ロキの子供達(北欧神話)

登録日:2016/12/17 Sat 23:17:45
更新日:2023/08/10 Thu 14:18:08
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北欧神話最大のトリックスターであるロキには、女巨人アングルボザとの間に三体設けた事で知られている。

当初は神々の目を避けるかのようにヨトゥンヘイム*1の洞窟で育てられていた彼等だったが、全世界を見通すオーディンが彼等を見つけた。

彼等は、神々に破滅をもたらす事を予言されていた神々にとって脅威の存在であった。

彼等の母親とされるアングルボザは彼女の生んだ三体が人気者であることから必然的にその名も知られているが、その他の神話には乏しく謎が多い。

一説にはロキは彼女と契った(セクロスた)のではなく、ロキがアングルボザの心臓を食べる事で三体を生み出したのだ、とする解釈も見られる。この為、彼等三兄妹も纏めて巨人とされる。

実際に、最終決戦となる神々の黄昏(ラグナロク)に於いて、この恐るべき親子は先陣を切ってアスガルド*2に攻め込み、致命的な大打撃を神々に与える事になるのである。

【三兄妹の解説】


フェンリル

「地を揺らす者」の名が示すように、最終的には口を開いただけで天地に届いたと云われる程の途方も無い巨躯を誇る狼。“フェンリル狼”までが、名として表記される場合もある。

異名に「悪評高き狼」や「破壊の杖」がある。

弟や妹とは違い、生まれた時には普通の大きさで喋りもしなかった為に神々も自分達の監視下に置いた。

オーディン「この狼の子はここで飼うことにしよう(暢気)」

しかし、そんな神々(特に最高神)の甘い見通しを余所にすくすくと成長し続けた子狼は瞬く間に途方も無い大きさになり、鼻からまで吹くようになった。

これには神々もビビりまくり、誰も近寄ろうとしない。

唯一、勇猛で知られる軍神ティールのみが世話役として狼に餌をやった。

……さて、それからややあって神々はこの巨大な灰色狼をどうするかで相談する事になった。運命の女神ノルンが、やがて魔狼がオーディンに破滅をもたらすであろう事を予言したからである。

こうして、オーディンの決定により、とりあえずフェンリルを縛に付かせる事になる。

最初に用意されたのはレージング(皮のいましめ)と呼ばれる鉄鎖で、神々は力試しと称して拘束するが、フェンリルはそれを一振りで引きちぎった。

続いて、神々はレージングの2倍の強さを持つドローミ(筋のいましめ)と呼ばれる鉄鎖を用いたが、これをもフェンリルは容易に引きちぎった。

……ここで、オーディンの命によりフレイの従者であるスキールニルが使いに出てドワーフにグレイプニール(魔法の紐)と呼ばれる魔法の鎖を発注。

グレイプニールは、猫の足音、女の顎髭、山(岩)の根元、熊の神経(腱)、魚の吐息、鳥の唾液という六つの材料から出来ていた。

これらの素材はこの時に世界から喪われてしまった為に、現在では世界に存在しないのだと云う。*3

神々はアームスヴァルトニル湖にあるリングヴィという島にフェンリルを連れてゆくと、一見すると只の絹の紐にしか見えぬグレープニールを示し、この紐が見かけよりも強いと挑発した上で、試しに縛られてみるようにフェンリルに勧めた。

神々「こんな物も引きちぎれない程にひ弱ならばお前は我々の脅威などでは無い。そうと解ったらすぐに解放してやろう(震え声)」

内心ビビりまくりであろう神々達の申し出をフェンリルは警戒した。

悪い予感を抱きつつも、矢張り自由は魅力と云う事でフェンリルもこれに乗ったが、約束が間違いなく行われる事の証として誰かの腕を自分の口に入れることを要求した。

魔狼の賢さに躊躇する神々の中から、日頃から狼に餌を与えていたティールが進み出てて右腕を狼の口の中に差し入れた。

この隙に神々はフェンリルをグレイプニールで素早く縛り上げる。魔法の鎖はさしもの魔狼の力でも切れず、フェンリルは降参して助けを求めるが神々は当然のように何もしない。

騙された事を悟ったフェンリルはティールの右腕を手首から食いちぎったが、神々はこの隙にグレイプニールをゲルギャ(拘束)と呼ばれる鎖に結び付け、これを足枷としてギョッル(叫び)と言う平らな石にフェンリルを縛り付けると、石を地中深くに落とし、更にスヴィティ(打ち付けるもの)と言う巨大な石を打ち込んで綱をかける杭にした。

フェンリルは尚も暴れてこれも噛もうとしたので、神々は下顎に柄が上顎に剣先がくるように巨大な剣を押し込み、つっかえ棒にした。

開きっぱなしになったフェンリルの口から大量の涎が流れ落ちて川となり、これがヴァン(希望)川なのだと云う。

かくして、強大な魔狼は神々への怒りを募らせつつ封じられることになったが、光の神バルドルの死から始まる不穏な兆しを経て遂に勃発したラグナロクには戒めを解かれてアスガルドへと向かう。

そして、予言通りにヴィーグリーズにて神々の先陣を切るオーディンを呑み込み、予言を成就させるが、その直後にオーディンの息子であるヴィーザルに顎を上下に引き裂かれ、心臓を打たれて死ぬのであった。



……更なる余談として、イアールンヴィズ(鉄の森)に住む老婆がフェンリルの一族を生み、それらのうちのスコールが太陽(ソール)を、ハティが(マーニ)を追いかけているとの神話がある。

彼らから逃れるために太陽と月は馬車を走らせ、これが太陽と月の運行を司る形になっているが、ラグナロクではそれぞれ太陽と月とに追いついてこれを飲み込むといわれるが、太陽と月を追いかけているのはフェンリル自身であるとの説もある。

この神話は古代インドやエジプト神話と同様のモチーフとなっており、別の狼の名前が考え出されたのはラグナロクとの整合性の為に代理を立てられたのだろう。

この神話は、古代オリエントの系譜が北欧神話の成立にも深く入り込んでいる事の証明であるとも云える。



ヨルムンガンド


「大地の杖」を意味する世界より巨大な毒蛇。生まれてすぐに氷の海に投げ捨てられてしまったが、そのまま成長を続けた末にミドガルド*4の基部をぐるりと一回りした上に、自らの尾を余裕で食む程の長さにまで成長した。

ここから「ミドガルズ大蛇(オルム)の異名を持ち、和訳でも「世界蛇」等とされている。

最強の神にして雷神である主神トールとは妙に因縁が深く、ある時に鍋の素材を探して釣りにやって来たトールに釣り上げられた上にミョルニルで一撃打たれるがそれを耐え、トールの為に舟を出して同行していた巨人のヒュミルが余りに恐れを為して糸を切ってくれた事で死闘にはならなかった。 *5

また、トールが幻術に嵌まって散々にやり込められる姿が語られる『ギュルヴィたぶらかし』では、巨人の王ウートガルザ・ロキの見せる幻術の一つに「その猫を持ち上げて床から脚を離してみせよ」と言われて前脚を浮かせたのみで失敗するエピソードがあり、この猫の正体がウートガルザ・ロキの幻術によって猫の姿に見せかけられていたヨルムンガンドであった。*6

ラグナロクでは、父親のロキ、兄のフェンリルと共に神々への復讐の為に巨人族に付いてアスガルドに攻め込む。

ヨルムンガンドは大海をたぎらせて大津波を引き起こしながら躍り出て、毒の雲を吹き出しながらヴィーグリーズの地に到達し、そこでトールに討たれるも、死の間際に吹き出した猛毒がトールを殺した。



■ヘル


ヘルは三兄妹の末妹で、兄達とは違い人の形をしている。

この為か、彼女のみはロキがアングルボザの心臓を食らった後に女巨人の姿となって生み落としたと言われる場合もあるようだ。

彼女は腐敗の娘であり、半身は生きているが半身は死んで腐っている。

伝承では上半身が健康で赤みがかった生者の色で下半身が腐敗して黒ずんだ死者の色とされているが、絵画ではよりドラマチックな演出の為か左右半身を生者と死者の色に分けた怪物として描かれてしまっている場合もある。

その醜い姿から神々によってニヴルヘイム*7に叩き落とされたが生き延び、彼女はそこに自らの世界たるヘルヘイム*8を作り上げ、その女王となったのである。

北欧神話では戦士達は死して後にも戦女神(ヴァルキリー)に導かれて、オーディンのヴァルハラ宮殿に迎え入れられる事が誉れと考えていたが、ヘルヘイムにはそのような名誉の死を迎えられなかった魂が行き着いたと云う。

ヘルヘイムのイメージは他地域の冥界と同じく陰鬱で救いようのないものだが、それでもこの領域に於ける彼女の力はオーディンですら及ばぬものであり、北欧神話でも彼女のみが死者を生き返らせる決定を下せるのだと云う。

有名な伝説に以下の物語がある。

オーディンの息子の内でも、正妻フリッグとの間に生まれた光の神バルドルは世界中から愛され、母の尽力により世界中の何物でもバルドルを傷つけられないとの約束も得ていたが、悪戯心を出したロキは幼かったヤドリギのみがフリッグとの約束の誓いを立てる事が出来ていないことを突き止め、これで作った槍をバルドルの兄弟で盲目のヘズルに投げさせ、バルドルを殺してしまったのである。

嘆き悲しむフリッグの為に剛勇ヘルモーズが従者を買って出るとヘルの下を訪れ、バルドルの復活を嘆願した。

これを聞いたヘルは「九つの世界の誰もがバルドルの死を嘆き涙を流しているのなら彼を生き返らせてやる」事を約束。

これに応え、生物ばかりか無生物までもがバルドルの為に涙を流したが、ただ一人だけ洞窟に隠れていた老婆の巨人セックのみは涙を流さず、ヘルはバルドルの復活を許可しなかった。

……老婆の正体はロキで、後に全ての悪巧みを暴かれたロキは神々の裁きを受ける事になるのだが、これがラグナロクの発端と、神々とロキとその子供達の敵対を生んだのだと云う。

ラグナロクでは彼女自身が参戦したとは語られていないものの、死者の爪で作られた舟ナグルファルに死者、若しくは霜の巨人や火の巨人が乗って攻め込んで来たとする記述が見られる。

ラグナロクの後にヘルヘイムがどうなったのかについては諸説あり、他の世界と同じく浄化されて消え去ったとする説の他、冥府は変わらずに残ったと主張する声もある。

死を忌避する神話は北欧神話でも同じであり、特に名誉の死を重んじる彼等は死そのものの象徴たるヘルを邪悪な存在と捉えていたのか、気紛れに人間界にやって来ては人間を殺したとする話も伝わる。

尤も、この邪悪なヘルの姿はロキがキリスト教の影響を受けて絶対悪の属性を付与されたのと同じく、元の伝承からは乖離した不名誉な説話である可能性も高い。



【その他の子供】


ロキには、これら有名な三体の他にも何人かの子がいる。

  • 正妻シギュン*9との間の子にナリとナルヴィ。またはナリ(ナルヴィ)とヴァーリ。

『古エッダ』と『スノッリのエッダ』で名前が違うが、これは語り部(スノッリ)の認識の誤りが後代に残った為で、詳細こそ違えど兄弟の果たす役割は同じである。

バルドル殺害の真相を突き止めた神々はロキを捉えると、兄弟の片方(弟)を狼に変えて兄の腹を食らわせ腸を引きずり出すと、その腸を縛としてロキを地下世界の大岩に縛り付けた。

更に、神々はロキを苦しめる為に頭上に大蛇の毒が滴り落ちるようにしたが、献身的な妻のシギュンが鉢で受け止めて夫を助けている。

……しかし、シギュンが一杯になった鉢の毒を棄てに行く時にはロキに毒が当たり、この時のロキの苦しみの声が地上では地震となるのだと云う。



  • スレイプニール

巨人が人間の石工に化けてミドガルドを囲む見たこともない城壁を完成させた暁に、月と太陽とフレイヤを所望した時の事。

ロキは神々の不満を受けて石工に条件を出し、冬至から夏至までの期間に独力で壁を完成させることが出来たら要求を呑むとの約束に対し、石工は自らの所有する名馬スヴァジルファリを使う事を許してもらい作業に取りかかった。

期日が迫る中、石工が実際に城壁を完成させてしまいそうになった事を責められたロキは美しい牝馬に化けてスヴァジルファリを誘惑。

これに引っ掛かったスヴァジルファリは牝馬を追いかけて行ってしまい石工は約束を果たせず、巨人の正体を顕した所をトールに打ち倒された。

そして、この時にスヴァジルファリに犯された牝馬が生み落としたのが八本脚の神馬スレイプニールで、棺の担ぎ手の数を顕すともされるこの空も冥界も駆け抜ける神馬はオーディンに献上されて、彼の所有物となったのであった。



追記修正は混沌を生み出してからお願い致します。

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最終更新:2023年08月10日 14:18

*1 ※霜の巨人の世界

*2 ※アース神族の世界

*3 ※すべてこの世界にはあるがツッコむべからず。神話の成立当時からすると、女の顎鬚はやや微妙だが他はどれも観測や定義がし辛かったのだろう。猫の足は肉球で消音性が高く、山や巨岩は掘り返し辛く、熊は現代でも小型火器では手こずる頑強さゆえ「ホントにこいつ神経とかあるの?」と思われても仕方ない。鳥は獲物を飲み込むものが多い=口中の唾が分かりづらいし、魚も鰓呼吸の理屈が分からなければ息と認識できないだろう。「虹の根元」が科学的には存在しないので辿り付けないし掘り返せないようなものである

*4 ※人間界

*5 ※この後、ぶちギレたトールにヒュミルは氷の海へと殴り飛ばされたとか。

*6 ※尤も、途方も無く長大な世界蛇を持ち上げてみせた辺りは雷神も只者ではないのが解る。

*7 ※最底辺の氷(霧)の領域

*8 ※冥府。この名はキリスト教の地獄と語を同じくするとも、その語源であるともされる。

*9 ※二番目の妻との記述もある。