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裏決勝戦【旧東京駅】SSその1 - (2013/07/06 (土) 22:28:30) のソース

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*裏決勝戦【旧東京駅】SSその1
【遠藤終赤の見解】

こまね様と拙の推理が正しいならば。
――世界を崩壊させた殺人犯は、聖槍院九鈴です。

◆◆◆◆

【聖槍院九鈴の見解】

わたしのせいだ。
ごめんね父さん。ごめんね母さん。ごめんね九郎。

わたしが、兵器というゴミを掃除できなかったから。

わたしが、核を落としたんだ。
わたしが、父さんと母さんを殺したんだ。

わたしが、ウィルスというゴミを掃除できなかったから。

わたしが、新黒死病を撒き散らしたんだ。
わたしが、九郎を殺したんだ。

ぜんぶわたしのせいなの。
みんなわたしが悪いの。
ごめんね。ごめんね。本当にごめんね。

だから。
そうじしなくちゃ。セカイををキレイにしなくちゃ。
そうじを。そうじを。そうじをそうじをそうじをそうじそうじそうじそうじ……

◆◆◆◆

ザ・キングオブトワイライト 裏トーナメント 決勝戦

◆◆◆◆

聖槍院九鈴の殺人・真相編

◆◆◆◆

仮設シャッターで封鎖されていた階段から地下に潜ると、広々とした空間に出る。
ここで、ようやく遠藤終赤は分厚い防護服を脱ぐことができた。
脳細胞の色にも似たグレイの羽織袴が姿を現す。
終赤は袂から探偵帽を取り出し、目深にかぶる。
爆心地に程近く、高濃度汚染区域の直中に遺棄された“旧”東京駅。
だが、閉鎖された地下空間の放射線量はただちに人体に害が出る程ではない。
ゆえに、防護服に妨げられることなく戦闘することが可能だ。

『銀の鈴にて待つ』

簡潔にそう書かれた果し状を、終赤は受け取っていた。
無人の広々とした地下通路の中、&Ruby(やえす){八重洲}方面に歩を進める。
所々壊れて点かない蛍光灯があるものの、通路は明るく寒々とした光に包まれていた。
暫し後、終赤の視界が銀色の巨大な鈴と、床にモップを掛ける九鈴の姿を捉えた。

ガシャガシャガシャガシャリ。

終赤の周りから金属音が響き、四本の矢が飛び来たる。
九鈴が能力《タフグリップ》によってトング固定して物陰に仕込んだ&Ruby(いしゆみ){弩}。
それらが一斉に遠隔解除され、終赤を狙って放たれたのだ。

「ヤアーッ!」

罠の種別と配置は既に推理済み。
終赤は小さく跳ねて回し蹴りを一閃させ、四本の矢を同時に凪ぎ払った。
鋭い瞳で九鈴を見据えたまま静かに着地。
ふわりと広がった袴が、一拍遅れて元通りの形に戻る。

探偵捜査の礎は、証拠と証言を集めて回るための脚である。
厳しい『脚力増強修練』によって鍛え上げられた探偵の脚力は、常人の三倍を誇る。
終赤は蹴撃力に特化した探偵ではない。
だが、20&Ruby(メートル){米突}先の犯人を&Ruby(サッカーボール){蹴球}で現行犯殺害する程度の脚力は備えている。

◆◆◆◆

「かんしゃをします。よく来てくれました。――聖槍院流トング道、聖槍院九鈴です」
まるでそこだけ被爆前のように、いや、被爆前以上に綺麗に磨かれたコンコース。
九鈴は葡萄色の袴についた埃を軽く払い、深々とした一礼で終赤を迎えた。

「趣を凝らした歓迎、傷み入ります。――遠下村塾、極右・探偵遠藤終赤です」
探偵帽をとって胸の前に当て、礼を返す。
終赤は、仕掛けてあった罠への皮肉を言葉にしてしまったことを悔やむ。
――拙はやはりまだ未熟者だ。

「ここはわたしの――」
九鈴は穏やかな笑みを浮かべながら説明した。
「亡き父と母の思い出の場所なのです。
 若かりし頃、逢い引きのためによくここを使っていたそうです。
 私の名前、九鈴の『鈴』はこの鈴から戴いたんですよ」
そう言って九鈴は、砕け散ったガラスケースに鎮座する銀色の鈴に、そっと掌を添えた。

「亡くなった御両親に勝利を捧げたい――というわけですね」
終赤はかぶり直した探偵帽の鍔を指先でつまみ、やや伏し目がちに言った。
これから終赤が九鈴に与えようとしているのは、敗北よりも残酷な『解決編』なのだ。

「おどろきました。
 戦いの中で徐々に伏線を張り、アリバイを潰し、推理を重ねるのが探偵の流儀のはず。
 正面切っての真剣勝負に応じていただけるとは思ってませんでしたよ」
九鈴は率直な疑問を口にした。

「貴方は唯の『対戦相手』ではないということです」
答える終赤の鋭い瞳には、推理の光が桜色に輝いていた。
「――お話ししたいことがあります。場所を変えませんか」

「けっこうですよ。此処でお話しください」
九鈴は肩の力を抜き、終赤に先を促した。
ただし、半身に構えた体勢は直ぐにでも戦闘に入れる緊張感を失ってはいない。

「九鈴様は長野にお住まいだったと存じております。
 昨年の冬より、長野周辺で不法投棄業者の失踪事件が相次いて起きました。
 お聞きになったことはありますでしょうか」
終赤は単刀直入に切り出した。

「はつみみですね」
九鈴は表情を変えずに答える。

「そうでしょう。それらの事件を知る者は少ないのです。
 違法行為を働く不逞の輩であり、捜索願い等は出されておりませぬ故。
 そして、拙の推理では――彼等は既に死んでいる」

「こわいおなはし。その口調だと……犯人の目星も、ついているのですか」

「――九鈴様は、ゴミを憎んでいる。ゴミを不法投棄する連中もさぞ憎いでしょう」

「それではまるで――。私に動機があるみたいに聞こえますね」

「昨年の11月7日、12月4日そして今年の1月26日の夜。九鈴様は何処に居ましたか?」
終赤は手元の付箋に記されたメモを見ながら聞いた。
多くの失踪事件のうち、終赤とこまねが日付を確定できたのがこの3件だ。

「おぼえてません。たぶん自宅に独りで居たと思います。
 ――その時にはもう、弟も親族も全て亡くなっていましたから」

「そう。核によって九鈴様は御両親を失い、新黒死病によって弟殿も失いました。
 そして、ゴミを憎む気持ちは、一際強くなっていったのです」

「そのとおりです。だから私はゴミを一掃するため、この大会に参加した」
九鈴は腰に差したふた振りのトングをすらりと抜き放ち、低く構えた。

「行方不明となった者たちは、粉々に解体され山中に撒かれました」
死体消失のトリックも、既に看破済み。
そして、終赤は犯人を特定するための言葉を重ねる。
「人体を解体するのはかなり困難なことですから、特殊な道具も必要になります。
 人里離れた山中に、殺人のための凶器と解体のための道具を持ち込むのは難しい。
 だからと言って自動車を使えば人目に付く。
 しかし、殺害にも解体にも兼用できる道具がひとつだけあります。
 それは――トングです」
終赤の指先に、推理エネルギーが集中してゆく。

「犯人はあなただッ!」
終赤の指が九鈴を指し示し、指先から桜色の光が迸る。
必殺の推理光線『一ツ勝』だ!
九鈴は上体を仰け反らせ、辛うじて推理光線の直撃を避ける。
頬を掠めた光線の熱が、一筋の赤黒い熱傷を刻み込む。

「……しょうこはあるの?」
反動で上体を起こしながら、九鈴はトングを突き出し終赤の羽織を掴まんとする。
終赤は姿勢を低くして回避。探偵帽のすぐ傍でトングの歯がガチリと空を噛む。

「トングを鑑識に!」
終赤の三倍脚力による足払いが綺麗に磨かれた床を這って襲い掛かる。
小さく跳躍し蹴撃を飛び越える九鈴。葡萄色の袴と、白い道着の袖が翻る。

「被害者のDNAが検出されるはずです!」
空中の九鈴を狙い、ふたたび『一ツ勝』が放たれる。
左手に持った銀色のトングが推理光線を弾いた。
対探偵戦仕様の鏡面仕上げ特殊トングだ。

推理を高めることで射出される推理光線のエネルギーは真実、すなわち『情報』である。
古典的物理学では『真実は一つ』つまり、情報の伝達速度は無限大と考えられていた。
しかし、相対性理論によって、情報の伝播は光速によって制限されることが明かされた。
ゆえに『一ツ勝』の速度も光速である。
光速の推理光線の軌道を『見て避ける』ことは理論的に不可能。
だが、達人であれば発動モーションを見切ることで対処することが可能なのだ。

――これは、通常の『対戦相手』との戦闘における推理光線への対抗理論である。
光線の対象が『犯人』、それも『連続殺人犯』であった場合はその限りではない。
いかに予備動作を見切ろうとも、『探偵』と『犯人』の関係性においては意味がない。
『真犯人』に対する推理光線の命中率は十割。必中である。
それが、二度も連続で凌がれた。
これは終赤の推理に、なんらかの瑕疵が潜んでいることを示している。

床を『スマート・ポスト・イット』で剥がして作った盾でトングを防ぎながら検証する。
山中の連続殺人。凶器はトング。動機はゴミへの憎悪。アリバイなし。
やはり全てが九鈴の犯行を示している。
推理光線の出力からも、それが真実であることに疑いはない。
それならば、より大きな枠組みで見落としていることがあるのではないか。
そして、終赤はある可能性に思い至った。

「――自首されたのですね。相手は恐らく――魔人警官、雨竜院雨弓様!」

してやられた。
既に自首済みとあれば『&Ruby(パズラー){本格}』の探偵が解くべき謎はもはや存在しない。
そこからは『警察』や『法廷』あるいは『社会派』の領域だ。
なんたる不様な推理ミスであろうか。

終赤は高く跳躍して天井を掴み、天井全体を引き剥がして九鈴の上に落とす。
薄く剥がされた天井は、天に向けたトングの一突きで容易く破られた。
もとよりこの天井落としは本筋を隠すためのミス・ディレクションに過ぎない。
九鈴の視界を遮った一瞬で、終赤は姿を消した。
解決編をしくじった挙句に逃げ出すとは探偵としてあるまじき恥辱!
だが、終赤は自ら迷宮入りすることで『本格』の領域に舞台を戻す必要があったのだ。

◆◆◆◆

カツ、カツ、カツ。
床をトングで叩き、反響によって探索を行う九鈴。
すぐに床の厚みが不自然に薄くなっている箇所を発見し、トングで突き破る。
床の裏側には、終赤が開けた穴が隠されていた。
床面を『スマート・ポスト・イット』で剥がして薄くし蹴り破ったのだ。
剥がした部分を貼り直すことで床面は元に戻る。
終赤の能力ならではの脱出トリックである。

九鈴が床下に降りると、そこは電気室だった。
ロッカールームのように電気盤が立ち並び、ブゥンと低い唸りをあげている。
床を数度トングで叩き、周囲の状況を確認する。
ひとまず終赤は距離を取ることを優先し、罠を仕掛けてはいないようだ。

床に積もった埃には、多数の真新しい足跡が残されていた。
大会スタッフが試合会場設営のために電力の再供給作業を行ったのだろう。
つぶさに床の足跡を見た九鈴は、その中から終赤の足跡を見出した。
足跡は素直に出口の扉へ向かい、室外に出て行ったようだ。
固く施錠されていたはずの重い金属扉は、九鈴が押すと簡単に開いた。
終赤が錠の周囲を付箋化して強度を下げた上で破壊開錠していたのだ。
錠前破りも探偵の基本技能。
廃偵令で身分を失ったために、卑しいピッキング強盗に身を落とした探偵も多い。

扉の外は地下鉄への連絡通路。
東西に延びる通路の、両方向の天井がポスト・イット破壊されている。
終赤が東西いずれに逃げたのか、容易には判らない。
九鈴は崩れ落ちて瓦礫と化して床面に散乱している天井の様子を慎重に観察する。
終赤は西方向、東京メトロ丸ノ内線へと向かったと九鈴は判断した。
僅かなゴミ状態の差異を見極める鋭い清掃者眼力!

いや、恐らくそれだけではないだろう。
終赤は完全な逃亡を果たすことを望んでいるわけではないのだ。
天井破壊によるミス・ディレクションは推理が整うまでの時間稼ぎに過ぎない。
巧みなトリックで隠蔽された本筋も、注意深い思考によって見破ることが可能な構成。
それが『本格』のフェアプレイである。

丸ノ内線に向かう通路は、ショッピングモールとなっていた。
被爆した際に商品もそのままに遺棄されたため、盗難によって荒らされている。
終赤の移動痕跡は一旦ブティックへと立ち寄っているようだ。
変装衣装でも調達したのだろうか。

通路を抜けた九鈴は地下鉄ホームへの階段を下ってゆく。
階段の途中の壁にピンク色の付箋が一枚、貼られてるのを九鈴は見つけた。
付箋には走り書きで、九鈴へのメッセージがしたためられていた。

『九鈴様へ。銀の鈴での決着を拒否してしまい申し訳ない。
 あのまま戦えば拙の負けだったでしょう。
 最も深い迷宮にてお待ちしております。――終赤』

終赤の足取りは地下鉄ホームから線路軌道上に降りている。
電車――九鈴は嫌なことを思い出したが、すぐに頭を振って気持ちを切り替えた。
みなさんもTONGUのことは忘れてあげてください。
駅構内の電源は復旧しているが、まさか電車は来ないだろう。
念のため、九鈴は持ち手が絶縁された検電トングで第三軌条(電源レール)を改める。
走行用電力の供給はないことを確認。
自走式車両が来る可能性は否定できないが、少なくとも通常車両が来ることはない。

ふと壁面を見ると、あきらかに不自然な出っ張りがあったので、九鈴は剥がしてみる。
付箋化されていた壁は簡単に剥がれ、中から巨大なオカダンゴムシが襲ってきた。
放射線の影響で体長1.2米突に巨大化している!

ワラジムシ亜目は、甲殻類の中で唯一陸上生活に完全適応したグループである。
ザリガニ、サワガニ、ヤシガニなど、陸上で活動可能な甲殻類は決して少なくない。
しかし、それらの甲殻類が酸素を取り入れる手段は、依然として鰓呼吸である。
体内に保持した水を利用して大気中でも呼吸可能だが、乾燥への耐性は極めて低い。
だが、ワラジムシ類は、腹肢に白体(偽気管)と呼ばれる呼吸器官を有する。
これは昆虫の気管と同様に拡散によって酸素を体内へと取り込む器官なのだ。

オカダンゴムシも明治時代に移入がしてきた&Ruby(が依頼){外来}種なので殺すと付箋
『壁の裏にいたのでプレゼントします――終赤』

◆◆◆◆

むー、これは九鈴ちゃん宛のプレゼントと言うより、僕宛に見えるなぁ。

僕は驚いた。
まさか『作者』宛に賄賂を贈ることで勝敗を捻じ曲げようとするなんて。
紅蓮寺工藤との因縁から、終赤ちゃんには無自覚なメタ認識が多少残っているのかな?
思わず探偵大勝利SSを書いてしまいそうになる素晴らしいプレゼントだった。

甲殻類ヤッター! 終赤ちゃんありがとう!

だけどごめんね。やっぱり僕はうちの子に勝ってもらいたいんだ。
さて、紅蓮寺戦でもないのに僕が出てくるのは良くないことなので消えますね。

でも消える前に、みなさんに言っておきたいことがあります。
それはトリニティのことです。
みなさんは……人類はもっと、トリニティをかかないといけないと思うのです。
SS……イラスト……ゆるふわ四コマ……そういったものを……。
僕はトリニティが大好きです。大好きな理由はカワイイだからです。
このSSにもナントカ自然な展開で登場させようと色々と悩みました。
結局うまい展開は思いつかず、このような形になったことを許してください。

トリニティカワイイヤッター!

トリニティのどこがカワイイなのか説明する必要あります? ありますね?
三人の全くタイプが異なるカワイイ女の子が       ◆◆◆◆≡≡≡≡≡≡

◆◆◆◆ <グシャリ

終赤は線路を進み、&Ruby(トンネル){隧道}の中へと入っていったようだ。
暗い隧道の中を進む九鈴。前方の信号表示は赤だが、油断はできないだろう。
その信号の向こうの線路上に、うつ伏せに倒れている人影がある。
暗くて見えにくいが、羽織袴に探偵帽――遠藤終赤と同じ服装だ。

明らかに怪しい。九鈴は線路面と壁面を何度もトングで叩き罠を探索する。
罠が仕掛けられている気配はない。
しかし、奇妙な点がひとつ。倒れている人物の体重が軽すぎるのだ。
『スマート・ポスト・イット』による複製体であろうか。
いや、厚みは通常の人間と変わらない。

九鈴は懐から投擲用トングを取り出して投げつける。
探偵帽にトングが突き刺さり、その首がゴロリと取れた。マネキンだ。
ブティックから運んだマネキンに、終赤は自分の服を着せて線路上に転がした。
マネキンと終赤の体格差は『スマート・ポスト・イット』で剥がし調整している。

危ないところだった。
迂闊にマネキンに近づいていたら、九鈴は無形の罠に嵌っていた。
何故ならば、場外信号の据え付けられている箇所は『停車場』の端部。
つまり、人形のあった場所は『駅構外』であり近づけば即場外負けだったのだ。

夜間清掃用の、電灯付きトングで照らして暗い足元をよく観察する。
終赤が駅から離れる『下り』の足跡はモルタル床面の埃の上に判りやすく残されている。
さらによく見れば、レールの金属部に駅へ戻る『上り』の足跡が微かに見て取れる。
古典的な足跡トリックだ。

九鈴も足跡を追ってホームへと戻る。
レール上の足跡は、オカダンゴムシが封じられていた壁の付近で途絶えていた。
壁面の薄い箇所を探ってトングで突き破る。
終赤がポスト・イット壁破壊通過した向こう側には、もうひとつの地下迷宮があった。

◆◆◆◆

終赤が決戦の地として選んだ場所は、電気・ガス・水道の配管スペースである。
旧東京駅本体に寄り添い、血管の如く張り巡らされてインフラを供給する。
増改築を繰り返して伸びていった配管のための狭い管廊は、複雑な迷宮となっている。
駅職員や施工業者ですらも、その構造を全て理解してはいない。
この『最も深い迷宮』の全貌を知る者は、探偵のみである。

西南戦争に敗れた後も、攘夷派の探偵は地下に潜って反政府活動を続けていた。
だが、探偵の脅威を重く見た政府によって、彼らは徐々に追い詰められていく。
そして最後には皇居にほど近い手掘りの塹壕にて、集団割腹によって果てた。
その後、彼らの屍を塗り固めるようにして建設されたのが東京駅である。
探偵にとって東京駅は、忌まわしき敗北記念碑だった。

管廊に入った九鈴は、まず配管のインフラ供給状態をトングで触診した。
電灯をつけるための電力と水道は供給されているが、ガスは止まったままだ。
光ケーブル等の通信線が生きているかどうかはトングではわからない。
そして、水道管には異常がみられた。管内を大量の水が流れている。
どこかで終赤が水を使っているのだろう。九鈴は水の流れを追って行った。

◆◆◆◆

複雑に入り組んだ管廊を下ってゆくと、その最深部は水没していた。
ポスト・イット破断された水道管より轟々と水が噴出している。
その傍らには、遠藤終赤。
噴き出しているのは水ではない。志半ばに割腹して果てた探偵達の無念の血涙である。

既に水位は、終赤の腰まで達していた。
ブティックから調達した白いブラウスとホットパンツに着替えている。
ブラウスは水に濡れ、桜吹雪の探偵彫りと、胸に巻いた&Ruby(さらし){晒}が透けて見える。
胸に巻かれた晒は、その膨らみを包み隠し拒絶するように、固く巻かれていた。
探偵道は綺麗事ではないことは終赤も承知している。
必要ならば、この二つの膨らみを利用する恥知らずな行為も終赤は厭わないだろう。
だが、本格探偵の矜持として、それは最後の手段としたいのだ。

「改めて、遠藤終赤――参ります!」

「うけてたちます。聖槍院の名に賭けて!」

終赤は隙のない伏線に沿って右脚をあげ、その場で強く床面を蹴った。
震脚! 水柱が小柄な終赤の背丈よりも高く上がる!
振動で既に付箋化されていた壁面と天井が剥がれ、九鈴に降り注ぐ。
今度はミス・ディレクションではなく本筋の伏線!
人ひとりがやっと通れる狭い管廊で周囲を崩して九鈴の動きを封じ、必殺の推理光線!

九鈴は崩れるコンクリート塊を甘んじてその身で受け、推理光線は鏡面トングで防御!
だが、推理光線の出力が高い!
光線の桜色が、その華やかさをさらに増してゆき……鏡面トングが融けだした!

鏡面トングがまさに融け落ちんとするその時。
九鈴が懐から新たに取り出したトングが光を放つ。掃除光線!
掃除光線に目を焼かれた終赤は、推理光線の標的を見失った。
夜間清掃用トングの高輝度LED電灯だ!
LED懐中電灯は割とヤバいので直視してはいけない!

水中から九鈴が跳躍し、上空より襲い掛かる。
空中の九鈴を狙って終赤の対空推理光線!
トングで側部配管を掴み、跳躍軌道を変化させて回避!
推理光線を撃ち終え真っ直ぐに伸びきった右手を漆黒のトング『カラス』が狙う!
終赤は素早く右手を引き、左手の虫眼鏡で『カラス』を弾く!

終赤は逆に間合いを詰めて九鈴にタックル!
二人はもつれて水中に倒れ込む!
水中戦を想定してない九鈴は圧搾酸素トングを持ってないので水没すれば普通に死ぬ!
桜色の光が弾ける! 密着状態での&Ruby(ゼロきょり){零距離}推理光線!
&Ruby(たいせい){伏線}が十分でないため必殺の威力はないが、連続して食らえばそのうち死ぬ!

太腿のホルダーから小型トングを手に取り、終赤のほっぺを挟んで痛烈に引っ張る!
やわらかい終赤のほっぺたがむにゅーっと餅のように伸びる!
しかし終赤は痛みに耐え手は離さない! 推理光線を連射する!
零距離推理光線! 零距離推理光線! 零距離推理光線! 零距離推理光線!
九鈴の口から吐かれた血が水中にイカスミの如く広がる!

ゴキリ。
鈍い音がして終赤の肩が脱臼!
九鈴がトングの柄で圧迫して関節をはずしたのだ。
トング道整体術と犠牲者解体で身に付けた的確な人体理解に基づくサブミッション破壊!
九鈴は終赤を蹴り剥がし、水中から脱した。

「&Ruby(ようや){漸}く、&Ruby(みず){伏線}が張り終わりました」

終赤も立ち上がり、動かぬ左腕の肩を押さえながら宣言する。
既に水位は終赤の胸近い。
そして、その高さに配線されているのは――六千六百ボルトの高圧電線!
厚い被覆で絶縁された高圧線は水没しても直ちに漏電するわけではない、が――!
終赤は『スマート・ポスト・イット』で被覆を剥がして薄くした!
即座に絶縁破壊漏電! 水中に高圧電撃が走る!
激しい閃光! 轟く放電音!
九鈴は轟音の中に、亡き弟の声を聞いたような気がした……。

◆◆◆◆

ほとんど動かぬ右半身を引きずりながら、這うように暗闇のホームへ登る。
漏電によってブレーカーが作動し、旧東京駅は闇に包まれた。
停電用の非常照明も蓄電池が既に放電していて点らない。
九鈴は咄嗟にトングで金属管を掴み&Ruby(アース){接地}することで、高圧電流を逃がした。
致命的な心臓通電こそ回避できたが、電撃で負った損傷は甚大だ。

漏電個所にいた終赤は当然即死。だが試合終了の宣言はない。
おそらく『スマート・ポスト・イット』による複製体だったのだろう。
複製体の厚みから考えて、残された『本体』の厚みは一割程度か。
相手は一割の厚み、自分は体の五割が動かない――計算上は楽勝だ。
九鈴は脳内算数ジョークで己を奮い立てた。

ひゅっ。風を切る音。天井に張り付いていた終赤本体が上から来た!
九鈴は左手の『カラス』でホーム床を掴み、腕一本の力で自分自身を投げ飛ばす。
一筋の眩しい桜色が暗闇を裂き、推理光線が九鈴の右腕の肘から先を斬り飛ばした。
どうせ動かぬ腕、ないほうが体が軽くなって良い。九鈴渾身の脳内ジョーク!

推理光線の射程は1米突。『カラス』の持ち手から先の長さは80&Ruby(センチ){糎}。
体格差を考慮しても尚、推理光線の間合いが広い。
九鈴の肉体損耗は著しく、まともな回避動作は望めない。
相手の得物が物理武器であれば、トング白刃取りで距離的不利を覆せよう。
だが、いかに聖槍院流トング道と言えども光線を掴むことはできない。

(テンコウセイだ……。テンコウセイならば奴を倒せる……)
『カラス』を杖にして壊れかけの身体を無理やり起こして立ち上がる九鈴。
ぼやける視界に、終赤の指先へと集中してゆく桜色の光が映る。
ほどけそうになる精神を集中して繋ぎとめる。『カラス』の嘴先が淡い緋色の光を放つ。

終赤が摺り足でじりじりと間合いを詰める。
先に技を放ったのは九鈴! 一瞬遅れて終赤も必殺技を繰り出す!

聖槍院流奥義『テンコウセイ』! 緋色の軌跡を描いて『カラス』が翔ぶ!

推理光線『一ツ勝』! 終赤の指先から桜色の光が奔る!

『カラス』が終赤の腹部を貫き、終赤の薄い体を壁に縫い付けた。
『一ツ勝』が九鈴の眉間を砕き、九鈴は意識を失い床に崩れ落ちた。

聖槍院流奥義『テンコウセイ』。天の&Ruby(いぬ){狗}の星と書く。
トングで大地を噛み、その反動を用いて射出する最後の手段だ。
本来、中国における『&Ruby(テンコウ){天狗}』は凶兆を示す流星を意味していた。
この言葉が日本に渡り、いつしか天駆ける山の怪の名となった。

終赤は『スマート・ポスト・イット』を発動。対象は腹に刺さったトング『カラス』。
壁を『タフグリップ』で噛み込み固定された『カラス』を薄く剥がし、身体を引き抜く。
腹部貫通程度の掠り傷で怯む探偵など存在するわけがない。
床に伏して動かない九鈴に歩み寄り、終赤は人差し指を立てて伏線を構えた。

(拙の勝ちです。とどめの……推理……光……せ……!?)
終赤の視界が歪み、激しい頭痛と吐き気が襲ってくる。
眩暈は激しさを増し、立っていることもままならず終赤は仰向けに倒れた。
これは一体!?

九鈴は、駅周辺の汚染区域で『カラス』の先に放射性物質を掻き集めていた。
そして、終赤の身体を貫いた瞬間、その体内で解放したのだ。
『タフグリップ』で高濃度に濃縮された放射性物質による直接内部被曝!
急性放射線障害の確定的影響が即座に現れ、意識を保つことすら困難を極める!

一瞬早く命中した『テンコウセイ』のため、『一ツ勝』の入りは浅かった。
終赤の意識が濁るのと入れ替わりに、九鈴が意識を取り戻す。
幽鬼の如くゆらりと立ち上がり、壁に刺さった『カラス』を引き抜く。
緋色の光が、揺れながら終赤に近づいてくる。

終赤は朦朧としながら、この後の展開を推理した。
もし、こまね様と拙の推理が正しいならば――拙にはもはや勝機はない。

終赤には、偽名探偵こまねから託された卑劣な策があった。
使いどころを誤らなければ確実に勝利できるであろう恥知らずな策が。
しかし、既に機会は逸してしまっている。
ここでそれを使おうとも、おそらく九鈴を倒すことはできないはずだ。
だが、もし推理に瑕疵があったとしたら。
その場合に限れば、終赤が勝利する可能性がないとは言えない。

相手の心の最も脆き処を狙う卑劣。己の推理に瑕疵あることを願う惰弱。
叔父上、拙は本当に探偵なのでしょうか。
されど、勝機が残されていながらに諦めるのもまた探偵にあらず。
終赤は叔父の形見の虫眼鏡を構え、刃物の如く尖ったその柄を自らの胸に突き刺した。

「いたいよぅ……くるしいよぅ……」
終赤の胸に仕込まれていた偽名探偵こまねの『音玉』が割れた。
シャボン玉の中に封じられていた音が解放される。

「くろうの……こえ……だ……?」
九鈴の動きが止まった。
収集した資料に基づいたこまねの演技は、まさに九鈴の弟、聖槍院九郎そのものだった。
続いて終赤は右胸の『音玉』を突き破る。

「たすけて……ねえちゃん……」
掠れるような弱々しい声。

九鈴の目から涙がぼろぼろと零れ落ちた。
その表情から険しさと鋭さが消え失せ、弟の身を案じる優しく悲しい姉の顔となった。
真っ白な闇に包まれた九鈴の精神世界が弟の声により、かすかに色を取り戻したのだ。

「ごめんね……くろう……。いたいよね……くるしいよね……」
横たわる終赤へと、力なく歩を進める九鈴。
戦闘中であることも忘れた九鈴の目には、病に苦しむ弟の姿しか映っていなかった。
いまや九鈴の精神は、最愛の弟を失ったあの夜の中に居た。

終赤は指先に推理を集中し、九鈴の接近を待ち受ける。
指先に桜色の光が集まってゆく。
だが、そのエネルギーの高まりが、逆説的に推理の正しさと終赤の敗北を示唆していた。

「いま……たすけるね……」
うわごとのように呟きながら、推理光線の射程内に九鈴が入った。

推理光線『一ツ――

ずぐり。
終赤の喉に、緋色の光を纏った漆黒のトング『カラス』が突き立てられた。

こまねと終赤の推理通り、九鈴の精神世界を破壊した殺人犯は、九鈴本人であった。
病に苦しむ最愛の弟を苦しみから救うため、九鈴はその手で九郎の命を奪った。
核によって漂白され、脆く危うくなった九鈴の心は、そこで完全に壊れてしまった。

あの夜、九郎にしたのと同じように、遠藤終赤の喉にトングを突き刺した九鈴。
終赤の喉から噴き出した血が、九鈴の白い道着を染める。
道着に咲いた鮮血の花弁は水で滲んでその色を淡くし、柔らかい桜色となった。
そして、あの夜をなぞるように――。
ふたたび九鈴の精神世界から色が喪われ、九鈴は意識を失った。

九鈴は、核を落としていない。
九鈴は、父と母を殺していない。
九鈴は、新黒死病を撒き散らしていない。

だが、九鈴は、弟の九郎を自らの手で殺めた。
それが、聖槍院九鈴の壊れた世界に残された、たった一つの真実であった。

(了)
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