倉敷 椋鳥幕間その1

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dangerousss3

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倉敷椋鳥のあまり表プロローグと変わりない裏プロローグ

「やあ、負け犬くん」

建物から出たところで椋鳥は立ち止まった。
なんとなく渋面になる。

傷の治療は完璧だった。それはもはや治療と呼べるレベルではない。
確かに死亡が確認されたはずの椋鳥だったがあっさりと蘇生は成功した。
傷ひとつない。
顔をしかめたのは痛みのせいではなく、その声に覚えがあるからだった。
「……なんでその格好なんだ?」
「え?」

とりあえず、最初に気になったことを質問する。
予測はしていなかったようだ。その女は困惑したように視線を下げた。

「これは仕事着だけど……何か変かな?」
「いや……」
おかしくはない。
普通のビジネススーツとタイトスカートで、一流企業のOLと言っても通用するだろう。
ただ。
(この前と違いすぎるだろ)
椋鳥の記憶ではそいつは和装の幽霊だったはずだ。
あまりにも着ているものが違うから聞いてみたのだが。

そいつがぴっと指を立てると椋鳥の襟に紙片が挟まる。
「なんなら名刺も渡そう。ほら」
「いらな……なんだこりゃ。メモ用紙か。馬鹿にしてるのか」
【くらしきちづる】と手書きで書かれたメモをむしりとって捨てる。

視線を戻す。
スーツ姿のその女は相変わらず半透明である。
死灰が降る中でなく、こうして日光の下で見るとますます存在感が無かった。
もしかすると自分の妄想が生み出した幻覚なのではないかと思ってしまうほどに。

「幽霊が今頃何しに来たんだ? もう俺は落ちたぞ」
「おお? なんだかご機嫌斜めだね」
「第一声で負け犬呼ばわりしておいて何寝ぼけたこと言ってんだ」
「酷いなあ。せっかく監視の範囲外に出るまで待ってやったのに」
「……うん?」
聞きとがめて、椋鳥は首をひねる。

「君が空中とお話するような人物だと噂を立てられないようにという気遣いを――」
「ちょっと待て」
「うん」
「俺に監視がついていると?」
「少なくとも監視カメラの映像は記録されているよ。敗退選手のもね」
「何のために?」
「さあ。誰かに聞けば。私は知らない」

椋鳥は嘆息する。
敗退者を集めて開催されるという噂の『“裏”の戦い』
それへの参加如何に関わらず、大会運営者は参加者への注目は解かないつもりらしい。
考えても仕方がない。
「……で、結局お前は何者で、何の用なんだよ。そろそろ教えてくれてもいいだろ」
「私は能力だ」
「あ?」
「遠隔地にメッセージを届ける能力『ダイレクト・M』で生み出された虚像だ。
 本体はここにはいない」
「……」

そいつが言いたいことだけを言い、言いたくないことは全てはぐらかすという、
人を苛立たせる性格であることはとっくにわかっていた。
やはり、椋鳥の求める答えとは違う。
構わずにそいつは続けた。

「用件はね……君にお願いにきたんだ」
「もう俺は負けた」
「それは別にどうでもいいんだ……私個人としては、勝ってほしかったとは思うけどね」
「意味がわからねぇよ」

もって回った言い回しにうんざりして、椋鳥は歩き出した。
どうやら幽霊でもなかったようだし、お願いなど知ったことではない。

「おいおいおいちょっと待ってくれ。話くらい聞いてくれよ」
「人に話を聞かせたいなら短くすませるんだな」
「わかった。わかったよ」

椋鳥は足を止めた。
無意識に左手に目を落とす。掌の紋様は今は消えていた。

それが出てくるようになったのは、箱根でトーナメントチケットを受け取った時からだった。

紋様は能力を使用するときに、たまに光とともに浮き出てくる。
模様が出てから能力がそれまでと比べて変化したかというとそうでもなく、
魔人特有の病気かなにかじゃないのかとなんとなく不安になっている椋鳥だった。

「……で?」
「ああ、ええとね。君にはこのまま『裏トーナメント』に出ててもらいたいんだ」
「……お前、大会の関係者だったのか?」
「いや、違う」

きっぱりとした否定だがどこか嘘っぽかった。
視線を向け続けるとそいつは誤魔化すように言い足してきた。
内容は理解し難かったが。

「というより、君には成長してもらいたいんだ。そのために最適な舞台だからね」
「成長?」
「正確には、君の『能力』に成長してもらいたいんだよ」
「……理由は?」
「それは言えない」
とりあえず、はぐらかすよりは誠実な答えだと解釈することにして、椋鳥は腕を組んだ。

「それで、参加したとして、俺に何か得があるのか?」
「いや、それもまだ言えない。……が」
「?」
「応えてくれたなら、その時には君にとっていい話ができると思う」
「……やっぱり意味わからんな」

……結局のところ、この話から確実なことは何ひとつ読み取れない。
ただ一つわかったことがあるとすれば――

(俺の能力に成長の余地がある……?)
「……時間的に限界か」

女の言葉に顔を上げる。
同時に気がつく。
後方からやや早足で近づいてくる足音を感じる。

「倉敷様」
振り向くと、こちらもスーツに身を包んだ女性の姿。
何度か見たことのある顔だった。

「あんた、なんとか機関の……」
「『なんとか機関』ではありません。七葉に雇用されている労働者です」
眉ひとつ動かさず彼女は遮った。
その鉄面皮でなんとか思い出す。たしか銘刈という名前だった。

「1回戦を戦った皆様に『敗者復活戦』のお話がございましてうかがいました」
「……」
「少しお時間をいただけますでしょうか」

なんと答えたらいいものか思案して、椋鳥はわずかに首を巡らせる。
半透明の女の姿はいつの間にか消えていた。
「――」
どんな答えを返すか自分でもわからないままに、椋鳥は口を開く。

◆おしまい◆








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