ラーフ(インド神話)

登録日:2019/03/23 Sat 02:34:24
更新日:2023/01/30 Mon 09:40:39
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■ラーフ

『ラーフ(Rāhu)』は、インド神話に登場してくるアスラの王の一人。
天の凶兆たる魔王である。
名は、捕らえる者を意味するとされる。
四本腕に長い尾を持つ姿をしていたとされるが、それ以上に首だけ怪人として有名である。
姿に関しては、後述の理由を考えると元来は非アーリヤ系の龍神や蛇神であった可能性もある。

インド神話に於ける第二の世界創造譚として、大叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』の他に『バーガヴァタ・プラーナ』や『ヴィシュヌ・プラーナ』で言及される乳海撹拌神話にて言及される。

以下の神話から天体の食の化身として東洋にも伝わり、仏教では羅睺阿修羅王と漢訳され、東洋占星術に於いては羅睺星は大凶星として扱われる。

実は、ラーフの説明自体はとても短くなってしまうが、インド神話でも人気が高い豪快な世界再生の物語を解説。
また、本来の神話でのショボさに対して、それ以外での解説が多い。


【乳海撹拌神話】

インド神話(特にバラモン-ヒンドゥー系のヴェーダ哲学)に於ける、ヒンドゥー世界の幾つかある創造物語の一つ。


シヴァ神の化身でもある、恐るべき聖仙ドゥルヴァーサスは最高の叡智の持ち主である反面、非常に短気で、自らに礼を失した者に対しては相手が誰であっても呪いをかけていた。

ある時、地上を彷徨っていた彼は、美しいヴィドヤーダラ(半神族)の娘の手に天界に咲く花で作られた花輪があり、その芳香が森に住む民に歓喜を与えているのを見て、それを請うた。*1

娘から気分よく花輪を受け取った聖仙は再び歩きだし、やがて神象アイラーヴァタに跨がった神々の王インドラと、御付きの神々に出会った。*2
ドゥルヴァーサスがインドラに花輪を投げてやると、インドラは受け取った花輪をアイラーヴァタに掛けてやった。
しかし、寄ってきた蜂が酩酊する程の花の薫りに神象は酔ってしまい、思わず花輪を地上に投げ捨ててしまった。

それを見ていたドゥルヴァーサスは激怒し、神々の王は自分を他のバラモンと同じに侮り、花輪を贈ったことに感謝もせず、受け取った花輪を頭に飾ろうともしなかった傲慢を指摘した。お前の傲慢はいいんかい。

怒りのドゥルヴァーサスは、報復として神々の王が支配している世界≒つまりは全世界への呪いを掛けることを宣言した。

慌てた神々の王は神象より降りて許しを請うが、聖仙は許さず呪いを発動。
怯えたインドラが居城アマラーヴァテイに帰って直ぐに、世界の異変が伝えられた。

植物は枯れ、バラモンは苦行を止めた。
人々から礼が失われて絆が崩壊し、喜びの心を無くしてしまった。
神々への讃歌も捧げられなくなり、これによって神々が力を失っていくのを見て、敵対する魔神共(アスラ)が天界に乗り込んできて破壊を始めた。

インドラが立ち向かうが、力を出せなくては何とも出来ず、シヴァやブラフマーに援軍を要請してもイベント負け演出の如くの無理ゲーであった。

苦慮した神々は、世界の維持を司るヴィシュヌに攻略法を伺うと、不死を与える霊薬アムリタ*3を作り出して、それを飲めばいいとの御告げを下したのであった。*4

アムリタを得るには、旧い世界を破壊するのと引き換えに、海を撹拌する作業が必要であるという、
更に、その作業は神々のみでは行えないので、伝令を立てて悪魔の側にもアムリタを与えることを条件に休戦を結び、ここに乳海撹拌の作業が行われることになった。人間・動植物「マジFucK」
しかし、神々のこの計画の肝は魔神を働くだけ働かせてアムリタは与えないことであった。
こうして、傲慢な神々による自分勝手な理由による世界再生の作業が開始された。

ヴィシュヌは、海に材料となる多種多様の植物と種を集めて入れると、自ら第二のアヴァターラ(権現)のクールマ(巨大亀)となって、背にアナンタ竜王が引き抜いてきた、世界の中心である大マンダラ山を乗せた。

マンダラ山に絡み付けるロープには、普通の物では駄目だということで、指名された千の頭を持つナーガ王≒竜王ヴァスキをロープ替わりとして、マンダラ山に絡み付いた竜王を右から魔神共が、左から神々が引っ張りあった。

こうして、撹拌が始まると余りの勢いに海の生き物は悉くが擂り潰されて姿を消した。
凄まじすぎる回転でマンダラ山が燃え上がり、それを消すためにインドラが水を掛けたことからマンダラ山の生き物のエッセンスも海に加わることになった。
これ程の勢いに海は乳の如く白く練り上がり、ここから乳海撹拌と呼ばれるようになった。*5

ロープ替わりとなったヴァスキの負担は想像を絶するものとなり、余りの苦しさにさしもの竜王も思わず世界を滅ぼし得る量の猛毒を吐いてしまった。
しかし、気付いたシヴァが毒の凡てを呑み込んだことで事なきを得た。
喉が青黒くなったシヴァの姿は、この時の姿を描いたものである。

海の撹拌はインド神話でお馴染みの千年に渡って行われ、旧い世界は滅び去った。
しかし、乳海から新しい太陽や月や美しい女神シュリーや酒の女神スラー、思考の如く速さで走る白い駿馬ウッチャイヒシュラヴァス*6、宝珠カストゥバが誕生した。
これは『マハーバーラタ』版であり、他の版では生まれた物に微妙な違いがあり、白象アイラーヴァタがここで生まれたとされていたり、人頭獣身の聖牛スラビーが生まれている。
また、女神シュリーをヴィシュヌが見初めて妻にするのは同じだが、特に『ヴィシュヌ・プラーナ』ではアムリタよりも後に、最後に生まれた女神シュリーがヴィシュヌの妻になったとされており、彼女は現在ではラクシュミーのことだとされている。

こうして、様々な物が乳海より誕生した最後に、現代ではアーユルヴェーダのシンボルとしても親しまれる医術の女神ダヌヴァンタリが、待ちに待ったアムリタの入った瓶を携えて出現し、ここに神々と魔神は大事業を成し遂げたのであった。

…しかし、出現したアムリタを巡って、最初に瓶を手にした魔神達の間に争いが起こった。
ヴィシュヌは機転を利かせて美女に化けて誘惑し、魔神の隙を衝いてアムリタを神々の物にした。
神々は魔神達の手の届かない内にアムリタを最初の約束は何処へやら飲んでしまうことにしたが、その場に神に化けた魔神ラーフが密かに混じっており、ラーフがアムリタを口にした瞬間に正体に気付いた太陽と月が声を挙げた。

これを受けて、ヴィシュヌはチャクラム(円盤)を投げてラーフの首を切断したが、アムリタは既に喉までは到達していたので、ラーフは頭だけの不死の魔王となったのであった。

尚、アムリタを取り戻す際にヴィシュヌが変身した美女=ローヒニーに欲情したシヴァがヤってしまい、アイヤッパンという息子が生まれた……とする神話もある。所詮はインドか。

これ以降、ラーフは天にあって告げ口をした太陽と月を追いかける暗黒となり、太陽と月が食い付かれた場面が食(英:eclipse)である、と語られるようになった。

また、首チョンパされた後に残ったラーフの肉体も砕かれたが、砕かれた破片、亦はラーフの息子達は、
同じく天にあって凶兆とされるケートゥ(Ketu)と呼ばれる星になったとされている。
ケートゥは蛇体で顕されており、後述の東洋占星術ではラーフも蛇神として扱われている。

……ともかくも、これによって不死を得た神々はアムリタを取り返そうとやって来た魔神達と交戦を開始。
不死を得て神通力を取り戻した神々は今度は応戦し、日輪を心に描くことで天から得たチャクラム“スダルシャナ”を振るって先頭に立って戦ったヴィシュヌの活躍もあって魔神達は追い返され、以降はアムリタは神々の管理下に置かれたという。





…以上が、乳海撹拌神話の大まかな粗筋なのだが、実はこの神話には元ネタがある。
これ以前に、創造主プラジャーパティ(ブラフマー、或いはその息子達)が、大亀に変身して様々な動植物を生み出す……という、より古い神話であり、それをヴィシュヌ派の信徒が例の如く上書きした神話であるらしい。

実際、最後期のバージョンである『ヴィシュヌ・プラーナ』では、上記でも幾つかに触れたように、上書きに上書きを重ねて、完全にヴィシュヌの活躍を描くためだけの舞台となっている。
『ヴィシュヌ・プラーナ』では魔神達にタダ働きさせる気満々だったり、魔神の引っ張った方が常に竜王が火を吹きかける頭の方と説明されていたりと、詳しく書き過ぎて信徒以外はドン引きするようなクッソ汚くてゲスいヴィシュヌの姿が描かれている。

また、ドゥルヴァーサスがシヴァの化身とされたのも割り込みによる後付けの更なる後付けかもしれない。(実際、化身や相、眷属をも含めると二大神の権威は本当に広範なのだ。)


羅睺(らごう)星・計都(けいと)星】

羅睺星はインド占星術を発祥とする東洋占星術の『宿曜経』の九曜に語られる、ラーフの姿。
羅睺星が頭。
計都星が体、若しくは子。
後に、九曜は中国発祥の二十七宿、二十八宿とも関連付けられていくようになった。
九曜の内の七曜(目に見える星)は土曜から日曜に当て嵌められた、太陽と月、土星までの惑星であり、五行説は此処から起こったとされている。
七曜は姿が見えるが、羅睺と計都は姿が見えないとされていた。

ラーフは月の昇交天・龍首・内道口(ドラゴンヘッド)に、ケートゥは降交天・龍尾・外道口(ドラゴンテイル)に存在し、太陽と月はここで襲われると考えられていた。
ケートゥ=計都星は彗星のことであり、羅睺星、土星と共に凶星である。

ラーフとケートゥは前述の神話を反映して、恐ろしい怪物の姿をした姿の見えないと星と記されている一方で、発祥のインドにも紀元前六世紀の時点で「正体は日と地球の間に入り込んだ月の陰である」と言っている進歩的な占星術師が居たり、
『和漢三才図会』でも「七政(七曜)でさえ顔があったりしないのに羅睺と計都に形があろうはずがない。あれは白道と黄道の交わる点のことであって、実体のないものだ」と冷静にツッコミを入れられたりしている。

一方、チベット密教では大凶星にして九曜を統べる物だとされていて、此方では扱いが良い。
日本でも密教と結び付いており、九曜曼陀羅として諸尊に当て嵌めて図象化されていた。
因みに、計都は釈迦如来、羅睺は不動尊

また、平安時代の神仏習合の際に天の岩戸神話を引き起こしたスサノオノミコトを日食を起こした神として、羅睺星と結びつけるようになった。
スサノオもと関係の深い荒ぶる神である。

羅睺星を陰陽道由来の八将神として道祖神の様に方角の神として奉ったのが黄幡神(おうばんしん)であり、
万物の墓の方兵乱の神とされている。
武芸には吉だが、移転普請は凶。
密教では本地(正体)を摩利支天としている。

八将神は日本の八坂神社(感神院祇園社)の祭神で、祇園精舎の守護神と紹介される牛頭天王(ごずてんのう)の子の八王子に当て嵌められているが、牛頭天王は薬師如来の垂迹(権現)で、スサノオの本地ともされ、以上の様に各地のやべーやつらと関連付けられている。

道祖神としての作例も上記の複雑な結びつきを反映しており、原型の日と月を追う魔神の姿に始まり、習合させられた神仏の内の不動尊やスサノオの属性を顕された姿も見られる。

何れにせよ、元来の神話のチョイ役感に比して、天体の悪魔として恐れられる内に、謎の大物感が出ると共に正体不明の神となっていったようだ。


【ラーフラ】

仏教では、開祖の釈尊が出家前に得た息子に障害(そろそろ出家しようと思ってたのに何を生まれとんねん)を意味する羅睺羅(Rāhula)と名付けた、とされる出家前の釈尊のやらかした話に関連されて名前が使われている。

ただ、この話については諸説あり、釈尊がこんな名前を付けても妻や父が非難していない為にシャカ族=アーリヤ人流入以前の古代インドの非アーリヤ系王族にとっては、ラーフは別に悪い意味じゃなかった説もある。

前述の様に、天にあってのラーフは龍首、ケートゥは龍尾にあるとされ、蛇体とも考えられていたが、実は古代の龍神の頭と尾のことであり、すなわちラーフラとは龍の頭の意である、とする考察もある。

実際、アーリヤ系神話と習合して以降のヴェーダ系神話では、元来の同地の神であったアスラや、他の地方神を悪魔として扱い、異教徒を貶める神話も多いため、本来の意味が変わっている可能性もある。

ラーフラについては釈迦の十大弟子聖☆おにいさんも参照。






追記修正は早食いを極めてからお願い致します。

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最終更新:2023年01月30日 09:40

*1 または、ドゥルヴァーサスの智恵を頼りにして招いた王達が感謝で贈った花輪。

*2 別の展開ではドゥルヴァーサスがインドラへ捧げ物をするために向かっている。

*3 仏教では『甘露』と訳される。神酒ソーマと同一視され、隣国の古代ペルシャの神酒ハオマとも同じものと見なされている。古代のヴェーダ祭祀で用いられていた興奮剤≒麻薬性の植物か茸とも研究される。

*4 『マハーバーラタ』版ではドゥルヴァーサスの件が登場せず、神々はヴィシュヌの提案でいきなり海の撹拌を決める。

*5 一番後に作られた『ヴィシュヌ・プラーナ』版では最初から乳海と呼ばれる場所で行ったことになっている。

*6 神々の王インドラ、或いはアスラの王マハーバリの愛馬。インド神話最高の馬で、七つの頭と翼がある。