第一回戦【美術館】SSその1

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dangerousss3

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10番だけ読めばだいたい分かります。

■8:1階中央・大展示場■ より一部抜粋


「AGE―――――(アゲ)」


“リョーマ” “タカシ” “レイ” “カエデ” “ニャンニャ”


その言霊に呼応するかのように、かつての盟友達が影の中より音もなく湧き上がる。
熊手の如き髪、無意味に頬へと添えられた指、腕に巻かれたシルバー。
その一人一人が一騎当千の“チャラさ”を保有する。


「POYO―――――(ぽよ)」


“ハヤト” “ガリュー” “ユート” “エイレン” “トワ”
“ジューザ” “リョウ” “タケル” “コウ” “セージ”


静かなる“軍勢”は瞬く間にその勢力を蓄える。


「WEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEI !!!!!」


“ジュン” “キイチ” “ラン” “ツバサ” “ラチ”
“ミコト” “ケータ” “サスケ” “ナオキ” “カオル”
“マコト” “アヤ” “ヒトシ” “ナオト” “ユージ”
“タクマ” “リュウ” “キリヤ” “アッチャン” “メグミ”
“リュウヤ” “イツキ” “アイト” “カナデ” “ハルキ”
“イチヤ” “ダイチ” “カズヨシ” “ハルキ” “カズ”
“ヨシムネ” “ハルカ” “アヤツキ” “ユタカ” “ツカサ”
“ムツ” “ナイト” “マナブ” “イオリ” “ルイ”
“ソーヤ” “ラン” “トーマ” “エージ” “アキラ”
“セーヤ” “ツヨシ” “コイレン” “イオ” “タクヤ”


格調高い平安時代展にはおおよそ似つかわしく無い男たちが大展示場を占拠する。
その数、実に九百と九十九。
それは“セニオ”の通信端末が内包するアドレスの件数に等しい。
関西滅亡で、関東滅亡で、パンデミックで失われし、999人の盟友達による乱痴気騒ぎ。


“チャラ男の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”


「アイオニオン」は古代ハラジュク語で「永遠」の意。
同様に「ヘタイロイ」は「友」を示す。


その失われし異形の大軍に対抗するは、手傷を負った兵が只一人。





■0: レギュレーション確認■


【重要】
○試合会場:美術館
○戦闘領域:館内 (館の上空・地下は戦闘領域に含む)
○初期位置:ランダム
○対戦相手に関する情報:初戦のため登録選手名のみ


【参考】
○開始時刻:正午
○勝利条件:自分以外の選手を全員戦闘不能(死亡含む)にするか、降参させるか、場外に出す
○人払い:戦闘領域内に選手以外の人間は存在しない
○登録選手名(50音順):「雨竜院雨弓」「黄樺地・瀬仁王」「ハレルア・トップライト」
○中継:魔人能力により戦いの一部始終は全国放映される





■1:1階南東・漆工展示室■


戦闘開始から4分。
戦闘領域の最南東1階、漆工展示室に1人の選手あり。
白と水色を基調とした簡素なドレスに無理矢理鉄板を縫い付けたような機動性重視の戦闘衣装、「平服甲冑」をトレードマークとする、“姫将軍”ハレルア・トップライトだ。



▼『ハレルア・トップライト』
▼剣とダンジョンの世界からやってきた戦うお姫様。



戦闘領域の最西端と最北端を一望できるその位置に陣取った姫将軍は、抜き身の愛刀を上段に構え、銅像のように動かない。


その姫将軍に北の陶磁展示室よりゆっくりと近接する二つの人影あり。
2mを超す大柄の男と、中肉中背の男だ。
二人とも警備員の如き制服を着ており、その顔にはにこやかな笑みを浮かべている。
距離にして200m。


バチリと、威圧的な姫将軍の視線を意に介さず歩み足で間合いを縮めていく二人組。
刀剣展示室を超えたあたりで腰の三段特殊警棒を引き抜き、音もなく使用時の形態へと変化させる。
接触まで100m。


僅かに姫将軍の構えが北へ、二人組の男へと向けられる。


金工展示室を超え、姫将軍との距離が50mを切ったあたりで、二人組の速度が急激に増す。
歩み足は早足を経て助走へとその様を変え、やがて疾走に至る。


接触の直前、まるでそう打ち合わせていたかのように大柄の男と中肉中背の男の動きが絶妙の連携を為した。
姫将軍の上段を恐れず、勢い良く飛びかかる大柄の男。
地面スレスレの低姿勢から足元を薙ぐように警棒を振るうもう一人の男。


“先制攻撃 First Strike”


連携の後の先をとって振るわれた日本刀が、大柄の男の頭部を捕える。
しかし、その刀は男の頭を“すり抜け”、いかなる理屈か、その先端よりバレーボール大の火球を放出した。
同時に中肉中背の男の手首を地面に縫い付けるべく放たれた左足のスタンピングが、男の手首を“すり抜け”、轟音と共に床へとめり込む。


二人の男が陽炎の如く、ぐにゃりと歪む。
それと同時に姫将軍の視界の外、西の方角2mの位置でも僅かに空間が“歪んだ”。


“雨竜院流傘術・蛟からの雨月”





■1 (雨竜院雨弓):2階南・ラウンジ■



▼『雨竜院雨弓』
▼雨を司る一族・雨竜院家の長子。27歳。
▼2mを軽く超える筋肉質な体躯にザンバラ髪。



試合開始と同時に2階ラウンジへと出現した雨竜院雨弓は即座に能力を発動した。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



雨弓の体が大気と同化していく。


彼の能力「睫毛の虹」は、大気中の水分を利用して光の反射や屈折を操り、幻影を見せる能力である。
光学的な能力のため音などの付随する情報こそ再現できないものの、様々な局面に対応できる優秀な能力である。


今行ったのはその能力の応用で、全方位に対して “背景色”の幻影を見せたのだ。
カメレオンの擬態の如き応用法である。
敵の視点に合わせて指向性を持たせ能力を使用した場合に比べ、全方位を対象とした場合は幻影の精度が落ちるという光学迷彩特有の欠点があるのだが、どこから見られているか分からない以上、まずはこうして全方位に向け使用しておくのが定石なのである。


「(さぁて、っと!)」


幻影の鎧を纏い、最低限の戦闘準備を整えた雨弓は意気揚々と試合場の探索をはじめた。
戦闘狂の気質がある彼は、強者と戦えるこのトーナメントを心の底から楽しみにしていたのだ。


本来ならば鼻歌でも歌いたいところだが、そこはグッと堪える。
自身の能力の肝が“音”にあることを彼は知っていたのだ。


いくら姿を消したところで、ドタバタと足音を立て、生体音を垂れ流し、気軽に声を発していては意味が無い。
熟達者との戦いにおいては、わずかな衣擦れの音でさえ気取られる要因となってしまうのだ。


故に雨弓は普段から衣擦れの生じ辛い特注の警官制服を纏い、“傘術”を応用した歩行術・走術を行うことで自らの“音”を可能な限り抑えていた。
必要とあらば、呼吸や鼓動といった生体音もある程度はコントロールできるよう、訓練を積んできた。


そんな努力を一時の気の浮かれで無にしてはいけないと自らを律し、雨弓は探索を続行する。
しかし出現位置であった2階をぶらりと一周しても敵に出会うことはなく、沸き立つ気持ちを抑えつつ雨弓は階段を下った。


ドーナツ型の館の南に位置するその階段を降り、慣れた様子でクリアリングを行う。
そこで、雨弓はようやく愛すべき敵を発見した。


その敵を一目見て、雨弓の感情が高まる。


「(金髪の女。 身長は170そこそこ。
エモノは日本刀。ゴテゴテとしたドレスのようなものを着ている。)」


そこまでは特筆するようなことではない。
魔人というのは奇抜な恰好を好むものであるし、武器が日本刀というのはむしろ素直なくらいだ。


雨弓が興奮を催した理由はその先にある。
金髪の女、選手名簿から消去法で考えるに「ハレルア・トップライト」という名の女の肉体が、服越しでも分かるほどに研鑽されていたのだ。
齢18程の外見とは裏腹に、半世紀は鍛えこんだかのような肉体美がそこにはあった。
一見女性的なフォルムのそれは、いざ戦闘となれば鬼神の如き躍動を見せるであろう。


また、それが自然体であるかのような一抹の曇りも無い構えも、彼女が強者であることをヒシヒシと感じさせる。


「(そそるねぇ)」


カチリ、と雨弓のスイッチが索敵モードから、戦闘モードへと切り変わる。


対象までの距離は約100m。


手始めに雨弓は、光学迷彩をハレルアの視線に対応するよう指向性を持たせた。
これである程度高速で移動しても、視覚からその気配を悟られることは無い。


もちろん光学迷彩に指向性を持たせることで、ハレルア以外には丸見えになってしまうわけだが、直前のクリアリングにより彼女以外の気配が周囲に無いことは確認済みであった。
また、よしんば第3者、選手名簿にある「黄樺地・瀬仁王」の不意打ちに遭ったとしても、対応できるだけの自信が彼にはあったのだ。


そうした蓄積の元、能力を発動し、雨弓は二人分の“幻影”を作成した。
発生位置は先ほどの2階散策の内に見つけた館内案内図を頼りに、ハレルアの北、車イス用トイレの前とした。
西からは光学迷彩を纏った本体が、北からは幻影が、戦闘領域南東の角に位置取っているハレルアを挟撃するというシンプルな算段だ。


幻影の人選は特にこだわりがあったわけではない。
彼らはいつだったか雨弓が“仕事”で殺した、警備員の皮を被った連続強姦魔の魔人兄弟だ。
強いていうならば、美術館という場所と警備員という役職が雨弓の脳内で結びついた結果なのかもしれない。


準備は整った、雨弓は幻影を操り、歩み足でゆるかやかにターゲットへと近づけていく。
廊下の角より姿を現したその幻影は、陶磁展示室を経て、刀剣展示室へと差し掛かる。
それを受けて、僅かにハレルアの構えが幻影へ、北へと向けられた。


その動作より、本体である自身への警戒が絶無だと判断し、雨弓もハレルアに向けて歩き出す。
恐ろしく静かなその歩法は、訓練の賜物である。


幻影とハレルアとの距離が50mを切ったあたりで、幻影を加速させる。


そして迎えた対峙の瞬間。


幻影の連携攻撃を事もなげに捌いたハレルアの無防備な側頭部目がけて、独特の無音走法“蛟”を経て、傘術における基本の突き技“雨月”が放たれたのであった。





■1 (ハレルア・トップライト):1階南・中央階段前■


試合が開始し、ランダム転送が終了した直後の1階中央階段前。
周囲の状況をサッと確認した後、ハレルは速やかに能力を発動した。
ハレルの特殊能力は、武器の持つ固有の異空間に彼女の精神体を侵入させるというものである。



【刀語[特] (本日の使用回数:3) (使用時間・単位分:124)】


真っ白な空間が、戦闘会場そっくりの美術館へと創り変わる。
“能力解除時のラグ”を減らすため、普段はその異空間中において人間の形態をとるアメノハバキリが日本刀の姿のままで主人に語りかける。



▼『アメノハバキリ』
▼人間の言葉を理解し自在に操る日本刀。



「ヨシュウ通りのビジュツカンで良かったネ!
ゲンザイイチは1階のチューオーカイダン前!
さてモンダイ、アメちゃん達はどこを目指すべきでしょーか?」


「………ここから最短の“角”は…東……漆工展示室。」


「セイカーイ! ヨクデキマシタ!
セントーリョーイキを背にして戦えばハイゴからのアンブッシュ(不意打ち)を防げてアンシンだからネ!
じゃあさっそくイドウはじめちゃおっか!
“警戒 Vigilance”を怠らないでネ!」


「………わかった」


【刀語[特] 了】



能力解除。


能力発動。
能力解除。
能力発動。
能力解除。
能力発動。
能力解除。
能力発動。
能力解除。
能力発動。
能力解除。
能力発動。
能力解除……


……―――――“警戒 Vigilance”


能力のオンオフを秒間1から2回繰り返しつつ、ハレルは漆工展示室を目指す。


ハレルの特殊能力「刀語」は、「異空間にいる間、現実世界の時間は経過しない」という特性を持つ。
その特性を利用した戦術「警戒 Vigilance」は、有り体に言ってしまえば「タイム連打」である。


異空間と現実世界を短い間隔で交互に行き来することで、現実世界で発生した事象を異空間の中に持ち込み、入念に分析・検討を加え、それを現実世界にフィードバックさせることで常に最適に近い行動をとることができるのだ。
ただし、能力解除時に若干の動作ラグがあるため、激しい動作の最中に使うことは推奨されない。



【刀語[特] (本日の使用回数:10) (使用時間・単位分:124)】


「よしっ、“角”をとれたネ!
これがオセロならもう勝ち確なんだけどナー!」


「………うん」


「あとは“警戒 Vigilance”を使って、寄って来た敵をバンするだけのカンタンなおシゴトだよっ!
ハレっち頑張れ!」


「………わかった」


【刀語[特] 了】



目的地に到達したハレルはアメを抜き上段に構える。


“警戒 Vigilance”


北と西の二方をハレルが、上方、天井をブチ抜いての不意打ちをアメがそれぞれ見張る。
無論“警戒”は継続中である。


戦闘開始から約4分、網に魚がかかる。



【刀語[特] (本日の使用回数:376) (使用時間・単位分:126)】


「………きた。」


「えっ! ドコドコ!?
アメちゃんも見たい見たーい!」


【刀語[特] 了】



能力解除。
能力発動。



【刀語[特] (本日の使用回数:377) (使用時間・単位分:126)】


「キタキタキタ━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━!!」


弾んだ声色でアメが言う。
と、同時に現実世界を反映した異空間に2人の人影が出現した。
その2人の見た目はバラバラであったが、極端に大きな傘、“武傘”を持っているという点は共通していた。


「あのでっかい傘! “ウリューイン”のイチゾクに間違いないネ!」


事前に対戦名簿にて「“雨竜院”雨弓」の名を確認した彼女達は、アメに記憶されていた2名の“雨竜院”の名を冠する武芸者達と戦闘訓練を行っていたのだ。
基本の突き技“雨月”も、連撃“篠突く雨”も、跳躍奇襲“雷閃”も、全ては体験済みであり、対策済みであった。


付け加えて言うならば、武傘に仕込まれているであろう未知の武装に対する対策も万全で、毒針や散弾銃といったオーソドックスな仕込みから、電流投網や濃硫酸といったマイナーなものまで、考え付く限りのあらゆる仕込みに対し、既に訓練済みであった。


息巻くアメを前に、ハレルの頭に疑問符が浮かぶ。


「………傘…?
警棒じゃなくて…?」


「ハレっちどうしたの!?
ケイボウと傘はゼンゼン違うものだヨ!?」


「………でも…確かにあれは……“警棒”だった。」


「ウーン、どういうことなんだろう?
とりあえず、お互いもう1度しっかり確認してみよっか!」


「………わかった。」


【刀語[特] 了】



能力解除。
能力発動。



【刀語[特] (本日の使用回数:378) (使用時間・単位分:127)】


「やっぱりどうみても傘だったよ!」


アメはそう言い、美術館を模した異空間に筋肉質な2mを超える大柄の男を出現させた。
その逞しい右手には雨竜院の象徴である巨大な傘が握られている。
位置は西の中央階段付近。


それを見たハレルは暫し考え込み、言った。


「………もう一度確認する。」


「オッケー!」


【刀語[特] 了】



能力解除。
能力発動。



【刀語[特] (本日の使用回数:379) (使用時間・単位分:127)】


「………私にはアメの言ってる雨竜院の人が見えない…。
その代わり、あっちの方から向かってくる警棒を持った二人組が見える。」


ハレルは北の陶磁展示室を指さしながら言った。


「エッ!?
北には何も………あっ! ああーーッ!!
そういうことか、わかった!! アメちゃんわかっちゃった!!」


化け狐がヘンゲを解くように、ボフンという胡散臭い効果音と共に日本刀の形態をとっていたアメが人間の形態へと変ずる。
紅い着物を纏った黒髪の少女は、ハレルの両手を握りブンブンと上下に降った。
戦闘中だというのに、あまりの嬉しさについつい人間化してしまったようだ。


「ハレっち、このショウブもらったよ!
ウリューインのノーリョクのショータイ見たり!!」


虚無よりホワイトボードが出現し、それに伴いアメの衣装がタイトなスーツへと変化する。
そして、ダメ押しとばかりに童顔に合わないメタルフレームのクールなメガネを得意げに装着した。


キュッキュと、ホワイトボード用のマーカーを手に、何やら書きだすアメ。
しかし、低い身長のため精一杯背伸びをしてもホワイトボードの最も高い位置には届かない。
それでもぷるぷると生まれたての小鹿のようにつま先立ちをしながら、なんとかホワイトボードの中央よりやや上に目的の文字列を書き終えた。



  > 光学迷彩<
   ̄Y^Y^Y^Y ̄



上のギザギザは手が届かなかったので諦めた。
塾の講師のように、ピシャリと白板に手のひらを打ち付け、アメは説明をはじめる。


アメに見えて、ハレルに見えない雨竜院。
ハレルに見えて、アメに見えない二人の警備員。


それらは全て“光学迷彩”で説明がつく。


光学迷彩の特徴をハレルにも分かり易いよう「分身の巻物」や「透明の杖」といった彼女の世界でおなじみの魔導具を引き合いに出しながら解説するアメ。
“参謀喋刀”の二つ名に恥じぬ経験と知識に裏打ちされた能力予測は、能力の効果は当然として、「乾燥地では使えない」「音などは再現できない」といった詳細な弱点に至るまでを悉く看破していた。


能力に関する一切を説明しきったアメは、ホワイトボードを裏返し、新たな文字列を書きなぐる。




  > いつ殺るか? 今でしょう<
   ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄



雨竜院を葬る必殺の策を、二人は共有した。





■1 (黄樺地・瀬仁王):1階・歴史資料展示前■



▼『黄樺地・瀬仁王』
▼金髪・癖毛・長身、モブっぽいほどほどのイケメン。一挙手一投足全てがチャラい、完全なるチャラ男。



試合開始以来、特に行動指針も無くチャラチャラと携帯端末の操作に勤しみながら館内を歩き回っていた彼は、“奇跡的”にも強敵に遭遇することはなかった。





■2:1階南東・漆工展示室■


≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫
      +
“雨竜院流傘術・蛟からの雨月”


―――――側面より、文字通り“不可視の突き”がハレルを襲う。


2mを超える巨躯、100kgを超える体重、そして魔人の膂力から生み出される爆発的な突進力を一点に集約したその無音の突きは、さしもの姫将軍といえど頭部に直撃すれば即死を免れない威力を誇る。


≪ 特殊能力 刀語 ≫
     +
“武芸者殺し Deviation”


迎え撃つは百錬千磨の姫将軍の体術と、数千年を生きた刀の智謀。


―――――必殺の突きを、雨弓の姿を一切見ること無く、ハレルは駒のような回転で受け流した!


ハレルの視線は雨弓の見立て通り、確かにその突きを補足してはいなかった。
しかし、彼女の頭上に位置していた愛刀・アメノハバキリは、光学迷彩特有の「1つの視点に対し指向性を持たせると、他の視点からは見えてしまう」という欠点により、雨弓の一挙手一投足を完璧に捉えていたのである。


その位置情報を特殊能力で共有していながら、いらぬ警戒を雨弓にさせないようギリギリまで幻影に惑わされている演技をしたハレル。
それは他ならぬ愛刀の入れ知恵である。


加えて、幻影の分身をいなす力を3割程度に抑えろと、アメは注文をつけた。
そこで全速を見せてしまっては、雨弓への反転奇襲を躱される恐れがあったからだ。


それだけの土台固めを持って“武芸者殺し”という戦術スキルの体を成す。
熟練の使い手ほど、敵の視線やそれまでの攻撃から類推して次の一手を読む。


―――――その交差の刹那、雨弓の胴をアメノハバキリの刃が強く撫でつける!


“おいはぎの曲刀”


真っ二つに両断される雨弓の胴体に代わり、制服・武傘・ロケットペンダント等の彼の装備品の一切が消し飛んだ。
アメノハバキリの特殊効果の一つ、「斬撃のダメージが装備品に置換される。」


“二段攻撃 Double Strike”


間髪入れずに放たれた鞘による追撃が、武傘でのガードを許さず全裸の雨弓の背を打ち付ける。
人外の“姫将軍”の膂力を生身で受け、雨弓は壁へと突き刺さった。





■3:1階北東・企画展示室■


「≪睫毛の虹≫!!!」


雨弓に鞘による2撃目が加えられたのとほぼ同じタイミングで、戦闘領域の1階北東に位置する企画展示室近辺から声があがった。



≪ 魔人能力 イエロゥ・シャロゥ(黄色の浅瀬) ≫



声の主、“黄樺地セニオ”の魔人能力“イエロゥ・シャロゥ”は 他者の魔人能力を100%コピーし自らのものとする能力である。
何かしらの形で対象の能力を“認識”し、その能力名を叫ぶことで使用可能となる。
またその能力は、“認識”を終えた時点で対象となる能力の名前と内容を把握できるという強力な副次効果を併せ持つ。


黄樺地は“奇跡的”に雨弓とハレルの交戦現場に遭遇し、その際に雨弓の能力を“認識”していた。
ハレルの視点に合わせた指向性を持っていた幻影は、黄樺地から見れば景色が微かに歪んで見えるという程度の現象であったのだが、こだわる物を持たないが故の目ざとさ“チャラき目”によって、その能力を認識するに至ったのだ。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



北の企画展示室から陶磁室にかけて、100人の黄樺地が出現する。
それを受け、雨弓に向け残心をとっていたハレルは上段に構え直し、能力を発動した。



【刀語[特] (本日の使用回数:409) (使用時間・単位分:138)】


「フィーッ、とりあえずウリューイン撃破おめでとー!」


「………うん」


「そしてまんまと2匹目も釣れちゃったネ!
さて、どうリョーリしてやろうか!」


「………あの沢山の人達……たぶん“能力”だよね?
今倒した雨竜院の人の能力と似てる…かも。
『睫毛の虹』って…能力の名前なのかな…?」


「似てるっていうか、ズバリそのものだね!
ハレっちと同じ視点で見てた時は100人くらいのチャラチャラした男が見えてたんだけど、頭の上に移動したら1人しか見えなくなったの!
さっきと同じで、コーガクメーサイのオーヨウと見て間違いないと思うよっ!」


「………偶然……同じ能力…?」


「そう考えるよりは、どっちかがどっちかのノーリョクを“真似”したって考える方がシゼンかな!」


空間に二人の“雨竜院”が出現する。
アメノハバキリが過去に対戦した記憶体である。


「こっちのウリューインのノーリョクは“空気中の水分を傘に纏わせて巨大な刃にする”。
それで、こっちのウリューインは“相手の足元をぬかるませる”。
何かキョーツーテンがあると思わない!?」


「………水?」


「セイカ~イ!
例が少ないからカクテイじゃないけど、ウリューインのイチゾクは、水にカンレンしたノーリョク持ちだってヨソウできるね!」


「………じゃあ、“空気中の水分を操って幻影を見せる”能力は、今戦っていた雨竜院の人のもので…。
あの軽薄そうな人が…その能力の“真似”をしている…?」


「カノーセイとしては高いねっ!
まだジョーホウが少ないから、ショージキどうタイサクしていいか分からないケド、ハレっちのノーリョクをマネされるとヤッカイだから気を付けたいネ!」


「………がんばる」


なお、二人の与り知らぬところではあるが、セニオの能力は“魔人能力”をコピーする能力であるため、魔人能力と別のロジックを持つハレルの「特殊能力」はコピーできない。


【刀語[特] 了】



特殊能力解除。


“警戒 Vigilance”


特殊能力発動。



【刀語[特] (本日の使用回数:410) (使用時間・単位分:142)】


「さて、あのチャラ男をどうやって倒したものか!
ハレ太郎ッ! 君の意見を聞こうッ!」


「………アメに見えてるんだったら…。
走って行って、普通に叩く。」


「シンプルなメイアンだねっ! 流石はハレっちだ!
でもねー、それにはひとつモンダイがあってね!」


企画展示室に、赤色に点滅するセニオが出現する。


「ゲンザイイチからあそこまで211m、いくらハレっちでも数秒はかかっちゃうよね?
そんなにジカンを与えたら、逃げられちゃうかもしれないよっ!
コーガクメーサイのノーリョクでセンプクされたらたまんないネ!」


「………“飛行”を使えば、一瞬で叩ける。」


「バカタレちん!
そんなカンタンにキリフダを切ってどうするのサ!」


むぅっと、不服そうなハレルに、アメは言って聞かせる。


「いい、ハレっち?
これは一回きりの戦いじゃなくて、トーナメントなんだよ?
しかもセントーの様子は全国チューケーで次のタイセンアイテに見られてる!
できるだけテフダはオンゾンしなくちゃなの!
ウリューインをゼンリョクの7割で殴りつけたのも、アメちゃんとハレっちが“外”でお喋りをガマンしてるのも、“ミネウチ”を使わなかったのだって、ぜんぶぜーんぶ1回戦より後を考えてのことなんだからねっ!
セントー前に打ち合わせしたジャン!!」


「………アメのけちんぼ。」


わざとイジケたようにハレルは言う。


「もぉーーーッ!! ハレっちのわからんちん!!
ケチとかそんなんじゃないってば!」


アメの言葉を聞き、クスッとハレルは笑った。


「………わかってる。
アメの言うことはいつだって正しい。
今回も…信頼してるよ。」


「わっ、わかってるならいいんデスヨ! フンッ!」


紅い柄が、少し色濃くなったような気がした。


【刀語[特] 了】



特殊能力解除。


“警戒 Vigilance”


特殊能力発動。



【刀語[特] (本日の使用回数:411) (使用時間・単位分:145)】


「………結局、雨竜院の人と同じように引きつけて、“先制攻撃”で倒す?」


「それが最もエコなセンジュツだね!
ただ、同じ手に引っかかってくれるかどうかがモンダイだ!
もう少し様子を見て、それでタイオウを決めるってのでどうカナ?」


「………うん」


「オ~ケ~!
それじゃあ引き続き“警戒”ガンバってネ!」


【刀語[特] 了】



特殊能力解除。


“警戒 Vigilance”


“警戒”開始より92秒。
姫将軍の威圧的な構えを前に、100人のチャラ男は動かない。
恐れからか、それとも何らかの“策”があるのか。



【刀語[特] (本日の使用回数:546) (使用時間・単位分:159)】


「………近づいてこない。」


「困ったネ!
あんなナリして草食系とかマジ勘弁wwwwww」


「………………え?」


【刀語[特] 了】




“警戒 Vigilance”


依然睨みあいは続いている。
銅像のように動かない姫将軍と、ワラワラと群れ、様子を伺うチャラ男達。
アメが監視するチャラ男の“本体”もチャラチャラと携帯端末をいじったり、毛先をチャラチャラ指に巻きつけたりと、チャラチャラチャラチャラまるでやる気が感じられない。


―――――不意に


―――――ゴキリと、嫌な音がした。



≪ 特殊能力 刀語 ≫



左手に激痛を感じ、何が起こったかを把握するため瞬時に能力を発動するハレル。
しかし、能力不発。


刀が、最愛の友が、その手に無い!


頭上を視認、チャラ男!


「ウェーイwwwwwwwwwww」


―――――それは、“奇跡的”な強襲であった。





■3 (黄樺地セニオ):1階北東・企画展示室■


「≪睫毛の虹≫!!!」


最初の能力発動時、セニオは姫将軍の死角である企画展示室の西、車イス用トイレの前より、自身の幻影を“600体”、ハレルの視界内に出現させた。
100体は姫将軍に対して光学的指向性を持たせ、残りの500体はそれぞれ”別の方向に対して“指向性を持たせた。
これにより、アメノハバキリは500体の幻影のうちの1体を“本体”であると誤認するに至ったのである。


この行動は、決して『目の前で倒された雨弓の失敗から学習して』行われたわけではない。


「なんとなく」


「ノリで」


この“奇跡的”な良手をセニオは打ったのだ。


幻影作成後、ドーナツ型の館をぐるりと反時計周りに一周し、ハレルの西側・近代工芸展示室へと躍り出る直前、セニオは光学迷彩を“全方位に向け”発動し自身の姿を隠した。


この時、全方位に向けて発動した理由も、やはり「なんとなく」「ノリで」であり、それは結果としてハレル・アメ両名の“警戒”を掻い潜る、“奇跡的”な良手であったと言える。


あとはソロリソロリと抜き足差し足で十分に近接し、一般的な魔人の三倍の脚力を誇る“チャラき足”で、ハレルからアメノハバキリを奪取すべく飛び膝蹴りを放ったのであった。


この時、約0.8秒毎に発動される≪刀語≫の合間を縫って奇襲できたのはもちろん“奇跡的”な偶然であったし、姫将軍の能力の発動条件かつ強さの半分を担うアメノハバキリ奪取に着目し注力したのも、“奇跡的”な最善手であった。


“チャラ男”と“奇跡”。
その二つの関連性については有力な一説ある。





■Introduction:真祖のチャラ男■


皆様はこれまでの人生で、以下のような事象に出会ったことはないだろうか?


『常日頃勉強を怠っているはずの“チャラ男”がマーク模試で高得点を叩き出す』
『特定の運動部に所属していない“チャラ男”が球技大会で大活躍を果たす』
『お世辞にも整っているとは言えない容姿の“チャラ男”が絶世の美女をものにする』
『敬語もろくに使えない筈の“チャラ男”が一流企業の内定をもぎ取る』


勉学・スポーツ・恋愛・就職。
あらゆるフィールドにおいて“チャラ男”は時に“奇跡”を起こす。


何も持たないチャラ男は、『何も持たない』が故に“大いなる流れ(ガイア)”に逆らうことなく、その結果“最適解”へと流れ着くのだ。


かつて、1000人のチャラ男がいた。
関西滅亡で、300人が死に、100人がチャラ男を辞した。
関東滅亡で、300人が死に、100人がチャラ男を辞した。
残ったハイパーエリートチャラ男達も、
パンデミックで、180人が死に、19人がチャラ男を辞した。


残った1人。


関西滅亡の大叫喚地獄から“奇跡的”に生還し、
関東滅亡の灼熱地獄から“奇跡的”に生還し、
パンデミックの無間地獄から“奇跡的”に生還した、最初にして最後の1人。
蠱毒のような過酷な選抜を経て見出されし、“神祖のチャラ男”黄樺地セニオが、どれだけの奇跡を纏った存在かは想像に難くない。


チャラ種の中の、チャラ男の一種。
その中でも最も特異な存在。 チャラ男の特異点。
チンピラや不良と異なり、生まれたときからチャラ男であるもの。
精神構造・肉体ともに人間の形をしているが、分類上は受肉した自然霊・精霊。


彼の行動は“大いなる流れ(ガイア)”の補正を受け、数多の奇跡を呼び寄せる。


「――――ガイアが俺にもっと輝けと囁いている!」





■4:1階南東・漆工展示室■


「ウェーイwwwwwwwwwww」


セニオの膝蹴りがハレルの軸手を捕えた。
砕ける手根骨。


“チャラき手”


その僅かな隙を縫って後悔の経験を持たないが故の手の早さ“チャラき手”がアメノハバキリをかすめ取る。


姫将軍とチャラ男の視線が空中で交わる。


“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”


百錬千摩の姫将軍は痛みによって怯まない。
盗人の腕をとり、捩じ切らんと、即座に右腕をセニオに向け伸ばす。


“チャラき足”


一般的な魔人の三倍の脚力を持つ“チャラき足”が壁を蹴り、これを回避。
着地と同時に北へ向け遁走を図る。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



セニオの体が大気と同化しはじめる。


一般的な魔人の九倍の脚力を持つハレルが全力でこれを追う。
消えられる前に、仕留める!


一足で飛びつき対象を八つ裂きにせんと足を溜めた瞬間、ハレルとセニオの間に壁!
肉の壁! “奇跡的”に意識を取り戻した雨竜院雨弓が立ち塞がる!


“大いなる流れの導き Gaia of Defense”


ハレルの視界が遮られる。
このままでは、アメが、親友が、奪われる!


「邪魔ッ!!!」


激情に任せ、声を発さないという約束も、異世界の住人を殺さないという誓いも忘れ、全力の裏拳を雨弓の頬に叩きつけた。
水風船のように雨弓の顔面は破裂していただろう、もし、それが当たっていたならば。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



ハレルの裏拳が雨弓の顔面を“すり抜け”、空をきる。


“雨竜院流『無』傘術・蛟からの星雨”


ハレルの右側頭部に岩のような硬度を持つ“不可視の”拳打が返上される。


高層ビルから落下するスタント人形のように、ねじれ・回転しながら真横へと吹き飛ぶハレル。
仕切りをぶち抜き、隣の彫刻展示室の文化財達をボウリングのピンのようになぎ倒し、コンクリート製の中央階段に激突したところで、ようやくその勢いは止まった。





■5:1階南・中央階段■


“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”


『極度に鍛錬された肉体。』
『攻撃が接触した瞬間に発動する反射によるダメージ軽減。』
これらに加え、前哨戦で雨弓の傘を破壊していなければ、この一撃でハレルは命を落としていただろう。


揺らぐ視界の中、ハレルは追撃に備え懸命に立ち上がる。
視界だけではない、親友を奪われ、その上短絡的な行動で醜態を晒してしまった負い目によって、精神的にもグラついている。
この上、襲い来る雨弓に対応しつつ、セニオによる不意打ちを警戒しなければならないと思うと、さらに頭が混乱する。
―――――こんな時、アメがいてくれたら。


「っ…おええええええ」


立ったままの嘔吐。
脳震盪の症状。
ハレルの顔色がみるみる青ざめ、足が震える。


それでも膝を折らず、視線も切らない。


“姫将軍 Shogun Princess Lv.1”


将たる者が折れてしまっては、軍団の士気に影響する。
故に姫将軍は逆境においても、簡単には屈さない。


「いててて、おまえさんの頭は鉄か何かでできてんのかい?」


立ち込める埃の中、パタパタと右手首振りながら、軽口と共に雨弓が現れる。


「今のは随分素直に喰らったじゃねぇか?
さっき躱したのはマグレか? なあっ?」


全裸でありながら、その口調はどこか楽しそうだ。


緩から突如として急へ。
階段を背にしたハレルに向かい、2mを超す大柄の男がその体格からは想像もつかない速さで床に対して水平に飛ぶ。


“先制攻撃 First strike”


今まで頑なに無音・不可視を貫いてきた雨弓の豹変に困惑しつつも、姫将軍は先手をとった。
声がするということは、それが分身では無いという証拠に他ならない。


気力を振り絞り、顔面を抉り削らんと放たれた右ストレートは、しかし、またしても空をきる。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



幻影の応用。
雨弓は光学迷彩で不可視化した自身の上に、座標をずらした自身の幻影を着ていたのだ。


ハレルの拳を能力で躱した上で、雨弓は“右足”で踏み込み、カウンター気味に顔面を殴りつけようとする。
これをいなすべく痛めている左手を持ち上げたと同時に、ハレルは木枯らしに巻き上げられる木の葉のように上方へと吹き飛んだ。


踏み込んだはずの雨弓の“右足”が、雨弓のつま先が、ハレルの股間を蹴り上げたのだ。
これも幻影の応用である。
不可視のつま先蹴りと幻影(フェイク)の右足によるトリックストライク。


ハレルの纏う平服甲冑の内に縫い付けられし鉄板がそのダメージを軽減したものの、精神的動揺は大きい。
蓄積したダメージもあり、満足な受け身をとれず、べしゃりと無様に階段脇へと着地するハレル。


「なんだぁその目は?
おまえの戦場にはフェミニストしかいなかったのか?」


ハレルの批判的な視線に、皮肉めいた言葉を返す雨弓。
彼は、“遊んでいた。”


―――――勝利だけを欲するならば光学迷彩で潜みつつ、無音に徹し弱っているところをチクチクと殴れば良い。
しかし、雨弓はそんなつまらないことをするためにこの大会へ出場したわけでは無い。
彼がこの大会に望むのは“純度の高い真の戦い”である。


先ほどの側頭部への一撃でハレルの戦闘能力が落ちていることは明白だった。


そんな状態のハレルを倒してしまうことを、雨弓はもったいなく感じていたのだ。
頑強で、敏捷で、雨弓にダメージを与えられるほどの体術を使うことのできるハレルは、彼にとってこれ以上ないほど出来の良い“おもちゃ”であった。


全力の殺意を込めた初撃を躱され、二撃目を耐えられた時、雨弓はハレルに惚れ込んだ。
二度も殺意ある攻撃を加えて生きていた者は、雨弓の長いキャリアの中でもこれがはじめてだったのだ。


『できることならば、万全のコイツとやりたい。』


先ほどからの一連のボンクラな攻撃は、そんな彼の想いの表れであった。
今はただ、眩暈に苦しむ彼女の回復を待つ間、手慰みに戯れているだけなのだ―――――


雨弓から飛び退き、ハレルは、パフォーマンスの落ちた肉体に鞭打ち行動を起こす。


“雨竜院流傘術・霞鏡月”


アメの記憶の中の、古の“雨竜院”からラーニングした歩法による幻惑である。
雨弓の目には二人のハレルが映る。


「おほっ! そんなこともできんのか!?」


そう嬉しそうに言った雨弓の背から4本の幻影の腕が生える。


「さぁっ! 来いよ!!」


その声を合図に二人のハレルが同時に駆ける。
向かい来るハレルに対し、幻影・不可視の拳を含めて計8発の拳打が加えられた。


しかし、大きく迂回するように回避行動をとったハレルにその拳はどれも届かない。
はじめからハレルに攻撃の意思は無く、その分身は雨弓をすり抜けるべくしてとられた手段であったのだ。


雨弓の横をすり抜けたハレルは戦闘を放棄し、一目散に彼から離れていく。


「ふッッッざけんなぁあああああああああああああああッッッ!!!」


振り向いてそのことに気づいた雨弓の怒号が、館全体にビリビリと響く。
一拍置いて、雨弓はハレルの後を追う。


彫刻展示室を超え、漆工展示室を曲り、金工展示室を超えた先にハレルの目的の地はあった。
『刀剣展示室』
最も近くにあった強化ガラス製の展示ケース割り、展示品の小刀に手を触れ、ハレルは能力を発動した。



【刀語[特] (本日の使用回数:1) (使用時間・単位分:0)】


ぽかぽかとした日差しがハレルを照らす。
木と土と草によって作られた温かみのある家屋と、自然とが調和を成す農村の風景がそこにはあった。


「………お邪魔します」


ボソリとそう言ってから、ハレルは草むらに座り込んだ。
乱れた思考と集中を正すため、目を閉じて現状整理に励む。
雨弓から逃れ、ここに来たのはそのためだ。


攫われたアメノハバキリ、折られた左手、追ってきている雨竜院、どこかに潜んでいる軽薄な男、光学迷彩の能力、物真似の能力。
これまであったことと、自分の“手札”を確認し、これからどうすべきかを熟考する。


いくつかのワタアメのような雲が彼女の頭上を過ぎ去って行った。


ふぅーっ、と深いため息が長考半ばにしてハレルの口から漏れる。


アメの顔が脳裏に浮かぶ。
ここ数年、このような方策を考えるのは専らアメの担当であったのだ。


ハレルは、深く考えることが苦手だった。
故郷のため「武」に生きると決めた理由もそれに由来する。
幼き日より、外交や内政に関する座学は出来の良い姉や弟に任せ、彼女はひたすらに「武」に打ち込んできた。


そんな自分がいくら考えたところで名案なぞ湧くはずもない。
アメなら‥アメだったらこんな時どうするだろうか?
彼女の心にその考えが生じた時、


「――――――………あ。」


彼女はひとつの事実へと到達した。


ばさりと、五体を草むらに投げ出す。
見上げた空から注ぐ、陽の光が眩しい。


「………アメは、こんな事態も見越してたんだね。」


口元に笑みが浮かぶ。


ミャーゴと、彼女の頭の上から鳴き声がした。
起き上がって確認すると、白と黒のぶち猫が猫とは思えない行儀の良い姿勢で座っていた。
恐らく、この異空間の主、小刀の精神体であろう。
まだ言葉は話せないようだが、普通の猫よりは幾分賢そうに見える。


ハレルが手を差し伸べると、チロチロと指の先を舐めてきた。
その猫を抱きかかえ、撫でながら、ハレルは考える。


―――――アメの真似事をしたってしょうがない。


『どうしたんだいハレルア?
……なに、ガルムドラゴンが固くて倒せない?
いいかい、そういう時はレベルを上げて物理で殴るんだ。』


偉大なる父、ブレインマッソゥ・トップライトの言葉が彼女の中でリフレインする。


―――――私にはコレしかないんだ。


右の拳をグッと握りしめる。
腕に力が入る。
ぶみゃーと抱きかかえていた猫が悲鳴を上げる。


「………あ、ごめん。」





■6:1階東・刀剣展示室■


怒髪天を突き鬼のような形相で、戦闘を投げ出したハレルを殺さんと追ってきた雨竜院雨弓の足が、刀剣展示室に至り止まる。
そこには、堂々たる立ち姿で待ち構えるハレルアの姿があった。


二人の距離は約5m。
遮蔽物はなし。
魔人である彼らにとっては一足一拳の間合い。


「………名を聞こう。」


この日はじめて、能動的にハレルが会話を行った。


「ははっ、なんだか分からんが、この一瞬で随分といいツラになったな!」


―――――それでこそ、殺し甲斐がある。


ムクリと雨弓の陰茎が首を上げ、グングンと膨らみ、はち切れんばかりに怒張する。
見違えるようなハレルの殺気に、直前までの怒りは吹き飛んだようだ。


「………我が名はハレルア・トップライト。
誇り高き“姫将軍”だ。」


「そうかい。 俺は雨竜院雨弓。
安月給の公務員さ。」



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



雨弓の体が大気と同化する。
と、同時に刀剣展示室の天井付近に太陽の如き光を放つ小球が出現した。
それに対応するかのように、館全体の“明度”が数段下がる。


彼の能力の本質は「大気中の水分を使い光の反射や屈折を操る」ことにある。
普段はその光の強弱の組み合わせで対象に“色”を認知させ、迷彩や幻影を形成するこの能力であるが、光の反射と屈折を駆使し“光を集める”という運用も可能である。


ある程度集めれば閃光手榴弾(スタングレネード)程度の役割は果たせるし、今のようにだだっ広い館中の“光”を集めれば、それは命中した対象を蒸発させる“光の矢”となる。


額面にウソ偽り無し、正真正銘の“光速攻撃”だ。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫


≪ 奥義 “雨弓” ≫ 



光を十分に蓄えた小球が弓の如き形状に変じる。


それに対し、ハレルは自らの平服甲冑に内に手を差し入れ、腰の部分にある太い紐を力強く引いた。


“飛行 Flying”


ハレルもまた、切り札を切った。





■7:2階中央・大展示場■


―――――カチッ


―――――カチカチカチカチッ カチッ


携帯端末の操作音が薄暗い展示室の中に響く。
ドーナツ型の館の空洞部分にあたる、2階中央に位置する館最大の展示場。
今は格調高い平安時代展の会場となっているそこに、展示物とはまるで縁のなさそうなチャラ男が一人。


―――――カチッ


携帯端末に表示された「投稿する」のボタンをタップした。
“黄樺地セニオ”のマイページに「個性とは刃 男をアゲる真夏のウェポン」というタイトルの日記が追加された。
本文は「群馬で災害少ないの俺のおかげ」という一文に、ニッコリ笑った顔の絵文字、手のひらの絵文字、そしてピンクの感嘆符の絵文字が3つ添えられている。
それと、画像が一枚。
自分撮り特有のパースの効いたその写真には、キメ顔のセニオと、日本刀・アメノハバキリが写っている。


―――――カチカチカチカチッ カチッ


関西滅亡以前から続くその老舗SNSに存在するセニオのマイページのトップ画面には、「フレンド(780)」という記述がある。
これは、セニオの日記を閲覧できるユーザーが780人いるということを示し、また同時にセニオ“が”日記を閲覧できるユーザーが780人いるということを示している。


――――― カチッ


「ホームボタン」をタップし、ページを更新する。
「新着コメントはありません」


―――――カチカチカチカチッ カチッ


かつて、関西滅亡以前、セニオには999人のチャラ男仲間がいた。
SNS的に表記するならば「フレンド(999)」であり、それはそのSNSにおける限界登録人数であった。


その当時、今日のような日記をフレンド達に向けて公開すれば、「パネェwww」「ヤベェwww」「本格的に強いwww」など、一瞬で上限値である200件のコメントが寄せられたものだ。


――――― カチッ


「ホームボタン」をタップする。
「新 着 コ メ ン ト は あ り ま せ ん」


―――――カチカチカチカチッ カチッ


セニオの日記を閲覧したフレンドを確認できる「訪問履歴」というボタンをタップする。


画面には、「なし」と短く表示された。


“あるはずのない”訪問履歴を見て、しょんぼりとするセニオ。


「っかしーなww 皆寝てんのかなwwwww」


“チャラ男ゥストラはかく語りき”


神霊レベルのチャラ男適性。
『シリアスな事象を理解出来ない』という一種の呪いが、彼の現実に対する認識を阻害する。


フレンド(780)、780人のチャラ男仲間達は、既にこの世にいない。


―――――カチカチカチカチッ カチッ


かつて、1000人のチャラ男がいた。
関西滅亡で、300人が死に、100人がチャラ男を辞した。
関東滅亡で、300人が死に、100人がチャラ男を辞した。
残ったハイパーエリートチャラ男達も、
パンデミックで、180人が死に、19人がチャラ男を辞した。


チャラ男を辞したチャラ男たちは、セニオのフレンドから去って行った。
残っているのは死人のみである。


―――――カチッ


「フレンド一覧」というボタンをタップする。
表示される膨大なイラストや顔写真。
それぞれがセニオの「フレンド」を象徴するトップ画像だ。
全員が死んでいるという事実を知っていれば、カラフルな遺影の羅列であり、直視できるものではない。


その中のひとつ、チャラチャラとした帽子にチャラチャラとしたサングラスをかけた男と、如何にもアバズレといった風の女が接吻を行っている画像をタップする。


―――――カチッ


「“リョーマ”の新着情報はありません。」
「ログイン状況:7日間以上ログインがありません。」
更新が無いのは当然である。
“リョーマ”はセニオの一番の親友であり、セニオが魔人覚醒の際、殺めたチャラ男だ。


「っかしーなwww アイツも寝てんのかなwwwww」


“チャラ男ゥストラはかく語りき”


その呪いは、“自分が殺めた”という事実さえ捻じ曲げる。
セニオがチャラ男である限り、彼が現実にたどり着くことは永遠に無い。


故にこうして毎日4回、彼は寂れたSNSに日記をアップロードし続けるのだ。
それはまるで自分の死に気付かず、さまよい続ける亡霊のようで。


―――――カチカチカチカチッ カチッ


彼が今大会で優勝した際の望みは「世界平和」である。
運営には、「災害の被害を受けた人々への出来る限りの補償」として扱われているが、それは違う。


セニオはもっと純粋に、単純に望んでいるのだ。
再び友であるチャラ男達と遊びたいと。
テツカラを、ボウリングを、ナンパを、合コンを、飲みを、マージャンを、ウイイレを。
世界が平和になればそれが叶うと信じているのだ。


決してそれは「死人を蘇らせて欲しい」などという大それた願いではない。
なぜならば、彼の中で友人たちはまだ“死んでいない”のだから。


―――――カチカチカチカチッ カチッ


「充電して下さい」


携帯端末の画面が暗転する。


「おっせーなーwwwww」


願いを叶えるため、この試合に勝利するための仕込みをセニオは既に終えている。
姫将軍から奪い取った武器の性能も、把握し終えている。


刃の部分で敵を切っても服しか切れないことは、雨弓との戦いを盗み見て学んだ。


“おいはぎの曲刀”


偶然アメノハバキリを振り回して遊んでいると、“奇跡的”にその先端から炎が出ることを発見した。


“火炎草”


その過程で“奇跡的”によろけ、峰がこつりと壁に当たって、壁が粉みじんに砕けた。
それにより、峰の部分で物を叩くと簡単に壊れることを知った。


“サトリのつるはし”


あとは、“神殿”と化したこの領域に敵が踏み込んで来るだけで決着は着く。
一つしかない出入口は“大いなる流れ(ガイア)”が溜まるのに都合が良い。


この空間で、彼が“勝負に負けることは決してない”。





■8:2階中央・大展示場■


童話ヘンゼルとグレーテルの如く、館内に点々と配置されたセニオの分身を叩きながら、大展示場へとたどり着いた、否、おびき寄せられた“その選手”は、罠に対し入念に警戒しながらその重い扉を開いた。


薄暗い大展示場には、どこかどんよりとした空気が流れている。
大展示場の最奥、一段高くなったその舞台の上に“真祖のチャラ男”黄樺地セニオはいた。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



「AGE―――――(アゲ)」


“リョーマ” “タカシ” “レイ” “カエデ” “ニャンニャ”


その言霊に呼応するかのように、かつての盟友達が影の中より音もなく湧き上がる。
熊手の如き髪、無意味に頬へと添えられた指、腕に巻かれたシルバー。
その一人一人が一騎当千の“チャラさ”を保有する。


「POYO―――――(ぽよ)」


“ハヤト” “ガリュー” “ユート” “エイレン” “トワ”
“ジューザ” “リョウ” “タケル” “コウ” “セージ”


静かなる“軍勢”は瞬く間にその勢力を蓄える。


「WEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEI !!!!!」


“ジュン” “キイチ” “ラン” “ツバサ” “ラチ”
“ミコト” “ケータ” “サスケ” “ナオキ” “カオル”
“マコト” “アヤ” “ヒトシ” “ナオト” “ユージ”
“タクマ” “リュウ” “キリヤ” “アッチャン” “メグミ”
“リュウヤ” “イツキ” “アイト” “カナデ” “ハルキ”
“イチヤ” “ダイチ” “カズヨシ” “ハルキ” “カズ”
“ヨシムネ” “ハルカ” “アヤツキ” “ユタカ” “ツカサ”
“ムツ” “ナイト” “マナブ” “イオリ” “ルイ”
“ソーヤ” “ラン” “トーマ” “エージ” “アキラ”
“セーヤ” “ツヨシ” “コイレン” “イオ” “タクヤ”


格調高い平安時代展にはおおよそ似つかわしく無い男たちが大展示場を占拠する。
その数、実に九百と九十九。
それは“セニオ”の通信端末が内包するアドレスの件数に等しい。
関西滅亡で、関東滅亡で、パンデミックで失われし、999人の盟友達による乱痴気騒ぎ。


“チャラ男の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”


「アイオニオン」は古代ハラジュク語で「永遠」の意。
同様に「ヘタイロイ」は「友」を示す。


その失われし異形の大軍に対抗するは、手傷を負った兵が只一人。


セニオの咆哮と同時に、“その選手”は彼に向かい水平に飛んだ。
その能力に音を発する能がないことを“その選手”は知っていたのだ。


“飛行 Flying”


“百錬千摩の姫将軍”ハレルア・トップライト!


“平服甲冑”を脱ぎ捨て、大会オフィシャルジャージという出で立ちになった彼女の跳躍は、容易く音を置き去りにした。


大小合わせて約200枚の鉄板が縫い付けられた“平服甲冑”の重量は実に220kgにも及ぶ。
お察しの通り、“平服甲冑”は防具では無く、鍛錬のための、ハレルの力を抑える為の“拘束具”だったのだ。


雨竜院雨弓を葬りしその閃光の如き突進の前には、セニオとハレルとの間に隔たる100mの距離なぞ何の意味を持つはずもなく、一瞬で、一発の拳で、勝負は決まるはずであった。


“大いなる流れの導き Gaia of Defense”


直線軌道を描いていたハレルアは、“虚空”と衝突した。



≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



それは、セニオが“大いなる流れ”の後押しを受けて作った罠であった。
入口とセニオとの直線上に配置されたそれは、展示物の南蛮胴具足に多数の刀剣を入口の方に向け巻きつけて作成された、即席の単純なものだ。
これを光学迷彩によって隠すことで、罠と成したのだ。


ダメージは甚大。
肩に、腰に、腿に、刀剣が深々と突き刺さっている。
生半可な刃を通さない姫将軍の肌も、自らの超スピードでなら傷つけられる。
どこか矛盾の故事めいた結果だ。


毒を警戒し、素早く刃の根本を手刀で折り、体内から三つの刃を摘出するハレル。
ボドボドと流れ出る血を吸って、見る見る真っ白な大会ジャージが赤く染まる。


「キァァァァッ!!」


気合いで、筋肉の収縮で、止血を行うハレル。
衝突からここまで2秒。


しかし、それだけあれば十分。
壇上のセニオは既にその姿を大気と同化させていた。


―――――不可視の、姿を隠す敵に対してどう戦うか?
そのノウハウを彼女は知っている。


『どうしたんだいハレルア?
……なに、透明な敵に攻撃が当たらない?
いいかい、そういう時はレベルを上げて物理で殴るんだ。
沢山殴っていればその内当たる。』


偉大なる父、ブレインマッソゥ・トップライトの言葉が彼女の中でリフレインする。
いつだってその教えに従って、ハレルは鍛錬によりレベルを上げてきた。


「………私には『コレ』しかない!」


コレ即ち鍛えに鍛えた肉体と武芸。


“怪力 Strength Lv.4”
 +
“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”



姫将軍が竜巻の如くその猛威を振るう。
999人のチャラ男の軍勢を草刈機のような勢いで手当たり次第に殴り、蹴り、暴行を加えていく。
その一見粗雑な戦法は、先ほど罠にかかった経験を生かし、拳や蹴りでそこに何もないことを確認してから移動を行うという精密さも併せ持つ。


生きる竜巻と化したハレルアは、予備の罠を飲み込みながら部屋の中心から外に向けてうずまき状に会場をまわりはじめた。
虱潰しで仕留める気だ!


1週、2週、3週、4週。
勢力を拡大していくその台風は、ついに5週目にして最外周に至った。


雨弓との、そしてセニオとの戦闘を経て、幻影の怖さをハレルは学習した。
故にハレルは視覚に頼らず、“虚空”も“展示物”も見境無しに蹴散らす!
そこにセニオが潜んでいる可能性があるのだから!


書状が、脇指が、薙刀が、兜が、鐙が、具足が、弓が、鏑矢が!
重要文化財が、国宝が、全て等しく殴りつけられる!


このひとコマだけを切り取ればとんだクレイジーである。
どんな有能な弁護士もこの文化の破壊者を擁護することはできないだろう。


このような暴虐な、もはや戦術と呼ぶのもおこがましいこの方法はしかし、セニオを追い詰めるに至らない。
まだ彼には余裕があった。
例えこのままハレルが最外周を回りきっても、“彼がその暴風に晒されることはない”。


5週目の途中、大展示場の東に差し掛かったところでガクンと暴君の動きが止まった。



“サトリのつるはし”
     +
≪ 魔人能力 睫毛の虹 ≫



アメノハバキリの持つ特殊効果のひとつ、“サトリのつるはし”は“壊れない”すなわち“対物理無敵”の特性を持ち、壁に当てれば軽い力でザクザクと掘れ、床に当てれば軽い力で穴を発生させる。
こうして1階までブチ抜きで開けた穴の上に、幻影でさも床があるかのように見せかけたトラップ、“光学迷彩落とし穴”にハレルは嵌り、体勢を崩したのである。


目に見えるものは信じられないとあれだけ学習しておきながら、床だけは思慮の外であった。
いや、床だけではない、もう1ヵ所ハレルが疑っていない場所がある。


体勢を崩した瞬間、セニオの手により日本刀が振るわれる。
無論当てるのは刃では無い、対物理無敵の峰によるデス・ミネウチだ。


セニオは落とし穴の傍の、“壊した壁”の中に同化していた。
それこそがハレルアもう一つの死角。




「ハレっち!!!」




凶刀が振るわれる直前、どこからか不意打ちを警告する声が放たれた。
その古いアニメのヒロインのような甲高い声は、耳に優しくない。


ハレルはこの声を知っていた。
この声を待っていた。


雨弓に追われ退避した異空間にてハレルがたどり着いた答え。
ハレルとアメだけが共有する情報アドバンテージ。


“日本刀が現実世界において喋る”


ハレルは信じていた。
アメならば、その1回こっきりの“切り札”を必ず最高の形で切ってくれると。
そして決意した。


―――――もし、アメが最高のパスをくれたなら、
―――――その時は私も、パートナーとして最高の形で応えよう。


“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”


『どんな体勢からでも技を繰り出せる。』
崩れた状態から無理矢理体を捻り、縮め、折れた左手による裏拳を声のした方、すなわちアメノハバキリの軌道を避けながら叩き込む。


僅かに浅く、その裏拳はセニオの肩をかすめるに留まったが―――――


“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”


―――――それで十分。
『敵の肉体に触れることで、その肉体の現在の状態を知ることができる。』
左手を折られた際にハレルはセニオに接触済みであり、その肉体観察は済んでいた。
たった今、裏拳でセニオに接触したことで、ハレルには不可視の幻影を纏うセニオの姿が視覚ではなく触覚ではっきりと“見えた”。


“二段攻撃 Double Strike”


落とし穴に嵌っていない左足で踏み込み、顔面に向け、右ストレート一閃。


怒涛の2連撃を根本的スピード差のあるセニオが躱せる道理は無い。


―――――そこにきてセニオは時間が止まったかのような、不思議な状態に陥った。
金縛りにあったように、意識はあるのに体はピクリとも動かせない。
音速を超えるスピードを誇るハズの姫将軍の拳も止まっている。


やがて美術館の背景が薄くなり、姫将軍が薄くなり、世界が真っ白に染まる。
走馬灯か、それともセニオは死んだのか。


世界は、セニオと999人の友人だけになった。


タカシ「ウェーイ! オツカレィ!」


黄樺地セニオ「!?」


雨竜院の能力によって顕現した、“音を発さない”はずの幻影が自らの意思でセニオに声をかけた。
困惑するセニオをよそに、ひとり、またひとりとセニオの回りに集まる。


レイ「ヒッサ~ ドーヨドーヨ」


黄樺地セニオ「ウェッ‥ウェ………!」


カエデ「ちぃーっす、ウェイウェーイ!」


関西滅亡で、関東滅亡で、パンデミックで消えてしまった仲間たちの凱旋。


ニャンニャ「ヒッサッシ~! ウェ~~イ!」


黄樺地セニオ「ウェ…………!!」


リョーマ「………」


黄樺地セニオ「!!?」


かつて自らが手にかけた最大の親友、リョーマ。
“チャラ男ゥストラはかく語りき”により、手にかけたという自覚は無いものの、潜在的な罪の意識は拭えない。


リョーマ「セニオ」


黄樺地セニオ「………」


リョーマ「ウェーイwww カラオケガチデ」


黄樺地セニオ「ウェッ…ウェ…………


…………………………ウェーイwwwwwwwwwwwwwww」


セニオが望む、在りし日のチャラ男達の姿がそこにはあった。
セニオは笑いながら泣いた。
ボロボロと零れる涙が、なぜ流れるのかセニオには理解できない。


「ウワ~ッ ダセェダセェマジでダセェ~」
「ダッセ~~」
「ナイワー ドン引き~」


そんなセニオを見て仲間達が冷やかす。


黄樺地セニオ「ウッセ、ガチデウゼェ~」


これが黄樺地セニオの願い。
セニオの考える「世界平和」。
この願いを叶えたい、生きたいと、セニオは強く想った。


―――――それは、大いなる流れ(ガイア)が高密度で溜まり、“神殿化”した大展示室が見せた束の間の夢。
―――――ガイアがセニオにもっと輝けと囁いている!





■9:2階中央・大展示場■


“二段攻撃 Double Strike”


落とし穴に嵌っていない左足で踏み込み、顔面に向け、右ストレート一閃。


“大いなる流れの導き Gaia of Defense”
       +
“真祖のチャラ男”


それは本来起こりえない事象、故に人はそれを“奇跡”と呼ぶ。


姫将軍の拳打は、セニオにとって不可視も同然の高速であり、よしんば見えたとしても回避できる代物ではない。
故に顔面に到達する以外の結果が無いと思われたその拳。


“アメノハバキリ+98”


アメノハバキリィーーーー!!
セニオは、何故ハレルの拳の前にアメノハバキリを翳したのか!?
彼自身理解できなかった。
無意識だった。
アメノハバキリが拳に吸い付くように勝手に動いたと感じた。
しかし、セニオの肉体は知っていた。
生き抜こうとするセニオの肉体が動かしたのだ。
セニオの生命の大車輪が、セニオの直感をプッシュしたのだ。


“対物無敵”のアメノハバキリの峰と、“百錬千摩”のハレルの拳が激突する。
軍配はアメノハバキリに上がり、ハレルの右拳は紙風船のように破裂!
それに伴い右肘までが一目で再起不能と分かるほどに粉々に砕けた。


常人なら痛みでショック死、魔人でも気絶は免れない大ダメージ。


―――――しかし、ハレルは常人でも魔人でもない。
“百錬千摩の姫将軍”なのだ!



“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”
  +
“姫将軍 Shogun Princess Lv.1”


『痛みで怯まない。』
『逆境に屈しない。』


右ストレートの勢いを利用して、右の二の腕と脇でアメノハバキリを挟み込み、抑える。
刃が体に触れ、肌が切り裂かれる代わりに衣服が弾け形の良い乳房があらわになる。


「もいっぱあああああつッ!!!」


“変則三段攻撃 Triple strike alternative”


折れた左手を無理矢理握り込んで作った拳が、今度こそセニオの右っ面を捕えた!
中庭を超え、ノーバウンドで壁を2枚突き破り、セニオは場外へと転がり出た。


吹き飛ばされる際、セニオはアメノハバキリを手放した。
アメは今、ハレルの脇に抱えられている。


万感の思いを込めて、ハレルは能力を発動した。



≪ 特殊能力 刀語 ≫





■10:刀語[特] (本日の使用回数:547) (使用時間・単位分:160)■


夕暮れの一戸建て住宅の一室。
女の子女の子した色合いの家具で統一されたその部屋に二人の人影。
二人ともカッチリとした紺と緑のスカートに白のシャツ、青のタイ、そして胸に紋章のようなものが入った紺のブレザーという、所謂女子高生の制服を身に纏っている。


少し制服を着崩している髪の黒い小柄な少女は、ベッドに腰掛け素足をパタパタと振っている。
一方背が高く、肩まである純正の金髪が印象的な西洋風の少女は、わざわざ敷いてある丸いピンクのカーペットの外、フローリングの上で自らの腿を引きちぎれんばかりに握りしめ、きっちりとした正座の姿勢のまま俯いている。


「いや~、ごめんねハレっち!
アメちゃんちょっと読み違えちゃったよ!」


わざとらしく“ペロッ”と舌を出し、自らの頭を小突き“テヘッ”といった風に笑った黒髪の少女。
金髪の少女は応えない。
その様子を気に掛けながら、黒髪の少女は続ける。


「でもさーでもさー!
まさかあんなにチャラチャラした奴があそこまで強いなんて思わないジャン?
確かにアメちゃんもチョ~ット“手札”ケチり過ぎたかなーって思うけどサー!」


チラッ チラッとハレっちことハレルの様子を伺うアメノハバキリ。
依然彼女は俯いて、何かに耐えるように自らの腿をガッシと掴んで離さない。


「ホントにあのチャラ男さえワンパンで倒せてたら、殆どジョーホー出さずに勝ち抜けたんだけどねェ~!」


悔しそうにそう言ったアメの手に一組のトランプが出現する。


「まずは“先制攻撃 First strike”でしょー、“二段攻撃 Double Strike”、“変則三段攻撃 Triple strike alternative”、アメちゃんの印だと“火炎草”、“おいはぎの曲刀”、“サトリのつるはし”がバレちゃったネ!」


ひとつの単語の区切り毎にベッドの上にポイポイと雑にカードが並べられてゆく。


「センセーコーゲキとレンゲキ系は変幻ジザイだから別にバレてもいいけど、アメちゃんの印はちょっぴり痛いかもっ!」


「痛い」というワードに、僅かにハレルが反応を示した。


「あと使ったのはえーっと、“武芸者殺し Deviation”、“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”、“警戒 Vigilance”、“飛行 Flying”くらいかな?
ケーカイはたぶんバレてないし、バレて痛かったのはヒコーくらいじゃないのカナ?」


所々ピクッ、ピクッっとハレルが反応を示す。
ベッドの上に10枚のカードが並んだ。


「アメちゃんがチャラ男と居た間、他に何か使ったー?」


「………“先制攻撃 First strike”、“雨竜院流傘術・霞鏡月”、“飛行 Flying”、≪刀語≫、…だけだったと思う。」


申し訳なさそうな、消え入りそうな声でハレルは答えた。


「なるほどネ!」


パサリ、パサリと新たに2枚のカードがベッドの上に投げつけられた。
しばし、計12枚のカードをシャカシャカと並び替えて、あーでもないこーでもないとブツブツ独り言を呟いていたアメであったが、突然大声を発した。


「グワァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
しまったァアアアアアアアアアアアアッ!!!!
アメちゃんのバカバカバカバカーーーッ!!!!」


何事かと思い顔を上げたハレルに、アメのねっとりとした視線が纏わりついた。
ハレルはアメの仕掛けた“顔を上げさせる方策”にまんまと引っかかったのだ。


ハレルはすぐに下を向いて、悔しさからか怒りからかプルプルと震えている。
その様子をケタケタと一通り笑った後、アメは言った。


「……あーあー、コホン!
時にハレルア君。 君はさっきからどうして俯いているのカネ?」


芝居がかった不真面目な問いかけに、ゴニョゴニョと生真面目にハレルは答えた。


「………アメに………合わせる顔が無いから…。」


両方の手の平を肩の高さまで挙げ、HAHAHAナンセンスだぜと首を振るアメ。


「詳しく聞いてあげるからこっちおいで!」


ポンポンと自分の座っているベッドの空いているスペースを叩く。
並べてあったトランプが跳ねた。
ブンブンと、ハレルは首を振って拒否を示す。


「あーもージレッタイナーッ!
じゃあアメちゃんが行くかんね!」


そう言って、ぴょこんとベッドから立ち上がったアメはハレルの前で立膝になった。
20cm以上の身長差があるこの二人は、これで丁度同じ目線となる。


「ハレルア………!」


吐息のように甘く名前を読んだアメの両手が、
触るか触らないかの絶妙な加減でハレルの両頬に添えられ、そして、


ぎゅむん!と顔の中心に向けて力を加え、その端整な顔立ちを醜く変形させたのであった。
潰れたブサイクな面を拝むべく、上を向かせようとするアメ。



―――――しかし
―――――アメノハバキリの非力では、“百錬千摩の姫将軍”の首を動かすに能わず!


“百錬千摩 Martial Arts Lv.5”
       +
“姫将軍 Shogun Princess Lv.1”


『極度に鍛えられし肉体。』
『種として優れた肉体。』



「うわっ! なんか戦闘中っぽい地の文になった!!
あっちいけ! 今イチャイチャする時間だからそーいうのチガウ!!
…っていうか、マーシャルアーツLv.5は万能過ぎない!?」


ぐぐぐ…と顔を持ち上げようとするアメとそれに耐えて下を向こうとする二人の駆け引きは、アメがひょいっと自分の顔を下げてハレルの潰れた顔を覗き込んだことで決着を迎えた。



  _人人人人人人人人人_
  > 必然のアイアンクロー<
   ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 



「ギャピィーーーーッ!!?
スマセンシター!! チョウシノリマシター!! アッスアッス!!」


謝罪の末、アイアンクローを解かれたアメは手形のついた頭を両手で擦りながら言った。


「イテテテテ…!
それでさー、なんでそんなにいじけてんの?
ハレっち良く戦ってたジャン!
特にサイゴの方なんて剣にぶっ刺さったりシシ欠損したりで、
タイヘンだった割に良く頑張ってたと思うよ?」


その言葉を受け、あれだけ力で動かそうとしても動かなかったハレルの首がガバリと持ち上がった。
その瞳には見る者の精神を凍らせ、石化させる伝説の魔物級の鋭さがあった。


しかし勇者アメは怯まない。
アメはこの眼を、この表情を知っていたのだ。


誕生日に父から貰った大切な贈り物を戦場でなくした時、飼い猫が死んだ時、無学と陰口を叩かれていることを知った時、ハレルは揃ってこんな表情をしていた。


ひらり、とアメはハレルの首へと両手を回した。
そうして、赤子をあやすように、ポンポンと背中を一定のリズム叩く。


「何が“泣くほど”辛かったの?」


「………まだ、泣いてない。」


「泣きたいキブンなんじゃないの?
そんな顔してるよーな気がするケド?」


「………泣きたい気分では………ある。」


律儀な回答に、クスリとアメは笑った。


「じゃー、泣いたらいいジャン!」


「………でもお父様が、―――――


―――――「「姫将軍たるもの簡単に泣くなって」」


ハレルとアメの声がシンクロする。


「もうそれ聞くの6回目だから覚えちゃったよ!
ハレっちもそろそろそれに対するアメちゃんのヘンジ覚えてよネ!
いっつも同じことしか言ってないよっ!」


一息おいて、静かな声色でアメは言った。


「『ここではハレっちは“姫将軍”じゃなくて“ハレっち”なんだから、
泣きたくなったらいつでも泣いてもいいんだよ!
アメちゃんはそういう人間の負の感情を吸って生きてる妖怪なんだから、
Win-Winの関係だしねっ!』」


「………えっ…後半初耳なんだけど…アメって妖怪だったの?」


「ウウン! 今超テキトーに2秒で考えたセッテーだよ!!」


「………また適当なこと言って…。
………泣く気……失せちゃった……。」


その反応にケラケラと笑いながら、髪をとかすようにハレルの頭を優しく撫でる。


「泣かなくて済むならそれに越したことはないよネ!
…でも、もしモヤモヤしてることがあるなら言っちゃった方が楽かもよ?
さっき言ってた“合わせる顔が無い”ってどういうイミ?」


その言葉を聞き、ふぅーっ、と深い息を吐いた後、ハレルは言った。


「………そのままの意味…。
“おいはぎの曲刀”を合成した時、『手抜きするのは良く無い』って、アメ言ったよね……?」


「言ったー!」


「………その時は私、驕ってた。
この空間で、アメの出してくれたこの世界の“魔人”達と戦ってみて『“アークドラゴン”や“シハン”に比べたら何とかなる』って勝手に判断して………
それで………………」


雲行きが怪しい。


「………今日…じ、実際…っ……戦ったら……
わ…わたっ………わだしっ……っず…‥」


『結局泣くのか』という言葉を飲み込み、ポンポンと背中を叩くアメ。


「………わたし……わたしっ…弱かったの゛!!」


「えっ!?…弱っ!?…えっ…え…? 
………………お、おうっ、ソウダネ!」


『ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか?』という言葉を、喉につっかえつっかえ、何とかアメは飲み込んだ。


「………あぐ‥あっあっあ…アメが……ひっぐ…………
ぅうっ……盗まれた……ときぃ……ア、アタマが………まっしろに…つ‥って…
……それでっ……頭思いっきり殴られて……きっ‥気持ち悪くなって…吐いちゃって……ぐすっ…
…………私ぃ……ひ、ひっ、ひめ将軍…なのにっ……吐いちゃってぇ……っ!」


「“姫将軍”が嘔吐しちゃいけないってルールは別にないよ! ダイジョブダッテ!
でもでもー、幻影のことを忘れて突進しちゃったのは、ちょっと不味かったかもしれないネ!」


「でもっ……『アメが盗られた』って思ったら………わっ、わだし!
居ても…立っても居られなくなっちゃって……それで」


「あーあーあー!  もーーっ!
そんなこと言われたらなんだか照れちゃうよっ!」


きゅっ、っとハレルの首に回していた腕に力がこもる。


「…それで……一人になったら心細くて……
いつもはしないようなミスをいっぱいしちゃって………
……おっ‥面白いように……幻影にもひっかかっちゃって……
使っちゃダメって言われてた“飛行”も……ひぐぅ…つ、使っちゃったし…」


「使っちゃったもんはしょうがないネっ!
切り札(ボム)はね、使うためにあるんだよっ!
抱えて死んじゃう方が馬鹿らしいよっ!」


「それからね……それからっ………」


アメはハレルの背中をさすっていた手を止め、ギュッっと力強く抱きしめた。


「………アメ?」


「ハレっちはコンポン的に勘違いしてるよっ!
アメちゃんとハレっちは二人で戦ってるんだから、どっちかがどっちかに顔向けできないなんてことは起こらないハズなんだよ?
アメちゃんを見てごらん、チャラ男のノーリョク読み違えて、それなのに『“手札”は温存しよう()』なんて変なプレッシャーかけて、そのあげくハレっちを一人にしちゃって、それでもこうやって堂々としてられるんだよ?
どう思う!?」


「………あ、サイテーだ。」


「デショ!! アメちゃんもそー思うヨ!!
だからさ、ハレっちが負い目を感じる必要はゼンゼン無いんだよっ!」


「………そうかも……ね。」


自身の腿を握っていたハレルの腕がアメの腰へと添えられる。


「………アメ。」


「はいよっ!」


「………ありがとう。」


「どーいたしまして!」


「………次の試合も、“一緒に”勝とう。」


「トーゼンッ! 一回戦はノーリョクわらなかったからシュータイ晒しちゃったけど、二回戦からは前のシアイの映像が見られるからねっ!
アメちゃんそーいうののブンセキトクイなんだッ!
キタイしといてネ!」


「頼りにしている。 我が剣、アメノハバキリ。」


「任せといてヨ! 我が主、ハレルア・トップライト!」


ハレルはアメの前髪を持ち上げ、そっと口づけをした。


「………前から思ってたけどサー!
ハレっちってキス魔だよねっ!
誰にでもこんなことしてちゃショーライ悪い男に引っかかるカモよっ!」


真っ赤な顔を誤魔化すために、照れを悟らせないために、怒っているように見せ、アメは皮肉を言った。


「………誰にでも………してないよ?」


そんな湧いて出た言葉に、誤魔化しが効かないほどにアメの顔が茹で上がる。


「………お父様、お母様、上の姉様、下の姉様、兄様、叔父様…ええと、あとは家族以外だと親戚の人とか、そのくらいしかしてないよ?」


「あーハイハイ、知ってましたー!! そーいうオチね!!
カイサン! カイサン! 次そーいうのやったらジャロに言うかんね!!」


「――――………でも、」


再びハレルは同じ場所に口づけをした。


「“ここ”にするのは、アメくらいだよ」



○キスの場所とその意味
額:友情の証。


【刀語[特] 了】





■11:2階中央・大展示場■


能力発動を終えたハレルが現実世界に戻る。


筋肉の収縮による止血が解け、先ほどの攻防で罠により刀剣が突き立てられた肩、腰、腿から夥しい量の血が流れ出る。
粉々に砕けた右手も同様の有様だ。


血を急速に失い、気力も萎えたハレルは間もなく眠るように失神した。


“大いなる流れの導き Gaia of Defense”


そこに、セニオを殴り飛ばし壁に開けた穴の影響で、老朽化していた3回の建材が“奇跡的”に落下し、ハレルは絶命した。


もし、これが試合ではなくなんでもあり(バーリ・トゥード)だったならば、勝者は場外に出されながらも生還を果たした“黄樺地セニオ”であっただろう。


セニオは試合に負けて“勝負に勝った”のだ。




【戦闘結果】
試合時間:7分17秒


「雨竜院雨弓」…………………………場外△
「黄樺地・瀬仁王」……………………場外△
「ハレルア・トップライト」…………死亡△


↓ (VTRによる審議)


「雨竜院雨弓」…………………………場外 6分20秒×
「黄樺地・瀬仁王」……………………場外 7分17秒×
「ハレルア・トップライト」…………死亡 7分21秒○








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