ヨブ・トリューニヒト

登録日:2016/06/09 Thu 23:17:31
更新日:2024/04/09 Tue 12:53:00
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民主主義もたいしたことはありませんぞ。
私をご覧下さることですな、元帥、私のような人間が権力を握って、他人に対する生殺与奪を欲しいままにする。
これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです。




ヨブ・トリューニヒトは『銀河英雄伝説』の登場人物。
銀英伝最大のテーマ「最悪の民主主義vs最高の専制政治」の、最悪の民主主義側を担当する名悪役である。
ただし民主主義はおろか、専制君主も、法も、彼を排除・抹殺することはできず、それらに対してはほとんど勝ち逃げに等しい最期だったが。


以後、銀英伝本編のネタバレを容赦なく含むので注意。


略歴


※巻数表記は本編10巻構成のものを使用※
  • 宇宙暦755年2月13日:自由惑星同盟領にて出生(道浦版コミック設定)
  • 777~780年頃:自由惑星同盟の最高学府・国立自治大学を主席卒業。兵役(後方勤務)後に政界へ
  • 788年(外伝・螺旋迷宮):この頃、若手の代議員・国防委員として頭角を表わす
  • 790~795年:この頃、同盟最高評議会の国防委員長に就任
  • 796年2月(原作第1巻):アスターテ星域会戦の敗戦を政治利用し、好戦派からの支持を集める
  • 同年10月:帝国領侵攻作戦が失敗。トリューニヒトはこれに反対していたので国民から支持され、評議会総辞職後の暫定政権首班に就任
  • 797年3月~8月(2巻):救国軍事会議のクーデターが勃発。クーデター中は地下に潜伏して難を逃れ、鎮圧後に再登場。評議会最高議長に就任
  • (3~4巻)この後一年ほど、反対派を陰で徹底的に弾圧し、周囲をイエスマンでほぼ固める
  • 798年8月20日(4巻):銀河帝国正統政府を承認
  • 799年1月(5巻):ラグナロック作戦発動。フェザーンを占領した帝国軍が同盟領に侵入。職場放棄して雲隠れする
  • 同年5月:首都ハイネセンを敵艦隊が包囲したころにしれっと再登場し、ほぼ独断で降伏を宣言。「バーラトの和約」調印後に最高議長を辞任
  • 同年5月~6月:「自分を襲う同盟市民からの保護」を求めて帝国に亡命
  • 同年7月(6巻):キュンメル事件に関与した地球教一派の情報を帝国軍憲兵隊に提供し、存在をアピール
  • 800年6月(9巻):ヤン・ウェンリーが暗殺された後に新銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムに仕官を願い出る。旧同盟領の総督府高等参事官職を言い渡され、これを承諾。再び同盟領へ
  • 同年10月:ウルヴァシー事件発生。旧同盟領総督オスカー・フォン・ロイエンタールがラインハルトに叛乱を起こすが、トリューニヒトは危険視され軟禁される
  • 同年11月:鎮定軍に敗北し命からがら帰ってきたロイエンタールと面会、射殺される。享年45歳

人物


自由惑星同盟の政治家で、物語開始時点では41歳。軍を管轄する立場にある、同盟最高評議会・国防委員長の座についている。
原作では「長身と端正な眉目」「俳優に例えられる美顔」「演説に必要な美声」を持つ、と記されている。
OVAではブロンドの髪を持つ立派な体格の白人男性として描かれ、石塚運昇が声を担当する。
道浦かつみ版コミックでは何故かバラの花と共に描かれるなど、ナルシズムに偏った描写が多い。
藤崎竜版コミックでは黒髪にヒゲのダンディな親父(OVA版ネグロポンティの髪型をしたOVA版バグダッシュ)に描かれ、明らかに胡散臭さが増している。
DNTではフジリュー版とは逆に胡散臭さが漂白され、後々メインキャラの一角になるとは思えぬ原作序盤のイメージに忠実な外見。

性格的にはふつーのおっさんそのもの。テレビ取材に爽やかに答え、気に入らないものには顔をしかめるが、本気で怒鳴ることは少ない。
ただし、自分の能力には絶対の自信を持ち、自分(だけ)の成功のためには努力を惜しまない自己中の極みでもある。
自分の地位や権力が高まるなら喜んで支持者に媚を売り、反対勢力の弾圧も(合法的な活動になるように仕組んだうえで)喜んで行う。
基本的に他人を見下しており、とりわけ「こんな自分」の本性に気付かず、呑気に支持してくれる大衆のことはクズカス程度にしか思っていない。


タカ派(を装っていた)故に制服軍人や軍需関係からの支持は厚く、金や地位で釣って、賄賂や女性関連の弱みを握った多くの政治家を手駒としていた。
また、末期の同盟では暴力行為も辞さない過激な右翼グループ「憂国騎士団」が幅を利かせていたが、実は彼らはトリューニヒトの情報支援を受けて動く事実上の私兵。
更に、今や銀河の辺境と化した人類発祥の星・地球を復興させようとする地球教ともコネクションを持っており、彼らに裏で便宜を図る見返りに、隠れ家や私兵の提供を受けていた。
彼の本性を知る敵対派閥の政治家からは「巧言令色の徒」と罵倒され、一部の聡明な高級軍人からも唾棄すべき存在として疎まれていた。
ヤン・ウェンリーは生理的な嫌悪感さえ抱いており、式典で何度か対面した時には露骨に不貞腐れた態度をとっている。
私はあいつのスピーチを聞いていると心にじんましんができるんだよ」「いい知らせかな? 『議長が死んだ』とかならいいんだが


簡潔に言うと「めちゃくちゃ権力欲と悪運が強いナイスミドル」。
国の舵取りをする首相や大統領などの「統治家」としてはぶっちゃけ無能もいいところ(異説アリ・後述)なのだが、
自らの名を売って大衆の支持を集める「扇動政治家」(アジテーター)としての能力は非常に高い。
そして一番恐ろしいのは、「政治的な保身」に関する才能と運に異常なまでに恵まれている所。


総評~劇中の軌跡から


本編開始時の自由惑星同盟における国防委員長。だがその直後にアスターテ会戦で同盟は大敗。
普通ならリコール等の政敵による突き上げでその座を失ってもおかしくないが、上手い具合にぼやかして「悲しみと怒りに震える愛国の徒」を演じてみせる。
その後ヤンがイゼルローンを無血占拠してにわかに沸き上がった帝国領侵攻計画の失敗を予期して消極的に反対し、バリバリのタカ派なのに次の政権でも続投。
さらに普通なら政治生命を断たれてもおかしくないクーデターの発生をも独自の諜報網で事前に察し、地球教の手を借りて寸前に脱出、無傷で復帰。
トリューニヒトが最高議長に就任するまでに起こった事件の数々は、並の政治家ならまず間違いなく失脚コースまっしぐらの代物だが、何故か本人はそれらのことごとくを無傷で切り抜け、前より高い地位に進んでいる。


最高議長に立ってからは戦時下の空気を利用し、政府内や軍上層部を自分のシンパで固めて戦争を積極的に推進する。
彼の政権下で行われた5000人規模の反戦デモ行進は、警官達にルートを変えられ、追い込まれた路地では待ち構えていた憂国騎士団にフルボッコにされ、騎士団が立ち去った後に警官達が「デモ行進者の内部分裂による騒乱罪」の名目で手錠をかけていくという有様。
権力を握ってしまったので、最早情報統制も思いのまま。民衆が自分たちの手で選んだ首長が事実上の独裁者と化した、衆愚政治の最もたるものである。

ちなみに軍は人手不足だったので、良識派のクブルスリー本部長、ビュコック提督、ヤン提督は挿げ替えることが出来なかった。
しかし、ヤンは首都ハイネセンから遠く離れた最前線のイゼルローン要塞の指揮官として放り出し、ビュコックは軍内で完全に孤立させる。
クブルスリーは負傷がぶり返したこともあって遂に辞表を出してしまったため、ただでさえクーデターで弱体化した軍はますます衰えていった。
イゼルローン艦隊を率いるヤンに関しては「何時かは軍閥化して反乱するのでは?」と常に危険視しており、腰巾着に命じてヤンをハイネセンに呼び戻し、「査問会」という名目で不当に軟禁する政治的リンチにかけたこともあった。帝国軍がイゼルローンに襲来したことで急遽中止となる、なんともマヌケな結末に終わったが。


そうして政府内をほぼ掌握したある日、第37代銀河帝国皇帝であるエルウィン・ヨーゼフ二世(当時7歳)を誘拐して亡命してきた反ラインハルト派の貴族たちを受け入れ、彼らが設立した「銀河帝国正統政府」の擁立を認めて援助を宣言する。
「簒奪者ラインハルトに国を追われた幼帝を守り、悪しき帝国を倒す」という宣伝は民衆を熱狂させるが、これは言うまでもなく、帝国軍の同盟領侵攻の大義名分(皇帝奪還と裏切り者の粛正)になる。頭を抱えたのはビュコックやイゼルローン艦隊など、同盟軍には最早帝国軍を迎え撃つ戦力が無いことを理解している人物だけだった。
トリューニヒトとしては「イゼルローン回廊は要塞で塞がれているから大丈夫だろう」と考えていたのだろうが、何とラインハルトは中立領のフェザーン回廊を電撃作戦で制圧し、そこから同盟領に雪崩れこんできたのだった。
トリューニヒトは職務放棄して雲隠れし(地球教を頼っている)、腰巾着のウォルター・アイランズが必死になって職務を代行する。この辺で国民はトリューニヒトの無能さに薄々感付いてきたらしい。


アイランズとビュコックのなけなしの支援を受けるヤン艦隊は帝国軍の足を止め、遂に防御が薄れたラインハルトの本営艦隊に正面決戦を挑むことに成功する。だが同時刻、イゼルローン回廊からハイネセンに直行してきたミッターマイヤー、ロイエンタールの両艦隊が、同盟軍の無条件降伏を勧告した。
拒否すれば無差別攻撃も止む無しだが、降伏すれば最高指導者(=トリューニヒト)の罪は問わない――という条件が伝えられると、これ幸いとばかりに同盟軍本部に舞い戻ったトリューニヒトは会議を招集。反対する閣僚やビュコックを地球教の私兵で脅迫する逆クーデターを実行し、あっさりと降伏を宣言してしまう。
この時、トリューニヒト達が全滅覚悟でもう少し粘っていれば、ヤン艦隊はラインハルトの乗艦をほぼ確実に沈めていたところだった。
……それが良かったのかどうかは別として。

その後、事実上の不平等条約の「バーラトの和議」に率先して調印した後は「責任を取って」辞職し、失踪。
ようやく目が覚めた同盟市民は怒り狂い、帝国軍の駐留部隊をガン無視してトリューニヒト派への攻撃を始めたのであった。
トリューニヒト自身は家族を連れ、なんとつい数日前まで(厳密には今も)敵同士だったラインハルトに「暴徒からの保護」という名の亡命を要請。

会わぬ!
できることなら奴のようなくずは、復讐心にたけりくるう過激派の群のなかに放りこんでやりたいくらいなのだ、私は

しかし「最高責任者の身の安全は保障する」という条件だったので無下に出来ず、結局ラインハルトは怒り狂いながらも亡命を受け入れた。
帝国に移った後はおとなしくしていたが、キュンメル男爵が起こした皇帝暗殺未遂事件を知ると、キュンメルの手引きをしていた地球教帝国支部の情報を憲兵隊に売った。
同盟にいた時はあれほど世話になっていたのに……。


そして帝国軍の再侵攻で完全に同盟政府が取り潰され、ビュコックもヤンも死に絶えたところで、ラインハルトに仕官を求める(ラインハルトはやっぱり会おうともしなかった)。
丁度ロイエンタールが新領土=旧同盟領の総督としてハイネセンに向かう所だったため、ラインハルトは「ロイエンタールの下で行政を補佐する高等参事官なら空きがある」と回答。自分を目の仇にする民衆がうようよする旧同盟領に行きたくは無かろう、断ればそれを理由に2度と公職につかせないつもりだったのだが……。

承知しただと?
どの面さげて、奴は、自分が売った国にもどるというのだ。奴の神経は巨大戦艦の主砲の砲身より太いらしいな

トリューニヒトを権力の座につかせた民主共和政治を一貫して否定的に見てきた「最高の専制君主」ラインハルトが、最悪の政治家に見事に一本取られた瞬間だった。
これまで臣下に常に公明正大に接してきた皇帝自らが持ちかけた約束である。今更反故にしてしまっては皇帝自身の権威に関わる。
なにより自分本位で好き勝手に命令を変えてしまっては、ラインハルト自身が何より嫌悪してきた旧王朝の貴族と変わらなくなってしまう。
変に遊ぼうとせずに最初からきっぱり突っぱねるか、ヒルダ嬢の言うとおり辺境に飛ばせばよかったのだ(辺境にいったらそれはそれで復活しそうだが)


帝国の官吏服に身を包んでハイネセンに帰ってきたトリューニヒトは、表面上は大人しく職務を果たしていた。
しかし余りに出来過ぎたその人事は、他の要因と重なって、ロイエンタールとラインハルトらの間の疑心暗鬼を増大させていく。
そして遂に、ロイエンタールはラインハルトに叛乱せざるを得ない状態に追い込まれてしまう。ロイエンタールは不穏分子の排除を兼ねて、帝国内戦に不干渉の立場をとるイゼルローン共和政府に「ラインハルト軍のイゼルローン回廊通過を妨害すれば、旧同盟領全域の自治権(とトリューニヒトの身柄)をくれてやる」と打診するが、結局イゼルローン共和政府はラインハルト軍を素通りさせた。

そのまま軟禁されていたトリューニヒトだったが、戦いに敗れ、ハイネセンに命からがら帰ってきたロイエンタールの前に引き出される。
死にかけのロイエンタールを見て「勝利(=自らの身の安全と政治材料の確保)」を確信したトリューニヒトは意気揚々と得意の弁舌をふるう。
しかし、ここで最初で最後の致命的ミスをやらかしてしまう。ロイエンタールへの同情のつもりでラインハルトを貶める発言をしてしまったことが、逆鱗に触れたのだ。
トリューニヒトの胸にブラスター・ビームがクリーンヒットする。


きさまが民主共和政治を愚弄しようと、国家を喰いつぶそうと、市民をたぶらかそうと、
そんなことは、おれの感知するところではない。だが……
だが、その穢らわしい舌で、皇帝の尊厳に汚物をなすりつけることは赦さん。
おれは、きさまごときに侮辱されるような方におつかえしていたのではないし、背いたのでもない

法制度と世論と倫理をフル活用し、いかなる状況でも処罰や制裁を免れてきたトリューニヒト。
その彼に引導を渡したのは、主君と臣下の間だけでしか通じぬ、他人には全くもって理不尽極まりない感情論だったのである。


再評価


最期だけを見ると「悪手を打ちつづけて国を滅ぼしたばかりか、自分も失言でくたばった無能」と思われてしまうかもしれない。
だが、決してこの男は無能ではない。いかに末期の同盟が腐りきっていたとはいえ、無能が委員長になれるほど甘い世界ではないのだ。


後にイゼルローン共和政府のユリアン・ミンツがハイネセンを訪れ、戦慄とともに知った事実。
それは、トリューニヒトが帝国に民主主義の制度=議会制度を根付かせ、自分は「民主主義の父」としてそれを牛耳ろうとしていたというものだった。ロイエンタールの怒りで射殺されていなければかなりの確率で実現できていたのではないか……という所まで根回しが進んでいたらしい。
政治家としてはまだまだこれからの45歳だったのだ。

それを踏まえてみると、あえて自由惑星同盟を滅ぼすような行動をとり続けてきたことも、全ては計算の内だったのではないか……という推察も出来ないことはない。
何しろトリューニヒトが政治家となった時期は、そもそも同盟の国家機能は疲弊しきっていた時代だった。
学生時代から政治活動をしていたと言われる彼はそのことにちゃんと気がついていた(目をそらしていた政治家も多かったのである)。
出し殻のような国の頂点に立つことで、この権力欲の塊が満足するだろうか?

そうした物を別にしても、政治的ピンチをチャンスに変えてしまう……というより、勝手に変わったタイミングを見逃さないずば抜けた出世センス、そしてあらゆる方便や法律を駆使して「合法的に権力の座を追う」状況を回避し続けた保身のセンスは脅威そのものである。
リコールしたり、スキャンダルを糾弾して政治生命を断つ「正攻法」は、巧みな弁舌スキルと情報操作力の前に阻まれ、
暗殺やクーデター、暴動といった暴力行為による「搦め手」も、憂国騎士団や地球教といった私兵、そして常に脱出先を確保しているのでかわされてしまう。

そしてなにより、「帝国に民主主義の制度を根付かせる」というのはその結果だけ見ればヤンおよびその跡を継いだユリアンが目指したものとほぼ同一であった。
ヤン、そしてバーミリオンを生き残った同盟の将帥たちがその命を散らしてたった一つの星系だけ勝ち得たものを、トリューニヒトは舌先だけで、それも全宇宙規模で実現しようとしたのだ。
むろんその動機は自分の栄誉という欲望であり、決して高尚なものでないわけだが……もし道半ばで斃れなければ、ヤンたちが成し得たものよりも遥かに大きな民主主義の萌芽を後世に残していたかもしれない。
民主主義を信奉していたヤンと、民主主義を道具としてしか見ていなかったトリューニヒトという対比を見れば、これはとてつもない皮肉と言える。

個別的な対応を見ても、同盟の政治家として必ずしも無能だった、私利私欲一辺倒で動いていた、と評価するには疑問点を指摘する意見もある。



ちなみに、彼と対立するにしろ支持するにしろ、関わった人物や組織はそのほとんどすべてがトリューニヒトより先に死亡・壊滅あるいは逮捕され社会的に追い込まれている。

ある意味で、最後の最後まで「政治家としてのトリューニヒト」を完全に消し去ることは誰にも出来なかったと言える。


一方、『銀河英雄伝説』をラインハルト・ヤン側の視点で描かれた「後世の歴史家による大河小説」として見てみると、また違った考察も出来る。
ヨブ・トリューニヒトは決して無能ではないにせよ、客観的に見れば「最後の同盟最高責任者であったが国を滅ぼし、亡命後は一官吏にしかなれず、叛乱の中で命を落とした」人物で、最高議長となった以外に政治的な結果はほぼ出せていない。
ラインハルトとヤンは敵対する人物を(良くも悪くも)過剰評価する傾向があること、特にヤンが思想的に異なる人物(愛国的人物)をひどく嫌悪していることも考慮に入れた場合、『銀英伝』本編におけるヨブ・トリューニヒトは「悪役として過剰に演出されている可能性も少なくない人物」とも言える。

銀河帝国が将来立憲制に移行することも考えられ*4、その場合にはハイネセンで種子が残された…つまりはヤンが守った民主制が参考にされる可能性が高い。
そうすると、ハイネセンで種子が残された民主制の擁護者であるヤンを攻撃した人物…すなわちトリューニヒトが悪く書かれるのは避けられなかったと言う考察もある。

もしかしたら、彼は混迷する銀河で生き延びようと懸命に足掻いていただけの人物かもしれない。
あるいは、最後まで彼なりに民主主義思想に忠実だった政治家だったかも知れない。
本当に後世へ警鐘を鳴らすための殉教者として行動していたのかもしれない。
三国志』における曹操のように、ヨブ・トリューニヒトの視点で外伝が描かれる機会があれば、銀河の歴史はまた違った1ページを我々に見せてくれることだろう。
田中先生、外伝の第6巻まだですか(残念ながら、田中先生は、本編10巻、外伝5巻、それで銀英伝は全て、と言われているので無理です。ご愁傷様)


両陣営の主人公ラインハルトとヤンに加え、2人の側近たちからもことごとく嫌われながら、言論とルールと悪運を味方に終盤まで生き延びた化け物じみたタフネス」に加え
原作が小説とはいえ、アニメでは意外と珍しい「戦闘能力を持たない純粋な政治家の悪人*5」という点もあり、ファンの間でも特に人気が高い登場人物でもある。
ちなみに亡くなるまでにはベテランに数えられていた石塚氏ではあるが、1988年の第一部当時は出演者陣の中ではほとんど新人状態だった。
見事に悪辣な中年政治家を演じているが、『マクロスプラス』で声優業にふっきれた後に参加した96年の第四部(原作9巻以降)では、更に不気味な魅力を増したトリューニヒトを以前にも増して好演している。


名言



私はあえて言おう。銀河帝国の専制的全体主義を打倒すべきこの聖戦に反対するものは、すべて国をそこなう者である。
誇り高き同名の国民たる資格をもたぬ者である!
初登場場面の戦没者追悼演説より抜粋。読んでいて恥ずかしくなるくらいにナショナリズムを煽りまくり、しかもクソ長い。
この後にジェシカ・エドワーズから糾弾*6され、慌てて彼女をつまみ出させたことで、単なる小物の為政者かと読者に思わせていたのだが……。


私は愛国者だ。だがこれはつねに主戦論にたつことを意味するものではない。
私がこの出兵に反対であったことを明記しておいていただこう
帝国領侵攻作戦に反対票を投じ、他の議員から驚愕の目で見られた時の発言。
彼は「勝てない」ことを悟っていたが、会議の中では一切の異議申し立てをしていなかった。


ずいぶんとえらそうなことを言うものだな、アイランズくん。君は忘れたかもしれないが、私はよく憶えているよ。
どうにかして閣僚になりたい、と、私の家へ、高価な銀の食器セットを持参してきた夜のことをね
それに、きみがどういう企業からどれだけ献金やリベートをうけとったか、
選挙資金を分配された時、そのうち何割をためこんで別荘を買うのに回したか、
公費を使った旅行に、奥さん以外の女性をつれていったことが何度あるか、私はみんな知っているんだ
奇妙に危機感も悲壮感も欠落した機械仕掛けの人形のように、帝国への無条件降伏を受け入れることを告げたトリューニヒト。
「同盟2世紀半の歴史をこんな形で終わらせるのか」と静止するアイランズに対し彼が投げかけたのは、卑しい悪意に満ちた言葉だった。


地球教という宗教団体があることを、閣下はご存じでしょう。
私は旧職にある当時から彼らと関係がありました。彼らのなかで陰謀がたくらまれ、私の知るところとなったのです。
このことを人に告げれば生命はない、と脅迫されましたが、陛下に対する私の忠誠心が……
「わかっている」
ケスラーに面会して地球教を売り渡すトリューニヒト。
同僚達と同じくこの男を好きになれないケスラーは必要な情報だけを聞きだした直後、即座に事態解決までの軟禁を決定した。


民衆というものは、気流に乗る凧です。実力もなく高く舞い上がるだけの存在です
ハイネセンで多発する暴動・小競り合いはヨブ・トリューニヒトが裏で糸を引いている――
総督府宛の投書の事実確認で呼び出されたトリューニヒトは、ロイエンタールの会話の中で臆面もなくこう言い放った。


ところで、以前からたずねてみたいと思っていたことがあるのだが、卿はこう主張するのではあるまいな。
自分がこれまで他人の非難をこうむるような行動をつづけてきたのは、民主共和政治の健全な発展をうながすため、
後世にたいして警鐘を鳴らすためだ、と……
さすがはロイエンタール元帥、私の本意を見ぬいていただけるとは、ありがたいことです
なに……?
冗談ですよ、私には殉教者を気どる趣味はありません。私が行動してきたのは、残念ながら自分自身の福祉のためにです
このどぶねずみを適当な場所に監禁しておけ。ねずみの分際で人間の言葉らしきものをしゃべりたてるが、耳を貸す必要はない。
餓死させるのも、あまり後味のよいものではないから、餌をやるのは忘れぬようにしろよ
叛乱前夜、ロイエンタールはトリューニヒトをイゼルローン共和政府への交渉材料として利用しようとする。
ふと思い浮かんだ問いかけへの返答で、ロイエンタールは眼前のこの男が、民主主義政治を食い物にし、そして将来は帝国をも枯死させようとする寄生木だと確信する。


民主主義もたいしたことはありませんぞ。私をご覧下さることですな、元帥、
私のような人間が権力を握って、他人に対する生殺与奪を欲しいままにする。
これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです
奇妙だな、卿は民主主義を憎んでいるように聞こえる。
卿は権力を欲して、それを獲得するのに、民主主義の制度を最大限に利用したのだろう。
民主主義こそ卿の恩人ではないか。悪しざまに言うこともあるまい
専制主義が私に力を与えてくれるなら、今度は専制主義が私の恩人になるでしょうな。
私は民主主義を賛美する以上の真摯さをもって専制主義を信奉しますとも
敗北し、重傷を負って戻ってきたロイエンタールとの対面にて。
流石のロイエンタールも得体の知れないその欲望と生命力を「エゴイズムの怪物」と評した。だが、その直後……


私は何でも利用します。宗教でも、制度でも、皇帝でも。
そう、あなたが叛旗をひるがえした、あの皇帝、才能はあっても、人間として完成にほど遠い、未熟なあの坊やもね。
金髪の坊やの尊大な天才ぶりには、ロイエンタール閣下もさぞ、笑止な思いをなさったことでしょうな
末期の台詞。やむを得ず背いたものの、皇帝ラインハルトへの敬意自体は捨てていなかったロイエンタールの心は、完全な部外者たるトリューニヒトに理解できるはずがなかった。自身の死刑執行書に舌で署名してしまったトリューニヒトは、直後にブラスターで射殺される理不尽極まりない最期を遂げた。


床に倒れたものは、もはやトリューニヒトではなかった。死んだからではない。口がきけなくなったからだった。
舌と唇と声帯を活動させえなくなったトリューニヒトは、すでにトリューニヒトではなくなっていた。

死の直後のナレーション。口先で同盟を操り帝国で生き残ってきた彼は、己の口先で死を招き、何も喋れなくなった。


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……銀英伝は遠い未来の伝説にすぎません。おとぎ話から教訓を得ることはあっても、それを現実と同じにしてしまうのは愚行です。
余もヤン提督に同意する。よもやこのようなくずを引き合いに出して政治を語ろうとする世間知らずなど、いるはずもないだろうが……。
あえて余は卿らに命ずる。以下のコメント欄にて、実在の世界の国家や人民、団体を貶める発言を行うことは赦さぬ。
度が過ぎる場合はコメント欄自体の撤廃もありうると思え。


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最終更新:2024年04月09日 12:53

*1 動こうとしたジェシカ・エドワーズは命を落としている。

*2 後述するが文字通りに「反対票を入れていただけ」であり、会議中には作戦内容への疑問や中止を促すような発言は一切していない

*3 なお、ロックウェルをそそのかしたフンメルもこれら卑劣な小細工がラインハルトにばれて同様に処刑される

*4 ラインハルトはそこまで含め、皇妃ヒルダに任せて息を引き取っている。

*5 憂国騎士団は実質的にトリューニヒトの私兵であると言われているが、作中には直接命令を下す場面はない。

*6 糾弾の背景として同盟の有力者やその子弟は兵役逃れや安全な任地職務の優遇が常態化していたた。年譜にあるようにトリューニヒト自身も兵役期間を後方で過ごしている。