邪魅の雫(小説)

登録日:2011/06/26(日) 20:47:15
更新日:2023/11/25 Sat 08:41:47
所要時間:約 8 分で読めます




殺してやろう、と思った





●邪魅
邪魅ハ
魑魅乃
類なり
妖邪の悪氣なるべし




邪魅(じゃみ)(しずく)


京極夏彦の小説作品。
妖怪シリーズ」の第九作目。
前作『陰摩羅鬼の瑕』から再スタートを切った長編作品の二作目であり、
以前のシリーズとはややキャラクターシフトを変化させての新しい視点から物語が紡がれているのが特徴。
シリーズ中でも特に普通の「ミステリー」に近い体裁を執って物語が進行して行くのも特徴で、
「事件」のトリック自体も決して「ミステリー」作品の中では珍しいと呼べる物では無いが、語るべき「本質」がより根源的な処に置かれているが故に、
そうした物語の在り様自体が目眩ましになっている作品なのだとも云える。

06年に「講談社ノベルス」から新書版が、現在は文庫版も存在している他、
新書版が刊行された際に舞台となる当地限定で「大磯・平塚地区限定特装版」が発売されている。


【概要】


昭和二十八年の夏の終わりの頃……。
「鳥の城」の事件から僅かに後、益田龍一は主である探偵・榎木津礼二郎の親類である今出川欣一から、
今出川が通そうとしていた“かの”探偵への縁談話が次々に潰れたと云う話と、
その影に何か表層には出て来ない様な裏があるのではないかとの相談を受け……それを探る事を命じられるのだった。
……一方、伊豆での事件から江戸川沿いの交番勤務に回されていた青木文蔵は、自らが発見した会社員の「毒殺」事件が連続殺人事件へと発展してゆく中で、
計らずもその捜査の渦中に取り込まれて行く事になる。

……沸き起こる殺意に取り憑かれようとする男。
……毒殺された名前を偽っていた女。
……その女を四六時中、監視していた男。

「事件」の合間に語られる別の「世界」の物語と見え隠れする黒い殺意……。

公安までもが暗躍し混迷する捜査の中、遂に「あの男」が立ち上がるが……。


【犠牲者】


  • 澤井健一
一人目の犠牲者。
「宮川商事」の社員。
江戸川沿いで変死しているのを通報を受けた青木が発見した。
戦時中は大陸で活動した防疫給水部隊に所属していた。
五年前の「帝銀事件」の際に勾引され、以前の職場を馘になっている。


  • 来宮小百合
「ひとごろしは報いを受けねばならない」
二人目の犠牲者。
榎木津礼二郎の三人目の縁談相手になる予定であった来宮秀美の妹。
実家から遥かに離れた大磯海岸で変死体となって発見される。

  • 真壁恵
三人目の犠牲者。
平塚地区内のアパートを借りていた若い女性だが、後に真壁恵の名を借りた別の女だと云う事が判明する。
……本名は宇都木実菜。

  • 赤木大輔
「殺したよ」
四人目の犠牲者。
暴力団山代会の構成員。
澤井健一の殺害犯と思われている。
以前の組で兄貴分の女房に手を出し、山代会に預けられていたが、僅かばかりの金を持ち出した後に姿を眩ませていた。
大磯海岸の旧岩崎製薬の保養所にて変死体として発見される。


  • 江藤徹也
「俺は雫が欲しいだけだよ」
五人目の犠牲者。
平塚の「澤福酒店」の若い従業員。
三人目の犠牲者である「真壁恵であった」女に懸想していた。
生を実感出来ない性質の人間であり、ある「秘密」を抱えていた。
平塚の「高田屋」と云う木賃宿にて変死体として発見された。


  • 大鷹篤志
「死のうかな」
六人目の犠牲者。
元・長野県警の刑事。
「鳥の城」の事件に於て密かに懸想していた女を失い、自らの置き場所を無くした後に、
宛ての無いままに大磯海岸までやって来て真壁恵と云う女に真壁恵の名で暮らす女を見守る事を依頼された。
自分の中に沸き上がる感情や思考を情報として整理出来ない性質で、その為に監視対象であった真壁恵を「殺されて」しまう。
大磯海岸で刺殺体として発見される。
スピンオフ短編集の「百鬼夜行・陽」では、彼を主人公としたエピソード「大頸」が収録されている。

名前のモチーフは、作者のかつての担当編集者であり、かつ講談社BOXや星海社を立ち上げた講談社の編集者である太田克史氏から。


【事件関係者】


  • 西田新造
「死んでいた」
新鋭の画家。
父親は代議士で地元の名士だった。
石井寛爾とは同窓。
病弱で戦争を経験しておらず、趣味の絵画が展覧会で賞を取り、現在は大磯海岸を臨む断崖にアトリエを構える。
宇都木実菜をモデルとして通わせていた。

名前のモチーフは、「物語シリーズ」の作者や「めだかボックス」の原作者として有名な作家である西尾維新氏から。

  • 原田美咲
「殺してしまった…か」
画商。
西田新造の絵画を取り扱っている相模画廊の代表。
本物の真壁恵の友人で、宇都木実菜を西田に斡旋した張本人。

  • 大仁田良介
  • 松金あやめ
親の代の縁故から、西田新造の身の回りの世話をする。

  • 真壁恵
「殺されてしまいました…」
原田美咲の友人で、同じ悩みを抱える宇都木実菜の境遇を想い、彼女の為にアパートを借りた他、名前までも貸していた。

  • 神崎礼子
平塚乗馬場の女性調教師で、来宮姉妹とは懇意の仲であった。
秀美がある奇禍に遭った後に、小百合の悩みを聞いていた。
黒塗りの自家用車を所持する。



【主要登場人物】


  • 益田龍一
「亡くなった……」
今回の主役の一人。
「薔薇十字探偵社」の下僕(見習い探偵)。
元・神奈川県警察本部の刑事で、主人である榎木津礼二郎の縁談に纏わる疑問を探る内に「連続毒殺事件」の渦中に巻き込まれる事になる。
軽薄さを売りにしなければと思う理由の他、意外や意外な仲間達への心情を聞ける。


  • 青木文蔵
「偶然ですよ。いや、先輩の教えのお陰ですか」
今回の主人公の一人。
警視庁捜査一課から左遷されて江戸川縁の交番勤務に回されていたが、
澤井健一の死体を確認した際に抱いた疑問を契機に本件の捜査に関わる事になる童顔の小芥子頭。
四角い先輩の魂を引き継ぐ優秀さを発揮。

  • 山下徳一郎
「殺す気なのか」
神奈川県警察本部の警部補で、事件の現場指揮を執る。
正月の「箱根」の事件の失態から一時期は降格されていたらしいが、探偵とその一味との出会いからか厭味な部分が消えており有能さを発揮する。
青木とは馬が合う様で、前回とは違い良い意味での相棒関係を築いていた。

  • 藤村
「君が大磯に行け」
小松川署の老刑事。
老練なベテランで、署長や刑事課長を差し置いて署内の人間の人望を集めており、今回の事件の捜査指揮を執る北林も所轄時代に鍛えられたと云う。

  • 郷嶋群治
「其奴が雫持ってたならどうする」
公安一課4係に属する悪党面の刑事。
特高出身とも囁かれる得体の知れない男だが……。
「事件」を別の視点から見つめ、その行方を追う。
軍隊時代の中禅寺と交流があった。

  • 石井寛爾
「君は何か事件に巻き込まれているのか?突如連絡して来たから妙だとは思ったのだが」
神奈川県警察本部から所轄署の署長になっていた蒙古系の警部。
彼が同窓の西田新造から相談事を受ける場面から物語は始まる。

  • 中禅寺敦子
「でも邪悪に思える」
今回もチョイ役。
益田に依頼されて中禅寺が思い出した「榎木津の交際相手」の写真探しを手伝いに来ていた。

「死にそうだ馬鹿野郎」
チョイ役だが、小芥子に重要な示唆を与える四角い野武士。

「交際相手だあ(揃って)」
関口は今回は語り部では無く、後見人的立場で登場。
思う所あったのか、益田の調査に同行する。
中禅寺は益田に依頼されて榎木津のかつての唯一と云って良い交際相手……神崎宏美の情報を伝える。
今回は共に榎木津との友情が描かれている。

「死んだのか」
ある目的を持って大磯へとやって来た探偵。
……何かを識っている様だが……。






【余談】


新書版の装丁を担当していた辰巳四郎氏が死去。
本作から交替となった。

当初は05年の刊行が予告されていたが、出版社である講談社が作者の了解を取らずに出した物であり、実際の発売は一年後であった。
一説によれば、大鷹篤志のモチーフとなった太田克史氏の独断によるものといわれており、
この件を巡って、作者と出版社の仲は一時期険悪な状況だったといわれている。
現在は太田氏が星海社を立ち上げて、講談社ノベルスの編集から退いたことによって、どうにか和解できたものの、
この騒動から作者は妖怪シリーズを角川書店へ移籍させ、さらに妖怪シリーズの漫画版を角川書店の季刊誌「コミック怪」に掲載させることを決めた。
「魍魎の匣」「狂骨の夢」「姑獲鳥の夏」「百器徒然袋シリーズ」の漫画版が角川書店から発売されているのは、この件が絡んでいるためである。(*1)


作中での事件で使われた毒は、後の時代の作品である『ルー=ガルー2 インクブス×スクブス 相容れぬ夢魔』において、大きな禍根を残してしまっている。




※以下、若干のネタバレ。






山下が叫ぶ。



青木が二三歩前に出る。



私はその誰だか判らない女の前に出た。



「中禅寺君の云う通りだ。私はその雫を使ってはいない。私にとっての雫は、君だ」



君が邪魅の雫だ。





されば追記にかからんとして
修正に臨む者に、幸あれ……。






























「僕は、君が嫌いだ」
●蜃気楼

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最終更新:2023年11月25日 08:41

*1 しかし、その「コミック怪」が2013年に休刊となり、さらに角川書店がブランドカンパニー制を廃止したため、「絡新婦の理」の漫画版は、講談社から刊行されている月刊漫画誌「マガジンSPECIAL」に掲載することになったため、結局作者は元の鞘におさまることとなった。