ゴースト・イン・ザ・シェル

登録日:2017/04/14 (金) 00:07:23
更新日:2024/01/11 Thu 22:16:54
所要時間:約 10 分で読めます




2017年3月末(日本では4/7)に公開されたルパート・サンダース監督の米国映画。
士郎正宗の漫画『GHOST IN THE SHELL』と、押井守の映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を原作にした実写版攻殻機動隊である。

なお、当記事はネタバレ回避措置として一部の文字データに背景同化迷彩を施している。ポインティングデバイスによるドラッグ時は細心の注意を払うこと。




概要

あくまで「原作」扱いなので丸々同じではないが、基本的には「押井版を現在の実写技術でリメイクしたもの」と考えて差し支えない。
「アニメならではの嘘・説得力」が使えない実写というメディアの制約や、ハードSFになじみがない観客へのわかりやすさを考慮してか、随所にアレンジが加えられている。
また、『S.A.C.シリーズ』や『イノセンス』からも随所に小ネタが挟まれている(製作期間の関係で『ARISE』はない)。
原作オマージュ、ファンサービスの点では数ある実写化作品の中でも中々のモノである。


ビジュアル面の完成度はピカイチ。ロケ映像は徹底的にCGで補正され、実写作品なのにアニメやゲームを見ているような気分になる。
アクション面はド派手な爆発や音楽は控えめで、やはり押井版の静かで美しい戦いを意識した演出が映える。人によっては眠くなるかもしれないが……。
音楽もやはり激しめの曲は少なめ。随所に「あの」鈴の音っぽい音が挟まれている。

ストーリーは、よく言えばシンプルで分かりやすく、悪く言えば「押井版を現在の実写技術で焼き直し&哲学的な魅力を削った」もの。
しかし、「機械の体を手に入れた人間は、最早人と呼べるのか?」「義体・電脳化は人類を進化させるのか?」「高度に成長したテクノロジーとは裏腹の猥雑な都市と人々」という「攻殻の基本」はしっかり押さえている。
他のシリーズがどいつもこいつも難解だったり、手を伸ばしづらい長編だったりするので、シリーズ各作からまんべんなく小ネタを挟んでいる本作は、攻殻入門用としてはちょうどよかったりする。

何より、これまで毎度毎度、均一なるマトリクスの裂け目の向こうへ行っちまったり、なんか知らん間に分裂していた少佐が「まだ向こうへは行かず、この世界で地に足をつけ、後に続くモノの道しるべになることを選ぶ」結末はかなり興味深いところだろう。


元々が名作とはいえ「20年前のそこまでメジャーではないアニメの実写化」というニッチな題材、なおかつ主要キャストが白人揃いな「ホワイトウォッシュ」が公開前から叩かれまくったこともあり、興行成績は初週からズッコケてしまった。そもそも原作に黒人はいないのに捏造しろとでもいうのだろうか
作中のテクノロジーが容易に想像できるほどに科学が進歩し、『攻殻』フォロワーが溢れかえった2017年では、そのストーリーやアクションのほとんどに「既視感」を感じてしまう=ありきたりなSFアクション映画にしか見えないのは結構痛かった。「ちゅーか『ロボコップ』だよね」との指摘も。
ただし、ストーリーの筋自体はぶれずにきっちりまとまっており、原作読了&視聴者の琴線をくすぐるオマージュも豊富。酷評するレビュワーも映像美に関しては大体褒めている。
攻殻ファン、特に押井版のファンは一見の価値あり。エンドロールで流れる川井憲次描き下ろしの新曲・謡 Ⅳも必聴。


あらすじと世界観

電脳化や義体を初めとするテクノロジーが進んだ2069年。アジアの一角に横たわる、奇妙な企業集合体国――

テロに巻き込まれ、溺死寸前だったというミラ・キリアンは、ハンカ・ロボティクス社の施設で目を覚ました。
彼女はハンカ社が政府と組んで進める、人間の脳を完全な機械の体に移植する新技術のテストヘッド「プロジェクト2571」として、人類初のフルサイボーグとして蘇ったのである。
ハンカ社のカッター社長は、データ採取のため、ミラを総理直属の対テロ部隊「公安9課」へ出向させる。

一年後。「少佐」と呼ばれるようになったミラは、過去の記憶の喪失や、時折発生する義体のバグに悩みつつも、拳銃と光学迷彩スーツを相棒に任務を遂行していた――



原作との最大の相違点は「サイボーグ技術が過渡期にあること」。
原作では完全義体の上に複数の義体間で脳を移し替える登場人物は珍しくもなかったが、今作では少佐が初めてのケースになっている。
「ネットワーク上で生まれた生命体の進化・増殖の可能性」という、そもそも生命体と呼んでいいのか疑問で一見さんには理解しづらい「プロジェクト2501」から、「機械化した人間が自我を取り戻す」というシンプルで分かりやすい「プロジェクト2571」に置き換えたのは、実写という「アニメの嘘・ノリ」が使えない形式ゆえの案なのかもしれない。

舞台は2070年、アジアの一国。日本語、中国語、韓国語の看板が混在しており、基本的には押井版の「なんか香港っぽいスラム」をグレードアップさせた雰囲気がある。あるいは「『ブレードランナー』を明るくした感じ」と言ってもいい。
至る所に3Dホロ映像が映され、機械翻訳めいた広告文が流れ、巨大なゲイシャロボや僧侶のビル飾りが動いている辺り、狙って「なんちゃってJAPAN」感を出していると思われる。ぶっちゃけ風景に限れば実際『ニンジャスレイヤー』とか『AKIRA』。
『イノセンス』の広告がやたら混ざっているのも印象的。スポンサーのHONDAのロゴ、ハイネケンのビールが飛び出すホロ広告もある。

登場人物

「●役名:役者(吹替)」の順で表記する。
吹替担当を一瞥してもらえれば分かるが、SACで該当キャラを担当したキャストが起用されている。最早アニメを見ている感覚になれるので吹替版もオススメ。


公安9課

総理直属の対テロ部隊だが、ハンカ社のテスト部隊という側面もある。メンバーのほとんどは義体化によって命を繋いできた猛者。
今作はあくまで押井版と原作が原案なので、いつもの4人以外はほぼ空気で思考戦車もいない。仕方ないね。
ただ、全員そろって突入作戦をするシーンもあるので、存在すらあいまいだった押井版よりはマシかもしれない。

●ミラ・キリアン:スカーレット・ヨハンソン(田中敦子
9課の隊長である「少佐」(どうせ偽名だ…以前は3佐だった、かは不明)。草薙素子とは多分違う。
性格は押井版ベース。生身の体と記憶全てを失った挙句、勝手に機械の体で蘇生する理不尽なコンボを喰らったために、己のアイデンティティーを確立できないでいる。バトーが報告書に書いたかは不明だが、若干荒れ気味なところがあるのか、仕事では無茶をすることも多い。レズセックスもしたはずだし、海にも潜る(今作では普通に浮く)。
全編通して義体らしさにこだわったヨハンソンの名演で、いい意味でロボットめいた印象が強い。柔らかそうな光学迷彩スーツも美しい。お尻がタプタプ? 言うな*1

東洋人(と思われる)義体の草薙素子を「白人が」「白人風の役名で」演じる発表は、前述の通り人種差別に過敏な欧米圏で必要以上に叩かれた。そもそも義体を使っているキャラに人種もクソもないし、草薙素子の名前も偽名に過ぎないことは原作で明言されているのだが……。
実際に映画を観た後なら、納得するかは人それぞれとしても、少佐が「草薙素子」でないことにも、白人型の義体であることにも意味を持たせたストーリーであることが読み取れるに違いない。評論家が作品の世界観や意図を理解しているとは限らない好例である。

実は「難民を狙ったテロで死にかけた」という記憶は義体化時に植えられたもの。「無法地帯」でテクノロジーへの反対運動を行っていた彼女は仲間達と共にハンカに拉致され、全身義体の実験台にされたのである。バグの正体は彼女のゴーストが持つ記憶。

●荒巻:北野“ビート”武
9課の課長。「電脳通信くらいわかるよバカヤロー」とは言わないが、予告でも流れる射殺シーンは『アウトレイジ』そのまんまである。
キャラクターとしては、後方で尽力する押井版&SACと異なり、時には現場に赴く原作のノリに近い。電脳化もしている。
原作ではM36リボルバーを持っていたが、今作ではより古風なM29リボルバーと防弾ジュラルミンケースを愛用する。狐を狩るのに兎を寄越すな。

まさかの「世界のキタノ」である。監督は本作のイメージを固めるため、たけしの出演を真っ先にオファーしに行ったらしい。『JM』要素も重点されて更に『忍殺』っぽい。
本人の英語力の限界もあって、台詞は全編「日本語+英語字幕」で通している。いつものことだが滑舌が悪いので日本語圏でも英語字幕が助かったりする

●バトー:ピルー・アスベック(大塚明夫
ご存じバトーさん。外見の原作再現度が半端ではない。予告では生身の目のシーンもあるが、いつもの義眼も登場する。
任務を重ねるにつれて義体化率が進行してきた歴戦の猛者。少佐とペアを組むことが多く、押井版&SACほど過剰ではないが、彼女を信用し何かと気に掛けている。自分の壮絶な戦歴を踏まえてか、記憶を失った少佐を「俺は昔を思い出すとおかしくなりそうになる」と励ましている。
市場で買った肉を野良犬にあげるのが日課という、餌やり禁止条例ガン無視な変わり者。その中のバゼットハウンドには「ガブリエル」と名付け、ほぼ飼い犬状態にしている。

●トグサ:チン・ハン(山寺宏一
ご存じトグサ君。役者の年齢(48)もあってオッサン臭いが、これはこれで「現実にいたらこんなんだろうな」というムードがすごい。
やっぱり電脳化以外ではほぼ生身、銃身が下にあるリボルバー*2もしっかり持っているが、過去の経歴と妻子の有無は劇中では語られない。

●イシカワ:ラザルス・ラトゥーエル(仲野裕)
ご存じヒゲモジャ。肝臓を義体化して呑み放題になったことを自慢し、トグサに呆れられる。

●サイトー:泉原豊
ご存じ狙撃主。最後の最後でしゃべる。

●ボーマ:タワンダ・マニーモ
ご存じ義眼のスキンヘ……髪がある!? しかし台詞は無い。

●ラドリヤ:ダヌーシャ・サマル(山賀晴代)
ご存じパズの代わりに出てくるカワイイおねーさん。……って誰だお前!?
バトーのバックアップやトグサと組んでの逆探知を担当。役割半分ボーマに分けてあげても良かったんじゃ……。


ハンカ・ロボティクス

元ネタは原作第6話(ロボット・ロンド)に登場する「阪華精機」。軍部との繋がりが深い巨大企業で、公安9課の実質的なスポンサーでもある。
本社ビル前には自前の警備ロボットや多脚戦車を複数配備している。

●カッター:ピーター・フェルディナンド(てらそままさき)
ハンカ社長。よくいるステレオタイプな冷徹なボス。どうも人間不信らしく、大切な仕事は自分でやりたがる。
こちらはジェイムスン型義体ではない。

●オウレイ:ジュリエット・ビノシュ(山像かおり)
プロジェクト2571を担当する女性技術者であり、少佐の主治医的存在。
人間を越えた新たな領域に進化する可能性がある少佐に大きな可能性を見出している。

●オズモンド:マイケル・ウィンコット(広田みのる)
ハンカ社の様々なプロジェクトに関わる技術者兼営業担当。
序盤で何者かにハッキングされた武装集団の襲撃を受け、ゲイシャロボにゴーストハックされる。

●ダーレイ:アナマリア・マリンカ(加納千秋)
ハンカ社の女性技術者。押収されたゲイシャロボの実況見分を担当している。
つまりは原作第六話の警察技師と『イノセンス』のハラウェイ捜査官である。視覚をリンクするための目元回りの義体化もハラウェイに準拠。

●赤服
赤い手術服を着た技術者達。SACでは9課直属の鑑識職員だったが、本作ではハンカ社員。

その他

●クゼ:マイケル・ピット(小山力也
まさかの2ndGIGからの登場。9課の捜査線上に浮上する、青年風の外見をしている白髪の男。PKF義体に近い。
かなりの部位を義体化しているようだが、ボディの表皮が欠損し、ところどころ人工筋肉とフレームがむき出しになっている。言語プログラムにもエラーが出ているのか、音声を口に出すと吃音交じりになってしまう。
至近距離から拳銃を連射されてもびくともしない。被弾衝撃で直立不動のままスライドしていく様子には謎のカッコよさがある。

●ゴミ収集車の二人組
ゴミ収集車と聞いて嫌な予感がした人、正解です。こちらが今回の人形担当となっております。
運転席で2重のポリビニール袋に入った焼きそばっぽいヌードルをすする姿に、何とも言えないサイバーパンク魂が感じられる。

●草薙ハイリ:桃井かおり(大西多摩恵)
独自に捜査を続ける少佐が立ち寄った、ポンテタワーめいたぼろアパート・アヴァロン1912号室の住人。
娘を無くし、単身者となった中年女性。若者に娘の面影を重ねてしまうらしく、通りかかった少佐にもお茶を勧める。

●草薙素子:山本花織
ハイリの娘。テクノロジーに反対する運動に参加していたが、母親とケンカをして家を飛び出した後、事故で亡くなった模様。


メカニック

●ゲイシャロボ:福島リラ
芸者ロボと聞いて嫌な予感がした方、正解です。こちらが今回の被破壊対象となります。顔も開きます。
今作ではハンカ社の製品が登場。タイプ・ハダリよりも人間に近い顔立ちだが、どぎつい塗装が台無しにしている。

●光学迷彩スーツ
押井版を踏襲。あちらでは極薄の全身タイツだったが、今回は肌色の極薄ウェットスーツ状になった。
少し表面がもこもこしていそうでカワイイ。ヨハンソンの絞れていない体を残酷なまでに浮き上がらせている

●9課の制式銃
拳銃はグロック社製が採用されているようだ。バトーはグロック17、少佐は光学迷彩仕様の真っ白なグロック19を携行する。
メインウェポンとしてはIMIのタボール(少佐)、H&K社のMP5K(他の課員)を元にしたプロップガンが使用されている。

●「ライノ」
イタリア・チアッパ社製のリボルバー拳銃。マテバ社製リボルバーに代わるトグサの愛銃。
2005年に倒産したマテバ社から移籍した設計者が製造に関わっていることもあり、全体の機構が似ている。
少数生産品のマテバ社オートリボルバーはかなり入手しづらくなってしまっているため、こちらが代替として起用されたのだろう。

●9課バン
原作と押井版で使われていた四角い車。今回はみんなで乗って移動します。

●少佐のバイク
ハンカ社から立ち去る時に少佐が拝借したバイク。装甲車を思わせる重厚なボディに、申し訳程度についた風防が印象的。
原型機はホンダ・NM4。クルーザー仕様の外装を変更し、一人用のスピーディーなモデルに仕上げている。
実はフレームをほとんど弄っていないというのだから驚きである。

●思考戦車
原作にてソーマが搭乗した物と、押井版ラストの「アラクニダ」がモデル。ハンカ社製。
今回は完全無人仕様で、従来の物に比べるとボディが薄くなり、動きのしなやかさも増してより蜘蛛らしくなった。
両顎のチェインガンに天面アイセンサーボールも続投。
そしてやっぱり丁度サイボーグがこじ開けられそうな位置にあるハッチも続投。今回は開きます。

●ヘリコプター
押井版で狙撃部隊を載せて現れたヘリと同型。羽根の様な無駄に被弾面積を広げるカーゴベイギミックも続投。





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最終更新:2024年01月11日 22:16

*1 原作の少佐の義体も「見た目は市販と大差ない」らしいので原作再現っちゃ再現。

*2 事情でマテバではないがデザイナーは同じ。