ティアマト(メソポタミア神話)

登録日:2016/12/31(土) 00:44:08
更新日:2023/10/05 Thu 13:10:52
所要時間:約 10 分で読めます









e-nu-ma e-liš la na-bu-ú šá-ma-mu
上にある天は名づけられておらず


šap-lish am-ma-tum šu-ma la zak-rat
下にある地にもまた名がなかった時のこと


ZU.AB-ma reš-tu-ú za-ru-šu-un
はじめにアプスーがあり すべてが生まれ出た


mu-um-mu ti-amat mu-al-li-da-at gim-ri-šú-un
混沌を表すティアマトもまた すべてを生み出す母であった







―「エヌマ・エリシュ」 第1板より








ティアマト(Tiamat)は、メソポタミア創世神話に登場する女神である。
名前の由来はアッカド語でを指す「tiamtum」だと言われる。
彼女自身の原型となったのは、最古の都市国家シュメールに伝わる原初の海の化身ナンム


【概要】

彼女はその名の通り大海の化身であり、その胎内から多くの神や魔物を産みだした
だが最期は自身の子孫である神に倒され引き裂かれその体から天地が作られたとされる。
彼女についての記述はアッカドの創世神話「エヌマ・エリシュ」の中に見ることが出来る


○外見

彼女の外見上の特徴として、まず「女性である」ことは確か。
だがそれ以上の外見についての詳細な描写は無い。
ただ神話上の描写などから以下のことについてはほぼ間違いない。

  • 果てしなく巨大である
  • 母乳をあふれさせる豊かな乳房を持つ
  • 長大な尻尾がある
  • 角がある
  • 頭部がありその内部に脳がある(恐らく頭は一つ)
  • 血液を持ち心臓がある
  • 大きな口があり唾液を流す
  • 鼻がある
  • 両目があり(目は二つである)涙を流す
  • 太腿がある(蛇身ではない)

ただ「人間と似た姿である」「自分の姿に似せて人を作った」などといった描写は無い。
なので人型であったかどうかは不明
牝牛・山羊・ラクダのような容姿だったという説もある。
巨大な(それも多頭の)、あるいは半人半蛇の女性として描写されることが多い
少なくとも原典たるエヌマ・エリシュ、そしてそれに直接連なる資料にはそういう記載はない。(後述)


○性格・能力

まず海水の化身である彼女は、その体からさまざまな神や魔獣を産みだすことが出来る
神話内での描写を見る限り夫がいなくても単身で、しかも任意の数・種族・性質の仔を産み落とせるらしい。
それでも彼女はひとりであることは好まないようで、最初の夫を亡くしてからは自分の息子を夫とした

産み落とした生命には深い愛情と寛容を示し、何をされようとよほどのことが無い限り怒りだすことは無い
しかしひとたび怒り出すとだれにも手が付けられないほど暴れ狂う
さらにあたりに毒気と覇気をまき散らし、敵どころか味方さえ近づくこともままならなかったという。
また敵の力をそぐ呪いの言葉を吐くとも言われる。


【神話での描写】

○神々の誕生

冒頭で述べた通り彼女は、天地や神々が誕生する以前より夫である「淡水」「陸地の水」の象徴たるアプスー*1
生命を与える力」という意味の名を持つ召使いで知識の神であるムンム*2とともに存在していた。
混沌である彼女は深淵(アプスー)と交わることで兄妹神ラフムとラハムを産んだ
さらにその二人が交わって数々の神々が産まれ、何もなかった空間に新たな神々があふれかえることになる。


○わが子らとの戦い

新しい神々の数の多さと騒々しさに業を煮やした父神アプスーは、彼らを間引こうと思い立つ
わが子らを愛するティアマトに止められるのも聞かず、ついに軍団を率いて新たな神々に立ち向かう。
しかし当時もっとも力強い神であったエア(エンキ)に眠らされて返り討ちにあってしまった

エアはアプスーの体を下に敷いて大地を作り、その上で妻ダムキナとの間に息子マルドゥクをもうける
マルドゥクは生まれながらにして他の神を圧倒する能力と威容を備えており、
天空神アヌから送られた4つの暴風に乗って雷鳴をとどろかせながら世界を飛び回った

夫が殺されてもなお静観していたティアマトだが、マルドゥクの狼藉に耐えかねた若い神々の要請もあり
ついに重い腰を上げて戦いの決意を固め、その準備を整えはじめる
彼女はマルドゥクと戦うために血の代わりに毒の流れる体を持つ11の魔物を産み落とし
息子の一人であるキング―を夫に迎えて天命の書板*3を託しこれらの魔物を率いさせた


○その最期

キングーは魔物の軍勢を率いて真正面からマルドゥクと対峙したが
マルドゥクに気圧されて逃げ出してしまいたちまち軍は崩壊してしまう
1対1でティアマトと向かい合ったマルドゥクは彼女を挑発する。






「アプスーを見殺しにしたあげく、すぐさまキング―を後釜にすえるとは!」


「心に悪しかない卑怯者め、誰のせいで神々が争っていると思うのだ!」


「しかも俺ひとりに対し大軍勢を指し向けてくるとは、なんたる勇気(・・)か!」


「さあかかってこい、相手にとって不足は無いわ!!」







ティアマトは逆上しマルドゥクを一飲みにせんと大口を開けて飛びかかる
しかしその開いた口に暴風をねじ込まれて口を閉じられなくなったところに
口内めがけて弓を射られ、心臓を貫かれて斃されてしまう


○天地創造

マルドゥクは斃したティアマトの遺骸から、天と地を作ることを思い立つ
まず体を二つに切り分けて片方を夫アプスーが眠る大地にかぶせ強固にし
もう片方を上に掲げ、落ちてこないように太腿で支えさらに尻尾を縛りつけ吊るして天とした

この時流れだした血は世界の水となり口から垂れた涎や泡が雲や霧となった
頭を三叉鉾で打ち砕き山として、そこから流れ出る脳漿は地下水となった
両目とそこから流れ出る涙はティグリス・ユーフラテスという二本の大河のみなもととなった

鼻孔から流れ出る水は洪水を起こさないように塞がれせき止められた
乳房は特に大きな山となり、そこから湧きだすが泉となって豊かな恵みをもたらした

こうして天地は形作られたとされている。


○その後

キングー並びに彼が率いていた魔物の軍勢は、残らず捕らえられた。
司令官であったキング―は処刑され、そのとき流れた血から人類が生まれた
人類たちはティアマト・アプスーによりつくられた大地に放たれ、そこで生きるようになったという。

またキング―に率いられていたティアマトが産んだ魔物たちは捕らえられたのちに
牙や角など武器になるものを抜かれ、マルドゥクたちの神殿を守護する獣になった
彼らの多くは後代の他の国・民族に伝わる魔物たちの原型となり、広く伝わっていった
詳しくはティアマトの11の怪物を参照。


【登場作品など】

ティアマトはファンタジー作品をはじめとする多くの作品において「強大な竜」
あるいは「巨大な母なる女神」として登場することが多い。

太古の女神であり数々の神話のモチーフとなった怪物の母でもあることから
いずれの場合でもほぼ例外なく強力強大なキャラクターとして描かれている

しかし強大であることに異論の挟みようはないが
その容姿についてはまだ考察の余地が残るところだろう。

○ティアマトはドラゴンか、女神か?

前述のとおりティアマトはしばしば「巨大な竜・蛇」「巨大な女神」とされ、
多くの作品でそのいずれか、あるいはそれを組み合わせた姿で描写されている。
これは近年の創作文化に始まったことではなく、
過去の神話に基づく資料の中でも彼女を「竜」として扱う記述は多い。

しかし概要でも述べた通り原典やそれに直接つながる資料には
「竜・蛇である」とは記述されていない。
まず足と乳房があるので爬虫類でもなければ蛇身でもないことは確か。
少なくとも原典・それに連なる資料にはティアマトが「竜・蛇」だとする記述は存在しない。
あとしばしば多頭竜として描写されるが、目はふたつしかないようなので頭が大量にあったとは考えづらい。

ただ、だからといって「人型である」ことを断言できる記述もない
乳房を持ち乳を出す以上哺乳類であったとしても、牛や山羊、ラクダであった可能性もある
先述した天地創造のくだりや戦闘中の描写ででも、彼女の「手」がどうであったかには描写が無いようなのだ。
少なくともはっきり「人型であり、獣ではない」とした記述も上記の資料には存在しないらしい。

部品として解体された以上、海水そのものなどといった液体・不定形ということは無いだろうが…
ちなみに彼女を倒したマルドゥクは牡牛の神でもある

ただ「尻尾と角を持ち、雷神に斃された海の神」なので、竜と思われても仕方ないところではある。
「海・河を支配していた竜神が雷神に倒される」という神話は世界各地にその類型を見ることができ
「治水・灌漑の技術で荒れ狂う海や川を押さえこんだ」ことを暗示しているとされる。



○竜としてのティアマト

竜としてのティアマトを代表するのは、ダンジョンズ&ドラゴンズに登場するティアマトだろう。
D&Dにおけるティアマトはドラゴンの女神格であり、5色に色分けされた5つの頭を持つ。

D&Dには色の名前を持つ竜(クロマティック)と金属の名前を持つ竜(メタリック)がいるが、
ティアマトはクロマティックドラゴンの頂点に立つ存在であり、
際限のない欲望とそれを満たすために手段を選ばない凶暴さ、
そしてそれを実行・実現させるための知能と実力。
これらすべてを高いレベルで併せ持つとされる。

日本を代表するRPGのひとつファイナルファンタジーシリーズでもD&Dに倣ってか、
多頭の巨竜として「ティアマット」が登場する
この竜は「風のカオス」としても位置付けられており、竜巻を巻き起こして攻撃してくる。
神話では風によって倒された方なのであるが…

あとは近年でもパズル&ドラゴンズモンスターストライク白猫プロジェクトなどでは
いかにも一般的なドラゴンといった姿で登場する。
ほか多くの作品でも、女神として描写されているのであってもどこかにドラゴンの要素を残している場合が多い。
こちらの姿である場合、「ティアマット」という名前のことが多い。
Fate/Grand Orderにおけるティアマトも最終形態は「竜体」と表現される。


○女神としてのティアマト

近年は「ティアマト=竜」という図式が成り立たなくなったためか、巨大な女神として描かれていることもある
(人型であるという確たる根拠もないのだが)

女神転生シリーズでも、初期はありふれた竜の姿であった。
しかし真・女神転生Ⅱからは種族こそ邪竜だが鱗に覆われた異形の巨大な女性の姿として描かれ、
ソウルハッカーズからは完全に水柱を模した女性の姿になった。

ただ竜のイメージがあまりに強すぎたせいか単に女性として描かれていることは少なく、
半人半竜・半蛇であったり竜を従えた女性であったりすることが多い。
前者はFate/Grand OrderにおけるティアマトLOAD of VERMILIONなど、
後者はグランブルーファンタジー「ティアマト」「ティアマト・マグナ」
Z/X「氾濫の『命慟』ティアマト」あたりが代表的。



  • 余談
    • 近年彼女のイメージは「巨大な竜」から「巨大な竜の女神」に移行しつつあるが、
      前述してきた通りどちらも神話上あまり正確であるとは言い難い。
      ただこのあたりはいかに神話の裏付けがなくても、人々の間に浸透したイメージの問題なので難しいところ。
      いきなりでかい牝牛を出してティアマトだと言い張っても賛同は得られづらいだろう。
    • しかしながら、これも前述のとおり、姿については諸説あっても
      その圧倒的な存在感と実力に異論を挟む余地は無い。
      上記したいずれの出演作においても、強敵あるいはストーリ上のボスとして出現する場合がほとんど
      それどころか作品そのものを揺るがすような大規模な総力戦においても
      堂々と最終目標として君臨することができる

      これだけの格、説得力を持つ存在は他に類を見ない。
    • その姿が今後いかように変わっていこうと、近代の創作文化における
      「人類史上最古にして最大最強の母神」
      という評価が覆ることはまず無いだろう。






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最終更新:2023年10月05日 13:10

*1 アプス(apsû)、アブズ(abzu)とも。名の意味はAB=「水」、ZU=「深い」で「地下水、井戸水」を指す。古代ギリシャに伝わりabyssos、ひいては英語のabyssつまり『深淵』の語源となったといわれる。

*2 ムンム(mummu)アプスーとティアマトの召使いとされる小人神。知恵、工芸の神でもある。ティアマトが倒された後はマルドゥクに仕え、その英知と技術を譲り渡したとされる

*3 トゥプシマティ(Dup Shimati)神々の運命が記された粘土板。単なる記述板ではなく、内容を書きこんだり消したりすればその通りのことが起こる魔法の道具で神々でもその力には逆らえない。ティアマトからキングーに贈られたが扱いこなすことが出来ず、キングーを倒したマルドゥクが奪いエンリルに授けた。しかしその後エンリルの守護獣であったズーに奪われてしまう。