粗悪自転車

登録日:2016/07/26 (火) 20:10:05
更新日:2024/04/03 Wed 16:20:10
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この項目で取り上げる粗悪自転車とは、主に1990年代後半から現在にかけての20年程度にわたり、大手スーパーやディスカウントストア、ホームセンター、ネット通販などで流通している、
メーカー不詳の格安自転車を中心とした文字通りの粗悪品を指す。


【粗悪自転車製造の背景】


日本で販売されている自転車は、約90%が中国産である*1
粗悪品が出回り始めた90年代後半と言えば、日本ではちょうど大手証券会社の山一證券を始め、北海道拓殖銀行、日本債券信用銀行、日本長期信用銀行、東京相和銀行など名だたる金融機関の破たんが相次いだ頃。
大学生の就職難が社会問題化、日本経済がデフレに入り始めた時期と重なる。

この金融危機の影響をもろに受け、日本の各自転車メーカーの下請けの部品工場が相次いで倒産。
このため日中貿易交渉で工業品の輸入関税が撤廃されたことを受け、元々自転車大国であった中国や、日本と友好関係を結んでいた台湾へ倒産した部品メーカーの職人たちが流出した。
中国側はこの技術者たちを大歓迎。以前から堅牢な自転車を作っていた*2中国の部品メーカーは一躍超一流の品質を誇る世界的な自転車部品供給所となったわけである。

しかしながら、当然その技術を模倣しようとする者が現れるのが世の常。
見よう見まねで似たような部品を製作し始める新興メーカーが勃興してきた。
そうして作られた粗悪な部品に目を付けたのが、日本のスーパーだったり、ディスカウントストアであったり、プライベートブランドを多く作る商社であった。

当時の日本の自転車業界は、バブル経済崩壊とその後の金融危機により名だたる老舗自転車製造メーカーの多くが破綻に追いやられたり、他社に吸収合併されたりして大混乱に陥っていた。
先述した通り、部品メーカーの職人が中国や台湾に流れたことも少なからず影響があったという。
この時点でまともに動いていたのは、ブリヂストン、ナショナル、松下産業に吸収されたミヤタ、旧丸金自転車の技術を吸収し早い段階から台湾や中国で自転車を製造していたホダカくらい。
丸石サイクルは2000年代に入ってから不正会計で経営破綻に陥っている。その後子会社から復活したりしているようだが。

大手自転車メーカーがもたついている間に、スーパーやディスカウントストアにて粗悪な部品を組み立てたママチャリが流通し始めた。
当時メーカー品の最低価格は3万5千円の時代だったのだが、6980円~の価格でママチャリを売り始めたのだ
当初は中国製が主だったようだが、後にベトナム、タイ、ラオス、カンボジア、インドネシアで製造された格安自転車も輸入されたようだ。

欧米各国と違って、日本人にとって自転車と言えば手軽な足という感覚であったため、「あっ!ママチャリが6980円だと!?俺って買い物上手~」という形で飛びつく消費者が続出。急激に激安な自転車が普及し始めた。
その自転車が見えない爆弾を抱えていることなど全く知らずに……。


【今までの自転車では考えられない事故が続発】


1998年以降、消費者生活センターなどには自転車に関する苦情や事故報告が相次いで入るようになった。
その内容は、センター職員のそれまでの経験をはるか斜め上に行くものばかりだった。
以下に具体的な事故例を挙げる。

①6980円で購入。5日後に走行中、1センチの段差を乗り越えようとしたところリムが歪んだ。リムのアルミ合金の素材が劣悪だったことが原因。
②7250円で購入。10日後、漕いでいるうちにペダル部分から異音。分解したところ、ボトムブラケットが内部で破断していた。原因は強度不足。
③8000円で購入後、半年で後輪のスポークが全て折れた。スポークに銀メッキした鋳物を使っていたことが原因。
④7690円で購入。屋根付きの車庫に入れていたにもかかわらず、3ヵ月で錆び付いてしまい、動かなくなった。グリス貼付と錆止め貼付を省いたことが原因。
⑤7980円で購入。巡航走行中、突然前輪が外れて頭からダイブ、運転者は頭蓋骨骨折で一時意識不明の重体に陥る。原因は前輪を固定するネジの強度不足。
⑥12520円で購入した折り畳み式自転車で走行中、誤って3センチある段差に接触したところ、ハンドルが折れた。ハンドルに不適切な材料を使用して強度不足となり、リコール騒動に。
⑦8850円で購入。使用開始4年後、突然フレームが折れる。いい加減な溶接が原因。
⑧9850円で購入。5か月後に走行中、ブレーキをかけたところ、ブレーキワイヤーが切れてコンビニエンスストアに突っ込み、運転者が10針縫う重傷を負う。ワイヤーが適切に製造されておらず、強度が不足していたのが原因。
⑨7980円で購入して2か月後、リアブレーキが脱落しブレーキが利かなくなり、高齢者の女性を轢く事故。女性は腕の骨運転者はろっ骨を折る重傷を負う。製造物責任法に基づき、販売していたホームセンターに賠償金を支払うよう裁判で確定。原因は不適切なブレーキの設置方法。

ちなみに、これでも氷山の一角である。


【自転車業界の苦慮】


自転車業界としては、こんな代物が国内に流通してはたまったものではない。
経済産業省に法整備を求めるも「非常に難しい」との回答だったため、業界が独自に定めた耐久テストや部品の精度チェックなどを行うテスト場を設置。
これに合格した自転車の量産品にのみ、BAAマークというステッカーを貼付することに。これにより高品質を保証して販売した。
ちなみに、かの松岡修造が広報を担当。
業界側は「これで消費者は劣悪な商品に懲りてメーカー品の自転車に乗り換えるだろう」と考えた。

……しかしながら、この考えは非常に甘かった。


【店頭販売品の品質は多少向上した、けれど…】


一方、各流通系の格安自転車にはSGマークという、「工業品としてこの自転車は合格である」というBAAマークからは1段階低い認定章が貼付された。
自転車業界の思惑とは少しずれたものの*3、SGマーク付きの自転車を導入するにあたり、
中国の粗悪品メーカーの整理が始まり、事故が多少なりとも減少するのではないかと期待された。


【ネット通販の登場。粗悪自転車はさらに広まる】


ところがインターネットの普及にともない、インターネットを使った通信販売という新たなビジネススタイルが生まれる。
今度は自転車の製造を中国の小さな工場に委託して粗悪品を作り上げ、ママチャリなら4000円~6000円、スポーツ車なら10000円~30000円で売るという悪質な業者が登場した。
こういう業者の販売した自転車は次のような事故が報告されている。

①10000円のロードバイク。購入5か月後フレームが破断。フレームに使用した鉄材の肉厚が薄すぎたことが原因。
②4500円の軽快車。配送後、路上にて試乗中すぐパンク。チューブが規定より薄すぎたことが原因。
③5000円のシティサイクル。届いて箱を開けたら錆々。製造過程で塩水を使っていたことが原因。
④10000円のクロスバイク。届いて点検したらボトムブラケットがない。過度な軽量化が原因。
⑥6000円の軽快車。購入から5日後走行中、突然両輪のスポークが外れて、運転者が転倒。頭蓋骨損傷の重傷を負う。調査により、スポークが工業用の糊でくっつけただけだったと判明。
⑥6000円の軽快車。購入から3ヵ月後、走行中、ハンドルがポッキリ折れる。ハンドルの素材に鋳物を使っていたのが原因。
⑦5800円の軽快車。購入から3日後、走行中にサドルが根元から折れる。原因は製造過程で塩素系薬品を使ったことによる、サドルポールの変質劣化。
⑧5980円の軽快車。購入から半年後に、フレームがひび割れ走行不能に。これもフレームに使用した鉄材の肉厚が薄すぎたことが原因。
⑨6250円の軽快車。購入から8か月後、前ブレーキが破損しているのを持ち主が発見する。破損の原因はブレーキの素材に粗悪な鉄材が使用されていたため。
⑩8500円の幼児車。走行中、後輪のタイヤがチューブごと外れて後輪がロックされ、運転中だった小学4年の男子児童が転倒。幸いにも土の公園内での運転であったため、擦り傷で済んだ。販売時にリムとチューブを留めるナットの締め方が緩かったことが原因。

と、対面販売の時以上に問題が噴出する騒ぎとなった。

ネット通販は、原則的に店舗を持たず、倉庫だけで運営可能であるため、粗悪品が売られやすい環境にある。
上述した欠陥が見つかった自転車を販売した業者のほとんどは、事故発覚後に姿を消したものの、後に製造物責任法違反容疑で御用となり全件刑事事件として裁判で有罪が確定している。

【どうすれば粗悪自転車を回避できるか?】


いわゆる対面販売の場合は、かなりの確率で次の部品が付いていたら粗悪品である可能性が高い。

  • ①リアブレーキがバンドブレーキ
昔から自転車に使用されていて、且つ安価で扱いやすいことから、粗悪な自転車には未だに使われている。
雨の日にはこのブレーキでは役に立たず、ゴムが劣化するとブレーキをかけるたびにキーキー音が鳴る。
安くても、サーボブレーキやローラーブレーキである場合は、それなりの部品を他の部分にも使っていることが多く、BAAマークが付いていなくてもまずまず安心して使用できるはず。

  • ②ハンドルがべったり黒く塗られている
粗悪な自転車には純粋にスチール製のハンドルバーとハンドルポストが使われていることが多く、それを隠すため真っ黒にハンドルが塗装されている場合がある。
ただ、同じ鉄系統の素材でも、高級スポーツ自転車のパーツにも使用されるクロモリ鋼*4は錆に強いが、やはり黒に塗られている場合があるため、一概にハンドルが黒だから危ないというわけでもない。
大体1万2千円以下の自転車の黒塗りハンドルは怪しいと思って差し支えはない。

  • ③すぐパンクする
タイヤに使われているチューブが薄すぎてすぐにパンクしてしまう。
この場合は素直にタイヤを替えましょう。タイヤが半年ももちません。


【どうして粗悪自転車の流通が無くならないのか?】


恐らくは盗難の問題と思われる。
自転車が盗まれる一番の原因は無施錠状態。
これは、うっかりをかけないまま自転車から離れてしまうケースで、ちょい乗り目的の輩が盗むからである。

次に多いのが、鍵を1つしかかけていない場合。
元々付いている鍵だけでなく、もう何個かワイヤーかU字ロックの鍵で施錠してやるといい。
例えを挙げるならば1500円程の大きい鍵が1つだけ付いた自転車と、150円程の小~中型の鍵が4つ付いた自転車、端から見ればどっちが盗み易いと思うだろうか?。勿論前者である。
1つだけでは手慣れた窃盗犯の手に掛かれば、すぐにこじ開けられてしまうのだ。
防犯のためには「泥棒にとって盗みにくい環境」を与えることが理想。時間がかかると見つかるリスクが高いので、犯人は最初から諦めるのだ。

ただし駅前等の公共の場にある駐輪場などで、ワイヤーを柱に括り付けてしまう等して盗みづらくした場合、公共物不法占拠の刑事罰に問われる可能性があるので止めておいた方がいいだろう。
ワイヤーを柱に括り付けようとして、ボランティアで交通整理を行っているお爺ちゃん、お婆ちゃんに注意された経験のある人は、結構多いのではないだろうか?

ただ、安い自転車だと盗まれても「また買えばいいや」なんて思ってしまう。
しかしそれは良いことではない。壮大な資源の無駄になってしまうし、粗悪品を買い続ける方が事故のリスクが高くなる。
だったら、最初からある程度の値段の自転車を買って、厳重にロックしておけば、盗まれる心配は低くなり、結果的に安く済む。
特に高級スポーツ自転車は絶対に鍵を強化しよう。パーツだけで売れるくらいだし。


【結論。別に中国云々というわけではない】


先述したように今や世界の自転車部品大国となった中国であるが、ちゃんとした部品を作るメーカーがほとんどであり、日本で培った技術を現地の人に今も教え続けている日本の方々は大勢いる。
最近は一部の人達が日本に回帰し始めているようだが、中国の人たちと一緒に帰国することが多いらしい。

今でも日本で作られている自転車の部品は99%中国製なのだ。
さらに台湾製のは別レベルで、MADE IN TAIWANのスポーツバイクの6~7割は「ジャイアント・マニファクチャリング」という世界最大級のスポーツサイクルメーカーが製造しており、
TREKやMERIDA等、自社設計でジャイアントに生産を依頼するというメーカーも無数に存在する*5

同じ中国産でも、組み立てを行う工場の部品の質や組み立て作業を行う人間、最終的に自転車を組み立てる自転車店の技術次第で自転車の品質は違ってくる。
なので一概に「中国製だからダメなんだ」と切り捨ててしまうのはよろしくない。

高度経済成長期の日本のように、粗悪な部品を多用した自転車が多数名も無き中国の怪しい工場で組み立てられ、それが日本に輸入されている現状を変えることが大事なのだ。
買う側のモラルも向上しないと、この先ますます粗悪な自転車による不幸な事故が起き続けるということを心して自転車を購入していただきたい。


追記・修正はちゃんと丈夫な自転車を選んでからお願いします。

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最終更新:2024年04月03日 16:20

*1 2014年度調べ

*2 日本で言えば、築地市場など魚市場や新聞配達に現在でも活躍している超頑丈な実用車に近い人民自転車が中国では大衆車であった

*3 先述した粗悪自転車は、逆を言えばSGマークすら付いていなかった

*4 鉄にクロムやモリブデンを混ぜた合金で、良い自転車にはよく使われる素材。鉄にクロムとモリブデンを混ぜるからクロモリ鋼

*5 ちなみにTREKのハイエンドモデルはMADE IN USAになっていて自社工場生産。というのもフレーム素材として使われているOCLVカーボンが航空産業に使われているレベルの戦略物資のため、原材料を国外に持ち出せないという理由があったりする