ミーム

登録日:2017/02/19 Sun 19:27:54
更新日:2024/04/16 Tue 06:05:45
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小柄な少女が一人、夜道を歩いている。
その後方、数メートル離れて、怪しい人影が少女を付け回していた。時折、何かを呟いている……。
街灯が途切れて少女が暗闇に包まれた時、人影は少女に駆け寄る! その手には、鋭い刃物が!
少女は、振り返って声を上げた!

「イヤーッ!」


この項目についてはミームという概念について解説、……というより考察していく。




ミームというミーム――『ミーム』という概念の誕生

元々、ミーム、つまり「遺伝子のように模倣・伝達される情報・文化」という概念は、20世紀初頭には旧制度学派経済学者のソースティン・ヴェブレンや生物学者のジュリアン・ハクスリー、同じくリヒャルト・ゼーモンにより見出されており、更に遡ると啓蒙思想や進歩論にたどり着くとされている。
特にゼーモンはこの概念を『ムネーメ(Mneme)』と呼称しており、既に『ミーム』の原形があった。
それが本格的に広まり出し、また『ミーム』と命名されたのは1976年、動物行動学者で進化生物学者のリチャード・ドーキンスが”The Selfish Gene”(『利己的な遺伝子』)という著作の中で「俺は前々からあったこの概念を改めて『ミーム』と呼ぶ事にした!」という旨の記述をした事からである。
彼はこれには元々『Mim(模倣、アニヲタ的には宝箱モンスターの『ミミック』が思い浮かぶか)』と『素』という意味を持つ「eme」をくっつけ*1、『Mimeme(模倣素)』とする腹積もりでいた。
が、ドーキンスは『Gene(遺伝子)』の学者。「Geneと関連を付けたい。というか長ったらしい」と思い、思い切って『Meme』とぶった切った。つまり『ミーム』という言葉は語源的には『コンビニ』みたいな略語なのである。

遺伝子が遺伝によって受け継がれるのに対し、ミームは模倣によって受け継がれる。和訳で『模倣子』、『意伝子』などとされる辺りからこの点は分かりやすい、はず。
受け継ぐ際に自分の解釈で語ることで、あるいは相互の誤解によって変異し、意図的な改良、もしかすると記憶の混乱により交配し、
興味を引く度合いや発言力の差によって淘汰される。

Geneが生物の遺伝子であるように、Memeは情報の遺伝子というように対応付けられており、
ドーキンスは流行り言葉や流行りのメロディ、ファッション、箸の作り方などを例示した。
「情報が伝播し、その途中で変化していく」のを生物の進化に見立てたのである。

このドーキンスの、言ってみればオリジナル用語だった『ミーム』は、
しかしながら、「情報が伝播し、その途中で変化していく」ということを言葉として言い表した便利過ぎる言葉だったので、
ドーキンスの仲間である生物学者のほか、心理学者や哲学者など幅広い分野の頭のいいおじさんおばさんたちによって
いろんなアプローチがかけられることになった。で、こうなってくると「ミーム」という概念もまたミーム化していき、
ある人は流行り言葉とかそういう枠を超えて「人類の文化や政治・宗教」といった高度な部分を扱うようになり、
一方では「精神的な連続性」みたいな心の問題に深化し、一方では「きみは頭のいいフレンズなんだねー!」と脳味噌がとろけた人もいた。



ミームは結局なんなんだ?

単に情報の伝播だけをとらえるなら、情報がどう変わっていくのかを見ればいい。
ただ、情報は必ず媒質、つまり「伝える人」がいて伝わっていくわけである。

そしてそれらが定着し、人の行動に影響を与えるさま、――これらをとらえる時、
「ミーム」という言葉はぶっちゃけ便利すぎたのである。

例えばジーパンを履く、というのもミームである。
元々ジーパンは鉱夫が履く作業着として、丈夫な生地が求められ、リベットで補強されたものであった。
だがアメリカで映画の俳優がジーパンを履いて演技をすると、影響された若者がこぞってジーパンを履くようになり、
ジーパンはファッションの一つになっていった。いまではダメージジーンズなんていう「それジーパンの元々の用途どこ行った」なんてものが出る始末である。

そして便利であるがゆえに困ったことにもなった。
「ミームという概念が分野ごとに違う意味を持つ」ようになってしまったのだ。
もともとドーキンスは単に「文化の伝達や複製の基本単位(1976)」としていた。
しかしこれでは「なんであるミームは広がり、あるミームは広がらない?」ってことがわかりません。(´・ω・`)

これに対しヘンリー・プロトキンは「せっかく遺伝子に対応付けたんだからもっとそこを活かそうよ!」と、
「文化の遺伝単位であり、遺伝子のような働きをする」とした。
ミームは人間というデバイスで、プログラムが実行されるように作用すると考えたのである。
脳味噌や心はコンパイラやインタプリタってことですね。

ダニエル・デネットは更に、「ミームは心に入るんじゃなくて、心の外から作用するんだよ」と主張した。
つまりミームは内部から動かすプログラムではなくて、入り組んだ迷路のなかから勝手にルートを示して歩かせるものという感じだ。
そしてプロディが最後に、三人の定義をいいとこ取りした。
その他にもいくつもミームの定義は生まれているがここでは割愛する。



ミームはどう解釈すればいいのか?

例えば、あなたは食事するとする。蕎麦屋にでも入って蕎麦を注文し、出された蕎麦を見て割り箸を割り、「いただきます」――
待って欲しい、なぜあなたは「いただきます」というのだろうか?
「親にそう教えられたから」?「日本人ならみんな言うだろ」?「意識しなくても出る」?

それがミームだ。

だって別に一人でメシ食ってるときに誰がいただきますと言えと強要するだろうか?
蕎麦屋の親父は別にいただきますと言えなんて言わないはずだ。
なのにあなたはいただきますと言って蕎麦をすすり、ごちそうさまといってレジに会計を済ませに行くのである。



ミームの伝染研究

ミームは結局研究するのが難しいものである。
誰かが記録を残しているのを見て「当時はこのような文化があった」
「ところがそれはその後こういう文化の変遷を辿った」「それにはおそらくこれがファクターになったんだろう」と調べるしかない。
そして、途中途中の発展は非常にわかりづらいものである。

例えばマグロが今何故今のようにみんなのごちそうとして食べられているのか。

大昔から日本人は実際マグロは食っていた。しかし昔はマグロは「シビ」と呼ばれ、主に下層階級の食い物だった。
これは鮮魚を輸送するのに、よく生きたまま水につけて運ぶというのがあったのだが、マグロではそれができず、
塩漬けにすると味が落ちてまずいから、というのが理由であった。
その後、醤油が登場すると、漬けにして食うようになる。
その後冷凍技術が発達して赤身が普及するも、まだまだ大衆魚であり、北大路魯山人をして
「マグロそのものが下手物であって、一流の食通を満足させるものではない」と言わしめる始末。
そしてトロは特にまずいことから、「猫も食わない」猫またぎと言われた。

それが冷凍技術が更に進化し、日本人の味覚も欧州化していったことで、
一気にマグロのトロはごちそうとなり、回ろうが回るまいが寿司屋でマグロはもはや欠かせないメニューにまでとなる。
そして今では世界のマグロの半分弱を日本人が食ってしまうまでになった。

そう、マグロという魚の食文化もまた、ミームなのである。
そしてミームは周りのファクターをうけて変節した。マグロは、技術の進歩で日本人のごちそうになったのだ。

しかし、こうした文化の変遷を調べるのには労力がかかる。
調査するのが比較的楽なものはあるだろうか?ある。それはインターネット・ミームである。



ネットミーム――イヤーッ!の歴史

さて、ここで記事冒頭のシチュエーションに戻っていただきたい。

あっ! やせいの暴漢があらわれた! 少女はどうする?

「イヤーッ!」

普通の人なら、この状況で響く叫び声は、恐怖にかられた少女の「嫌ーっ!」という悲鳴だと受け取る。
ジャンルによっては少女が絶叫と共に怪しい力に目覚めるかもしれない。名作「サルでも描けるまんが教室」では、この『イヤーッ!と叫ぶとボーン!となんかが爆発する』お約束を『イヤボーンの法則』と紹介している*2

だが、2010年頃を目処にネットミームにおいての「イヤーッ!」は意味が変化した。
悲鳴の意味で「イヤーッ!」と書いたつもりでも、読者は何故か少女の絶叫は恐怖の悲鳴ではなく、決断的なカラテシャウトと解釈し、続くナレーションは『哀れヨタモノはネギトロめいた死体に!ナムアミダブツ!』となってしまうのだ。

この「イヤーッ!」の意味が変わったファクターなんて、誰がどう考えても『ニンジャスレイヤー』である。
もしニンジャスレイヤーが廃れたならば元々の悲鳴の意味合いで「イヤーッ!」と台詞を言わせても良いだろうが、そうでない現在は「キャーッ!」とか「いやぁぁっ!」とでもしないと、読者の脳内で恐るべき少女ニンジャのイクサが始まってしまう。

このような忍殺語やブロント語淫夢語録、そしてフレンズたちのような語録を主としたネットミームは、
さまざまな要因を経て変化し、伝播する。これを指して「ミーム汚染」と呼んだりする。

ところが本来学術的にはこういう「前の意味を完全に消しちゃう」ようなミームの拡大を、
「ミーム淘汰」とよんだ。どうしてネットでは「ミーム汚染」っていうのだろうか?
おそらくはミームに「感染する」「伝染する」というところから、似た語感の「汚染」が定着したのだろう。
はい、「ミーム汚染」という言葉もまたミーム汚染なんですね。



作品におけるミーム

ここでは、作品が及ぼす方ではなく、作品がミームを扱うさまを見たい。

伊藤計劃の『虐殺器官』では、『虐殺の文法』というものが『虐殺器官』に影響して、
各地で戦争の火種になっていき、その文法を操るジョン・ポールを追いかけるさまを描いている。
人に影響を及ぼす情報の伝播はミーム的であるが、これは伊藤計劃が小島秀夫のファンであったことも理由であり、
伊藤計劃は小島秀夫と互いに影響を及ぼしあったようである。

そのためか、小島秀夫監督の作品のMETAL GEAR SOLIDシリーズでも、「後世に語り継ぐべきもの」といった考えで、しばしばこのような概念が大きなテーマとなる。*3
中でも、(シリーズとしては外伝だが)METAL GEAR RISING REVENGEANCEの登場人物であるモンスーンは、ミームについてかなり言及しており、当時のゲーマーの間での「ミーム」という言葉の知名度の更なる向上に一役買っていた。

上記で例に挙げたニンジャスレイヤーでは「ミーミー」と表記し、
ドージョーやヤクザクラン、暗黒メガコーポなどで重要視されている。
また第4の壁の境界が舞台と思われる外伝ではふにゃふにゃした邪竜ミーミーが登場している。
「かつて輝く羽毛に覆われた文化遺伝子の運び手でありながら、堕落し、粗悪なインポートコピーの塊の怪物と化した」
と言われ、同名なのは偶然ではなく何らかのミームの象徴であると思われる。

ミームがしばしば関係する創作としては、SCP Foundation(SCP財団)が挙げられる。
ただし、SCP Foundationでは、「Cognitohazard/認識災害」や「Infohazard/情報災害」といった独自用語を制定し、
これらをミーム災害と区別してよりミームという概念を「伝播すること」に注目させているため注意したい。
一般的には認識に影響を及ぼしたり情報伝達に影響を及ぼすものもミーム的なのだが、
SCP Foundationの世界ではより詳細にものを考察したいわけであった。
詳しくはミーム(SCP Foundation)を参照のこと。



最後に

ここまでミームとはなにかを書いたわけだが、(いないと思うが)もし論文とかにこのページ使おうとかしてたらやめてくれ。

というのは、ここまでのミームの解説自体、またミームなのである。
この項目を建てたやつ、追記・修正する奴もまた、それぞれのミームの受容と解釈に基づいてミームを論じているのである。
あくまでここに書いた説明はミームをどう理解したかの一例でしかなく、あなたはあなたのミームの定義を行い、
それを論じなくては学問とは言えないのである。
もちろん学問じゃなくても、例えばそれぞれの創作におけるミームの取扱方は諸処で異なる(ヘッドカノン)。
「この人はどういう意味でミームを取り扱うのだろうか?」というのを隅において議論するのがいいだろう。

つまり、ここで追記・修正をお願いするという慣習もまた、ミームなのだ。よろしくおねがいします。
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最終更新:2024年04月16日 06:05

*1 どっちもギリシャ語の語根

*2 サルまん以前にすでに命名されていたという説もある

*3 特にMGS2ではMGS1の『Gene』に続く表テーマの1つとして『Meme』を挙げている。