ギルガメシュ叙事詩

登録日:2012/05/08 (火) 04:52:20
更新日:2024/04/01 Mon 23:48:23
所要時間:約 10 分で読めます





悲しみと苦しみがあろうとも
湿りと渇きがあろうとも
嘆きと涙があろうとも
それでも私は不死を欲するのだ


人類最古の文学。
英雄ギルガメシュを中心に生と死を描いた一大叙事詩。3200年を遥かに超える時を経て尚色褪せない、文学史上に燦然と輝く金字塔。
現在知られるギルガメシュ叙事詩は、
大抵の場合、最も完全に近い形で現存しているアッシュールバニパル王図書館跡より出土のものを基本(故に標準版と呼称される)とする。
そして更にその欠損部を他のバージョンの対応部分を参照して可能な限り埋めるのが普通。
こんな荒業が出来るのもこの作品が時代を超え古代世界で広く人気を博し様々な言語に訳されたから(ベストセラーに近い)。
実際ホメロスも参照したんじゃ? という意見もあったりする。


●発見の経緯●


ジョージさんが楔形文字の石版を解読してみたら「この部分聖書と一緒じゃね?」と気付いて大騒ぎ。聖書はパクリという疑惑発生で西洋世界は超ショック。
まあ大洪水神話は世界的に珍しくないのでテーマが被っただけでは問題は無いが、「鳥(鳩)が帰って来ない事で安全を確認」等々類似し過ぎで実際厳しい。
だが恐ろしい事に、洪水神話は主題ですらなく、物語の単なる一エピソードに過ぎなかった。
発掘・研究を進めて浮かび上がってきたのは、千数百年もの長きに渡り忘れ去られていた大英雄の姿であった。


●内容と文学性●


実際この叙事詩より古い物語は存在しており、そもそも叙事詩に先行するギルガメシュ伝承とも呼ぶべき断片的短編が存在する。
だがそれでもギルガメシュ叙事詩が最古の文学たりえるのは、人類・世界的に普遍的なテーマを扱った傑作であるが故であろう。
神と人間の交流と関係性。厚き友情と人間の成長。英雄はどう在るべきか。生とは、死とは何か。
それらの命題がギルガメシュ王の歓喜と悲哀、挫折と苦悩を通して鮮やかに描かれている。
この作品は英雄無双の戦記・冒険譚とは少し毛色が違う為、盛り上がりには多少欠けるのは事実である。
しかし、内包する高度な哲学性と完成度故に世界文学の傑作として高く評価されているのである。


●特異点●


ただしラヴは無い。
つまりピーチ姫を助けに行くマリオ、みたいな展開は存在しない。美女を助ける為に冒険する展開はこの時代では邪道だったのだろうか。
しかもギルガメシュはエンキドゥ一筋。花嫁扱いしたりチューしたりする。
まあ古今東西男同士の軽いスキンシップは珍しくないとは言えホモホモしいのは確かなので、もしや人類最古のBLストーリーなんじゃないんですかねえ……(迫真)。


●登場人物●


意外と主要な登場人物は少ない。
此処では重要な役割を果たす存在のみを挙げる。他は覚えなくともストーリー把握には問題ない。
以下の名称・行動等は基本的に標準版に準拠。絵本や戯曲も当然無視。

ギルガメシュ

作中屈指の萌えキャラ
「喜びと悲しみの人」と言われるが、泣く方が多い。というか泣きまくる
そこそこヘタレでビビリでもあったりする。フンババ討伐も不老不死希求の道中も結構なよなよしてる。
しかし、このような人知を超える力に恐怖する姿は、むしろ人に共感と親近感を覚えさせる人物であるとも言える。
ともあれ、彼は人間的で酷く英雄的な、不完全性を内包した存在として描かれている。
お前がイシュタルをフラなければエンキドゥ死ななかったんじゃね? というのは禁句。
伝承上はウルク第一王朝代目の王。
史実上は実在の可能性に留まり、そもそも物証が存在するナルメルやスコーピオンキングより後の時代の人物。人類最古というには厳しい。
尚、多くの武器を集めたり使ったりといった描写も叙事詩には見当たらない。某ゲーム五作目の名前だけを借りた弁慶が元凶?
叙事詩の彼が使うのは基本剣と斧と己の拳。原始脳筋スタイルで、あらゆる敵のドタマをカチ割る。
鎖は多分未発明。
世界を統べた逸話も皆無で、一般に汎バビロニア(世界伝承起源)説は否定される。

エンキドゥ

女神アルルが泥(土+水)を地に投げつけて出来た。
命乞いするフンババを許そうとしたギルガメシュに対して「きっちり殺そう」と主張したり、
イシュタルに生もも肉を叩き付け「お前を臓腑で飾ってやんよ」と言ったりと中々のDQN。
が、ギルガメッシュの「新婚夫婦の初夜に乱入して処女破り」という趣味を問題視して諌めたりする高度な賢者モードを発動したりもする。
正直ギルガメシュより気性荒い。情緒不安定エキセントリックボーイ。
出生が特殊に見えるが、泥は形を自在に変える事が出来、また文明の基盤である(この地方の家は日干煉瓦製)事から、
人間は神により泥で作られた」という思想が存在する事を考えれば意外とフツーの生まれ方に思えなくもない。
神が手自ら作った割にスタートが野人なのは、進化論が知られていたのか作った女神が投げやりだったのか。

聖娼(シャムハト)

エンキドゥとにゃんにゃんしてパンとビールを与える(≒文明化する)女性。
彼をギルガメシュと対峙させる重要な役割を担うわりに、その後殆ど登場しないかなりの謎キャラ。
神殿巫女が処女を~のくだりはヘロドトス(実際バビロンを訪れたか微妙)の『歴史』第1巻・199が由来。
勿論多少の売春はあっただろうが、それが風習の全てとは断言しがたい。
実際ハンムラビ法典で上位の神殿女官は酒飲んだら死刑な位規制されてた事を考えると……。

フンババ

神より命じられた杉の森の守護者。ギルガメシュが戦う怪物その一。
コイツを討伐したのはオマケっぽくて、むしろ杉資源を持ち帰った事が讃えられている(この地方で大樹は稀少)のは、英雄伝説として非常に特徴的である。
しかしこれが人間文明の発展への展望と同時に、杉の森の伐採を止める者が居なくなった事を表していると見るのも可能である。
この杉がレバノン杉(現在絶滅危惧)を指すと考えられている事もあり、この逸話はしばしば自然破壊の業と結び付けられる。
彼を殺したエンキドゥが婉曲的な罰として死を迎えるのも中々に示唆的。
最近明らかになった発掘品*1に「フンババとエンキドゥとは幼馴染だった」という記述が見つかった。これが真正の「原典」かどうかは不明だが、これまたなんとも複雑な気分にさせられるエピソードである。
もののけ姫』におけるシシ神の元ネタ。

天の牡牛

ギルガメッシュが戦う怪物その二。
イシュタルがパパを脅して作って貰った。
コイツとの戦いは本作品の英雄物語としての最高潮の場面。
何気に本作品でギルガメシュが大バトルする最後の場面でもある。全体の半分くらいしか終わっていないのに……。
このエピソードで終わってれば単なる英雄TUEEEEのお話であり、ある意味爽快な物語となった事だろう。
しかしそこで終わらせなかった点にこそ、この叙事詩の奥深さと完成度の高さ、そして強い魅力が存在する。

エンリル

風と嵐の神。当時の最高神。
そして大洪水の元凶。悪いのはコイツ。
本叙事詩では考え無しに大洪水起こしたとかで神々からフルボッコにされる。
他叙事詩では人間が増えすぎて煩いからという理由で疫病・飢饉を起こし、最後にやっぱり大洪水を起こす。
余談だがシュメルでは王権は神・都市問わず移り変わるもの(栄枯盛衰的)。
最高神の座はアヌからエンリルに移ったもので、更にバビロニアが栄えるとマルドゥークにとって代わられた(この記述がエヌマエリシュ)。

エア

地と淡水の神。結構ズルい。
大洪水からウトナピシュティムと動物達を救った人間の守護者。
それに対し「何処の馬鹿が助けたんだ」とキレたエンリルに「俺はただ夢を見せただけでアイツが勝手に助かったんだよ」とかなりの無茶理論を展開した。
だがエアは大洪水を非難はしたが、それは単にやり過ぎだったからで、本作では『猛獣や疫病とかで殺せば良かったんじゃね?』と言っている。
ビール好き。

イシュタル

豊穣と戦の神。
ギルガメシュにフラれるのみならずフルボッコにされ泣かされた美しき女神。
天の牡牛を遣わし大飢饉を起こす際にはちゃんと貯えと後の豊穣を用意したり、
大洪水被害の凄惨さを見てガン泣きしながらエンリルを罵ったりと、完全な悪女でもない。
そもそも神とは気紛れで恩恵を与えれば命を奪いもする大自然の具現みたいなもんなので、女神とはしばしばその自然と同一視されるものなのだ。
他作品の『冥界下り』のエピソードでは、ひん剥かれて全裸になる。

シャマシュ

太陽と正義の神。
そしてギルガメッシュスキー。彼の個人的な守護神をやっている。特に対フンババ戦ではお助けキャラとして活躍した。
具体的には十を超える嵐でダイレクトアタックしたりして、動物虐待した。お前神だろうに。
ハンムラビ法典はコイツから授かったみたいに書かれている。

ウトナピシュテム

神と同じ命を得た者。
ノアの一族の元ネタ的なもの。本叙事詩に先行する物語の主役、アトラハシスやジウスドラと同一視出来る。
自分の元に辿り着いたギルガメシュに神々の秘密を語る。六日六晩の不眠に失敗しても、ギルガメシュに若返りの草の事を教えてくれるそこそこ良い人。
不老不死なだけで、特別な力はあんまり持ってないっぽい。



誰の為に我が手は骨折ったのだ
誰の為に我が心血は注がれたのだ
私には命の恵みが得られなかった
地の獅子たる蛇に恵みをやってしまった――

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最終更新:2024年04月01日 23:48

*1 2015年、イラクのスレイマニヤ博物館が密輸業者から購入した粘土板