ゾロアスター教

登録日:2017/11/05 Sun 05:14:42
更新日:2024/02/13 Tue 16:34:55
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■ゾロアスター教


『ゾロアスター教』は、古代ペルシャ(北部イラン)地域に誕生し、判明しているだけでも紀元前6世紀~7世紀後半頃まで、同地を中心に広い地域で信仰された世界宗教。
ゾロアスターとは、開祖ザラスシュトラの英語読みで、古代ギリシャ語読みのゾーロアストレースに由来する呼び方である。
ペルシャ起源であることから、パーシー教、パールシー教、等と呼ばれる場合もある。
聖典は『アヴェスター』で、3世紀になって、漸く文書化された。

今日では、イランやインドを初めとした各地に僅かな信徒が残るのみになっているが、後の世界で隆盛を誇る世界三大宗教や、その内の二つの母体となったユダヤ教、隣国インドのヒンドゥー教等といった教義の成立や信仰体系に大きな影響を与えたと考えられている。

国教として民に強制はしていなかったものの、王が信徒となり庇護していたアケメネス朝は紀元前4世紀にアレクサンダー大王により滅ぼされたが、それによってゾロアスター教の思想は西方世界にまで到達。
アルサケス朝でも信仰されたが、既にヘレニズムの影響があった。

キリスト教の国教化以前にローマ帝国で信仰されたミトラス教も、元はゾロアスター教からの派生で生まれたミトラ信仰に、ヘレニズムにより得られたギリシャや他地域の秘密信仰を加えて成立したものである。

中国でも5世紀頃の南北朝時代には伝わり祆教と呼ばれ、唐代になって伝来した景教、明教と共に唐代「三夷教」に数えられている。
明教=マニ教もまた、ゾロアスター教の派生宗派である。

このように、一口にゾロアスター教と言っても、その教義には前身となったものや、或いは派生した物も多く、それらを別の宗派や信仰と呼ぶ研究者も居るし、事実、そう呼んでも差し支えのない程である。

嘗ては、紀元前7世紀後半頃に成立したと考えられており、開祖ザラスシュトラも、その時代の人間とされていたが、
現在では、少なくとも紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシャの時代には確固たる基盤を築き、殆どの民に信仰されていたと確認出来ることから、
成立はもっと古く、紀元前10世紀頃~、
若しくは紀元前20世紀頃にまで遡れる、とする説すらある。
何れにしても、現在まで信仰形態が残る宗教教義、地域に寄らない世界宗教としては最古である。

“善悪二元論”を信仰の基盤としていることで知られるが、その教義や形態については、時代や宗派毎に違いが見られる。
また、二元論を語りつつも最終的には『善』が勝利すると約束され、教義に於いても『善』の側を優遇している。
そうしたことから、世界初の一神教の宗教である、とも言われる。

日本では、主神アフラ・マズダを象徴する[聖火]を信仰対象とすることから、文字通り『拝火教』と訳されている。


【成立まで】

信仰の基盤となっているのは、それこそ、文字による記録すら残っていない頃より同地(イラン~インド地域)で信仰されていた自然神信仰である。

同地には、農耕民族に信仰されたアフラ(アスラ)神属と、遊牧民族に信仰されたダエーワ(ディーヴァ)神属が有り、両者は、それぞれに天然自然を人格化した神々であった。
それが人々と共に混じり合い、等しく信仰対象とされていたと考えられる。
そうした、他地域にも見られる生活や土地に根付いた自然神信仰の中から至高神アフラ・マズダを選び出し、その法の下で革新的な信仰、宗教改革を行ったのがザラスシュトラであった。

元々、農耕民族に根付いたアフラ信仰の祭司であったと考えられるザラスシュトラは、世に『悪』の蔓延する現実を見据え、それを信仰により打破する道を見出だした。
ザラスシュトラの語る『悪』とは、単なる犯罪や破壊的な行為のみならず、世の理を乱す行為の凡てであった。

そこで、ザラスシュトラは至高神と定めたアフラ・マズダの下で信仰されていた神々を選別。
如何にして世界に『善』と『悪』が生まれたかを、新たなる創世神話として説き、そこから如何にして『善』を選びとらなければならないかをタイムリミットを設けた『終末論』を用いて説明したのである。

これが、後々までのゾロアスター教と、その派生宗派、宗教の教義の基盤となった。
また、派生とは呼ばれていないが、特にユダヤ系の一神教の教義の成立に於いて、ゾロアスター教の信仰体系が強い影響を及ぼしたであろうことは想像に難くない。


【開祖】

“人類初の預言者”とも呼ばれるスピターマ・ザラスシュトラは、紀元前630年頃の生まれとする伝承もあったが、現在では紀元前16世紀~10世紀頃に生きた人物だと予想されている。
宗派によっては、ザラスシュトラの生きた時代を6000年以上も前だとしており、紀元前4世紀頃の古代ギリシャでは、当時からしても、更に5000年も前の人物だとする認識がされていたらしい。

元々、アフラ信仰の祭司であり、30歳頃に「マガ」と記される、一種のトランス状態に入り、天眼を得て「善き思考」に導かれて、至高神アフラ・マズダを感得したと伝えられる。

ザラスシュトラが見出だす以前より、アフラ・マズダは同地で強い影響力を持った神性であったが(そもそも、ザラスシュトラは『マズダ教』とも呼ぶべき信仰の祭司であったと考えられる)、ザラスシュトラの感得したイメージにより、単なる天空を支配する神から、宇宙の創造者とされたのである。

ザラスシュトラはこれを「啓示」として広め、迫害に耐えつつも、如何にして世に『悪』があるのか、それを見据えて、如何に『善』を選び取らなければならないのかを説いた。

ザラスシュトラの革新的な宗教観は権力者も認めることとなり、遂に同地の信仰体系に革命をもたらすまでになるも、77歳の頃に法難により殺害されたと伝えられる。
ザラスシュトラの言葉と宗教観は生前より強い影響を持ち、信徒達による口伝により、後の世にも伝えられた。
『アヴェスター』の文字化は、後の世でザラスシュトラの教えを国教とするべく為された物であるらしい。

生きた時代すら判然としていないだけに、その生涯については謎が多い。
伝説的な人物だけに生誕前より悪魔に狙われ、誕生時には笑いながら生まれ、聖句により現れた悪魔を撃退したとされる等の逸話が残されている。

19世紀末のニーチェの著書であり、シュトラウスが同名の曲を書いた交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』のツァラトゥストラとは、ザラスシュトラの独語読みである。
当時の欧州ではザラスシュトラの思想が流行していたそうで、ニーチェは実際に『アヴェスター』等について正確な知識を得ていたとされるが、同作に関しては自身の思想をザラスシュトラに仮託して語らせているだけで、ゾロアスター教の思想自体とは殆ど関連がない。


【アヴェスター】

3世紀のササン朝期に編纂されたゾロアスター教の聖典。
『ザンド・アヴェスター』ともいい、ザンドは注釈の意。
その名のように、それまでは口伝により伝えられていた『アヴェスター』を、ペルシャの民族主義を謳い勃興したササン朝が国教とするべく文書化したもの。
伝承ではアケメネス朝の時代にも編まれたと云うが、アレクサンダー大王との戦争により焼失したとされる。
7世紀に同地に流入したイスラムの手で消失し、現在残るのは元の1/4程度。


  • ①『祭儀書(ヤスナ)』
  • ②『小祭儀書(ウィスプ・ラト)』
  • ③『除魔書(ヴェンディダード)』
  • ④『ヤシュルト(頌神書)』
  • ⑤『クワルターク・アバスターク(小アヴェスター)』

この内、ザラスシュトラの言葉を伝えるとされるのは、①の内の『ガーサー(玄典)』と呼ばれる韻文詩編のみである。
④の『ヤシュルト』は、ザラスシュトラの思想には無い、古来からの自然神信仰の賛歌で、内容自体はザラスシュトラの思想より以前の、古代インドとも共通する信仰体系に寄る。
ザラスシュトラの死後、後の信徒達がザラスシュトラが切り捨てた多神教的な信仰体系を捨てきれずに、再び信仰の中に取り込んだことが窺える。
本文はザラスシュトラが生きた時代のアヴェスター語、注釈部分がササン朝期のパフレヴィー語(中期ペルシア語)で書かれており、神名表記の不統一等の理由となっている。
本文で使われているアヴェスター語はサンスクリット(梵語)の原型であるヴェーダ語に近い言語。
18世紀にフランス人によって初めて翻訳され、前述のように19世紀末にかけて欧州で流行することになったらしい。


【信仰】

『悪』に起因する不浄を徹底して嫌う思想を持ち、信徒は身も心も正しく生きることを誓願する。
感謝の儀式と呼ばれ、最も重要視される『ジャシャン』、入信、改宗の儀式である『ナオジョテ』でも清浄さが心掛けられ、信徒は教義によって道徳を守ることを誓願する。


【礼拝】

日本語訳の『拝火教』の名の通り、礼拝は『火の寺院』と呼ばれる礼拝所でアフラ・マズダを示す聖火に向かって行い、信徒以外の立ち入りは禁じられている。
偶像の類いはなく、各寺院にあるザラスシュトラにより点されたとされる聖火は、数百年に渡り燃え続けていると云う。
また、信徒も寺院への立ち入りの前には手と顔を浄め、クスティと呼ばれる祈りの儀式を行う習わしとなっている。
信徒は、その後に履き物を脱いで聖火の前に進み、その灰を顔に縫って感謝を捧げる。


【葬送】

ゾロアスター教では、死を最大の不浄として、生きた人間が触れるのを忌避する為、遺体を送り出すのに鳥葬、または風葬を用いる。
ゾロアスター教の考えでは人間の肉体も『善』の力の生み出した被造物なのだから、それを『善』の力が生んだ猛禽や犬に食わせて天然自然に還すことは死者にとって幸いであり、魂は無事に『審判の橋』に進めると説く。
野原等に放置することもあるが、人家や草木、水源や火元から隔絶された禿山に築かれた『沈黙の塔』=ダフマと呼ばれる、屋根の無い石造りの施設に置くこともある。
土台も石で造られ、母なる大地との接触を避ける。
ただし、イスラム等の勢力によってペルシャから追われた後の子孫である、現代のゾロアスター教徒=パールシーが居住した地域によっては遺体を野晒しにすることを禁じられていることもあり、ほかの葬送形式、とくにヨーロッパで暮らすパールシーでは火葬を選ぶことが殆どだという。*1


【最近親婚】

ゾロアスター教では最近親婚をフヴァエトヴァタダと呼び、親子、または兄妹、姉弟間の婚姻を「最大にして最勝にして最美なるもの」として讃えている。
この為、古代ペルシャでは身分に関係なく最近親婚が行われてきたが、元々は賢い僧侶が生まれるとして、特に神官職に近親婚で生まれた子供が推されていたと云う。
また、元来は宗教的な意味ではなく、原始アーリア人の血統にある神官職となった家系が、血統や財産を守る為におこなっていたのが始まりだったとする説がある。
開祖ザラスシュトラもまた、近親婚による家系の直系であったとする記述もある。


【善悪二元論】

宗派や派生宗教によって、細かな違いはあるが、ゾロアスター教の基本的な理念は以下に基づく。

先ず、一つにはこの世=物質世界=『第一の世界』は『善』と『悪』の勢力が半分ずつ生み出した物により創造されていると云うこと。

次に、来るべき来世=霊的世界=『第二の世界』は『善』なる物にのみ創られた世界の為、そこに生まれ変わる為には『悪』を忌避して『善』を選び取らねばならないこと。

『善』の勢力はアフラ・マズダにより生み出されたスプンタ・マンユ以下の善神群であり、
『悪』の勢力はアンラ・マンユ以下の悪神群である。
ザラスシュトラの没後以降、これらに登場する神々の名前や役割は習合したり、消えたりしているが、基本的にはローマ帝国で信仰されたミトラス教にまで、この思想が引き継がれている。
これ等の思想は歴史を重ねると共に終末戦争や魂の審判、救世主の伝説を生み、やがては新時代を築き上げる礎と定められたキリスト教へと形を変えつつも引き継がれていったと考えられている。


【魂の審判】

ザラスシュトラの思想によれば、元々は有限たる『第一の世界』の終焉は間近に迫っており、更新によって『善』を選び取った義者(アシャワン)のみが『常恒の楽土』に生まれ変わり、選ばれなかった『悪』に染まった不義者(ドルグワント)は『暗黒の穢土』に落ちるとされた。
これは、後の『最後の審判』と、天国と地獄の図の原型である。

そして、更新を待たずに死んだ魂は審判の橋=『チントワの橋』での審判に臨み、そこで一足先に魂の量刑を測られる。

これが、初期のゾロアスター教の終末論であったが、後には『第一世界』の終わりには最終戦争により世界が滅ぶとされる思想や、その際の死者の復活といった追加要素が加えられた。
これ等は『黙示録』の原型である。


【神々】

※個別項目も参照。

アフラ・マズダ
ゾロアスター教の主神。
『善』の世界の創造主。
後代にはスプンタ・マンユ、オフルマズドとも呼ばれる。

アムシャ・スプンタ
アフラ・マズダの勢力。

アーリマン
ゾロアスター教の悪神。
『悪』の世界の創造主。
嘗てはアンラ・マンユと呼ばれる。

ダエーワ
アーリマンの勢力。

■ズルワーン(アフラ・マズダ、ミトラ)
アフラ・マズダとアーリマンを生み出した、宇宙の根源法則である時間の神。
ザラスシュトラ本来の思想では、アフラ・マズダのこと。
更に後には、ミトラとも同一視された。

ミトラ
契約の神。
後には主神格として、アフラ・マズダの代理や後継者とされる。

アナーヒター
大地母神で水源の女神。
アフラ・マズダ、ミトラと並ぶ主神格。

■ヤザタ
アムシャ・スプンタ以外の下級神群。
ザラスシュトラに切り捨てられた神々が纏められたものだが、後に信仰が復活した神格も少なくない。

■フラワシ
森羅万象に宿る聖霊。
正しく生きる信徒に宿り、守護すると信じられる。

■サオシュアント
ゾロアスター教の救世主。
ザラスシュトラの死後、世の節目に現れては人々を導き、最後の審判に現れるサオシュアントはアーリマンを倒し世界を救うとされている。





追記修正は『清浄』に生き、世の中に感謝しながらお願い致します。

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最終更新:2024年02月13日 16:34

*1 映画『ボヘミアン・ラプソディー』でフレディ・マーキュリーがゾロアスター教の信仰に従い、と説明されているが、本来的には代替案なのである。