森と湖の国の銃(ゴルゴ13)

登録日:2019/05/21 (火曜日) 10:10:10
更新日:2019/05/25 Sat 23:33:29
所要時間:約 8 分で読めます





「罪もない人間を三人も殺した男が、たった十三年で……ゆ、許されるのかっ!?」

「確かにそうなんだが…我が国の法律では、そうなっている……」





概要


『森と湖の国の銃』は2013年8月に公開されたゴルゴ13のエピソード。
ゴルゴ13という作品を知る者ならば上記の会話文だけでどんな展開になるのか想像がつくと思われる。
だが、実際の内容は銃規制問題に深く踏み込んでおり、よくある復讐劇にとどまらない作品となっている。

あらすじ


始まりは2000年5月のフィンランド。

有名な漫画家であるサカリ・ハロネンは徹夜の仕事を終えて妻が居るリビングへと向かったのだが、そこには銃殺された妻の亡骸が横たわっていた。
ヘッドホンをして執筆していたサカリは全く気が付かなかったが、金目当ての強盗が妻を殺して金を奪っていたのだ。

妻を殺した犯人に憎しみを募らせるサカリに対して、担当編集が銃規制のキャンペーンに参加しないかと持ち掛ける。
銃があるから犯罪が起きると話す編集だが、サカリはその論理に否定的であり、銃規制に協力はしないと返答する。

その一方で犯人への憎しみは増すばかりで、サカリは犯人へ復讐することを決意。そして殺し屋への依頼方法を調べた結果、ゴルゴ13への連絡ルートを手に入れる。
丁度その時、犯人が逮捕されたという情報を受けたため、渡りに船だとばかりにゴルゴ13に依頼しようとするが、エリサの写真を見て思いとどまる。

復讐よりも漫画を描く方が大事だと考え直したサカリはゴルゴ13の情報を封印して漫画家としての仕事に集中することにした。

漫画を描くことがエリサへの供養だとして、仕事に没頭し続けているうちに月日は流れて13年後。サカリはある新聞記事を見て目を疑った。
それは妻を含めて3人を殺した凶悪犯のミカ・ライコネンが釈放されたという記事であった…。


登場人物


●サカリ・ハロネン
フィンランドでは知らない者が居ない程に有名な漫画家。作品は掲載されているのは雑誌ではなく日刊デイリースオミ*1という新聞であり、自分の作品は世界二十三か国で読まれているとのこと。アシスタントをつけずに一人で描いており、絵柄は可愛らしく低年齢向け。

「私の漫画は休載しないのが売り」と語っており、作中で様々な出来事が彼を苦悩させるものの執筆作業は常に行っている。

執筆に集中する際にはヘッドホンをつける癖があり、そのせいで同じ家の中で妻が銃殺されても全く気付かないままだった。
(仮に銃声に反応して現場に向かったらサカリも撃たれていた可能性が高いので結果的には幸運だったと言えるが)

銃規制については反対派ではないが、銃規制をすれば犯罪が減少する、という考えには懐疑的。
フィンランドでは銃の管理についての規則が厳しく、兵役制度によって銃の訓練を受ける為に扱い方や危険性も熟知しているのでアメリカとは比較できないと述べている。
また、ドイツやソ連による侵略によって脅かされた歴史があり、国民皆兵が敷かれているフィンランドではいざとなったら、銃を取って戦うという気持ちが国民にあると主張している。

「エリサが殺されたのは悔しいが、それは銃ではなく犯人に対してだ」
「私はエリサを殺した犯人を殺したいと思っている。銃が無ければナイフで殺すし、ナイフが無ければ素手で殺す。つまり道具は関係ない」
という台詞が彼の銃に対する考えを表している。

エリサが銃で殺されたにも関わらず銃に対する意識は変わることがなく、ヘイッキが提案した銃規制キャンペーンには賛同していない。

エリサの死後は『森と湖の家族』という作品を執筆していて、十三年後も連載が続いていた。


●エリサ
サカリの妻。サカリにとって最愛の人物であり、完成した原稿を1番最初に読んでくれる最大の読者。
読み終わった後はシナモンたっぷりのプッラ(フィンランドのパン)を焼くのが習慣だった。
物語が始まった時点で殺されている。その為作中では回想と写真でのみ描かれる。
フルネームは不明。エリサ・ハロネンだと思うかもしれないが、フィンランドは夫婦別姓が認められている。


●ヘイッキ
日刊デイリースオミに努める社員であり、サカリの友人。
明言されてはいないがサカリの担当編集と思われ、エリサが亡くなった後は彼が一番最初に完成した原稿を見る人物となった。

「銃があるからこそ犯罪が起きる」という考えを持っていて、銃規制への関心が高い。

サカリが思いつめた様子であることを察して「バカなことは考えるな。犯人を捜すのは警察の役目、そして犯人を裁くのは裁判所の役目」と諭すが、結果的には逆効果となってしまった。

13年後の2013年には編集主幹に出世しており、サカリと会う機会は少なくなっている。


●アールニ・キヴィ
刑事。孫がサカリの作品のファンであり、自分もファンで昔から作品を読んでいた。
サカリに殺し屋に関する情報、そしてゴルゴ13へのコンタクトの方法を解説した。
ただし「妻を殺したのはプロの殺し屋なのではないか」とサカリが疑っていると判断して、その疑問を解消するために説明している。
サカリ自身がゴルゴ13に依頼して犯人への復讐を果たそうとしていることには気付いていなかった様子。


●ミカ・ライコネン
エリサを殺して金を奪った犯人。他にも2件の強盗殺人を行っていたが逮捕された。逮捕後は犯行を認めて自供している。
丸腰のエリサに至近距離から3発もの銃弾を撃ち込むという残虐な犯行を行っている。

ちなみにエリサを殺した後に盗んだ金は1万アルッカ(15万円)。
サカリが有名漫画家で高所得者とはいえ、家に大金があるとは限らないのだが、そこまで考えずに短絡的な犯行に走ったので、馬鹿な犯人だと警察に軽蔑されていた。
しかも家を荒らした割には2階にいたサカリには気付かない*2など他にも浅はかな面が見られる。

3人を殺した罪に対して終身刑が下されるも、フィンランドでは終身刑でも服役中に問題を起こさなければ12~15年の間に仮釈放されるケースが多い。
彼も例外ではなく、釈放されていた。なお、フィンランドに死刑は存在しない。


デューク東郷/ゴルゴ13
一流の狙撃手。まだこの時点では名前と写真しか出てこず、本人が登場するのは後半になってから。
作中でサカリが新聞社の極秘データベースを調べるも彼の情報は出てこなかった。流石に素人が民間企業のデータを捜したくらいでは彼について知ることは出来ないようだ。


物語の結末(ネタバレ注意!)


犯人が釈放されたことについてサカリはヘイッキに尋ねる。

項目冒頭の会話がなされた後に「厳罰主義をとれば犯罪が減る訳じゃないことも統計でわかっている」と説明するヘイッキだが、エリサを永遠に奪われたサカリは納得できない。

「悪かった、興奮させるつもりはなかった」と言ってその場を立ち去るヘイッキ。

その後、サカリは一人テラスで崩れ落ちていた。

十三年の歳月が経って現在でも、サカリはエリサを殺された恨みを忘れることも許すことも出来なかった。それどころか年々憎しみは強まるばかりだった。犯人が刑務所に居る間はまだ我慢できたが、自由の身になったとなれば話は別。感情を制御出来なくなっていく。

作品の締め切りが近いので執筆作業に勤しむも、心の乱れは作画に影響を与えており、線が乱れていることを若手の編集に指摘されてしまう。

そんな中、ヘイッキが再びサカリを元を訪れ、衝撃的な事実を伝える。

新聞社で銃規制キャンペーンを企画しており、その企画にエリサを殺した男であるミカ・ライコネンが広告塔として参加するという知らせであった。

彼は自分の罪を悔いている。それ故に公の場所に姿を晒して銃規制活動を行おうとしているというヘイッキの説明にサカリは猛反発。

「金が欲しくて言ってるに決まっている!」と断ずるサカリ。

「自分の罪を反省しているが故に銃規制の広告塔になろうとしている。銃規制反対派に危害を加えられる覚悟の上で行動だから金を払わない訳には…」と言葉を濁すヘイッキだが、エリサが殺されているのにとサカリの怒りは頂点に達する。そして「連載を中止されたくなかったら出てけ!」とサカリはヘイッキを帰らせることに。

一人室内で考え込み、ついにゴルゴ13への殺人依頼を考えるサカリ。

その時、客としてやって来たアールニ刑事から高校生が父親のライフルを持ち出して建物に立てこもる事件が発生したと聞いたサカリは動揺する。高校生が逮捕されて犠牲者はゼロだったというニュースの続報を聞いて、エリサのような犠牲者が出なかったことに心から安堵するサカリ。

やはりミカ・ライコネンを殺そうとするのは良くないのかと悩むサカリだが、自分は間違っていないと結論を下してゴルゴ13に接触して依頼をすることに。

だが、ただ復讐の為だけに殺すのではなく、サカリにはある考えが浮かんでいた…。


その後、アールニ刑事はゴルゴ13と思われる人物がフィンランドに入国したという報告を受けて警戒を強めていたのだが、続報としてゴルゴ13らしき人物が狙撃の練習をしていたという情報を受けてゴルゴ13の入国はデマに決まっていると笑い飛ばす。
「彼ほどのスナイパーがあらためて銃の練習をするはずがない」と部下に説明するアールニ刑事。

そうこうしている内にヘルシンキにて行われる銃規制キャンペーンイベントの前日となり、サカリは明日のイベントのことを気にしながらも漫画の執筆に取り組んでいた。

そして迎えた銃規制キャンペーン開催日、「銃は本当に必要なのか」という看板が設置されたイベント会場には司会進行を務めるヘイッキ、ゲストとして呼ばれたはライコネン、そしてゴルゴ13の姿があった。

壇上に立ったヘイッキとライコネンは集まった人々に演説を始める。

「確かに彼は犯罪者です。だが彼もまた、銃の犠牲者だったと言えるのです!」

そこまでヘイッキが話したところで、突如銃声が鳴り響く。伏せる二人にパニックを起こす民衆。初弾は外れたが、銃撃は続けられる。次弾も外れ、3発目がライコネンの肩に、そして4発目がライコネンの胸に命中した為、彼は命を落とす。

そのニュースをテレビで知ったサカリは依頼が遂行されたことを知って安堵する。そして、彼はゴルゴ13に依頼した際のやりとりを振り返る。

ゴルゴ13とのコンタクトに成功して、ライコネンの狙撃を依頼するサカリだが、依頼を遂行する上である条件を設けていた。

1つ目の条件はフィンランドで最もポピュラーな銃であるヴァルメM62Sで狙撃すること。

2つ目の条件は一発必中で仕留めずに、何発も撃ってようやく仕留める下手な狙撃をすること。

つまり、狙撃を専門とするプロが行ったのではなく、フィンランド市民が行った犯行のように見せかけることがサカリの狙い。

ゴルゴ13は条件を完璧にクリアしたことを知って、安堵するサカリであった。


登場人物の結末


●サカリ
結局、彼は復讐心を抑えることは出来なかった。「銃規制と殺人は別の話」と自分の中で踏ん切りをつけて、ゴルゴへの殺人依頼を決意する。
一方で銃規制キャンペーンの追い風になる方法での復讐を考えて、ゴルゴ13に下手な狙撃、プロではなく銃を持った一般市民が行ったかのように見せかけるやり方での狙撃を依頼する。
ミカ・ライコネンが死んだことで憎しみは収まったが、一方で殺人を依頼したことによる罪悪感も芽生えていた。
どんな事情があるにせよ殺人は許されないことだと思っており「天国に行ってエリサに許しを乞うまで、この苦しみは続くだろう」と述懐していた。


●ヘイッキ
ミカ・ライコネンが銃撃された際に救急車をすぐに手配するが、手遅れだった。
サカリが狙撃事件に関わっているとは全く考えていない様子。


●アールニ刑事
ミカ・ライコネンを狙撃したのはゴルゴ13ではないか、という部下の推測を否定する。
プロの彼がヴァルメM62Sを使用する訳がないし、ゴルゴ13なら一発で額を撃ち抜いているはずだと判断している。
完全にサカリの思惑にハマってしまっており、元々は反対派だったらしいが、銃規制は必要かもしれないとも思い始める。


●ゴルゴ13
サカリの依頼である下手な狙撃を完璧に遂行する。プロの狙撃手である彼が現地入りしてから練習をしていたのも確実に下手な狙撃を行う為だった。

今回使用したヴァルメM62Sの有効射程距離は300メートルとM16よりも短く、しかも民間用モデルなので連射が出来ない。
標的が広場に設置されたイベント会場の壇上に居ること、そして上記の条件を考慮すると結構難度の高い狙撃だったと思われる。

下手に見えるように狙撃してくれという依頼は狙撃手としての評価を傷つけるのではないか、とサカリが質問した際には、
「仕事を評価できるのは、世間でもなければ自分でもない、依頼者だけだ」と返答している。

狙撃後はバイクを使って逃走していた。飛行機に乗ってフィンランドを去ったところまでは描写されている。


●ミカ・ライコネン
仮釈放された後に銃規制のキャンペーンの広告塔となることを申し出て、デイリースオミの企画に参加していた。
イベント会場に姿を現すが、サカリの依頼を受けたゴルゴ13によって狙撃されて死亡する。

台詞は狙撃された瞬間の「銃声だっ!」しか存在せず、本人の心境も語られない為、本当に改心していたどうかは不明。
罪を償う為に銃規制キャンペーンに参加したのか、それともサカリの指摘のように出演料欲しさに銃規制キャンペーンに参加したのかは明らかにされなかった。
イベント会場で壇上に立った際には目を伏せて悔恨の表情を浮かべている様子だったが…。

ヘイッキが話した通り、銃規制反対派によって危害を加えられることを承知の上で銃規制キャンペーンに参加したことは確かだが、本当に狙撃されることになってしまう。

皮肉なことに銃規制キャンペーンの広告塔としてはこれ以上は無い程の訴求力を持つことになってしった。

いつものゴルゴ13ならば額を撃ち抜かれて即死していたところだが、彼は上記の理由で4発も銃撃された上に、肩に一発、そして心臓に一発という形で被弾した結果、恐怖と痛みに満ちた死を味わうことに。




ラストシーン


銃規制キャンペーンのイベント会場でゲストが狙撃されるいう事件が発生したことで、銃規制を強化すべきという世論は非常に強まっていた。完成した原稿を受け取りに来たヘイッキからそんな話を聞いては良かった言って喜ぶサカリ。

銃規制には反対だったのでは?というヘイッキの質問にサカリは銃規制そのものには反対していないと話す。銃規制すれば犯罪が減るという考えが短絡的だと思っていると説明するが、銃規制がしっかりしていれば今回のような狙撃事件は起きなかったと返答するヘイッキ。

結局のところ「銃があるから犯罪が起きる」と考えるヘイッキの主張と「銃を規制すれば犯罪が減少するとは限らない」と考えるサカリの主張はすれ違ったままだった。

サカリは話を変えて書き上げた作品についての感想をヘイッキに求める。すると彼は「文句のつけようがない」と絶賛する。そして素直に「ありがとう」と賞賛を受け取る。

復讐心を晴らしたサカリは再び執筆に没頭する毎日に戻っていた。

物語の最後はサカリの描いた4コマ漫画によって締めくくられる。

1.水鉄砲を使って遊ぶ三人の子供たち*3

2.その場に母親が現れて声をかける。「シナモンのプッラが焼けたわよ!拳銃ごっこと焼き立てのプッラ どっちが大事?」

3.「プッラ!」と大声で返事して駆け寄る子供たち。

4.「本当はどっちも大事だけど、世界で一番怖いのは銃よりママだからね」と子供が笑いながら言うオチ。

問題なのは銃よりも人、可愛らしく描かれた漫画の中でサカリはその信条を遠回しに表現するのであった…。



余談


作中の冒頭で説明されるが、舞台であるフィンランドは銃の保有率が3位の国。ちなみに1位はアメリカ、2位はイエメンである。
サカリは狩猟によって発達したフィンランドではライフルや散弾銃、信号弾が多くて短銃は少ないから単純に比較はできない、と反論している。

作中の時間軸は2000年から2013年に切り替わるが、その間にフィンランドで銃乱射事件が幾度も発生している*4
有名なものは2007年のもの。いじめられていた高校生が銃を持ち出して男子生徒5人と女子生徒2人、そして校長1人を射殺して、その後に自身を撃って自殺するという凄惨極まりない事件であり、この事件の発生によって銃規制が強化されている。だが、翌年の2008年にも10人が命を落とす銃乱射事件が発生してしまっている。

漫画家が漫画家を描くというだけあって、仕事場である机周りや、執筆に使用するペンなどの描写が細かい。
その他にも「私の漫画は休載しないのが売り」「漫画家の気持ちなどおかまいなしに締め切りはやってくる」という作中の台詞の他、人気漫画家として長いキャリアを積んだ身でありながら徹夜しまくるサカリなど、制作サイドの本音が漏れているような点もチラホラ見受けられる。


追記・修正は焼き立てのシナモンのプッラを食べながら、新聞の漫画の欄を読みつつお願いします。


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