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第一回戦【海水浴場】SSその1 - (2013/04/27 (土) 21:47:55) のソース

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*第一回戦【海水浴場】SSその1
「し、死んでいる……」

 遠藤は海岸の岩壁にもたれかかる『自分』の薄い死体を発見した。死んでいる事は言わずとも見れば判る話だが、それを言うのが死体を発見したときの礼儀である。
「ふむ……」
 虫眼鏡で観察する。これも探偵としての儀式にすぎない。
 死体は自分の頭を推理光線で撃ちぬいていた。自害だ。
「頑張ったね」自分にねぎらいの言葉をかける。死んだのは、偵察のため厚さ5cmという薄い身体で送り出したコピー体だった。
 蛭神鎖剃の陰茎武器のショックで自害したわけではない。半死半生で場外へ放り出されることを恐れての死。これは、あらかじめ遠藤自身が取り決めたこと。


&nowiki(){ * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *}
 ここで、チーム戦における場外判定について説明させていただきたい。
 チーム仲間一人の場外判定はチーム全体の失格となる。これは、身体の一部でも場外へ出れば失格となるのと同じだ。
 場外判定は、試合の長期化、外部への影響を防ぐためにある。また、場外へ出て失格となった選手が、残った仲間のために何かするかもしれない。このような不確定要素を排除するために、厳しいルールが設定されている。
&nowiki(){ * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *}


 遠藤は自分の死体と一体化した。コピー体に分け与えていた5cm分の厚さを取り戻す。死体の受けたダメージも継承されるが、5cm分の死の『ダメージ』は、それほど大きなものではない。
 懐から小瓶を取り出すと、中の粉を摂取した。気力を保つための特性粉末だ。「さて」
 見ると、足跡が二人分。一つは遠藤のもの。もう一つは遠藤の死体を周った末、別の敵を見つけたのか。海側へ向かっている。
「……これは」
 死体がもたれかかっていた岩壁。その一部が四角く『ポスト・イット化』されている。剥がすと、中に付箋が3つ貼り付けられていた。走り書きの文字。
「辞世の句……ですね」またの名をダイイング・メッセージ。
 内容は、遠藤が試合に備えて考えていた計画に関係するもの。敵に判るはずもなく、暗号化する必要もない。しかし、「一枚、剥がされた形跡がありますね……」

『猫』 『船』 『袋』

◆


 試合会場は海水浴場というよりも、非常に小さな無人島だった。足場の悪い突き出た黒い岩山を、円状に砂浜が囲んでいる。戦闘領域は1km四方。つまり、島の中心から約0.5kmが戦闘範囲となる。

 岩陰から敵の姿を見つけた遠藤は、判断に困ってしまった。

 砂浜を率先して歩くは、『蛭神鎖剃』。人間大の陰茎を武器にする武人のはずだが、その武人の股間が今や、紙のように薄くなっている。代わりに手にするのは、これも陰茎だ。
 おそらく、死体として発見された偵察用の遠藤、彼女にやられたのだろう。陰茎をポスト・イット化され、重みでそれが自然と剥がれてしまった。しかし、風林火山。彼は剥がれ落ちた陰茎をまさに棍棒のように武器としたのだ。百戦錬磨の武人の発想である。なお、筆者は今後、この棍棒を『男棍棒』と呼ぶことにする。

 おかしいのは、同じく対戦相手の夜魔口『赤帽』と『砂男』が蛭神の後ろについて歩いている点だ。探偵の遠藤は、あらかじめ敵の能力をある程度把握している。赤帽の能力は血を生み出し、摂取した者の五感と肉体を強化した上で、肉体の支配権を奪う。
(……しかし、蛭神様は何を思って赤帽様の血を摂取したというのでしょうか) 遠藤がしばし逡巡していると、敵が遠藤の存在を察知した。
「赤帽サン、アレ……」
「わーっとるわい!……行け!」赤帽が遠藤のいる場所を指指す。
「ウオオオオオーッ!ワオオーッ!」赤帽の命令で、蛭神が男棍棒を振り回し突撃する。

 遠藤が身を隠していた岩を、蛭神の男棍棒が破壊。
「……っ!」3cmほどの薄い遠藤の身体が、砂浜に晒される。身軽に岩壁を蹴り、島の中心部へ逃げ込もうとする。
「ウオオオオオーッ!ワオオーッ!」
「逃がすなよォ」赤帽が蛭神と共に遠藤を追う。
「まあまあ、待ってくださ、いよッ!」砂男は冷静に、砂の詰まったブラック・ジャックを投げる。外れるが、岩にぶつかった衝撃で袋から砂煙がぶわり、と広がる。あえて砂が漏れやすいようにできているのが、彼の武器だ。

 遠藤は煙を吸い、岩壁からドサリ、と落ちた。「……」

「眠りましたかね。あの量なら半睡かな」砂男が言う。
 砂男の生み出す『砂のように眠れ』。普通の人間なら一掴み程度、屈強な魔人でもバケツ一杯程度を浴びれば強烈な睡魔に襲われる。
「馬鹿たれ。半睡なら、ウカツに近づくな」赤帽がチャカを向け、用心深く遠藤の頭部をドンッ、と撃ちぬいた。遠藤の死体に屈み込み、次にドスを取り出す。
「赤帽サン、何しようってんです?」
「バラす」赤い配管工を思わせる小さな身体で、赤帽は冷酷に呟いた。
「ありゃあ、また物騒な」
「……こりゃあヤクザの勘だ。コイツ、さっき取り逃がした小娘とは『厚さ』が違ェ。小娘が『分裂』できる事はもうわかりきっているンだろうが。なら、死体は奴に渡しちゃあいけねェ」赤帽はすでに遠藤の衣服を剥ぎ、ドスを突き刺していた。
「うお……」砂男は下を向く。薄い小瓶が見えた。「あ、ああ。 こりゃなんですかね……」気を紛らわすように、遠藤の懐からでてきたそれを手にする。「うお……」開けると、白い粉。明らかにヤバい感じがする。
「お前ェ、この海には『ワシントン・ジョーズ』がいると言っていたな。ワシの『血』を混ぜて、死体をサメ共に喰わせれば、サメもワシの『支配下』におけるだろう」と赤帽。

 『ワシントン・ジョーズ』とは、日本海の一部に生息する外来の巨大鮫のことである。鯨に匹敵する巨大さで、血の匂いに敏感で凶暴な肉食魚だ。

「おっそろしいこと考えますねぇ、まるでヤクザですよ」
「これで海はワシの『シマ』になる。 島の中心部は蛭神に見張らせりゃあ良い」
「はぁ……、それで俺は、どうなるんで?」

◆
 1時間後。

「バカンスに最適だなぁ、ここは」夜魔口砂男は砂浜を歩いていた。 両手から噴水のように砂を吹き出しながら。
 砂浜を周回し、能力で生み出した誘眠砂を撒く。海には巨大鮫に乗った小人ヤクザ。島の中心は操られた蛭神が徘徊する。
 シマを張り、ジワジワと獲物をあぶり出す。ヤクザらしい戦法だ。
 海には遠くに船が見える。大会運営の船だろう。戦闘領域ぎりぎり外からこちらを観ているのだ。
「水着のギャルでもいれば良いんだけど」相手は14歳の少女だ。斡旋はしたことがあっても、戦ったことなど無い。情けをかける余裕はない。赤帽のように、冷酷にならなければ。
「……と」

 砂浜に足跡。

「ありました。足跡です」携帯で赤帽に連絡をとる。
『おう、どっちへ向かっとる?』
「まっすぐ進んで、海の家まで」
『じゃあ、追え』
「来てくれないんですかい」
『あほう、そこら山盛りに砂を巻いたんじゃあろうが。砂辺へ上がったらワシも眠っちまうわい。海まで追いやれば、ワシが殺ったる』
「デスネー」

 通話を切り、前方を見る。
 足を踏み出し、止まる。
「……あやしーな」敵は探偵。(紙のように薄く軽い身体……だったら、足跡が残るはずがないんだ)
「たとえば」海側、塔のように孤立した断崖。壁の段差に大量のウミネコが巣を作っている。「あの上、とか」ふら、と断崖に向き直る。
「よっ……と!」砂の詰まったブラックジャックをぶん、と投函。放物線を描き、崖上の木立に吸い込まれていく。
 砂煙が広がった。手ごたえあり。
「ちょいとごめんよ」鳴きわめくウミネコに謝り、崖の段差を使い、登りあがる。

◆

 岩に覆われた地形。砂煙で前が見えない。
 棒状のブラックジャックを構える。遠藤の姿はない。
(……隠れているのか)ゆっくりと後ずさる。
「ん……?」少量だが赤帽の『血』を摂取していた砂男は、五感が強化されている。地面の違和感に気がついた。「うおォッ!?」前方に転がり、それを避ける。桜色の閃光。

「……お初にお目にかかります」指を差し出したまま、遠藤が岩の地面から姿を現した。岩をポストイット化して、その内に薄い身体を隠していたらしい。

「――オラァッ!」砂男はブラックジャックを構えるふりをして、腰刺ししていたチャカを撃つ。
「やッ!」遠藤は、ポスト・イット化された岩地を畳返しの要領で壁にすると、そのまま蹴り剥がす。 岩壁を盾に銃弾を防ぎ、砂男に迫る。
 砂男は手を振り、砂煙を宙に撒いた。それは岩壁に防がれ、目潰しにもならない。(参った……誘眠作用が効かないとはね)彼の感覚は赤帽の血によって、研ぎ澄まされている。(が、そもそも、この砂の狙いはそれじゃない)

「――ダッ!!」岩壁を貫いて発射される遠藤の『推理光線』。それは砂男の目の前で楕円状に『散乱』され、砂男の胸を焦がすだけに終わった。
「……砂にも色々あるからな」砂男が撒いたのは砂金だ。レーザーは空気中の粒子に散乱され、威力が減少する。光線を防いだ砂男は岩壁を受け止め、遠藤の胸を銃で狙い撃つ。「オ、ラッ!」
「----ンアァァッ!」遠藤の軽い身体が吹き飛ばされ、樹にぶち当たる。「ゴフッ……ゲホッゲホッ!」

(撃たれて死なない。――防弾チョッキか)何てハイカラな探偵だ。しかし、その防弾チョッキも肉体同様に薄い。このまま放置するだけで死ぬほどの致命傷。
「う……」最期の推理を振り絞り、推理光線を放出。出力を持続して、刀のように用い、自らの腹をひゅん、と横一文字に切った。「ふ。……」吐血。「これではまるで、武士ですね」武士と探偵はまるで違うのに、と笑い、死んだ。
(自殺……か?)砂男の反応が、一瞬だけ遅れた。これが命取りとなる。(……!!)彼女もろとも横一文字に切られたその背後の樹、砂男に倒れこむ。

 ズン、と沈む音。
(探偵……薬物の効かない流派がいると聞いていたが)
 砂男は考える。
(だとしたら、砂浜で殺した遠藤は、演技か。睡眠薬が効くと思わせるために、わざと、眠ったふりを……殺されるとわかって)
 空に。ニャー、ニャー、とウミネコが鳴き、飛び去る姿が見える。(大丈夫だ。脚をやられたが、まだ……)誰かがやってきた。
 『厚み』をもったもう一人の遠藤が、どこからか近づいて来ていた。鮫の餌にされた遠藤のコピーはもう、とっくに時間切れで鮫の胃の中から消失している。彼女は用心深く、新しくバックアップを作れる時間を待ってから、砂男に挑んでいた。
 遠藤は砂男の落とした小瓶を拾う。
「おや、これは」白い粉を指につけ舐めた。「ペロ、これは……青酸カリ!」倒れたままの砂男に向き直る。

「拾ってくださってありがとうございます。これは、拙のおやつです」

◆

『探偵の稽古法と生態(1)実践編』
 探偵見習いは早くて4,5歳から、睡眠学習で初等推理を習得する。まず教師に当たるものが、生徒に睡眠薬、麻酔のたぐいを与え、座した状態で眠らせる。ここで、聴衆、被疑者を集め、教師が生徒の声を真似て、推理を披露する。この時忘れてはならないのは、この場で披露された推理を全て、生徒の手柄として扱うべき点である。
 睡眠学習を数多く重ねると、やがて薬に抵抗ができ、学習が困難になる。これを修学完了の合図と取る。探偵見習いは次に、毒薬の識別などの肉体鑑識捜査の初歩を学ぶことになる。

◆

「ウボフーッ!」蛭神の身体が崖から砂浜へ落とされる。赤かった彼の陰茎は今や黒く、相変わらず薄いまま。手にしていた男棍棒は消えていた。分裂させられた男根のうち、剥がれ落ちた方が『コピー』だったからだ。コピー体は1時間で消滅してしまう。
 遠藤は失神した蛭神の上に着地する。手には砂男から奪った『砂袋』。武器を失った蛭神はこれに勝てず。全裸の陰茎男の初戦は、ここで終わった。
「できれば、互いにまともな状態で戦いたかったものです」と遠藤。ある程度厚みのある身体だが、これまでの戦いにより、いくらか厚みを失い、肉体も疲弊していた。「……」目を細める。

 遠くの砂浜に赤帽の姿が見えた。

 おろされた両手からこぼれるおびただしい量の『血液』。こちらに向かって、砂浜に細いレールのような二本の血すじを描き迫る。
 砂浜には砂男の『砂』が敷かれている。身長15cmという、異常なまでに低い背の彼には、歩行するたびに砂煙が体内に侵入するはずだ。
 遠藤は不思議に思った。(何とも、ないのでしょうか……?)もしや、(手から生成した血で砂地を『固めて』、砂埃を弱めていると……?)

「やってくれたな……ぁ、嬢ちゃん……」赤帽が静かに言う。遠藤に聴こえているかどうかも、関係ないといった様子で。「ツレから奪った……ブツを……返してもらおうか」彼は砂男の死体を見たのだ。
「これですか」遠藤がその袋を投げ振るった。砂男から奪った拳銃を構えると、空中の砂袋を撃つ。袋にかすり、ぶわ、と砂が拡散した。(地面の砂も完全には防ぎ切れてはいないはず。それに頭上からこれだけの砂を加えれば……)――どんな魔人も睡魔に襲われ、動きが鈍るだろう。
「……近頃の」血がこぼれる。砂を被る。赤帽は、しかし。「……近頃の探偵は、チャカも、使えるんかぁ。……エエッ!?」
 鮮血。激しい音が聞こえて来るほどの血をこぼしながら、赤帽はその歩みを一切止めることが無い。

(……効いていない!?まさか、何も効いていない!?)この戦いで、初めて遠藤の表情が変わった。
「……」赤帽は拳銃を取り出し、顔を遠藤に向けたまま、赤帽から見てやや後ろ。銃口を海から離れた岸岩に向け何発も撃ち込む。
「何を」撃つ!「驚いて」撃つ!「やがる」撃つ!撃つ!撃つ!破壊された岩壁の中から、どさり、と血にまみれた遠藤の薄い身体が倒れこむ!

 あらかじめ潜ませておいたもう一人の遠藤が、これで死んだ。

「……ぁ」
「『砂』が効くと『みせかけて』……くだらねェ『伏線』張ったんは、アンタも同じだろうが……嬢ちゃん」
「なぜ……」――気づかれた?……完全に赤帽の死角から、しかも離れた場所へひっそりと隠れこんだのに。如何にして感知したというのか。(血を摂取したことによる、五感強化……?)だとしたら完全に遠藤の誤算だ。まさか、これほどとは。
 しかも、殺された遠藤はコピー体ではなく本体。コピーは『自分』だ。つまり、あと一時間足らずで彼女は消滅する。それを防ぐには、死んでしまった『本体』と一体化しなくてはならない。
「……くっ」ダン!、と遠藤が銃を撃つ。狙うは赤帽の頭部。

「――フンッ」赤帽はその銃弾の一つを避け、もう一つをピッ、と『指』でつまんでみせた。

「…………!」
「……」赤帽は無言で遠藤を狙い撃つ。ダン、ダン、ダン、と銃弾が三つ。
「アバッ!アババッ!」蛭神の叫び声。
 何たる推理反射神経か、遠藤はいち早く足もとの蛭神の身体をつかむと、その背中を盾に銃弾を防いだのだ。
「おい嬢ちゃん……そりゃあ戦闘終了後の――」
「――『戦闘行為』。しかし、蛭神様の耐久力は高い。この方はまだ戦えます。戦闘は終了してませんよ」精一杯余裕を見せて、彼女は言った。「その証拠に、まだ運営からの『終了合図』はありません」
 この大会で、気を失った選手を瞬時に瞬間移動させる方法などない。乗り物を使うか、やってきた魔人にポータルを開いてもらう必要がある。三つ巴の状況で、『死んでいない』選手は死ぬまで『逆転』の可能性を有している。『戦闘終了後の戦闘行為』を禁じるルールを敷いておきながら、三つ巴を強制する――大会は暗にこう言っているのだ。『死ぬまで殺しあえ』と。

「……喋りすぎたな」赤帽が血だまりを蹴り、跳ぶ。赤い配管工のように。

◆

「――アアッ!」ガードした遠藤の手のひらに、赤帽の投函したドスが突き刺さる。「……つぅ」ドスを引き抜くと、ポスト・イット化したドスの柄を貼り付けて傷を塞いだ。ポスト・イット化した物体はその裏側に『粘着性』を持つ。
 間髪入れず、脇腹を赤帽の投げた岩石が掠める。「ぐっ!」衝撃で回転し、吹き飛ばされた。探偵帽が砂浜に落ちる。「う……ッ」帽子で隠れていた結髪が露わになった。
「オラァッ!」赤帽がスペアのドスを構え突き刺しにかかる。
「ハッ!」遠藤は転がり、推理光線で牽制。射程は1m。小さい赤帽のリーチよりはるかに長い。だが、敵の素早さは尋常ではない。まるで、スターをとった赤い配管工のように、跳ね、ドスを前へ。遠藤は下がらずを得ない。二者は殺し合いながら移動する。
「オラァッ!」刺突。「ハッ!」後転。「ヤァッ!」一ツ勝。「オラッ!」跳躍。「オラァッ!」刺突。「ハッ!」側転。「ヤァッ!」一ツ勝。「オラッ!」身体を伏せる。推理光線が赤帽の帽子を掠めた。
(野郎……やはり自分の『死体』のある方向へ……逃げようとしとる)赤帽は冷静に判断する。(焦っとるんか……やはり、手前ェの能力には時間制限があるとみた)彼の推理力には探偵の素質があるといわざるを得ない。事実、探偵とヤクザはその起源を同じくしている。
「オラァッ!」横切り。「ハッ!」跳躍。「オラッ!」跳躍。「オラァッ!」刺突。「ハッ!」身体をひねる。「オラッ!」刺突。「ヤッ!」手を付き着地。「オラッ!」下突き。「八ッ!」バク転で回避、「ヤァーッ!」地面を蹴り剥がす。「オラァッ!」空中で刺突。「……!?」

 ブワ、と赤帽の視界に広がる、赤。

「砂ではできない。でも……固まった血なら、できる」遠藤の腕は『赤い膜』から突き出たドスに刺されている。「砂と混ざり固まった血だまりなら、『ポストイット化』できる」ドスから腕を引き抜く。
「こりゃあ」地面に降りた赤帽にからみつくのは、畳返しの要領で地面から剥ぎ取られた己の血。「ワシの」それが固まり赤い膜になったもの。「血か……」全身に絡み付き、『貼りつく』血。

「『スマート・ポスト・イット』――地面に落ちた貴方の血を、ポストイット化しました」
「……!?」ドクン!と、赤帽の全身が脈動し、ドスを取り落す。「く……」手首につけられた傷口が破裂したように広がる。そう、傷口だ!
 赤帽の手からこぼれる血は生成された血ではない!彼は敢えて己の手首をケジメし、大量出血していたのだ!体内に常に新鮮な血を作り出し、古い血を捨てるため!――催眠薬への最も有効な治療法。強制的な『血液透析』で血液中の誘眠要素を排除するために!
「傷口をふさぐには、本人の血を『貼りつける』のが一番かと思いまして」一時的でも傷口をふさがれれば、生成された余分な血液は、体内で行き場をなくし、暴れる。
「……くく」赤い膜を引き剥がし、赤帽が笑う。「ハハッ!確かに今のは効いたッ!よう見破った!」跳びあがり、遠藤の腹を蹴り飛ばす。

「――――――――――――――――ッ!?」

 海の家まで蹴り飛ばされる遠藤。ドン!という衝突音と共に煙が広がる。
「ケジメの文化はッ!探偵だけのもんじゃあ無いということだッ!」赤帽が叫ぶ。再び手首から血を吹き出しながら。「くく、できればなァ、やりとう無かった。これはなッ!……ヤク打つんと同じだ!全身の血を入れ替え、強化され!やがて歯止めがきかんようになるッ!」
「ゲホッ!ゲホッ!」瓦礫の中から顔をだし、吐血する遠藤。
「オラァァッ!」赤帽が拾い上げたドスを投函。
「――っ!」遠藤は瓦礫でそれを防ぐが、瓦礫は破壊され、衝撃でさらに後ろに転がる。「――ンアアッ!」
「さあ次はどうする!探偵ッ!」赤帽が近づく。
「ゲホッ!ハァ……ありません」身体を起こす。「もう、ありません」
「……」
「拙に出来ることは、もう、すべてやりました。時間稼ぎも、もう……」
 赤帽の前方に、衝撃で舞い散る遠藤の『付箋』が見えた。羽織の裾に貼り付けられていた、ピンク色の付箋。赤帽の動体視力は、その文字をとらえた。
「『猫』………『船』………『袋』……」


『――砂男選手の場外を確認しました』


『――夜魔口両選手はこの時点で失格となり、以降の戦闘行為には大会の治外法権が適用されません。係員が迎えに参りますので、今しばらくお待ち下さい』
 大会からのアナウンスが聴こえる。
「……赤帽様は、ポリ袋の絡まったウミネコを、ご覧になったことはありますか」遠藤が問う。

◆

「くっ」蛭神鎖剃はまだ生きていた。「はぁ……はぁ……」
 朦朧とした意識の中、波打ち際を這うように進む。ここならぎりぎり、砂男の砂も洗い流されている。鮫も、いつの間にか消えていた。夕日が血のように赤い。
「俺は……どうしたんだ」陰茎はリュウグウノツカイのように平たい。これはたしか、遠藤の能力でやられたのだ。遠藤を追うと、彼女は勝手に自殺した。驚いていると、夜魔口を見つけたので、追いかけた。
 そうだ、夜魔口赤帽だ。奴の血を俺の陰茎が浴びた。……『HIVの感染』のごとく、陰茎の粘膜を介してそれを体内に入れてしまった。――そしてそれは、口から入れるよりも強烈に作用した。現在、世界のHIV患者数は3,400万人を超えると言われている。ゴムをつけることは、モラルとして必要なことなのだ。よし、次からゴムをつけよう。

「お疲れ様です」ボロボロの羽織袴を着た少女に声をかけられる。遠藤終赤だ。
「アンタ……」遠藤を見上げる。「今、どうなってるんだ。試合は終わったのか」
 試合の敵にそれを訊かれる事が面白かったのか。少女はくす、と笑った。
「夜魔口のお二人は敗退しました。残るは貴方です」

◆◆

 20分前。

「――ポリ袋を足に絡ませたまま、ウミネコは港で餌を探していました。ポリ袋を取らずに」
「フン」赤帽は遠藤に背を向けて歩き出す。
「『花は折りたし梢は高し』。自然の生き物は、手の届かない所は諦めるように出来ているんだ。と、叔父上はそう語っておりました」
「薄型にした砂男を生きたままウミネコに貼りつけて離したのか」
「はい。赤帽様の見た遺体は、コピー体です」
「ちっ」
「ウミネコは港まで船を追い、餌を探しに行く習性があります。戦闘領域はここから500mまで。思ったより時間がかかりました」
「船……運営の所持する船か」戦闘領域ぎりぎり外の地点に、確かに船はあった。

 『猫』『船』『袋』付箋に書かれていた言葉。敵にペアがいるなら場外勝ちが狙えるのでは。と考えた遠藤の計画の内、実行に移せそうなキーワードを偵察の結果、判断。メモとして生き残りの遠藤に託したのだ。

「……それはポリ袋を取るのを諦めとるんじゃ無え、他に必要なモンがあるからそっちに行っとるだけだ」赤帽は遠藤の帽子を拾うと、投げ渡す。
「ありがとうございます」遠藤は会釈した。「叔父上もその後そう訂正しておりました。花を折りたければ推理光線で撃ち落せ。と」
「ンな事は言っとらん」

◆◆

「夜魔口が負けたか」蛭神は絶望した。敵同士の相討ちで勝つ見込みは、これで潰えた。この状態では、もはや棄権するほか無い。
「蛭神様、拙と試合を」
「ふざ……けるな」諦めた蛭神の意識が消えかかる。
「お願いします」
 蛭神は棄権の言葉を振り絞ろうとした。「……っ」
「立って下さい。立って、……拙と戦って下さい」
 何を言っているのか。
 この少女は、戦いを諦めた男に、戦うことを望んでいる。
「馬鹿な」蛭神はかすれ声で答える。
「戦った……所で、 もう、お前に何の益が」
 少女の言葉の意味を理解できない。
「これ……以上……は」
 蛭人はリタイアの言葉をつぶやこうとした。

「……立 ち な さ いッ!!」

 張り詰めた声が海岸に響く。
 ウミネコが叫ぶように空へと消えていった。
 少女は着ていた着物をバサリ、と脱ぎ捨てる。内に着ていた防弾チョッキも、身体から外した。
「貴方も武人なら、立って、戦うのです」
 赤い夕陽に照らされる白のスクール水着。その白い肌には生傷が無数につき、その傷は水着にも続いている。空気抵抗の少ない流線型のラインはそのスマートな推理力を物語っていた。そもそも何故白のスク水なのか。それはどんな名探偵にも解けない謎である。

「な……!?」蛭神は言葉を呑み込む。
 いつの間にか睡魔は消えていた。
 健全なる読者諸君に品を疑われる表現かもしれないが、許してほしい。
 その少女のその姿が浜辺に披露された、その結果。紙のようにペラペラとしていた彼の『刀』に、なんと燃えるような『生気』が蘇ったのである!
「力が」己の武器を見る。「……そうだ、俺は、腐っても、武人」
 よろり、と立ち上がり、スクール水着の少女を見た。「娘……。アンタ、敵に塩を送るなど……」型を構える。
「――拙の残した辞世の句(ダイイング・メッセージ)には、他にもう一枚、別の言葉が残っておりました。……それを剥がしたのは、貴方ですね?」
「それは……」蛭神は記憶を辿る。「そうだ。あれだけ『意味がわかった』から、とっさに外した。……『蛭神鎖剃とは一対一で仕合をしたい』。……そう、書いてあった」
「ふふ」遠藤が笑う。「やはり、終赤は終赤と気が合います」推理の型を構えた。

「よく、わからんが……まあ、いい」
 男の刀は紙のように薄く、弱く。
&nowiki(){ 敗北の色を濃厚に告げていたが、それでも誇らしく、渚の天を仰いでいた。}

◆
}







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