獄門島

登録日:2016/03/20 (日) 22:45:23
更新日:2023/10/05 Thu 18:10:11
所要時間:約 10 分で読めます





鶯の 身をさかさまに 初音かな (宝井其角)

むざんやな 冑の下の きりぎりす (松尾芭蕉)

一つ家に 遊女も寝たり 萩と月 (松尾芭蕉)



『獄門島』は、横溝正史の長編推理小説で、「金田一耕助シリーズ」の一つ。
横溝作品の中でも、とりわけ評価の高い一作。

多くの国内ミステリーランキングで1位を獲得しているなど、数ある日本の推理小説の中でも最高峰に位置する作品の一つ。
作者自身もこれが高評価なことに妥当であると感想を述べたり、自選のランキングでも上位だったりと会心の出来だった模様。


数多くメディア化されており、2012年には関智一主演で舞台化もされている。



以下、ネタバレ要素を含みます



【あらすじ】


終戦から1年。
金田一耕助は、瀬戸内海に浮かぶ獄門島へと船で向かっていた。
マラリアで死んだ戦友・鬼頭千万太の死を千万太の故郷と家族に知らせるためであった。

金田一は、千万太がしきりにつぶやいていた言葉が気に掛かっていた。
「俺が生きて帰らなければ、3人の妹たちが殺される……」

獄門島は封建的な因習の残る孤島で、島の網元である鬼頭家は本家の「本鬼頭」と分家の「分鬼頭」に分かれ長年対立しており、千万太は本鬼頭(本家)の人間であった。
千万太の妹花子・雪枝・月代の3人と会った金田一だったが、その3人はいずれも外見は美しいが、兄の死を歯牙にもかけない異様な娘たちであった。
ちょうど同じころ、戦争に供出されていた千光寺の吊り鐘が島に無事に戻り、千万太のいとこで本鬼頭(分家)の一の戦地での無事の朗報ももたらされていた。

そんな中、千万太の通夜の席で花子の姿が見えなくなる。
捜索を始めた矢先、寺の梅の古木に帯で逆さ吊りにされた花子の死体が発見される。
残る2人の姉妹も危ないことを悟った金田一だったが、よそ者ゆえに容疑者として疑われ、駐在所の牢に入れられてしまい……



【登場人物】


ややこしいので、最初に系譜を示しておく。


※編集者自身が作成


金田一耕助
私立探偵。じっちゃん。
死んだ戦友の頼みによって獄門島にやってきた。
明晰な頭脳の持ち主だが、その外見はまるで風来坊のようでとてもそうは見えない。
今回はその風貌が仇になってしまう。


本鬼頭

■鬼頭千万太
金田一の戦友の一人。
本鬼頭家当主・与三松の息子。
無事帰還することにこだわり続けていたが、その願いも空しく、マラリアと栄養失調により復員船の中で死亡する。
死に際に金田一に「自分の代わりに獄門島に行ってくれ」と遺言を残す。


■鬼頭花子
与三松の三女。年齢は16歳。*1
千万太の腹違いの妹の一人。
姿は美しいが、知能が遅れているのか、まるで年端もゆかぬ幼子のようにふるまう。
発狂した父をからかって遊び、兄の死にはまるで興味を示さない。

最初の犠牲者で、千万太の葬儀の晩に千光寺の庭で足を帯で縛られ、梅の古木から逆さまにぶら下げられた状態で死んでいるのが発見される。
この死にざまは嘉右衛門の書いた俳句屏風に記された「鶯の 身をさかさまに 初音かな」に見立てられていた。


■鬼頭雪枝
与三松の次女。年齢は17歳。
千万太の腹違いの妹の一人。
姿は美しいが、知能が遅れているのか(ry

二番目の犠牲者で、金田一が座敷牢に入れられていた間に、首を絞められて吊り鐘の中に押し込まれた状態で発見される。
着物の裾が吊り鐘の間から出ていたことで発見されたが、その少し前に見回った時には裾が出ていなかったことから、鐘の中に押し込められたのはそれ以降であると考えられた。
また、吊り鐘は"てこ"の力を使えば一人でも動かすことは可能であるが、それでも大変な力仕事になることが予想された。
この死にざまは嘉右衛門の書いた俳句屏風に記された「むざんやな 冑の下の きりぎりす」に見立てられていた。


■鬼頭月代
与三松の長女。年齢は18歳。
千万太の腹違いの妹の一人。
姿は美しいが(ry

妹たちが殺された後、白拍子姿となり母から伝授されたという祈祷で犯人を呪い殺すといって祈祷所にこもっており、医者の村瀬幸庵らが番をしていた。
しかし、それもむなしく三番目の犠牲者となり、祈祷所内で首を絞めて殺されており、一面には萩の花が蒔かれていた。
この死にざまは嘉右衛門の書いた俳句屏風に記された「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月」に見立てられていた。



■鬼頭嘉右衛門
本鬼頭家先代当主。故人。
島の経済を盛り立てた人間で、島の人間からは「太閤さん」と呼ばれていた。
戦中に病で倒れ、死去した。
生前からずっと本鬼頭家の行く末を案じ続けていた。
遊びに関しては豪勢に大盤振る舞い……俗に言う「お大尽気質」だったようで、特に大の芝居好きだったという。


■鬼頭与三松
本鬼頭家現当主。嘉右衛門の息子で、千万太と三姉妹の父。
千万太の母親である正妻の死後、元役者のお小夜を妾にし、そのことで父・嘉右衛門と激しく対立していた。
お小夜が死んだ後、精神病を患い発狂。
徘徊したり暴れたりを繰り返したため、現在は本鬼頭の座敷牢にいる。


■お小夜
与三松の妾で三姉妹の母親。故人。
役者として島に興業にやってきた際に与三松に見初められ、後添いとなった。
嘉右衛門と激しく争うなど気の強い性格だった。
また、以前から加持祈祷を行っており、島で支持者を増やしていたが、寺を攻撃するようなことを言いふらしたり、あまりにも大げさにな言動を繰り返したりしたため、徐々に人が寄り付かなくなって孤立、精神を患い死去した。


■鬼頭一
与三松の死んだ弟の息子で、千万太のいとこ。本鬼頭分家の当主。
千万太同様戦地へ赴き、未だ帰ってきていないが、彼の戦友から「近々帰ってくる」と知らされた。
名前の読みは「はじめ」ではなく「ひとし」。


■鬼頭早苗
一の妹。
仕事もできるしっかり者の娘。
ろくな人間が残っていない現在の本鬼頭を切り盛りしているのは彼女である。


■お勝
嘉右衛門の妾。
気はいいが知恵が働かず、仕事はできない。


■竹蔵
本鬼頭で潮つくり(潮の具合を見て旗を振る役で、漁師の纏め役)を任されているベテラン漁師。
実直な性格で、和尚を始め本鬼頭の人々からの信頼も厚い。
よそ者の金田一に親切にしてくれる数少ない島民の一人。


分鬼頭

■鬼頭儀兵衛
分鬼頭当主。
島では嘉右衛門が太閤(豊臣秀吉)と呼ばれているのに対し、しばしば「家康」に例えられる。
本鬼頭家先代当主・嘉右衛門のことは仕事ぶりには一目置いていたが、趣味や道楽などの所謂「遊び」には着いていけず、ウマは合わなかった。

なお、後にジュヴナイルの『夜光怪人』で再登場*2し、隣の龍神島の管理をやっていると説明されていた。

■鬼頭志保
儀兵衛の妻。美人だが苛烈な性格。
かつて本鬼頭・分鬼頭と勢力を三分していた巴屋(四、五年前に潰れたらしい)の娘。
嘉右衛門とは過去に因縁があり、嘉右衛門をはじめ、本鬼頭を忌み嫌っている。
そのため、竹蔵を引き抜こうとしたり、鵜飼(後述)を使って三姉妹を篭絡したりと、あの手この手で本鬼頭を潰しにかかっている。



その他の島民

■了然
金田一が世話になっている千光寺の和尚。
生前の嘉右衛門と特に仲が良かった人間の一人。
どこかつかみ所の無いような、独特の雰囲気を持つ。
花子が死んだときに「きちがいじゃがしかたがない」という意味深な言葉を残す。


■荒木真喜平
獄門島村長。
生前の嘉右衛門と特に仲が良かった人間の一人。
いつもしかめ面をしている。
生前のお小夜とは仲が悪かった。


■村瀬幸庵
村医者。
生前の嘉右衛門と特に仲が良かった人間の一人。
雪枝が殺された時期に、片腕を骨折している。
飲んだくれで、よく酒に酔っている。
酒に酔いつぶれて寝込んでしまった隙に月代を殺されてしまった。


■鵜飼章三
分鬼頭の居候。鬼頭志保がどこからか連れてきた。
美青年で、志保は彼を使って三姉妹をたらしこむことで、本鬼頭の家を破綻させようと企んでいる。


■清水巡査
島の駐在所の巡査。
自分を差し置いて捜査に首を突っ込む金田一を怪しみ、磯川警部の非常に紛らわしい言葉も相まって、彼を抑留してしまう。
その間に第二の殺人が起きてしまい、島にやってきた磯川警部の説明で誤解を解いた。

後に鬼頭儀兵衛共々『夜光怪人』で再登場し、海賊が根城にしている龍神島への案内をした。


■清公
島の床屋の親方。
元々は島の人間ではなく、日本国中歩いて獄門島に居ついたらしい。
情報通で、金田一に色々と島の事情や人間関係などを説明してくれる。
生前の嘉右衛門に可愛がられ、いつもお供を仰せつかっていたらしい。


■復員兵風の男
島内でたびたび姿を目撃されている謎の男。
花子が殺害された時にも現場に居合わせていたことが確認されている。
警察の山狩りで追い詰められて警察と銃撃戦となり崖から転落して死亡。
死因は銃弾によるものではなく、頭を強打したためであった。

その正体は近隣の島を荒らしまわり、指名手配されていた海賊の一味。
事件とも島の人間とも何の関係も無かった。
しかし、警察が彼を犯人と見たことと、早苗や金田一はこの男を早苗の兄の一だと思い込んでしまったことが遠因となって事件の捜査が大幅に遅れ、その隙に月代が殺されてしまった。


余談

トリックに「きちがい」という放送禁止用語と文字通り精神異常者の男が大きく関わっているせいで、映像化の際の大きな障壁となっている。
今でこそきちがいという言葉を発したアニメがカルト的な人気を誇る時代だが、70年代の特撮作品なんかでは割と普通にきちがいきちがい言ってて時代を感じる他、今でもご年配の方が「きちがいみたいに叫ぶ」という言葉を差別的な意図などなしに平然と言う*3など、時代の変遷により大きくそのニュアンスを変えた言葉である。

そのため、平成期以降の映像作品ではトリック自体が改変され最大の要素が薄くなってしまっており、この点はたびたび文句を言われる。ただし放送禁止用語になったのにはちゃんと文化的な理由があるので、あんまりとやかく言うべき問題ではないだろう。
しかし「きちがい」の話が有名になっている一方で、どもり(吃音)をはじめとした「当時は許されていたが現在は差別用語とみなされる言葉」については底本から変えられていることがかなり多い
本の末尾に改編した旨を、あるいは差別用語だがそのまま掲載した旨を書いているため、こだわる人はちゃんと確認した方がいい。
原文にこだわる人は、図書館の蔵書になっている黄ばんで手垢に汚れたくらいの汚い本が一番いいかもしれない。

余談だが本作同様、差別表現が問題となり後年の映像作品では内容が変更された作品には松本清張の「砂の器」がある。

後世登場した「金田一少年の事件簿」シリーズのお決まりの展開である「実在しそうにない不吉すぎる名前の土地」「犯人が捕まらずに『死に逃げ』する展開」のはしりともいえる作品。つまりあの展開、本家のリスペクトなのである。
しかし金田一少年のような「殺意に満ちても仕方がないレベルの怨嗟」ではなく「妄執のあまり頭のねじが外れて良識がとんでしまった人」というものが下地になっていることが多いため、トリックやプロットこそ凝ってはいるが殺害方法自体は割と拍子抜けする淡白なものが多い。
日本には金田一少年と名探偵コナンという2つの推理漫画の金字塔があるが*4、この2つの哲学の差としてコナン側には「どんな理由があろうと殺人者の気持ちなんて分かりたくねーよ」というものがある。
金田一耕助シリーズはこの人気作品2つの要素がうまく両立している作品で、さらにこの手の漫画にはない「犯人は一人とは限らない」という変則トリックや、些細な事態の積み重ねによって起きていく凝ったプロットがやみつきになる。
そして事件を解決して感謝こそされるが金田一耕助自身は「自分がもっと早く気づいていればこんなに人は死なずに済んだ」と自責の念を語るなど、現在の価値観で読んでも割とすんなり話の筋が呑み込めるので非常に面白い。


追記・修正お願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 横溝正史
  • 金田一耕助
  • 獄門島
  • 市川崑
  • 連続殺人
  • 小説
  • 推理
  • 推理小説
  • 名作
  • 見立て殺人
  • 屏風
  • 金田一耕助の事件簿
  • 孤島
  • 岡山県
  • 瀬戸内海
  • 旧家
  • 気の毒な被害者
  • ひどい動機
  • 放送禁止用語

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2023年10月05日 18:10
添付ファイル

*1 作中で「十八をかしらに三人年子」と語られている

*2 金田一に無反応だが、この作品は由利麟太郎が登場する話の探偵を金田一耕助に変更し、この際のすり合わせが完全でないため。つまり本来は初対面の人への態度。

*3 塩川正十郎が地上波で「きちがいの顔」と言ってしまい番組を降板させられた事件があったが、あれは差別的な意図があったのではなく単なる年代的な問題の失言という側面も大きい。アニヲタの世代でも『めくらめっぽう』『どもり』『どかた』『おしのように黙る』『片手落ち』『オカマ』『肌色』などといった言葉がいつの間にか改められているが、その先鞭となった言葉のひとつがきちがいだったのだ。

*4 ちょうどブームになった時期も90年代後半と非常に近く、よく並び称された。