SCP-1922-JP

登録日:2017/04/09(日) 20:12:31
更新日:2023/11/22 Wed 22:55:23
所要時間:約 7 分で読めます





永き世の とをのねぶりの みなめざめ
波のり船の おとのよきかな

SCP-1922-JPは、怪異創作コミュニティサイト「SCP Foundation」に登場するオブジェクト(SCiP)の一つ。
JPのコードが示す通り、日本支部生まれである。
項目名は「忘れ、行き着く、酔い潰れる」。オブジェクトクラスは「Safe」。


概要

コイツが何かと言うと、とある漫画家によって描かれた一冊の漫画である。
ぶっちゃけるとこの漫画は、「妖怪のイラストが図鑑的説明と共に描かれている本」、つまり妖怪辞典である。
財団の民俗学部門の調査により、これらの妖怪は旧来の書物や民間の伝承に出て来ない、要は氏の創作であると結論付けられた。
しかし、どうやらごく軽度の認識災害特性を有しているらしく、描かれている妖怪を見た者は「これ、どっかで見たな」と思うことになる。

オブジェクト自体の特性はもう一つある。
それは、このオブジェクトの本命と言うべき、SCP-1922-JP-1と分類された異常空間へのポータルとなる能力である。
漫画の最終ページは白紙であり、ただ一言「忘れじ」と記されている。ここに触れると、異常空間に飛ばされるのである。
そしてこの手のオブジェクトのお決まりとして、通信設備やGPSは全く役に立たない。
帰還した例は、二ケタに達する侵入の試みに対してわずか5件であり、それら5人の証言によってのみ、内部の状況が判明している。


この空間の中には、SCP-1922-JP-2と分類された「案内人」を除く生物が存在せず、物体の残骸や生物の死骸に良く似た何かが散らばる、常に雪の降り続ける夜で固定された世界が広がっている。
散乱している物品は、侵入者が帰還する際に手に持っているものであれば問題なく持ち出すことが可能。

なお、帰還した5例のうちの一つであるエージェント・埋木によれば、

何というのかな、すごく心? そういった何かが暖かかった、歓迎されているような、いつまでもそこにいたいような。…母親の胸の中とかよく言うが、あんな感じなのかもしれないな。

どこかへ向かう入り口、経路みたいな。もっと奥がある感じだ。で、多分その奥から微かだけどなんか声が聞こえてきた。楽しそうっつうか、なんだか宴会みたいな。あ、それとどっからか分からんが、酒臭かったのを覚えてる。ちょっと鼻をくすぐるくらいだったけどな。俺が見たのはそんくらいだ。

という場所らしい。
ちなみにこのエージェントが帰還した時に持っていたのは、彼が子供の頃に好きだったおもちゃであり、調査の結果異常性は全く存在しない、ただのものだと判明。現在はエージェントが個人所有している。



エージェント・埋木の証言した、「宴会のような場所」については探索が出来ていない。
そこで、これを確かめるべくエージェント・我路がSCP-1922-JP-1に侵入。そこで彼を待っていたのは、人型の実体であった。
SCP-1922-JP-2と分類されたこの実体は、件の漫画家の作品に出てくるキャラクターの姿を模倣した、「山田」を自称する男性である。大きなメガネ、一般的なスーツ、極端にデフォルメされた出っ歯、という特徴を持っている。
……あれ、そんなキャラクターって我々の世界にもいなかっただろうか。

この「山田」は非常に友好的であり、攻撃を加えたとしてもただちに無力化するのみ、とかなり温厚。
エージェント・我路はこの世界について「山田」にインタビューを行い、結果有益な情報を手に入れることに成功した。
通信媒体は一切機能していなかったのだが、何とこのエージェント、持ち込んだ筆記用具でお互いの発言を最初から最後まで見事に筆記して残している。


「山田」によれば、この空間は「忘れられる」という黄泉、あるいは地獄に通じる道の、数あるうちの一つであるという。
曰く、

誰しもかつては覚えていたもの、当たり前に使っていたもの、それらはすべて忘れられていく。そしてそれを取り戻そうとする奇特な方はあまりに少ない。当然ですね、みんな今を生きるのに必死ですから。寂しい事ですがもちろんそれを否定しやしません。

生きていく中で自然と忘れられていく何か、それが集う場所。この雪の降る空間は、そこへ通じる道なのだという。
「山田」自身もその一人だが、件の漫画家への感謝をこめて、案内人を買って出たらしい。
そして、この道から出る方法は二つしかない。

1つは、先へ行って街に入ること。
「忘れられた者の集う場所」である街に入り、いつかは消えるはずの酔いに浸かることである。
ただしそれは、元の世界において忘れられるということに等しい。出ることは一応できるが、出たとしても元の世界では忘れられたまま。
そして、街に戻る時はまたこの道を通り、忘れられなければならない。

もう1つは、そこにある何かを思い出すこと。
この道はその特性上、踏み入った時点で、侵入者もまた外の世界から忘れられていくことになる。
急がなければ閉じ込められて本当に忘れられてしまうが、侵入者が周囲から忘れてしまった何かを思い出して手に取ることが出来れば、その何かが外の世界へと連れて行ってくれる。
エージェント・埋木もそうして戻ってきたのである。逆に言えば、戻って来なかった他の事例においては、侵入者は「忘れられて」しまったのであろう。



そして、もう一つ。
「山田」曰く、SCP-1922-JPを描いた漫画家は「思い出す」のがとても上手かったらしく、ちょいちょいこの道を訪れていたようだ。
エージェント・我路が彼の死を伝えたところ、「山田」はこう述べた。

あの人には私たちを光から引きずり出していただいた、私たちをこの黄泉路から見つけ出してくれた。…忘れません、私はけして忘れません。…少々話し過ぎてしまいましたね。
貴方も早く探す方がいい。此処はいればいるほど離れがたくなっていくから。失くしたものに囲まれて、思い出せなかった暖かさに揺られて。
…そうか、もしかしたら、あれを造った何者かは忘れられるということを一つの救いなのだと、愛なのだと考えているのやもしれませんね。
私はそうは思いません。忘れるということは恐ろしいこと、忘れるということは諦めること。あの酩酊の街は終わりと退廃、停滞と慕情の街。
そう、忘れられるとは地獄です。あそこは地獄、それと知って酒に溺れ、幻の温かさに溢れ、飛び出したものには冷ややかに。それを愛だと宣って。
あのようなとこに、██サンを、そして貴方方を向かわせたくはないものです。いずれ皆が辿り着く場所だとしても。


忘れられる。誰も自分を覚えていない。
それは、まさに地獄だろう。想像していただきたい。周囲の誰もが、記録でさえも自分のことを覚えていなかったら?
誰も自分を知らない。誰も思い出してくれない。
それは、地獄だ。

あの街を作った誰かは、忘れられるということをある種の救いだと考えていたのだろう。
しかし、忘れるということは、その何かを諦めてしまうことに等しい。忘れられたもの達はあの街に集まり、互いに寄り添い、その温もりに浸り、酒におぼれて酔い潰れ、忘れられているという現実を「忘れて」幻の安らぎにすがり続ける。

そうすることを否定はできない。だが、「山田」はそうは思わなかったのだろう。


この後、エージェント・我路は帰還したが、帰り道で彼は一つのレコーダーを回収していた。
再生してみると、複数人でこんな歌を歌っているのが記録されていた。

永き世の とをのねぶりの みなめざめ 波のり船の おとのよきかな

色はにほへど 散りぬるを 我が世たれぞ 常ならむ

有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず

それならばこそ 此処は酩酊 永久に戻らぬ 夢の街

変わらぬものは 夜半の月と 酒肴のみ 永遠の雪

我ら行き 我ら忘れ 我ら歌う

来いよ来いよと 我ら酔う

愛を込めて

永き世の とをのねぶりの みなめざめ 波のり船の おとのよきかな



既にお分かりだろうが、この道の先にある街とは、要注意団体とされている「酩酊街」である。
外の世界にオブジェクトを送り出し、そのどれもがどこか温かみを感じる者達。

だが、その実態は、忘れられたという現実を忘れて酒と幻に溺れる、明けることのない夜に包まれた過去たち。
入って来た者をも忘れさせ、引き込み、そして歌う。
戻らない過去は、忘れられた何かに良く似ている。戻って来ない、という点で、よく似ている。
戻って行っても、誰も覚えていない。
だからこそ彼らは、




SCP-1922-JP

忘れ、行き着く、酔い潰れる




そんな彼らのもとに通じる道を残した、あの漫画家。
1922年に生まれ、妖怪たちを漫画という形でこの世に広めた彼の名を、アニヲタ諸兄は覚えているだろうか?




追記・修正はあの漫画家を忘れていない方にお願いします。


CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-1922-JP - 忘れ、行き着く、酔い潰れる
by kyougoku08
http://ja.scp-wiki.net/scp-1922-jp

この項目の内容は『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』に従います。
この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • SCP財団
  • SCP Foundation
  • SCP-JP
  • 酩酊街
  • 妖怪
  • 異世界
  • 異常空間
  • kyougoku08
  • やさしいSCP
  • Safe
  • SCP-1922-JP

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2023年11月22日 22:55