バットマン/パニッシャー

登録日:2019/06/04 Tue 20:46:44
更新日:2022/06/15 Wed 11:46:51
所要時間:約 11 分で読めます





『バットマン/パニッシャー(Batman/The Punisher)』は、95年にDC、MARVELから出版されたアメコミのミニシリーズ。
PUNISHMENT OF GOTHAMの副題が加えられている場合もある。

それぞれに同社を代表するタイトルの一つにして、クライムファイターの元祖にして不殺主義の誓いを貫くバットマンと、バットマン以来のクライムファイターの伝統を破り悪人を殺しまくる私刑執行人パニッシャーの邂逅を描いたクロスオーバー作品である。

最初はDCコミックスで前編が、次にMARVELコミックスで後編が出版された。
日本では96年に小学館プロダクションから両方を纏めた日本語版が発売されていた。


【解説】

作品自体は無難にまとまったオーソドックスなクロスオーバーだが、本作については以下の解説を知ることで味わいが増す。

スーパーヒーローの中でも普通の犯罪を相手にすることの多いヒーローをクライムファイターと言うが、その元祖にしてクライムファイターの定義を完成させたのがバットマンその人であり、別会社のスパイダーマンやデアデビルもバットマン的価値観の影響下にあることは否定出来ない事実である。

この、暗い闇を纏ったコスプレ蝙蝠男は年代毎に様々な姿を見せているが、明るい50年代を引き継ぎ、ドラマ版がバットマンを国民的キャラクターに押し上げた60年代が過ぎると、
70年代以降からはコミックスコードの見直しによる原点回帰を意識した展開によって、現在に続く、暗く、リアリティーを増した描写へと移行していった。

その中で、特にバットマンの属性として取り上げられる様になっていったのが、自分の両親の命を奪った犯罪を憎み、苛烈な仕置きをくだしながらも決して他者の命は奪わないという不殺主義の誓いであった。

初登場となった『Detective Comics』誌の最初期では普通に人を殺す描写もあったバットマンだったが、編集部の方針やロビンの登場もあって『Batman』誌の創刊前後には殺人を封印し、時代が進み出版を重ねる中でコミックスコードに縛られた時代を経たことや、
リアリティーを追及してバットマンというキャラクターを描いてみた結果、いつしか犯罪を憎むバットマンが人を殺すのはおかしい、という声が大きくなった。
そして、80年代までにはバットマンは人を殺さないというのが共通認識となる中で、86年に出版された『バットマン』の歴史上、最も影響力のあるタイトルにして、その後のバットマン像の礎となったフランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』=DKRでも不殺主義の誓いは明確に記述された。*1

そして、必然的にDKRの影響下におかれた再リブートに於いて、不殺主義はバットマンの誕生以来の属性として、最初から注目されるものの一つとなった。
一方で、現実世界が凶悪犯罪の増加に悩まされるようになると、バットマン以下のクライムファイター達の行動について「リアリティーがない」とか、または「生ぬるい」という過激な批判の声も上がったのである。

……そして、このバットマンの不殺主義の誓いは『DKR』以降、間もなく最大の試練を迎えることになる。
それは、パートナーであるロビンである。
ここでも、ミラーの『DKR』内の僅かな描写が影響したと言われる生死を問う読者投票に於いて、僅差ながら1983年にデビューしたばかりだった2代目ロビンのジェイソン・トッドが死ぬことが決定され、ロビンはバットマン最大の宿敵ジョーカーに惨たらしく痛めつけられた末に爆殺される。

この暴虐に際してバットマンは、それでもジョーカーを殺さなかった。
ここで、バットマンの不殺の誓いの重さは侵されざる聖域として刻まれたと言っていい。


……その一方で、1974年に最初は『AMAZING SPIDER-MAN』誌にて、非難される立場の悪役として登場し、1986年の個人誌の獲得以降、上記のクライムファイターの欺瞞を嘲笑うかの様にヒーローでありながら悪人を殺しまくってきたのがパニッシャーことフランク・キャッスルであった。
この、髑髏をシンボルとした型破りなヒーローもまた、家族を暗黒街に奪われた過去を持つが、悩みながらも自らが恐怖の象徴となることで長い視点で犯罪を壊滅させようとするバットマンに対して、パニッシャーは敵対した犯罪者を容赦なく瞬時に断罪して射殺し、或いは惨たらしい私刑を加える。
最早、ヴィジランテとすら呼べない危険な男は、しかし犯罪増加に悩むアメリカ社会に於いて予想以上に読者の支持を集め、声なき声を代弁する人気キャラクターとして成長を遂げた。

そして、このパニッシャーの在り方はメタ的な意味でヒーローの在り方、特にバットマン以来のクライムファイターの在り方を揺さぶった。
その影響は『バットマン』にも及び、犯罪描写は偏執的で残酷になった。

そして、バットマンはそれらの凶悪犯罪に対して戦士としての本能を以て立ち向かいながらも、ギリギリの所でヒーローとしての矜持を守る。

この、90年代からの価値観の変化については80年代後半のミラーやムーアの示した方向のみならず*2『パニッシャー』の影響が大きいことは否めない事実であり、つまり、このミニシリーズはクライムファイターの定義者と変革者によるイデオロギーの対決となったのである。

また、特に『バットマン』側にとって、このミニシリーズはブルース・ウェインの復活を初め、非常に重要なイベントが目白押しとなったエピソードと絡めさせられたのも特筆すべきポイントである。


【物語】


DC

  • ライター デニス・オニール
  • アート バリー・キットソン

聖デュマ騎士団の一子相伝の暗殺者、復讐の天使アズラエルこと、二代目バットマンとなったジャン=ポール・ヴァレーは自らを責め苛む聖デュマの幻影に悩まされていた。

友情に従いバットマンの名を引き継いだヴァレーだったが、予想以上に重いバットマンとしての使命は知らず知らずにヴァレーの心を病ませ、かつて施された秘儀によって己の内に刻まれた聖デュマ騎士団の使命……凡ての罪人を区別なく断罪すべしという、バットマンの在り方とは反する復讐者としての行動をヴァレーに迫らせていたのだ。

悩むヴァレーだったが、バットケイヴに入ってきた国防省の秘密暗号から新型ロケット燃料がゴッサムの大物ギャングで実業家のトニー・ブレッシと繋がりのあるカス・ライマーによる犯行の可能性が高いということを知ったヴァレーは、悩みを振り切るように聖デュマの下僕たるバットマンとして飛び出していくのだった。

…一方、ニューヨークから宿敵ジグソーを追ってきた危険な男、フランク・キャッスルことパニッシャーもまた、一暴れを始めていたが、実は事件の黒幕は当のジグソーであった。

キャッスルの動きを掴んでいたジグソーは、自分達が待ち合わせに使っていた教会に罠を仕掛け、やって来たパニッシャーの身動きを取れなくしての海に包むことに成功するが、やって来たバットマン=ヴァレーに救出される。
一時的に手を組むことにしたヴァレーとキャッスルだったが、ジグソーの姿を求めるキャッスルはあっという間に姿を消してしまう。

悩むヴァレーだったが、幻影の導きとバットモービルのデータベースからジグソーがブレッシに成り代わったことを推察すると、遂にライマーの身柄も確保する。

ライマーから新型ロケット燃料によるゴッサム貯水池を利用した炎上計画を知ったヴァレーはこれを食い止める。
一方、ヴァレーの行動から遂にジグソーと遭遇したキャッスルは争いの果てにジグソーを突き落とすが、これをヴァレーが救出。

ヴァレーとキャッスルの争いが始まり、初めて目の当たりにするバットマンへの畏怖に気圧されながらも、経験による戦闘技術の差で、バットマンの装備を逆利用してヴァレーの目眩ましをしたキャッスルは姿を消す。

ヴァレーが気づいた時にはキャッスルは勿論、ジグソーまでもが自らの行動の手助けをしていたジョーカーによって救い出されて姿を消していた。

苦い敗北……バットマンとしても聖デュマの下僕としても力不足を痛感したヴァレーは、更に深い心の闇に囚われていくのだった。



【登場人物】


パニッシャー/フランク・キャッスル

ニューヨークを拠点としているアンチヒーロー。
宿敵ジグソーを追い、更に酷いゴミ溜めであるゴッサムまでやって来る。
一応、他のヒーローのことは自分と同じ側だと考えていることがヴァレーへの態度からも窺える。
若く、経験の浅いヴァレーが変身していたことからバットマンの実力を侮っていたが……。


二代目バットマン/アズラエル/ジャン=ポール・ヴァレー

“バットマン・アズラエル”と紹介されている場合もある。
後に単なるアズラエルのコードネームでバットマンファミリーに加えられていた。
父親に替わり、聖デュマ騎士団の暗殺者アズラエルとなった若者で、バットマンことブルース・ウェインがベインに背骨を折られてリタイアした後に、新たなバットマンとなって、様々な新機能を搭載したスーツでベインを倒して使命を引き継いだ。
しかし、経験不足と聖デュマ騎士団の秘儀によって仕込まれた洗脳の影響からか幻影に悩まされる等、精神を疲弊していき、遂にはブルースが去った後も残ってくれていたロビン(ティム・ドレイク)とも袂を分かち孤立していた時期だった。
今回の事件ではパニッシャーにも敗れ、いよいよ精神の均衡を無くしたヴァレーは、遂に殺人をも犯すことになるが復活したブルースに敗れることで救われ洗脳からも脱した。


ジグソー

その名の様に顔面がツギハギだらけに刻まれた暗黒街の大物。
パニッシャーの宿敵で、嘗ては三下だったがパニッシャーに傷つけられた顔面の借りを返すのを糧にのし上がった。
外様のジグソーがゴッサムでデカい顔をしていたのには、あのピエロが関わっていた。


MARVEL

  • ライター チャック・ディクソン
  • アート ジョン・ロミータJr.


【物語】

キャッスルとヴァレーの邂逅から数ヵ月後……一向に戻ってこない所か、ゴッサムで大規模なギャング同士の抗争を仕掛けたジグソーを止めるべく、再びキャッスル=パニッシャーがやって来た。
早速、対立するギャングの双方に攻撃を仕掛けるキャッスルだったが、そこにやって来たのはバットマンだった。

以前のようにあしらおうとしたキャッスルだったが本物のバットマンは手強く、逆にあしらわれるが偶然を利用して逃げ出すのだった。

その頃、パニッシャーの再来を知って怒りに燃えていたのがジグソー。
そして……黒幕のジョーカー!

ジョーカーは新しい玩具として、ジグソーに天下を取らせる大々的なゲームを行っていたのだ。

そんなジョーカー達の次の標的は大物ギャングのジミー・ナバロン。
手を組むと言いつつ、パニッシャーの乱入もあってジョーカーの思惑通りに全面抗争に発展した場に介入したバットマンの活躍もあって、次々と倒れていくギャング達。

そして、バットマンがジグソーを押さえる中で逃げるジョーカーを追ったキャッスルはジョーカーに翻弄されるも、路地裏でバナナの皮で滑った所で追い付き、遂にジョーカーに止めを刺せるチャンスを迎えるのだった。

しかし、そこに現れたバットマンはパニッシャーと対峙……何とジョーカーを逃がす。

同じ過去のトラウマを抱えながらも、決してキャッスルのやり方を認めないブルースは、一発だけ殴らせた後はパニッシャーを翻弄し、次に来た時には監獄かアーカム送りにしてやると告げる。


結局、解り合うことの出来なかった二人の戦士は、それぞれの戦場へと戻っていくのであった。


【登場人物】


バットマン/ブルース・ウェイン

復活した闇の騎士。
使命に押し潰されたヴァレーを救った後、自らもロビン、アルフレッドと共に戦場に帰還する。
完全に力を取り戻したようで、二度の直接対決では銃器を使っていなかったとはいえ、何れもパニッシャーを圧倒していた。


パニッシャー/フランク・キャッスル

協力者で凄腕ハッカーのマイクロと共に再びゴッサムにやって来て、本物のバットマンと対峙し、最後には両者の見解の相違が浮き彫りに。
心情的にはヒーロー側なのが余計に切ない。


ロビン/ティム・ドレイク

ブルースの復帰と共に此方も帰ってきた三代目。
ナバロンの使っているシステムをハッキングしていた所、同じくハッキングしていたマイクロに掴まり、バットケイヴのメインシステムに侵入されそうな危機を見事な知略で乗り切る。


ジグソー

ジョーカーに紹介されたゴッサム一の美容整形外科医によって、骨格まで変わってそうなイケメンに生まれ変わるが、その後の戦闘で前よりも酷い顔にされてしまう。


ジョーカー

実は、全ての騒動の元凶だった暗黒街の道化王子。
ジグソーがゴッサムを獲れるか、というゲームの為に血で血を洗う抗争劇をプロデュース。
パニッシャーとの追跡劇では、短い場面ながら心理面でもネチネチと追い詰める周到さを見せた。
愛しのダーリンの中身が変わっていたのに気づいていたかは不明だが、しばらく大人しかった模様。





追記修正は蝙蝠か髑髏か、支持を決めてからお願い致します。

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最終更新:2022年06月15日 11:46

*1 尚、ミラーが示したバットマンの不殺主義とは相手を再起不能や半身不随にしても命だけは奪わないという、ミラー特有のブラックジョーク的なものだったのだが、流石にこの空気感は他のアーティストには引き継がれていない。

*2 フランク・ミラーによる『DKR』『イヤーワン』とアラン・ムーアによる『ウォッチメン』『キリングジョーク』のこと。