セイラム魔女裁判

登録日: 2016/04/19 Tue 23:53:01
更新日:2023/08/20 Sun 20:36:19
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セイラム魔女裁判とは、19名の犠牲者を出した、アメリカ史上最悪の魔女裁判事件である。

魔女裁判というと、一般にはヨーロッパ大陸で発生していたものが有名であり、アメリカではさほど見られなかった。
だが、それだけに、セイラム魔女裁判は大きな衝撃をアメリカの人々に与えたのである。
セイラム市では、このイベントを種にした魔女のマークなどがみられ、現地には記念館も建っている。
不謹慎な話にも思われるが、それによって凄惨な魔女狩りの記録が散逸せず残され、大きく広められた面もある。

なお、魔女狩りというが「魔女」(まじょ 英: witch、仏: sorcière、独: Hexe)とは、悪魔と契約した人間を指し、女性とは限らない。
悪魔は男性とも契約するため、「魔女」には男性も含まれている。ヨーロッパ大陸での魔女狩りでも6人に1人程度は男の魔女がいた。
本項目を読むときには、魔女にも男性が含まれていると思って欲しい。こんがらかる記述だが、かつて魔女と呼ばれた技能者の中に男性もちょくちょくいたという事実が認知され始めたのが最近だからである。
そんなわけで「Witch」の和訳は「魔女」がほとんどなのだが、珍しい例としてTCGMagic the Gathering日本語版は、Witchを「妖術使い」と訳している事がある(例えばMM:「大笑いの妖術使い/Cackling Witch」。イラストには男性の術者が描かれている)。

背景

時は1692年。
マサチューセッツ州・セイラム村は港町として栄えるセイラムタウンから数キロ離れた小さな村。マサチューセッツの州都ボストンの北、車を使えば40分ほどの所にある。
なお、現在のマサチューセッツ州にはセイラム市があるが、舞台となったのは更にそこから五キロほど北にある、現在はダンバースと呼ばれているところである。

この頃のセイラム村は町から自立しようとする独立派と町に依存したままでいい裕福な現状維持派が対立していた。
そして独立派のトーマス・パトナムが村に教会を建てるべく呼び寄せたのが発端となるキリスト教清教徒派の牧師、サミュエル・パリスであった。
現状維持派は牧師を呼ぶことに反対し、教会が建っても礼拝は町の教会へ行き、現状維持派の議員たちは牧師の給与を差し止め土地取得にも違法性があったとして、牧師が村から追放されつつある中で事件は起こる。

きっかけ~悪魔憑きの少女たち~


サミュエル・パリス牧師の娘やその従姉妹、トーマス・パトナムの娘や下女をはじめとする10人の少女たちが、異常なけいれんを起こしたり、奇妙な行動をとり始めた。
彼女たちは集まって地下で未来の恋人が見える降霊会ごっこをやっていたともいわれる。
まず医者が診断したのだが、どうしても原因が分からなかった。
結果として、彼女たちには悪魔が取り憑いたのだと診断された。

当時は悪魔は人々にとって身近な存在であり、原因が分からない病を悪魔のせいとするのは、とりたてておかしくないものであった。
現代の科学的視点から悪魔という考え方の善悪を断じることは、ここでは差し控える。

しかし村の者が少女をけいれんを止めないとムチで打つと脅せば
ピタリとおかしな挙動をやめることが発覚し、事件は笑い話で納まった。

…かに見えた。

この結果を受け入れなかったサミュエル・パリス牧師は町から2人の牧師を呼び寄せ
少女たちに向かって祈らせたところ再発、
そうすると、誰かが悪魔を使役して取りつかせたのではないか。その疑いが発生するのに時間はかからなかった。

告発~あの人が魔女なんです!!~


まず、まさかうちの娘が・・・と考えた牧師、自身の所で働いていた黒人の使用人を疑って自白させてしまった。
この使用人は、キリスト教に改宗していた信徒であった。
しかし、拷問にかけられたとも、立場が弱くサミュエルの尋問にいいえとは言えなかったとも、ちょっとしたおまじない程度の感覚で教えたことが悪魔の儀式と疑われたともいわれる。
さらに、村の中で鼻つまみ者扱いされていた女性たち2人が、少女たちにより悪魔を使役した魔女として指名されてしまった。
2人は容疑を否認したが、証人になった少女たちは裁判の席で暴れだし、「あいつが霊を使役してる!!」と大騒ぎ。
結果、2人は有罪、絞首刑となってしまった。
残った黒人の使用人は、自白すれば命は助けられるということで悪魔との契約を認めて、悪魔の使役について証言をした。
ところが、他にも魔女がいるという証言もした。「他にもいるのか?」という尋問に耐えかね、適当なことを言ってしまっただけだったともいわれる。彼女は投獄だけで済んでいる。
ここから、「魔女」を少女たちが次々と告発、拡散していくことになる。

暴走~あいつも、あいつもみんな魔女!!~


最初に魔女と指名されたのは、村の中で鼻つまみ者とされていた人たちではあった。
次に告発された女性は評判のよい人物であった。その後彼女は告発した少女たち、拷問で証人から証言を引き出す行為、それらを認める裁判官などを徹底的に批判した末に死刑になった。
徹底的な批判を受けた少女たちは経過の中で、彼女との面会の場で彼女が入室すると発作を起こし、トーマス・パトナムは娘の命の危険があるとして面会を中止、この発作を証拠として牧師に報告している。

その次に敬虔な人物として周囲から除名嘆願も集まった人格者、レベッカ・ナース夫人がトーマス・パトナムの娘主導で少女たちに告発される。
流石におかしいと一瞬思った者たちもいた。
だが、この夫人の裁判で少女たちだけではなくトーマス・パトナムの妻がお前が黒い男を連れてきたと告発すると、レベッカ夫人が手を上げれば少女たちが手をあげる、首を傾げれば少女たちも首を傾げるといった異様な事態が起こった。
これらが妖術を使った動かぬ証拠とされた。

嘘でもいいから私は魔女でした、申し訳ありませんでした、と「本当のこと」を言えば、命は助けてもらえるはずだった。
だが、アメリカは清教徒(ピューリタン)の国。清教徒は嘘厳禁である。信仰に忠実に振る舞えば身に覚えがないと言い張るしかなかった。
こうして、レベッカ夫人も有罪、絞首刑となり、更にレベッカ夫人の除名嘆願を行った者までが巻き添えとなった。
なおナース家は現状維持派の中心的立場の1つであった。

こんな魔女裁判はおかしい、と声を上げ、少女たちが嘘の告発をしているのだ、と指摘した男性もいた。
だが、彼も少女たちにより魔女として告発され、死刑になってしまった。
なお彼はムチ打ちすると少女たちを脅せば症状が収まることを見つけた人物であった。

彼らの多くは、裁判で不誠実な態度をとったり、少女たちを疑うような発言をしたりしたと言われる。
もちろん、不誠実と言っても、全く身に覚えのない容疑をかけ、少女たちの証言ばかりに頼るばかばかしい裁判に対して毒を吐いた程度の者が多かった。
レベッカ夫人の場合、耳が聞こえなかったため問いに対してうまく対応できないことがあったのも一因だったとされる。
だが、それは結果として、裁判官の心証をいっぺんに悪くすることとなり、魔女とされる原因になっていった。
なお、この時代の裁判官は本業を別に持つ名士が多く、日本の現代の裁判官のように裁判に関する専門教育を受けていた訳ではなかったという。

そして、一度でも疑われれば、自白を迫られる。皆が皆拷問にあったという訳ではないが、黙秘を貫いた80歳の男性は拷問を受け、死刑になる前に拷問死した。 
魔女とされた元牧師は、処刑にあたって聖書の一節を正確に詠んだ。
魔女が聖書を正確に読めるわけがなく、執行者も驚いたが、魔女に詳しい神学者の「悪魔は時に天使を装う」という言葉で結局そのまま死刑となった。

こうして、人々はおかしな裁判を批判する術を失った。批判の声を出せば自分が魔女にされかねない。
レベッカ夫人のように普段から敬虔に振る舞っている模範的な人物でさえ、結局疑いをかけられれば魔女にされてしまうのだから、自分が疑われたら一巻の終わりだ。
一部の政治的指導者やその親族などは、告発されても当時の司法権の力が強くなかったため、魔女だという指名をされても何とかなったとも言われている。
だが、そこまでの力のない人々にできることは、少女たちの告発に目をつけられないようにしていることだけであった。
止める者のいなくなった裁判は完全に暴走し、手が付けられない事態になった。
この事態の中でトーマス・パトナム自身も40人以上の告発を行ない、その多くは政敵や遺産争いで多くの財産を継承した遺恨のある弟の関係者であった。

少女たちに告発された村人は村の人口1700人に対して100名とも200名とも言われ、閉じ込めておく施設はあふれ返った。

参考までに、魔女狩りが盛んだった15世紀から18世紀初頭、全ヨーロッパの人口はおよそ7000万~1億程度。代替わりを考えると、この期間の総人口は10億以上と考えられる。
しかし、それで魔女裁判にかけられて殺されたのは4万人程度だったと言われ、実際の魔女裁判の死者は数万人に1人だった。
他方のセイラムでは1年以内で100人に1人以上が死刑になっていた、と聞けばその凄まじさがご理解いただけるだろうか。

収束~州知事の介入~


だが、ことが大きくなりすぎた。
裁判に携わった判事や牧師の親族までが魔女として告発の対象とされるに及び、事態がボストンに知れ渡ったのだ。
ことを聞き及んだマサチューセッツ州知事は、すぐさま裁判を止めろと命令。
1693年に入って死刑を執行されていなかった収監者は大赦で釈放され、事態は一応の収束を見た。

しかし、大赦で一区切りがつく前に、19人もの村人が絞首刑となり、更にもう1人が拷問を受け、自白しないまま死亡。4名が獄中で死亡した。
ちなみに、この19人の中には第43代アメリカ大統領ジョージ・ブッシュの先祖にあたる未亡人もいる。

魔女と告発されたが、看守に賄賂を贈って逃亡し、事態の収束まで逃げ延びたために助かった人物もいた。
死刑判決を言い渡されたが妊娠中だったために子どもが生まれるまで猶予され、その間に事態が収束して助かった女性もいた。

もし州知事が止めなければ、犠牲者がさらに何倍にも増えていたことは、想像に難くない。




どうしてこんなことに・・・


少女たちの告発が実際は全て真実であった、というのは与太話だろう。
実際に絞首刑となった19人の村人の大半に悪魔と契約したなどと言う事実はなく冤罪であると考えられており、死後名誉を回復された者も多い。

それならば、なぜ少女たちはこんな告発をしてしまったのだろうか。

少女たちがこれらの告発が原因で特に処罰を受けたという記録はないようである。
その後は定かではない者も多い中、行方の分かっているトーマス・パトナムの娘アン・パトナム・ジュニアは、後に「迷惑をかけた」という謝罪文を書いてはいる。
ただし、サタンに騙されたとしており、嘘をついた、とは書いていなかった。
刑場でも少女たちや他の「魔女」の今後を慮りながら死んでいったとされるレベッカ・ナース夫人の遺族は、この謝罪文を受け入れ彼女を許している。
(ちなみに遺族はサミュエル・パリス牧師だけは絶対許さないとも語った)

告発ごっこ説


少女たちが面白半分でやっていた告発ごっこが暴走したのだ、とする説がある。
誰もが真っ先に思い浮かぶ説であろうし、有力な証拠もある。

ある魔女について、魔女ではないと少女たちの一人が証言したが、この証言をした少女はたちまちほかの少女から魔女と言われ、結局その少女も「無関係証言は悪魔に言わされた」と翻したことがあった。

こんな風に、後になって実は告発ごっこでしたと言い出せば、今度は自分が、他の少女たちから悪魔とされ、他の大人たち同様に絞首刑にされかねない。
結果として、恐怖した少女たちは次々と犯人をでっちあげていった。
あるいは嘘を繰り返すうちに自分でも嘘と本当の区別がつかなくなっていったという見方もある。

病気・中毒説


少女たちが医師でもわからない病気にかかっていたのは本当であり、自分たちでもよくわからない発作や幻覚を魔女のせいにしたとする説である。
つまり、確かに魔女は存在していなかったが、少女たちも嘘をついたつもりはなかった、という意見である。

少女たちの症状の原因の有力候補として、人に幻覚を見せる麦角菌という菌のついたパンを食べて幻覚を見たという説がある。
狼男の正体は麦角菌中毒の患者だとか、マリー・セレスト号事件は麦角菌による集団自殺の結果という説もあるなど、オカルト関係の話題でもたびたび登場する。

抗争説


前述の通り、当時のセイラム村は独立派と現状維持派で権力抗争が巻き起こっていた。
抗争の中で厄介者を排除したいという思惑が少女たちの告発を巻き起こして強引な裁判となり、少女たちはただその裁判で周囲の言うことに翻弄されていたにすぎないとする説。
派閥の双方に魔女がいたとも言われ、全てを片付けるのは難しいが、少女たちの告発を利用しようとした者がいた、という可能性は確かにある。
例え少女たちに直接「あいつが魔女だと言え」と指導しなくとも、少女たちが顔色伺いをすれば、魔女にしたい人間は簡単に魔女にできるのだ。

集団ヒステリー説


「キリスト教原理主義」とも言われるほど聖書の教えに忠実で、翻せば非常に抑圧的・禁欲的な清教徒信仰によるストレス*1、少女たちが行っていたのではないかと言われる降霊術による暗示を原因とした、少女たちの集団ヒステリー説。
現代日本でも、こっくりさんのような降霊術を原因とした集団ヒステリーは報告されている。



これらは仮説にすぎない。
また、少女たちが多数いたため、ある者は本当に病気、ある者は処刑怖さ、ある者は最後までいたずら感覚、これらを抗争に利用しようとした大人がいたといった複合要因という可能性もある。
記録はかなり残されているが、事件自体300年以上も前のことであり、少女を診た医師の診断の正確性も定かではなく、真相は闇の中である。





だが、事態の責任は少女たちのみにあったとも言えない。
当時の悪魔という非科学的な存在に対する認識も一因ではあろうが、それだけとも言えない。

少女たちの告発を鵜呑みにし、
「少女たちが人を陥れるような嘘をつくわけがない。少女たちを信じるべきだ。少女たちを疑うなんて許されない・・・」
という思い込みもまた、裁判で絞首刑判決ラッシュが発生してしまった一因であろう。

悪魔という存在が否定された現在でも、被害者の子どもが言っているんだから全て本当だと信じ込んだ結果こんな冤罪が起こっている。
恐ろしい魔女裁判をもたらした考え方は、現在も根強く残っている。

「今の時代に魔女裁判から得るべき教訓なんかない」
そんな考えこそ、本当の意味での魔女なのかもしれない・・・


余談


  • 明治時代に大森貝塚を発見したことで知られるモース博士はセイラム所在の博物館で館長を務めていたことがあり、この縁から同市は平成3年に東京都大田区と姉妹都市提携を結んだ。



追記修正おねが・・・

『あの人魔女です!!あの人の魔術で私は、私は…』
『絶対に許せない!!絞首刑にしちゃってください!!
ニヤリ

!?


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最終更新:2023年08月20日 20:36

*1 余談だが「自由の国」アメリカは現代でも清教徒的な価値観と潔癖気質が根付いており、19世紀末から20世紀初頭の禁酒法制定などにもその片鱗が見られたりする