準決勝戦【廃村】SSその2

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準決勝戦【廃村】SSその2

2013年の『関東』、とある映画館の上映会場――――

(うん、0巻は前にジャンプでも読んだけど、こうしてあらためて読んでも面白いな。特にラストのこの1ページが良い)

一人の青年が、一冊のやや薄い漫画の単行本を読みながら椅子に腰かけている。
漫画を鞄の中へしまい、スクリーンへと目を向ける。

(さて、そろそろ始まるな)
(架神さんはこの時点でチケットを破り捨てて、家に帰るべし、とか言ってたけど、やっぱりこんな面白い漫画がそんなどうしようもない出来になるなんて考え難いよな)
(まあ、駄目だったら駄目だったで、それはそれで楽しめるものにはなるんじゃないか? 皆ハンターだからって期待しすぎてるんだよ

会場の電気が消えていく。
スクリーンの幕が開く。

(……始まった)

――上映一分後

(おっ、冒頭の雰囲気は中々良いじゃないか。これは思ったより、楽しめるんじゃないか? やはり皆、期待のしすぎで……)

――上映十分後

(いや……あの、なんで、ゴンとキルアが頭の悪い馬鹿なガキになってるの? 彼らはプロハンターで、それぞれ常人とは異なる子供達だって、原作中で……)

――上映二十分後

(あの0巻の内容がこんな淡泊に!? あの、スタッフの方たち、ハンターを読んで何を感じたの? ま、まあ、あまり0巻の内容に尺は避けないってことなのかな?)

――上映40分後

(ビッグバンインパクトが放出系!!? そして圧倒的強者のウボォーに何も考えずに立ち向かうゴンとキルアの二人!!? スタッフはハンターを本当に読んだの?? 読ん……だの……)

――上映1時間後

(線路で自殺しようとするキルア……、なんだ? これはなんだ? ハンターの映画ではない。俺の知るハンターは、こんなものではない。でも、あれはハンターなんだ。目に映るのはハンターのキャラクターなんだ。あれはハンターの映画、なのだ……)

――上映80分後

(アハハ、イルミが腕を振り回すだけの淡泊な攻撃してるぅー……、ダブルマシンガンがじぇんじぇん威力が無ーい。やる気が無ーい。ハンターの映画じゃなーい。まともな人間の作る作品じゃなーい)

――上映90分後。

いるよ、そばに一番近く~~♪
今はただそれだけでいいから~~♪

エンディングの歌が、流れ始める。
少女の声が、響く。

「ありがとう、ゴン、キルア……これでやっと私は本当を生きられる」

「本当を生きるか」
「本当ってなんだろう」
「自分らしく生きるってことじゃねえか?」

(ああ、うん。良かったね。ヨカッ……タネ??)

そして、スクリーンの幕が閉じ、会場が明るくなった。

周囲がややざわつく、しかしそれらの喧騒は、青年の耳には一切届かない。
そして、青年は酷い頭痛を抱えたまま、ふらふらとした足取りで映画館の会場の外へ出て行ったのだった……。

(なんで……なんでハンターの映画がこんなことになるんだろう)
(人間って、あんな凄い作品を、こんなくだらないものにできるんだ。人間ってある意味ですごいな)
(こんな映画が生み出されるんなら、世界なんて滅びてもいいかも、な)

それから約二カ月後。
絶望に沈んだ一人の青年は、ある一人のキャラクターをあるゲームのキャンペーンへと投稿したのだった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

2020年、ザ・キングオブトワイライト準決勝。
戦場は、日本のとある寂れた廃村。
道路の周りには畑が広がり、とこどころには、オンボロ……とも形容されそうな木造式の民家が立ち並ぶ。
2020年、それも核やバンデミックで退廃しているという時代にそぐわない、日本のやや懐かしい田舎風景を残すこの村。
その中を、やはりこの風景には似つかわしくない、一人のキラキラとしたアクセサリーで装飾した、金髪のチャラ男が歩いている。
男の名は黄樺地(きかばじ) セニオ。今回の準決勝における出場選手の片割れである。


「ウェイ、ウェーイ、古臭い村だっぜwww 人とか住んでんのココ?ww あっ、廃村だって言ってたし、そもそも今試合中かwww」
「あ~、こういう泥臭い場所とかマジ勘弁!! とっとと終わらせて帰りテーww ウェイwwウェイww」

生粋のチャラ男であるセニオは、この土と草の香り漂う田舎風景があまり肌に合わないようである。
チャラ男とは、やはりネオンの光眩しい都会でこそ輝くもの。農耕器具を持って、白いシャツと半ズボンのルックで農作業に従事するチャラ男という図は想像し辛いだろう。

「あ~~もう、偽原シャン、どこにいるんだよ~~。さっきからあちこち転送して回ってんだけどな~~」

セニオは、今回の戦いは素早く決着をつけようと、開始直後からコピーした能力、大会運営であるディプロマット&アンバサダーの転送術を使って、偽原の開始地点と思われる場所へ転送を繰り返していた。
今回の戦いは互いの開始地点が知らされていない。しかし、村の入り口のどこかであろうと、当たりをつけて飛んでいたのだが、偽原の姿は見当たらなかった。

「長期戦とか勘弁ww おーい、おまわりさーんww、出てこいよーwwウェーイww」
「オ……ww」

そんな時。
セニオの目に、民家の前にポツンと佇む人影が写った。

「めっけwwめっけww おーい、偽原シャーーーンww」

警戒心も無く、素早く駆け寄るセニオ。流石はチャラ男である。
だが、近づいた時、目に映った顔は偽原ではなかった。
やや禿げ上がった頭に、皺の寄った顔、痩せこけた体型、それは70過ぎぐらいの老人だった。

「おーい、お爺ちゃ――ん、こんなところで何やってんの?www」

何故老人がこんなところにいるのか? という疑問を、普通の大会参加者ならば思うだろうが、チャラ男、セニオはそんな疑問はどこ吹く風か。フレンドリーに老人に話しかける。
老人は、そんなセニオに視線を向けると、カッ!!と目を見開いて、口を大きく開けた。


「ファントムルージュじゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!」


老人から大きな唸り声が発せられた。
ザワッ……ザワッ……、その老人の裂帛により、周囲の木々が強風にでも煽られたかのように揺れる……、実際には揺れていないが、見る人が見ればそんなイメージを抱くだろう。

「ウェイウェイww、おじーちゃん、どしたの??」

そんな老人の尋常ならざる様子もどこ吹く風か、セニオが持ち前のチャラさで気楽に声をかける。

「おおおお……、お前はぁーーー、ここから先へ進んではならん。進めば……地獄が、ファントムルージュが待ち受け取るゥゥーーーー」
「ウェイ、ファントムル―ジュってアレっショ?? あのクソ酷い映画デショ? ダイジョブ、ダイジョブ、俺あれを見たけど、何とか耐えれたから、怖くなーいww怖くなーいww」

セニオは1回戦、美術館での戦いで、ファントム雨弓と対峙した時に彼の能力で、既にファントムルージュを視聴している。
もっとも、それはオリジナルの劣化の劣化の劣化を、光学的に再現しただけのもの、であるが。
吐瀉物を撒き散らし、全身がズタボロに傷ついたものの、何とか彼にかけられた呪い、『シリアスを理解できない』という特性によって耐え抜き、勝利した。

「お前は……、お前は、真のファントムルージュを知らん」
「ウェイ、怯えすぎだっておじぃーちゃーんww」

「あれは……あれは、この世に非ざるもの」

老人は、元々白い顔を更に蒼白く変色させ、悲壮極まる表情で、セニオに告げる。

「そう、例えるならば、パンドラの箱の最後に残された災厄」
「黙示録の最終章に刻まれた……、神々の怒り」
「地獄の奥底よりも、奈落の淵の淵よりもなお深い絶望……、お前はそれを知る」
「ウェイウェイww、何言っちゃってんの、じいちゃんww」

老人の必死の訴えも、『シリアスを理解できない』セニオには届かない。
老人は、「おお……」とかぶりを振り、そんなセニオに答えた。
「恐れを知らぬ若者よ……。今なら、まだ引き返せる。だがお前が真の悪夢を知りたいならば、もう、止めはせん」
老人は自分の横にある民家の扉を指さして、いった。

「その扉を開けるが良い。だが、そこを開けたならば最後……お主の苦難が始まる」
「決してもう、振り向くことは許されない。ああ……、それでも行くのか」

老人は、気づけば涙を流していた。
セニオはそれに、こう返す。

「おじぃーちゃん、だからダイジョブだってーー。俺、世界平和、目指してるしww
それにはこの大会で軽くユーショーwwするのww」
「そしたらおじーちゃんももっと楽しく生きられるってww まあ多分、あのおまわりさん?ww 偽原さんに、そんな事言わされてんだろうけど、体大切にしろって、さっきから
そんなゼーゼー叫んで、疲れたッショ?ww」

セニオは老人の肩をバンバンと叩き、明るく声をかける。
彼はチャラ男だが、心根は優しい、明るい、楽しいチャラ男である。

「んじゃww、行ってくるyoww 道案内ありがとー、じっちゃんww」

セニオは老人に手を振り、彼が指さす民家へとかけていく。
老人はそんな彼の背中を涙をながしながら、見送った。

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――ふむ、寂れた廃村と言えば、怪しげなお告げをする老人は付き物。中々の演出だな。

(……お前は、少し黙っていろ)

――そう言うな、これからチャラ男が味わう大難。恐ろしくも楽しみなのだよ。こうして自らの意見を執筆させるぐらいは許してくれ。こんな機会も滅多に無いのでね。

(ここから先も、書き上げるのは、お前では?)

――そうだが、準備をしたのは君だ。これを実行できるのも君というキャラクターがあってのことだ。いやいや、怖い怖い。

(いいから、早く続きを書け)

――そうしよう。

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セニオが家の扉を開け、玄関を上がると、そこは畳作りの和室であった。
真ん中には木造りの大きなテーブルかあり、横には大きな戸棚がある。典型的な部屋作り。

セニオは和室の中を進んでいく。


ブツッ。


突然、近くで音が鳴った。
見れば、和室の机の上には1台のノートPCが置かれていた。
誰かが近づくことで反応する仕掛けだったのだろうか、セニオはモニターにその目を向け……なかった。

「ウェ……ww、これ、ヤバいんでしょww オレ、知ってるしww」

セニオはチャラ男ではあるが、まったくの馬鹿、というわけではない。
偽原の一回戦、二回戦の戦いはちゃんと見て知っている。彼が他人に『映像』を見せることで、精神的な攻撃を仕掛ける能力者であることは明白だ。
ファントムルージュを知っている、と先ほどの老人に語ったものの、そう何度も味わいたい体験ではない。まして、オリジナルはアレより恐ろしいというのだ。
今回の戦いでは、できれば敵の能力は食らわず、偽原を見つけたら、速攻でケリをつけるつもりでいた。
2回戦、鍾乳洞の戦いで見せた偽原の悪辣さ……、それをセニオも目にしている。どんな映像が流れるのか。どうせ、ろくな映像ではないだろう。シリアスを理解せぬセニオでもそれは何となく分かる。

心の中で身構えるセニオ。だが、モニターから目を背ける彼の耳に届いた声は、彼のまったく予期せぬものであった。

「えー、マジィーー? チャラ男ォーー!?」
「チャラ男が許されるのは、せいぜい二十歳(ハタチ)ぐらいまでだよねー、四葉ちゃん」
「キモ―イwww」
「キャハハハハ」

「……ウェ??」

PCから発せられたのは、おおよそ小学生ぐらいの子供達の声であった。
セニオはその映像に目を向けていないが、その声には聞き覚えがある。
チャラ男を嘲け笑うその小学生達の声は、この大会の一回戦で敗退した、高島平四葉と弓島由一の二人である!!

「しってるー? 四葉ちゃん。あのセニオとかいう奴、5年前に大学生以上で、その頃からずっとチャラ男なんだってー」
「えっ……、てことは最低でも2○歳以上?? それでチャラ男?あの恰好?? うっわぁーーーww」

「最っ低だよねーー。ああいう大人にはなりたくないっていうか―。ウェーイとか、ガヂテーとか言いながら、もうほとんどオッサンだよ。うわぁーー」
「ちょっと、由一君。2○歳なら、オッサンとか言うのはまだ失礼よ。私達、いずれ人の上に立つ人間としては、あーいうー人の気持ちも扱えるようにならないと」
「でもさー、四葉ちゃん。あんなの自分の部下になんか絶対できないじゃん。しかもアレ絶対、童貞だよ、ドーテーww。2○歳でww ププッ」
「だから決めつけは失礼よ。あーいうチャラ男に引っかかる女の子だって、世の中広いからいるんじゃない? まっ、絶対○○○○(注:検閲により自主規制)みたいな女でしょうけ どー」
「マジでーー? それ、童貞みたいなもんじゃーんww 俺もう可愛い彼女いるけどーー。やーい、羨ましいか? オッサン」
「キャハハハハ。 由一君、あんまり真実を言っちゃ駄目よww」


「ウェ、ウェイウェイウェイ……」

人の真剣さというものを理解できないセニオだが、その一方で真剣みの無いもの、とりわけ人の茶化しには割と敏感である。
いたいけな少年たちの無邪気な心無い言葉の数々が、彼の心へ突き刺さっていく。

「それでさー、あのチャラオッサン(注:チャライおっさんの略。由一の造語)夢は世界平和だってよ? 」
「なにそれ……私の一番吐き気のする言葉だけど、それをあんなチャラ男が? 反吐を出す気も起きないわね」
「でしょ? 大体、そもそもチャラ男っていう生き物自体が、社会の公害(ゴミ)だっての。存在自体が平和を乱してる奴が、どのツラ下げて言うんだろーねー?」
「私の世界征服プランでも、チャラ男は最優先の粛清対象に入ってるわね」
「俺は、征服とかは興味ないけど、それには協力するよ」
「うん、一緒に世界を綺麗にしましょう」
「オーケー。それにしてもチャラ男ってさー……」

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――この後も小学生二人のチャラ男茶化しは延々と続くが……、エスカレートしすぎてこれ以上はとても文章化できない。
――各自、脳内で補完して欲しい。

(正直、聞くに耐えなかったな)

――そうそう、終わりの方には君にも波及していったな。
――いわく、40近くで延々と嘆いている暗い、キモイ、中年オッサン。あんな汚い手で勝って恥ずかしくないのーー。全国放送で下半身丸出しwwうわーww とか。まあ、概ね事実だな。

(……あれは、思った以上のものだった。充分だ。ここから、奴を精神的に追い詰めていく)

――ふむ、しかしよく彼らに最後、能力を使用することを我慢したな。私としては使ってほしかったところだが。

(善意で協力してくれたものに、そんな真似をするような非合理はしない。最後はお菓子を振る舞って、上機嫌で帰ってもらったさ)

――まあ、彼らも表トーナメントに加え、裏トーナメントでも一回戦敗退だったからねえ。相当腹に据えかねるものがあったんだろう。
――チャラ男をひたすら罵倒するだけで、優勝賞金の一割が手に入ると言われれば、あれだけの気合を入れる気にもなるか。
――君が書いた台本以上の演技だったからね……まあ、アレが本当に演技かどうかは、私の一存では決めかねるところだが。

(これは序の口だ。所詮、茶番にすぎん)

――そうだね。

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「ウェッ、ウェッ、ウェッーイww。ウェッ、ウェッ、ウェッーイww」

その後、高島平四葉と弓島由一の壮烈なチャラ男罵倒は10分以上にも及んだ。
セニオは思わず血管を浮き上がらせかけるが、持ち前の軽薄さと、静かにチャラ呼吸を繰り返すことによって息を整え、どうにかチャラさを保った。

「あー、すっきりした。じゃあそろそろ行こうか、由一君」
「うん、四葉ちゃん。この後パフェ食べない? パフェ。あのオッサンが奢ってくれるらしいぜ」
「あら、殊勝な心がけじゃないの。じゃあ、ご馳走になろうかなー」

ようやく終了を告げる、小学生二人のチャラ男への罵リ合い。
終わりは、実に平和なものであった。
ほっと一息をつくセニオの耳へ、やはりPCの側から、今度は大人の男の声が聞こえてくる。

「こんにちわ。セニオ君」

次の声にもセニオは聞き覚えがある。
一回戦、二回戦の映像で聞いた今回の対戦相手の声、偽原光義のものである。

「さて、俺からの君へのプレゼント第一弾の映像、見て頂けたかな? おっと、もし見ていたら、この映像を今の君が見ている余裕はないか」
「既に感づいているだろうがね。俺の能力は、君が映像を見ることで発動する。気を付けた方がいいぞ」
「ウェーイ、オメ、ナニアレ、ナニアレww チョット趣味悪くねww あのガキども」
「無邪気な子供の悪口ぐらい笑って聞き流したらどうかね。チャラ男のゴッドなのだろう。君は」
「ウェ―イウェーイww 良く分かってんじゃん、まったくさっきまでのは冗談きつかったゼwwオッチャンww」

偽原は、挑発的な口調でセニオを煽る。
しかし、セニオも歴戦のチャラ男である、このレベルの挑発ならば、彼のチャラさを崩すには至らない。

「あの子供たちの頑張りはなかなかだったが、このレベルでは、君を崩すには至らないだろう」
「まあ、アレは単なる挨拶代わりだ。この民家の前のお爺さんが言っていただろう。君をここから待つのは、真の悪夢、苦難だと」
「……本番は、ここからだ」

ザザッ……

偽原の言葉が終わると、突如ノイズ音が響いた。
最新鋭のノートPCには似つかわしくない音だが、あるいは、それが偽原の『演出』なのか。
そして、セニオの耳に、またしても、彼にとって思わぬ声が聞こえてきた。

「セニオ……久しぶりだな、俺だ。ダイキだ。覚えてっか?」

「ウェ……?」

その声は、セニオにとって懐かしい声であった。

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チャラ男1「ウェーイw」
チャラ男2→野良魔人A「ハ? お前何? まだそのノリなの? うっぜ。死ねよ」
チャラ男1「…………」

(黄樺地セニオ、プロローグSSより)

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そう、関西と関東の滅亡、そしてバンデミックなどの度重なる災害を生き延びたものの、世界の荒廃によって、チャラ魂を失った、セニオのかつての同志の一人。
かつてのチャラ男2、今は野良魔人となった男、ダイキであった。

「では、ダイキさん。今のセニオ君にメッセージをどうぞ」
「ああ。セニオ……、そのすまなかった。前、お前に会った時、俺酷いこと言っちゃったけど、お前今戦ってるんだってな。なんでも世界平和のためにって」
「俺、世界がこんなになっちまって……、昔みてーに、あんな馬鹿なことはできねーけど、でもお前は今も戦ってるんだな。あの頃を取り戻すために。すげーよ、お前は。昔から、生粋のチャラ男だったからな……」

「ウェ、ウェウェーイ……」

今は懐かしい友の声。彼が自分の戦いを遠くで見守っていた。
だが、セニオは彼の姿を見れない。どこで偽原が見張っているかも分からない。その映像に、目を向けてはいけない。

「では、ダイキさん。もう一度、セニオ君が戦っている映像を見てあげてくれ」
「ああ、セニオ……」

ザザッ……

「あ、ああああああぁぁぁぁーーーーーー!! なんだ、これはぁーーーーーーー!!」
「セ、セニオォ――――――――!! ウェッ、ウェ――――――イ!!」

突如、絶叫が鳴り響く。
画面が切り替わった。それまでセニオへ励ましの声を送っていたダイキの声は、耳をつんざくばかりの悲鳴に変わった。

「ウェ、ウェウェウェウェ……ウェッウェッウェッウェッ……」

あまりの事態の変化に、思わず振り向こうとするセニオ。
しかし、すんででそれを踏みとどまる。駄目だ、映像を見てはダメなのだ。


ザザッ……


更に、場面の切り替わる音。

「さて、セニオ君。見ての通り、先ほどの男は君のかつての仲間、チャラ男同盟の一人だ。ん、チャラ男連合だったかな?」
「ウェ……ウェーイ? ナニ言ってんだ?? オッチャ――ン??」
「ああ、これは我々魔人公安の君たちの呼称でね。チャラ男というのは群れを為す生き物なのだろう。単体では大きな害をなすこともないが、それが集団をなして活動することで、凶悪な悪行魔人にも匹敵する災害を起こす可能性もある。だから、我々は昔から君たちをマークしていた」
「ウェイ?」
「君の名前もその中にリストアップされていた、というわけだ。その後ろの戸棚を見たまえ」

セニオが目を向けると、戸棚の中に一冊の本がかけられていた。
本の背表紙には、『魔人公安、極秘ファイルC文書』と書かれている

「さあ、手に取ってみたまえ、セニオ君」

セニオがそのファイルをめくると、そこにはセニオの見知った名前がずらり、と並べられていた。
ダイキ、シンタロー、セイジュ―ロー、ユーシ、ガクト、ジロー、レンジ、ヒロシ、ブンタ……いずれも懐かしい名前たち。
そこに記されていたのは、彼らの名前だけではない。その住所、経歴、交友関係、家族関係、様々な事実が列挙されている。
そして……彼らの名前には、3分の1近くに赤ペンでバッテンマークがつけられていた。

残った名前にも、横に『※死亡』と書かれている。
これは……まさか……、セニオの胸に到来する悪寒。

「どうかね。それが魔人公安がかつて洗い出した君たち、チャラ男の調査結果だ」
「社会からはみだし、世の中に迷惑をかける、軽薄不純な君たちチャラ男どもの交遊録」

「通称、チャラリスト――、俺はかつてのつてでそれを入手した」

「さて、もうわかるだろう。そのバッテンマークは、度重なる災害をどうにか生き延びた者達、君のかつての大切な仲間」
「今は全てがチャラ男ではなくなっていたがね……俺は、この数日間、そのチャラリストからしらみつぶしに彼らを探し回った、というわけだ」
「そして……そこから先は君の目で確かめたまえ」
「ウェ、ウェ、冗談キツイッショww マジでww」
「彼らの映像は、今回の試合範囲内にある各民家の中にこうした形で私が事前にばらまいてある」
「全ての映像を見て回った時、君がまだそのチャラさを維持できているかどうか……、もしそれができたならば、俺は君の前へ姿を現そう」
「俺は、『俺がいるべき場所で』君の姿を眺めさせてもらう」
「たっぷりと再会を楽しんでくれたまえ、では」


プツンッ


電源が切れる音と共に、音声が消える。
セニオは一人ポツンと、民家の中に取り残された。

「ナ、ナーニ言ってんだろうなww あのオッチャンww は、ハハハハ、ウェイウェ--イww」

黄樺地セニオは、シリアスを理解できない。
偽原の言っていることの深刻さをまだ心のどこかで捉えきれない。

「ウェーイ、と、とりあえず全部の映像、見てまわりゃいいんでしょww いや、見ないけどww 楽勝ジャンww ウェーイww」

そう言って、転送術を使用し、別の民家へとテレポートした。

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――ちなみに、最近私の周りでは、絆を結んだ親しい仲間や家族同然の人の事をリソースと呼ぶそうだよ。

(リソース? なんだ、それは?)

――ああ、そうか。君にとっては、今やこの大会で敗れた男の一人にすぎんからな。あまり印象に残ってないのも仕方ないか。私から流れ込んだ方の記憶を探ってくれ。

(……理解した。成程、最低だな、こいつは)

――今や君もそれと肩を並べる最低の男なのだよ。私としても承服しがたいことではあるがね。
――我々は全て勝利の為にやっているだけだ、そうだろう?

(…………)

――ふむ、さしずめ今回の君の戦術は「黄樺地セニオ、リソース消費作戦」か。中々のものじゃないか。

(最低なのは、お前だ)

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「セ、セニォォ――!! ファ、ファントムルージュゥゥゥ!! うわぁああああああーーーーー!!」

「セニオ……やっぱり、チャラ男が生きれる世界なんて、ねえよ……こいつは、こいつは酷え……酷すぎる」

「ウェーーーイwwウェ―――イwwウェウェ――――イww オウェウェ……オウェオウェエ……」

セニオは既に7つほどの民家をまわっただろうか。
そこに映し出されるのは、いずれも最初のダイキと同じ、セニオのかつての同志達。彼らは次々とセニオに励ましの言葉を送り、そしてファントムルージュの前に果てていった。
あるものはセニオに助けを求め、あるものは、世の中をひたすら嘆き、あるものは、自分の原点であるチャラ男へと回帰していった。
そして、セニオの耳に聞こえてきた『声』はかつての同志、だけではなかった。

「セニオ……私ね、結婚して、今赤ちゃんができたの」
「こんな世界だけど、この子と一緒に家族皆で生きていければ……いいなって」
「セニオは……まだチャラ男だけど、平和の為に戦ってるんだってね。凄いな」
「私、昔、セニオと遊んだこと、忘れない。頑張ってね……セニオ」


ザザッ……


「ひぃぃぃ――、いやぁぁーーーーー!!な、何これ、この映画ぁーーーーーー!!」
「こんなの、こんなの子供に見せられないぃぃーーー。いやあーーー!! こんな世界は嫌ぁーーーーーーー!!」


そこには、セニオがかつて大学時代に仲間と共にナンパした女性たちも含まれていた。

懐かしき人々、セニオが取り戻したかったもの、この荒廃な世界においても今を懸命に生きていた彼らの、恐るべき悲鳴が、セニオの胸に刺さる。

「ウェーイwwウェーイww ウェーイww」

しかし、セニオからは軽薄さが消えない。
シリアスを理解できない呪い、それはこれほどまでに深いのか?

「はっはっは、セニオ君。どうかね。これ程までに君を想う、罪のない人たちが倒れて行っても、君はチャラ男のままか」

そんなセニオに、相も変わらず挑発的な偽原の言葉が響く。

「かつての仲間や恋人が傷ついても知らんぷりか。酷い男だなあ。でも仕方ないか、チャラ男だもんな、君は」

「ウェ……イ……」

繰り返される仲間たちの悲劇。それに対して本当にセニオは傷つかないのか? まったく理解ができないのか?
否、そんなはずはない、彼はシリアスを理解できない。しかし他人の心の痛みが理解できない男などでは決してない。
そうであれば、彼が世界平和などどいう他人のための目的を持ったりするだろうか。
そう、彼は他人の為に戦える男。だからこそ、世界を歪に変えるシリアスが許せない。

セニオの中に、世界をひたすらシリアスに染めようとする男、偽原への苛立ちは、着実に蓄積されていた。

「いい加減にしろって……の。ウェイww」

どうにかまだ軽薄な言葉を吐くセニオ。

「ふふ……、少しは限界が近づいているようだね。セニオ……、む……??」
「ほう、これはこれは。面白いなあ。セニオ君」
「スペシャルゲスト、第2弾だ。リアルタイム中継だよ」

「ウェイ?」


ザザッ……


「セニオ殿っ!!負けてはいけませんっ!!」

突如、凛凛しい女の声が響いた。
その声は、セニオには良く聞き覚えがある。それも、ごく最近のものだ。

「あなたは……、あなたは、私と約束したではないですか。勝って、私の願いを叶えると」
「それを……このような下郎の、卑劣な策の前に、怯むなどなりません!」

「ハレルちゃーんww ウェーイww」

そう、それはセニオが一回戦で戦った姫将軍ハレルであった。
共に疑似とはいえ、ファントムルージュの苦痛を分かち合った仲。
そして……、セニオは約束した、この戦いに勝った時、彼女の願いも叶えると。自分の願いは、世界平和。そこに彼女の国も救う道があると。
そして、約束はもう一つ。

「あなたは……連れて行ってくれるのでしょう。この戦いが終わったら、私を遊びに。嫌なことが全部忘れられる……」
「ウェイwwウェーーイww 言ったその通りww 俺、勝ったらハレルちゃんと遊ぶってww」

「あなたは約束を破ったことが無い、そう言いましたね。ならばここで負けることは許されません」
「勝って、勝つんです。セニオ殿」

「ハレルちゃーんww 俺、ダイジョーブww スッゲww 力湧いてきたってゆーかww」
















「はい、ファントムルゥージュ」



















PCから、突如軽い、男の声が流れる。
一瞬の沈黙。そして、

「あっ……何……これ……違う、前のとはぜんぜん……」
「嫌だ……嫌だ……、こんなの、私は認めたくない……、でも、でも、これは酷すぎる」

「世界が、世界が、黒く染まる。何かもが澱んで見え……、ああ、故郷が……私の故郷が……あう、あああ……」
「セ、セニオ、セニオ殿ぉーーー!!」


勝気な、凛とした姫将軍の面影は、次の瞬間どこにもなかった。
深く深く、絶望に沈んでゆく姫将軍の声。それは、まるで無理やり処女を奪われた乙女のように泣き濡れ、か細く弱弱しい声へと変わっていった。


「ハ、ハレルちゃーん??」


「ははは、どうだね。セニオ君。俺の能力は」
「例えモニター越しであってもね、そこに相手がいると知覚できれば、そしてその相手が何かの映像を見ていれば、それをファントムルージュに切り替えることができるんだ」
「ウェイ??」
「この戦いを見てる観客の様子もちょっとモニターしていてね。その中に健気に君を応援する姿があったからね。折角だから犠牲になってもらったよ」
「いかがかな。 君のために、また一人、仲間の心が砕かれてしまったな」
「オ、オメッ……オメッ……オメェー……」

セニオの肩がついに、震えだす。
だがセニオは、はっ、とあることに気づく。

「ウェイ、てかあれ、反則ジャネ?ww 」

「運営さーん、光素チャーンww、あいつ、観客に手を出したっショ?ww 今ww」

「アリャ、完全にルール違反ww これ、俺の勝ちジャネww ウェーイww」

セニオは両手を大きく振って、この試合を見ているだろう、大会運営に向かって、偽原の反則をアピールする。
しかし、反応は無い。

「ウェイww チョットww どーしたの?ww ルールだよねww ルールww」

なおも、身振り手振りをしながら、騒ぐセニオ。
やがて、空から、この大会の実況役、佐倉光素の声がした。

「……解説をいたします。偽原選手は反則を犯していません」

「ハ? ウェイww チョットww ナンデww」

「理由の説明は私からはできかねます。偽原選手は反則はしていない。それだけです」


「ウェーww ナニソレ―ww あいつに金貰ってんの??w おかしくね? 観客に手を出しちゃダメだってー」


「……私たちは公正です。言えることは以上です」

「ちょっと、ちょっとー。ナンデww」

セニオは、なおも虚空へ向けて抗議するが、それ以降一切光素からの反応は無かった。

代わりに、やがて再び偽原からの声がした。

「運営に反則のアピールか。せこい。せこい男だね、セニオ君。いや、チャラ男なんだから仕方ないか。せこくて当たり前か」
「どういう事だよ、オッチャ―ン……、審判買収してんの」
「そんなことができるわけないだろう? 運営の非難まで始めるとは。君のせいで、君にかかわった人々が次々不幸になっているというに、つれない男だね、君は」
「お、おい……いい加減にしろってww」

「さて、俺が用意した君の知り合いの、君への励ましの映像はまだ三分の一ほど残っている。頑張って探してくれたまえ」
「最後に、もう一度愛しのハレルちゃんの声でも聴いてくれ」


ザザッ……


最後に映像が切り替わり、再び「ああ……」「うぐ……」「私は、もう、嫌だ……」というハレルの声にならないような悲鳴が聞こえた。
セニオは、その映像からは目を背けたまま、ただその場に取り残された。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「うん、やっぱり最悪だよね~。あのオッサン……」

本試合会場の一室。

この準決勝の戦いを、モニターで鑑賞する一人の少女の姿がある。
銀髪のウェーブに、制服+パーカーの恰好。
偽原光義が一回戦で戦った相手、偽名探偵こまねである。

「依頼だから、しょうがないけど、やっぱり物凄い犯罪の片棒担いじゃった気分だよ~~~」

「何より、やっぱりアレ、恥ずかしいし~」

こまねは、頭を抱えて「あう~~」と苦悩している。

無理もないだろう。
先ほどまで、『ファントムルージュに苦悩する演技をする自分の映像』が、流れていたのだから。

「あのチャラ男さん、可哀そうだよね~~。まんまと罠にはめられちゃって」
「でも、これも仕事なので。ごめんなさい~!!」

モニターの前でセニオへと詫びる。こまねであった。

そう、セニオは実際にハレルが悪夢に染まる映像を、見ていない。
実際映像に映っていたのは彼女、偽名探偵こまねの方である。

彼女は、その魔人級の声真似の能力によって、ハレルの物真似を演じた。
1回戦で偽原のファントムルージュ・オンデマンドを受け、筆舌に尽くしがたい汚辱を受けた彼女であったが、その後色々あって回復し、現在は裏トーナメントにも参加中である。
偽原に対しては実に複雑な心境の彼女ではあるが、前に出てきた高島平四葉と弓島由一らと同じように、軽く協力してくれたら、自分が優勝した場合の大会賞金の一割を渡す、という甘言に乗って、ほいほいと依頼の形式で、彼に協力してしまったのであった。
女子高生だが、彼女もプロの名探偵である。正式な依頼、それも破格の報酬があるとなっては、完遂しないことには信用に関わる。

「という、こっちの事情を利用して、またも言いように使われた気がする~」
「あっ、裏トーナメントの準決勝がそろそろだ。じゃあね、チャラ男さん。あなたが、この後ファントムされても、私が裏で優勝すればなんとかなるかもだから~」

そして、こまねは会場を後にした。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

――ふむ、こまねちゃんは一回戦に続いて、また何とも言い難い演技をさせてしまったね。申し訳ないことだ。

(ルールは破れんだろう。流石にあの姫将軍と一戦までして、事前に映像を用意する程の余裕もなかった)
(代替としては、これがベストな方法だ)

――うん、私としてもあまりにも展開に無理筋のあることは書けんしな。
――だがまあ、安心だよ。私も心苦しいのだ。彼らは私ではなく、別の方が大切に書いたキャラクターなんだ。
――やむを得ない戦闘行為ならともかく、無暗にあんな映画を見せることはしたくない。


(……出鱈目を記すな。お前は、書ける状況であれば、嬉々として書くだろう)
(本当はゲラゲラと笑いながら、もっと直接姫将軍が苦しむ様を書きたかった。違うか?)


――…………
――ノーコメント、だと書いておこう。

(さて、セニオの奴も相当追い詰められていると見ていいか)

――そうだね。仕上げの時は近い。
――せいぜい、気を引き締めてくれたまえ。私は応援しているぞ。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「ヒャッハ―!!ファントムルージュゥゥゥーー!!ヒャハ――――!!」

まわりまわって十数件目、最後の男、今はモヒカン雑魚となっていたかつてのチャラ男3、ケイゴの絶叫が部屋に響いた。

「ウェーイww アイツww、モヒカンになっても声変わってねえなあww ウェーイww」

セニオは、未だ平然とした様子でチャラさを保っている……ように見える。
だが、その心は実際には擦り切れてボロボロなのだ。ただ、彼にかけられた呪いが彼を支えているのか。
それとも、何か別の希望でもあるのか。


パンパカパーン


セニオの近くにあるノートPCから、緊張感の無い効果音が流れた。
そして、今やセニオにとってはただ忌々しい声、偽原の声が流れる。

「コングラチュレーション、セニオ君。今ので最後だ」
「今のモヒカンチャラ男で、私がこの数日で探せたチャラ男は全部だ」
「いかがかな、久々の再開、楽しめたかな」

「ウェイ、もう……オッチャンの声は、聞きたくねーな……」

「ふっ、流石に限界が近いか? まあそれもすぐに分かる」

「では決着をつけようか、セニオ君。俺がいる場所を明かそう」
「俺がいる場所は『お巡りさんがいるところだ』」
「少し考えれば、君にも分かる。では、来たまえ。待っているぞ」

「ウェイ? オーイ?」

そして、偽原の声は消えた。
それきり何の音もしない。セニオは途方にくれた。

「お、おーい、チョっww あのオッチャンww ナニイッテンダww」
「ヤッベ、もう時間無くなる……ww 何だよーおまりさんの居る所ってwwん、おまわりさん?」

セニオの動きが止まる。

「そっか、こんな古臭い場所でも、一つはあるよな」

そして、セニオの姿はその場所から消えた。




セニオの姿が転送される。
今日何度目の転送か、良くも一度も失敗せずここまで来たものである。
そしてセニオが前を向くと、そこには一つの看板があった。

『××村、駐在所』

そこはこの廃村の駐在所。
過疎地に対して、警察官が常駐する場所である。

「ウェーイww こんな簡単なこと、なーんで気づかなかったんだww」

セニオは、駐在所の門をくぐる。
中には、警察官が使用する、様々な備品が置かれていた。
だが、探していた偽原の姿はない。
セニオは中に入り、辺りを見回すと、すぐに奥の方に地下へと降りる階段があることに気づいた。
セニオは進み、ゆっくりと、階段を降りていく。

そこは、周囲の全てがTVモニターで覆われた地下室だった。
その中心に、椅子の上に腰かけて、探していた男。偽原光義が、いた。
偽原は、おそらくここにあるモニターで、この廃村内全てをカメラを通して監視し、これまでセニオを煽っていだのだろう。

「ウェイッ……」

セニオはすぐに、後ろを振り向いた。
気づいたからだ、偽原の周囲のTVモニターが、これまでセニオが見てきた……正確にはその音声を聞いただけだが、彼のかつての友人たちが、あの映画……偽原の能力、ファントムルージュ・オンデマンドによって苦しめられる映像を写しているのを。

「どうした? 何故振り向く、セニオ君。せっかく君の前に姿を現してあげたというのに」
「ウェーイ。オッチャン。ワリーけど、調子に乗るもの、ここまでだぜww ウェイwwウェイww」

セニオは、ここにきて妙にチャラさを取り戻し、笑いに勢いが戻っている。
偽原は、カチャリ、とライフルを構える音を立てた。

「俺を見ずに、どうやって戦うつもりだ? 悪いがこちらも準備はきっちりと整えている」

「後は君を撃ちぬき、映像を見せるだけだ。簡単なことだよ」
「ウェッウェッウェッww、ウェッウェッウェッww」

セニオは高らかにチャラ笑いを繰り返す。

「悪いな、オッチャンww ここまでこれたらもういいのww もうダイジョブ」
「後はあんたを倒せば、全部元通りだから、ガチデww」
「何……?」

怪訝な声を上げる、偽原。
セニオは高らかに声を上げるーー!!

「時間、ギリギリだったわww でもまだ2時間以内」
「だから、俺の勝ちィーww」

セニオは目を閉じたまま振り向く。
そして偽原を指差し、叫んだ!






「『セット』! 『世界の敵の敵』ィ!」







偽原光義がこの数日間、セニオのかつての仲間達を虱潰しに探して準備を進めていたように、セニオも座して今日までの戦いを過ごていたわけではない、
偽原に対抗できる、コピー可能な魔人能力が無いか、大会運営と大会参加者の中から探っていたのである。
そして行き着いたのが、偽原やセニオとは別の2回戦を勝利した魔人、"ケルベロス"・ミツコの能力、『世界の敵の敵』であった。

『世界の敵の敵』は、常時発動型の魔人能力である。
"ケルベロス"・ミツコは他の魔人を倒すことで、その主人公力を奪い、自動的に自らの力のリソース(この場合は正しく『消費する源』という意味である)とすること。
そして、その後ミツコ達が『世界の敵』となる存在を『認識』することで、その世界の敵がもたらした災いを打ち消すことができる。
ミツコは2回戦で、猪狩誠という自分の家族をリソース(ここでは正しく(以下略))として力を得てきた魔人を倒す時に、この力を使い、彼をきっかけにこれまで起こされてきた災いを打ち消した。
猪狩誠は『家族の犠牲』という災いを世界にもたらしてきた。猪狩誠は『世界の敵』となる存在と『認識』されたのだろう。

そして、2回戦を見たセニオもミツコ達が世界の災いを消した事実を認識することで、その能力内容を把握した。
(セニオの能力は通常、情報媒体越しには効果が無いが、ミツコの能力は「世界」そのものに影響を与えるため、彼は認識することができた)
彼はその能力こそが、世界に『ファントムルージュ』という災いをもたらす偽原光義の能力、ファントムルージュ・オンデマンドに対抗しうると思ったのである。
セニオは試合の直前、もう一つの準決勝へと赴く前の"ケルベロス"ミツコに接触し、その能力をラーニングしていた。
(常時発動型の魔人能力なので、セニオが元から知識さえあれば、接触するだけでラーニングが可能である)

セニオも、ここまでの戦いで4人もの主人公の可能性を持った魔人達に勝利している。
彼らの力があれば、ある程度の大きな災いを打ち消す力を得るには十分。
この男、自分の目の前にいる偽原光義の能力、ファントムルージュ・オンデマンドは確実に世界に滅びをもたらす側の力だ。
それはこれまでの、そして今回の戦いのおけるこの男の行動が何より証明している。
ならば、この能力によって、偽原がここまで起こした災いは、確実に打ち消すことができる。
その希望が、ここまで偽原の姦計に一方的に追い詰められいたセニオを支えていた、答え。

これで、偽原を打倒する力を得ることができる。
今、セニオは、『世界の敵の敵』となるーー!!





「…………」
「…………」
「………………………」
「………………………ウェイ?」





何も起こらない。
『世界の敵の敵』が発動した様子はない。
あの能力が発動すれば、世界にノイズが走り、目の前の敵によって世界に引き起こされた災いは修正される。
そして、その敵を倒す力が湧きあがるはずだが、そんなものが得られる様子はない。


「ウェイ? なんで?」
「残念だったなあ……セニオ君」


偽原は立ち上がり、ゆっくりとセニオに近づいていく。
その視線は、まるでセニオを哀れむように見つめている。


「俺が世界の敵なのかどうか、それは分からん」
「だが、世界が確かに俺を敵とみなせば、お前の能力は発動するのかもしれん。俺もミツコの能力の詳細は、2回戦の映像と、『奴』から聞いた断片的な情報でしかしらんが」

「だが、今は駄目なんだ。世界の敵とは、今この瞬間は、俺のことではない」
「現在の世界の敵とは、『今、俺を書いている男の方だ』」








「…………ハア?」
「俺はな、セニオ君。この戦いの数日前、君が2回戦で戦った相手、紅蓮寺工藤の能力を受けた」


呆気にとられるセニオの前で、偽原は、空を仰ぎ見ながら、解説を続ける。
気づけば、周囲のモニターからの音が消え、偽原の声のみが響くようになっていた。

「そして、俺は奴の能力にかかり、この世界の真実を知った」
「そして、俺の戦うSSを書いている男の存在、それを『認識』した」
「……下らん男だ。奴は自分の味わった絶望を、この世界へ向けて全部ぶちまけようとしている」
「俺も自分の運命が、俺と家族のあの運命が、あんな男によって弄ばれたものだったと知った時は、嘆き悲しんだよ」

(だが、その絶望だけは、まぎれもなく俺と共通していた……)と、偽原は心の中で一人ごちる。

「そして、俺は奴の手の中で、奴の書くがままに今、世界に滅びをもたらす存在になった……『ということになっている』」
「分かるか? つまり今世界に滅びをもたらそうとしている元凶は俺ではない。その男だ」

「ハア……? そ、そんなわけねージャン。アンタがやったことっショ?? 全部、アンタが」


理解できない、とセニオは狼狽する。
チャラ男な彼にも、こんなわけのわからない話を聞かされては、さすがにうろたえざるを得ない。


「まあ、確かにいくらこの世界が物語で、その作者がいると言っても、作者自身とその登場人物は全く別の存在。その人物の行ったことは、すべてその人物の責任になるだろう、普通はな」
「ただ、俺の能力に関しては、特に俺を書いたその男の認識との結びつきが非常に強い。その男の「意思」なくして、俺の能力は、あんな力を持たん」
「だから、世界の敵を示すなら、今は俺ではなく、その男の方を示さねばならんのだ」
「だが、その男は、ここでは無い。まったく別の世界。例えれば、天の上とでもいうべきか。そこで今、俺たちの戦いを書いている最中だ」


偽原はセニオの方を向き直し、指を天へと向けた。


「お前には決して認識できん。お前にかけられた紅蓮寺工藤の能力は、二回戦で既に切れてしまっている」
「自分が認識もできない存在を、『世界の敵』とすることはできないよ。だから、お前がコピーした能力は、『世界の敵の敵』は発動しない」
「だから、お前に力が宿ることも、これまで起きた災いが消えることもない」
「い、意味わかんね? マジデwwガヂデww」
「まあ、確かに意味の分からん話か、いってみれば俺が神を認識したことで、神が生まれ、全ては神のせいになったと言っているようなもの。実に馬鹿馬鹿しい」
「だが、今確かにその神らしき奴は実在する。神をどうやって罰する……?」
「 ……といっても、この展開も全てはその神の書いている通りに起きているだけか。ならば、そもそもこんな議論も不要か。 ふっ、確かに意味の分からん話だな」

偽原は、自嘲気味に首を振った。

「お前は既に紅蓮寺の能力の効果が切れているから、忘れているだろうが、二回戦で遠藤終赤が心の中で言っていたな。 卵が先か鶏が先か。どちらが先なのかなぞ、証明は出来ない、と な」
「とにかく、そういうことだ。お前は『世界の敵』を倒せない」
「ハ、ハハハ、ナンダッテーww ウェーイww ウェーイww」

セニオの中でこれまで自分を支えていたものがガラガラと崩れていく。
もう、ここまで起こった事実を変えることはできないのだ。運命は変えられない。
ダイキ、シンタロー、セイジュ―ロー、ユーシ、ガクト、ジロー、レンジ、ヒロシ、ブンタ、ガクト、それに……サツキ、サクラ、彼の仲間たちの、そしてかつて愛した女たちの顔が浮かぶ。
そして、これまで聞かされてきた彼らの悲鳴へ、そのイメージが変わっていく。
『シリアスを理解できない』セニオの呪い。だが……

「さて、もういいだろう。セニオ君、これがラストだ」

セニオは気づけば既に目を開けて偽原の方を見ていた。

「最後の映像、見てもらおうか。そして、逢えてこの言葉を送ろう」
「おとなしく、上映(うんめい)を受け入れろーー」

偽原の背後のモニターに、その『映像』が表示がされた。









「セニオ……、お前、立派になったね」

「ウェッ……??」

「お母さんは、嬉しいよ」

それは、セニオが今日聞いた中で、もっとも懐かしい、声。

彼の母親の、映像だった。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

チャラ男は皆、生まれた時からチャラ男か?
否、どんなチャラ男にも、その前の段階は存在する。
生まれついての悪人というは、もしかしたら存在するかも知れないが、生まれついてのチャラ男というのは存在しえない。
どんなチャラ男にも、いたいけな子供時代というのは存在するのだ。艶やかなアクセサリーで着飾る前、金色に髪を染める前の時代。

数年前――。
それは、この廃村と良く似た、のどかな田舎の村。
夕日を背に、一人の黒髪の少年が、年老いた女性と会話をしている。

「じゃあ、お母ちゃん。俺、東京に行ってくる」
「セニオ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって、東京に行って一旗上げるのが俺の夢なんだ。派手に東京デビューとかしちゃったりして。はは」
「お前にそんなこと、できるのかねえ。お母さんは心配だよ」
「俺には夢があるんだ。東京にいって、それを叶えて来るよ」
「もう、電車が行っちまう。それじゃ、お母ちゃん。夢を叶えたら、俺、必ず帰ってくるから!!」

少年は、電車へと乗り込む。電車が発車する。
女性はそれを走って追いかける。


「セニオーーーーーーーーーーーー!!」


少年は、涙を流しながら、女性に答えることなく、背を向けた。

……その少年が「ウェーーーイww」という言葉とともに都会に染まり、チャラ男と変化するのはその約一ヵ月後である。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「お、おかあちゃーーーーーーーーーーーん!! ああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!」


2020年の現在。
セニオは、涙を流しながら、目を見開いて絶叫している。
その姿は、一人のチャラ男から、かつての純粋な一人の田舎少年の姿へ、戻っていた。

彼の目に何が写っていたのか。それを克明に描写することはあまりにも残酷で筆者にはできない。許してほしい。

そして。
偽原の能力、ファントムルージュ・オンデマンドが発動する。















フ ァ ン ト ム ル ー ジ ュ















(あ、この冒頭。俺あいつの能力にかかっちまったのか)
(デモダイジョーブ……俺、これもう見たしww)
(同じような内容なら、全然耐えられ……)

(ウェ……な。なにこれ……、ツマンネ? ただツマンネ?)
(ナニモナイ……空っぽだ? 作ったやつ、ナニカンガエテルノ? ナンニモツタワンナイヨ?)
(アレ、コレもとの奴……あんな凄い漫画なんでショ? それが……ナニ?)
(あ……さ、サム……サム……)

セニオの脳髄は深い深い闇の中。
酷く冷たく、恐ろしく肌触りの悪い水の中に使っているような感覚を受ける。
やがて、全身が痺れていくのを感じる。

体の痛みは、ない。
ただ、心が沈む。
目に移る作品から流れ込む、そのいあまりのどうしようもなさ。
そこにはセニオを傷つけようとする意思など微塵もない。
ただ、彼の意識を闇に沈めるのみである。

(全然違う……前に見たのと全然違う……)
(なんだこれ……なんだこれ)

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

その作品には、熱が無い。
意志が無い。工夫が無い。情を感じさせない。人間の持つ叡智、というものを何一つ感じさせない。
元となった作品は、それとは全く真逆の力を持った作品だというのにである。

例え、どれほどの年月をかけ、
例え、どれほどの情熱があり、
例え、どれほどの純粋な思いがこめられたものであっても、

人間は、何の意志も無く、きわめて平坦な感情で、それを一瞬のうちにガラクタに化すことができるのだ。
それが人間なのだ。

セニオが一回戦でファントム雨弓からファントムルージュの劣化コピーとやらを見せられた時、セニオの肉体にもダメージが表れていることを見て、偽原はその劣化コピーを作った人間がファントムルージュを何一つ理解していないことを悟った。
そもそもの前提が違うのだ。ファントムルージュを作ろうとした人間には駄作にしてやろうとか、見る人の精神を破壊しようなどどいう意識は欠片も無かった。
……失礼。いくらなんでもそんなつもりで作品を作ろうとするなど、よほど特異な例を除いては存在しない。
だが、その作品には、逆に通常の作品には感じられるはずのもの。名作にしよう、お客を楽しませよう、といった正の方向での意志や情熱すら全く感じさせない。
だから、少しでも駄作にしてやろうとか、相手を傷つけよう、などどいうモノがこめられた時点で、その作品はファントムルージュではなくなる。
肉体的なダメージという破壊的なベクトルを込めるなど、ファントムルージュではない。

つまらなさ、ただつまらなさ。
その映画が指し示すのは、言うなれば、圧倒的な人間の可能性の無さ。
それが、この世界におけるファントムルージュの正体である。







「お、オカーちゃん……怖い、トーキョー、怖い……」
「世界平和だって……? ハハ……駄目だわ、こんなのを作る奴がいるんじゃあ……」
「俺、やっと理解できたよ……世界って、人間って、こんなにくだらなかったんだあ……はは」

セニオは……今やチャラ男の原型を留めていなかった。すっかりただの2○才の男である。
こことは別のとある世界。一人の青年の精神を、いやその青年だけではない、数多くの、その漫画のファンの精神を蹂躙した映画。
それは今、この世界において、彼らが抱いた、絶望を、苦悩を、憎しみを、悪夢を体感させる存在として、顕現する。
そんな圧倒的な『人間そのものへの絶望』の量を味合わされては、もはやチャラ男どころではなかった。

ーー幕切れは、あっさりしたものだったね。

偽原の頭の中で声がする。
今回の大会中、ずっと偽原に語りかけていた。うざったい、その声。

「全てはお前の思うとおりの展開を書いただけ、違うか?」

ーーいやいや、ここまでのシナリオを実行できたのは紛れもない君自身の力だよ。
ーーしっかりと準備を整え、かつての仲間(リソース)達を潰していき、セニオから、彼のアイデンティティーであるチャラさを奪いとる。
ーーこの作戦は君でなければ実行できない。
ーーそして、あれを最後までとっておいたのが良かった。

「人間にとって、やはり肉親への情愛こそはもっとも大きいものだ」
「それを完全に断ち切ってしまうことは、できない」

ーーふむ、結局、セニオは真の孤独には立てなかった。神にはなれなかったということか。
ーー芥川龍之介の『杜子春』という小説が、似たような話だったね。言葉を発せずにいれば、仙人になれると言われて艱難辛苦を耐え抜いた若者が、最後に耐え切れず声を発してしまったのが、彼の母親が苦しむ姿だった。

「お前が、それを参考にして、この流れを書いたんだろう」

ーーいやはや、正直そこを書くためだけに字数が伸びすぎた。
ーーどうだね。今もう二万字を超えているよ。タイマン勝負でこれだけ書いたのは多分私がはじめてかな。

「自業自得だな」

ーーそうだね。さて、そろそろ私はお暇(いとま)させてもらうよ。

「何? どういうことだ?」

ーーあまり私がでしゃばっては。読者諸兄にもいい加減うざったいと思われてしまうからね。それに、こんな反則手が使えるのも一回こっきりだ。次からは確実に飽きられる。
ーーああ、君が幕間SSで傷つけた紅蓮寺工藤だが、色々あってファントムルージュから解放され、君に関する記憶も消えたことにしておいた。
ーーというわけで、そろそろ私に関する君の認識も消える。

「そんないい加減なことでいいのか」

ーーそれで読者が納得してくれれば問題ないのだよ。
ーーというわけで君が次に戦うときは私の助勢は無しだ。がんばってくれ。

「お前は、何もしなかったろうが」

ーーまあ、そうだね。私にできたのはせいぜい自分が『世界の敵』となっただけだ。
ー-次にオリジナルの"ケルベロス"ミツコが上がってくる可能性もある。その時は、今度こそ君が世界の敵かな?

(……そうなった場合の流れもお前が書くんじゃないのか?)
(こいつのわざわざ芝居ががった物言いには、最後まで慣れなかったな)

ーーでは、さらばだ。私にこの続きを書く資格が得られるかどうかは、それこそ本当に天のみぞ知るところだが。
ーー私は君というキャラクターを書いたこと、生涯忘れないよ。

「そうか。では最後に一つ言わせてくれ」

ーーん?なんだね。

「地獄に落ちろ」

ーー……では。

そして偽原の頭の中から声が消える。
その瞬間偽原は「ん……俺は誰と会話していたんだ?」とやや混乱したが、近くに倒れているセニオを見て、落ち着きを取り戻す。
自分は勝利したのだ、あの男の心を、その身にかけられた、その呪いごと叩き折ることによって。
偽原は彼に近づいて、語る。

「……さらばだ、チャラの王よ。だが、お前は結局神にはなれなかった」
「しかし、心配することはない。お前の目的。世界平和だったか。それは果たされる」


いまだ虚ろなセニオは「ウェイ……?」と偽原へ目を向ける。

「そう、俺があと一回勝てば果たされるのだ」

「俺の目的……、それはファントムルージュにより……世界に真の滅びをもたらし」

「そして、救済することだ」


準決勝、終了――。








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