三国志

登録日:2009/06/27 Sat 13:00:05
更新日:2024/03/04 Mon 19:35:35
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《三国志》は、巨大で豪壮な、凄まじくも儚い物語である。

あらゆる才能と志が活躍し、生き場を求め、散っていく。三国の時代からはるか後の現代でも、私たちは彼らの生き様と死に様に心惹かれ、没頭してゆく。

大まかな流れは三国志【年表】を参照。
なお年代記的には「三国時代」ではあるが、続く時代もひっくるめて「魏晋南北朝時代」とまとめられることも多い。

そして一つ押さえておきたいこと、この頃の日本は邪馬台国の時代。
当時の中華文明がいかに先進的だったか、この一事だけでも十分に理解できるだろう。

【成立】

『三国志』の原典は晋王朝に仕えた蜀出身の史官・陳寿が編纂し書き記した、正史『三国志』全六十五巻を言う。
しかし、物事を淡々と簡潔に記してあるだけなので、良くいえば「簡明」、悪くいえば「無味乾燥」で、面白いものではない。
そもそも正史『三国志』は歴史書である。
読者を楽しませるために書かれたものではなく、歴史的事実を端的に記述することを目的としているので当然なのだが、
この歴史書を参考にし、庶民にもわかりやすくした娯楽小説、それが『三国志演義』である。
大胆な脚色とわかりやすい位置付け、怒涛のストーリー展開で民衆の心を掴んだ。
こちらは娯楽本という性質の違いから、虚構と事実が入り混じり、多くの俗説を取り込んだ為どっちつかずの部分も多々ある。
重要なのは、 正史のすべてが必ずしも事実だとは限らないということ と、 演義が必ずしも虚構だけの物語ではない ということを胸に刻んでおくことである。

むしろ中国人の思想、とくに庶民の思想も多く取り込まれており、その意味では文化的な意味で重要な「野史」ともいえる。



『三国志演義』は東晋、宋初期に仕えた裴松之(はいしょうし)が注を付けた『裴松之注三国志』が原作に近い。
これは陳寿の『三国志』に、後漢、蜀、呉、魏の逸話や民間伝承、魏にとって不利な事実(記されていないもの)が大量の追記がされ注が付けられており、伝承なども書かれている。
これを参考に民間で講談師や劇作家が面白く創作し、多くの人物像が形成されたり省略されたりして理解しやすく改変し、民衆に親しまれることとなる。


『三国志演義』の作者は一四世紀、明の時代の《羅貫中》(らかんちゅう)という人で、三国鼎立の時代からは千年余の時間が過ぎている。
これは小説で、フィクションが混ざっている。むろん、物語の基軸は史実に基づいてはいるが、三~四割程度が創作である。
それらのフィクションも、羅貫中自身が作り上げたというよりも、千年の永きに渡り庶民の間で広まっていた伝説などがベースである。
面白いエピソードばかりを採用したのだから、『三国志演義』がつまらないわけがない……と言いたいところであるが、どうであろうか。

『三国志演義』の最大の特徴は、歴史書版『三国志』では敗北し滅亡する側の蜀皇帝・劉備、その軍師・諸葛亮を主人公とし、大国魏の曹操を最強最悪の敵役とした点であろう。

いわば、悪が栄え、正義が滅んでいくという悲壮なるドラマに完全に仕立てあげた。

これは庶民に受けた。さらには海を越え時代を超えて、日本人にも親しまれた。
というわけで、一般的に《三国志》という場合、もともとの歴史書ではなく、『三国志演義』のことをいう。

創作における三国志

多くの人々に親しまれた三国志(三国志演義自体が創作でもあることはさておくとして)。
小説や漫画、ゲーム、映画などの題材に選ばれることも少なくない。

現在の日本でもっとも著名な三国志といえば、吉川英治氏の小説、そして吉川版を原案とした横山光輝氏の漫画作品だろう。
三国志演義を大元に据え、英雄たちの興亡を描いた大作である。
なお、最後に希望があるみたいな終わり方をしているが、それは地獄への入り口だ


娯楽小説として親しまれてきた『演義』系作品の一方で、正史の『三国志』をベースにしている作品も現れた。
李學仁原案・王欣太執筆の漫画『蒼天航路』は掴み所の無い、快活だが冷徹な快男児・曹操と魅力溢れる英雄たちを豪麗に描き、
北方謙三の小説『三国志』では《男》の生き様と死に様とは何かを突き詰めて書いており、
宮城谷昌光の小説『三国志』では後漢王朝の腐敗の要因、政治の要諦とはなにかを、つまびらかに著している。
どの作品も、一度は読んでいただきたい作品である。

一般的な理解に対して、まったく異なる独特な観点で描いているのが安能務の小説『三国演義』。
作者のリンク先項目も参照してほしいが、戸籍登録人口の少なさに象徴される当時の社会情勢に着目し、曹操や孔明などの「英雄」たちが実は歴史を変える力を持たない、非力な存在であったという、一風変わったビターな三国志が描かれる。


ゲーム分野では、Koeiの戦略シミュレーション『三国志』シリーズや、英雄たちを操り押し寄せる敵兵を豪快になぎ倒すアクションゲーム『真・三国無双』がその筆頭だろう。
ユーザーの間で演義系・正史系の双方が認知されていくにつれ変化していった作中における人物像もまた興味深い。


映画は2008年・2009年に二部構成で公開されたジョン・ウー監督作品《レッドクリフ》が記憶に新しい。
その評価と賛否は分かれるものの、当時の雰囲気のようなものは伝わったのではないだろうか。
(レッドクリフ登場人物の髪型などは当時の風俗を忠実に再現している)

またレッドクリフよりもはるか以前に作られた、中国中央電視台による国営版「三国演義」も映像モノとしては有力。
なにせ黄巾の乱から三国滅亡まで、全編を網羅している超大作。
馬から城郭から赤壁戦艦群から、すべてが1/1スケールで再現されたという徹底ぶり。CG? んなもんありません。
ただしあまりに大作すぎて視るのは大変だが。



【英雄たちの人物像】

《三国志》には数多の英雄たちが現出するが、彼らの実像は歴史の混迷に遮られていてよくわからない。
だが、逸話のなかで部分的に垣間見える姿形も有る。

以下は英雄たちの実像に、少しだけ迫ってみたものである。

劉備

《三国志演義》では彼は徳の将軍、皇室の末裔とされ、善の象徴のような人物で、大義を掲げ民を救うために各地を奔走する。

実際は奔走するというより転げ回ったといったほうが的確だが、
彼は関羽張飛といった剛勇の士を義兄弟として、諸葛亮法正などの知謀の士を従えたことから、やはり尋常ならざる人物だといえる。

時代を見通す眼を持ち得なかった人だともいえるが、諸葛亮という眼を手に入れた彼はついに蜀を建国した。
放浪の末に国を手に入れた彼は、並々ならぬ《意地》の英雄ではなかろうか。

ちなみに見方を変えると「行く先々で裏切りを繰り返しながら臆面もなく偽善者ぶり、ついには皇帝になったしぶとい権謀家」とも見れる。
呂布いわく「こいつが一番信用できないんだ!」


孫権

父・孫堅、兄・孫策の遺した基盤を継ぎ、着々と勢力を拡大した。《三国志演義》では狭量な策謀家として描かれ、劇的な描写は少ない。
曹操のように自ら前線で指揮を採ることは少なく、統治能力、政治に長けていたことも起因するのではないだろうか。

実際の彼は異民族をよく治め、山越(呉の山領を住み処とした族)の若者を配下に加えている。

父兄の死を乗り越え、臣下の分裂も許さず、若くして君主権力の強化に努めた。
《和》を保ち《謀》を打ち出した彼は、偉大なる君主と呼んで差し支えないだろう。
ただし、晩年は除く

曹操

迷宮のような人格の人である。

最大の権力を持ちながら、劉備、孫権のように皇帝の位に即かず、あくまで漢を倒さなかった。
四海の群雄を滅ぼし、中華で最大最強の国を作り上げた彼がなぜ、最上の地位に即かなかったか。

それを知れば、やがて曹操という英雄の実像が見えてくる……と言いたいのだが、《三国志演義》で悪役として定着した彼の姿はやはり、簡単には拭えない。

武と智を併せ持ち、魏国を建てた曹操はやはり、乱世の奸雄であった、ということだろうか。


【三国志の魅力とはなにか】

人の持つ夢や憤慨の念はいつしか大地を揺るがし、天を衝き動かす。
動乱に立ち向かう民衆の勇姿に震え、平和を願いつつ戦う英雄たちの一挙一動に握りこぶしを作る。

限りの有る人生をどう生きるか、決断を迫られたときどうするか。決断を下した者たちの、溢れんばかりの生の力。

これが、三国志が人々を惹きつけてやまぬ所以ではないだろうか。



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最終更新:2024年03月04日 19:35