決勝戦【山】SSその1

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決勝戦【山】SSその1





「……で、勝ち残ったのは俺らか……分からないもんだな。なあ、セニオ?」
「やっべwww景色超パッネ~wwwwマジで勝って良かったわwwwwwヤッウェ~イwwwwヤッウェ~イwwwヤッウェ~イwwwセルフやまびこさびしすギルwww」

 試合会場『山』。
 ザ・キングオブトワイライト。日本における魔人の頂点を決める大会、その決勝戦。
 その為に、本来予定されていた地とは別に、特別なステージが設けられていた。

「世界征服とか。救済とか、狂人とか、正義の味方とか、探偵とかさあ。そんなの押し退けて勝ち残ったのが、俺らだぜ。ハハッ。笑えるよな?」
「ハルちょお前こっち来てみろってwww朝日朝日wwwカンドーwww初日の出ってレベルじゃねーわwww」

 手すりから身を乗り出して朝日に手を振るセニオ。
 いつもの軽装ではなく、朝日を受けてギラギラと下品に輝く、センスのない銀色のウィンドブレーカーを羽織っている。
 一方の赤羽ハルも、湯気の立つ缶コーヒーを片手に『日本最高峰富士山剣峰』と書かれた石碑に背を預けている。
 どちらも相手の言う事を聞いている様子はない。

「結局さあ。この世の中は、カルく生きた方が得ってこった。そうだろ? 真面目なヤツから死んでくのさ」
「てかマジサムスwww何気に来たコト無かったんだよな~wwwなんか入山セーゲン掛かってっからさあwww
 よっしゃ今度ダチ連れて登りにくっかwwwセッカウィ~ガヘェ~イワ~になったらァ~トッモダッチヒャックニンでっきるっかなぁ~wwwwうぅっわチョーなつかしすぎだろwwwww」

 標高:3776.24メートル
 北緯35度21分。東経138度43分。
 独立峰。活火山ランクB・成層火山。

 富士山。
 まさに、最強の魔人を決めるに相応しい舞台である。

「強くなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない。
 探偵の格言にそんなんがあるらしいけどさ。俺だったら、こう言い換えるね」

 ハルが飲み終えた缶コーヒーを『換金』して言う。

「金がなければ生きていけない、」「――チャラくなきゃ、楽しく生きていけない」

 示し合わせたように。二人の言葉が繋がった。
「…………ま、」

 赤羽ハルは、セニオの“それ”を半ば予想していた。
 彼は軽薄だが、それはセニオとは違う、確かな中身の伴った軽薄さだ。
 今大会でもサバンナに次ぐと言われる惨劇、廃村の試合映像は当然見ている。

「やっぱりか。無視してくれんなよ、傷ついちゃうぜ? 凡人くん」
「……マジで勘弁してくれ。シリアスな台詞、一言単位で消えてくんだぞ俺」

 セニオが――瀬仁王が、ひどく疲れた様子で答えた。
 身に纏うは、陽光によく似たチャラ男の粒子。しかしてその中にいるのは、しがない、つまらない、凡人の王だ。

「ホント今、崖っぷちなんだ。前の試合からここまで残すのだって、滅茶苦茶ヤバかった。
 準決勝終わってからずっと、少しでもシリアスな話題になりそうな相手からは距離取ってさ」
「へえん。そのまま消えてくれりゃあ楽だったのになあ。しっかし、奇遇なこった」
「キグウ? って何だその言葉? どういう意味だ?」
「…………。実を言うとな、俺、この戦いで負けたら死ぬんだわ」

 一瞬顔をしかめるも、赤羽ハルは、あっさりと言う。

「借金を返せるアテがなくなって、魂を取り立てられる。もちろん、あの医者の能力なんざ届かない」
「あーそうか。俺も、勝っても負けても消えるからな。チャラさ使いはたして。確かにキグーだな、キグー」
「つまりこの試合、おれとお前が死ぬか、お前だけが死ぬか、ってことだ」
「あーそりゃあやだなー。――キッチリ勝って、死ぬ前に平和になった世界を死ぬほど楽しまねーとなー」
「ハハハ……。ま、決勝戦だ。余計な邪魔は入れない方がそれっぽいかもな?
 ただシンプルに、死ぬまで殺し合うだけだ。
 ……どうせお互い、待たせる相手も待つ相手もいないだろ?」
「ああー……」

 しばしの沈黙。
 やがて、鏡合わせに薄ら笑う。

「そうだな。背負うものがない物同士、仲良くやろうぜw」
「そうだろ? 失うものがない物同士、楽しくやろうぜ」

≪やあやあどーもおはようございますお二方! グッドルッキングモーニングですね!
景色は堪能なされましたかな? 大変お待たせ致しました、試合場に案内します!≫

 どこからか、佐倉光素の慇懃な言葉が響く。
 セニオとハルの足元が、虹色のノイズに紛れるように消えていく。
 佐倉光素の安全な転送術。

≪観客の皆さまにはご説明を! この富士山ステージ、まさに決勝に相応しい舞台です、が!≫
≪いささかギミックに欠けるということ、また、赤羽ハル選手の二回戦の舞台『活火山』と被ってしまうことが問題とされまして≫
≪その為、目高機関が富士山の中腹に用意致しました、ステージ『山』の環境として整えた場所≫
≪そちらに彼ら二人を送り、その四方一キロメートルを、戦闘範囲とさせて頂きます!≫

 やがて、ノイズが頭まで埋め尽くし――
 ――二人は、深い森のど真ん中に降り立った。
 富士の樹海。林と草と山と川。鳥と獣の声。観光とは縁遠い、自然の中心。
 今まで獣にも人にも踏み固められることのなかった腐葉土が、突然与えられた人間二人分の重量に、ずむと沈んだ。

「んじゃあ、始めっか。借金を返す為に」
「ウェーイwwwつかお前借金苦でここまで来てんのかよwwwダッセ~www
 俺なんかパネぇぜwwマイ目標、イィーズ、セカァー、ウィー、ヘェイー、ワーだかんな!ww」
「ハハハ、そりゃあ、すげえなあ」

≪では始めさせて頂きます!≫
≪ザ・キングオブトワイライト、泣いても笑っても怒っても喜んでもこれが決勝戦!≫
≪勝者は換金王の暗殺者か! 世界最後のチャラ男か! ――試合、開始!≫

 始まりは、静かなものだった。
 とは、とても言えなかった。

「『イエロゥ・シャロゥ・パレット』ォ!!」

 どこか焦燥に満ちた大声と共に。
 ――両者を、雷撃が貫いた。

「へえっ……!」

 赤羽ハルに流れ込んで来たのは、無数の情報だ。
 この世界はSSである、この世界は造られたものである、このSSは勝者が決まっている――第四の壁を容易く破壊する、メタ構造の雷撃が。

 紅蓮寺工藤。《フィクション・ファンクション》。
 セニオは試合前に彼女に接触し、それによって自動発動するこの能力をストックしていた。

「で……」

 だが赤羽ハルは徹底した現実主義者。同時に、セニオ並みの軽薄さをも備える。

「この世界が全て神様の掌の上だとして、それで、何か俺のやること、変わるか?」
「だっろぉwwwww俺もチョーそー思うわwwww」

 単純明快。
 たとえそれが真実だったところで、こちらから干渉する手段も、干渉されている自覚も見出せないものは、それは『ない』のと同じことだ。
 赤羽ハルが硬貨弾を撃ち出した。セニオに向けて、だけではない。
 前後左右の全方位に、無数の貨幣が撃ち込まれて飛び去っていく。奇怪な行動。
 だがセニオにそれを類推する余裕はない。大きく飛び上がって貨幣弾をかわす。
 フィクション・ファンクション。それは赤羽ハルの戦意喪失を狙ったものではない。
 これは、セニオに全てを『認識させる』能力だ。wikiの情報を、これまでセニオが戦ってきた経験を、対戦相手を、全て、全て、完璧に!

「能力融合。『フィクション・ファンクション』×――」

 セニオの総身から金色の粒子がほとばしる。指先がwwwに消え始める。

「×『睫毛の虹』」
「×『刀語』」
「×『参謀喋刀アメちゃん+98』」
「×『スマート・ポスト・イット』」
「×『ファントムルージュ・オンデマンド』」

 全ては一つになる。

「《フィクション睫毛の参謀喋刀語りスマート・ポスト・ファントム・ルージュ・ファンクション+98》!」


◆       ◆


「……あ、あの。ハレルさん、でしたっけ」

 緊張したように、その女性が、おずおずと顔を向ける。

「ありがとうございます。なんだか、御迷惑を、かけてしまって」
「いえ、いいんです。私も丁度、話し相手が欲しかったので」
「ちょっとー! その言い方だとアメちゃんは話し相手にならないみたいじゃーん!」
「……だって、アメ、うるさいし」
「なにおぉー!?」
「……ふふ。仲、良いんですね。妹さんと」
「モチのロン・ウィーズリーだよ! 仲良し良しだよ! 英語で言うとマブダチってヤツだね!」

 ザ・キングオブトワイライト大会本会場近く。目高機関御用達の、試合関係者用の病院。
 その片隅にある自動販売機の前で、ハレルは不慣れな手つきで中からストローつきの飲料を取り出し、傍らの女性に渡す。
 手首から先がないその女性は、「すいません」とお礼を言って、器用にそれを受け取る。

「それで……えっと。白詰、さん? 探し人っていうのは……」
「智広、で良いですよ。ハルくん――赤羽、ハルという子です。私の世話をしてくれていて。
 でも、何日か前に、治療の手続きは済んだって、それだけ言い残したっきり……」

 傍らのベンチには、見慣れない女性が座っている。白詰智広。綺麗な名前だと思った。
 目には包帯。腕も脚も、末端部がない。知らない場所で不安そうに、電動車いすで彷徨っている彼女に、ハレルが声を掛けたのが始まりだった。
 噂で聞く『パンデミック』の典型的被害者――だが、彼女はこの後、目高機関による治療を受ける予定になっているらしい。
 それも、斡旋したのは、あの血も涙も無い金の亡者、赤羽ハルだという。

「(……これで、いいんだよね、アメ)」「(ンー、たぶんねー……)」

 ひそひそ『刀語』を介して会話する。アメが刀であることも、彼女には分からないのだろう。
 ……智広は赤羽ハルの事情はおろか、彼が暗殺者であるということすら知らない。

「えっと……大丈夫だと思いますよ。私たちは、その赤羽さんの――仕事のことを知っているんですけど。きっと、すぐに戻ってくると思います」
「ありがとう。あなたのような優しい人がお友達にいるなら、ハルくんも、安心ですね」

 微笑む。きっと苦労を重ねてきているだろうに、それはひどく柔らかかった。
 それは彼女の人格もあるだろうし、あるいは、彼女を世話していた赤羽ハルが、大きく関係しているのだろう。

「でも……ハレルさんこそ、探している人がいたんですよね。そちらは……?」
「あ、いや、大丈夫です。もう、居所は分かっていますから」
「そうですか? ならいいんですけど……私のせいで引き留めてしまっているなら……」
「んーん! ゼンゼン気にしなくていーヨ! アイツほんっとワッケワカンナイ奴だもん!」

 アメが、ぷんぷん! と口で怒りながら言う。
 ハレルは、今頃その『赤羽ハル』と戦っているだろう個人のことを思い出す。

「……そう。セニオさんはいつも、予想がつかなくて」

 何がなんだかわからないうちに準決勝が終わり、残留ファントムルージュ検査も済ませてから、彼に出会っていない。
 お礼と応援をと思い探しても、あちこちでナンパやら何やらをしていることは分かったのだが、どういうわけか、まるで避けられているかのように、接触は叶わなかった。
 既に彼らは、戦場に辿りついているだろう。放送も、恐らく始まっている。

「……お互い、待ちぼうけ、させられちゃってるんですね」
「そう、ですね。……でも。彼は、約束を守ってくれると、言ったので」

 ……守ってくれる気があるのかどうか、いやそもそも覚えているのかがは怪しいのだが。
 試合映像を見たいという思いはあるが、それではこの女性を放置することになる。
 それはよくないと考えたからこそ、ハレルとアメはこうして、間違っても試合映像が届かない場所で彼女を引き留めているのだ。
 (なお、彼女に出会ってからの会話でそこまでの判断に達するのに、アメの分析力及び『刀語』の能力が多いに活用されたことをここに述べておく)

「約束……いいですね。私も何か、しておけばよかったな。……してくれた、かなあ」

 ハルやセニオが、彼女たちの前から姿を消した理由は分からない。
 だが、全ては今日終わる。
 智広に間違ったことは言っていない。この大会の医療関係が万全なのは、身をもって分かっている。
 どちらが勝つにせよ、あと早くて数時間。遅くても数日以内には、彼らに会えるはずだ。
 そのはずなのに、胸に押し寄せる、漠然とした不安。
 あるいは智広も、それを感じたからこそ、不自由な身体を推して、病室の外に出て来たのかもしれなかった。
 もはや、勝敗は大きな問題ではなくなっていた。
 ハレルは祈る様に呟く。

「大丈夫。きっと、無事に帰って、きてくれますよ」

 きっと、きっと帰ってくる。
 草を生やしながら、いつもの笑みを浮かべて。
 あの鬱陶し――もとい、うざ――もとい、チャr――もとい、明るい(婉曲表現)笑みを浮かべて。

「……ハレっち、そこはもうちょい頑張ろうよモノローグ」
「い、いや、その、でも、セニオさんの笑い方、未だにちょっと、生理的になんかが……」


◆        ◆


「ハハハハハ!」

 能力名:フィクション睫毛の参謀喋刀語りスマート・ポスト・ファントム・ルージュ・ファンクション+98。
 効果:融合した全能力を順々に、自動的に切り替えて使用していく。
 制約:使用制限時間は極めて短い。

「おいおい、こりゃあ、とんだボスバトルだなあ――!」

 赤羽ハルは片目を閉じた。

 降り注ぐアメノハバキリの炎弾。硬貨弾で撃ち落とす。投げつけられたスマート分割岩盤。紙幣で切り払う。しかしそれは陽動。足元がめくられる。地面の上部はポストイットゆえの粘着性。ハルの背に張り付く地面の重り。引き倒される、上空に黄色の閃光、炎上する森、蹴り飛ばされる木の枝・砂利・樹海の首吊り死体・ハルは虎の子の札束を解放・斬殺結界を構築・彼に届く全てを視界を塞ぐ全てを切り薙ぎ断ち割り斬り払うそして見上げる木々の合間頭上にはセニオ無数のセニオ分裂体セニオ否そのほとんどは睫毛の虹の幻影――

「“とりたて”」

 ハルは両手を伸ばし、その場で鋭く旋転した。
 その先にあるのは糸。暗殺用のワイヤーである。
 手芸部ほどではないが、彼とて本業の暗殺者だ。簡単な扱い方は分かるし――『括りつけて』『引き切る』だけなら子供でも出来る。
 硬貨弾に括りつけられ、森じゅうに張り巡らされた糸が、内側の樹木を一斉に断ち割る。
 命ある『樹木』が、その時点でただの『木材』になる。
 ミダス最後配当の唯一の弱点、射程距離。
 準決勝での、ミツコとの戦いをヒントに――赤羽ハルは、それを克服していた。
 豪華客船のように『握った物に繋がっていれば』、その射程距離は視界内に伸びる!

「“金の成る木”!」

 彼の周囲100メートル近くの樹海が、まるごと消し飛んだ。
 換金され、紙幣が舞う。
 もっとも、林業で人工的に育てられたわけでもない木材など、富士の樹海というプレミアがついても大した値段にはならない――が。
 赤羽ハルはその全てを、ジンバブエドルで換金した!

「ちょ、うぉ、ぬぎゃーwwww」「うお何これwww」

 舞い上がるジンバブエ、ジンバブエ、ジンバブエ――!
 2009年4月にはその発行が停止されている、既に死んだも同然の貨幣。
 だが、その通貨価値は消滅したわけではなく、一部の地域で使えはするのだ。具体的には、2013年5月の時点で、1ジンバブエドル=0.3円程度のレートとなっている……!
 全盛期とは程遠いが、300円が1000枚の紙幣に変わる圧倒的インフレ率は、ある一つの結果をもたらす。
 『睫毛の虹』は空気中の水分を操ることによる幻覚。
 ――樹海が消える。満ちていた豊富な水気が、紙幣によって幻影ごと吸い尽くされる。
 そして、無数の濡れた紙幣にまとわりつかれて動きを鈍らせたセニオが、幻影の中からその姿を現す。
 即座にその全身を、貨幣弾が撃ち抜いた。

「ちょ待」「ウェーイあぶねえ俺www華麗に俺を庇う俺カッケギャーーー!wwww」

 スマートポストイットで分裂した片方が盾になり、全身を貫かれて消滅する。
 文字通り半殺しにされた残りのセニオが威力の落ちた貨幣弾を受け、血の線を引きながら吹き飛ばされる。
 ハルは軽く舌打ち。比重の軽くなったセニオは、まさに風に舞うビニール袋もいいところだ。硬貨の大きさの質量弾で致命傷を与えるのは逆に難しい。
 ウインドブレーカーをはためかせながら、切り株だらけになった森を舞うセニオ。ハルは彼を縫いとめていた岩盤を剥がし、小走りに駆けながら注意深くその軌道を追う。
 吹っ飛ぶセニオ。陽光を受けて、ギラギラと輝く銀色のウインドブレーカー。
 そこに映る景色。
 ――三秒間。
 セニオが、ハルの瞳を指差す。

「ファントムルージュ・オンデマンド!」

 がぁん、と赤羽ハルが銃撃を受けたようにのけぞった。片目を押さえ、地面に倒れ込む。
 吹っ飛ぶセニオはそれを見届けると、森を抜けたところにあった川に着水する。

「ごっはぁ!wwwざwwwwまwwwあwwww偽原さんマジナイス能力だっつのwwww
 うぇーい俺マジTUEEEEEE――ゴボゴボ!?wwwwwゲェッホウェッホwwww」

 ざばざばと無様に水を掻き、大岩を掴んで、慌てて川岸へと上がる。
 濡れた金髪が額に張り付くのを鬱陶しく掻き上げ、改めて快哉を叫ぼうとし、

「――草を生やすにゃ、ちっとばかし早ぇんじゃねえか?」

 ちゃりちゃりちゃり、と。金属音を鳴らして。
 川向うの切り株の群れの中から、赤羽ハルが、起き上がった。

「は、ウソっしょ?wwwwwナンデ?wwww」
「2013年7月24日発売、劇場版 HUNTER×HUNTER 緋色の幻影 本編1枚+特典ディスクDVD1枚」

 その片目から、どくどくと血が溢れている。片手に握られた金銭と、指先も血塗れだ。

「参考価格――5040円」

 セニオの中の凡人が、即座に何が起きたか理解した。
 ファントムルージュ・オンデマンドは視界を介して全情報を叩き込む能力。
 赤羽ハルは最初からこの能力を警戒し、片目のみでセニオを追っており、
 かの能力に晒された片目を、指で鷲掴みにし、内在されたその『情報』を換金したのだ。
 あるいは、偽原本人による行使ならば、そのような対処では逃れきれなかったかもしれないが――

「てかさ……それは、偽原の、偏執的な狂気と妄執があって、初めて成り立る能力だ。
 アイツ自身の呪いが解かれた今、お前ごときが使って、威力を出せるわけが、ないだろーが」

 片目を抉る壮絶な痛みに、しかし顔をしかめる程度。元より彼は自らの内臓を引きずり出して換金する男。
 その痛覚への耐性は――大会にかける覚悟は、セニオの比ではない。

「結局さあ……お前の能力は、洗練、されてねえんだよなァ。
 今までの相手がどうだったか知らねえけどさ――教えてやろうか?
 あんたみたいなのを、能力バトルのおえらいさんは、『能力にかまけた馬鹿』って呼ぶんだぜ」
「ウェ、ちょ、ウェ……w」

 セニオは再び立ち上がり、何かの能力を使おうとする――だが、出来ない。
 地面についた掌が、透けた。無様に浅瀬の中に倒れる。
 ――限界だ。
 元よりパレットは“一般人並みの思考回路”を必要とする能力。凡人形態の力によるその行使は、セニオのチャラ性を大幅に損なう。
 そも、基点となるフィクションファンクションの性質ならば、理論上は大会参加者、否、wikiに掲載されている全ての能力が使えたはずなのだ。
 なのに今までの対戦相手の分しか出せなかったのは、使ったことが無かったからというよりも、結局のところ、そこまでガチな戦術を取るとセニオのチャラ性が持たないからだ。
 硬貨弾が掠めた傷口から流れ出るのも、血よりもむしろ、金色のチャラ男粒子の方が多い。

「ちょ、ちょ待てって、マジ、これ、ヤベっしょ、待てってマジ……!ww」

 呻く。その耳を、硬貨弾が吹き飛ばす。

「がっ……! イッテェエエエエ! いやマジwマジメにいてえ!www耳ちぎれてねコレ!www」
「ちぎれてんだよ。……あーくそ、片目は流石にまずかったか」

 いささか狙いが甘くなっている。
 彼らは現在、幅10メートル弱ほどの川を挟んで向き合っている。
 そこまで深くはないが、警戒しているのだろう、ハルは対岸から動く気配は見せない。この距離で決着をつけるつもりだ。

「ちょ待てよォ(↑)wwタンマタンマタンマwwww無敵バリアーwww」
「はいはい、んじゃ、俺バリア貫通なーはいバーン」

 ばじゅん、と顔のすぐ横の岩が弾け、砂利がセニオの顔を襲う。
 まずい。だが身体も限界だ。パレットなど論外。コピー能力は――使えて、あと一つ。
 何をコピーすればいい? どれを使えば、この状況から奴に届く?
 しかし、『真剣』に思考すればするほど、身体は消滅していく。……間に合わない。

「……ちょw……」

 身体の崩壊が留められない。
 伸ばした手が、戦いのどこかで巻き込んだらしい、濡れた一万円札を掴む。
 咄嗟に、つぶやく。――刀語。

「……うぇー、……」

 ……特に、何も起こらない。
 当然か。これを武器に出来るのは赤羽ハルだけなのだから。
 なるほど、能力を使いこなせない。そういうことだ。今更すぎた。ていうかマジ今更すぎるだろ。
 出来るならもうちょい早く言ってほしかった。

「……悪っりィw……あれw俺、ナンデ謝ってンだっけwww」

 約束があった気がした。何かはうろ覚えだった。記憶すら溶けていく。
 一回戦、同じような状況で、彼に発破を掛けてくれた相手は、ここには存在しない。それは致命的な違いだった。
 結局のところ、セニオはどこまでも、チャラ男でしかなかったのだ。

「これにするか。豪華客船でパクった宝石だ。時価百万程度。……金に埋もれて、死ね」

 思い出す。消えていく。今までの対戦相手。試合。環境。災害。
 あと昔の友達とか、家族とか、なんかそのへんのもんが、次々と浮かんでは消えていく。
 死の淵にあって、今、どこまでもセニオは冷静だった。凡人だった。
 思考が錯綜する。ザ・キングオブトワイライト。金。一万円札。試合。美術館。ファントム。三つ巴。お前サバンナでも同じこと言えんの。一万円札。家族(リソース)。投票。廃村。ファントム。城。探偵。飲み会。一万円札。対策会議。酒。試合。能力。

 金。一万円札。諭吉が笑っているように見えた。うっせーっつの。
 意識が薄れていく。体が薄れていく。掴んだ紙幣が、風に流されそうになる。

 金。諭吉。一万円札。
 金。諭吉。一万円札。
 いちまんえん。
 いちまんえん。


 すげーなこのせかい。
 いちまんえんがそのへんにおちてるのかよ。


◆       ◆


「『セット』!」

「『ミダス最後配当』!」

 撃ち出された宝石が――セニオの手に触れて、消滅する。

「なに……?」

 赤羽ハルがいぶかしむ。能力をコピーされた。だが、換金した紙幣、一円玉すら現れない。
 ハルはすぐさま追撃に移る。怪我による照準誤差も既に直している。
 ガンマンめいてポケットに手を突っ込み、抜き様、両手で無数の硬貨弾を撃ち出す。

「ウェーイ!wwwww」

 セニオの発するチャラ男粒子が、そのテンションに呼応して活性化する。
 チャラ男は、両手を目まぐるしく動かし――硬貨弾が、再び消滅した。
 ハルは見る。セニオの両手に、何かが保持されている。
 両手に持っているのは、薄い、プラスチックの板のような――

「……クレジットカード!?」

 クレジットカード、ないし、何らかの電子マネーである。
 ミダス最後配当の能力は『換金』であり、その金額こそ日本での流通額に縛られるものの、形態は自由自在。
 原理としては、先程の糸と貨幣のトリックと同じだ。
 カードに触れた物体を、カードごとまとめて、一つの新たなカードとして換金する。
 ハルが撃ち出した硬貨弾は、そうしてセニオのクレジットカードに『入金』されたのだ。

「チィッ……!」
「ウェイウェイウェーイ!wwwバッチコォーイwwww」

 再び撃ち出される硬貨弾。そのことごとくを、セニオは入金によって受け止める。
 《チャラき足》《チャラき手》《チャラき目》。常人の三倍の身の軽さ、その手の早さ、目ざとさ、それがポストイット化によって二分の一になった薄さ。
 それらを総合したスピードは、神速とはいえ直線軌道の硬貨弾を、容易く受け止める!
 まさに改心の一手。
 今この時、セニオは、赤羽ハルの『日本銀行拳』をほぼ完璧に封殺した。
 だが、恐るべきことにセニオは、別に、それを狙っていたわけではない!



「ウヒョーwwwwカネだー! カネだー! 万札ウェーイ超ラッキィ~!wwwww」



 そう。結局のところ、セニオはどこまでも、チャラ男でしかなかったのだ!
 黄樺地セニオは、お金が欲しい!
 チャラ男特有の――金汚さ!

「クッ……クハハハハハ!」

 ハルが思わず吹きだした。腹を抱えて膝を打ち、子供のように笑い飛ばす。

「はは、ははっははは! お前、この状況で! それかよ!
 ザ・キングオブトワイライト決勝戦で、願いを何でも叶えるって言われてる直前で!?
 明日のドラゴンボールより、目の前の万札ってかぁ! サイッコーだ、お前!」
「おいおいおいおいヤベッショパネッショーwwwwこれ俺あっと言う間に大金持ちじゃね?
 人生の春わっほいwwwイっカしーたー能力持ってンじゃんハルゥ~wwwww」

 くいくい、と手招きするセニオ。なんということだ! 古めかしいことに目が『$』だ!

「カッモォ~ンwwwwいっぱいカネ持ってんしょ?ww全部オレんモンにしてやるよ!wwww」
「はははは、はははははは! いいぜセニオ! いくらでもやるさ! だが、扱いには気をつけろよ、何せ大金ってのは――」

 笑いながら、ハルはきぃん、と100円玉を弾いた。それは、川を越えて、ゆるやかにセニオ目がけて放物線を描く。
 時間差換金。
 無数のジンバブエドルが、セニオの視界を覆い隠す。

「目が眩むからなァ!」

 赤羽ハルは隠し持っていた拳銃を抜いた。
 セニオは地面に手をついた。


◆       ◆


 富士山は、世界文化遺産に登録されている。
 そして、『値段がつけられないもの』を換金することは『ミダス最後配当』と言えど出来ない。
 赤羽ハルもそれは分かっていたし、別に問題とも考えていなかった。フィールドまるごと換金出来る豪華客船が有利すぎただけだと。
 だから気付かなかった。
 富士山という『総体』は出来なくても、その構成要素は可能なのだ。
 たとえば、人の立ち入らぬ山中の、栄養たっぷりの腐葉土。
 目安にしておよそ、40リットル3000円。

 大会本部のモニター。
 富士山上空のヘリコプターに備え付けられた、戦闘領域を一望できるカメラは、この時、

 かの霊峰の中腹が『抉れた』のを、捉えた。


◆       ◆


 撃ち込んだ弾丸は外れた。否、あの天変地異の中で当たるわけがなかった。
 日本銀行拳が無効化されると分かった瞬間に銃撃に切り替えたハルのクレバーさは成程さるものだったが、セニオの突飛な行動はその想定を上回っていた。
 ハルは、セニオの『凡人形態』を最も警戒していた。
 軽薄な表に隠れ、その裏で最悪のコピー能力を無限大に応用する、あちらが本体だと。
 逆だったのだ。あんなものは、所詮ノイズに過ぎなかったのだ。
 チャラ男はどこまでも、チャラ男ゆえにチャラ男なのだ!

「は……はは……!」

 もう笑うしかない。
 山が、森が、まるごと流砂に呑まれたようだった。
 獣。樹木。虫。川。滝。換金できなかった生命が全て、奈落に飲み込まれていく。
 あるはずだった地面は全てなけなしの貨幣に代わり、その貨幣もひとりでに宙を跳ね、あのクレイジーなクレジットカードに吸い込まれる。
 キャバァーン! キャバァーン! キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャバァーン!
 入金音の幻聴が聞こえてきそうだ。

 時間が、奇妙にゆっくりと流れていた。
 一円玉、十円玉、百円玉、五百円玉。千円札、一万円札。
 桜吹雪めいた紙幣の薫風が、波濤めいた硬貨の小雨が、落ちる彼らを包み込む。

「ウゥゥゥゥッウエェーイ!wwwやっべこれだけあればカラオケ徹飲みもし放題ジャネ!www」

 大会側が設定した戦闘領域は、四方一キロメートル。
 恐らく、上下に関してもこれが効くと考えるべきだろう。
 そして、比重に劣る赤羽ハルは、このまま落ちれば確実にセニオより早く脱落する。

「セニ、オ……!」
「はぁー?wwwなぁんですぁかーァ!wwww言っとくけどやんねーかんなーwwwww」

 ハルは木の幹を蹴った。セニオは風に乗った。セニオが少しだけ高かった。ハルは貨幣を構えた。セニオはクレカを構えた。幾条の閃光が走った。右手で八閃。左手で八閃。合わせて十六閃。そのうち七つは囮。セニオはひらひらと揺らいでかわした。四つは本命。セニオはクレカで受け止めた。そして五つが伏線だった。セニオの手の届かぬ方向へ放射状に放たれた五枚が空中の瓦礫を支点に回転し、巻き付けられた糸がセニオに絡みついた。

「この俺が、金への執着で、」

 引き下ろす。

「負け、るかよオオオオオオ!」

 糸はすぐさま換金される。だが慣性は残る。ハルの手の届く場所にまで。
 紙幣による斬撃。セニオが袈裟がけに切り裂かれた。あふれ出る赤い血と金色の粒子、比率は3:7、いや2:8。頸動脈を狙った返す刀の二閃目はしかしクレカとぶつかり換金。ハルがセニオのクレカに手を伸ばした。内在された資金を換金爆発させようとする。だが互いの換金力が相殺し合い出来ない。同等の出力。糸が換金される。服が換金される。ハルが服の裏に隠した紙幣が換金される。セニオのアクセサリーが換金される。武器消滅、アクセ消滅、上着消滅、上半身裸、パンイチ、全裸になった二人が、もつれ合いながら落ちていく。落下する獣や樹木が彼らの危うい所を巧みに隠す!

「(もういいだろwwww)」

 セニオが言う。圧縮された時間。

「(だったら俺が優勝したら、アンタの願いもかなえちゃるってぇwww)」

 ハルが応える。まだ底へはつかない。

「(だから、お前は世界の敵なんだよ)」

 資金はほとんど底をついていた。頭痛を堪えるようにハルは顔を歪めた。
 ずる、と。
 背中に、溺死者の掌のような、極寒の“何か”が触れているのを感じた。
 敗北が近い。すなわち、魂の取り立てが近づいている。

「(ハ?www)」
「(覚悟もなしに、返せるアテもねえ負債を背負いやがる。今までで何人にそう言った?
 それをどの程度本気で背負った? 出来ると思ったのか? 誰もの願いを叶える? 大会運営がそれを許すと思うのか?
 いいや、たとえ上手くいくとしても――俺はんなもん、求めちゃいねえんだよ。ビタ一文たりともまからねえ)」

 ハルは最後に残った四枚の百円玉を、掌の内に握り込んだ。
 それは、チンピラの喧嘩テクニックだ。
 こっそり小石を握り込んで拳を重くしてパンチの威力を上げる。日本銀行拳の初歩の初歩。
 ここで負けたら彼は死ぬ。ここで勝てば彼は自由になる。だから置いて来た。もう二度と会うつもりもなかった。だから置いて来た。冷めた目でしか見れなかった。だから置いて来た。


「それは、」あのひとは。「俺の、ものだ――!」


 がぁん、と。
 換金出来ない最強の武器――拳が、セニオの顔を、したたかに打ち降ろした。
 セニオの耐久力は激減している。ごげぅ、と呻きのような声が漏れて、セニオの体が、首を中心にきりもみ回転しながら落ちていく。真下へと。ハルより早く。落ちていく。
 勝った。
 勝った。
 終わった。
 ……セニオの落下が、緩やかになる。
 緩やかになり、止まり、上昇し始める。距離は離れて、しかし、赤羽ハルと同じ方向に。何故だ。どうして。

「!」

 ぐるりと、視界が回り、“正常”になった。
 ……赤羽ハルはそこで気付いた。
 真下に殴りつけたつもりだった。だが、逆だった。二人は揉み合いの中で、上下逆になっていたのだ。ハルはセニオを、殴り上げていた。彼よりも上へと。
 至近戦闘で視界が塞がれていたこと。長時間の浮遊感から起きる、上下の錯覚――否。
 冷静さを、欠いていた。軽薄さを、忘れていた。
 最後の最後、ほんの少しだけ出した本音が、結果としてハルの身体を引きずり降ろしていく。

 (この世の中は、カルく生きた方が得ってこった)
 (真面目なヤツから死んでくのさ)

 自分で言った言葉が、リフレインする。
 脳震盪でも起こしたのか、セニオは四肢を伸ばしたまま、風に揺られて飛んで行く。
 明らかに量を減らしたチャラ男粒子が、傷口から途切れ途切れに漏れだしている。
 だが、その消滅が、ハルの場外に先んじることがないことは分かっていた。
 背中の死神が、赤羽ハルの魂を取り立てんと、その冷たい手をより内奥へと伸ばしていた。

「……ああ、くそ」

 ハルは、最後に残った四枚の百円玉を握りしめた。
 殴打ではなく、零距離からの硬貨弾ならば、セニオの頭を吹き飛ばし、勝利出来たはずだ。
 だが、彼は躊躇ってしまった。それを手放すことを。
 最後に残した、四枚の百円玉。
 いつの日か、銃弾を受け止めて、歪んだ硬貨。
 いつの日か、――

「はは。本当に、迷惑なゴミだったよ……」

 視界の端でセニオが回る。偶然か、気流の悪戯か、その他の、何かか。
 その腕が、ハルへと向けられる。
 世界の敵。無遠慮に無思慮に、誰にでも差し伸べる問答無用の幸福の手。

「……ご免ね」

 握り込んだ拳を、祈る様に額に当てて、ハルは静かに落ちていった。



◆       ◆



【ザ・キングオブトワイライト 決勝戦】


優勝者:黄樺地セニオ
勝因:金への執着



敗退:赤羽ハル
敗因:金への執着








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