ディオニュソス(ギリシャ神話)

登録日:2015/12/11 Fri 10:46:16
更新日:2023/09/20 Wed 22:19:54
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「ディオニュソス」はギリシャ神話に登場する神の一柱。

【概要】

一般的には酒の神。
より正確には、葡萄酒と豊穣と序でに酩酊と不死と演劇の神。
葡萄の木を見つけ出して葡萄酒の製造法を見つけた神として語られる。
木蔦や葡萄の蔓を巻きつけ、先端に松かさや松露を取付けたテュルソスの杖を象徴とする。
これは信徒達の持ち物でもあり、岩からは清水を、大地からは葡萄酒を湧き出させたと云う。

後のイメージ的には酔いどれで陽気な親父みたいな印象を付けられていたりもするが、元々のディオニュソスは黄金の髪の青年である。

かなり特殊で複雑な経緯を経てギリシャに信仰が入り込んだ(復活した)神と考えられており、かなりの割合でオリュンポス十二神にも組み込まれる程に神格が高い反面、非常に謎の多い神でもある。
名前の意味は神話に併せて「二度生まれた者」とされたりもするが、原義的には「若きゼウス(天主)」とされる。
ギリシャのゼウスやポルトガルのデウスとは、セム語系民族のエルと同じく「」や「」の意であり、後にはの呼び名としても使われた。
即ち『神統記』を基本としたギリシャ神話とは、本来はゼウス(王)の主権の成り立ちと正統性を説明した記録と云う事である。
日本では古事記みたいなもんである。
神統記にもそう書かれている!
……欺瞞!!

ローマ神話にも採り入れられたバッコス(英:バッカス)の異名でも知られるが、本来はディオニュソス自身の名では無く、山野でディオニュソスを信仰する秘密集団の信徒達の通称(バッコイ)が転じた物。
この事からも、如何に酩酊の密儀がディオニュソス信仰の基盤となっていたのかが窺える。
この密儀は獣の皮を纏った信徒によるドラマチックな演劇の様な形式で行われていたらしく、それが後に都市に入り込んだ際には舞台上で演じられる様になった。
このディオニュソス密儀からギリシャ悲劇やギリシャ喜劇が発展していったのだと云う。
ここから、ディオニュソスは演劇の神とも呼ばれるようになった。


【出自】

古くから(紀元前12世紀以前)ギリシャにも名が記された神ではあったが、本格的な信仰の流行はかなり後の時代(西暦前後)に東方やローマより伝来したとされる。
ギリシャ神話内では父はゼウス、母はテバイ王カドモスの娘である王女セメレ。
セメレの母であるハルモニアの父であるアレス、母であるアフロディーテ、そしてアレスの母であるヘラの血も引いている。
よって、本来は半神半人の立場なのだが*1、生まれる以前に母のセメレが神々の女王ヘラの嫉妬による奸計(※ゼウスの神としての真の姿に触れさせた)に嵌り灼け死んだ為に、母親の遺灰の中から胎児を拾い上げたゼウスが自らの太ももに縫い込んで成長させた。
この事でディオニュソスは神と同じ者になったとされる。

ディオニュソス信仰はかなり広範な地域に広がっており、それがギリシャ神話では「ヘラの迫害を逃れてインドから中近東、果てはエジプト、アフリカにまでいたる諸国を放浪した」とするエピソードとして伝えられている。
ローマでも熱狂的な信仰が興ったが、祭事の狂乱と酩酊の様を危惧した元老院による弾圧を受けたとされる。
密儀の神としてのディオニュソスはこの時にギリシャに入り込んだとも考えられており、他の地域の神々とギリシャの神々の融合も進んだ。

また、トルコ中部フリュギアの女神とされ、信者が去勢により陰茎を捧げた事で知られる大地母神キュベレとも関係が深く、放浪先でディオニュソスがキュベレより葡萄酒の製造法と密儀を伝授されたとも、逆に密儀をキュベレに授けたともされる。

これは、死から再生するディオニュソスがキュベレの愛しい息子にして配偶者であるアッティスと同一視された為であり、後にキュベレがオリュンポスの神々の母レアと同一視された事から、レアをディオニュソスの第三(二)の母とする神話も生まれている。
※ただし、ギリシャには女装はともかく去勢までは入り込まなかったらしい……技有り~♪

配偶者は最近ではゲイ術的漫画でも有名なテセウスさんに捨てられた(事にされた)アリアドネ。
ディオニュソスは神々の一柱に引き上げられる直前に旅路の果てに冥界王ハデスと面会して母のセメレを復活させる事をゼウスに許されており、こうしてセメレもまた神になったと云う。

ヘラ「SHIT!!」

妻のアリアドネもまたゼウスから神と同じ不老不死の祝福を与えられたとされる。
かなり優遇された扱いだが、実は彼女達は古くより土着で信仰されていたがギリシャ神話には組み込まれなかった古い女神であり、ある意味での神格の復活だったと言えるのかもしれない。

……別の神話ではディオニュソスの前身はザグレウスなる幼児神で、ゼウスが母レアと交わりペルセポネを産ませた後に、蛇に化けてペルセポネと交わり、ザグレウスを産ませたとされる。
或いは、単に姉のデメテルとの間に産まれた子という説もある。
……怒涛の近親相姦三連発である……今更ながらたまげたなあ。

何でこんな複雑な事になっているかと云えば、ザグレウスとディオニュソスもまたアポロンやアドニスと同様に古代メソポタミアが起源と考えられる死と再生を物語とする植物神の系譜の神性の為。
事実、エジプトでは同じ系譜に属するオシリスと同一視されている。
レア(キュベレ)、デメテル、ペルセポネは彼らの配偶者たる豊穣の女神であり、ゼウスは天の理を擬人化した存在だからである。


【神になるまで】

母セメレがヘラの嫉妬により殺されただけには留まらず、ディオニュソス自身も命を狙われた。
これに纏わる神話は大きく分けて二つの流れがあるが加害者はいずれもヘラである。


■親族皆殺し編

ゼウスはセメレの妹イノにディオニュソスを託し、イノはディオニュソスを男の娘として育てた……きっとカムフラージュだよね!

イノ「デュフフ……ブロンドかわいい

夫のアタマスもそれを知りつつ協力していたが、夫を止める力は無いが浮気は許さないウーマンのヘラは報復としてアタマスに狂気を吹き込み、息子のレアルコスを殺させ( あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!白い鹿だと思って狩ってみたら息子だった!な…何を言っているのかわからねーと思うが…嫉妬だとか夫婦喧嘩とかチャチなもんじゃあ断じてねえ…もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…)、更にイノと娘のメリケルテスまで襲いかからせた!
哀れ母子は、夫の手を逃れるべく海に身を投げる事になってしまったと云う……。
…最もイノとて「アルゴー号の冒険譚」の切っ掛けになった「金の羊」の挿話では、夫が先妻との間に設けた兄妹をいびり倒し、ヘラクレスと金の羊がいなければ殺されていた所まで追いつめていたが。
少なくともイノ夫婦に関してはある意味因果応報とも言える。

尚、もっと酷いパターンではイノまでもが狂気に捉われ、レアルコスを鍋で煮て喰っている……本当は怖い○○シリーズギリシャ編である。

この後のディオニュソスの行方についても諸説があり、ゼウスが鹿に変身 させて逃がした後にニンフ達に預けられたとか、ディオニュソス自身も狂気に捉われ、各地を放浪した後にキュベレに救われたとする物がある。

自分を育てたニンフ達と共に葡萄酒と酩酊を広める旅に出たとの説もあり、これは前述の密儀集団の発生を語ったものであろう。


■赤ん坊八つ裂き編

「ディオニュソス=ザグレウスの神話」と呼ばれる物語である。
ゼウスには自分の後継者と決めたザグレウスなる息子が居たが、それが自分の生んだ子ではなかった事で嫉妬に狂ったヘラは玩具で赤子を外に誘い出すと、ティターン族に襲わせた。
ティターンは赤子を八つ裂きにして火で炙り、または鍋で煮込んで喰ってしまった。
しかし、これを救ったのがレアであった。
レアは哀れな赤子の骨を拾い集めて復活(ディオニュソス)させると、密儀を授けたと云う。

また、赤子のザグレウスが引き裂かれる場面を描いたレリーフも残る一方、ザグレウスはティターンの手から逃れる為に様々な動物に変身した末に牡牛に化けた所で捕まり、八つ裂きにされて食べられてしまったともされる。
この信仰は密儀に残り、ディオニュソス(ザグレウス)を牡牛と呼び、狂乱の中で獣の皮を蛇の腰紐で纏った女性信徒がディオニュソスの化身たる牛の群れに襲いかかり、これを素手で引き裂いて喰らい“神”との合一を目指したと語られている。

……このザグレウス神話は後にセメレの神話と習合させられたらしく、其方では前述の様にレアから複雑な経緯を経てザグレウスが誕生した後にティターンに八つ裂きにされた赤子の心臓をアテナが回収した事になっている。

アテナより事の次第を聞いたゼウスは雷でティターンを滅ぼすと託された息子の心臓を呑み込み、後にセメレに宿った子供(ディオニュソス)としてザグレウスは転生したと云う。

後にディオニュソスは天界に迎えいれられる事になった訳だが、自らを苦境に立たせ続けた継母のヘラとも和解している。
ヘラが身勝手にも棄てたヘパイストスの黄金の椅子に拘束された時に、ヘパイストスを酔わせて丹念に愚痴を聞き、説得を受け入れさせたのである。
これにより、ヘラの愛されなかった実子と最も憎まれた継子は親友同士になると共に、ヘラからの赦しも得たと云う……いや、クズすぎんだろ大女神。

一方、ヘスティアさんには泣いてたらオリュンポス十二神の地位を譲って貰ったとされる……ホンマもんの女神や。


【密儀】

既にギリシャ神話の神々のエピソードではお馴染みとなって来たが、ディオニュソスにも暗い神話が残る。

ディオニュソスは放浪の途中でアッティカ地方の農夫イカリオスに歓待された事に感動し、彼に葡萄の木と葡萄酒の製造法を伝授した。
イカリオスは言われた通りに葡萄の木を栽培して葡萄酒を作ったが、余りの美味さに感動。
純朴な彼は早速それを隣人達にも振る舞った。
しかし、悲劇はここから始まった。
葡萄酒の余りの美味さ、或いは飲み方が判っていなかった村人達は激しく悪酔いした。
それをイカリオスが毒を飲ませたと思い、彼を殺してしまったのだ。
それを見た娘のエリゴネはショックで首を括り父の後を追った。

……その後、村では疫病が流行ったり、若い娘が狂った振る舞いをしたり、首を括ってしまう事件が相次ぎ、託宣により原因が半神であるディオニュソスの祟りである事が判った。

村人達はディオニュソスに帰依すると共にイカリオスの死を悼み、葡萄の栽培と葡萄酒作りを引き継いだ事で土地は葡萄酒の産地となったと云う。


エウリピデスの悲劇『バッコスの信女たち』では、テバイ王ペンテウスの残酷な末路が描かれている。
自分の母をも含む女性達を酒で狂わせ、狂信的行動に陥らせた導師(ディオニュソスの化身)を捕らえるも奇跡により脱出される。
祭儀に踏み込んだペンテウスだが、酩酊と狂乱の中に居た女性信徒達により犠牲牛の如く引き裂かれてしまうのだった。
ちなみにペンテウスはディオニュソスの母方のいとこにあたり、作中ではセメレの姉妹でペンテウスの母だったアガウエーすら息子に襲い掛かり、子殺しをしてしまった。


ディオニュソスの密儀は基本的に女性のみに限られ(こればっか)、男性が参加するには女装しなければならかったと云う……背負い投げ~♪

この死と再生の密儀は後に冥府より帰ったアポロンの血を引く詩人オルフェウスを主宰神とするオルフェウス密儀に引き継がれた。
オルフェウスは冥府より帰った後にトラキアに落ち着き同地の女達に愛されたが、妻への未練から愛情を受け入れようとしない事に業を煮やした女達に身を引き裂かれて殺されたともされている。
一説には、これはディオニュソスに命じられたバッコスの信女の仕業だと云う。
引き裂かれたオルフェウスの遺体はエーゲ海に流されたが、首と竪琴はレスボス島に流れ着き、そこで予言の神として祀られたと云う。

……これは、共に旧時代の密儀の主催神であり、ニーチェにより対照的な神として考察されたアポロンの理性とディオニュソスの熱狂の信仰の合一を顕しているともされる。

また、オルフェウス密儀では東方的な輪廻転生の思想が含まれている。
これは、元々のギリシャには無かった魂の循環に基づく世界観による教義である。




追記修正は葡萄酒の飲み比べに勝利して生肉を喰らいながらお願いします。


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最終更新:2023年09月20日 22:19

*1 正確にはセメレは女神ハルモニアと人間のカドモスの娘でディオニュソスは3/4が神と言う事になる