昼の月(刃鳴散らす)

登録日:2009/12/27(日) 05:27:49
更新日:2024/02/25 Sun 12:46:50
所要時間:約 3 分で読めます




先手を取られれば翔んで斬る、後手を回られれば駆けて斬る。
心気・勇猛・命欲・鍛練…その他の剣技が力を鋭さを増すための諸々を一切重要とはせず唯々伊烏の才能のみに立脚する剣。
冷徹に勝利を遂げる為だけに造られた必殺の機構。
屈強の闘者も無力な小娘も等しく斬り捨てる剣。


無敵。
無敵に近い魔剣。


昼の月フローチャート

相手が歩幅も速度も不規則な疾走に対応できる?→NO→そのまま駆けて居合斬りで倒します

YES

相手がこちらの先を取ってくる?→NO→そのまま駆けて居合斬りで倒します

YES

跳んで居合斬りで倒します


ニトロプラスより発売された刃鳴散らすの登場人物、伊烏義阿の使う剣技。

元になったのは薩摩ジゲン流の懸り打ちである。
幕末の混乱期に主に薩長の下級志士達によって振われたこの剣はその飛び抜けた殺傷率により最強の令名を馳た。
トンボ(利腕上段に垂直に構える型)の姿勢で走り、剣を振り降ろすだけという単純極まりない技になぜそのような事が可能だったのか?
その勢いのついた剣を単純な膂力で受け止めるのは難しく、押し切られてしまう事もあったろう。
間違いではない。
間違いではないがそれだけであるならば避ければ良い話だ(言うほど簡単ではないだろうが)。

一説にはこの技の本質は間合いを狂わす点にあったという。
猿叫をあげて突進してくる薩摩男児を前に多くの剣士が肝を潰し為す術もなく切り捨てられた。
もし対手が確と間合いを見極めそれを待てる手錬ならば、薩摩の剣士は自らの手でその間合いを奪うのだ。
則ち、最後の一歩を翔ぶが如く跳躍に変え走行の速度に慣れた敵の眼を欺く。

無論この技にも欠点はある。
攻撃に特化した突進技である為に相手の変化に対応出来ず相討ちになりやすいのだ。
殊に突き技に対してその傾向はより一層顕著だったらしい。


しかし、だからと言って剽敢な薩摩隼人は怯みなどはしなかった。
命の価値は薄皮一枚とうそぶき確実に敵を殺傷し得るこの剣を振るいに振るった。
かくして最強の雷名は打ち建てられたのである。


同系の技に刈流兵法・奔馬がある。
指呼の間合いから早摺で接近後、バックステップにより誘った剣を避ける。
奔馬は先の刀筋をかわしてから攻撃に移れる点で懸り打ちより優れている。
しかし、距離的な問題から眩惑効果は然程では無く、また前進・後退・前進の過程はどうしても機動力を犠牲とした。

伊烏はこの奔馬、懸り打ちに独自に工夫を加え魔剣へと昇華させる。

懸り打ちと同様に走行からスタート。既にこの時点からが技なのだ。
歩幅、速度を一定にせず目算を狂わし間合いを眩惑。
敵が距離を過ち先走る、或は、躊躇すれば容赦なく斬り捨てるのみ。
もしも敵が間合いを読み刃圏に入るまで待てる使い手なら?
その時は伊烏は未来を螺子曲げる。
その剣はそのまま伊烏が直進したなら当たるもの、地面の弾力と自らの脚力とを利し飛翔した伊烏を捉えられる道理がない。
あとは無防備に晒した背を貫かれるだけである。

先の先、先の後で仕掛ければ飛び避けられる。なら後の先を捉え伊烏の攻撃の初動を制せば問題ないのでは?
理論的には可能だ。
だがそれは、どこからか不意に襲ってくる居合の初弾を避ける、という事だ。
あるいは、左腰からの抜刀なのだから左に避ければ届かない!
そんな風に居合術を甘く見た浅慮漢は命と引き換えの教訓を得るだろう。
居合いには左腰の差物を左手で抜き払う技術が存在するのだ。
跳躍での回避を封じるよう、大上段から深く踏み込んで振り下ろす、或いは己も跳躍しながら切り下ろすのはどうか?
策としては過不足ない。しかし「見破られない」という大原則がある。
見破られればそのような大振りは容易くいなされ、そのまま斬って捨てられるだろう。

作中でもトップクラスの剣客である武田赤音でさえも、伊烏義阿の居合いに後手からの対応は不可能に近いと認識しているのである







元来が屈強な居合いの使手である伊烏がその地位に安住せず、より高みを目指し研磨した至極の技術。
それが『昼の月』




なお余談ながら、同種の技がある剣豪小説に登場している。
東北の小藩は去水流に伝わる隠し剣――その名も宿命剣鬼走り
変幻自在の走法から一挙に間合いを詰めて跳躍、敵の斬撃を回避しながら頭上を飛び越え、同時に顔面を斬り割る一撃必殺の戦場剣。
「見破られぬ故に必殺」の昼の月。
「見破られてなお必殺」の鬼走り。
理論的に構築され、論理的に行使される――――いずれ劣らぬ魔剣であった。



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最終更新:2024年02月25日 12:46