できる・できないのひみつ

登録日:2016/02/26 Fri 17:04:47
更新日:2024/03/30 Sat 11:15:24
所要時間:約 3 分で読めます



できる・できないのひみつとは、学研まんがひみつシリーズの19巻目に当たる一冊である。
漫画は故・内山安二。
旧版は1976年、新版は1993年に発行。2018年には旧版ベースで電子書籍化もされている。
旧版と新版では一部に改訂があるものの、大まかには変わらないため以下の解説は両方の版をまとめて記す。





さて、70年代以降に生まれて、子供のころ学研まんがひみつシリーズに触れなかった人はまずいないだろう。
科学・文化・歴史・地理などから、家庭科・スポーツに至るまで様々なテーマを取り上げたこの学習漫画シリーズは、
現在も新装版が刊行されているいわば「学習漫画の王者」である。
漫画で楽しみつつ知識も身につくというスタイルから人気を博し、大人のファンやコレクターも多い。


そしてその中でも、この「できる・できないのひみつ」こそ、シリーズ史上最高傑作と呼ばれる作品である。

多くのシリーズが「からだのひみつ」「恐竜のひみつ」などワンテーマを深く掘り下げるという形をとっているこのシリーズであるが、本書はやや異色作である。
テーマはずばり「思考実験」、そして「科学の限界」である。
担当した内山安二氏は同レーベルで「コロ助の科学質問箱」「まんがものしり百科」などを手掛けた学習漫画界のレジェンドである。


その人気故に、この手の漫画では珍しく古本市場でも高値をキープしており、特に旧版はプレミア価格がついていることも。
また電子書籍版巻末には特典として、やっ太似の小坊主とデキッコナイス似の外国人が共に珍道中しつつ二人で限界への挑戦を試みる1974年の漫画『玄海とイドムンコスキー』(学研雑誌『5年の科学』連載)第一話を再録。電子書籍版の解説では同作が本作のプロトタイプとされている。

第一部「できる・できない」




本書は二部構成であり、前半は主人公やっ太デキッコナイスとどつき漫才をしながら様々な科学的・技術的課題に挑戦していくというストーリー。
本書が話題に上る際には主にこの前半部分が中心になることが多い。

「目的達成に至るまでの様々な課題を取り上げて一つ一つ検証していく」という、学習漫画にありそうでなかったストーリーに加えて、
ヤッ太とデキッコナイスを始めとするフリーダムなキャラクターたちの活躍が子供心を掴んだ。

なおネタ的な人気も高いが、あくまで「科学的・技術的・社会的な制約の中でどこまで可能か」という点を丁寧に解説しており、
無謀な挑戦を科学を使って笑いものにするような内容とは根本的に異なる。


登場人物


やっ太


主人公。
「なんでもやってみないと気が済まない」という紹介文に恥じない行動力とポジティブ精神の持ち主。
できるかどうかの疑問が出たときにはデキッコナイスと必ずケンカになるものの、理論武装で否定する彼と違いやっ太は「できるんだ」と気合と根性で押し通す傾向がある。
さらに目的達成のためには手段を択ばない技術馬鹿で、その最たるものが、


「ダイナマイトがだめなら原子ばくだんがあるぞ!! あれならイッパツだ」


……もはやビッグマウスどころではない。

しかしただ「できる!!」というだけでなく、

一人で超高層ビルを建てる
南太平洋を完全に覆うビニールを制作(未遂)
どこまでも潜れる潜水艦を作る
穴を掘って地球の裏側まで貫通させる

などを実際にあっという間に実行する。どう考えてもただの小学生ではない。
真っ赤な人類最強よりよっぽど「人類最強の暇人」なのはたぶん間違いない。
間違いなくシリーズ史上最高クラスのスペックを誇る男。


デキッコナイス


紹介ページで「なにかというとすぐに『できっこないす』というへんな外人*1」という身も蓋もない紹介をされているやっ太の友人。
やっ太が何事かに挑戦しようとし、それをデキッコナイスが「できっこないす」と止めに入って大喧嘩になる、というのが多くの話のパターン。
やっ太と対照的なネガティブ思考だが、ただ頭ごなしに反対するわけではなく、きちんと難点や課題を的確に指摘しているため、不快感は無い。
国籍は不明だが、祖母がアルゼンチンにいるらしい。

本作が多くの読者の印象に残ったのは彼の存在が大きく、ひみつシリーズキャラでは異例のAAまで存在する。


アララちゃん


紹介ページには「やっ太のガールフレンド」と書かれているが、作中では特にそれっぽい描写は無い。
正直、やっ太のパートナー役としてはデキッコナイスががっちりはまっている(そしてキャラが濃い)ため、
同シリーズの同ポジションキャラに比べたら非常に影は薄い。

やっ太いわく、世界最冷の女

ブウドン


豚。やっ太とデキッコナイスの喧嘩を止めるのが主な役目だが、その際の

「ヤメレ、食っちまうど!!」

はインパクト抜群。てかやめないと豚に食われるのか……
一応豚にしては頭は良く、議論にも中立的な立場で加わる。

なぜ豚?と思うかもしれないが、内山安二氏の学習漫画には豚キャラは定番としてよく登場。
本作と同時期の『4年の科学』作品『炭九とドウナルノ・ダン』(未単行本化作品)では、顔の造形以外はやっ太とデキッコナイスっぽい行動の二人にブウドンそっくりな豚「ムサシ」が似た様なツッコミを入れていた。
また『玄海とイドムンコスキー』では、彼に当たる役を猫の「トラノスケ」が務めていた。

ちなみにこいつもAAがある。

けつろんおしょう


本作における審判者。
和尚なのに科学や技術にやたらと詳しく、名前通りに議論に結論を付ける。
だが可能か不可能かだけを告げて終わりではなく、デキッコナイスの挙げた課題に対するやっ太の対応策に対して評価を下すことで
議論を進めるという役割を担っている。

それにしてもなぜ博士や学者ではなく和尚なのかは謎だが、内山先生は本作と同じ1976年に同じく和尚さんが博士役の学習漫画『量貫さんと弟子立太』(電子書籍『内山安二コレクション』収録)を『5年の科学』に連載しており、恐らくはそこからスライドしたのかも知れない。

ニャン太


猫。本作の萌え担当。「コロ助の科学質問箱」から使い回し続投。
やっ太につき合わされていろいろひどい目に遭う。


各章の内容


章立ては新版のもの。

1・日本に百階建てのビルを建てられるか?


いきなりやっ太のとんでもない行動力が炸裂する話。
技術的問題点のみならず、ビル風・日照権・建設費・エレベーターの巨大化・居住区域圧迫といった社会的問題点にまで言及している。
それはそうと、途中で出てくるL字型に曲がったビル(これもやっ太が作った)は必見。
何気にオチも凄い。

2・超高層ビルのてっぺんまでとどくはしご車はできるか?


射程距離を延ばすには車体を大きくしなければならないが、ある程度以上大きな車体になると非常時に使えず非現実的……
と、技術におけるトレードオフの問題をわかりやすく解説している。

3・新幹線より早くて、騒音の出ない列車はできるか?


答え・つリニアモーターカー

なお旧版と新版の間にリニア研究が進んだためか、この章のオチは旧版と新版で異なり1ページ丸々が描き直されている。*2
それにしても、旧版の発行から40年以上経ってもまだ実用化されないとは思わなかったが。

4・天気を変えることができるか?(訳・台風を消せるか?)


8章に並んでネタ的な知名度の高い章。ページ上部のダイナマイトや原子爆弾がどうのというセリフもこの章で出たもの。
中心部に原爆を投下する、発生地付近の海域を埋め立てるなどの対策を検討した上で、

「台風が来なければ今度は水不足に苦しむことになる。また、気象のバランスが大きく崩れて全地球規模の新たな災害が発生するかもしれない」

という結論で終わる。
何気に現代にも通じる重いテーマを扱っているが、上記のやっ太の文字通りの爆弾発言が全てを吹っ飛ばす。
ちなみにやっ太は原爆1つで台風を消し飛ばせると思っていたようだが、現実は巨大台風相手だと2万個は必要だとか。
地球が滅茶苦茶になってしまう為、さすがのやっ太もこの考えは即引っ込めた。
というか台風さえ消せれば後はどうでもいいのか? しかもまたすぐ発生するだろうし……

5・地震を予知することはできるか?


現在でもはっきりした結論が出ていない問題であることもあって、どうももやもやした感じで終わる。
作中では関東大震災の際に火事の二次災害の恐ろしさ(圧死者の10倍もの焼死・窒息死者が出た)を挙げていた。

6・人間は、どこまで深く海に潜れるか?


前章と打って変わって、最もポジティブな結論で終わる章。第二部の伏線にもなっている。
ここでも溺死志願のやっ太を止めに入ってそのまま喧嘩になるデキッコナイス。
どう見てもツンデレ。

7・人間は、鳥のように飛ぶことができるか?


人体の構造的に無理、ということでこれもすっきりした結論で終わる。
しかし、やっ太の身を案じて止めに入るデキッコナイスは実は結構いい奴なのでは。

8・地球の裏側まで穴を掘って荷物を送れるか?


最も知名度が高く、学習漫画史上屈指の名エピソードと言っていい章。
この章が最も「思考実験」しており、他の章とは違って「まず穴を貫通させてから問題をシミュレートする」
という構成の妙が子供心をわしづかみにした。

それにしても、モグラタンクでアルゼンチンまで穴を開けたやっ太を見て
「そのタンクで荷物を運んでやれよ」
と突っ込んだ子供たちは数知れないであろう。

9・マイナス何度まで冷やすことができるか?



現在の目から見ても最も異論のない結論が出せる問題がこれ。
ちゃんと低温物理学の入門漫画になっている点は流石。
そしてアララちゃんが世界一冷たい女呼ばわりされた。

10・目撃者のいないひき逃げ犯人をつかまえることはできるか?


ここに来てまさかの社会派ネタ。
今となっては作中で出てくるよりも遥かに進んだ科学捜査技術があるわけなので、流石に古びた感は否めない。



なお、章と章の合間にもいくつか小さい問題が扱われた漫画がある(眠らず過ごすことができるか、など)。


第二部・限界に挑戦した人々


スコット、モンゴルフィエ、ハイエルダール、ヘディンといった冒険家たちの実話を描く。
第一部とはガラっと雰囲気が異なる。
本書が話題に上がるときには第一部のみが注目されやすく、この二部はあまり知られていないがこちらもなかなかの名作である。
特にスコットの話は泣ける。


登場人物

  • 空に挑戦した人々
モンゴルフィエ(気球の発明)
リリエンタール(グライダーの発明)
ライト兄弟(飛行機の発明)
リンドバーグ(世界初の大西洋無着陸横断)

  • 海に挑戦した人々
ピカール親子(マリアナ海溝に到達した男たち)
クストー(アクアラングの発明)
ハイエルダール(南米からポリネシアまでいかだで到達)

  • 大地に挑戦した人々
スコット(アムンゼンに負けた男)
ピアリ(世界初の北極点到達者)
白瀬矗(アムンゼンに負けた男・日本編)
ヘディン(砂漠の冒険家)





追記・修正は南米まで穴を貫通させてからお願いします。




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最終更新:2024年03月30日 11:15

*1 電子版では「へんな外人」が削除されている。

*2 旧版ではリニアの磁力を使った落語的なギャグオチ。対して新版では電力や材料費、実装後の周辺の環境への懸念など問題が数多く立ちはだかっているものの、山梨リニア実験線の状況を引用し将来的に「夢の列車が走っているかもしれない」と希望を込めて結んでいる