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円タクの岸ダン ~就活編~

トム・ヤムクン


円タクの岸ダンが他人の悩み事に首を突っ込むのは、彼が親切だからでも、元刑事だからでもない。むしろ彼はどちらかというと冷たい人で、あたしが助手になってあげると言うと、いやいや、タクシー運転手の助手とか、わけわかんないし、と、速きこと風のことく突っ込んできた。
「女子高生なら、ファストフードでバイトでもしてろよ」と、これもまことにごもっとも。そもそも彼にバイト代なんて払えるわけがない。なぜなら彼のタクシーは初乗り一円で、しかもどこまで行っても初乗り扱いだからだ。
「あなた、このへん詳しくないでしょ。カーナビに頼りっきりじゃん」
『三百メートル先を、左方向です』
「うるさいな、だからカーナビがあるからいいんだよ」
『次のカドを、左折です』
 ダンが車線変更のため左の後方をちらりと確認するときにあたしは、すばやく後部座席から彼の口にポッキーを突っ込んだ。ダンはしぶしぶという感じでそれまでくわえていたタバコを灰皿に押し込む。彼がカーナビの指示に従って慎重に道順を確認しながら車を走らせている先は、すでにここ数日で四回も送らせた、あたしの家だ。一円で乗れるのをいいことに、あたしはダンをすっかり専属運転手化していた。
 左折した先の国道の、クルマ屋と電器屋のあいだに、スーツ姿の女性が立っている。この四日間で、見かけるのは三度目だ。彼女は、白い書類のようなものを高く掲げていて、この車――ダンのタクシーを熱心に見つめていた。
「ねえ、あの人。またいる。なんなの? なんかのイベント? あの紙、行き先書いてヒッチハイクしてるのかな?」
 ダンの黒縁メガネがきらりと光った。「いや、違うね。同じ場所に毎日いる。まさかヒッチハイクで毎日通勤してるわけじゃないだろ。あれは履歴書だ」
 信号が赤になる。ダンのタクシーはスーツ姿の女性の二十メートル手前で停まった。
 彼女は助手席のガラスを、いかにも就活ですといった満面の笑みでコンコンとノックした。ダンは迷ったのち、助手席の窓ガラスを開ける。
「こんにちは」履歴書をダンに差し出しながら、彼女は就活スマイル全開で言った。「栗山ミキと申します。本日はよろしくお願いいたします!」
「えーっと、君は……」ダンは言った。履歴書を受け取ろうかどうか、迷っている感じだ。「その、ウチに就職したいとか?」
「はい!」栗山ミキは、真っ赤に塗りたくったチークを歪めてにこっと笑う。「栗のように甘いスマイルと山のように高い志で、未来の日本を切り拓く、くりやま、栗山ミキです」選挙か。「現在、二種免許取得に向けて猛勉強中です。私、この町が大好きなんです。お客様の安全と日々の豊かな生活を乗せて、この町を時速一〇〇キロで駆け抜けたいんです」
「捕まるって」あたしは後部座席から文字通り、首をつっこむ。ダンも、こんなわけのわからない女には取り合うはずないと思いきや、なんとハザードランプを焚いて面接を始める。
「もしわが社に入社されたら、わが社をどう変えていきたいですか?」ダンは言った。
「はい、社長は――」社長?「――『一円ぶんのサービスしかしたくないから、二円以上はとらない』をモットーに掲げていらっしゃいますが、私はこれを変えたいと思います」お客様から適正な料金をいただき、よりよいサービスを提供してこそ、企業はこの不況の時代を生き残っていけるのです、とミキは自信たっぷりに言った。
「きみ、ほかに何社受けたの?」
「百社です、あ、でもでも御社が第一志望です」
「あ、じゃ、うちに来なくてもどこかに受かるよ」とダンは言い、ハザードを消して右ウインカーに切り替えた。「値上げとか、大きなお世話だし、あいにく、人はいっぱいなんで」と、彼はあたしのほうを指さす。
 あたしはにやっと笑い、さっと車を降り、呆然としている栗山ミキを押しのけて助手席に乗り換えた。


みんなのコメント

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コメント:
  • ダンの「うちに来なくてもどこかに受かるよ」っていうのが良い。こういう面接官いそう(笑)ただ、ダンがバイト代払えないのわかっててあずみが働きたがる理由はなぜなのか、このままだとわからないし、彼女はただの好奇心で、ダンは栗山ミキをあしらうために雇用関係を結ぶのであれば、企画書にあった相互に幸せな就活みたいなテーマにそぐわない気がする。 -- 加藤 (2012-09-07 13:52:37)
  • カーナビは壊れないんでしたっけ。就活感は出てると思います。疑う感がちょっと分かりにくいかも。この長さでは纏まっているかと。 -- 宇賀 (2012-09-07 00:23:20)
  • 誤字。「速きこと風のことく」→「速きこと風のごとく」ではないでしょうか? -- 宇賀 (2012-09-07 00:19:16)