワイライトの魔人達の戦闘風景が、映し出されていた。

「ハッ……クハハハッ、そうかい」
 赤羽は笑った。
 何故、ここに至るまで気づかなかったのか。
 ――『大会は我が社の求める役割を十分に果たした』。その意味をようやく理解した。
「そういうことかい……」

 HL社が、“ケルベロス”ミツコの『世界の敵の敵』を排除した理由――。
 新黒死病ウィルスの流行に伴って、開発した新薬によって躍進したHL社。
 そしてその背後の目高機関……死に乗じて利益を貪る、まさに『死の商人』。
 主催者である七葉樹落葉の意図に関わらず、彼らの目的は最初から決まっていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
               儒楽第も体術で応じようとするが、そ
               (こいつ……先ほどとはまるで
               「これは……まゆの分!」
               儒楽第の顔面に、猪狩の右拳が叩
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
                           『All for one』。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
を誇る対魔人LCVも。空を哨戒する、3機もの対地攻撃能力UAVも――
四葉自身に向けている装備の一部に過ぎない。
を以って、世界最強の武器を作り出すためには……まず、何をすべきか。
        、 、 、 、 、 、 、 、 、
な結論だ。世界を敵に回せば良い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『モア』。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コウキ、ダイキ、トモキ…」

俺の家族だ気安く呼ぶんじゃねえ」
、真野さんと黒田さんの二人の力があれば
シコ。彼女たちは死んではいない、当然あな
でもなく今はどこかで平和に暮らしている。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『世界の敵の敵』。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
            今の偽原を見るだけで、全身に百億を超えるピコ剛力が走り抜け
            もはや人のカタチも失いつつある偽原が、厳かに告げた。

          「最後の上映 (オンデマンド)――それは、俺自身がファントムルージ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
                       『ファントムルージュ』。

 ――そして。

(そして……『イエロゥ・シャロゥ』)

 関東への核攻撃を生き延びた魔人達の力。
 その中でも――運命を捻じ曲げるほどの力を持った、最強の。
 それは人の目にどれほど恐ろしく映るだろう。

 高島平四葉や偽原光義は、その強大な力を以って世界にすら牙を剥いた。
 他の魔人能力者がそうではないと、今やどのように証明すべきだろう?


 緊急特番は、魔人能力者の危険性を訴えかけていた。
 対高島平四葉用に待機していた自衛隊が、制圧のために出動したとも。
「……戦争か。ハ、ハハッ……!」
「うはっww……ははは……ww ……チョ、面白ェーのそれ?」
「核と来て、ウィルスと来て! 次は戦争かよ!
 ハハハハハハハハハハハハ!
 そりゃあ確かに、大会なんてやってるヒマはねぇよなァー!
 大した殺し屋だよHL社さんよ! テメーらはもう完全に、ただの『殺し屋』だ!」

 静寂を破り、装甲車が街路を割り裂いてくる。
 ……もはや目高機関や、HL社が直接手を下すまでもないのだ。
 人間と魔人の戦争。ターゲットは、自衛隊が……人間が、自動的に狩ってくれる。

「ふざ……けんなよ、テメェら。ルール違反だろうが。なぁ」
 セニオを静かに地に下ろし、赤羽が半笑いでそちらを見た。
 射撃照準が定まるよりも、彼がビルに軽く手を触れるほうが早かった。
「死ね」
 高層ビルが丸ごと巨大質量の硬貨群となって倒壊し、
 小回りの効かない装甲車が一瞬で銀の雪崩に飲まれる。
 2つの影が路地を飛び出す。現代兵器への対処は既に経験している。

 ――一方、背後。セニオもチャラ男の目ざとさでそれに気づいていた。
 迫る装甲車はもう一台……建物の影から。
「『セット』……ウェ、『ミダス最後配……』」
 機銃掃射は地を撫でた。だが、死の淵にあってもなお……
 通常の魔人の3倍の脚力は、それを上回る瞬発を見せた。
 セニオの繰り出した手は、敵の装甲車を直接換金し、無力化した。

「……契約は、踏み倒せない。ハ、ハハハハハ……」
 赤羽ハルは笑う。
 装甲車の一台を軽々と屠る力を持ちながらも
 彼の力では、もはやどうにもならなかった。
「なんだそりゃ……なんだよ、その制約はよ……
 ふざけんなよ。なあ、黄樺地………………!」

 最強にして――無力。

 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
「なんでそんな程度のことが制約になるんだよ!!!
 なんなんだよ……この……世界は!!!
 な、何が暗殺だ……ルールを……約束を守るのなんざ……
 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
 人間として当たり前のことじゃあねぇのかよ!!? あああ!?」

 暗殺者として生き――そして、負債を抱える事になったその時でも。
 きっと、人生の中で一度も口にしたことはなかったのだろう。
 非情な仕事をこなす中、どこかで人間でいる部分を保たねばならない。
 それが赤羽ハルが引いている、最後の一線なのだった。

 ――瀕死のセニオが、口を開いた。
「怒んなッテ……チョッ……傷、傷口に響いて、イテェしww
 ……マ、マジでドゥーしたのよハルww
 ガチギレとか、ら、らしくねぇって……」
「……」
「…………きゅ、急にだ、黙んなしww楽しくやろーじゃんよ……ww
 また……あの時……あの時みたいにサ……好きじゃんハルさww
 ハレちゃんとか呼んで…………ww
 合コンして……かわウィー女の子、たくさん、いるしさ……w
 チヒロちゃんも、誘えばいィーじゃん……」

 ――また人違いだ。
 赤羽ハルはなぜか、それを指摘しなかった。

「……なんなんだ……ハハ……お前さ……
 智広……生きてるわけねぇだろ……もう……
 なんでこんな状況でも、ふざけてやがるんだ……
 馬鹿じゃねぇのか……ハハハ……ば、バカみてぇ……」
「コ、コトワザでもゆージャン……w
 頭空っぽのほうが夢詰め込めウィッシュ……
 キテるわ、名言キタコレ……www」

 夕刻が迫る中、赤羽ハルはふらつくように歩み出した。
 2人分の影が、アスファルトの破壊痕に揺れた。



 ――病院。白詰智広の病室は、天井まで鮮血に染まっていた。
 全ては2人がたどり着く20分も前に終わっていて、
 最強の魔人能力も無限の魔人能力も、そこでは全くの無意味でしかなかった。

「…………やあ」

 病室の壁にもたれる一人の少年が、弱々しく笑った。
 右腕は焼け落ちて、全身からの流血すらも、既に勢いを弱めていた。
 2人の知る顔だった。

「………………」
 『世界の敵の敵』――“ケルベロス”ミツコが何故この病室にいるのか。
 赤羽ハルは、あえて問うことはしなかった。
 彼の傍に屈み、声を聞いた。

「残念だったね……。フ、フフッ、今度は僕が上手だった……
 君は間に合わなかったよ。大事な人のところに」
「クハハッ……意趣返しってレベルかよ……」

 魔人能力者の中で『最強』――その称号に、果たしてどれだけの意味があるのだろうか。
 彼らとて、人間なのだ。銃で撃てば死ぬ。軍隊には勝てない。
 ……だからこそ、高島平四葉の能力が最悪足り得たのだから。

 病室を真っ赤に染める血は、ミツコのものだった。

「……やっぱり、君の言ってたことが正しかっ、た、みたいだ……
 僕は世界を救うことは……できない……
 こんな理不尽が起きても、やっぱり僕らは……ただの、3人の……姉弟で……」
 ――ただ、そんなささやかな理不尽を。

「……」
「智広さんは逃がした。最初に浮かんだ顔が……そうだったから。
 ……でも、君が間に合ってくれてよかった。彼女と……君の関係を『改変』する……。
 猪狩と冷泉院の『魂の力』……………」

 白詰智広は追われ続けるだろう。
 赤羽ハルの関係者である限り。これからもずっと。

「わかった。……やってくれ」
 ミツコは赤羽ハルに触れた。光のような力が染みこんで、一瞬で終わった。

「……すぐに君も、何を忘れたのかすら忘れる。
 さよならを、言ってやってくれ……」
「…………なあ、ミツコ」
「……最後に。
 智広さんは、知っていたよ。……君が危険な試合に出ていたこと。
 君が、彼女のために……」
「……」
「……」
 赤羽ハルはそうして、しばらくミツコを見下ろしていた。


「…………ありがとう」

「……」
 黄樺地セニオも沈黙していた。その様を理解することができない。
 ――今、何が起こっていて。何故ミツコが、自らの命を投げ出したのか。


 シリアスな事象を、理解しない呪い。




「お前は、病院にいろよ。俺に付き合う必要はないだろ……
 ……いや、付き合わされてんのは俺の方か」
「いいww じゃんwww もう……試合も始まるッテ……www
 チョッチ、せっかくだから、ハル……せっかくだから……ww」

 赤羽の背で見上げた先には、病院の裏手の山がある。
「山……い、いかね……?ww
 け、景色チョー良いッテ絶対……ヤッベー……w」
「……バカ……
 あんな山で、試合なんか……。
 もうやるわけねぇだろ、バカ……」
「バカで、ウェーイ……ww すんまセーン……www」

「バカが」
「……」
 黄樺地セニオの体重は軽かった。
 その体温も今尽きようとしているのだと、赤羽ハルは理解していた。
 彼は数多くの人の死に触れてきた――非情な、魔人暗殺者なのだから。

 一歩ずつ、一歩ずつ、石段を踏みしめるように登った。
 それは何か……大切な何かの残りを、数えているかのようだった。

「ついたぞ。セニオ」
「……うはwww」


「やっぱ、ハル……セニオって呼ぶジャン……www
 ずっと変だったんだよなマジで……」
「ほら、見ろよ。景色。……ほら」

 低い山の頂上で、セニオは木に寄りかかっていた。
 ――その景色が揺らめいて、2人の少女が。

「どうも、こんにちは。佐倉光素です」
「埴井きららです……」

 いつもとはまるで違う神妙な顔で、2人は頭を下げた。
 赤羽は暗い溜息とともに、臨戦態勢を取った。

「――待ってください」
「なんだよ」
「……ちょうど、時刻になりました。
 ザ・キングオブトワイライト――決勝戦を、始めます。
 両者、準備を」

「…………運営側じゃあなかったのか、あんたら」
「そうですけど! その、でも!……」

 光素は、泣き笑いのような顔で叫んでいた。
「司会、ですから……。
 私、それでも……みんなの……一生懸命戦ってきたみんなを、見届けたい……。
 義務は全うします。最後まで」

「……良かったジャン、ハル」
 声に振り向く。黄樺地セニオの体は、
 もはや末端から――黄色の「w」の群れに分解され、消失しつつあった。

「なぁ、やめろ。ほら、決勝だぞおい。戦うんだよ、セニオ。
 それに……俺は」
「そうだな」

 間違いなく、セニオの声だった。


「お前は、ハルじゃない。
 みんな死んだ。俺の仲間は……本当は、みんな。
 だからさ」

 ――黄樺地セニオは彼自ら、シリアスな事象を理解した。
 それは、彼の消失と同義でもあった。
 黄樺地・瀬仁王―― 凡人形態 (ガチデ・パンピー)。

「最後に――」


「『セット』『世界の敵の敵』」
「“ × (かける)”」
「……………『ミダス最後配当』」

 主人公の魂の力を用いて、世界を改変する『世界の敵の敵』。
 その力でさえも、強大な理不尽を改変し尽くすことはできなかった。
 ミツコはそれを心の底から信じきれるほど、頭の悪い人間ではなかった。


 何よりも都合のいいハッピーエンド。
 悪人も善人も、誰もが救われる結末。
 そんな都合のいい結末を信じきることができるのは――

「やめろよ……戦えよ、セニオ! ……ほら、望みがあるんだろ!!
 セカァー、ウィー、ヘェイー、」

「いいんだよ……俺の願いはさ」

 世界を改変する光。
 それは全ての理不尽を、黄色に包み込む。
 ……そして。



「――もう、叶った」



 決勝戦
 勝者 赤羽ハル




(了)








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