「日本を良くする」ことが、織莉子の父・久臣の願いだった。
織莉子は、優しい父が汚い周囲の人間、大嫌いな「美国一族」に汚されてしまうことが許せなかった。
そしてついに守りきれなかったことを悔やみ、父の願いを継いで今度こそ「私の世界」を守るのだと心に決める。
そのためには、周りの人間の中傷などは最早気にもならなくなっていた。彼・彼女らのことも自分は救ってやるのだから。
……しかし、非情なる決心をしてからも葛藤がなかったわけではなかった。
織莉子は平常を装い学校生活を続けるが、『本当に自分の覚悟は正しいのか?』と迷いを抱いていた織莉子はその帰り道に魔女に会い、
同級生でなにかと関わりのあった 浅古小巻に助けられ、魔法少女になっていたことを知る。
織莉子は自分が契約していることを隠していたが、小巻は織莉子に魔法少女のことを話すと、その危険性から「魔法少女になんかなるな」と忠告をする。
織莉子は一人で救世を遂げることの限界を悟り、協力者を求めていた。
探していた協力者に彼女を思い浮かべるが、その実直な性格から「人一人の殺害」を受け入れられないのではないかと保留にする。
そんな時、偶然魔女結界を追って鉢合わせて襲い掛かってきたキリカを殺しかけ、「魔法少女の真実を教える」条件で駒として獲得することに成功する。
キリカは自分の願いへの不満からストレスが募り八つ当たりをしたのだという。
織莉子はその攻撃性を認め、足りないグリーフシードの確保と、キュゥべえの攪乱に役立つという思惑でキリカにグリーフシードを調達させ、
更にほかの魔法少女に喧嘩を売るように命令する。
◇ ◇ ◇
キリカは駒であり、協力者ではなかった。
元から知っている仲でもなく、力で押さえつけた相手。信用が出来ない相手に自身の目的を教えることはリスクだった。
魔法少女の真実は織莉子に教えられ、傷も治して結局死ぬことはなかったのだが、キリカも同じように思っていた。
胡散臭い。騙されてるかもしれない。
織莉子の駒となったキリカは、好き勝手に命令する上から目線な織莉子の態度に反発しながらも渋々従っていた。
そのうちに、魔女を追って入った結界の中でまたもや魔法少女と鉢合わせる。
その魔法少女は浅古小巻であった。
「ちょっと脅かして、ついでにグリーフシードを譲ってもらおう」
キリカはそう考え、最初のうちは手加減していたのだが決着がつかず、活路が見いだせずに大技で小巻の動きを封じようとする。
その時、結界に乱入してきた一般人に攻撃を当ててしまったのが運の尽き。
小巻は友達を殺されたことで激昂。キリカは自分の置かれている状況にパニックになり、向かってくる小巻に目をつむって慌てて手を突きだす。
その刃は偶然小巻の頭部に当たり、キリカはこの場で二人を殺害してしまった。
実は小巻は魔法少女であるため即死したわけではないのだが、「魔法少女の真実」も半信半疑だったキリカは、
目の前で二人が血塗れに倒れている光景に殺してしまったと思い、その場を放置して織莉子の家まで逃亡してしまう。
「不満やストレスから魔法少女に喧嘩を売っていた」、
「精一杯の威嚇として『死ね』『殺す』などと物騒な言葉を投げかけてみたこともある」とはいえ、根は優しい少女。
(脅しにしても普段そこまで口の悪い言葉を使っている場面はまず作中にない。織莉子の証言のみにあるため、織莉子がよほど恨まれてただけという可能性も高い)
この件でその精神が罪悪感という「絶望」に蝕まれるには十分であった。
◇ ◇ ◇
キリカは織莉子の家にいきなり押しかけてから、何も喋らず何も口にしなかった。
織莉子の家の周辺には相変わらず嫌がらせをしにきた野次馬がうろついてきていたのだが、
それを見てキリカは「自分のことを探しにきたのかもしれない」と怯える。何もない壁を指さして怯え、幻覚も見ている様子だった。
織莉子はさすがにそんな状態のキリカを放っておけず仕方なく学校を欠席するが、キリカには戦わせられず、グリーフシードを確保しなくてはいけない。
その上キリカも急激にソウルジェムを濁らせているため、ついにキリカを家に置いて織莉子は自分の足で魔女狩りに出かける。
その際、キュゥべえの口から小巻の死を知ることになる。織莉子は特にそれを気にした様子はなかった。
しかし、ついにキリカの様子がおかしくなった理由、「キリカがなにをしたのか」に思い至った。
ああなってからは一人にされることにも怯え、織莉子に対する依存心は高まっているようだったが、
人を殺して潰れるようでは目的には使えない、と織莉子はキリカを切り捨てることを決める。
その頃、織莉子の家では、休みの分のプリントを渡しに来た同級生からキリカが受け取っていた。
その同級生は代わりに出てきたキリカを妹かと勘違いしたが、なにやら泣き腫らした目をしている。
キリカがそれを指摘すると、彼女は足早に去ってしまう。ヘンなの、と思いつつキリカは渡されたプリントを見てみるのだが…………
そのプリントには、浅古小巻とその友人の葬儀の案内が書いてあった。
織莉子が家に戻る頃には、キリカは酷く錯乱し絶叫しながら床に崩れていた。
たった先程使えない駒だと判断した織莉子だったが、「織莉子の友達だったなんて知らずに殺人を犯してしまった」キリカに許しと助けを乞われ、織莉子はキリカを許し励ました。
キリカが人を殺したこと、織莉子にとってそれ自体は別に良かったのだ。
自分の命令通りに動いてくれたのだから、これからもその通りに動いてくれさえするのなら良い。
織莉子の“激励”により元気を取り戻したキリカは、絶望寸前の『自分』を捨てて「魔法少女を襲う命令をした非情な君主である織莉子」に絶対の忠誠を誓い愛をささやく。
そして、織莉子自身も既に、『人一人の人生と人格をめちゃくちゃに壊した』罪を背負っていた。
……頭に致命傷を食らったまま工業地帯の隅で放置されていた小巻は、その精神力で再び意識を取戻し、「黒い魔法少女」とだけキュゥべえに証言を残して息絶えた。
キリカは魔法少女だけを狙って殺すと宣言し、これから「魔法少女狩り」は激化することになる。
◇ ◇ ◇
鹿目まどかの素性を無事突き止めた織莉子だが、ここでまた一筋縄ではいかない問題が発生する。
守護者の存在である。鹿目まどかを何度殺そうと挑んでもことごとく彼女に阻まれて殺されてしまう。
そんな時、キリカが忠実な駒になり、元々織莉子の策であったグリーフシードの確保と攪乱のための荒事、暁美ほむらの魔法の調査と一石三鳥のチャンスが舞い込んでくる。
人殺しも出来る「織莉子の望み通りに尽くしてくれる駒」となったキリカには、織莉子はもう自分の目的を教えていた。
織莉子の命令通りに魔法少女を襲ううちに 優木沙々との出会いを果たし、結託する。
沙々からの頼みは、風見野の魔法少女たちを殺すのを協力してほしいということだった。
その要望通り織莉子たちは「鹿目まどかの家」を舞台に魔女結界におびき寄せて風見野の魔法少女を奇襲をかけ、その後も精神攻撃や魔女化を誘う策略で全滅させる。
沙々は別編同様、魔女化の真実を目の当たりにして受け入れられずに死亡した。
この頃には魔法少女の真実についてもキリカも信じきっている模様で、最初に奇襲をかけた後まともに1対1の勝負になるとすぐにやられてしまったものの、
魔法少女の身体の特性を利用し、最終的に二人とも死んだふりで様子を窺っていた。
そのうちにほむらが現れ、魔女を倒して結界を消す。その際に彼女の「魔法」を見極めることが織莉子の狙いであった。
「速度低下もかけていても動きが全くわからなかった」ということをヒントに、二人の魔法を組み合わせれば突破口があるかもしれないと考えた。
風見野の魔法少女は、織莉子に協力を頼んだ沙々も含めて全滅してしまった。
実は沙々は、この件が無事に終われば織莉子のことは「使える」から魔法で洗脳して駒にしてもいいと思っていた。「キリカはいらねえ」だそうである。
しかし、そんな沙々の裏切りもやはり見越していたようで、全ては織莉子の想定のうちだった。
沙々の溜め込んでいた大量のグリーフシードを手に入れて織莉子はほくほく。
キリカは「何人分だよ」とちょっと嫌そうにしていた。キリカも沙々のことは性格の悪い奴だとは思っていたようである。
このあたりの会話ではキリカは意外と普通の様子に見えるのだが、この後の事件で残った理性もごっそり持っていかれることになる。
織莉子は誰を死に追い込もうと眉ひとつ動かさなかった。
◇ ◇ ◇
キュゥべえは千歳ゆまを探している限り鹿目まどかには辿りつけない。
織莉子はゆまのことを「ただの囮」だと話すが、この頃から織莉子は不調を感じていた。
キリカもそれに気づくのだが、織莉子はそれを隠している。
幼いころに母をなくしてから、それまで泣き虫で甘えん坊だった織莉子は、優しい父を守るために涙も流さず「子供であることをやめた」。
千歳ゆま(子供)の姿を見るだけでそのトラウマを抉っていた。
織莉子はずっと 佐倉杏子に甘えて楽しそうにはしゃぐゆまの姿ばかりを予知し、厳しく律してきた幼い自分の記憶と交錯して苦しんでいた。
そして、織莉子は佐倉杏子の死と、泣きじゃくるゆまの姿を予知する。
一人じゃ何もできないゆまの姿が許せず、織莉子はついに衝動のままゆまの居るホテルに乗り込む。
人の思いが全てを創るのだとキュゥべえに話し、
「ゆまはキュゥべえが望むように、彼女自身が望んだ通りに変わるべきだ」と
織莉子は、夜中に一人で起きて不安がるゆまの不安を更に煽り契約をそそのかす。
「可愛いだけの役立たずさん」と禁句を言われたゆまは取り乱してしまう。
自分に何かを隠す織莉子を気にしてつけてきたキリカは、織莉子の非合理な行動を不可解に思い、
何故キュゥべえに自分たちの存在がバレてしまう危険を冒してまでゆまに接触しにいったのか問い詰め、理解できないと非難する。
しかし、「駒」からの冷静な指摘に、織莉子は八つ当たりにキリカの頬を叩き、暴言を吐く。
「弱さ」が露呈しそうになる織莉子に、キリカは「君が本当の織莉子なのかい?」と問う。
織莉子はそれに更に怒り、「悪逆の道であっても迷わない、それが私だ」と宣言する。
……それに対して、キリカはあろうことかお礼を言い、「素敵だ」とすら言った。
悲しくも、キリカにとっては一つの拠り所、既に現実を見れば絶望しきっている醜い自分を壊してくれる存在が欲しいだけなのである。
「君が望むならすべて殺すよ」「君のために(変わろう)壊れよう」
罪悪感を捨て、更にキリカは自分を捨て、理性を捨て、急激に人として壊れてしまうことになる。
◇ ◇ ◇
織莉子の衝動的な行動があってから、それに倣うようにキリカも短絡的で過激な言動が増えた。
このままではいらない被害が出るかもしれない、とも織莉子は危惧する。
そんな時、キュゥべえが織莉子のもとを訪ねる。黒い魔法少女・魔法少女狩りの犯人が見つかったので、
協力してほしいというのだった。
キュゥべえは当然小巻の証言である「黒い魔法少女」から、対象を二人に絞ることにする。
黒い髪の特徴的な、暁美ほむらと呉キリカである。
しかし、ほむらは正体も目的も不明のイレギュラー。対してキリカは、キュゥべえもその人となりをそれなりには知る人物であった。
楽しいことがあれば喜び、契約のことで不満があった時には怒り、落ち込んだ時には何もできなくなってしまう、隠し事も演技も苦手なキリカ。
キリカにも一度心当たりを伺っているのだが、もしも自分が殺したとなれば、たとえ止むにやまれぬ事情があったとしても平気で答えられるはずもない。
……普通は、本来ならば。誰かさんに洗脳されてとんでもないことにならなければ万一には。
織莉子は救世の「成功」を確信し祝いのケーキを作りはじめる。(普段ケーキ作りなんてしないので四苦八苦しながら)
しかし、何故だか胸騒ぎは収まらない。
そんな時、織莉子の目の前では幼い頃の自分の姿が、実に狂気的に嘲笑いはじめる。
「自分一人じゃ正気ぶれないくせに、冷徹に駒だと使いながらキリカを縋っているくせに、あなたの正気はあなたのおかげじゃない」
幼い自分自身の狂気に打ちのめされた織莉子は、自分を肯定してほしいがためにキリカを呼ぶ。
しかしその矢先、キリカが敗北する予知を見る。
◇ ◇ ◇
冷酷さが剥がれた織莉子は慌てふためいていた。
しかし、そんな織莉子を見てキリカは取り乱し「否定」する。お前は織莉子じゃない。織莉子をどこにやった、と。
心の拠り所を失い不安定になったキリカは、壊れかかりのソウルジェムに痛みが走り意識を失う。
キリカが「あのアルバムを見てしまったから織莉子がいなくなってしまったんじゃないか」と言ったことから、織莉子は父のアルバムにたどり着く。
そこには今まで織莉子の知らなかった久臣の思いと、汚職に関することが綴られていた。
そして、父を嵌めた元凶を知った織莉子は殺意の衝動まま八重樫を殺害しにいく。(ついでに 魔法少女狩り対策会議に遅刻した呑気な魔法少女のことも殺害した)
八重樫はそこで、久臣の自殺の真意とともに、邪魔者を陥れ無能を切り捨てる祖父の美国修一郎のことを話した。
実は織莉子の一家は美国家の敷居をまたぐことを許されていなかった。それも修一郎が自分の子供である久臣すら「無能」と切り捨てたからだった。
母・由良子が亡くなって変わってしまった織莉子を修一郎に重ね、能力が高く微笑みの中に冷たさを湛えた人間として恐れていた。
久臣が八重樫に嵌められた理由は、そんな娘の織莉子に見捨てられたくなかったからである。
織莉子は誰よりも修一郎に似ている、君が久臣を殺したのだと言う八重樫。
動揺させられ、織莉子は殺害を決行せずに帰る。
父の目的などはなく、追い詰めたのはほかならぬ自分自身。ついに自分の目的を見失った織莉子は荒れに荒れていた。
何の罪もない魔法少女たち。
厳しい意見をぶつけながらも、親のことで文句を言う人たちを嫌い、自分を「美国議員の娘」ではなく「『織莉子』という少女」として見てくれた初めての人だった小巻。
犠牲者たちの残された家族。小巻の死を自分のせいだと責める小巻の妹の小糸は、織莉子のことを今でも慕っている。
自分の勘違いとエゴで全てを巻き込んで犠牲を生みつづけたことが、やっと織莉子に重くのしかかることになる。
自分の生きる意味なんてない、自分のやることなんて死ぬことくらいではないか。もう「織莉子」なんてやめたい。さっさと死んでいればよかった。
自暴自棄になった織莉子をキリカはまだしがみついて引き留めた。
心の拠り所を失ったキリカは、「本当の願い」を思い出したと言い、
「織莉子をやめるなんて許さない」「君の願いを叶えに行こう」と、自ら学校を襲撃し救世をやり遂げることを提案する。
キリカが壊されてからずっと強迫観念のように思っていた願い、「織莉子にふさわしい自分に変わり続ける」ことを『願い【呪い】』に魔女へと変化して織莉子を守ると。
ちなみに、魔女の行動原理は魔女化時に魔法少女の抱いた思いである。
実際に、マギアレコードで判明したキリカの魔女の性質は「篭絡」。これを願いであり性質とするのなら織莉子を襲うはずがないのである。
……ちなみに、ここでキリカの思い出した本当の願いというのは旧約・別編、これまで新約でも認識されていた「違う自分になりたい」ではない。
実際に叶ったのが記憶喪失状態なこと、織莉子に襲いかかっていたこと、精神に異常をきたすまで織莉子に不満を抱いていたこと、
キリカが本編同様の『きっかけ』をフラッシュバックしているのに回想でそれについての言及がない等、この願いには過去との矛盾が発生している。
◇ ◇ ◇
キリカは「駒」ではなく織莉子の「友人」となった。
学校襲撃の決行前日、荒れ果てた美国邸を捨ててキリカの家に二人で泊まり、残されたわずかな時間を過ごす。
それでも幼い自分の狂気はまだ織莉子に付きまとった。切り離すことのできない自分自身、幼少期からの人格の歪みを表すもう一人の本当の自分なのだから。
罪のない生徒や教師をまた殺す。そして、都合良く「友人」としながら、明日死ぬことになる可愛そうなキリカ――。
もう一人の織莉子は織莉子を相変わらず責めたてたが、隣に眠るキリカの顔を見ると不安は薄まった。
翌朝になると、今まで苦手に思っていた伯父とも和解の話をしに行き、それから見滝原中学校を襲撃。
犠牲を生むことにすでに躊躇はなかった。
魔女化の一歩手前の状態になっていたキリカが偶然にも魔女と同様の結界を張れることを利用し、学校全体を結界で覆って逃げ道を塞いだうえでまどかを直接殺害しようとする。
魔法少女たちの前でキリカはソウルジェムを解き放ち魔女となる。
キリカの化身した魔女は織莉子を援護し、魔女化現象を前に戦意を失ったマミや杏子を圧倒した。
だが、ここで再び思わぬ誤算が生じた。
キュゥべえを引き付ける囮に過ぎなかったハズのゆまがマミと杏子を説得し、立ち直らせたのだ。
織莉子がブチ切れて衝動的に焚きつけてしまった悪影響が完全に出てしまった瞬間である。
形勢は再び織莉子達に不利に傾き、「キリカ」もマミ・杏子・ゆまの連携攻撃で砕け散ってしまう。
そして、織莉子は既に抜け殻であるキリカの遺体を庇い、隙を突いたほむらに懐に飛び込まれてしまう。
ほむらに事件の動機を問われた織莉子は答えた。
父の願いを継ぎ「自分の世界を守る」信念は最早まやかしにすぎなかった。しかし、そんな自分にも残された自分の世界を守りたかったのだと。
ほむらは彼女のソウルジェムに突き付けた拳銃の引き金を引く。
しかしその最期の最期、ほむらを心配して様子を見に来たまどかを捉え、彼女は「自分の願い」を叶えたのであった。
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