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第一回戦【硫酸風呂】SSその2 - (2013/04/15 (月) 03:49:50) のソース

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*第一回戦【硫酸風呂】SSその2
一回戦開始数分前。選手控え室。
蒼白のコートを着込み戦いへの準備を終えた儒楽第は、かつての仲間……否、家族のことを思い出していた。
彼が眺めているのは、所持を許された数少ない私物。ボロボロになった一枚の写真だ。
そこに写っているのは儒楽第と、十数名の男女達。
皆、彼にとってかけがえの無い、大切な人だった。
しかし彼らは既に、この世にはいない。一人残らず……ある男に、殺された。
確かに、彼らは悪だった。多くの者を搾取し、死に追いやった。直接手を下したことも、少なくは無かった。
だとしても、彼らは儒楽第の、かけがえの無い家族だった。
血よりも遥かに濃い繋がりをもった、家族だったのだ。

試合場へのゲートが開く。
儒楽第は写真をしまい、ゆっくりとした動作でゲートをくぐった。
ここから始まるのだ、奴への復讐の、第一歩が。

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同時刻、猪狩誠の控え室。
そこにはこれから試合に出場する猪狩誠と……もう一人。10歳前後の小さな少年がいた。
「ありがとなまさる。こんな遠くまで応援に来てくれてよ。」
彼の名はまさる。孤児院の皆からの代表で、ここまで応援に駆けつけてくれたのだ。
「ヘヘヘ……。他のみんなも来たがってたけど、園長が
『まさる、お前が行くのが、一番猪狩のためになるはずだ』って!」
まさるの邪気の無い声を聞いて、猪狩は思わず口元を歪めてしまう。
「そうか、園長が……。へへっ。中々味なことしてくれるじゃねえか。」
「がんばってね、誠兄ちゃん!怪我とかしないでね!」
まさるは猪狩を励まそうと、元気な声で言う。
しかし、それと対照的に、猪狩の顔は、僅かに暗くなっていた。

「誠兄ちゃん……?」

「……ああ、任せとけ!……って、言いたい所なんだけどな。
 これから戦う相手は、すごく強いんだ。魔人の中でも特別といって良い。
 怪我をしないどころか、もしかしたら……」

「誠兄ちゃんだって、すっごい強いよ!僕も、孤児院のみんなも知ってるよ!」

猪狩の弱気な声を掻き消すように、まさるが一層大きな声を出して、猪狩を励まそうとする。
「兄ちゃんだったら、相手がどんな奴だって勝てるよ!俺、信じてるから!」
「まさる……」
猪狩の大きな手が、まさるの頭をなでる。
「ごめんな、まさる。不安にさせちまったな。」
「……兄ちゃん…」
「でも、大丈夫。ちゃんと、勝つ方法も考えてあるから。」
「本当!?」
その言葉を聴いて、まさるの顔がパァッと明るくなる。
「ああ、ホントさ。でも……それにはまさるの協力もいるんだ。やってくれるか?」

「勿論!誠兄ちゃんの為だったら俺、何だってやるよ!」

殆ど間を置かず、まさるは答える。その声もその顔も、真剣そのものといった感じだ。
「ありがとう、まさる。お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」
猪狩は実にうれしそうに笑いながら言った。その笑顔はひどく純粋で、それ故にひどく……恐ろしかった。


「ねえ、兄ちゃん。それで俺はなにを……」
なにをすればいいの?まさるはそう問いかけようとした。だが、
「が……っ!?」
まさるがそう問いかけるより先に。
「まさる、ありがとな。本当に。」

猪狩の拳が、まさるの鳩尾に突き刺さっていた。





まさるの口が空気を求めて、パクパクと動く。あまりの出来事に、彼には何が起こったかわからなかった。
そんなまさるの様子など気にも留めず、猪狩はまさるの顔面を殴りつける。
「ぶぁ……」
口内が切れ、血が飛び散る。歯が数本宙に舞う。まさるは自分でバランスを取る事ができなくなり、そのまま後に倒れこむ。
「すげえ。どんどん力が流れ込んでくらぁ。まさる、お前、本当に俺の事を思ってくれてたんだな!」
満面の笑みを浮かべながら、猪狩は馬乗りになり、まさるに拳を打ち込み続ける。
まさるは殆ど意識を失っており、抗う事はできなかった。
「安心してくれ、まさる。殺しまではしない。試合が終わったてすぐに手当てすれば、間に合うはずだからさ。」
まさるのかわいらしかった顔が見る影も無いほど無残になっていく。
…猪狩が殴るのをやめたころには、既に試合場へのゲートは開いていた。
「よし、それじゃ、行ってくる。まさる…お前の為にも、必ず勝ってくるからな。」
ボロボロになった家族を残し、猪狩は試合場へと転送されていった。






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ぐにゃりと空間が捻じ曲がり、何も無かった柱の上に、一人の少年が姿を現す。
「なるほど……。説明は聞いてたけど、改めて見るとすげえな。」
猪狩の周りには大小さまざまな柱が立ててあり、
その下には、蒸気と音を立て、柱を溶かさんとする硫酸が、まるで湖のように広がっていた。
「ぐずぐずしちゃあ、いられないな。」
猪狩は対戦相手を探すために移動を開始する。
そもそも、この試合場では隠れる場所などほとんど存在しない。程なくして、儒楽第は見つかった。

「遅かったな……。ずいぶんと、待たせてくれたじゃねえか。不戦勝かと思っちまったぜ。」
試合場の中央付近にある、一際大きい柱。そこに、儒楽第は居た。
身長は一回りほど猪狩よりも小さいが、
その体つきから、肉体は彼より遥かに鍛え上げられている事が見て取れる。
「……勝たなきゃいけない理由があるんだ。俺は逃げたりなんかしない。」
猪狩は戦闘体勢を取りながら、儒楽第と同じ柱へと飛び移った。
同時に、儒楽第もゆっくりと構えを取る。
両者の間合いはおよそ10mほど。
猪狩はじりじりと、ゆっくりと間合いを詰める。儒楽第は、構えを取ったまま動かない。






……この時既に、儒楽第は猪狩誠の実力をほぼ完全に把握していた。
達人が道着の来方を見て実力を察する、それと同じように。
この男は自分には遠く及ばない。そこそこに実力はあるようだが、それは一般の魔人と比べた時の話。

自分のような特化した魔人とは比べ物にならない。
初撃を躱し、急所に一撃を入れる。それでこの試合は終わる。
それが儒楽第の出した結論だった。





両者の距離が5mほどに縮まった所で、猪狩は間合いを詰めるのを止めた。
(来るか)
儒楽第は猪狩の動きを見切るため、精神を集中させる。
「行くぜ、まさる。俺に……力を貸してくれ。」
猪狩が一瞬だけ目を瞑り、呟く。
……瞬間、猪狩の立っていた地面が爆発するように抉れ、儒楽第の目の前に猪狩誠が踏み込んでいた。
「――――――!!」
儒楽第は決して、油断していたわけではなかった。
勿論猪狩が強化系の能力者である事は考慮に入れていたし、
今までの経験から、それを踏まえたとしてもやはり、実力には差があるだろうと考えていたのだ。
通常の強化系能力では、ここまで劇的に身体能力が伸びる事はまずありえ無い。
絆の大きさが、そのまま力になる。これが猪狩の能力『All for one』の力だった。
「オォォォォォ!!」
猪狩の渾身の一撃が、儒楽第を襲う。
「チィッ!」
だが、そう簡単にやられる儒楽第では無い。すぐさま防御姿勢をとり、致命傷を避ける。

「……驚いたぜ。ここまで強力な強化能力者とは、初めて会った。」
ふき飛ばされ、口から血を吐きながら儒楽第は言った。
「まさか俺が、こんなガキに一発入れられるたぁ……思ってなかったぜ。」
「言っただろ。勝たなきゃいけない理由があるって。」
儒楽第がくつくつと、肩を揺らして笑う。
「そうか……。だが、負けられねえ理由があるのは、こっちも同じなんでな。」
彼の周囲の空気が、少しずつ、赤く色づいていく。
「そして残念だが。さっきの一撃で決められ無かった時点で……お前の負けだ。」
「ハァーッ!」
猪狩は勝負を決するため、儒楽第に向かってもう一撃叩き込もうとする。
儒楽第はもう、避けも守りもしなかった。
「な……!」
猪狩の放った一撃は、確かに儒楽第を捕らえたはずだった。しかし、
「なんだよ、これ……!」
「……言っただろ?負けられない理由があるってよぉ。」
その拳は、儒楽第にヒットする寸前、彼を覆う赤いオーラによって食い止められていた。
「オ……」
「オオオオオオオオオオオ!」
猪狩は先程より強く踏み込み、更にもう一撃放つ。
それでも駄目なら、もう一撃。一撃、一撃、もう一撃。
…しかし、何発叩き込んでも、その拳が儒楽第に届く事は無かった。

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
「諦めの悪い奴だ。何度やっても、無駄だってのによ。」
「……当たり前だ。俺の勝利を願ってる家族の為にも、俺は勝たなくちゃいけないんだ!」
家族。その言葉を聞いて、儒楽第がピクリと反応する。
「ハ……。家族のため、か。」
「何がおかしい!」
猪狩が儒楽第を睨み付ける。そこには、明らかな怒気が含まれていた。
「おかしくはねえさ。なにせ俺も、家族のために闘ってるんだからな。……もっとも、そいつらはもう死んでるが。」
「どういう、ことだ……?」
「復讐だよ。俺の家族は……森田一郎。あの男に殺された。」
猪狩は押し黙って、静かに儒楽第の話を聞いていた。
「このトーナメントを勝ち抜いて、俺はその機会を手に入れる。家族の無念を晴らすためにも」
「奴を、同じ目にあわせてやる。奴の大切なものを目の前で食い散らかして…その後でじっくりと、いたぶりながら。…奴の息の根を止めてやる。」
しばしの間、二人を静寂が包む。
その静寂を破ったのは、猪狩だった。

「……ってる」
「あん?」
「そんなの、間違ってる!」
理性ではなく、感情の赴くままに、言葉をぶつける。
「死んだ家族のため……?ふざけんな!死んだ家族が、そんなこと望んでると思うのかよ!」
「……てめえが、俺の家族を語るんじゃねえ。」
儒楽第が明らかに殺気がこもった声で言った。しかし、猪狩の言葉は止まらない。
「死んだ家族は、復讐なんて望んでいない。残された人に幸せになってほしいと、そう願ってるはずだ!」
真っ直ぐな目で、儒楽第を見つめる猪狩。
それに対して、侮蔑を込めた声で、はき捨てるような声で儒楽第は言う。
「……ハ。所詮てめえも、綺麗ごとしか言えねえ甘ちゃんか。」






「儒楽第。お前には、負けられない!ここでお前を、止めて見せる!」
「ほざけ!今のお前に、何ができる!」
儒楽第が致命的な打撃を加えるために、地面を蹴る。
それに答えるように猪狩は踏み込み……そして、そのまま儒楽第を飛び越えるように……飛んだ。
それを引き金にしたかのように、今まで二人が乗っていた柱が、音を立てて崩れ去る。
攻撃のために踏み込んでいた儒楽第は、それに対応する事ができない。
「……気付いていなかったのか。
俺はずっと、あんたにダメージを与えるために攻撃してたんじゃない。俺が攻撃していたのは、柱のほうだったんだ。」
空中で、儒楽第と猪狩の視線が交叉する。
そしてそのまま、儒楽第は硫酸の海へに、水しぶきを上げて落下した。
「やった…。まさる、園長、皆…。俺、勝ったぜ…!」
倒れこんで、勝利を噛み締める猪狩。だが、
「……で、誰が誰に勝ったって?」
それは直に、間違いだったと知る事になる。
「この…声は…!?」
猪狩は飛び起き、すぐさま周囲を確認する。

十メートルほど離れた柱の上。
折れた柱と共に硫酸の海に沈んだはずの儒楽第が、今まさに、柱の上に昇ってきていた。
先ほどとは違う点は一つだけ。彼の纏うオーラが、赤色から紫色に変色している事だけだ。








猪狩へと近づきながら、儒楽第は淡々と告げる。
「俺の能力は適応さえ出来てしまえば、どんな攻撃も防げる。……硫酸なら、俺を倒せると思ったのか?」
「なん…だと…!?」
「普通ならここで、降参していてもいい頃だが……。」
「クッ……!」
猪狩はキッと、儒楽第を睨み付ける。
「……まだ、諦めちゃいねえようだな。」
「諦めるわけ、無い。家族が俺に味方してくれる限り……俺は、負けない!」
儒楽第が、猪狩と同じ柱に飛び乗る。
「……また、家族の話か。」
「ウラアーッ!」
猪狩が拳を振り上げ、儒楽第に殴りかかろうとする。
しかしその直前、儒楽第が一瞬で間合いを詰め、猪狩の首をつかみ、片手で軽々と持ち上げた。
「う…ぐう…ッ!?」
「てめえの動きはもう分かった。もう、当たりもしねえよ、お前の攻撃は。」
必死にもがき、手を振り解こうとする猪狩だが、その動きすらも攻撃とみなされているのか、抜け出す事ができない。
「このまま殺すのは簡単だ。だが、てめえがそこまで家族に拘る理由に、興味がわいた。」
「何を…する気だ…!」
儒楽第が空いているほうの手で、猪狩の頭をつかむ。
「味あわせてもらうぜ。てめえの人生を……!」
卓越した共感覚によって、猪狩の頭から彼の過去が、思考が。儒楽第に向かって流れ込んでくる。
……だがそれは、儒楽第が想像していたものとは、全く違うものだった。






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「まぁまぁ、いいじゃねえか。俺ら商店街とまこっちゃんは、家族みたいなもんだしよ!」
「じゃあ…ありがとうございました、おやっさん。また何かあったら、いつでも言ってください。」
『本当にありがたいよ、おっちゃん。これで俺の&ruby(リソース){家族}がまた増えたんだから。』

「あはは。なんだ、マサさんも俺と同じ事思ってるんじゃないですか」
「かっ、勘違いすんじゃねえ!俺はおめえみたいな糞ガキの心配してんじゃねえんだよ。
ただ、試合でお前の身体に何かあったら、チビどもが…」
「ご心配ありがとうございます、マサさん。でも、ここまで来て後に引くわけには行きません。」
『なにせ、既に13人も&ruby(リソース){家族}を失ってる。
ここで引いたら、あいつらの死が無駄になる。そんな事、俺にはできねえ!』

「なに水臭いこといってんだよ。俺たちは、家族だろ?そのくらい当然さ!」
『絆が強ければ強いほど俺の能力は強くなるんだ。その為だったら、このくらいの苦労は惜しくないさ!』

「……当たり前だ。俺の勝利を願ってる『死んでいった』家族の為にも、俺は勝たなくちゃいけないんだ!」

「死んだ家族は復讐なんて望んでいない。残された人に幸せになってほしいと、そう願ってるはずだ!」
『だから俺は……今まで殺してきた家族の為にも……絶対に幸せになって見せる!』

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そこが、限界だった。
「ぐあああああああ!?」
今まで味わった事が無いほど、純粋で、混じり気の無い、それで居て不快な味。
その味に衝撃を受け、儒楽第は思わず、猪狩を掴んでいた手を離してしまう。
腐っている。この男は……根本から葉先まで、何から何まで……!
「この、外道め……!」
まだ体勢を整えきれていない猪狩の肩に、儒楽第の突きが叩き込まれる。
ゴキリ、という音と共に、猪狩の肩関節が外れる。
「うぐううううう!?」
儒楽第は同様に、他の四肢に打撃を叩き込み、猪狩の体の自由を奪う。
「……たとえてめえをここで殺しても、大会の蘇生能力者が、貴様を蘇らせちまうだろう。
だから、絶対に蘇生できないように、跡形も無く消し去ってやる。」
「クソ…ッ。俺は、負けるわけには…!」
首根っこを掴み、無造作に硫酸へと猪狩を投げ込む。
「…精々、苦しんで死ねや。この……ゲス野郎が。」
大きな音を立てて、猪狩の体は硫酸の海に沈んでいった。
(ちくしょう、体が動かねえ。俺は、ここまでか…園長、頼む。俺の代わりに子供たちを…)

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(……いかん!)
会場から遠く離れた孤児院、どんぐりの家。
園長はそこで、儒楽第と猪狩の戦いを、テレビで観戦していた。
(まさるだけでは、不十分だったか……!儒楽第、まさかこれほどの手練とは!)
まさるはこの孤児院でも、五指に入るほど猪狩に懐いていた。
それ故、園長はまさるならば、奴を殺すに足るだろうと会場まで送り届けたのだ。
(これ以上五本指を使うわけには行かん……。)
(しかしそれ以下となると、この状況を打破するのには二人は要る…!)
迷っている暇は無い。園長は別室で大声を上げながら誠の応援をする子供たちから、二人を選んで声をかける。
「まゆ、めい……こちらに来なさい。大事な話がある」
怪訝な顔の二人の背中に手を回し、園長室の隠し戸から秘密の地下室へと連れて行く。
かつて選抜の際に、13人の子供が死んだ、その場所に。
(まっとれ!誠!すぐに力を届けてやるからな!それまで…なんとか、持ちこたえてくれ!)

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硫酸の底に沈み、肌は焼けただれ、窒息する寸前だった猪狩は、自分の体に暖かい感覚が、流れのを感じた。
(これ…は…!)
そしてだんだんと、感覚は強くなっていき、体から苦痛が消えていく。
『All for one』。
この感覚が、この力が、孤児院のまゆとめいによってもたらされた力が、自分を守ってくれている。
猪狩にはそれが、直感的に分かった。
(クソッ…!まさるだけじゃねえ…まゆと、めいまで……!)
猪狩の心に、怒りの炎が激しく燃え上がる。
彼の体に、かつて無いほど大きなエネルギーがわいてくる。
皮膚組織は凄まじい勢いで復元し、儒楽第に外された関節も、完全に回復している。
(儒楽第……お前のせいでまた、俺の大切な家族は……!)
そして猪狩は決着をつけるため……凄まじい速さで泳ぎだし、硫酸の海から飛び出した。

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儒楽第は、驚愕に目を見開いた。
ありえない光景が、彼の目には写っていた。
つい先ほど、彼の手によって痛めつけられ、硫酸の海に沈んだ相手が。
ろくに身動きができないはずだったその相手が。
凄まじい水柱と共に、その中から飛び出してきたのだ。。
猪狩は狙っていたかのように、儒楽第と同じ柱の上に降り立った。
「てめえいったい、どうやって…!」
「……まゆはとても元気がいい女の子だった。」
動揺する儒楽第を無視して、猪狩は呟く。
「何時も明るく振舞って……孤児院のみんなを元気付けていた。」
猪狩の握り締めた拳から、血が滲む。
「めいは絵がとても上手だった……。
いつか本を書いて、自分たちと同じような子達に、夢を与えたいといっていた!」
猪狩が、儒楽第を睨み付ける。その目は完全に怒りの色に支配されている。
「い、一体、何を言ってやがるんだ、てめぇ…!」
「それを・・・それを、おまえがっ!お前のせいでー!」
彼は理性を失っていた。完全に、キレていた。
「ウオオオオオオオオオオオ!」
激情に身を任せ、猪狩は儒楽第に殴りかかる。
儒楽第も体術で応じようとするが、その速さは先ほどまでとは比べ物にならず、直撃を受けてしまう。
(こいつ……先ほどとはまるで別人……!)
「これは……まゆの分!」
儒楽第の顔面に、猪狩の右拳が叩き込まれる。
オーラのお陰で威力は落ちているが、先ほどと違い変色しているためか、
僅かながらダメージを受けてしまう。
「これは……めいの分!」
「ぐああ…ッ!」
ボディに拳が叩き込まれ、思わず苦悶の声を上げてしまう。
「これは……まさるの分!」
更にもう一撃、儒楽第の体に拳が叩き込まれる。その威力は先程よりも確かに重い。
「ぐほぉ…ッ!」
「これもまゆの分!」
「がああ……!」
ボディへのダメージで、体がくの字に曲がる。
「これもめいの分!」
「ぐああっ!」
下がった頭に、強烈な蹴りが叩き込まれる。
「これもまさるの分!」
「ごああああ!」
追い討ちをかけるかのように、顔面に一撃。
「まだまだ……3人の苦しみは……こんなもんじゃねえー!」
猪狩が叫ぶ。怒りに比例するかのように、攻撃の威力と速度は、加速度的に上昇していく。
「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「ぐああああ!」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「がああああ…!」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「が…ぐっ……!」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「うぐ……ああ…!」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「あ……うぐ………」
(殺さ……れる。)
もう、儒楽第に戦意は無かった。
今彼の心を支配していたのは、恐怖。
かつて、巨大な組織の頂点に立ち、闇の一端を背負った男、儒楽第。
その儒楽第が、怯えていた。猪狩誠の、圧倒的な暴力によって。
しかし、戦意を失っていようと、猪狩は攻撃の手を緩めはしなかった。
そう、まだ試合は終わっていない。そうでないなら……徹底的に叩く。それだけの事だ。

「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「う……あ……」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「かっ…………」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「……っ……っ……!」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「や………やめ……」
「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」
「やめ…て…くれ…こう…さ…ん…だ…!たのむ…!」
猪狩の拳が、儒楽第の寸前でとまり、それと同時に、試合終了のブザーが鳴る。
儒楽第はそのまま、柱の上に倒れこむ。体力気力、共に限界だった。
対する猪狩は……先ほどまでの激昂が嘘のように、清々しい顔をしていた。
「おっさん。いい勝負だったな。これからは過去にとらわれず、自分のために人生を生きろよ。」
猪狩は倒れている儒楽第の手を無理やり握り締め、続けて言った。
「タイマン張ったらダチ。これでおっさんも……俺の家族だな!」
儒楽第は今まで自分の武器だった共感覚の存在を、初めて恨んだ。
猪狩の言葉には、偽りも欺瞞も無かった。本気でこいつは……儒楽第の事を…家族だと、思ってるのだ。
その感覚を最後に、儒楽第の意識は、暗い闇の中へ落ちていった。
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