スーパー・ストロング・マシン

登録日:2019/07/20 Sat 22:49:57
更新日:2019/07/22 Mon 15:36:12
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ギギギ…ガガガ…



平田淳嗣スーパー・ストロング・マシンは日本の元プロレスラー。
主に新日本プロレスで活躍していたが2018年6月に引退。
尚、翌2019年にDRAGON GATEで新型のストロングマシーン・Jがロールアウトした。

旧リングネームはストロング・マシン1号
いっぱい居たマシン軍団のリーダーだったが、いつの間にかみんな消えていた。
“スーパー・ストロング・マシン”は、そういった意図で使い分けていたのかは不明だが単体で活動する場合の名前となっていることが多い。

しかし、本人に関係あったり、無い所でマシンのマスクは増殖していった。
自らも後に誕生した別チームで“スーパー・ラブ・マシン”や“ブラック・ストロング・マシン”と名乗ったことがある。

尚、呼称の内のマシンの部分はマシンかマシーンかで表記揺れがあるが、現在では概ね“マシン”に統一されていることもあり、本項目でも明確に伸ばしているもの以外は基本的にマシンとする。
また、魔界1号という中身が一緒のそっくりさんが居た。


【来歴】


1984年8月、将軍KYワカマツ率いる“マシン軍団”のリーダーとして、いきなりアントニオ猪木とのシングルマッチでデビュー。
尚、初披露の際には普通の目出し帽を被っており、更にマシンらしいゴツいボディを演出したかったのか、何故だかアメフトのアーマーを着込んだ上から白いTシャツを着用していた。

下半身は普通の黒のショートタイツでアンバランス感が半端なかったが、装備通りのアメフトキャラだったのか、猛烈なショルダータックルで若手を吹っ飛ばして猪木に対戦アピールした。


尚、人間ではなく機械(マシン)である。ダダッダー♪
当時、記者がインタビューしようとした所、機械音が聞こえたとスポーツ新聞に載っている。
「ギギギ…ガガガ…」
この関係から、当時、実況を務めていた古舘伊知郎はKYワカマツを指して“悪の正太郎くん”や“地獄のお茶の水博士”という、歴史に残る名キャッチコピーを残している。

猪木戦ではセコンドとして、同一のマスクとコスチュームの2号が付き、以降の展開の中で軍団にまで拡大した。
初登場時は単に“ストロング・マシン”と呼ばれていたが、2号とタッグを組んだので1号が付き、以降も3号、4号と増えていった。
また、ナンバーがつかない特別なタイプも登場した。

1号は同じマスクとコスチュームながら、それぞれに性能の違うチームを率いて大暴れ。
1号の持ち味はゴツい身体から繰り出されるラリアットとタメの利いたスープレックスだった。

特に、変形のハーフハッチ・スープレックスと説明される必殺の魔神風車固めは、30年以上に渡って説得力を維持した代表的な必殺技である。

マシン軍団は1号と2号の抜群のコンビネーションを誇るタッグチームから始まり、翌年から3号と4号が加わっていった。
尚、3号は84年11月の試合で乱入という形で登場しているが、この時には定着しなかった。
そして、後の3号とは体格が違った。

年が明けると3号と4号が正式に加入。
当初は別のカラーリングだったが、後に全員が同じ黒のカラーリングで統一され、コスチュームが同じ事を活かして、タッチを介さずとも自在に入れ替わるトリックプレイを駆使して正規軍を翻弄した。
古舘伊知郎はマシン軍団の増殖による撹乱を指して“暗黒増殖軍団”と表している。

また、司令塔のワカマツによる粉攻撃(目潰し)のタイミングも絶妙で、幾つもの勝利をマシン軍団にもたらした。

このままマシン軍団が新日本プロレスを席巻するかと思われたが、4月に1号が銀のマスクを被って臨んだ藤波辰爾との対戦で、ワカマツの粉攻撃の誤爆からドラゴンスープレックスで敗北させられたことに怒った1号が反逆。

リーダーながらマシン軍団から追放され、新たに“スーパー・ストロング・マシン”を名乗り、当初は正規軍入りかと思われたが単体で活動することになった。
5月にはワカマツに襲われる藤波を救出。
当の藤波から「お前、平田だろ!?」と、プロレス史に残る名(迷)言訳のわからないことを言われたが、根も葉もない指摘である。(すっとぼけ)
この時には、更に自らマスクを行動に出るもウォーズマン的な感じになるからかタオルで頭部は覆っていた状態だったので中身までは解らなかったし想像も出来なかった。(すっとぼけ)

翌86年になると、カナダで修行を積んだヒロ斎藤、高野俊二と共に、マシンもカナダ製だったのか“カルガリー・ハリケーンズ”を名乗って、先んじでジャパンプロレスを率いる長州力が暴れまわっていた全日本プロレスに襲来。
長州とは対立し、阿修羅・原とのコンビでアジアタッグ選手権も獲得する等の活躍を見せる。
また、この時期に天龍源一郎の保持するUNヘビー級王座に挑戦する等、その性能を見込まれていたことが解る。

同じ外敵組とはいえ長州とは抗争に入り、周囲も巻き込んで激しく争うが決着は付かなかった。
戦いの後で長州の挑発に乗って再びマスクを脱ぎ、TV中継にも乗るが次の日には元に戻っていた。

1987年にはマシン含め、全日に行っていた面子が出戻る。
新日では同じくUWFからの出戻り組とかち合い、当初は抗争になるかと思われたが、長州の呼び掛けによる俺達の時代によるNEWリーダー軍が結成されて猪木や坂口、マサ斎藤といったベテラン勢との抗争が開始される。
尚、NEWリーダー軍の結成に伴い、UWF勢のリーダーである前田日明と久々に共闘。
……なんか、昔ロールアウトした時期とデビューが一緒の頃らしいっすよ。(すっとぼけ)

……しかし、前田とは握手を拒否されたという些細なことから遺恨試合にまで発展している。
それから前田が追い出されたり色々あってこの抗争は有耶無耶の内に終了。
1989年には、同じく新日に来た時期が一緒らしい(すっとぼけ)元コブラことジョージ高野と、ジョージ命名の組んでる方としてもどうかと思った烈風隊を組んでIWGPタッグを獲得までするも、陥落後にジョージがSWSに引き抜かれてコンビ消滅。

その後は、近しい関係のヒロ、後藤達俊、保永昇男の結成したブロンド・アウトローズに加わり活動。
勢いのあるヒールユニットで、92年にレイジング・スタッフに改名した当初は自然消滅していたマシン軍団の再来とばかりに他のメンバーもマスクを被る等していたものの長くは続かなかった。

翌93年秋頃に後藤とマシンの対立が引き金となってチームは崩壊。
後藤は越中詩郎をリーダーとする平成維新軍に加わり、マシンは当時抗争していたWARに乗り込み、かつてのパートナー阿修羅・原と共闘した。

そして、それから約一年後の94年10月がマシン最大の転機となった。
当時の新日本プロレスでは、若手のエース格の闘魂三銃士の一人にして、選手会長まで務めていた蝶野正洋が夏のG1グランプリ制覇後にヒール転向して暴れていたのだが、蝶野が本当に一匹狼で活動していた所に、SGタッグリーグを前に、マシンが声をかけて急造ユニットが誕生したのである。

……尤もこれは、団体のトップに立つ選手の一人でありながらSGタッグ出場への意欲を示さないことから、会社の命令でマシンがパートナーに使命されたのからの動きであった。
こうして、リーグ戦に臨んだマシンだったがリング外の不満をぶつける様な蝶野はタッグを成立せることを拒否してマシンはぞんざいな扱いを受ける。
先輩の意地のあるマシンとしても一筋縄ではいかず意地を見せる凸凹コンビは、互いに誤爆による一触即発を繰り返しながらも、逆に好き勝手にやった暴れっぷりにより、何と名コンビと名高い武藤敬司&馳浩の待つ決勝まで進出してしまうのだった。


SGタッグリーグ決勝に何事かがあって姿を消していたが、蝶野が指揮していたT2000時代にかつてのマシンを彷彿とさせるT2000マシンが出現するとマシンも復活して抗争。
正体は因縁ある後藤だったが、後に小原道由が扮する2号や正体不明の外国人も加わり混乱を呼んだ。

そして、99年頃に創始者でありながら新日本にクーデターを指揮した猪木の子飼いとして送り込まれた格闘技系の選手の補助として2002年頃に魔界倶楽部が結成されてマシンにそっくりな魔界1号がまとめ役となった。
魔界軍団は猪木の刺客と共に新日本プロレスを席巻したが、その後で何やかんやあって正常化した新日から魔界倶楽部は消えてマシンが帰って来た。
魔界1号はスーパー・ストロング・魔神というリスペクト溢れる名前を名乗ったこともあるので、それに応えたのかもしれない。(すっとぼけ)
尚、魔界軍団では4号のような意外なメンバーや、意外すぎるゲストが名を連ねている。

その後は、04年に武藤が社長になっていた全日本プロレスにリストラに抵抗するメンバーにより結成したされたラブマシンズにリーダーとして迎え入れられて“スーパー・ラブ・マシン”を一時期名乗った後で新日本に戻り、蝶野の配下となって“ブラック・ストロング・マシン”を名乗って活動した。
05年にはブラック言いつつ後藤と共に現場責任者となっていたが戻ってきた長州に解任されている。

06年には普段の興行とはスタイルの違う『WRESTLE LAND』興行の責任者にベテランの平田淳嗣さんが就任して出場するマシンの言葉を広報してくださる。

07年には和解した蝶野や長州と共にレジェンド軍が結成されてマシンも参加。
09年には永田裕志が結成した青義軍のご意見番に就任するが、この頃から露出が減る。

2013年3月の旗揚げ記念日に暫くぶりに参戦。
14年4月には青義軍の井上亘の引退試合にて暫くぶりに登場。

その後も選手登録されていながら出場のない状態が続いていたが2018年1月に契約の完了と共に6月での引退が発表される。
既にボディはボロボロ、機械も錆び付いているということで引退試合は行われなかったが、当日に行われた田口隆祐により超近場から召集された新生マシン軍団(SSマシン・ドンSSマシン・ジャスティスSSマシン・バッファローSSマシン・エースSSマシン・No.69)とロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンとの10人タッグマッチでは、元祖マシン軍団を率いたKYワカマツと共にセコンドに付き、空気を読まない発言をアングルで繰り返していた内藤哲也にラリアットを見舞って勝利に貢献した。


【マスク】

プロレス史上に残るマシンのマスクは本人の発注で、楳図かずお作の『笑い仮面』の不気味さからアイディアを得たものだという。

このマスクが単に有名なのは、被った人間が非常に多いということであり、本人も知らない所でマシン軍団が増えていった。

マシン軍団がどんどん増えるというアイディアから、誰が見ても正体バレバレアンドレ・ザ・ジャイアントまでもが扮したのは未だに語り種になっている。*4

この他、有名な所では総合格闘技でも活躍した桜庭和志が入場時に着用していたことも次代を越えた知名度を高めており、最も普及したプロレスマスクと言えるかもしれない。

マシンのマスクが優れているのは、カラーリングやマークを越えても見事にハマってしまう完成されたデザインと機能性の高さも忘れる訳にはいかないだろう。

また、近年では存在そのものがパロディであるスーパー・ササダンゴ・マシン(マッスル坂井)がバラエティーでも活躍しており、

マシンのマスクは尚も増殖し続けている。


【主な得意技】


  • 魔神風車固め
別名をマシン・スープレックスともいい、マシンと魔神をかけた命名のオリジナルホールド。
相手の頭を正面から左脇に抱え込み、右腕で相手の左腕を相手の背中でハンマーロックに固めた状態で真後ろに投げ、そのままブリッジで投げ固める。

  • ジャンピング・パワーボム*5
95年にマスクを脱いだ頃から使用する様になった技で、ゴツい身体で決めるので説得力も充分で多くの試合でフィニッシュとなった。

  • ラリアット
マシン平田・ラリアットととも。
全身をぶつける様に打ち込んでいく。

  • ダイビング・ヘッドバット
実は名手の一人である。


【余談】


  • マシン軍団の正体は公式には明かされていないが、1号(平田)、2号(力抜山=韓国人レスラーの梁承揮)、3号(最初はダニー・クロファット、後でベテランのヤス・フジイ)、4号(最初は小錦の実兄アノアロ・アティサノエ、その後は複数の人間が入れ替わっているとされる)というところまでが明らかにされたり予測されている。
    また、日本で増殖マシン軍団として前述の様にアンドレとマスクド・スーパースターがマシンに変身しているが、このアングルは新日と提携を解消した後のWWF(WWE)にも取り入れられ、ハルク・ホーガンロディ・パイパー、ブラックジャック・マリガンといった当時のトップ選手や、単発ではクラッシャー・リソワスキーの様なレジェンド級のベテランもマスクを被った。

  • ザ・コブラのマスクを脱いだジョージ高野(正体は明かしていない)との試合を組まれ、試合前に「俺はね、あんな中途半端にマスクを脱ぐような奴とは違うんだよ、あんな腰抜けに俺が負けるわけねえんだよ!」と息巻いたものの、直後にアナウンサーに「それは高野選手がマスクマンだったということですか?」と、突っ込まれて「そうだよ。悪いかい?」とやっちまった……感を出して答えた。
    『アメトーーク』で紹介され、数十年越しに新たな話題を呼んだ。

  • 「しょっぱい試合ですみません!」と「お前平田だろ!」はプロレス史に残る名(迷)言としてネタにされ続けている。
    2009年にNOAHの杉浦貴に弄られた時には冷静に「誰が平田だ」と返し、反対に名古屋のみなさん。杉浦君がしょっぱい試合をしてすいませんでした」と切り返して爆笑を誘った。





しょっぱい追記修正ですみません!

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