アミメアリ

登録日:2019/07/08(月) 15:50:45
更新日:2023/04/29 Sat 02:30:43
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 皆様はアリと聞いて、どんな暮らしを想像するだろうか?

 卵を産む女王アリを頂点に、一生を労働で費やす働きアリや交尾のために生み出されるオスアリで構成される、生物学用語で真社会性と呼ばれる階級社会――アリの変わった暮らし方は、昔から多くの人たちの興味を引いてきた。

 ところが、研究が進む中で、日本をはじめとした地域にとんでもないアリが存在する事が明らかになった。
 その名はアミメアリ(Pristomyrmex punctatus)
 女王アリもオスアリも必要ない、群れの全員が卵を産み、全員が労働を行うという、階級を持たない「平等社会」へ進化を遂げたアリである。

 この項目では、アミメアリも含めた、一風変わった暮らしぶりを持つアリたちについて紹介する。

【概要】

 アリ科に分類される昆虫の中でも最大勢力「フタアシアリ亜科」に属するアリの1種。
 大きさは2.5mmとかなり小さく、頭から胸にかけては茶褐色、腹は黒褐色である。
 頭や胸の表面に細かい網目模様の凸凹が存在しており、ルーペや顕微鏡を使えばはっきり確認できる。
 腹には先祖であるハチの名残である毒針がある*1が、大した毒ではないようで人間にも害は全くない。

 網目模様などを除けば、一見すると普通の小さいアリのように見えるアミメアリ。
 だが、最大の特徴は、以下のようなアリの中でも異質な暮らしぶりである。

◇女王アリ・オスアリが存在しない
 上述の通り、アミメアリ最大の特徴は「女王アリ」や「オスアリ」がほぼ存在しない、と言う事である。

 ほとんどのアリの群れは労働に特化した「働きアリ」と繁殖・産卵に特化した「女王アリ」などに分かれているのだが、アミメアリはそのような区分が全く存在せず、群れの全員が労働、産卵を行う。
 羽化して日数が経っていない若い個体が産卵を、日数が経過した個体が幼虫の世話や食料採集を行うなど年齢ごとの分担はあるようだが、
 群れを構成する全ての個体が産卵能力を有している事が確認されている。
 つまり、「女王アリ」はアミメアリの群れに必要ないのである。

 また、この産卵に際してアミメアリは「オス」を一切必要としない
 実はアミメアリは1個体だけで子孫を残す単為生殖を行う事が出来、しかも産んだ卵から孵化する個体は全員とも母親と同じ遺伝子を持つのだ。

 通常のアリ(女王アリ)の場合、単為生殖を行うと染色体の数が女王や働きアリの半分となり、結果的に「オス」になってしまうのだが、
 アミメアリはいったん染色体が半分の数になった細胞核を融合させる事で元の数に戻すという「倍数性単為生殖」という特殊な生殖方法を行う。
 これにより、アミメアリが生んだ卵から孵化するのはオスではなく親とほとんど同じ特徴を有した「メス」になる、と言う訳である。
 ただし上記の過程で自分の遺伝子がシャッフルされるため完全に遺伝子が同一と言う訳ではなく、クローンとは若干違う。

 分かりやすく言えば、アミメアリの群れは全員がメス、全員が働きアリであると同時に、群れのほぼ全員が自分自身と非常に近い特徴を有するという、
 究極の平等社会と言う事である。

 なお、上記の発生の過程で染色体の数が半分のままになってしまった個体、つまり「オス」が誕生してしまう事が稀にある。
 立派な翅も有しているのだが、アミメアリは進化の過程で交尾器=交尾をするのに必要な体の器官を失っており、哀しい事にオスの存在意義は全く無い
 また、女王アリについても1つの仮説が存在する。詳細は後述。

◇巣が存在しない
 上記の通り、アミメアリは群れを構成する全員が産卵可能なため群れが大規模化することが多く、最大数十万匹に達する事もある。
 そのためか、他のアリと異なり特定の巣を持たず、石の下や倒木、枯れ葉の下などに臨時の巣を構え、
 周りの餌を全部食い尽くすと卵や幼虫、蛹を加えて大行列を作り別の場所へ引っ越すという流浪の生活を営んでいる。
 廃材や石の下をめくったとき、大量の小さなアリやクリーム色の卵が現れたら、それはアミメアリの可能性が高い。

 ただし、移動の最中に外敵に襲われる事も多く、アリを専門に狩るクモ・アオオビハエトリに追撃され幼虫や蛹を奪われてしまう光景がたびたび目撃されている。

 なお、群れがあまりに大きくなり過ぎた際は一部の個体が別行動をとり、新たな群れを作り出す事が確認されている。


【「裏切りアリ」とその正体】

 全員が働きアリという究極の平等社会を築き上げているアミメアリだが、その群れの中にたまに奇妙な個体が混ざっている時がある。
 大きさが一回り大きく(3.5~4.0mm)、体格も若干丸っこく、頭には通常の個体に存在しない小さな単眼が3~4個ついているという、他の個体と違う外見を有しているのだ。

 だが、この個体の最大の特徴はその暮らしぶりである。この大型個体、一切「働かない」のだ。
 例え周りで他のアミメアリが餌を運ぼうとも大型個体は何もせず、子供の世話も関与せず、ただ餌を貰っては卵を産むという暮らしを続ける、悪く言えば穀潰しのクソニートである。
 自分の子供=新たな自分自身の世話すら一切せず、他のアミメアリに全部押し付ける始末である。
 当然こんな働かないアミメアリが増えれば当然群れは機能不全を起こしてしまい、半数を超えた時点で群れの壊滅は決定してしまう。
 しかもそんな状態になってもなお他のアミメアリの群れへちゃっかり混ざり、自堕落な生活を続けるのだという。

  研究者からも名指しで「裏切りアリ」とまで呼ばれるこの大型個体――実は、これこそが「女王アリ」の成れの果てではないかという説が存在する。
 進化の過程で働きアリが卵を産むようになったアミメアリでは、労働をせず子孫を残す事に特化した「女王アリ」や「オスアリ」という存在は前述のとおり不要の産物となった。
 だが、ごく一部の女王は働きアリのみで構成された巣の中で生き残り、彼女たちから餌を奪いつつ新たな「元・女王」を増やすという生活を営むようになった、という訳である。
 その証拠に、この「裏切り」大型個体の遺伝子は他の勤勉な働きアリと異なる事が確認されている他、ずばり「疑似女王」と呼ぶ研究者も存在する。

 彼女たちは好きで穀潰しのクソニート生活をしている訳ではない。遺伝子レベルで働く事ができない、哀しき落ちぶれ貴族たち……なのかもしれない。

【被害と対策】

 餌を求めて大量の群れで移動し続けるアミメアリは、その進路を人間の建物の中に向けてしまう事がある。
 特に甘い蜜を好む傾向があるため、お菓子や食べ物を放置しておくと家の隙間から次々に侵入し、あっという間にテーブルがアミメアリに占拠されてしまうと言う事もあるので、
 日頃の整理整頓、食べ残しの処理などを欠かさないのが大事である。

 市販のベイト剤で退治したい時は、小型で蜜を好むアリ向けのものをお勧めする。
 ただし放置したままにしておくとアミメアリの臨時の巣になってしまう場合もあるので、定期てなチェックは欠かさないようお願いしたい。
 それでも無理な時は、アリ駆除のプロである業者に依頼するのが一番である。

【飼育】

 アミメアリはもちろん飼育することも可能。平らな容器に石膏を流し込んだ「平型石膏巣」と呼ばれるケースで管理している人が多い模様。

 女王がおらず全てのアミメアリが卵を産むため飼育は簡単…という訳にもいかない。なぜなら前述したように完全ニートの裏切りアリが出現し、その裏切りアリが増えすぎてしまう結果、巣の管理をする一般アリが減ってしまいコロニーの壊滅となり飼育に失敗する例が多いらしい。

 決まった巣を持たず転々とする習性があるが餌を切らさずに管理すると引っ越しをしなくなるらしい。餌は多めにやったほうがいいかもしれない。 


【おまけ:トゲオオハリアリ】

 日本に分布するアリの中で、明確に「女王」とされる個体が存在しない種類は、アミメアリ以外に沖縄に生息する「トゲオオハリアリ(Diacamma)」が該当する。
 こちらはアミメアリと異なりオスアリが存在する一方、メスにあたる個体は一定の段階まで全員とも繁殖能力を持ち背中には翅の基になる小さな突起を備えているが、
 ある時を境に熾烈な翅の基食い千切り合いが起き、突起を失ったメスは繁殖能力を失い働きアリとして過ごさざるを得なくなる一方、最後まで残ったメスは翅を生やして空を飛び「女王」として子孫を残す事ができると言う、
 文字通りメス同士のサバイバルが勃発する事が確認されている。
 中にはスクールカーストの如く強いメスが他のメスを攻撃し次々に繁殖能力を奪うという事態も勃発するという。
 更に、例え繁殖能力を持ったまま生き延びたとしても群れが大きくなるまでは女王以外産卵することは許されず、産んだ卵はあっという間に他の個体に破壊されてしまうという。

 ただ、逆に言えば強さを身に着けていれば誰もが自分の子孫を残しライバルを一生こき使わせる「女王アリ」になれる、実力主義という事でもある。
 そのためか、戦いの末「女王」の地位を勝ち取った個体は「女王アリ」ではなく「機能性女王」と呼ばれている。

 なお、そんな闘いの日々を生きているためか、トゲオオハリアリのメスたちは非常に血気盛んだという。



 「女王が存在しない」と言う同じ条件でも、片や完全平等主義なアミメアリ、片や完全実力主義なトゲオオハリアリ。
 アリの進化や暮らしぶりは、文字通り多種多様である。

 皆様は、どちらの生活が好みだろうか?




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最終更新:2023年04月29日 02:30

*1 全てのアリはハチから進化している。女王と交尾をするオス以外は全てメスなのも共通している所。なのでアリはハチ目に含まれており分類上はスズメバチに近いそうだ。