第一回戦【宇宙ステーション】SSその1

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dangerousss3

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第一回戦【宇宙ステーション】SSその1

 試合場のひとつである宇宙ステーションは、上空500キロメートルの熱圏に存在しており、秒速7.61kmで地球の周囲を等速円運動している。その際に発生する慣性力(遠心力)が地球の重力とつり合うことで宇宙ステーションは上空にとどまっていられる。
 また、慣性力と吊り合いながら自由落下しているため、宇宙ステーション内はほぼ無重力となっている。
 居住区はモジュールと呼ばれる円柱形のパーツが複数組み合わさっており、直線的な構造になっている。上層部、中層部、下層部の三層を貫く長いモジュールから構成されている。そのそれぞれから垂直に突き出るようモジュールが設置されている。
 それだけのシンプルな構造。
 だから。

「見ィ~つけた」
 試合開始後まもなく、内亜柄影法は弓島由一を容易く見つけたのであった。


 宇宙ステーションの中層部、そこから突出したモジュールが弓島由一のスタート地点である。
 自分の場所を把握すると、ガンフォール・ガンライズで銃を創りだした。あるものを仕込もうとしたのだが、その直前に影法に見つかってしまった。

「こっちにくるんじゃねェ―――――ッ!」

 由一はガンフォール・ガンライズの弾丸を影法に向かって乱射する。
 影法は上着を脱ぎ、目の前に構えた。弾丸はすべて脱いだ上着に当たる。

「知ってるぜ。こうしちまえば、お前の能力は無力化できる。そうだろ?」

 生身の部分への着弾さえ防げば、ガンフォール・ガンライズの弾丸は無力化される。
 だから、上着で覆い隠しさえすればいい。それが影法の考えだ。

「しかしまあ、俺はガキをいたぶる趣味はないんだ。今棄権すれば、痛い目に遭わずに済むぜ?」

『優しい』言葉をかける影法。それと同時に、能力で刃を作り出す。
 さして大きくはない、果物ナイフ程度の大きさ。

「殺す気マンマンじゃねーか……誰が棄権なんかするかよ、オッサン」

 由一は銃を構え、警戒しながら影法を見る。
 影法はその刃を使って、接近戦を得意とする。そうでなくとも、投げるなりしてもいい。遠近どちらでも戦える。また、言葉さえあればいくらでも刃を作り出せる。
 一方の由一は、ガンフォール・ガンライズだけを無力化すれば、由一に武器はない。身体能力では、明らかに影法より格下だ。接近戦に持ち込まれれば、不利なのは火を見るよりも明らか。
 しかし、今の由一は追い詰められている側。距離を取ろうにも、とることも出来ない。

「はぁ、気が乗らねえな……しかたない、悪いが勝たせてもらうぜ。」

 影法は上着を構えたまま床を蹴る。
 慣性の法則に則り、由一に向かって等速直線運動を行う。

「生麦生米生卵!」

 影法は唐突に「早」口言葉を言い出す。そして、能力で「はやい」刃を作り出す。

「東京特許許可局局長!」刃を作る。
「赤巻紙青巻紙黄巻紙!」刃を作る。
「隣の客はよく柿食う客だ!」刃を作る。
「この釘は引き抜きにくい釘だ!」刃を作る。
「くらいなっ!」

 影法は5本同時に刃を投げる。宇宙空間では踏ん張りがきかないため、「物を投げる」という行為は地上で行うときと比べて威力は落ちる。
 だから、投擲時の速度は、由一が即座に反応できる程度の速さだった。

「のろいぜ! これくらい、余裕で撃ち抜ける!」

 この程度なら、簡単に撃ち抜ける。刃に向け、由一はガンフォール・ガンライズの弾丸を射出する。
 その弾丸が、刃に着弾―――しなかった。その刃は、当たる直前に加速した。

「なにっ!」

 5本の刃が由一の体に突き刺さる。当然だ。加速して早くならないのに速い刃なんて名乗って言い訳がねえ―――そう影法は考えた。
 速いと早いを混同しているような気がするが、わざと混同しているのだろう。

「隙を見せたな」

 刺さった刃に気を取られた瞬間、影法は由一の眼前まで迫っていた。
 由一はとっさに自分に弾丸を撃ち、下方向へと逃げる。
 だが、一手遅かった。逃げる直前に、影法は由一の髪を掴んでいた。
 そのまま由一を持ち上げ、バックチョークに持ち込む

「お前の能力は人体を貫通しない。だから、今お前の首を占めている俺をお前の能力で撃ちぬいた所で、お前は俺を飛ばすことは出来ない。逆もまたしかりだ」

 宇宙空間、主に無重力空間では踏ん張りがきかない。だから投技や打撃技はあまり有効ではない。主に有効とされているのは、絞め技や関節技などの組み技だ。
 そして、それは同時にガンフォール・ガンライズの弱点をついた技でもある。
 由一は必死になって振りほどこうとするも、彼程度の腕力では振りほどくことは出来ない。

「苦しくて声も出ないようだな。安心しろ、すぐに楽にさせてやる」

 影法は優しい刃を取り出す。それを首元に持っていく。

「なめんじゃ……」
「あ?」
「なめんじゃねええええええええええッ!」
 由一は声を張り上げ、銃を持った腕を振り上げた。そして、そのまま影法の耳元で弾丸を射出した。
 ただし、時速200kmという速度で、だが。


 人は爆音を感知すると、とっさに耳をふさぐ。熱いものに触れた時に指を引っ込めるように、それは一種の反射行動である。
 人間が耳に痛みを感じる音圧レベルは、およそ130デシベルから。
 一般的な拳銃の銃声が140~170デシベルであることから、200デシベルよは通常の銃声のおよそ百倍の音圧であるということだ。
 それらの銃声も通常はイアーマフを着用して減衰させるのがならいだ。それほどまでに銃声は人の耳を傷つける。
 まして、200デシベルの音を耳元で発されたとすれば、それは尋常ではない痛みが走るだろう。

「うおおッ……あ、が……」

 影法は耳を抑え、その場にうずくまっている。鼓膜が破裂してもおかしくはない音圧だ。それに堪えられたのは魔人だからか。

「ぁぁぁー……」

 影法だけでなく、由一もまたその音圧に苛まれていた。
 影法が腕を離した瞬間、とっさに影法を蹴って逃げた。それだけしか出来なかった。

「これだけは使いたくなかったのに、クソッタレめ」

 この大爆音は、事実上の自爆技だ。相手と自分、両方が被害を受ける。
 たとえ耳栓をしていても、気休め程度にしかならない。だから、使用はできるだけ避けたかった。
 由一は壁を蹴り、中層部から下層部へと移動する。

「ハァ、ハァ……だが、これで奴から離れられた。待ってやがれ。必ず殺す」

 下層部のモジュールの底で、由一は一発の弾丸を射出する。非常に、極限まで遅い速度で。
 そのすぐ直後、もう一発。今度は、少しだけ速い速度で。
 まだ、耳は痛んでいる。


 しばらくして、影法の耳の痛みは回復した。彼もまた、激しく憤っている。

「あの糞ガキ、大人をコケにしやがって……俺が勝ったら、あらぬ疑いをかけて少年院にブチ込んでやる」

 中層部のモジュールから顔を出す。その右手には、優しい刃が力強く握られている。

「どこ行きやがった糞ガキ!」 

 宇宙ステーション内部に影法の声が響く。
 その声に呼応するように、由一の声が返ってくる。

「どーやら耳は治ったみてーだなぁ、おっさん!」
「てめーどこにいやがる!」
「まー落ち着けよ。一ついい事教えといてやる」

 影法は声の方向を特定する。下層部からだ、と判断し、体を向ける。
 由一が言った言葉は、とても信じられないような内容だった。


「この宇宙ステーションは、今から墜落する」


「……はァ?」
「聞こえなかったんならもう一度言ってやるよ。この宇宙ステーションは、今から墜落する」
「ばっかじゃねーのか? 頭おかしくなったのか?」
「俺の能力じゃ、宇宙ステーションの内部を撃っても宇宙ステーションを墜落させることは出来ない。宇宙ステーションの内部は、俺のいる慣性系から見れば静止しているからだ」
「ふん。だったらハッタリだな」
「しかし、だ。外部に着弾させれば話は別だ。外部に着弾させれば、外から撃ったことになり、外部の慣性系からみてこの宇宙ステーションがどう動いているかが基準になる。そして、俺の能力では、動かした物の慣性は消失する。ここまで言えばわかるか?」
「……いや、それもハッタリだ。できるはずがない」
「信じるか信じないかはあんたの自由さ。オレはひたすら逃げ回るだけでいいんだからな。ちなみに、制限時間はもって5分ってとこだ。がんばれよ」

 影法は考える。お前本当に小学生か? と言いたくなるような内容はともかく、ハッタリでなかったとしたら、確かに脅威だ。由一の能力なら、墜落する直前に脱出すればいいだけだからだ。
 あれこれ考えても、案は浮かばない。
 影法は由一のいる下層部へと急ぐ。

「5分? だからどうした! お前の言葉が事実だとしても、5分以内にお前を殺せばいいだけだ!」

 下層部分に到着する。前を見れば、天井に座り込んでいる由一がいた(無重力空間で上下の区分は無いに等しいのだが、影法の足をつけている箇所を床として、由一のいる場所を天井とした)。
 由一はニヤニヤと笑いを浮かべながら中指を立てる。

「かかってこいよおっさん!」

 由一の挑発にものらず、影法は冷静に状況を分析する。
 刺さっていた刃が全て抜かれている。しかし、どこかに刃を隠し持っている様子はない。
 つまり、由一と影法がいる場所の間に、ガンフォール・ガンライズで埋められた刃が埋められているということだ。
 影法は由一を指さしてそのことを指摘する。

「そんなバレバレの罠に引っかかると思ったか? お前の挑発に乗って行っ―――」

 言い終わる前に、地面から弾丸の弾幕が素早く浮き上がる。その弾丸は、影法の衣服をすり抜け、体に直接着弾した。

「な……」
「甘かったなおっさん。オレの本当の目的は、一瞬でもあんたの動きを止めることだった。そして、あんた
が罠を警戒すれば、必ず足を止めるだろうことは容易く想像できた」

 由一は特殊銃の弾丸に弾丸を当て「物体を通り抜ける弾丸」をつくりだした。これを使えば、衣服に弾丸があたって防がれるという問題点を解消できる。
 だが、特殊銃の弾丸の性質上相手が動いている場合はその衣服に当たってしまい、衣服をすり抜けさせることは出来ない。
 だから、一瞬でも動きを止めさせる必要があった。

「俺が……負ける?」

 ゆっくりと沈んでいく影法。由一より体重が重いため、移動速度が遅い。
 由一は天井を蹴り、真上から影法を見られるように移動する。

「俺は……こんなところで! 負けるつもりはねえんだよおおおおおおおおおおおっ!」

『熱い』台詞を吐く影法。能力で『熱い』刃を生成する。生成された刃は1メートル程度の長さだ。
 影法はそれを床に突き刺した。突き刺すと同時に、影法の体が浮き上がる。
 由一は驚愕の表情を浮かべる。

『なぜ俺の能力の解除方法を知っているのか?』それが疑問だった。
 事実として、影法はがむしゃらで刃を創りだしたに過ぎない。偶然の産物だ。
 影法に勝利への意志がなければ、それもありえなかっただろう。

 浮き上がってくる影法をとっさに躱す。
 だが、影法は体を捻り、由一のいる方向に刃を向かって突いた。

「あちいっ!」

 由一は刃を間一髪で避けた。刺さった壁が融けている。一体何千度なのだろうか?想像もつかない。
 影法は即座に刃を横にずらす。それを躱そうと壁を蹴る由一。再び刃先がかすり、体から冷や汗が出る。

「どうした! 逃げるだけじゃあ勝てないぜ!」
「黙ってやがれ!」

 由一は宇宙ステーションの上層部へ逃げ、影法はそれを追う。
 逃げるときも相手から目を離さない。
 だが、ついに由一は行き詰まった。

「もう袋のネズミだ! 死にやが―――あああああッ!?」

 影法の体に、刃が降り注ぐ。由一に体に刺さっていた、「速い」刃が、今度は影法に刺さったのだ。
 腕に刺さった刃のために、影法は「熱い」刃を手放してしまった

「頂きィ!」

 由一はその隙を見逃さない。影法が手放した瞬間に「熱い」刃を奪った。
 その刃を壁に刺し、そのままモジュールを横に一周する。
 宇宙ステーションが、円形に切断された。その切断面から外を見て、影法は宇宙ステーションが落下中であることを余儀なく思い知らされた。

「ハッタリじゃ、なかったのか……」
「ああ。そして、もう一つ。」

 切断された上部の宇宙ステーションをガンフォール・ガンライズで打ち抜き、同時に自分自身もうちぬいた。

「まさかてめえ……!」
「あんたの想像しているとおりさ。じゃあなおっさん。なかなか手ごわかったぜ」

 由一は切断した宇宙ステーションの上層部とともに、その場で鉛直方向に上昇。
 言わずもがな、宇宙ステーションの残り部分は、重力にしたがってそのまま自由落下。
 その際、影法が何かを叫んだような気がしたが、まったく聞こえなかった。

 数分後、宇宙ステーションの墜落が確認されるとともに、弓島由一の勝利が告げられた。








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