【はじめに】

SCP-701の記事にようこそ。

さて、解説する前に、財団には『殿堂入りコレクション』というくくりがある。
SCP公式によれば、この定義を満たすオブジェクトだということである。
1.記事はSCP財団メイン・リストとSCP財団ファン・コミュニティの両方にとって重要な存在でなければなりません。
2.記事は最低3年以上の物で、好(ポジティブ)評価でなければなりません。
3.いつかその記事が番号指定から外されるとファン・コミュニティが混乱する危険の可能性があるとスタッフが推測出来る十分に象徴的な記事でなければなりません。
この条件を満たすオブジェクトであるとSCP-EN職員が定義したのが以下のオブジェクト群である。

  • SCP-055 - [unknown] (正体不明)
  • SCP-076 - "Able" ("アベル")
  • SCP-087 - The Stairwell (吹き抜けた階段)
  • SCP-093 - Red Sea Object (紅海の円盤)
  • SCP-173 - The Sculpture - The Original (彫刻 - オリジナル)
  • SCP-231 - Special Personnel Requirements (特別職員要件)
  • SCP-239 - The Witch Child (ちいさな魔女)
  • SCP-343 - "God" ("神")
  • SCP-500 - Panacea (万能薬)
  • SCP-682 - Hard-to-Destroy Reptile (不死身の爬虫類)
  • SCP-701 - The Hanged King's Tragedy (吊られた王の悲劇)
  • SCP-882 - A Machine (機械)
  • SCP-914 - The Clockworks (ぜんまい仕掛け)
  • SCP-963 - Immortality (不死の首飾り)

現在はENではArchivedになってしまっているが、該当オブジェクトには今でもマークが付いており、財団世界を代表するオブジェクトとしての扱いは変わりない。
そしてこれらの多くはまた初心者が読むオブジェクトとしてもおすすめされやすい。
実際、彫刻くんや階段は報告書入門編としてはこの上なく機能しており、クソトカゲとアベルと神はチートの限界を示す指標となっている。
ちいさな魔女は現実改変能力が財団世界で如何にやばいかを示す好例であり、ぜんまい仕掛けやエロ猿ブライトは読み物として面白い。
丸くないやつは反ミーム入門として、500は財団のチート度合いを抑える意味合いで、231は財団の非情さを物語る重要なピースであろう。

しかしこの中で3つほど、あまり初心者入門編として使われないオブジェクトがある。
ひとつは非常に長く複雑なため、初心者にはきつい紅海の円盤。
ひとつはそもそも影が薄い機械。

そしてもう一つが、「初心者には難しい」としばしば語られる本オブジェクト、吊られた王の悲劇である。




登録日:2019/04/18 Thu 18:02:38
更新日:2024/04/17 Wed 01:41:45
所要時間:約 13 分で読めます





乌声了却 黑星灿然 所谓缢王 凄凄艾艾
座有荆棘 冠如锁链 异鬼幽冥 环伺其间
舞宴盛然 裙裾招展 若是假面 笑乎悲哉
高低楼阁 若虚若幻 迷墙回环 去不复返
群氓列王 惊其辉煌 诸魔众神 怖其伟岸
庶民之血 缢王享之 愚者之血 尽献堂前
乌声纷然 黑星黯淡 所谓缢王 呜呼哀哉


画像出典:http://www.scp-wiki.net/and-so-the-crows-laughed ,by SunnyClockwork, 2019/04/18閲覧
この画像は『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』に従います。

SCP-701は、シェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクトである。
オブジェクトクラスはEuclid。
項目名は『The Hanged King's Tragedy (吊られた王の悲劇)』。

さて、このオブジェクト、実は言うほど難しくない。むしろ173や682と並ぶかなり平易な部類である。


概要

SCP-701と指定されているオブジェクトは、現在、とあるサイトの書庫に厳重に保管されている。
この書庫に入るには3人の博士から直接許可を得なければならず、また厳正に監視されている。
具体的には以下のような物品で構成される。

2部の現存する1640年版のクォート版のコピー。
27部の1965年版の大型ペーパーバック。
10部の1971年版のハードカバーのコピー。
21部のフロッピーディスク([削除済み]への強制捜査により入手されたデータから成る)。
1本のS-VHSビデオカセットテープ(SCP-701-19██-Aに指定)。
1本の起源不明の鋼鉄製のナイフ(SCP-701-19██-B)。

で、これらはなんなのかというと、とある劇台本である。
全五幕からなるチャールズ1世時代(1625年 - 1642年)の復讐悲劇であり、
これを上演すると3割ほどの確率で、演者と観客に精神影響を及ぼし、突発的な精神病と自殺衝動、そして謎の人物(SCP-701-1と指定)の出現で死人が出る。
興味深いことに、この劇はハムレットなどの劇の『非暴力的な』代替品としてかつてから演じられていることが調査により判明している。
過去数万人がこの劇の上演によって亡くなったと見積もられている。

ちなみにこの犠牲者の発生した上演においては基本的に共通するパターンが見られる。
まず、上演開始の1-2週間前から、このオブジェクトとは違うシナリオに合わせたリハーサルを行いだす。
しかし出演者・裏方ともにそれに気付く様子がない。
その後、封切り地方公演、あるいは上演で最も観客のいる回に合わせてイベントが発生する準備が着々と進む。
まず、全身をシルバーで巻いた人物が舞台脇に現れる。この時点では出演者がこの人物に言及しない。
第5幕のシーンでこいつは吊られた王として振る舞い、出演者はお互いに殺し合ったり自殺しだす。
しばしばひとりでに小道具が出現し、観客もまた周囲の人達をそれまでの人間関係にかかわらず攻撃する。
そしてたまに(という表記なのがもうアレだが)生存者がいればイベントから24時間以内は錯乱状態で劇場外でも暴れる。
その後恢復するのだが、そのときにはもうトラウマ。何割かは記憶を失い、あるいは昏睡し、そうでなければ精神病に陥る。

そしてもうひとつ。これはミーム的伝染するオブジェクトなのだ。
ただし、そのミーム伝染方法は通常の考えられる口コミとかではない。
情報が人々に届き、それによって精神影響が起きるという点ではねこですとおなじですよろしくおねがいします

このオブジェクトは劇台本でしかなく、しかもそんなに長くなさそうなストーリーである。
しかし収容されているオブジェクトの構成要素数は明らかにめちゃくちゃ多い。

実はこのオブジェクト、財団の収容を逃れ度々ひと目に触れる。
財団は確認できただけの台本やペーパーバックなど、ありとあらゆる媒体による劇台本を収容、もしくは破壊し、
この意味わからん上に死人がたくさん出る劇が上演されないようにしてきた。
上演されそうであれば全力で阻止するほどにである。

にもかかわらず、オンライン上のコピーは未だに、ときに違うタイトルに偽装されつつ手に入るようになっており、
また大学や高校の図書館にも定期的に劇台本が出現してしまう。
…そう、本やインターネット上のウェブデータとして勝手に増殖して精神影響を及ぼすという点でミーマチックオブジェクトなのである。


いやこれ収容できてねえし死者が夥しいしKeterじゃねえの!?




と思うだろうが、O5裁定で「でも定期的に数百人が死ぬだけで済むなら我々の知るアノマリーでは良心的ではないか?」という理由でEuclidなのである。
まあ確かに、犠牲者が更に拡散するっていうわけでもないし…。

吊られた王の悲劇のあらすじ

Trinculo王国はSerkoの国王スフォルツァは、政界を引退し、やがて天に召された。
後に王座に座ったのがスフォルツァの弟ゴンサーロである。ゴンサーロは、前王の妃と婚姻し、即位式を開く。

おそらくはTrinacria(シチリア)の誤記であろうこの国のシラクサはそもそもシチリアの首都ではなく、
スフォルツァとゴンサーロに相当するモデルも見つからないとなんJや鬼女、嫌儲を超える特定フリーク財団は言う。
物語に於いて重要な役割を果たすミステリアスだが強力な国家、Alagaddaも歴史上存在しないし
そもそもそのストーリーがかなりファンタジックであるという。


第1幕

「前王が自然死して後釜に弟が即位」という最大級のフラグがビンビンに立っていらっしゃる、疑いを加えて差し上げろ。
ということで、前王妃イザベラは「夫は自然死ではなく、ゴンサーロと私が共謀して殺したのよ」と即位式で酒の勢いで喋り始める。
更にそこにはじめて来た下級貴族アントニオが実はスフォルツァとイザベラの息子であり、正統後継者だと話すのである。

無論いきなりそんな事言われてもアントニオも取り合うはずもない。
アントニオは宮廷をあとにして、その従者は高級娼婦と待ちに待った夜戦に挑もうとするが、
そこにアントニオが狂乱しながら飛び込んでくる。

「前王の幽霊を見た!王妃の言葉は本当だったんだ!」

第2幕

魔剤?ありえん恨みが深い」と思ったゴンサーロは、そのイザベラの告発を聞いた公爵とその娘、
そして聖職者の人生をコンティニューできないようにと、自らの共謀者たる召使いロドヴィーコと相談した。
またイザベラを発狂したという理由で修道院に入れようとした。イザベラはそれに反抗せず素直に収容される。

そしてゴンサーロはAlagaddaの外交官と何やら話をつけた。

一方アントニオはイザベラが修道院に収監されたというニュースを召使から聞いて復讐を企む。

第3幕

ゴンサーロはロドヴィーコと共謀して公爵をおびき寄せると、殺害。
そして人肉シチューを作ろうとする。お前はどこの項羽

そしてその娘アリンダを修道院に収監する。

いっぽうアントニオは狂気を装い修道院に忍び込もうとする。
それを聞いたイザベラはアントニオを毒を用いて殺そうとするも、アントニオに返り討ちに合う。
一方召使いはアリンダを発見し解放した。

第4幕

ゴンサーロはAlagaddaから無味の毒を手に入れて公爵シチューに入れようとロドヴィーコと共謀。
しかし舞台からロドヴィーコが立ち去ると急に罪悪感に苛まれる。

召使はアリンダをアントニオに紹介し、アリンダは自分の父親が殺されたことをアントニオに伝える。
アントニオはアリンダと結婚することを約束する。

王宮の護衛兵と聖職者が踊る。その背後にはロドヴィーコの影。以後聖職者が舞台に立つことはない。

第5幕

ゴンサーロは配下とパーティをし、人肉シチューを出そうとするが、そこにアントニオが血統書をどこからやら見つけてきて示す。
配下はゴンサーロを殺そうとするも、アントニオはそれをかばって修道院に入れることを宣言。
そしてアントニオはアリンダとの結婚計画を立てることを召使いに命じる。

『吊られた王』

あるインシデントでは、アントニオはゴンサーロをかばうことはなく、アリンダとともに逃げるゴンサーロを引きずり、
天井から降りてくるロープにその首を括り付ける。更にそのお腹をナイフで切って腸をぶちまける。
そしてゴンサーロ(役の役者)が死ぬと、アントニオはアリンダにナイフを手渡し、アリンダの手で刺殺される。
そしてアリンダを含めた出演者たちは皆ロープに自分の首をくくりつけて死に、観客からは悲鳴が上がっていた。
なお観客も死んだが、たまたまビデオカメラで撮影されていたため映像が残っており、ナイフもろとも財団によって収容された。


このオブジェクトのシンプルな本質 ~そしてなぜ難しいと解釈されるのか~

SCPは今でこそ、ホラーから離れていき、離反者を生むことにもなっているが、
このオブジェクトが執筆された当時は紛れもなく共同怪奇創作であった。

このオブジェクトのホラーポイントは以下の通りである。

①演じると確率で台本とは違う劇になり、多数が死ぬイベントの発生
②そのイベント時に出てくる、おそらくは『吊られた王』と思われる鎖でぐるぐる巻きにされた実体
③財団が収容を続けているにもかかわらず依然として拡散する劇台本

逆に言えば、他の部分はこの3点を盛り上げるためのフレーバーとしてのみ存在している
極論してしまえば別に台本がどんな内容であるかなんて関係はなく、
インシデント事例にしても代表例というわけでもない「たまたま残った」一例であるため、
鎖ぐるぐる巻き実体がそもそも何者なのかすらヒントがない。仮にぐるぐる巻き実体がスフォルツァだとしても
スフォルツァがゴンサーロを救済するような台本を許せないのかもしれないし、
スフォルツァが自分を出汁に権力者となったアントニオを許せないのかもしれないし。
また別にゴンサーロとして考えて「実はアントニオに殺されてるけど劇作家や歴史家に歴史を歪曲されていて」
復讐をするために劇を起こしていると考えることもできるかもしれない。
しかしどんな断定をしようがそもそも劇台本が要約文しかないため根拠として結びつけるには弱い。

そもそも劇台本でありながら要約しかないため、
なんでアントニオがアリンダと急に結婚すると言いだしたのかもわからないし、
舞台裏で血統書を見つけてくるあたりは唐突な印象を受ける。
イザベラが酒の席とはいえいきなりべらべら喋りだした理由もわからないし、
…と枝葉末節がないせいでかえって幹がこの木なんの木か特定できない。
スフォルツァは善王だったのか、ゴンサーロは悪王だったのかさえ分からない。

…でもって、別に作者はTaleとかを残しておらず、あえて言うなら別に推理してもらうことを狙ってもいない
むしろホラーなので、ある程度妄想の余地を残しておこうと考えたのかもしれない。
3ページで構成される点と妙に考えさせる劇台本の存在から昨今のオブジェクトを読み慣れた人だと
「考察」したくなるだろうが、当初の財団創作はむしろクロスオーバー全盛期であり、
クロスオーバーにつなげてほしいと考えて執筆されたとするほうが自然であろう。

とはいえ、このオブジェクトが実際に結び付けられるのは執筆された2009年よりだいぶたった2015年。
現在では作品に出てくる「アラガッダ」サーキック・カルトとの関連をつけられている*1ため、
サーキック・カルトの物語における舞台装置として使われていくこととなろう。
そういう文脈でならば『解釈』もできるようになるかもしれない。

とはいえ、物語を整理するとシンプルであることに気付くが、逆に言えば財団創作になれていない初心者にとっては、
その執筆時期からどういった作風であろうか推定しなきゃいけないという意味では複雑なのかもしれない。
また同時期に書かれた、『SCP-610 - The Flesh that Hates (にくにくしいもの)』同様、
日本に財団創作が紹介される頃にはすでにサーキック・カルトに結び付けられているため、
サーキック絡みとして解釈しようとしてしまうことも難しさを感じさせる要因なんだろう。



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最終更新:2024年04月17日 01:41
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*1 直接的に引用されているものには『SCP-2264 - アラガッダの宮廷で』が存在する