第一回戦【雪山】SSその3

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dangerousss3

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第一回戦【雪山】SSその3

 夜。真っ白である。眼下の絶景も山も空も四葉のオムツも。
 オムツ? まだおしっこ少女(おねしょうじょ)なのだろうか? まさか。
 200Kを下回る世界で下半身を露出し体内の体温安定剤(おしっこ)を放出する必要はない。
 五重の防寒具を着たまま股に力を入れたり抜いたりして四葉がぶるぶるっと震えると暖かい小便が下腹部に広がりほのかな母体回帰願望を思い起させる。じゅわじゅわ滴る前に手早く取り替えて外に出す頃には既に凍りつく。
 まさに極寒の雪山そのものだ。全体像はGoogleMAPで確認したが無意味すぎた。佐倉光素を信用すれば雪山の(戦闘範囲内の)中腹な筈だ。
 パキパキに凍ったオムツを洞窟の隅にほうって入口に近づく。雪のカーテンの合間合間にちらつく「黒点」に向かって念じる。
「モア」「モア」「モア」
 何も反応しないことを見て四葉はホッと溜息をつく。口腔に侵入する空気が痛い。
 ――寒いな。この自然め。私を殺す気か。
 四葉は指を振り念じる。
「モア」
 パッと空中に生み出された白い塊は濃霧を生み出しながら落下する。
 目線を落として塊を観察する。どうやらこの極寒の地で蒸発しているようだ。
「すごく冷たいものかや?」
 雪に対して「炎」が得られるわけではない。
 自然が「雪」という「寒さ」を武器にしているのならより強いより冷たい武器を得るだけだ。
 極寒の雪山でさえ瞬時に昇華するような個体――固形窒素が召喚された。
「これをぶつければダメージ与えられるか?」
 という考えは刹那で忘れた。
 相手も防寒しているだろうし窒素ならば持って投げれないだろう。
 四葉が理解している「すごく冷たいもの」は液体窒素(-196℃)。かつてTVで見た「薔薇がバラバラに砕けるシーン」が想起された。全く触れる気になれない。
 何かでつまんで投げられれば……四葉は思い出した。
 殺すべき敵の一人・聖槍院九鈴(せいそういんくりん)の奇天烈な武器を。
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 聖槍院は雪山頂点から高速移動で駆ける――滑る。
 巨大トングの下刃をソリ代わりにしている。見事な体捌きだ(しかし48のトングで1024つのトングを自在に同時に操れる究極体トンゲリスト(トング・ジツ・マスター)と比べれば未熟だ)。
 目指すは小さな洞穴。
 人が一人隠れられる程度の――人影がちらついてみえたそこ。
 上刃は屋根がわりにして滑走する。雪は当たらないが風がひどく冷たいだろう。
 しかし加速する聖槍院は平静である。なぜか?
 彼女の魔人能力〈タフグリップ〉はつまんだものを決して離さない。
 それは「掴んだものが失われない」と同義である。挟まれた空気も。聖槍院も。
 故に(ふもと)の空気を捉えた巨大トングの刃間は絶対に暖かいのだ。
 ぐんぐんと洞窟が近づく。速度は加速の一途。トング滑走術は音速を超えうる。
 マッハ0.8で目前に洞窟が。音と並走する聖槍院。
 轟音におびき寄せられ洞窟から人が。
 止まる気も死ぬ気もさらさらない。
 ――死ね。
 聖槍院は自身の体ごと洞窟にぶつけた。
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 発生して近づく音を赤羽ハルは雪崩かと思った。
 だが洞窟を破壊し尽くして眼前に現れたのは巨大な(トング)
 トングの殻から聖槍院が出現。ダメージ0。真っ黒なトングを構えている。
 トングの刃部に両手で添える「鰐の構え」だ。
 赤羽はひしゃげた巨大トングと合わせて空飛ぶ円盤(UFO)を思い起こした。
 数々の修羅場をくぐり抜けた赤羽でさえ反応が1秒ほど停止。
「死ね」
 言葉が打出るのと前後してトングのバネを8倍活用した打撃を放つ。
 殺人鬼には1秒あれば十分である。みぞおちと頸にめり込む拳。
 呻く赤羽。さらにトングで挟み込み両肩を固定(タフグリップ)
 聖槍院の奇襲&不意打ちは見事命中した。
 聖槍院は即殺のつもりだったがどうしてなかなかしぶとい。
 ――しぶとさの理由は赤羽ハルが「日本銀行拳」の使い手だったことだ。
 赤羽は腹部と頸部に受けた衝撃をストップ高としてこらえた。
 株価と肉体のダメージは全身を覆う「紙幣帷子」に流す。
 暴落した「呑気(情)」が上場廃止し「殺意(激おこ)」が上向きになる。
 この市場混乱により約1億個の細胞(パンピー)が負債を被ったが脳細胞(トレーダー)は「殺意(激おこ)」を大量購入している――。
 飛び蹴りし反動で距離を取ろうとする聖槍院。
 赤羽は胸をクロスし聖槍院の蹴りを防御する。
 そのかたちで肩のトングを掴む。力で離そうとするなら無駄だったろう。
 赤羽は真っ黒のトングを能力〈ミダス最後配当〉により換金した。
 ――硬貨に換金し即撃ち込む。
 そしてトング〈カラス〉が換金された。
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 そう遠くない北北西から轟音を聞く。ラピュタの動力室が爆発した音だ。
 四葉は雪崩の危険を察知し外へ出る。雪は降っているが風は弱まっている。
 雪崩が起こっていた。異様にきらめく色付きの雪崩が上から起きていた。
「怖! 死ぬ!」
 長期戦を見込んでいた四葉にはあまりにも急展開すぎた。
 四葉は反射的に自らの能力〈モア〉を発動する。
 雪崩に対してならより強い雪崩が生まれる。四葉が飲み込まれることはない。彼女に対して安全なのが〈モア〉の能力の一部である。
 ――より強い雪崩が生まれるはず。私は安全だからすぐ洞窟に逃げなければ。
 だが彼女は誤認していた。
 色付きの雪崩は「雪崩」ではなく「換金」あるいは「発行」である。
 より強い発行。
 四葉は建物の中にいた。
 召喚したものは「日本銀行」。
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 聖槍院の持っていたトング〈カラス〉。
 素材は隕石であり色も黒っぽいのでダークパワーが宿ってそうで強い。
 闇トング道者・トング太郎Jrが有り金はたいてでも〈カラス〉を欲しがっている。彼の総資産は約1兆円。
 聖槍院九鈴は1兆円の中に埋もれて死んだ。トング太郎Jrが殺したと言える。
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 赤羽もまた自らが換金した硬貨の雪崩に飲み込まれている。
 だが彼は硬貨(500)を次々と紙幣(10000)に換金した。
 呼吸の確保には成功したが(10000t)には勝てない。
 流され飲み込まれ圧死する――しかし幸運にも流された地は日本銀行。
 体中を覆っていた圧力の塊が朝露のように消えていくのを感じる。
 動物めいた半回転で立ち上がる。
 雪山の中に建物があるはずがない。魔人同士の戦いであるから常識は通用しない。
 そもそもの自分が――と防寒具の内にあるはずの紙幣帷子が消えている。
 赤羽は振り返り確認する。硬貨の雪崩は日本銀行に入った瞬間から消滅している。
 原因は分からないが直感的に「生き残った対価」と考えた。ラッキー。
 雪山に日本銀行とは。それにしても異常な空間だ。空調はバッチシ。暑すぎる。
 防寒具を脱ぐとジャケットがゴトッと音を立てる。
「おっと。これは必要だな」
 ジャケットの中からM10(ミリタリー&ポリス)を拾う。
「知ってるヤツ対策のつもりだったんだがなァ……。まさか使えないなんて。それも銀行の中なのに。俺が消費者だからか? なァ?」
 奥に向かい問いかけた。返事はない。
 無人の受付を乗り越えふだん入らない領域へ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 四葉が日本銀行を召喚した直後。
 彼女はあらわれた日本銀行に驚いた(当然だ)。
 何をすべきか――。どう勝つべきか――。
 真っ先に思い浮かんだのは「対魔人用の金庫の中に閉じ込める」と「買収」。
 前者に引っかかる馬鹿であればいいが実現性は低いと判断。
 後者は真剣に考えた。二秒ほど。役員の一人から聞いた情報によると莫大な借金を負わされたらしい。金「だけ」であればOKだろう。が不安が残る。
 どちらにしよう――二者択一で考える狭さは子供らしい。
 結局「金庫閉じ込め」に。すると部屋に入った直後にロックする必要がある。
 コントロール室的な所を探す前に濡れた足跡を見て衣類をすべて脱ぐ。
 四葉の幼児体型そのままでも寒くはない。むしろ暑いくらいだ。
 すっぱだかになって床にゴロゴロして水を吸わせたあと部屋札を見ながら小走り。
 二階左にある「制御室」を発見し入る。
 いかにもスイッチが「押してください」と言わんばかりだ。
 どこの金庫を開閉するか――などという複雑な操作は四葉にはわからなかった。
 だが勝利する方法をひらめいた。
 ――完全に近い。
 にやっと笑いながら銀行内の空調をあげる。室内とはいえはだかはやや寒い。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 廊下は左右に分かれておりゴーギャンの「無題」がある。
 今度は紙幣で換金してみる。3200円。額縁もこみこみだ。
「偽物か」ふと気付く。「銀行の中でなら金もてるのか?」少し考える。「ふーむ」
 なぜ硬貨の雪崩が銀行の中へ入らなかったのか……。
 と考えて閃く。
 ――入金したってこと?
 物理的すぎる。赤羽は苦笑いしつつ足元の服を拾う。濡れており小さすぎる。
 お人形の服みたいだ。値段は82000円。高い。4000円。4200円。1480円。7980円。
「最近の小学生はリッチだなあ。ブルセラに売ったらの値段か?」
 などと思いながらがら右へ。
「6000億刷れないもんかね」
 などと呟きながらドアを一つひとつ開けて見回る。
 窓の外は雪だ。雪山であることをしばし忘れていた。
 半分ほど見回って面倒になり地下へ向う。
 地下は分厚くて扉数が少ない。
 どれにも手を触れず六感覚(シックスのセンス)だけを研ぎ澄ませる。音はない。
「印刷っぽいのはなさそうだの。銀行でやるんじゃあないんだ?」
 疑問形で聞いても返答はない。わずかに空調が部屋を温める音がするだけだ。
「ここじゃあないのか?」
 と呟いた瞬間――日本銀行は消滅した。
 パッと。
 夢幻(ゆめまぼろし)のごとく。パッ。
 もとの雪山。赤羽は長袖一枚だ。防寒具は雪の下に。
「しまった。凍死(そっち)が狙いか」
 方角を思い浮かべて駆ける。服はあったが人の影をしていた。
「人の服きてんじゃねえよ。サイズ合ってねーぜ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 武器を簡単に生成するなら逆もまたしかり。
 四葉は逃げ出すつもりであったが服がだぼだぼで動きにくい。
 それに靴がない。自分の靴を履くつもりであったが廊下にないのは誤算だった。
 ――ここで殺すか? 防寒の点ではこちらに分がある。時間で勝負だ。
 選択(にげ)の余地はない。もう赤羽の影が見えたのだ。
「モア」
 四葉の手の中に一万円札が現れた。
 ――やはりお金関係のヤツか。
 両掌を赤羽に向ける。一万円札がヒラっと舞い落ちる。
「モアモアモア……」
 硬直時間ゼロ秒で一万円札を生産し続ける。
 理論的には0秒で無限枚作ることも可能だが10枚/s程度に抑える。
 赤羽はゆったり歩く。四葉の行為を見て一言。
「最近の子はブルジョワだね。そもそもさあジャケット高くなかった?」
「確かにねー」
「お兄さんがおこづかいをあげよう」
 指弾で500円玉が連射される。日本銀行拳は恐ろしい。時速約500km。
 だが金はどこまで言っても金である。
 四葉は10000枚/sで一万円札の壁を作る。
 500円が10000円に勝てるはずもなく弾かれる。
「最近の子はブルジョワだねー」
「確かにねー」
「お兄さんがお年玉をあげよう」
「そんな季節じゃなあないよ。雪は降ってるけどさ」
 赤羽は演技めいて屈み一万円札をひろう。
 その赤羽の頭に、四葉が、P228(M11)をぶっ放す。
 赤羽がかがんだ瞬間――〈モア〉が札→銃の瞬間に四葉は撃鉄を起こしていた(コッキング)
 三点でバンバンバン。一発目で見事脳天を捉え赤羽は大恐慌に陥った。
 ――さて。
 と息をつく。するとどこからか声が聞こえる。
パンパカパーン!(喜びの表現その1)
高島平(タカシマダイラ)四葉(ヨツバ)(さま)の勝利が確定しました(おめでとうございます)!」
「いえーい」
 無邪気あるいは邪気に満ちガッツポーズをする四葉。
 ストン。とだぶだぶのズボンがずれ落ちた。








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