恐怖!妖怪くびれ鬼(ゲゲゲの鬼太郎)

登録日:2019/04/16 Tue 20:00:00
更新日:2019/04/28 Sun 20:04:05
所要時間:約 20 分で読めます






「こんぴゅーたーを扱えればエライのかってンだアーっ!!」
人のいない深夜の公園で、ベンチにもたれた中年のサラリーマン、筒井俊彦が叫んでいる。
「こちとらなん十年も、そんなモン使わずに仕事してきたンだよ!!」
まだ中身の残っていたビール缶を投げつけて絶叫する。けれどその声は、怒りではなく悲しみの調であり、まるで泣き叫ぶ子供のようにも聞こえた。
「もう、おれたちの時代は終わりかねえ……長い世の中ヤだったなあ、ッくしょオ……」

「それじゃあ、あなたの行きたいところに連れていってあげましょうかねえ……」
そんな彼の前に、いつのまにか大きなコートの男が立っていた。
しわがれてくぐもった、怪しげであれどもどこか懐かしさを感じさせる声に、俊彦は思わず視線を向ける。
「なにもかもが興奮に満ちていたあの時に、あなたが世界の中心だった、あの遠いむかしに……」
男の手に握られていたビールの空缶は、彼の手を離れると、姿を変えた。
青と緑の中間の、奇妙で優雅にゆがんだ、ビー玉の入ったガラス瓶に。

まだ子供だったころに、憧れと親しさを感じた、あの懐かしいラムネ瓶に。

「そんなことが、できるのか……!?」
「いらっしゃい……」
誘う白い手袋に手を引かれて、くたびれたサラリーマンは東京のビルの森を歩いていった……



恐怖!妖怪くびれ鬼




「恐怖!妖怪くびれ鬼」とは、水木しげる原作の「ゲゲゲの鬼太郎」アニメ第四期のエピソードの一つ。第十九話。
原作はなく、アニメオリジナルエピソードの一つである。



【ストーリー】

筒井俊彦は、娘の晴美とともにマンションから出た。妻の敏子が鞄を手渡してくれる。
「お弁当、入れときました。かならず食べてくださいね。あまり飲み過ぎないように」
敏子の顔はどこか浮かない。ここ最近、夫は急にやつれてきた。栄養失調の気配を感じていた。
けれど俊彦は穏やかに返事をして、娘とともに静かに部屋を出るだけだった。なんの変哲もなく、いつものように……


その彼の背後、廊下の反対側から、帽子とコートで全身を黒く包んだ男が、唯一白い手袋をひらひらさせて誘っていた……
おーーいーー…………こちらを誘う声なき声を、俊彦はなんとも言えない表情で、肩越しに振り返っていた……



やがて父とも別れた筒井晴美は、小学校で村上祐子とともに画用紙に絵を描いていた。
しかし晴美の顔は浮かない。しかも校庭に出ているのに、描いているのは父の顔だ。
「晴海ちゃん、お父さんの具合大丈夫?」
「うん……元気はあるんだけど……なんだかどんどん痩せてくみたいなの……」
じつはこのごろ、世間では中年男性の突然死が相次いでいる。そうした社会不安が身近に迫っているのを、彼女も感じているようだった。


と、そこに耳になじんだダミ声が。
「中年の、働き盛りのはずのお父さんがなぜかどんどん痩せていく……妖怪の仕業の匂いがしますナア」
なぜか気障ったらしく花の匂いをかぐ振りをするのはねずみ男
唖然とする晴海に、ねずみ男は「妖怪問題研究所所長」なるいかがわしい名刺を差し出した。
ところが旧知の祐子はあっさり断る。もうちゃんとした人に相談済みだから、と。
「街のいい加減な相談所に行くと高いカネ取られるだけです! ちょっと待ってねエン……」
とこのいい加減な男はおもむろに算盤を取り出して勝手な計算式をまくしたて出すが…

「いい加減にしないか、ねずみ男!」
子供相手に算盤を弾くというみっともない真似をしていたねずみ男を怒鳴りつけたのは裕子の相談を受けてやってきた鬼太郎だった。
「また鬼太郎か……チッ、おめエが無料で相談受けたりするからヨオ、こちとら被害甚大だぜ!」
それに対する返答は猫娘の爪。
「妖怪でエ! 金儲けしようとするアンタが悪いッ!!」

改めて鬼太郎が晴美の前に進み出る。晴美から相談を受けていた祐子が、霊界ポストに手紙を出していたのだ。
鬼太郎と目玉おやじ、それに猫娘は、晴美から話を聞いた。



夜、マンションにそろった筒井一家は穏やかに夕食を食べていた。
しかし、なぜか父の俊彦は食事にほとんど手を付けていない。敏子も晴海も不安げに父の顔を見つめるが、俊彦はなぜか上機嫌で伸びをすると、「ちょっと煙草を買ってくる」と軽やかな足取りで出ていった。

……しかし、アリガトウゴザイマシタ、と録音音声を流す自販機から煙草の箱を受け取って、帰路についた俊彦は、ふとミラーを見上げて頬を撫でた。
「……なんだか痩せちまったような気がするなあ……向こうの世界に行ったことと関係あるんだろうか……」
……妻子が案じてくれた言葉は、確かに彼の心に届いていたのだ。

けれどその思いは、背後からの声に消えてしまう。
「嫌だったらいいんだよ。あんたが行きたいっていうから連れていってやったんだ……」
あの黒いコートの男は、今度は誘わずに立ち去った。
けれど……呼び止めなければきっとこの先二度と現れないだろう男を、俊彦は見送ることができなかった。
それを振り切ることはできなかった。

「待ってくれ、もういちど! もういちど連れてってくれ!」
俊彦の目は輝いていた。希望と生気に、瞳だけが満ちていた。
「じゃあ、行きましょう」
白い手袋がひらひらと誘う。おーーいーーーでーーーー……と、声ならぬ声で導く。

行き着く先は路地裏の突き当たり、立っている古めかしい祠。
コンクリートの世界となった東京には似つかわしくない、けれど不思議と落ち着くような、奇妙な祠……
その祠の扉が開いて、コートの男と俊彦を吸い込むと、夜の闇に消えてしまった。


尾行していた鬼太郎は、そこで俊彦を見失ってしまった。しかし姿は見えないが、妖気の痕跡は残っている。
「晴海ちゃんのお父さんは、どうも妖怪とつきあっているようじゃなあ……はてさて……」




その先は東京だった。


木製のゴミ箱と石の防火箱が並び、
竹を組んだ物干し棚に、淡い色の服が棚引き、
背の高い煙突から、黒い煙がもくもくと噴き出し、
山林の軽トラのほかになにもない公園に土管が積まれ、
背の低い民家が雑然とひしめいて、
竿竹屋の間の抜けた声が、遠くから聞こえてくる……

昭和三十三年の東京に、俊彦は立っていた。



「大ちゃん、テツミ、キー坊……ベソゴリラ……」
クリーム色の路面電車がのろのろ走る。その路線に釘を置いて、きれいに潰されるのを、四人の仲間と一緒にのぞき込んでいた。
危ないことをするんじゃないと薬屋の店主に叱られて、笑顔で逃げていた。
「メンコ、ビーダマ、ベーゴマ……」
縄で縛った古い桶の上で、コマを回していた。自分はよく勝った……

カン、カン、カン、と、拍子木が三つ鳴らされた。
「ああ、紙芝居!」
そこで、四人の友達が駆け寄って手を取った。
もう、いまとなってはすっかり遠ざかってしまった、幼馴染みたちが――――
「トシ坊、行こうぜえーっ!」
「うん!」


墓場の鬼太郎』を見せてくれた紙芝居のおじさんが、細いコーンにソースを塗って、そこに薄い煎餅を乗せてくれる。
「はいよ、ヘリコプターだ。今日はサービスだ、おカネはいらないよ」
帽子とマスクで顔を隠したおじさんに、トシ坊は純粋な笑顔でお礼を言って、「ヘリコプター」をかじった。

……その穴空きマスクが不気味に光ったことに、トシ坊は気づかない。
その男の声が、四十年後の黒いコートの男のそれだとは、いまの俊彦は気づかない。

「かくしてこの大冒険、本日はここまで!」







……平成八年の東京で、顔を洗った俊彦は鏡をのぞき込む。
「ラムネ、アンコ玉、アイスキャンディー……ソース煎餅……」
うつろになったその顔は、まるで七十を過ぎた老人のようになっていた。
「お父さん!? 本当に朝ごはん、いいんですか!?」
「ああ、ハラぁ空いてないんだ……」
やせ細った俊彦は、それでもなにも食べずに出社していった……

……肩越しに振り返れば、そこにはずっとあの男が、白い手袋をひらひらさせて……
「トシ坊、行こうぜえーー……」


その情報を、鬼太郎たちは砂掛け婆に打ち明けていた。
話を聞いたおばばは「黄泉の世界に連れていかれておるのかも知れん」と言い出した。
「そこはこの世に疲れた人間どもの、心のなかに思い描く、理想の街が作られるんじゃよ」
しかしそれは安住の地という意味では決してない。それどころか死の世界だ。
「黄泉の世界の食べ物を口にするたびに、魂はやせ細り、最後には本当に死んでしまうんじゃよ!」


一方、晴美も、また父がやつれているのを敏感に感じ取っていた。
「……お母さんが言ってた」
相談に乗ってくれる祐子に、晴美は打ち明ける。
「会社で若い人たちが先に出世して、なんだか仕事したくないみたいだって……」
「…………ふーん…………」
「あたしお父さんが偉くなんなくてもいいんだ! ……いつも元気なお父さんが好き」
そんな友人に、祐子は努めて明るく声をかけた。
「だいじょうぶ! きっとまた元気になるよ! 鬼太郎さんがなんとかしてくれる!」



砂掛け婆を加えた鬼太郎たちは、あらためて俊彦を尾行していた。
袖口から「妖怪遠眼鏡」なる望遠鏡を出した砂掛け婆は、俊彦の魂を確認。それはすっかりやせ細っていた。まさに風前の灯火だ。
しかも俊彦は明らかに帰路とは違う道を進んでいる。黄泉の世界に向かっているのは明らかだ。

駆け出した鬼太郎が路地裏の入り口で呼び止める。
「あなたはだまされているんです! 目を覚まして! 晴海ちゃんのもとへ帰ってあげてください!」
晴美……その名前を、俊彦はぼんやりと口にした。


その瞬間、背後の祠から白い手袋が飛び出して、一瞬で俊彦を呑み込み消えてしまった。
「しまった……!」


しかし今回はその祠を目撃している。
遅れて走ってきた砂かけ婆は、妖力を込めた砂を発して祠をむりやり引き出し、黄泉の世界に突入。
鬼太郎父子と猫娘、それにねずみ男までが追ってきた。
「なんであんたまでここにくンのよ!」
「理想の世界だったら居座ろうと思ってよオ……」

周囲にあるのは背の低い民家と、ひょろながく見える木造電柱と煙突、くすんだ色合い……
「なんだか、懐かしい風景ですね……」
「晴海ちゃんのお父さんが幸福だった時代、つまり子供のころの世界じゃなあ……」
しかし感傷に浸ってはいられない。俊彦が次に黄泉の世界のものを食べれば、もう助からない。まして空はもう茜色になっている。夕飯時の設定だ。
鬼太郎たちは散開して、子供になっているかもしれない俊彦を探すことになった。




そのころ俊彦――子供の「トシ坊」は、優しく微笑んでくれる、恰幅のいい中年の女性……自分の母親に迎えられていた。
「手をよーく洗っといで。今晩はトシ坊の大好物の、おはぎにしたよ」

家のなかを通って裏庭に出れば、父がポンプを動かして水を汲み上げ顔を洗っている。
大工仕事で鍛えたのだろう、毛の生えた腕は太くて、精悍な顔とあわせて頼もしかった。
「おうトシ坊。なにつっ立ってんだよ。速くこっち来て、手エ洗え」
「あ! うン」
父がポンプを動かして汲んでくれる水に両手を浸らせて、トシ坊は……俊彦はぼんやりと言葉を零した……

「とうちゃんやかあちゃんは、貧しくたって子供のぼくになんの心配もさせないように、いつも明るく暮らしてた。…………それがどんなに大変なことか、大人になって初めてわかったんだ…………ぼくは、そんな強い大人になれそうもないよ……」

……そんなトシ坊の頭を、とうちゃんの大きな左手が、ぐりぐりと撫ぜてくれた。
「ナニ生意気いってやがる。ガキはそんなこと心配しなくていいんだよ!」



と、なかから突然「ドロボーーウッ!!」と大声が。
なんとねずみ男が、かあちゃんが振り回す帚にぶん殴られていた。
「せっかくトシ坊に食べさせようと思ってたおはぎを、ぜえんぶ食っちまいやがって!!」
肝っ玉かあちゃんの猛攻を受けるねずみ男。そこに、今度はとうちゃんが大工御用達のノコギリを抱えて飛び込んできた。
「野郎! ただじゃおかねえ!!」
幹竹割に振り下ろされたノコギリに恐れ戦いて、ねずみ男は一目散に逃げていく。
しかし戦争を掻い潜った大人たちの怒りはすさまじく、猛烈な勢いで追いかけていった。


その大騒ぎを、たまたま近くにいた鬼太郎が見つけた。
幼い子供の姿だが、黒ぶちの眼鏡と右目の下のほくろは間違いない。
「さあ、帰りましょう! 晴美ちゃんが心配して待ってます!」
「晴美……!?」
『娘』の名前を口にした「トシ坊」は……

「戻ったらいかん! トシ坊!」
父の声を聞いて、大人の「俊彦」に戻っていた。

目の前の父よりも年を取った、いまの姿で、俊彦は両親に向き合っていた。
「おまえの好きなこの世界にずっといればいいじゃねえか!」
「おまえは、いつまでも私たちの子よ!」
親として……父親と母親として、家族として呼びかけてくれるふたり。それは、心からの声で……ずっと心の底で求めていた声で。


けれど……それでも俊彦は拒絶する。拒絶しなければいけなかった。


「ありがとう、とうちゃん、かあちゃん。でも……ぼくにはもう妻も子供もいるんだよ!
むかしのように甘えていられないんだ……もうここにはいられないんだよ!」


「とうちゃん……! かあちゃん……!」
止められない涙に顔を濡らして、押さえられない悲しみに肩を震わせて、それでも俊彦は拒絶した。
自分で立つことを、両親に、自分に、言い聞かせていた。




瞬間、夢が終わった。

懐かしい街並みも両親の姿も消えて、赤黒い闇が――世界の実相があらわになる。
『邪魔しおって……あと一口黄泉の食べ物を食べれば、こ奴の魂、わしのものになったのに……!』
聞こえてくるのは老婆の声。そして、上空にあの帽子とコートが浮かび上がったかと思うと、穴空きマスクで顔を隠した紙芝居のおじさん(●●●●●●●●)が飛び降りる。
「おまえは……!?」
驚く鬼太郎と振り向いた俊彦のまえで、その男は衣服を投げ捨て、巨大な鬼婆の姿を現した!!

「こ奴! 妖怪くびれ鬼じゃ!! 現世に疲れた人間の心に取り付いて、黄泉の世界に連れ込む凶悪な妖怪じゃ!!」
『なにを言う! その男が望んだではないか! この世界を訪れて充分に楽しんだはずではなかったのか!? そのかわり、魂をもらうだけだ!!」
「黙れ!! おまえがそういう気持ちにさせたくせに!!」
『その男が楽しんだぶん、返してもらう……!!!』

逃げ出す俊彦と迎え撃つ鬼太郎。しかし髪の毛針も霊毛ちゃんちゃんこも、くびれ鬼にはまったく通用しない!
くびれ鬼が支配するこの世界にいては勝ち目はない。鬼太郎父子も逃げ出した。
さらにはねずみ男、猫娘、砂かけ婆もくびれ鬼を発見。とにかく、最初に下りてきた公園へと全力で駆け出した。


……苦しい息で公園にひざまずいて、俊彦は妻と娘に侘びていた。己の父のようになれなかったことを詫びていた。
「晴美、母さん……父さんを許してくれえ……!」


俊彦とねずみ男にやや遅れて、鬼太郎たちも公園に到着。砂かけ婆が妖怪遠眼鏡を使って出入り口を確認し、そこに鬼太郎が妖怪オカリナから鞭を伸ばして通す。
木造の電柱の脇を這うようにして伸びた鞭は、平成の主流となった、コンクリート製の信号機に絡みついた。

『逃がさん!!』
そこにくびれ鬼が出現し、猛然と襲いかかる。
だが間一髪、鬼太郎が鞭を引き込み、全員一塊となって黄泉の世界から飛び出した。



空を潜り抜ければ、そこはコンクリートに包まれた平成八年の夜空。
そしてぼんやりと浮かび上がった祠から、くびれ鬼が飛び出した!
『おのれ、わしの魂を、返せえええええええッッ!!!』

しかしもはやここはくびれ鬼の世界ではない。俊彦を鷲掴んだくびれ鬼だったが、鬼太郎の髪の毛針を顔面に浴びて悲鳴をあげる!
間髪入れず、鬼太郎が霊毛ちゃんちゃんこを投げる。それは瞬時に巨大化して、くびれ鬼の巨体を包むと完全に封印してしまった。
「なんとか、取り押さえました、父さん!」
「うむ。でかした、鬼太郎」
くびれ鬼を閉じ込めたままのちゃんちゃんこに飛び乗りながら、目玉親父は満足げにうなずいて、続けた。

「人は時として、これといった理由もなくすべてが嫌になってしまうことがあるもんじゃあ。でもそんなときは、くよくよせずに、楽しいことやおもしろいことを思い浮かべれば、くびれ鬼なんぞに取り付かれることもないのじゃよ」

……自分と同じ、父親からの言葉を向けられて……そして、己の親の思い出に向けて、俊彦は「ありがとう」と一瞬瞑目する。
そして、あらためて全員に礼を述べた。
「むかし、親父やおふくろががんばってくれたように、今度は私がしっかりしなくては……」

あとはくびれ鬼の始末だけだ。砂かけ婆と目玉親父はふたりでくびれ鬼を神聖な山に封じることとした。
「鬼太郎。それまでちゃんちゃんこがなくても、我慢せいよ」
「はい。大丈夫ですよ、父さん」



「わたしのお父さん、筒井晴美。
わたしは毎朝、お父さんと一緒に家を出ます。歩きながら、会社のことやお仕事の話を聞くのがとても好きです。
たまに、お父さんでも会社に行くのが嫌になるときがあるそうです。
そういうときは、楽しいことやおもしろいこと、家族のことを考えると、ファイトが沸いてくるそうです。
わたしは、そんなお父さんがとても好きです」



【解説】

ホラー路線に進めばすさまじい恐怖感を刻みつけ、感動路線に走ると涙腺を破壊し尽くす四期鬼太郎。
今回はその四期独特の感動路線とホラー調が全力全開で炸裂した逸品である。

また、本シリーズが「原点回帰」を軸に置いていたこともあってか、「昭和」の演出がとにかく印象深い。
黄泉の世界が演じる「昭和ノスタルジア」は、昭和三十三年という時代を存分に描き切っている。
また、それとの対比で現実世界の「平成ノスタルジア」もまた強烈な印象を刻んできている。
一回で昭和と平成、二つの思い出と三つの世代を股に掛ける、非常に趣のある名作である。


【登場人物】

「なんだか、懐かしい風景ですね……」
村上祐子の依頼で事件解決にあたる。
昭和の世界に戻ったところ、上の感想を漏らしている。
鬼太郎は昭和二十九年の生まれなので、昭和三十三年当時は五歳、平成八年では四十二歳。彼の年齢を感じさせる一幕である。
ラストでは、父と霊毛ちゃんちゃんこがしばらくなくなることになってもしっかりと頷いており、しっかり者の大人としての存在感を発していた。

「フーン、人間と言うのは大変じゃのう」
解説役も砂かけ婆と分け合ったので、活躍は少なめ。
しかし、序盤では中年男性の突然死が流行っていることに上のような妖怪らしい感想を零したり、ラストでは年長者として人生の薫陶をしたりといった、彼らしさも描かれている。

「バカ!! マジメな話なんだからねエッ!!!」
今回活躍はほぼなく、ねずみ男への制裁や発破かけなどのみ。

「おれだったらよオ!! 美女とご馳走に囲まれて、その街で面白おかしく暮らすんだけどなあ!!」
俊彦の「理想の世界」と自分の理想のギャップに苦しむ……なんてことはいっさいないが、とにかく即物的な男なので「思い出」という俊彦の夢はまったく理解できなかった。
役たたずの上にKYだが、黄泉の世界では俊彦が食べるはずだったおはぎを全部食べてしまったために、かえって彼を助けることにもなっている。

  • 砂かけ婆
「恐ろしいことよ……」
中盤から参加。状況を正確に察知し、「妖怪遠眼鏡」という特別な望遠鏡を使い、隠れた祠を暴き出し、とサポート役・解説役として大活躍。
彼女が来てから戦いの流れが変わっており、一番の功労者と言える。

  • 村上祐子
「だいじょうぶ! きっとまた元気になるよ! 鬼太郎さんがなんとかしてくれる!」
小学生トリオのひとり。友人の筒井晴美の相談に乗り、鬼太郎に手紙を出す。
四期の作風もあいまって、年齢を超越して大人びている彼女だが、今回も売り込むねずみ男に丁寧な言葉で断ったり、鬼太郎のことを分かり易く紹介したり、悩む晴美をあえて明るく励ましたりと気の使えるところを見せている。
言動・声優の演技・ビジュアルともに、晴美よりも大人に見えてしまう。

  • 筒井晴美
「ますますやせちゃったみたいで……授業参観に来てくれるかわかんない」
俊彦と敏子の娘。祐子のクラスメイトでもある。
明るい性格の活発な女の子だが、父親の不調を敏感に察したり、それをあえて父には言わなかったりと、空気を読みながらも案じる美しい性格が垣間見える。

  • 筒井敏子
「今日、お医者さん、行ってください」
俊彦の妻で晴美の母。
出勤する父に鞄を手渡ししたり、健康状態が気になる夫に何度も言葉をかけたりと、晴美と同様に俊彦のことを大変気にかけている。
一方、娘にも車に気をつけるよう言葉をかけており、彼女もまた全力で家族を支えている。良き妻であり母であり、家族の一員であることが、少ない登場シーンの全てで描かれている。

  • 筒井俊彦
「とうちゃんやかあちゃんは、貧しくたって子供のぼくになんの心配もさせないように、いつも明るく暮らしてた。…………それがどんなに大変なことか、大人になって初めてわかったんだ……」
本編の主役。
平成に入って変わっていく世界、見通せない未来、時代の変化に追いつけない現実……そういった「九〇年代」の荒波に翻弄され、自信を喪失して泣き崩れ、迷い疲れたところに、くびれ鬼に漬け込まれる。

今回、俊彦は親としての姿と子供としての姿を繰り返す。
最初の俊彦は、現実に苦しんですっかり自信をなくしていた。
そして子供の時代に戻り、懐かしい幸せに浸って、両親の姿を確認した。
息子のために一日一日を必死に生きて、懸命に積み重ねて、そして、それを当の息子に感じ取らせることなく、強くたくましく育ててくれた。
親としての、自分の理想の姿を、俊彦は思い返した。

だからこそ、俊彦は最後に両親のことを拒絶しなければいけなかった。
父にも父母がいて、母にも父母がいた。けれどふたりは、ふたりとも自分の力で独立して俊彦を育ててくれたのだ。だれにも甘えることなく、自分たちの責任で息子を育ててくれたのだ。
親を拒絶しなければならないのは辛い。いつになっても自分は両親の子であり、親はいつになっても親だ。
けれど、一人前の人間ならばいつまでも親に甘えてはいけない。独り立ちしなければ、独立しなければ、自分の力で強く生きていかなければいけないのだ。
それが人間というものなのだ。

俊彦の両親はそれを実践していた。
俊彦が真に両親の子であるのなら、両親が教えてくれたことを実践しなければならない。親から独立して、親として強くたくましく家族を導いていかなければならないのだ。
そして、彼はその両親の教えを真に理解した。
人間なのだから、時には迷うこともあるし、心が折れるときもある。けれど、それは「一時の心の迷い」にしなければいけない。そして俊彦はあらためて、父親として生きていく覚悟と決意を固めることができたのだった。


  • 俊彦の両親
「おまえの好きなこの世界にずっといればいいじゃねえか!」
「おまえは、いつまでも私たちの子よ!」
大工と思しきたくましい風貌の父と、いかにも昭和の主婦らしい風貌をした母。
俊彦が「敏子も晴美も」ではなく「妻も子供もいるんだよ」と発言したことを考えると、彼が敏子と結婚したときには夫婦ともに他界していた可能性がある。

俊彦が実際に回顧しているが、自分たちの苦労は決して表に見せることなく、子供にはなんの心配もさせまいと、必死になって一日一日を積み重ねて、生きてきた。
子は親の背を見て育つという。くびれ鬼の幻影とは言え、そこで描かれた両親の姿は間違いなく「俊彦の知る理想の親の姿」であり、彼の人生にもういちど指針となった。
ひとは死んで終わりなのではなく、さまざまな遺産を遺す。そしてそれは遠く未来にも受け継がれていく。両親が遺したものは俊彦に受け継がれ、俊彦はそれを敏子や晴美に渡していくのだ。


  • くびれ鬼
「トシ坊、行こうぜえーー……」
『この世界はわしの世界! おまえの妖力など利かんわ!!』
魂を捕食するべく、大がかりな幻影を仕掛けてひとびとを誘った。
人間の心の奥底に秘めた思いを掌握し、逆らいがたい欲求、夢、理想を餌に絡め取ろうとする、驚くほどに人心を掌握した策略を展開した。
俊彦には克服されてしまったが、ほとんどの人間ならばそれを夢とも思わず、自分の理想に溺れて命を失ってしまうだろう。
本編序盤では、目玉親父が「中年男性の突然死が増えている」という記事を読んでおり、多くの命を奪ってきたと思われる。
自らが支配する黄泉の世界では無敵を誇るが、外に出るとそうは行かない。

帽子とコートで全身を黒く覆い、唯一白い手袋をひらひらさせて誘う姿は非常に怪しいが、声ならぬ声と独特の雰囲気によって抗いがたい魅力と恐ろしさをにじみ出してくる。
この空気感を含めた演出は四期鬼太郎の真骨頂とでも言うべきもので、他シリーズにはとてもまねできない独特さがある。

一方、正体を現してからは不気味さから一転、甲高さと重苦しさを織り交ぜて、恨みと怒りの波長を織り交ぜた凶暴な声色となる。
擬態状態の「不気味なホラー」から、殺意を剥き出しにした鬼婆という「鬼気迫るホラー」へと見事な転身を果たしており、二つのベクトルを併せ持つ怖さは見事の一言。



【余談】

東京タワーが建設中の状態で登場しており、その姿からすると過去シーンは昭和三十三年の再現と断定できる。


紙芝居のシーンでは「墓場の鬼太郎」が上映されている。鬼太郎とねずみ男が描かれているが、さすがに原作イラストではなく、四期風のイラストになっていた。
鬼太郎シリーズの黎明は紙芝居「ハカバキタロー」であったのは有名か。


くびれ鬼の能力は、まくら返しに近いところがある。特に、自分の空間では無敵を誇ると言うのは、三期まくらがえしを思わせる特徴であろう。




『フフ……項目を追記・修正するたびに、おまえの魂はわしのものになっていく……』



この項目が面白かったなら……\ポチッと/