SCP-2737

登録日: 2017/07/20 (木) 17:49:29
更新日:2023/07/07 Fri 17:57:45
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警告: ミーム反撃エージェントが作動します

Let 𝑅 = {𝑥 | 𝑥 ∉ 𝑥}, then 𝑅 ∈ 𝑅 ⇔ 𝑅 ∉ 𝑅

∃𝑦∀𝑥(𝑥 ∈ 𝑦 ⇔ 𝑃(𝑥))

𝑦 ∈ 𝑦 ⇔ 𝑦 ∉ 𝑦

接種完了




一人で悩むことなかれ。あなたは孤独ではないのだから。


SCP-2737はシェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクト(SCiP)。
項目名は「A Dead Lamprey(一匹の死んだヤツメウナギ)」。
オブジェクトクラスはSafe。


概要

コイツが何かというと、西暦100年頃の骨壺である。これ自体は単なる入れ物で、オブジェクトの本体は中に入っている、文字通り一匹の死んだヤツメウナギである。このウナギの死体は腐敗の兆候を全く見せない他、強力なミーム感染を引き起こす認識災害ベクターとなっている。

しかも、この認識災害というのがとんでもないレンジの広さを誇り、何とオブジェクトの存在を意識するだけでアウト。
緋色の鳥よりはマシだが、思考に浮かべた途端に曝露してしまうのである。

で、このミームはどんな内容かというと、まず曝露者に共通して起きる事象として、共感性が感情・認知の両面で拡大される。要は他人の気持ちを考えられるようになる。

次に、急性のタナトフォビアを発症する。これは要するに、死を極度に恐れる症状である。
また、大鬱病性障害を発症することもある。
他の影響としては弁神論(神が善ならばこの世に悪があるのはなぜか、という命題)、不死性、トランス・ヒューマニズム、エントロピーなどに関する強迫的思考、集団的経験および相互に繋がりを持つ生活に係る信念の励起が挙げられる。

まとめると、このウナギに曝露した対象は、死について強制的に深く考えさせられ、その意味を感情と理性によって受け止めるようになるのである。
ちなみにこのうち、鬱病の発症についてはミームではなく、感染による二次災害だと考えられている。


経緯

このオブジェクトは元々、Anomalousアイテムとして専門のサイトで保管されていた。この当時は骨壺の方がオブジェクトだと考えられていたのだが、担当研究員のアーネスト・ビショップ博士はSCP-2737に関する記録を文書で発見、異常性の再鑑定を請け負ってコイツに曝露してしまった。
で、2時間後に博士は、「財団にこれを扱う資格はない」と叫んであるSCPの収容違反を起こしたため、保安員によって終了されている。この日、博士が関わったのはこの壺だけだったため、関連性はすぐに確立。Dクラスによる実験が行われた。


実験記録

内容は全て同じで、Dクラスに曝露させてその結果を見るものである。

  • その1
まずは、あるDクラスに壺を見せてみた。
結果は変化なし。壺が原因ではないことがわかった。

  • その2
同じDクラスに、中のヤツメウナギの死体を見せてみた。
最初は「ただの死んだ魚」と述べたが、5分後にミーム感染。泣き始めたのでインタビューを行ったところ、若いころに消費したことによって「もう時間がない」ことに対する強い動揺を示した。さらに、強いタナトフォビアの症状を現していた。これによって、このウナギが認識災害ベクターであることが示された。
余談だがこのDクラス、23歳である。

  • その3
今度は、このオブジェクトのことを知っている人物に「ヤツメウナギは死んだ」という文章を書かせて、別のDクラスに見せた。
結果、対象はミーム感染し、若いころに父が死んだこと、それを一度も悲しんだことがなかったことを悔いていると述べた。
直接曝露せずとも曝露者から情報を伝えられるだけで曝露する、つまりはミーマチックエフェクトを含んでいることがわかった。

  • その4
その3と同じだが、今度の書き手はオブジェクトのことを知らない。
結果、何も起きなかった。

ちなみに追加実験の結果、記憶処理によりこれらの影響を抑制、あるいは逆転できることが示されている。

注目すべき記録

実験が続く中、あるDクラス、ジン・イ博士、カリスト・ナルバエス博士の3人が被験者となった実験において、有用なデータが得られた。

ここに、彼らそれぞれのインタビュー部分を抜粋する。
まずはDクラス。殺人罪の前科を持っており、家族は兄を残して亡くなっている。
見るのは辛いです。 [目を閉じる] 今もまだ見えます。ナイフが差し込まれるのを感じる。冷たいです。あれの柄を握っていた時のことを思い出しました。刃の方がこれほど冷たかったなんて思わなかった。
どうしてあんなことをしたのか分かりません。当時はそれが正しいと感じていました。正当な行いだと。けれどそれは悪い行いでした。死は醜いです。こんなにも醜悪だなんて思わなかった。私には皆の顔が見えます。母さんと父さんの顔も。ジル姉さんの顔も。皆、死んでいます。
かつては安らかに死んでいったことを嬉しく思っていましたけれど、そんなことはなかった。もう、やり直すことは出来ないんです。正すことは出来ない。私はもっと皆のためによく振舞うべきだった。苦痛を和らげて、尊厳を持たせてあげるべきだったのに。
どこにでも私は歩いて行きました。その道中に、何匹も虫を踏み殺しました。憎くて殺したんじゃないんです。ただ見えていなかっただけで。目を向けようと考えたことも無かった。ええ。不注意でした。余りにも多くの心を踏みにじってきた。私には時間がまだあるでしょうか?
色々な物を取りこぼしてきました。今度は、その欠片を拾い集めていきたいんです。アリゾナに兄がいるんです。もう9年も話してなくて。私には物事を正すことが出来るでしょうか?

このDクラスは最後に、「時間はもうない」と述べてインタビューを終えた。

次はジン・イ博士。
なお、インタビュアーはクローネンバーグ博士である。
自分はただ指示に従っただけ、そうだな? ただの実験に使う新鮮な素材に過ぎないんだな? 求める物を見つけ出すまでにどれほど多くの腹を裂いてきた?
いったいお前はどれだけ殺してきたんだ、見下げ果てたクソ野郎め! お前はあいつらを引き裂いたな ― バラバラに! それがどう機能しているかを探り当てたいというだけで! くたばれ、クローネンバーグ ― あのモルモットたちと同じように、お前が解剖されるのを見てみたいもんだ!
曝露者の中で唯一、鎮静ではなく感情の激発が起きた事例である。
イ博士は恐らく、オブジェクトの実験のために消費されたDクラスについて怒っていたのだろう。

続けてナルバエス博士。
そしてこれは、SCP-2737の影響がいかなるものであるか、最も顕著にあらわされた事例となった。

…私がまだ信仰を抱いていた頃を思い出したよ。全ての出来事には理由があるのだと自分に言い聞かせていた。悲劇は私たちに教訓を与えるためにある ― 我々をより良い人間にするためのものだとね。だがそこには未知の世界へ呑まれてゆく恐るべき物事があって、そこから教訓など得られはしない。井戸に捨てられ、決して見つからない子供。友人も家族もなく、沼の底へと沈んでゆく浮浪者。死は友人などではない。

そして、そんな風にして、私はまたそこに居る。私はこんな事は思い出したくなかった。そこに戻るのを避けるためなら、なんだってやっただろうに。

彼は死んだ。常に死んでいた。私の父さん。鮮やかに思い出せるよ。父の意志は強かった。病はそれよりも強かった。医者は切除手術をした ― 全てを守ろうという虚しい努力のために父を切り刻んだ。片足、片手、成功しなかった。両腕、両脚、それでも病気はまだ広がった。両目と舌 ― 医者はそれさえも取り去ってしまった。

私はかつて父が話してくれた物語を逆に語って聞かせたよ、まだ父に私の言葉が理解できることを願いながらね。黄疸に侵された父の身体の上で、私は祈りを捧げた ― 思い出せる限り全ての聖人に呼びかけたし、そのうちの何人かはでっちあげたとも思う。父に意識はあっただろうか? 分からない。身動きはしたし、時折叫ぶこともあった。悪夢の中に閉じ込められているように。クソと小便と血で満たされたおまるが部屋のそこら中にあった。
医者たちは父に鎮静剤を注射したんだ ― 現実を見定められなくなるのに十分なほどの量を。私は父に苦しんでもらいたくはなかったさ、だが…せめて最後にもう一度だけ、話したかったよ。私たちにはさようならをいう機会さえ無かった。

恐怖に満ちた数ヶ月を忘れようという努力の中で、私は陽気さを失った。心の中から父を取り除こうとしたんだ。私はビーチへの旅行を思い出したよ。父と一緒にアルハンブラ宮殿を訪れたことも。暖かさと昔話で満ちていた夜も。そして、父の病気がまだ弱かった頃、初めて飲んだワインの一口目の味も。

私はこれを忘れなければならないんだろうな。彼を思い出すことを拒絶していた、かつての私に戻ることになるんだろう。だがそれでも価値はあった。価値はあったんだ。
実験プロトコル――私の古くからの敵よ、また会ったな。だがこれほど貴様のことを憎らしく思ったことは、今まで一度も無かったよ。

ナルバエス博士の父親は難病を患い、両手足と眼球、舌を摘出、最終的に安楽死したらしい。
博士は父の死に向かう姿と彼の記憶を想起していたと思われる。


補遺

1991年に、骨壺の精密調査が行われた。
結果は、表面に何かの文字が彫り込まれていたが、経年劣化により摩耗していることが判明。
これを詳細に分析した結果、プルタルコスの著作である「動物の知性について」からの抜粋であることがわかった。
内容は以下。
するとドミティウスは演説者クラッススに言った、「お前は溜め池で飼っていたヤツメウナギが死んだからといって涙を流したような輩ではなかったか」。 ― 「ならば貴方は」、クラッススは彼に返した。「妻君を三人まで埋葬しておきながら涙の一つも流さなかったではありませんか」


最後に

ここに、最後の実験の被験者となったカリスト・ナルバエス博士の声明がある。
日付は2010/11/29。
君がこれを読んでいるのならば、君の治療は既に始まっている。対抗ミーム接種は単に効果が出るのを遅らせて、君がこの文書を読み、今後の経験に対して心の準備をさせるためにある。SCP-2737曝露は心的外傷後ストレス障害、大鬱病性障害、二次的心的外傷後ストレス、並びに全般性不安障害の軽減に対して、心理・薬物療法を凌ぐ効果を上げている。数十年の研究を通して、我々は治療プロセスを微調整してきた。このセッションが終わる頃には、君は負担から解放されたように感じるだろうし、この文書とそれに関連する経験の回想記憶は残らない。

メンタルヘルスとその運用に関しては不当な偏見がある。SCP-2737療法を通じて、君は何かを判断されることも分析されることもないし、誰も君自身の人生をどう生きるべきかを説くことは無い。君自身と向き合って考えるか、或いはそれを口に出してみればいい。2000年前に死んだ一匹のヤツメウナギが、驚くほど親身に君の話を聞いてくれるはずだ。

今日、君は泣くだろう。嘆くだろう。これまでに喪った全てを思い出すだろう。

そして、それを通して、君は癒されていくのだよ。


まとめ

このオブジェクトの特性は、曝露した対象のトラウマを表にさらけ出し、それを本人にしっかりと認識させることである。
ただし、一般的に言うトラウマ、心の傷になっている出来事はレンジ外である。
それはなぜかと言うと、このオブジェクトのターゲットになるトラウマは、被験者自身がそれを認識できていない、無意識に封じ込めてしまったものだからである。

記憶として想起し、受け止めて、嫌だ、辛い、そんな感情を抱くことが出来るのならば、同じトラウマであっても向き合えていることになる。
ならば、わずかずつでも心の傷は癒されていく。時間の流れが、そうしてくれる。

精神分析が現役であった頃の、原義で言うトラウマ=心的外傷は、本人には認識することも出来ない。
原義でいうトラウマは思い出せない。言葉にできない。辛い、悲しい、そんな定義を与えることも出来ない記憶。
このオブジェクトは、曝露した対象の持つ、そんな記憶を表面化させるのだ。
残酷と謗るなかれ。それは、心の治療の第一歩である。
傷がどこにあって、どの程度のものなのか、それがわからなければ治療は出来ない。

忘れ去り、仕舞い込んで、「なかったこと」にしてしまう方が余程危険なのだ。
だから、例えばこの記事を読んでいる諸兄がなにがしかのトラウマを持っていると自覚しているのなら、そのままにしておけばよい。


このヤツメウナギの持つ認識災害は、認識できない記憶を想起させ、言葉にさせることで、それと被験者を向き合わせる効果を持っている。
さらに、効果の一つである共感性の増大は、「自分だけではない」と認識すること、自分の傷がどの程度のものなのかを比較できるようになること、それを何かの形で表現できるようになることを意味している。グループセラピーと呼ばれる手法に近い。だからこそ、ナルバエス博士はこう述べている。

君自身と向き合って考えるか、或いはそれを口に出してみればいい。2000年前に死んだ一匹のヤツメウナギが、驚くほど親身に君の話を聞いてくれるはずだ。

そう、あのヤツメウナギは単なる認識災害ベクターではない。
心の底に隠れている、本人が認識できていない感情や記憶を思い出させ、その事実を受け止めさせる「聞き役」となるのだ。
さらにもう一つ。曝露による二次被害として鬱病の発症があるが、ナルバエス博士は「鬱病の治療に効果的」としている。
この食い違いは何か?

「認識できない」のならば無理に認識する必要はない。例えば自分が及びもつかない何かに思いをはせて、恐怖に襲われたり、不安にとらわれたりすることもあるだろう。
曝露者はそれを強制的に考えることになるのだから、そりゃ鬱にもなろうというものである。
しかし、認識できない事柄を抱えていて、かつそれに苦しんでいるのであれば、あのヤツメウナギがそれを見つけ出してくれる。
そして、思い出したならば、それを言葉にしたならば、一匹の死んだヤツメウナギがその話を聞いてくれる。
今でなくてもいい。いつでもいい。

正負の方向を問わず、大切にすべき記憶の話を。

何かが込み上げてきたのなら、それを堪える必要はない。
泣いてもいい。叫んでもいい。
そうして、自分の中の何かと向き合えばいい。そうしよう、と特別に意識しなくても、記憶に浮かんで来ればそれでいい。
そうすることで、抱えていたものの重さから解放されていくのだ。



気が向いたら、追記・修正をお願いします。

CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-2737 - A Dead Lamprey
by Metaphysician
http://www.scp-wiki.net/scp-2737
http://ja.scp-wiki.net/scp-2737

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最終更新:2023年07月07日 17:57