準決勝戦【廃村】SSその1

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dangerousss3

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 ザ・キングオブトワイライト、ステージ『美術館』。

 一回戦の際に、大方の予想通りに派手に壊されてしまい、使われなくなった試合場である。
 現在は修復、清掃などの最中であり、また使用済みとはいえ目高機関の所有物である以上、そこには厳重な警備が敷かれている。
 いや、敷かれて『いた』。

「嫌だ、嫌だ、やめろォ!! こんなものを見せないでくれェ!」
「いやあ! やめてぇ! お願い許してェ! お母さん! へへ、あは、あはは」
「ゆずが、ゆずが、止まらないんだ……! 頭の中に、ゆずがァアアアアアアあ!!」

 深夜。
 頭を 掻き毟りながら絶命していく警備員を背後に、一人の男が立っていた。

「これか……」

 この世の全てを諦め尽くしたような、摩耗しきった声だった。
 男は佇んでいた。
 ただ佇んでいたのではない。彼は壁の一点を見ていた。
 『それ』を見上げていた。
 『それ』がなにか、分かる者は、彼しかいない。
 『それ』は、ある絵だった。

 男はその前で立ち尽くしていた。
 胸の内に銃を携え、ジョン・レノンを待ち構えるマーク・チャップマンのように。

 『それ』は、あるイラストだった。
 『それ』は、ある漫画だった。ある漫画の、作者直筆の、原画だった。
 更に言うなら――『それ』は、ある映画の、原作の、原画だった。

 男はその前で立ち尽 くしていた。
 主神の像に今まさにハンマーを振り下ろそうとする、不遜なる狂信者が如く。
 その口が、当人の意志に反して言葉を紡ぐ。

「『我が――』」

「『我が名は――ファントム、偽原――』」

 邪悪なる声。だが。 

「『ファントム偽原――ヒ、ヒィ!!?』」

 その言葉が、崩れる。

「『な、なんだ!? 馬鹿な、これは、うごあ! お前は、お前はなんだ!? やめろ! そんな馬鹿な――心の闇よりも暗い心だと!? 狂気を食らい尽くす正気だと!? ありえない! お前はおかしい、お前はおかしい、我が、食らわれ、やめろ! やめろ、やめやめやめやめやめやめめめめめめめめめめ』」

 ぶつん、と糸が切れたように男の肩が下がる。

「 やはり、か」

 邪悪な声が、摩耗しきった男の声に戻る。

「狂気に身を任せることが出来れば、どれほど良かったか」

 そして男は、原作の原画に向けて、手を伸ばした。

「だが手に入れた。ファントムルージュ・オンデマンド――クライマックス」


第三回戦試合SS 【この美しくも残酷なチャラい世界で】



一.


 数日前。

「ウェーイwwwEじゃんEじゃんwwwアッソビッマショー?www」
「あの……困ります、仕事がありますので……」

 大会本会場。
 試合会場「円形闘技場」がある場所であり、一般観客用の娯楽施設・購買施設、大会運営本部などを抱える、中心地である。
 セニオはいつものように、本会場内の受付嬢に厚かま しいナンパを仕掛けていた。
 いつもは警備員に止められるまでがパターンであるが、今回はそうではなかった。
 横合いから、声が掛けられたのだ。

「見つけ申した。あちらに、セニオ殿が」
「ったく……。てめえ、いかにもっつうか、わっかりやすい行動してんなあ」
「まあ、自室に籠もるタイプでないのは、分かります……」

 声は三人分。
 特徴的な探偵着物を着た小柄な少女。
 ざんばら髪に大傘を携えた、大柄な男。
 そして、帯刀をした鎧ドレス姿の、探偵よりも少しだけ年上の少女。

「お?wお、お、オーゥオウゥ! ヒサッシーユーテネージャンマジー!」
「……なんつってる?」
「“お久しぶりです。しかし、随分と長い間会ってなかった気がします ね、心から”と」
「ゲンキドゥー?wwアイカワラズカーワウィーネーってアユミマジハーレムキテルシwwwガチデハゲるアゲアゲトランスッフゥーウェーイイケイケニクシカタメアツスギッショー」
「“元気ですか 相変わらず可愛らしいですね、……」
「あー面倒くせえ! いいから来い!」
「ちょwww強引マジ勘弁!wwwあ、受付ちゃんジャネーwwwチィーッスハレっちアメっち元気シッテタァー?」
「え? ああ、はい……」「なんてゆーか、ブレないね~セニオっち」

 大柄の男――雨竜院雨弓に首根っこを掴まれて、セニオはずるずると引きずられていった。


「んじゃ、始めっかァ?」
「合コンウェーイ!wwwんーじゃ自己紹介しちゃおっかな~キカバジ セニオで~っすwwマジヨロコトヨロシクヨロウィッシュ!」
「あはは~、面白いねえ~、すっかり最近見なくなったよねえ~こういう生き物~」
「……皆さん、よろしくお願いします」「いいよ~バッチこーいダネ!」
「拙はいささか場違いやもしれませんが、力添え致します」
「ははは、にぎやかな会になりそうですね。――くく、予想通り、裏の対戦相手もいるか」
「…………くだらないメカね」

 試合参加者専用に設けられた談話室に揃った、そうそうたるメンバー。
 雨竜院雨弓。黄樺地セニオ。姫将軍ハレル&参謀喋刀アメちゃん。遠藤終赤。偽名探偵こまね。山田。オーウェン・ハワード。  
 すなわち、
 ――ファントムルージュ被害者(+α)による、偽原光義対 策会議――!

セ「飲み物注文しまァーッスww! 生イケる人手ェ上げて~!ww」
雨「――おい探偵その一、コイツの声全部シャボン玉にしといてくれねーか」
駒「いいじゃん~BGMと考えれば~。一応、こんなんでも当事者なんだし~」
山「本当にコレ、アテになるんですかね? 偽原はただでさえ歴戦の魔人公安。
  それに事前調査も抜け目なくやるタイプだ。一撃で首刈られて終わりじゃないか?」
遠「然様でありましょうか。あの方は、能力を使うことに固執しているように思えます」
駒「そうだね~。あのひとの戦術や戦略は、ぜ~んぶ『相手に映像を見せる』ことに終始してるからね~」
オ「温いメカね。プロ意識の欠片もないメカ。それに敗北した我々も同罪ではある メカが」
雨「ンじゃあ、そこら辺が、付くべき隙か?」
姫「あ、私はお酒飲めないから、オレンジジュースで……」アメ「ここで答えちゃう!?」

 ちなみに、飲み物は電話で頼めば従業員が持ってきてくれる。VIP待遇である。
 もっとも、今まで参加者同士が慣れ合うことなどなく、利用する者などいなかったが。

山「俺的には、決勝であの正義の味方や暗殺者に任せた方がいいと思うんですけどねえ」
オ「フン。考えが浅いメカね。敗北するだけならいいメカ。
  だが――コイツが堕ちた場合、最悪のパターンが想起出来るメカ。
  コイツの能力が何だと思っているメカ?」
山「能力コピー……ああ、成程、尖兵としてはこれ以上ないってわけか……」
オ「作戦という なら、コイツに遠隔自決用の爆弾でも持たせておくことを勧めるメカ」
姫「そ、そんな……!」
雨「容赦ねえなあ、アキカンの旦那」
アメ「そういや。アキカンさんにこまっち、山田っちは、どうやってファントムから復帰してるの?」
駒「ん~? まあ、リハビリってことにしておこうかな~」
山「正直、僕たち自身、分かってないんですよ。その辺は。大会側の仕業だとは思うんですが」
オ「……気に入らないメカ」
紅蓮寺「ヒヒヒヒ! そりゃあ大人の都合って奴だなあ! 今後の裏トナメの結果にも関わるしなア! とりあえずこのSSじゃそういうカンジってことでなァ!」
雨「なるほど」
遠「今、誰かおられませんでしたか……?」
セ「あ、もっしぃ店員サン?www すん まっせぇ~ん! オレンジジュース6つと生1つ! あと王様ゲーム用の割りばしアリマスカwwウェーイww」
雨「カラオケ気分かテメェは! あとオレンジジュースやめろ! 」

 結局全員頼んだ。飲み物が運ばれてくる。

遠「試合場は――廃村。確か拙の記憶によれば、もともと過疎していたところに、パンデミックで追い討ちを掛けられ滅んだ土地のはずです」
雨「パンデミックか……全く、嫌なもんだぜ」
駒「あれの犯人に関しては、探偵のツテでもよく調べ回らされたね~」
姫「……犯人? パンデミックのことは噂に聞いただけだけど、病気だったんじゃ」
駒「んー実を言うと、あれも、魔人能力だったんだよね~」
山「そりゃまた、大仰な能力ですね。偽原よりそっちの 方を優先すべきじゃないっすか」
遠「ともあれ、セニオどの、感染にはお気をつけ下さい。
  必要最低限の洗浄はなされているでしょうが、保菌者の死体などは残っているやもしれません」
セ「カンセン?wwあーオッケオッケーシューカちゃんの頼みなら何でも聞いちゃうwww」
雨「おい探偵その二、ならチャラ語やめさせろめんどくせえ」
遠「……それでは、重ねてもう一つよろしいでしょうか」
セ「ん?wwどしたんシューカちゃん急に膝ついて?wwお腹痛いの?www」
遠「恥知らずとは分かっていますが――もし、貴殿が優勝し、世界平和を実現する際には、何卒この遠藤終赤、遠下村塾に一声お掛け頂きたいのです」
セ「は、あーオッケオッケチョーサイコー!www何で もこの俺様に任せっちゃい!」
遠「当然、不躾な頼みであることは重々承知の上ですが……え?」
アメ「相変わらずノリ軽っるぅー……」
雨「コイツも一緒の現象だな……ついでに俺の願いも叶えてくれよ、このチャラ男」
セ「男の頼みは有料でぇーすwww代返一回でおごり一回ケーサンなwww」
雨「おい、クソだぜコイツ」

 続く会議。だが、そのうちにだんだんとグダってくる。

雨「お、イケるじゃねーかアキカンの旦那ァ! どこに消えてんだァ!?」グビグビ
オ「フン……若造に呑み負けるほど衰えてはいないメカ」ズズズズズ
遠「そのときヒック拙の叔父上はヒックこう仰りましたヒック探偵よ大志をヒック」
駒「遠藤ちゃん、まあ飲んで飲んで ~大丈夫だよ~ジュースみたいなものだから~」
山「あはは、みんな楽しそうですねー(コイツ……的確に度数の高い酒から押し付けてる……要注意だな……)」
セ「ウェーイウェーイウェイウェーイ! ウェーイウェーイウェーイウェイウェイー! イッパツゲーしゃーす! 三次会決まった時のヒロキの真似ー『ん? 三次会カラオケ? ああ、オーケオーケーカラOKーってか、だははは』wwwwwヤベッショパネッショwwwwガチウケキタコレドッカーンだしwwwww」
姫「……アメ、こんなときどんな顔したらいいか分からない」アメ「……笑わなければいいと思うよ」遠「これが謎……ヒック」駒「これは滅びるのもやむなしかな~」山田「そうですねえ」雨「控えめに言って」オ「死ね 」
セ「ガチ返事マジ勘弁wwwwwwwwww」

 そして、その日の夜は更けていった――。


「セニオさん」「セニオっちー」
「ウェーイヒックウェーイwwwwあ、ナニヨーwwwヤッベチョー笑ったかもwww」

 散会する直前、姫将軍ハレルが、セニオに声を掛けた。

「先程決まった通り、――私、雨弓さん、遠藤さんは、貴方がポータルで飛ぶ直前に、貴方に能力を見せに行きます。存分に使って下さって構いません」
「チョットチョット! アメちゃんのことも忘れないでほしいかなー!」
「あ、そうだね……ふふ、ごめん」

 結局、彼らが取った方策はそれだった。
 セニオのコピー能力は、最後に見て二時間以内なら、持ち込みが可能だ。
 その 為、少しでも有利に戦えるよう、彼らの能力を貸すことを決めたのだ。
 『睫毛の虹』。『刀語』。『参謀喋刀』。そして『スマート・ポスト・イット』。
 どれも強力な能力である。
 なお、山田とこまね、そしてオーウェンは、個人的な事情から断った。
 前者二人はそもそもが裏トーナメントの偵察の為に参加していたからで、
 オーウェンは自身の本来の能力(核爆発)をコピーされることを危険視しての判断である。

「……ですが、ファントムルージュ自体の対策は『映像を見せられる前に倒す』ことしか挙げられませんでした」
「マイッショーwwオッケオッケwwマジ偽原?wwとかチョーヨユーニコマ即勝ちだしwww」
「一回戦を見る限り、そうは思えません」
「…… ……ウェーw」

 一瞬、ほんの一瞬、酔いで加速していたセニオの声が小さくなった。

「お任せあれって奴だしwwwあ、それとも心配してくれてんノーゥ?wwまさかハレルちゃん俺様にとうとう惚れてwwwwやっべ必ず生きて帰るしwww帰ったら結婚しよwwwうはやべえ逆玉キタっしょこれパネー流石俺wwwwパインサラダ作ってまっててwwww」
「あ、いえ、そういうのはまるでないので」
「てーかハレっちにアプローチならまずはこのアメちゃんを越えていけこのチャラ男ー!
 モチロン全力でブチ殺すから安心してゆっくり死んでいってね!」
「マジひっでーwwwんじゃサまた当日にィ――ウェーイ!www」
「では、御武運を」「うぇーい! がぁーんばってネー !」

 そして、セニオはハレルたちと別れた。
 だが。
 ――試合当日。
 ポータル兄弟の前で、試合時間ギリギリまで待っていたセニオの前に、
 約束した三人は、現れなかった。


ニ.


「かっしいなwwwあいつら揃ってネボーかよーwwwユメもキボーもねーってかwww」
「……時間だ」
「おけーおけーよろしく頼むよディプロっちゃんwwこの前みたいに埋まるのはマジ勘弁なwww」
「ディプロっちゃん……。……上手くいくかは貴様の運次第だ。飛ばすぞ」
「はいさーいww」

 白く開いた扉に飛び込む。
 浮遊感。精神に影響が及びそうな異界の光景も、すっかり慣れたものだ。

「っとと! うっわクサッ!wwマジ勘弁だわー朝シャンし てきたってのによーww」

 ギャアギャア、と鳥の声。すえた臭い。山奥の廃村。いかにも、と言った様子だ。
 滅んだ当時から捨て置かれた、あるいは、そう見えるように管理されていたのか。

「ギッハッラッさぁーん! どーこいんのォー!」

 対策会議で聞いた話をまるで聞いていないのか、無警戒に視線を彷徨わせながら練り歩く。
 酷い有様だった。痩せた野犬や鴉、腐った食べ物や井戸、加え――人間の死体。
 滅びる間近、村人同士の争いでも起きたのか。
 農具を突き立てられて砕けた骸骨。壁にもたれ、骨と布だけになったもの。
 未だ半ば腐った肉をつけたもの。井戸に頭を突っ込んでいるもの。餓死者惨死者の見本市だ。
 もっとも、セニオはチャラ男であ る。
 常人ならば畏怖し敬遠する光景も、彼にはお化け屋敷のアトラクションか何かにしか思えていない。

「ったぁくよォー。どーなってんの?wwめんどくせーなあ――あ、もしかして遅刻?
 遅w刻wしwちゃwっwたw偽原さん?wwウケるパネーww俺不戦勝キタシマジ?ww
 やっべ超ラク勝ちじゃーんwww……ん?wwww何だアレwww」

 ふと視界の端で、何かがキラリと光った。 
 遠くの枯れ木の枝に、逆さまに吊るされた死体。キイ、キイと回りながら揺れている。
 遠目にも分かるほどに、泥まみれ、血塗れでボロボロだ。迷信深い村人が生贄でも捧げていたのだろうか。その、胸元あたりをセニオは注視する。
 キラリ。まただ。確かに光った。

「ん ー?」

 セニオは持ち前の軽薄さを活かして跳ぶと、死体の傍らに着地する。
 吊るされた小柄な死体の正面に回り込み、その胸元を覗き込む。
 覗き込もうとした。
 死体は姫将軍ハレルだった。

「………………………………………ウェ?」

 ぽたりぽたりと垂れる血液が、解けた金髪を通って地面に落ちる。
 目元は赤黒く腫れ、碧眼は見開かれているものの、何も映してはいない。
 清廉な平服甲冑は、血と泥で、見る影も無く汚れきっており、その標準的な胸に突き立てられているのは――参謀喋刀、アメノハバキリ。
 刃を伝い、流れ落ちる鮮血。――追剥の能力が、発動していない。
 背中から飛び出たその刀身は、見る影もなく、鮮血ではないドス黒い緋色に染ま っていた。

「……………ーイ」

 セニオは、両方の指を銃のように立てた。それでハレルを指差す。

「……う、うっわ超ビビったwwwwハレルちゃんこんなところで待ってるとか趣味悪すぎっしょ!wwwヤッベヤッベwニーディズ(※ディズニーランド)のホーンテッドとかマジ勝負にならんわスゲーサイノーwww俺知り合いにあそこでバイトしてる奴インだけどさ今度紹介するしかなくねパなくねwww」
「………………」

 返事は無い。返事は無い。返事は無い。返事は無い。
 セニオは指差した姿勢のまま固まっている。固まっている。固まっている。
 一瞬。
 セニオは、枯れ木を無造作に蹴り折った。異様に軽い音を立てて、少女が地面に落ちた。

「ハ、ハ レルっちゃんハレっちゃハレ、ルちゃ、アメっち、wwwマジどーどーしたーしたしwww無視とかチョー傷ついちゃうんデスけどぉー?www眠いんなら眠いって言ってくれりゃーくりゃれwww」
「………ァ………」

 少女がえづいた。僅かに、息があった。
 セニオは安堵する。混乱していた台詞をどうにか飲み下し、その声に耳を傾ける。

「ファ……ファントム……ファン、ファントム……いや……いやあああああああああああ!」


 長い、長い悲鳴だった。セニオは思わず飛びのいた。
 何が起きているのかと、周囲を見渡した。
 いくら見回しても、周囲には、この廃村の住人しかいなかった。
 廃人と死体しかいなかった。

 もたれた壁に血のりをべったり張り付 け、動かない雨竜院雨弓がいた。


 声を挙げずに顔を抑えて哭き叫ぶ偽名探偵こまねがいた。

 その隣で、二人に分裂し、苦しみを薄めようと互いに絡み合う遠藤終赤がいた。

 両目からとめどなく血の涙を流し、痙攣を繰り返す山田がいた。

 地面にアキカンが散らばっていた。たぶんどれかがオーウェン・ハワードだと思う。

 セニオがそれを一通り確認した時、ハレルの胸元がきらりと光る。
 揺れるストラップ。
 アメノハバキリの柄に括りつけられていた端末が、映像を再生した。


 ざざ、ざざ、と砂嵐。
 揺れるカメラで捉えた映像。その中心には、満身創痍となった雨弓の姿。

『クソ、クソ野郎、がァ……!』
『流石だな、雨竜院雨弓。深 化したオンデマンドに耐えるのか。
 伊達に一度侵食を破っただけはある……もっとも、己の内のファントムを押さえるだけで手一杯のようだが』
『ふざけんな……、俺は三秒どころか、映像なんざ、何も見てねえぞ……!
 とうとう魔人ですらなくなったか!』
『人聞きが悪いな。それに心外だ、元はと言えばお前がやったことだろう――人間の視界なんてものは、眼球内の水晶体に映された『映像』だとな。
 人がその眼で世界を捉える限り、もう俺の力から逃れられる者はこの世にいない』
『まさかてめえ、美術館に……!』
『ああ、行ったよ。何せほら、アレだ。原画を見れば、俺もこの呪いから逃れられるかもしれない、と思ってなあ。そうだったら、救われるじゃないか。な?』
『このっ……どの口で言いやがる』

『ふん。そうだな、お前は、死体で連れていくことにしよう。
 喜べ元同僚。お前はあのアキカン殿と同格だ。その強靭な精神力、敬意を表する。
 ――まあ、それも無駄なんだがな。なにせこれから世界は滅ぶからな。残念なことにな』


 映像が変わる。
 そこは、談話室だった。個人の部屋だった。深夜の廊下だった。路地裏の一角だった。
 見覚えのある相手が、次々と倒れていった。倒れて呻いていた。苦しんで悶えていた。嘆き震えていた。凌辱されていった。あの原作のように。
 セニオが、実に何年かぶりに、心からの飲み会を楽しんだ場所が、仲間達が――

「ひ――うわああああああああああああああああ!」



 フ  ァ ン ト ム ル ー ジ ュ



三.


「……まあ、自分でも、どうかとは思ったよ」

 ぷか、と吐き出された紫煙が、廃村の大気に溶けていく。

「お前を倒す戦術にしては、あまりに非効率で、そのくせオーバーキルだ。
 いくらルール上は問題ない……『相手の協力者』も『廃人』も『死体』も、連れ込めるのは前回の試合で判明しているとはいえ、な」

 廃屋の影から現れたその人物を、即座に偽原だと見抜くのは難しかっただろう。

「だが、興味が湧いた――何せ仮のとはいえ、際物ぞろいの今大会参加者の同盟だ。
 この緋色の幻影を越えるものが現れるかもしれない。そう思ったら、むしろお前がオマケだ」

 その服はボロボロで、見える限り、銃 やナイフ一つ持っていない。
 添え木をした片足を引きずり――その体は奇妙に厚みが足りず。
 顔の右半分は、真っ赤に染まった包帯で覆われており、胸元には痛々しい一文字の傷痕。
 その代償は深刻だった。
 遠藤終赤に身の三割を剥がされ撃ち殺され、姫将軍ハレルに調達武器を全て壊され、雨竜院雨弓に胴を斬り裂かれ、山田に片足を、オーウェン・ハワードに片目を、偽名探偵こまねに片耳の鼓膜と三半規管を破壊された、偽原光義だった。

「もっとも、結局それだけだったがな」
「や、やめ……ひで、ひでっしょwコレ……w……嘘だろ、こんな、マジねえ……ま、j、勘弁……やめろ……やめ……ヒィ……」
「黄樺地。お前の資料は読んだ。大会運営本部にあったのを拝借し てな。『他人の能力を茶化す能力』だったか」


 地面で悶え苦しむセニオを見下ろす。
 その頭を足蹴にする。

「茶化してみるか。嘲笑ってみるか。所詮こんなもの、ただのクソ映画さ。ありふれた二次駄作。元ネタを知っていなければ意味のない、不快で場違いな、くだらない外部ネタ。ファントムルージュをそう評して笑った相手は、お前でなくても、いくらでもいたぞ?
 もっとも、その全員を、俺はこの闇に堕としてきたがな」
「ひでえ……ひでえって……あんまりっしょ……あの、チョー面白ぇ、作品が……」
「ああ、そうか。そういえばお前も、原作を読んでたんだっけか。
 ……シリアスを理解出来ない。そのせいで孤立を免れられないとは。哀れな奴だ。可哀想な奴だ。同 情するよ」

 蹴り飛ばす。セニオは枯れ木の幹に背をぶつける。
 続けて顎を蹴りあげられ、虚ろな目で偽原を見上げさせられる。

「これでも俺も、元とはいえ警官だ。無力で善良な市民を助けるのが仕事だ。
 お前みたいなチャラ男にも分かりやすく、一つ、良い事を教えてやる」

 偽原は傍らの、姫将軍ハレルを、掴み上げる。
 首筋を背後から鷲掴みにして、セニオの眼前につきつけ。
 少女の目元を、その乾いた掌で、覆い隠す。

 三秒。

「ちょ、おま、待」
「――う、あ゛!? たす、もうや、いやだ、見たくない、アメ、どこ、や、あぅあっ……!」

 悪夢を見せられた少女が悲鳴を上げる。
 その手が伸ばされる。細い指先が震え、虚空を掻き、… …ぱたりと、脱力して落ちた。

 散り果てた少女の涙が、セニオの頬にぽたりと跳ねた。


「これが『絶望』だ」


 ザ・キングオブトワイライト第三回戦。
 偽原光義VS黄樺地セニオ。
 開始十五分。
 勝者、偽原光――













◆       ◆


「……………………………ねぇわ」

 セニオが、草も生やさずに、そう呟いた。
 決着を確信し、立ち去ろうとしていた偽原が、驚愕とともに振り向いた。

「やっぱ、ねぇわ。不幸とか絶望とか、ファントムルージュとか、いい加減にしてくれ。
 世界ってのは、もっと平和で(チャラく)あるべきだ」

 《チャラ男ゥストラはかく語りき》。
 神霊レベルのチャラ 男適性。
 『シリアスな事象を理解出来ない』という一種の呪い。
 代わりに、精神汚染や狂気に対する高い耐性を持つ。

「な、に……?」

 偽原は、セニオのそのスキルを破り、彼に絶望を与えることだけに注力していた。
 それは事実正しい。チャラ男の中のチャラ男、チャラ王、チャライデアであるセニオにとって、そのチャラ適性だけが存在の全てだ。
 だが、……それでも、彼は気に掛けるべきだった。
 “真剣を理解出来ないチャラ男に、真剣を教えた”――ならば、何が残るのか、と。


「安心しろよ。俺が出るのは一瞬だけだ。どーせ消えちまうが、決勝戦までは持たせてぇし」

 偽原は忘れていた。思考の外に置いていた。
 あの大会運営からくすねてきた 資料。その初めに書かれていた戯言を。

 ――『世界最強の能力者』。

「ああ、それと。普段だと多分伝えられねえから、今のうちに言っとくわ。
 雨弓サン。こまね。山田。オーウェンさん。終赤ちゃん。アメ、ハレルちゃん。この前の飲み会、楽しかったぜ。あんなに楽しいの、久々だった。巻き込んじまって、ごめんな。……ありがとう。愛してた」

 周囲に倒れる全員に、順繰りに視線を遣る。後悔。怒り。哀悼。真剣。
 その両目の端から、つうと涙が流れた。嗚咽を堪える震え声。申し訳なさそうな言葉。くだらない軽口。その言葉は、誰にでも理解できる平易な日本語。
 偽原光義が目覚めさせたもの。チャラくなくなり、すなわち何物でもなくなった『彼』に、それでも便宜 的に呼び名をつけるなら――

「黄樺地・瀬仁王――凡人形態(ガチデ・パンピー)。とりあえず、そう呼んどけ」
「ガチデ……パンピー……!」
「ん。じゃ、さっさとやることやっとくか。俺の、憎い敵」

 その右腕が上がる。指先は、偽原光義を指差している。

「『セット』『ファントムルージュ・オンデマンド』」

 その指先に、緋色の光が灯る。
 偽原はいぶかしむ。当然、三度の飯よりファントムルージュだった偽原に対し、その能力は有効打になりえない。
 だが、瀬仁王の言葉はそこで終わらなかった。

「“×(かける)”」

 左手の指先が掲げられる。指差すは廃村の死体のうちの一つ。
 チャラ男でない瀬仁王は、ちゃんと覚えている。遠 藤終赤が与えてくれた忠告を。
 それは、パンデミックによって生きながら腐り、死んでいった、村人の死体。

「『ブレイクアウト』!」

 その指先に、紫色の光が灯る。
 イエロゥ・シャロゥで一度に使える能力は一つだけ。
 ならば、全てを一つに混ぜてしまえばいい。アメノハバキリの時と同じだ。
 さあ。何にもなれない黄色の浅瀬に――絵を描こう。

「能力作動。《イエロゥ・シャロゥ・パレット》。
 『ブレイクアウト×ファントムルージュ・オンデマンド』」

 能力名:ブレイクアウト。
 効果:ウィルスの進化を促す能力。進化の方向性はある程度操作する事が出来る。
 備考:人類の三割を破壊した『パンデミック』を引き起こした能力。詳細はtp://www18. atwiki.jp/drsx2/pages/103.htmlにて。

 能力名:ファントムルージュ・オンデマンド
 効果:対象にファントムルージュの全場面を体感させる。
 備考:偽原はこれを以て再び世界を滅ぼそうとしている。

「……破滅の能力を、二つ……掛け合わせだと? 世界を巻き込んで心中でもする気かお前は。流石の俺もドン引きだぞ」
「こっちはその発想にドン引くっての、偽原サン。――掛け算くらい、子供の頃に、習っただろ? まあ、俺は未だに七の段が言えねえけどな」

 自分で言って、からからと笑う。
 別人格に目覚めたわけではない。あくまでその記憶、頭脳、性格はセニオ自身のものなのだ。
 だが、なんか全体的につまらない感じになった瀬仁王が、得意げに両手を広げる。

「なあ、負の数って知ってっか?」


 組み合わせたその指先が、

「マイナスかけるマイナスは、プラスになるんだぜ」

 金色に、光り輝いた――!

◆       ◆

「う、いやあ、まただよお~~やってられないよおお~~~」
「ああ、終赤は、終赤はもう、こんな」「こんな、こんなもの、あまりに、ああ、ううう……!」

 偽名探偵こまねは、傍らで乱れる終赤の嬌声を、かろうじて遠くに聞いていた。
 こまねは、恐らく対策会議の六人の中で、もっとも傷が浅かった。
 偽原による二度目の蹂躙の際、彼女は勝てないと判断するや、自らファントムルージュの音声を脳内に再生し倒れたのだ。
 自傷による死んだふり。ただでさえ血中ピコ剛力(※原作凌辱作 品による精神汚染の最小単位)が下がり切っていない彼女にはそれでもキツかったし、その上に偽原は、何度も死体殴りよろしく能力を使ってきたのだが。

「あう、んぅ、こんな……どうか……」「ん、ふう、ううああ……!」

 だが、初見だった上に、分裂した両方に重篤な精神障害を受け、前後不覚に陥っている遠藤終赤に比べればまだマシだろう。
 いささか厚みが足りないが、同じ顔をした二人の美少女が互いの首に手を回し、足を絡め、着物を乱しながら華奢な身体を重ね合わせる。
 その様は背徳的な官能に満ちており、また偽原の能力が誤解される一因となろう。
 観客は熱狂し、いずれ自らを襲うことになる世界最悪の映像の脅威になど、気付きもしない。
 世界は、終わる 。
 そこまで考えた時――こまねは、自らを覆う金色の粒子に気付いた。

「う……?」「「う、うえ……?」」

 遠藤終赤×2の動きが止まる。
 こまねは驚いた。身体の中から、既に値にして500を越えていた血中ピコ剛力が抜けていくのを感じたからだ。
 代わりに、喉の奥から、耐えがたい別の衝動がやってくる。抵抗しようと考える間すらなく、口から漏れた言葉は、

「「「うぇーい……?」」」

◆       ◆

「よっし……よしよしよしよしよしよしよしよしよしよっし!
 うう、よっしゃ、きたぜ、ウウェーイキターぜこりゃああwwww」

 血中ピコ剛力が失われる!
 絶望の強制によって凡人形態へと変じていた言動が、本来のチャラ男のもの に戻る!
 これこそがパレット――“コピーした能力を融合する能力”の産物!
 今のセニオに宿りし能力の名、それは、

「『セット』ォwwww『ファントムルージュ・ワクチン』wwww」

 ウイルス療法、というものがある。
 特定の細胞、腫瘍のみに有害なウイルスを作り出し、ガン治療等に応用する技術だ。
 残念ながら実用段階までには問題が多く、未完成の技術であるが――
 世界を滅ぼしうる魔人能力『ブレイクアウト』によって瀬仁王が進化させたウイルスは、今この時、ファントムルージュ障害に対する特効薬となったのだ!

「サスガオレ天才すぎっしょwwマジサンクスwwwヤッベwww飛べそうwwww」

 チャラ男の背から、黄金色の粒子の翼が生 える!
 血中ピコ剛力を浄化し、チャラ性を取り戻させた微細なるウイルス――チャラ男粒子!
 人々をより軽薄に変えていくそのウイルスが、眼前にいた偽原を奔流に飲み込む!

「な――なんだこれは――これ、ふざけ――ふwwwざwwけwwるwwなwwww」

 ファントムルージュに特化させた菌は、偽原に大してまさに特効だ。
 偽原は必死に振り払おうとするが、その動きすらチャラ男粒子が飲み込み、ダンスフロアにでもいるかのような軽妙な動作へと変じていく。

「ちょwwwwふざけんなwwwwwこんなものwwwwwウェーイwwwwこんなんで俺のファントムルージュに勝たwwwwれてたまるかwwwwマジ勘弁www」

 緋色の幻影が、間抜けな草に覆 われていく。
 それだけではない。
 チャラ男粒子が、世界の全てをチャラく染めていく。

セ「ハレルちゃんウェーイwwwwダイッジョブダッテwwww」
姫「う……ウェーイw……wセ、セニオ、さ……wwあは、あははw何ですかこれwなんか、くwwくすぐったいw」
アメ「ハレっちwwそいつから離れてwwwチャラ男になっちゃうwwww」
姫「アメももうなってるよwww」
セ「オッスオラ山田www」
山「山田は俺でしょうがwwって何ですかこのノリwww」
セ「死ぬなーオーウェンwwww」
オ「それは私ではないわ阿呆www」
セ「警官サン生きてるかーwwwwって死wんwでwるwwwwwい、医者ァー!www」
雨「生きてるっつうのwwwうるせ えなwwww」
遠「拙はなぜかwwwエンディング中に真顔でパラパラを踊りたくなってきてwwww」
駒「ヤバイよ~wwwwチャラ男になっちゃうよwwwwおなかいたい~wwww」

偽「僕らにどんな世界が~♪wwww」

 偽原が歌い始めた。音程もリズムも狂った下手な歌を、楽しげに。

「ウェイウェイウェーイwww僕らにどんな世界がwww 道無き道の先に待ってる
声なき声はこのまま どこにも届かずに消えてゆくのーってかァwww」

 いつも以上に、歌詞を無視しためちゃくちゃなもの。
 完全にチャラ男に堕ちている――いや、果たしてそうか?
 チャラい笑い声が……少しずつ、減ってきてはいないか?

「忘れないww 昨日の、w、記憶ゥー ww
消せないw 今日の後悔も、ォー

投げ捨てw がむしゃらにwww明日を目指すwww
朝陽にwww 照らされた傷w 笑い合って――
 ――終わることない旅を 続けよう」

 駄目だ、と誰かが言った。
 あれを最後まで詠唱させてはいけない、と。
 ――偽原が、己が存在理由(REASON)を、取り戻してゆく!

「夜の風が 記憶を掻き乱すww
逃げ出せたはずwwなのにw 同じ場所w
ひとりw……ゆらりw のらり くらり……w
月を眺めて 君は
救いを願う――のを、やめた」

 歌が、擦り切れた。

「キコエルソノコエガ  オモカゲヨミガエル」

 偽原を覆っていたチャラ男粒子が、内側からのオーラによって弾け飛 ぶ。

流出(アディルト)――」

 ドウ! と緋色の奔流が天へと届く。
 廃村も、山も、地表も、雲すら越え、成層圏までがファントムルージュに犯される。
 そう。眼球投影など、たかだか通常の応用に過ぎない。
 これこそが、原作の原画を取り込んだ偽原が得た、魔人としての最終形態。
 ゆえに、その名を――

「――《暗黒大陸編へ、続け緋色の幻影の最高潮》(ファントムルージュ・オンデマンド・クライマックス)!」

 奔流が途切れる。
 ……そこにいたのは、もはや偽原でも何でもなかった。
 擦り切れた影。赤黒に覆われた、人間大の名状しがたきシルエット。
 覆っていたギプスや包帯は吹き飛び、ジャンプ海苔のような緋色のベタに覆 い隠されている。

「うwwwwおえっ! ゲフォゴッフォwwww」

 セニオはその姿を見た。ファントムルージュを見た気分になった。
 今の偽原を見るだけで、全身に百億を超えるピコ剛力が走り抜ける。ワクチンが無ければ即死だっただろう。
 もはや人のカタチも失いつつある偽原が、厳かに告げた。

「最後の上映(オンデマンド)――それは、俺自身がファントムルージュになることだ」





「……今までと変わってなくね?w」
「ファントムルージュ・クライシスはまだ終わっていない」無視された。「俺こそがファントムルージュ・クライシスだ。俺がファントムルージュとなり、そして俺が世界となり、そして世界はファントムルージュになる。それだけ だ。簡単な話だな」

 能力名:ファントムルージュ・オンデマンド・クライマックス。
 効力:自身のファントムルージュ化。
 制約――

「はwwちょwwおま、マジで!?ww頭おかしィー(↓)だろォー(↑)!ww」
「……気付いたか」

 あまりにもおぞましいその制約。それは、能力名からもうかがい知れる。

「ああ、そうだ。俺はもはや――原作と映画の区別もつかん」

 対策会議戦でも封印したこの能力を、それでも使うのは、彼の意地からだった。
 ファントムルージュの化身たる彼を越えられる者がいれば世界は残り、そうでなければ滅ぶ。
 彼は、倒されてもいいと、そう考えていた。
 ケルベロス・ミツコなどお誂え向きだ。赤羽ハル でもいい。山田でもオーウェンでもこまねでも、なんならゾルテリアでさえ良かった。ファントムルージュを受けた上で耐えきることが出来る存在なら。
 だが、
 彼が求めた敵は、彼が求めた救いは、断じてこのような相手ではない。
 チャラ男粒子? ファントムルージュ・ワクチン? ふざけるな。
 信念も、因縁も、苦悩も正義も悪意も悲劇も悲哀も持たないチャラ男などに――

「俺の上映(うんめい)を。失われた俺の家族(リソース)を。越えられてたまるものか……!」
「わっけわかんねえwwwwwま、でもオーケーオーケーアリっしょパネっしょwww言っとくけど今の俺、サイッキョーに気分アゲ☆アゲなんでそこんとこ分かってるゥー? ヤバげマズげ無茶ゲ?  分かっちゃってるウェーイオッサン?www『セット』、『スマート・ポスト・イット』!」セニオが二人に分かれ、「「『セット』、『ファントムルージュ・ワクチン』!!wwwww」」


 瞬間、軽薄さ二倍、チャラさ四倍、ウザさ無限大の左右対称のチャラ男が顕現。
 ――黄金のチャラ男粒子が、出力二倍で再動する。

「ウェーイ!wwwふたりはチャラキュア!wwww」「マジでマックスwwwwwハートすぎっしょwwww」「二人だから22倍盛り上がりまくりんぐwwww」「超ウケマジウケ激ウケワロワロwwwww」「ユーテソレナガチデウェーイオツカレイ!www」「チュリッステンションアゲアゲアリガトランスッフゥ~ウィッシュ!」

 二人のセニオが、シンク ロめいて空へと浮かび上がる。
 その軽薄さが、とうとう大気の比重を超えたのだ!
 断食中のガンジーでもダッシュで徹飲みアゲアゲイッキするレベルの昂揚!

「……映画館では静かにしろ。基本マナーもなってない、親の顔が見てみたいな」

 地を逝く緋色の幻影。
 踏みしめた足元で大地が犯され触手が芽吹き、その触手すら極度のファントムルージュに晒され枯れていく。
 まさに、製作(そうぞう)上映(はかい)を司る万能の神が如き異様。

「ウェーイwwwwアゲテコーゼwww」「否。あがくな、上映を受け入れろ」

 黄金と緋色が、衝突した――!


四.


 張り巡らされた最高級編み糸が一瞬で換金され、
 広々とした屋内レスト ランに澄んだ音を鳴り響かせて、無数の硬貨が降りしきる。


「まずい……!」
「ん?」

 豪華客船の一角。
 純白のクロスが敷かれた丸テーブル。その上に、逆さまに置かれたガラスのコップ。その上にきぃんと落ちて跳ね、奇跡的に側面で直立した十円玉。その上に片足立ちで着地した赤羽ハルが、急に動きを止めた対戦相手に眉をしかめた。
 隙をつくべき場面だが、そこで相手に合わせてしまうのがこのお喋りな暗殺者だ。

「……あァ、おーおー、あっちも随分やらかしてるみたいだな?」

 水平線の向こうで、緋色と金色の光が立ち昇っている。
 当然、距離は途轍もなく離れている。だが、特に緋色の光が放つ、この距離からでも分かるおぞましい概念は、その正体を推 測するには十分すぎる。

「やはり、きみより先に、あちらのどちらかに当たるべきだった……!」


 悔しげに唇を噛むのは、その対戦相手――今は恐らく弟のミツゴだろう。
 赤羽ハルが、セニオとは違う中身の伴った軽薄な笑みを浮かべて、その台詞を揶揄する。

「悲しいねえ。そんなに俺の相手が嫌かい?」
「……三つの危惧がありました」

 ミツゴは言う。世界の敵の敵。三つ首の地獄の番犬の嗅覚が捉えた『世界の敵』の予感を。

「一つは、同能力との衝突で、偽原が更に進化してしまう可能性。
 もう一つは、黄樺地セニオが囚われて、偽原の尖兵となる可能性。
 そして、もう一つの、想定すらしたくなかった最悪――」

 水平線の向こうで、金色と緋色の 衝突が激しさを増す。
 緋色は眼が痛くなるのに対し、その金色はどこか、見つめる焦点がぼやけるような。

「間違いない……人々を『理不尽な幸福』で襲う軽薄と浅薄と稀薄の化身。
 放置すれば、すべての生命は目的意識も生存意志も失い、チャラさと言う名の刹那主義の果てに、世界は滅ぶ……あのペパーミントのアイスクリームと同じタイプの、世界の危機……」
「……話が見えねえなあ。あのチャラ男が、何だって?」
「つまり――」

 DNA螺旋を描くように、それらは重なり、お互いを消し飛ばし合っている。

「……黄樺地セニオが、偽原光義以上の、世界の敵となる可能性」

 ミツゴはその終結を、犬歯を剥き、背筋を震わせて、見据え続けている――。


 ……なお、豪華客船戦の勝利SS次第ではこういった場面が挟まる余地もない可能性があるが、そこら辺は魔法の言葉パラレルでなんとかしてほしい。もちろん優先されるのはあちらのSSである。



◆       ◆


 チャラ男粒子の翼が、緋色の幻影によって根元から引き千切られる。

「まだ不思議な力、残ってるかセニオ?」
「ぐあああああああああ!」

 セニオが絶叫を上げ、絶望と共にがくりと膝をつく。だが――

「ウェイウェイウェーイ! ここは廃村! ここがHi-son! リズムにHigh村!
 ブンズーブンズーブンズーブンズー! ブンズーブンズーブンズズブンズー!
 ウェッウェッウェッウェウェッ、ウェーイwwwwサイキョーサイコー サイコーチョーのwwwwオレサマつまーり、キカバジ・セニーオ!www」

 ――その背後から、別のセニオが、偽原めがけて黄金粒子を叩きつける!

「が……!? ぎ……」
「CHA-LA HEAD-CHA-LA! 何が起きてもー気分はへのへのカッパー!
CHA-LA HEAD-CHA-LA! 頭カラッポの方がー夢詰め込めるー♪wwww
CHA-LA HEAD-CHA-LA! えーがおーウェイウェーイウェーイー!
CHA-LA HEAD-CHA-LA! ――チャーッラ! ヘッチャーラ!」

 チャラ男特有の、適当にサビを繰り返すだけのうろ覚えヒトカラ!

「ぐ……げ……!」
「――CHA-LA HEAD-CHA-LA! CHA-LA  HEAD-CHA-LA! CHA-LA HEAD-CHA-LA! むーねがーバーチバーチーするーほどーさわぐげーんーきーだまー――――――スwwパwwwーwwwクwwリwwwンwwwグwww」
「ごああああああああああああーーー!」

 ふっ、と。
 唐突に、全てが消えた。
 ……緋色の幻影が尽きた瞬間、セニオの能力使用時間も過ぎたのだ。
 しかし、ブレイクアウトの能力はウイルスの進化。創造ではない。
 既に世界に広がったファントムルージュ・ワクチンは、少しずつその被害者を(副作用として一時的にチャラくしつつ)癒していくだろう。

 残ったのは、地面にうつ伏せに倒れたくたびれた中年男と、
 その背後で大きく息をつく、軽薄な青年。
 二人の影が、廃村の夕焼けに長く照らし出された。

「……何故だ」

 ヒュー、ヒュー、と、掠れた呼吸音を上げながら、偽原が問う。

「どうして、お前が、こんなに強い……何も持っていないはずの、お前が……」
「ウェ……wー、……wー、……wー……ん?wああ、あーwww」

 セニオは夕焼けを見上げると、ふと掌を、太陽に透かす。
 ――その身体は、末端部分が無数の“w”に還元され、消えかけていた。

 《パレット》を使った代償。一瞬でも『真剣』を理解してしまった弊害。
 セニオがただのチャラ男ならば、普通にチャラ男でなくなるだけだ。
 だが……チャラ男の概念存在である彼がチャラ男でなくなるということは、イコールでその存在の崩壊 、消滅を意味する。それでなくとも『パンデミック』の制約は永続戦線離脱なのだ。

 現在のセニオは、取り込んだチャラ男粒子の残滓によって、かろうじてチャラ性を保てているに過ぎない。それも、もって、あと数日だろう。
 だが、最終戦までは持つ。「……なら、別にそれでいーんじゃね?w」と、彼はチャラ男ストラの名の下、いつものようにその絶望の理解を放棄した。

「つーかwww逆っしょwwwアンタが真面目すぎウケるwww」
「な……まだ、お前はそうやって茶化す気か……!」
「ノットノットwww怒るなってwww真面目な話ィーwwwうぇwwwだってホラ、ゲンサクのソンチョーってタイセーツじゃぁーん?www」
「……なに、原作……?」
「でぅあーから すぁーwww働き過ぎなんだよ、アンタはさwww」

 セニオは言う。あの映画の、元となった作品の作者のことを思い出して。
 チャラ男としての一時的ブームとはいえ――彼も、あの漫画が好きだったのだ。

「そろそろさw――休載しても、良い頃っしょwJKw」

 偽原は、その言葉に唖然とし、

「……は」

 思わずと言った様子で、小さな笑い声を漏らした。

「く……そうか。そうなのか」
「ソーダッテダッテェーwwwwオレのダチ言ってたもんよーwwwアレの休載はフゼーだってよwwwウゼーwwwワロスwwww」
「くく……チャラ男が、ふ……上手い事を」
「でしょでしょでっしょーんwwwwつーかアイツの怠慢でこうなったんだしwww」
「く、はは……ははは。そうか。休んで、良いのか。ははは……は……」

 偽原は笑った。セニオの能力でも何でもなく、ただ純粋に笑い続けた。
 それは、彼がかの悪夢に魅入られてから初めての――しょうもない理由で浮かべた、呆れたような、軽薄な笑みだった。



◆       ◆


 ザ・キングオブトワイライト第三回戦。偽原光義VS黄樺地セニオ。
 開始二時間三十分。決着。

 【巻き込まれた偽原対策会議の面々】雨竜院雨弓、姫将軍ハレル&参謀喋刀アメちゃん、遠藤終赤、偽名探偵こまね、山田、オーウェン・ハワード

   ――ファントムルージュ汚染は完全浄化。ただし、一部はチャラ化の際の黒歴史が残る。


 【黄金色のチャラ男の王】黄樺地セニオ

   ――勝利。最終戦へと駒を進めるが、後遺症により能力は大きく弱体化し、その存在自体も崩壊しつつある。


 【サバンナの緋き幻影】偽原光義

   ――作者都合により、救済。








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