登録日:2018/11/18 (曜日) 11:58:00
更新日:2023/12/31 Sun 10:05:18
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我と我が民たちは善ゆえに、縛る枷が無数にある。犯せぬ非道が山ほどある。
善では悪を打倒できぬ、 故に我が民よ、巨悪を喰らう悪となれ。
死ね。死ね――呼吸をしていいと誰が言った
悪は何処だ? 屑は何処だ? 一匹残らず滅ぼしてやる!
無慙とは『
Dies irae PANTHEON』の登場人物の1人にして、『PARADISE LOST』の世界
「第二神座・堕天無慙楽土」を統べる
覇道神である。
といっても初出は『
神咒神威神楽』から。名前が明らかになるまでは
「堕天奈落」と呼ばれていた。
後に「Dies irae PANTHEON」と
Nintendo Switch版Dies iraeに同梱された前日譚「
神なる座に列し伝わる救世主」にて名称、ビジュアルも含めて本格登場。
そしてWeb小説『
黒白のアヴェスター』の主人公も務めた。
CV:伊藤健太郎
BGM:Muzan's Wrath
【概要】
人であった頃の名は
マグサリオン。
『神咒神威神楽』でのビジュアルは厳格な雰囲気を漂わせる筋肉質な老人。
『Dies irae PANTHEON』で明らかになったビジュアルは、黒い両刃の大剣を持ち紫の長髪をオールバックに整えたスーツ姿の美丈夫。イケメンヤクザと言い換えても差し支えない。
ちょっと前に声も含めてよく似た人をすぐ近くで見たという人はきっと気のせい。曰くこれが全盛期の姿らしい。
『
黒白のアヴェスター』では禍々しい全身鎧で身を包む剣士。同胞ですらその深い憎悪以外のことはほとんど知らない謎めいた人物として描かれている。
『神咒神威神楽』によると、元々『第一神座・善悪二元真我』における善側の王であったが、それ故に悪を滅ぼせない自分に悲憤を抱いていた。
善は善であるがゆえに倫理的に取れない行動があり、ゆえに悪との戦いで常に不利を強いられる。守りたいものが守れない。その矛盾に憤った彼は第一天を討ち、座を掌握。
「悪性の根絶」を求めて法則を流出させた。
これが「PARADISE LOST」という物語の根幹を形成した。
……と、語られた内容から考察すると、あたかも「嘆きと怒りにより神の座を奪った哀しき武人」という雰囲気であったが、
実際の性格は
あの水銀が常識人に見えるレベルで
かなり問題児の部類に入る神格であった。
彼の治める座の曼荼羅の形状は巨大な剣の形をした無慙の玉座と、その玉座に座す無慙を包囲する様に様々な刀剣が取り囲む四面楚歌のような空間。
剣呑さという点では歴代神座でも随一。
覇道とは統べること。善かれ悪しかれ、斯くあるべしと他者に示す理想がなければ始まらん。
おまえの祈りはしょせん自分にしか向いておらず、傍から見れば寝言以下だ
分かっているとも。俺もわざわざ、七面倒くさい玉座を欲したいとは思わん
……なんだと?
座に至るのは俺であって俺ではない。震えて死ねよ、貴様に特大の挫折をくれてやる
その実態は覇道神となったマグサリオン本人ではなく、マグサリオンが殺し尽くして吸収した第一神座の全人類の魂と記憶を融合させた疑似人格が覇道神へと昇華されたもの。
それもただ混ざっただけではなく、第一神座の強者も弱者も含めた全住人達の不変の記憶が寄り集まり、全てが理路整然と破綻せずに融合するという最早訳の分からない混沌となっている。
主体になる要素は七大魔王や義者側の王・強者達の部分が強めであるが、それでも有象無象の弱者達の要素も蔑ろにされることなくどこかに存在しているという。
端的に言えば「真我の治世下でマグサリオンが呑み込んできた不変の記憶の集合体」であり「覇道を会得するために纏った外装人格」こそが無慙という神格。
すなわち第一神座における“みんな”の祈りそのものに他ならない。
逸話、ビジュアル、人格、第二神座の性質にどこか一貫性がなかったのも当然の話であり、なぜなら外装を構成する魂達の影響で観測者次第で無慙の印象がコロコロ変貌するからに他ならない。
- 欲望の権化
- 罪の塊
- 極めて発展した輝かしい栄華を促し、数多の笑顔を求めた果てに闇の奈落へと堕ちた男
- 愚かな王冠の独裁者
- 無能な全能者
- 悪を滅ぼせない自分に悲憤を抱く善の王
といったチグハグな後世の評価は
マグサリオンが取り込んだ無の総体のほんの一部を投影した仮面のようなものに過ぎず、マグサリオン本人の顔は無の仮面で覆い隠されている。
敢えて他作品で例えるなら
このキャラクター達の性質に近い神なのかもしれない。そのためあまり統治という統治はしておらず、
「君臨すれとも統治せず」を地で征くような神になった模様。
無論万事が万事順風満帆な筈もなく、このような意図的な多重人格化は
本来のマグサリオンの人格が永遠に浮上してこなくなる可能性がある可能性があるなど非常にリスキー……というよりほぼ自殺行為と同義。
マグサリオン単独で成し得える偉業では無論なく、
クイン自身の祈りを集める特性によって
「マグサリオンの不変を刀身で受け止め反射する」という工程を踏まえてこの前代未聞の行為を成功させている。
神の座に就いたのはマグサリオンの表面を覆う『無慙』という外装人格であるため、マグサリオン本人は一切神座の統治に関与せず、無慙の核として最深部で覚醒(=開戦)の時を待ち、そして母親としての一面を持つクインがマグサリオンの鞘にしてストッパーとなり理想の大団円を夢見て祈り続けている。
因みに中のマグサリオン自身が復活したとしても、外装と混ざりすぎて記憶が乱れている可能性もあるとのこと。
なおマグサリオンは
覇道神という存在にかなり否定的であり、ミトラが構想していた
「優れた1人の覇道神が数多の覇道神達を率いてナラカに立ち向かう」という計画を
「狂人の論理」と一蹴。
「しょせん俺たちは狂っている。どいつも感情の化け物で、信じるままに突っ走るしか道を知らん」「どうせ零を倒してもその後神同士で争い合って不毛なだけ(意訳)」と覇道神の在り方やミトラの計画をバッサリ断じている。
【人格】
(今も昔も、そして未来も、俺に仲間などいないのだから)
いるのは敵と、敵の敵だ
元となったマグサリオンの性格は極端なまでに潔癖症で苛烈。
善悪二元の善側の中でも頭一つ抜けて破滅的であり、悪への怒りと怨念だけを武器に戦い続けた武人。
悪への殺意・憤怒・怨嗟、背負った呪い、その全ての桁が他の者と異なる域に達し、怨念以外は持ち合わせていなかったとまで語られた男。
コウハ曰く
「第一神座のヒーロー」。
サタナイル曰く
「始まりからして人ではあるまい」「執念という刃が人型を成した化け物。
マグサリオン自身は殺人に喜びを見出すような性格ではなく、悪に対する怒りから剣を執って戦い続けた。当人にとってそれは食事や排泄と同レベルに生きるために不可欠であったらしい。
悪に対する憎悪と潔癖さは常軌を逸した狂気の域であり、「もう休め」「充分」などと彼を心配する声さえも「奇怪な戯言」「理解不能」「その数秒でも悪が跋扈してんだぞ邪魔すんなブチ殺すぞ(意訳)」と唾棄し嫌悪するほど。
寧ろ、そんな提案をすること自体が己を足止めして足を引っ張る敵であるとまで判断していた。
曰く「俺に枷をかけようとしてくるあたり、ただの敵よりタチが悪い」。
加えて、例え今は悪ではない善側の同胞だったとしても、悪に反転する可能性があると判断すれば容赦なく切り捨てる。なお善悪が反転する転墜は『歴史上数件しか確認されておらず、一般にはお伽噺と思われている』程度に稀な現象。どんだけ潔癖症なんだアンタ。
彼に味方という概念は存在せず、あるのは「敵」と「敵の敵」という2択のみで敵の敵は味方にならない。
仲間や共にあって欲しい者など生涯1人としておらず、善も悪も、神も皆殺してしまった。
そしていかなる屍山血河を築こうとも「善ではない?ならば結構、俺は悪を喰らう悪となる」と語り、己の所業を恥じず悔いない無慙無愧な人物だったという。
それでも求めたものは「悪の根絶」唯一つのみ。
宇宙一つを絶滅させ、最後に残った自分自身こそが「この世すべての悪」「究極的な汚濁」と評して、全ての罪と罰を背負った自分が討たれれば全ての悪が根絶され、善悪から発する戦いの流転も終わると考えていた。
物騒極まりない経歴とは裏腹に、自己犠牲の精神の極致に至った潔癖な神とも言えるだろう。
神となった後でもそれは変わらず、「PARADISE LOST」の末期に己の悲願を己とは違うやり方で成就させた明星に対しては、迷いすらみせず素直に座を明け渡した。
無慙にとってこの瞬間が生涯初めての安堵であったという。
『神なる座に列し伝わる救世主』で復活した後はやることをやって一周回って落ち着いたのか賢者モードになったのか、
他者を知覚した瞬間即座に殺しに来る波旬とは異なり、表面上は笑みを浮かべて非常に落ち着いた理知的な態度を取る。
…が、
「無視されたのは初めて」という理由で波旬に喧嘩を売ったりとかなりアグレッシブ。
また終始はぐらかしたかのような態度を取る真我と違い、明星に説明を求められればしっかり第一神座の説明をしたりと物腰は丁寧。
ただし笑顔の仮面の下で渦巻く憎悪と怨念の塊のような本性は全く変わっておらず、先代の神である真我に対しては憎悪と嫌悪と殺意を隠そうとすらしない。
そして挑発的な真我の発言の緩衝材かつ翻訳機として明星が過労死する
なお方向性は全く違うが殺戮思考を持つ
波旬の存在を
「屑」「餓鬼」と殺意と共に唾棄しながらも、波旬の行なった所業と自身の所業を比べて
「一緒にされたくはないが案外似た者同士かもしれん」と自嘲する場面も見られた。
例えるなら
別世界のこの人を更に苛烈で極端にしたような人物。なおその作品の作者は
さっそく無慙の萌え豚と化した。
正田氏曰く
「神の中で一番下のものから慕われているが、一番リーダーに向いてない」。
【戦闘能力】
戒律1:絶し不変なる殺戮の地平
戒律2:絶し不変なる凶剣の冷徹
戒律3:絶し不変なる魔道の誓い
戒律4:絶し不変なる征服への飛翔
真我曰く
「殺戮の荒野に一人立つ武の究極」。
怨念だけを武器に剣一本で戦いに挑み、道理を捻じ曲げ、人智を超え、剣一本で神の領域まで攻め上がり宇宙を絶滅させた冥府魔道の体現者。
彼より格上の敵や味方など幾らでもいたのに、単騎で最悪の修羅場に凸って血みどろになりながら無双してたという。
どれほど絶望的な状況でも生き残り、勝利し、そして殺し続けた挙句、最終的には悪どころか「味方」と称して自分を止めようと己の殺戮の「邪魔」をする善人も含めて殺し尽くし、悪を滅ぼすために剣一本で一つの宇宙を絶滅させてしまった。
第一から現在までの長い歴史にも無慙以上に戦い続け、殺し続けた者はおらず、流した血と浴びた血の量は他の追随を許さなかったとされる。
生涯不敗であり殺し合いという土俵では最後まで無敵。全時代で唯一、一度も敗北しないまま生涯を終えた戦士。
覇道神の中では波旬と同列に挙げられる程に殺傷能力に長けている。
『神なる座に列し伝わる救世主』で復活した後もその武威は衰えておらず、挑発ついでにわざと
波旬を攻撃。
自分の右腕を砕かれるという負傷を負うも、
あの波旬と真っ向から万に渡る攻防を繰り広げ、波旬の左小指を斬り落とすという偉業を成し遂げた。
この挑発行為で危うく
せっかく他所を向いて自分たちの存在を知覚から外していた波旬が他の神を認識し、滅尽滅相を発動しかけるが、刹那の
時間停止による介入により阻止された。
波旬と無慙の怪我は刹那の時間停止による静止が間に合わなかったことによる余波なので、仮に真に激突していた場合の状況は不明である。
黄昏にも怒られるほどの危険行為であったが、本人曰く「気に入らない餓鬼に無視されたんでついカッとなってやった(意訳)」「互いの強さや現状を知れたんだから結果オーライ(意訳)」としれっと告げて全く反省していない。
保有する戒律数は全登場人物中最多の4種類。
戒律の詳細は
マグサリオンの項目を参照。
作者によると神としてのスペックは歴代でも低レベルだが、
格上殺し の専門家であるため、
どの神と戦っても大苦戦するが、どの神にも勝つ可能性がある。歴代神座と総当たり戦をやった場合、全勝と全敗の両方が唯一あり得る。
つまりは格上である
刹那や
黄金や
水銀どころか神座世界最強である
波旬にすら勝率が存在する一方で、無慙が初手で理解特攻能力を十全に発揮できる存在の
明星、実際に打倒している
真我、戦闘そのものにまるで不向きな
黄昏、覇道神なら基本的に全宇宙の魂の物量で押しつぶせる
求道神にさえも大苦戦を免れないうえに敗北の可能性も存在するという凄まじくピーキーな神格。
「格下は格上に勝てない」という神座世界のルールにすら反発しているとも見える。
武器
――私はクイン、遠く未来の同胞たちよ。あなたの奇跡を教えてください――
ヒロインである
クインの真の姿であり、覇道神の座に立った無慙/マグサリオンの持つ武器。
マグサリオンが不変の中に取り込んだ第一神座の全人類の記憶を放出・反射し、『無慙』という外装人格と肉体を構築させる力、そして無慙の極奥の最深部に座すマグサリオンを抑える「鞘」の役目を持つ。
神剣の戒律により全知の知識と規格外の情報処理能力を持つが、それでも尚座の交代時には自我崩壊を引き起こしかねない程の負荷が神剣となったクインに襲いかかった。
【第二神座 堕天無慙楽土】
我が継嗣、我が堕天の園に生まれた者らよ。恥じるな。悔いるな。無慙無愧
罪と罰を抱いて生きろ。それが人だ
無慙の
流出であり、『PARADISE LOST』の舞台になった世界。
「堕天奈落」とも呼ばれる。
元となった渇望は
「悪を根絶したい」。法則は
「すべての命が原罪という根源的な業を持つこと」。
歯止めの利かない欲望は肥大を極め、文明の発達と比例して凶悪な犯罪が吹き荒れる混沌の時代と化す。
悪を喰らう悪の楽園。
力こそすべてを決する大罪人たちの蠱毒は無慙無傀で、恥もなければ悔いもない。
その理は人々に
原罪を埋め込んだ。人間として自然な形の世界であり、善悪を綯い交ぜにした畜生道。
二元論を白と黒の2色とするなら鮮血の赤、剥き出しの人間性と言ったところだろうか。
作者曰く
「現実世界に最も近い世界」らしい。
総ての生命が原罪を抱いて罰となる苦界に生きる。善人は存在せず、利益や快楽のために他人を貪る弱肉強食の世界。
そしてそのような所業を誰も恥じや悔いを抱かず、むき出しの欲望が肯定されるが故に文明の発展は促され、それに比例して更なる罪が跳梁跋扈を繰り返していく。
その世界は「混沌」「爛熟した果実のように甘い腐臭を放ちながら燃える、地獄的でありながら魅力的なパラダイス」と例えられる。
力こそ正義の弱肉強食であるが故に強者には楽しい世界であり、さらなる強者からやられても「それはそれ」と割り切るのが普通だから潔く、恥も悔いもないのだから嘆くこともない。
結果として第一神座と比べて笑顔は多く、お祭り騒ぎであるかのような活力もある世界となった。
この世界を無慙とここに生まれた明星は「堕天の園」と呼ぶ。
ただし弱肉強食が是となる世界であるため、当然ながら弱者には相応に辛く過酷で厳しい世界でもある。
当然「悪の根絶」という無慙の理想とは程遠い世界に成り果てたが、そもそもこの世界は水銀と同様「次代の神に滅ぼしてもらい次代の神に望みを託す」ことが前提の世界。
ある種世界1つを丸ごと使った蠱毒に近い環境下にある。
【物語での活躍】
神なる座に列し伝わる救世主
上記の通り徹底した殺戮により神の座を握るが、結果成立した世界は「悪を食らう悪の楽園」になってしまう。
しかし無慙自身はそんな未来も見据えており。
「ならば悪を殺しきった上で、最後に残った自分という悪を次代の神に討って貰えば良い。そうすれば悪は掃討される」と考え次の神の到来を待ち望んでいた。
そうして生まれた自分の法下の者達のことは「自分の罪と罰を抱き、無慙の所業を繰り返す無慙の申し子」と称して慈しみにも似た期待を寄せ、
「自身の罪と罰を背負っているのだから自分に出来たことができないわけが無い」という理屈で自身の法下の人間の中に必ず神座に到達する者がいると確信していた。
無慙なら出来たぞ?無慙なら出来たぞ?無慙なら出来たぞ?
とはいえ若干捻くれも入っており、例え悪の根絶という願いを抱いても自分自身と同じ「殺戮」という方法で悪を排除するのでは自滅と変わりないので、
自分の成した所業とは異なる形で悪の根絶を果たせる者が神座に辿り着いた時に神の座を譲るつもりだった。
それを果たせないようであれば神の座を渡す気はさらさらなかった模様。
やがて純白の世界を創造したとき、最後に残るのはおまえ自身という、究極の汚物だけ
罪と罰のそれが連鎖だ。ならばどうする?
そのお利口な頭は何のためにある?
俺と同じ理想を抱き、俺とは違う地平を築け。おまえだからこそ出来る、おまえだからこその楽園を
見せてくれよ。次はおまえの番だ
そう語って無慙は
サタナイルに座を渡した。
…が、『神なる座に列し伝わる救世主』にて自身が総ての悪を斬り殺しても、明星が総ての罪を浄化しても、己が最も憎んだ悪である
「反吐が出るような世界の理の根絶」には至らなかったと彼は知る。
おまけに「神座の交代劇が繰り返される=善悪が流転し争いが続く真我の時代と何も変わらない」という判断から、生前の座の交代時の安堵も含め
「茶番だった」と吐き捨て判断を訂正。
明星に座を渡した行為すら間違いであり、
無慙以降から続く神座の歴史全てが自分の判断ミスによる過ちの歴史だったと考えを改め、
神座の闘争の元凶である
ナラカを滅ぼした後は、「過ち」を正すために
明星を含めた歴代全ての神と宇宙の全ての悪を殺戮する生前の所業を繰り返そうと考えている。
断ち切ってくれる。今度こそ、完全に
(然る後、歴代の神座どもも滅ぼしてくれよう)
(俺の所業が不完全だったなら、無慙をやり直さなければならない。)
すなわち、殺戮の荒野に一人立つ
こんな危険人物であるが、「Dies irae PANTHEON」では正式な味方陣営の一人である。
ただしサタナイルに対してのみ、この決意にも似た宣言の納得は求めていないが、スタンスの理解だけは求めているなど穏やかさも見せている。
そして上述の通り全てを再び塵殺して己の過ちこそ正すつもりであるが、明星に座を譲った事自体にもやはり後悔の念はないなど潔さも垣間見える。
サタナイル曰く「後ろを振り返って戻るのではない。終わっていないから続けるのだ」。
【余談】
正田氏曰く「問題児」「ダーク系ハーレム主人公」「モテモテ武闘派ヤクザ」「第一神座の連中は全員無慙の萌え豚」「破壊神マグちゃん」。
第一神座の世界において悪ほど絢爛豪華で美しく見えるそうなので、第一神座最大の悪にまでなったであろう無慙は世界で一番美しかったのだろう。
マグサリオンの果たした所業を正田氏は「宇宙絶滅一人旅」と例えている。
追記・修正よろしくお願いします。
最終更新:2023年12月31日 10:05