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第一回戦【水族館】SSその3」(2013/04/25 (木) 19:36:31) の最新版変更点

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#divid(ss_area){ *第一回戦【水族館】SSその3 ――この物語は、全てフィクションです―― 「ハァハァ……ハァハァ……ハァハァ」 全き青の世界に、煌めく泡がこぼれる。 頭上を悠々雄々と泳ぐ巨大サメが通り過ぎると、水底の砂地からチンアナゴが ピョロリと顔を出した。アナゴの一種で、細長い体が特徴的な、言ってしまえば 一本の触手のような形の魚である。 それを水槽の外から眺めながら、吐息を漏らし続ける女が一人。 自らのこめかみに銃口をグリグリと押しつけ、リボルバーを回しながら、 反対の手はスカートの中にもぐりこんでいる。涎が口元を伝う。 女は「この魚エロイ形してやがる」と思っているのだ。今日のオカズである。 そういえば名前もチンだ。 「ハァハァ……ハァハァ……ウッ」 細い肩がびくりと震えた。なんで喘ぎ方が男なんだろう。 場所は水族館の館内でもひときわ大きな大水槽の広間だ。とても人目につく。 こんなシーンを誰かが目撃してしまったとしたら、たまったものではないだろう。 例えばまだウブな犬耳の少年であるとか、常識ある検事の男であるとか。 「えっ」 「…………ほう」 遠く左の少年は赤面し、同じく距離を置く右の男は目を見開いてまじまじと見た。 三人の選手の会敵は、こうして最悪の形で成立してしまったのだ。 驚く二人に追い討ちするように、頭上から雷が落ちてショックを演出した。 これでは何の雷だかわかりゃしない。ひどい話もあったものだ。 「「!?」」 世界がひっくり返ったような衝撃とともに、二人の男は様々な事を理解した。 たとえば、この女――紅蓮寺工藤の頭がおかしい事であるとか。 + + + + + 突然出会った三人のうち、二人の男はそれぞれの思いのもと、すぐに身を隠した。 犬耳の少年、鎌瀬戌は思っていた。 驚きと戸惑いがあった。この世界が……全てフィクション、物語の上だって? バカバカしいと否定したくもなるが、妙な確信が消えてくれない。 これが確定した事実であると、何かが頭の中で訴えてくるのだ。 全て? どこまでだ? この試合が? 大会が? 核とウイルスが? ……自分が? 生い立ちが? 現実全て? 白の死は? 考えれば考えるほど深みにはまる気がした。少年は僅かに狂いつつあった。 一方で検事の男、内亜柄影法は思っていた。 淫乱のねーちゃんは美人だった。いいもん見た。それはいい。だが冗談じゃねえ。 貰う10億までフィクションでしたじゃ話にならん。運営のおっぱいに確認しねえと。 そしていきなりバッタリってえのも問題だ。三つ巴は漁夫の利に限る―― 彼はそう考えていた。これは予想外の展開だ。二人に潰し合って貰うまで、 なんとか身を潜めなければ。 そして開幕オナニーの女、紅蓮寺工藤は考えていた。 やべえ。おしっこもれそう。 他人に愛液を見られるのはアリな彼女だが、尿を見られるのはアウトである。 狂人にも独自のポリシーと羞恥心がある。これはご理解頂くしかない。 ……そこをなんとか。いたずらに股間を刺激したのもマズかった。 膀胱の状態をかんがみるに、どうやら、もって【8000字】のあたりまで といったところだろう。あまり字数が多くなっても読者に悪かろうし、 それがこの戦いのリミットというわけだ。 8000字に達するまでに決着をつけなくてはならない!! 【現在1297字】 本文中の字数カウントは字数に含む。改行やスペースは含まないものとする。 + + + + + いったん身をひるがえした鎌瀬戌は、身軽に素早く館内を駆け移動する。 次に彼が姿を現したのは、工藤の遥か頭上、巨大水槽の上であった。 飼育員がエサやり等をするための関係者スペースである。狭い足場と、水槽への入口。 短い間に、もう一人の男の姿は消えていた。女は動いていない。女の足元は震えている。 「シロ姉……大丈夫だ。俺は戦うよ」 決心はついたつもりだ。もとより、目の前の相手を倒すしかないのだ。 彼は鎖鎌を握った。同時に、チャラ、と首輪に繋がった鎖が鳴った。 「何をしたのか知らねーが……俺は、戦いで負けるとは思わないぞ」 戌のローブの袖から分銅が付いた鎖の先端がこぼれる。 彼はそれを遠心力でヒュン、ヒュンと二、三回転させた。 音に気付いた工藤が顔を上げる。だが遅い! 戌は鎖を手放した。分銅が飛ぶ。 「!! ……ヒヒヒ! きやがった」 工藤の首が不自然なほどギュン、と動き、頭部を狙う致命的な分銅を回避した。 だがそれでいい。戌は鎖をわずかに引く。鎖はカウボーイのロープのように 敏感に反応し、一瞬ピンと張ると、すぐに軌道を変えた。 鎖が工藤の拳銃を持った右腕を旋回するように三周すると、戌はもう一度手元を引く。 金属の輪が引き絞られ、工藤の片腕は容赦なくぎっちりと捕らえられた。 少年の細腕に似合わない強力な筋肉に、力が漲る。人工の獣人で、かつ魔人。 魔人化した動物の腕力は、通常の魔人を凌駕するという。その力が戌にもある。 知性ある獣、それが獣人である。 戌が鎖を強く引くと、締め上げられた工藤の右腕も引っぱられ、体ごと引き寄せられた。 力の差は明白で、体重をかけてもその場に踏ん張る事はできなかった。 「ヒヒヒヒ。おい緊縛プレイ。ヤメロって。オイ。ヒヒヒ!」 工藤はフリーな左手を下半身に持っていきかけて、やめた。何か悦んでいる。 戌も赤面しかけて、やめた。この狂人が何をしようが、惑わされるだけ無駄だ。 ドン、と目の前の巨大水槽に工藤の体が押し付けられる。 その水槽の上から戌はさらに力を篭める。工藤の身体はついに浮いた。 「おらっ……こっち来い!」 「オイ。ヒヒヒ、オイオイ。オイオイオイ」 ギャギャギャギャギャギャ!! 猛烈な勢いで水槽の壁面を登らされる工藤の体。彼女の口は笑っているが、 乱暴に引き摺られ、華やかなワンピースの、ひらひらしたスカートの裾は容赦なく 破けていく。両脚の数箇所に擦り傷も見え隠れする。 持ち上げられた水槽の上部で二人が再び対面する……直前、戌は左手で分銅鎖をキープ したまま、刺突針のついた鎖を右手に! 投擲。太い針が容赦なく工藤の左肩に刺さる。 狂人でも血は紅い。表情こそ変わらないが、ダメージがない筈はない。 ここまで、なすがままにされている工藤。何かする気はないのか? 戌にはわからない。だから、彼女が倒れるまで攻め続けるしかない。単純だ。 水槽の天井に工藤は、傷ついた片腕で這い出る。足をつく。踏み込む。駆け出す! 動いたか! 接近は許さない方が良い。戌は刺突針を引き抜き、再び構える。 「アーーーーー、やっと顔が見れたゼ。やっかいな顔だア。顔が綺麗だろ。 人気取れんだろ。ヒヒヒ。票が入っちまうだろ……生き残れなく、なっちまうだろ。 おれ人気ねえからよオー。な?」 票? ブツブツと、彼女はわけのわからない事を呟く。いや……今の戌には わかってしまう。だが気にするもんか。絶対に、気にしてやるもんか!! 遠心力を乗せた鎖を放つ。工藤の右脚にヒットする。血液が流れる。 だが彼女の足は止まらない! 距離が近づく! 「なッ……お前、痛くないのかよ……!」 工藤は戌に抱きつく形で飛び込み、その場にひざまずいた。戌が一瞬焦る。 ――何をされる!? 工藤が顔を上げる。戌と目が合う。痛みは、やはりあったという事なのか? 彼女の顔は、涙に塗れていた。 「お願い……もう、許して……」 「え」 ――戌には、それが演技だと、すぐにわかった。本当にわかった。唐突すぎる。 なのに、一瞬動きが止まってしまった。 いざ女性の生の涙を前にして、即座にぶん殴れる男は決して多くはあるまい。 少年は殴れない方だった。 だから、その一瞬が命とりになった。 工藤のコートの袖から、ピンポン玉大のカプセルがこぼれ落ちる。 彼女はすぐに跳び離れた。床にカプセルが落ちる。戌の鼻がひくつく。 強化された「犬の獣人」の嗅覚でなければ気付かなかったかもしれない。この臭いは。 ……爆薬!! 戌は一瞬の経過を待たず、その球体を蹴り飛ばした。 中空で、爆音。爆発の衝撃が隣の水槽の壁面に穴を空け、水と小魚が床に流れた。 (あぶねえ……あぶねえーーーーー!) ドッ、と動悸が激しくなるのを戌は感じた。危なかった。危なかった……! 「ヒヒヒヒヒヒ!! なんだよ! ひっかからねえでやんの! 惜しいなァー!」 「こッのやろう……!」 傷だらけの女は、心底楽しそうにパチンと指を鳴らして地団太を踏んだ。 戌はムキになって左手の鎖を引いた。工藤の右腕はまだ捕らえられている。 「お?」 「面倒臭え……もう終わりにしてやるよ!」 さらに戌は空いた右手で、もう一つの鎖を後方に投げた。あさっての方角だ。 目の前の工藤とは無関係な方向である。……工藤とは。 「終わりにする……全部だ。お前もな」 「げッ」 戌の目が少年とは思えぬほど鋭く、冷徹なものに変わった。鼻が少し動く。 そこには、柱の影に潜んでいた内亜柄影法がいた。ずっと隙を窺っていたのだ。 しかし戌の鼻の前には無駄な事であった。彼はずっと気付いていた。 「マジかよ……!」 鎖が、虚を突かれた影法の足に巻きつく。彼も腕力では戌に及ばない。 足を引かれた影法はその場に倒れた。こうなっては抵抗もできない。 「ヒヒッヒヒ! 何だそれ! ウケる」 「ハッ……確かにこりゃ、ウケるな」 工藤に笑われ自嘲する彼の言葉に反応し、刃が目の前に生成される。 『ロジカルエッジ』。しかし言葉が弱いか? これでは鎖は断てない。 工藤は腕を、影法は足を引かれ……二人は同じ箇所へ引き寄せられる。 巨大水槽の、エサやりのための入り口に。水中へ叩き落すつもりだ。 「冗談じゃねえぜ……おらよっ!」 せめてもの抵抗に、影法は言葉の刃を戌に向け投擲。しかし戌がわずかに身体を ずらすと、刃はローブだけを貫き、そこで止まった。戌は刃を気にも留めず、 鎖を引く手を緩めない。水中にさえ落とせば終わりだ。何しろ、彼の能力は――。 最後にひときわ強く腕を引くと、捕らわれた二人が水面に投げ出される音が響く。 鎖が解かれ、戌と二人との繋がりがなくなる。 戌は前方に跳び、水槽の真上の空間にわずかの間滞空。その瞬間に、切り札を切った。 『ヒ ト ヒ ニ ヒ ト カ ミ』 落雷のトリガーが引かれた。直下の水中に雷が満ちればどうなるか、子供でもわかる。 3……2……1……絶望の三秒が過ぎる。泳いでの脱出も間に合わないだろう。 水中の二人は負け惜しみの捨て台詞すら言うことができない。万事休すか! 時がスローで流れる。バリバリバリ、と光の奔流が出現する。 戌が犬歯をむきだして笑う。工藤が沈んでいく。影法は水面を見上げている。 攻撃的な光の束が落ちてくる。その先端が水槽入口に触れんとする。 直前、雷がVの字に跳ね上がる。 電撃が主のもとへ返る。戌が異変に気付く。目を見開く。遅い。 獣人といえど、雷よりも迅くはない。反応すら間に合わない。 「……な……ッ……!?」 バリバリバリバリバリ!!! 太い太い雷線の軌道が少年を貫いた。肌を焦げ付かせ、膝から崩れる。 ジャラリと、保持していた鎖の束が力ない金属音を奏でた。少年に既に意識はなかった。 【現在4394字】 + + + + + 「ざまァねえな兄ちゃん。……まあ、ヤバかったよ」 ざば、と水槽から上がりながら、影法が言った。すべては彼の企みであった。 戌は明らかに攻め急いでいた。完全にフィクションの呪縛から逃れられていた わけではなかったのだろう。不安と焦燥が彼をかき立てていた。そこに隙があった。 「ありゃア『自虐的な』刃だからな。さぞかし電導率も高かったろうよ」 影法が戌に投げた言葉の刃。直前に口にした言葉は「ウケる」。 攻撃を吸い寄せるように「受ける」事に特化したナイフ。それが避雷針となった。 恐るべきは影法の頭脳であろうか。工藤が「ウケる」と口にしてからコンマ数秒で 弾けるようにそこに思い至り、実行に移した。 スラムで噂になっていた「雷を呼ぶ少年」についても職業柄、彼は勉強済みであった。 いわゆるスラム、無法地帯というものが影法は好きではない。逮捕も頭にあった。 「よかったな淫乱のねーちゃん、さっきいいモン見せてくれた礼……オイ?」 影法は振り返って工藤に声をかけようとしたが、彼女はまだ上がってきていなかった。 いやむしろ、水底に向かって下降してはいないか? 流石に怪我が重かったか? ――工藤に意識はあった。彼女はむしろ望んで水底の砂地へ向かっていた。 しばらく、砂地からチンアナゴが顔を出すのを待った。スカートをめくって待った。 だが警戒したチンアナゴは出ないし、工藤は肺活量が限界に達したのでやがて戻った。 「ゼェッ、ゼェッ。……ヒ、ヒヒ、ゼェゼェ」 「おう。バカじゃねえの」 全身びしょ濡れ、肌に張り付いたワンピースの花柄模様を透けさせながら、 ところどころ、致命的な流血を滲ませるボロボロの工藤に、影法はそう声をかけた。 ――勝ったかな、こりゃあ。慢心もなく、普通に彼はそう思った。 + + + + + 小説「アンノウンエージェント」 《最新》第57話『Face Death』より 私立探偵エンドウはテコンドーの達人である。こと動体視力には定評があり、 あらゆる攻撃を見切り、無効化すると言われる。そしてカウンターの回し蹴りを 放つのだ。さしもの紅蓮寺工藤も、あっという間に壁際に追い詰められる。 エンドウはハッキングの達人である。工藤の潜むこの隠れ家の在り処も筒抜けであった ようだ。正面入り口を蹴り飛ばして現れた彼を止める手段は工藤になかった。 壁を背にする工藤の顔面真横に、ドン、と蹴り足が止まる。彼女はビクリと震えた。 「ヒヒッヒ、おい何だよ……ちょっとチビっちゃったじゃねえかよ」 「じっとしていろ。最後に一度だけ、情けをかけてやる」 エンドウは料理の達人である。なんと彼はここで、手早く親子丼を振舞った! プルプルの鶏肉とトロットロの卵で極上の食感が演出されており、味のバランスも完璧。 ただ濃厚なだけでなく、深みと、透明な後味。味の隅々まで行き届いた気配り。 これが探偵エンドウの腕前だ――! 「ヒ、ヒヒッ、なんだコレ、おい美味ッ、あッ、ヒヒヒヒヒ!」 工藤は泣きながら親子丼をかき込んだ。彼女は二、三痙攣した。腰にくる美味さだ。 それをエンドウは無感情な目で見下ろしていたが、完食を見届けると、口を開いた。 「……では、終わりにしよう。お前とは無駄に多く戯れすぎた」 「ヒヒ……ヒ?」 「仕方ないんだ。お前も十分遊んだろう。依頼人は――お前も殺せと言っている」 工藤はしばらく理解できず、いつもの空の銃口を自らのこめかみに当てた。 エンドウは気にせずに無慈悲な銃口を向けた。こちらは弾が入っている。 ギャラ……ギャラギャラ……ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラ 「ア? お前、何言って、おれが死ぬ? お前お前ンなコト、なあ」 ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギ ャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャ 工藤の焦りが表面化し、リボルバーを回す手がだんだんと動きを速めた。 眼は深く濁り、瞳は横長に膨張し、歯を食いしばる。全身が力んで震える。 「冗ッ談ッじゃ、おれは、おれはなあ、死ぬワケねえ、おれは、おれが」 彼女にもあったのだ。どんな怪我を負っても痛みを見せない狂人にも。死の恐怖が! 何の予備動作もなしに、工藤の体ががば、と動いた。 非人間的なその動きにエンドウの反応が一瞬遅れる。そして、そして―― ……BANG! BOMB! 交錯する二つの破壊音。 爆炎を背にエンドウは窓から飛び降りた。彼がアクションゲームの達人でなければ 今のは回避が遅れただろう。工藤の安否はわからない。 + + + + + そこまでを書き終えて、『彼女』はキーボードから手を離した。 エンドウは何だってできる。数年前の『彼女』の思い出のヒーローは、 今も脳内で美化され続けていた。 + + + + + 【現在6322字】 「殺す。お前を殺してやるよ」 内亜柄影法は言い切った。彼の前に刃が生成される。『殺意』の刃だ。 彼の持つ語彙で最強のナイフと言っていいだろう。相手は死ぬ。 この言葉が突き刺さるとき、容赦なく対象は絶命するのだ。 ナイフとしてはかなり重量があったが、彼のナイフ術でギリギリ扱える。 今の彼は、逃げる紅蓮寺工藤を追う立場だった。 水槽の上から、従業員用の細い通路へ。怪我をおして彼女は逃げた。 ナイフ術を主体とする影法と対するには、確かに距離が欲しかろう。自然だ。 「じゃあ、そろそろ決着つけようや――」 あの後、立ち上がり面と向かって、影法がそう告げた瞬間に工藤は駆け出した。 切り替えの早い事だ。追うと、彼女の呟きが影法にも聞こえてきた。 「死ぬ……死なねえ、おれは、おれはおれは、死ぬワケねえ。死ぬ」 もともと不安定な自我に致命的な怪我が加わり、ついに気でも触れたか。 だが彼女が死を恐れているらしいことは読み取れた。ならば、確実に勝つには これだろう。強い言葉は相手への威嚇にもなる。そうして影法は『死』を用意した。 「大丈夫だよな。試合が終われば死人でも元通りにしてくれるらしいしよ。 ……殺人にならねえよな? 今は口にするだけでも逮捕されっからな。 これくらいは許してくれよ」 試合の中継先にでも許しを請うようにボヤきながら、影法は追う先を見た。 床に、複数の球体が転がってくる。これは、先ほども見た――爆弾じゃねえか! 「うおわ! 危ねえ!!」 彼は慌てていくつかを蹴飛ばし、跳び離れて爆発圏外へ退いた。 バァン。バァンバァン。球体が爆ぜる。遠くの水槽や、目の前の床が破壊される。 「なるほど、簡単に近寄させちゃくれねえか……。ならよ」 彼は即座に一計を案じた。倒れた戌の側に屈みこみ、鎖の一本を拝借する。 そして先端に『殺す』ナイフを固く、くくりつけた。即席の鎖鎌。 ヒュンヒュンと、戌を見よう見まねで、手先で回して見せた。中々に器用だ。 「簡単にいかねえなら、ひと手間かけりゃあイイって話だよな」 爆発で穴の開いた床を飛び越え、距離を詰める。右脚が手負いの工藤はそこまで 遠くへは逃げられていない。影法も駆ける。鎖を振り回し、手放す。 ナイフが工藤へ向かう! 刃が届く直前で、工藤の足元で爆発が起きる。 爆風で鎖の軌道は逸れた。だが十分だ! 爆発の振動で工藤の足元もぐらつく。 その隙に、影法は一気に近づくことができた。鎖を手繰り寄せ、ナイフを握る。 直近から、影法は工藤の背中に『殺意』を、突き立てた。 「ジ・エンドだぜ淫乱ちゃん。オナニーの続きは帰ってから見してくれや」 返事はない。ある筈がない。 影法は息をつく。 「ヒ」 工藤が口を開く。 「ヒヒッ」 「何」 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」 振り返って工藤は、ナイフを掴む影法の腕を確保した。 彼女は意味ありげに……ニヤァ、と深い笑みを浮かべた。工藤は言った。 「いいよなァ」 「……何がだよ」 「ここじゃあよ……強いも弱いも、美しいも醜いも、生も死も関係ねェんだからよ」 紅蓮寺工藤は……「アンノウンエージェント」作中では死を恐れた狂人は、 今や死に臨む事に、何も感じてはいなかった。なぜか? この世界がフィクションだからである。これが読まれる物語だからである。 死んでも、物語は残るからである。読まれる限り……彼女は死なないからである。 「ここにあんのは、『面白いかどうか』それだけなんだからよ! ヒヒヒ!」 そうだ。読む価値があれば。面白くありさえすれば。何も怖いことなんかない。 だから彼女に『殺す』の言葉は届かなかった。届かない言葉など、何の意味もない。 「殺意そのもの」のナイフで彼女を殺すことはできない。 影法もそれを悟り、諦観めいた笑みを工藤へ向けた。 「卑怯なヤツめ……てめえ死にたくない、みてえな事言ってたじゃねえか」 「ア? そっちが勝手にそう取ったんじゃねエの? ヒヒヒヒ!」 賢い人間の思考のほうが、読み易い。そういう事だ。 『受ける』ナイフを発想したのは影法だが、発言を提供したのは工藤だった。 『殺す』ナイフを作ったのは影法だが、そうさせたのは工藤の呟きだった。 彼女は意図して、影法の言葉を誘導していた。 ごりっ、と工藤は、影法の額にいつもの銃口を押し付けた。実弾はない。 引き金が引かれる。撃鉄がリボルバーを打つ。銃声がした。 火薬が炸裂する。火薬だけは、セットされていた。爆音の振動が影法の脳を揺らす。 工藤は振り返る。中空をにらみ、思い出したように虚空に尋ねる。 「アー……そういや、今、何字?」 【現在8193字】 「…………………………………………………………あっ」 工藤は下を向いた。下腹部に違和感を感じる。その時! ヒュルヒュルと鎖が飛来する。分銅のついた鎖だ。どこから? 先ほどまでの戦場、水槽の上から。ぼろぼろのローブの少年が這いつくばって…… 「シロ姉……シロ姉……!!」 分銅は正確に工藤の頭部を狙っている。工藤にももはや体力はない。反応すらできない。 少年も最後のあがきだ。彼の目に意識はなかった。ただ、愛した姉への、 行き場のない感情だけがあった。鎖が迫る。工藤の下腹部があつくなる。床が濡れる。 工藤が、足を滑らせる。 狙いがずれた分銅はついに工藤の頭部を打つことはなかった。戌は再び気を失った。 影法は昏倒している。そして足をもつれさせた工藤も床に倒れ、意識を手放した。 果たして誰が勝ったのか? 意識を失った時間を正確に計測すれば判定可能だろうか。 しかし、皆さんおわかりであろう。真に勝敗を決めるのはそんな些末な事ではない。 勝者を決めるのは、そう。画面の前にいる――。 【了】 } &font(17px){[[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss3/]]}} ---- #javascript(){{ <!-- $(document).ready(function(){ $("#main").css("width","740px"); $("#menu").css("display","none"); $("#ss_area h2").css("margin-bottom","20px").css("background","none").css("border","none").css("box-shadow","none"); $(".backlink a").text("前のページに戻る"); $(".backlink").click(function(e){ e.preventDefault(); history.back(); }); }); // --> }}

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