ルールブックの盲点の1点(野球)

登録日:2014/11/24 (月曜日) 11:56:00
更新日:2024/04/01 Mon 08:22:28
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ルールブックの盲点の1点とは、
ドカベン』の単行本35巻(文庫版23巻)、アニメでは147話で放送されたエピソードから派生した、
「滅多に起こらないプレーゆえに、ルール上は正しく適用されているがプロ野球選手でも失念しやすいルール」で入った得点を意味する。
タイトルから誤解されがちだが、ルールブックに不備があるわけではなく、ルールブックにしっかり明記されている取り決めである。
滅多に発生しないケース故に選手や監督が知らない、もしくは見落としてしまう為に「盲点」という言葉が使われている。


ドカベン内での経緯

明訓高校に所属する山田太郎らにとって二年生夏の神奈川県予選三回戦での白新高校戦。
白新のエース不知火守に9回までパーフェクトピッチングをされるも、
明訓のエース里中智も負けじと9回ノーヒットノーラン(フォアボール3回のみ)に抑えた。

そして0-0で迎えた延長10回表、ついに明訓打線は不知火に喰らいつき1死満塁のチャンスを作る。

そしてこの様な時系列のプレーが発生した。

  1. 打者・微笑三太郎がスクイズを敢行。もちろんランナーは3人とも飛びだす。
  2. しかし微笑のスクイズは投手・不知火守のストレートに押され小フライとなる。
    野手の間にポトリと落ちるかと思われたが、不知火がこれにダイビングしダイレクトキャッチ。これで打者の微笑がフライアウトで2アウト。
  3. 三塁ランナー・岩鬼正美は帰塁しようとせずに勢いのままホームイン。
  4. 一塁ランナー・山田太郎は帰塁しようとするが、不知火は一塁に送球。山田が一塁に戻る前に一塁手がボールを持って一塁ベースを踏む。これで3アウト。
  5. 不知火ら白新のメンバーはチェンジのためベンチに戻る。


白新メンバーは「このピンチを0点に抑えた! この勢いでサヨナラだ!!」と意気込むも……なんと、10回表の部分に「0」では無く「1」の数字が……!!

「なんで明訓に1点が入ってるんだ!?」

スコアボードを見て不知火は驚く。

「スコアボード係がこの暑さでおかしくなったのか?」
「明訓のファンらしいな」

他の白新メンバーのスコアボードの勘違いだと判断して軽口を交わすが、勘違いをしていたのは白新メンバーの方だった。

原作ではこの後明訓高校の監督・土井垣がなぜこれで1点が入るのかを公認野球規則を持ち出して「このルールが適用される」と述懐していた。

結局、この試合は1-0で明訓が勝利している。つまりこの1点が試合結果を決めたのである。

読者らの反応

それでも大半の読者は不知火同様「なんで??」となってしまった。
それどころか、一般の読者だけでは無く野球を職業にしているプロ野球選手までもが「これは間違いだろ!?」という反応を起こしたのである。

当時現役選手だったノムさんこと野村克也も、原作者の水島新司を球場で見つけた際に「あんなウソ書いたらあかんで」と抗議したほどである。

しかし「このルールは絶対に間違っていない」と、水島は野村の前で審判と確認した上でこのルールは正しい事を証明した。
野村は「水島の漫画の中での説明がヘタクソだったから勘違いしたが、カラクリが解ければ只の基本ルールの積み重ねだった」と後に語っている。

この発言だけ見ると野村の負け惜しみや責任転嫁のようにも聞こえてしまうかもしれないが、確かに原作漫画の時点では該当するルールの羅列と簡素な説明のみであり、説明が下手とまではいかなくとも説明不足感は否めなかった。(前述のとおり理解できずに混乱した読者も多い)
アニメ版ではスタッフもそう感じたのか、補足の解説が新たな台詞として追加されて分かりやすくなっている。



ではどうしてこうなった


このプレーについて「点が入るのはおかしい」と誤解されやすいのは、以下の2つの理由による。


まず上述の『3.三塁ランナー・岩鬼正美は帰塁しようとせずに勢いのままにそのままホームイン。』である。
フライなのに1度元の塁に戻っていないので、一見規則違反*1に見えるので得点は認められないと誤解されやすい。*2

しかし、これはアピールプレーと呼ばれるもので「守備側が指摘して初めてアウトになる」のである。

大事な事なのでもう1度、詳しく言う。
守備側がボールを持って走者の身体または正規の走塁が行われなかった塁に触れて、審判員に分かるように動作や言葉でアピールして、審判員がそれを認めて初めてアウトになる」のである。

と言うのも、フライ時に一度元の塁に戻らずに進塁する事自体は決して反則行為では無いので、それによって強制的にアウトになったり元の塁に戻されたりはしない。フライアウト時に各ランナーが戻ろうとしていたのか進もうとしていたのかなんてたった4人ないし6人の審判では判断しきれないからだ。
もっとも守備側がアピールをすればアウトになる以上、基本的には帰塁するのが常識ではある。

余談だが、打順の間違いやベースの踏み忘れもアピールプレーなので、これも「守備側が指摘して初めてアウト」になる。
逆に言えば、守備側の指摘さえ無ければ打順を無視して1番イチローを2番でも3番でも4番でも出そうが、1塁も2塁も3塁も踏み忘れたまま*3ホームインしようがアリなのである。
……守備側の指摘が無ければ*4*5

実際、原作内では微笑のフライアウトから「5.不知火ら白新のメンバーはチェンジのためベンチに戻る」までの間に、
白新メンバーは「岩鬼が1度元の塁に戻っていない事をアピール」して「岩鬼をアウトにする」行為をしていなかった。

これにより岩鬼の走塁は強制アウトになる反則行為では無く、守備側からアウトにされる指摘も無かったので、正規の走塁となりホームインが認められるという事になり、1点が入ったのである。

ちなみに前述のように原作の説明では説明不足だと判断されたのか、アニメ内では明訓の殿馬が「そういえば岩鬼。お前はアウトにされていないづら」という台詞で説明を補足している。


もう1つの勘違いは『4.一塁ランナー・山田太郎は帰塁しようとするが、不知火は一塁に送球。山田が一塁に戻る前に一塁手がボールを持って一塁ベースを踏む。これで3アウト。』である。

野球には攻撃側のホームインよりも守備側の3アウトのほうが時系列を無視して優先されるフォースアウトというルールがある。
この「フォースアウト」はほとんどが「ランナーにタッチしなくてもボールを持ってベースを踏めばアウト」であり、
この山田の「フライ時に元に塁に戻る前にアウト」も同じく「ランナーにタッチしなくてもボールを持ってベースを踏めばアウト」なので、
一見「フォースアウトと同様に3アウトが優先されて得点にならない」と誤解されやすい。


しかし、この「フォースアウト」のフォースとは進塁義務という意味である。
打ったバッターがバッターランナーとして一塁に向かう、
あるいは空いている塁が無い為必ず先の塁に行かないといけないランナーがいる状況を「フォースの状態(進塁を強制された状態)」といい、
「その進塁先のベースを、ランナーが着く前に守備側の選手がボールを持って触れることでアウトになる」、
あるいは「強制進塁先のベースに達する前にタッチアウトになる」ことをフォースアウトという。
ちなみに、フォースアウトを和訳すると「封殺」と表現される(走者が塁間に封じられた、という解釈だろうか)。


が、この例では『2.しかし微笑のスクイズは投手・不知火守のストレートに押され小フライとなる。
野手の間にポトリと落ちるか思われたが不知火がこれにダイビングしダイレクトキャッチ。これで打者の微笑がフライアウトで2アウト。』
となっている。
つまり打ったバッター本人が真っ先にフライでアウトになっているので、塁上ランナーには進塁義務は無い
バッターランナーが消失した事で絶対に進塁しなければならない状況では無くなった為である。
代わりに、元いた塁に戻る前に、自身や元いた塁にボールを持って触れられるとアウトになってしまう状況になった。

(実際、山田が一塁へ向かった理由は帰塁であり、この山田のアウトは前述のアピールアウトである。
 なお、実は山田は(たまたまであったが)このルールを理解しており、「戻れないのに帰塁するふりをして守備側の油断を誘い、アピールを忘れさせよう」としていた*6
 不知火はゆっくりとボールを一塁に投げて*7山田をアウトにする。
 一死満塁という大ピンチを無失点で切り抜けた白新守備陣はそのままベンチに戻ってしまう。
 しかし実際には岩鬼も山田もフォースアウトではなく、山田が第3アウトになる以前に岩鬼がホームインしているため、第3アウトの置き換え(後述)をしなければならなかった。)

よって4の山田のアウトはフォースアウトでは無いため、時系列上攻撃側のホームインのほうが早かった今回のケースでは得点のほうが優先されるのである。

なお、インフィールドフライは「バントしてフライを打ち上げた場合」と「ライナーの場合」は宣告されない。
よって「2.しかし微笑のスクイズは投手・不知火守のストレートに押され小フライとなる。」の時点で無関係となる。

またこの「岩鬼のアウト」は、1イニングの4つ目のアウトであるため「第4アウト」と呼ばれ、「岩鬼をアウトにする行為」は「第3アウトの置き換え」と呼ばれる。
これも上記の通りアピールプレーであり、ボールを持った野手が戻らなければならない塁に触れ、審判員に明確にそのことを伝えなければならない。
上記の例ならば、得点を与えないようにするには「三塁ランナー(岩鬼)のリタッチ(帰塁)が正しくなかった。第3アウト(山田のアウト)をこれと置き換えたい」とボールを持った野手が審判に告げなければならなかったのである。


実際の高校野球の甲子園大会で実現


2012年の第94回全国高校野球選手権大会第6日2回戦 済々黌(せいせいこう) 対 鳴門 戦では、このエピソードとほぼ同様のプレーで済々黌が1点を入れ(つまり鳴門は1点を失った)、メディアでは「漫画の再現」と大騒ぎになった。

済々黌の攻撃で1アウト一・三塁でショートライナーで2アウトの後、
鳴門側はエンドランで飛び出した一塁ランナーを一塁でアウトで3アウトにしたが、
その3アウトの前に済々黌の三塁走者が一か八か三塁に戻らずに本塁へ駆け込み、
鳴門側はこの三塁走者をアウトにするアピール(4つ目のアウトを取り、「これを3アウト目に置き換えて欲しい」と要求する)をせずにベンチに帰ってしまったので、得点が認められている。

後に済々黌高校メンバーは「この漫画のこのプレーを知っていた」、監督は「過去にドカベンで読んでおり、練習にも取り入れた」と語っており、まさにドカベンのおかげでもぎ取った点であった。

2011年の春のセンバツ履正社高 対 九州学院高 戦でも同様のケースが発生している。
この際には実況や解説、スコアボード係が気付かなかった為主審が電話することでようやくスコアボードに得点が入った。
切り替わった際に実況解説は「フォースアウトで点は入らないはず」とコメントしており、プロでさえ知られていないレアケースであることがうかがえる。
失点となった履正社高の監督はルールを知っていてアピールをしようとベンチを出ていたのだが、指示を伝えるのが間に合わず既に内野手がファウルラインを越えていた為、アピールが無効となってしまった。
ちなみにカメラマン及びスイッチャーは知っていたらしく、スコアボードをアップで映して点が入る瞬間を今か今かと待ち構えていた。また、実況解説も審判が説明する直前で「そういえば第4アウトとアピールによるアウトの入れ替えというルールがある」と気がついていた。

その他、2009年秋の関東大会準々決勝の前橋工高 対 千葉商大付高戦でも似たケースが発生しており、
こちらも監督はルールを知っていたのだが内野手全員が既に引き上げていた為、アピールは無効となっている。
これらの事例を見るに、選手自身がルールを理解していないと、たとえ監督が理解していても指示が間に合わずにアピールが無効になる可能性が高いようだ。

逆に、守備側がアピールに成功して無失点に抑えたケースもある。
2019年夏の全国高校野球大会秋田県決勝の明桜高 対 秋田中央高では、守る秋田中央高が一死満塁での浅めのライトフライで2アウト、
ボールを2塁に送って3アウト目を取ったが、その直後に3塁ランナーをアピールプレイでアウトにした(第4アウト)。
そして第3アウトの置き換えが行われ、3塁ランナーのホームインは無効となった。

取材によると秋田中央高ではこのルールについて練習で触れており、監督が動くまでもなく、
ファウルラインを超える前に内野手らやベンチメンバーが気づいて自ら行動を起こしたとの事。


『ラストイニング』での類例


漫画『ラストイニング』27巻でもこのルールに纏わるエピソードが描かれ、

  • 1アウト二・三塁で打者が遊撃手の頭上を襲うライナー性の打球を放つ
  • 遊撃手がこれをジャンプ一番でキャッチしファインプレー(2アウト)
  • 三塁走者は勢いのままに三塁へ帰らずホームイン
  • 二塁走者は戻ろうとするも、ショートがボールを持ったまま二塁を踏み、アピールアウト(3アウト)が成立。
    (時系列的には3塁走者のホームインよりは後)

守備側がベンチに帰ろうとする間際に監督が「戻るな!三塁走者アウトのアピールをしろ!!」と気付き、その声でアピールを実施したが、
攻撃側が「もうアピールの有効期間は終わったはずだ」と抗議して長期の中断になるという展開になった。


ルール上、アピールの有効期間は
  • まだ3アウトで無い場合は次のプレーを行うまで
  • 3アウトが成立後の時は投手および内野手全員(外野手は対象外)がファウルラインを越えるまで
である。
ラストイニングのケースでは後者のタイミングを審判も失念していた(全員ファウルラインを越えたか否かしっかりとは見ていなかった)が為に発生してしまった。
最終的には一度ベンチに帰ろうとしていた行為を以てアピール権を放棄した扱いとなり、攻撃側に1点が入った。


余談


アメリカの野球ではこのルールの認知度が高いらしく、しっかりとアピールで得点を無効にするシーンも見られている。


不知火をはじめ白新ナインがこのルールを熟知しておらず*8愕然としたのは前述のとおりだが、対する明訓高校のメンバーはどうだったかというと

  • 山田⇒知っていた(本人いわく「たまたま」知っていた。また「これは(知らなくても)仕方ない」と不知火及び白新ナインを擁護していた)
  • 土井垣⇒「知らなかった」とのことだが、その割にはカラクリを事細かに解説した(ルール自体ではなく成立ケースを知らなかったという意味だろうか?)
  • 岩鬼⇒常識でありルールと審判が絶対と発言。帰塁せずホームインしたのもルールを踏まえてのものらしい(しかし滑り込んだ本塁上で山田に対し文句を言ってはいた。本気で言っていたのか、山田の走塁と同じく白新メンバーの意識を逸らすためなのかは不明。岩鬼が知ってる訳がないは禁句
  • 殿馬⇒途中で気づいた(アニメ版。つまりルール自体は知ってはいたようである。原作版は詳細な描写なし)
  • 里中⇒終始ポカンとしているのでおそらく知らなかった(アニメ版。原作版は詳細な描写はないが、「もうけた」と発言しているため知らなかった可能性が高いか)
  • 微笑⇒詳細な描写はないが、おそらくルールを熟知した上で狙ったのではなく、(不知火のファインプレーもあわせて)偶然このような事態になったと思われる。

山田も言っているが岩鬼、土井垣、里中、微笑、白新ナインが無知というよりも、認知していた山田(とアニメの殿馬)が凄いといったところか。

ちなみにこの試合をTV中継で視聴していた山田の祖父は何故かルールを理解しており、一緒に視ていた友人達に解説している。



追記・修正はアピールプレーを忘れずに実行する人がお願いします。

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最終更新:2024年04月01日 08:22

*1 フライがキャッチされてアウトになった場合、ランナーは元いた塁に一度触れなければならないというルール。リタッチと呼ばれる

*2 土井垣も「ところが問題はこの岩鬼だ。本来はこの岩鬼の走塁こそ大ボーンヘッドのはずなのだが…」と述懐している

*3 この例はあくまで「塁の踏み忘れ」であり、「塁に向かわない」という意味では無い。塁に向かわない場合は走塁放棄でアウトとなる

*4 実際、いわき東高校戦ではまたしても岩鬼がエース・緒方から先頭打者ホームランを叩き込んだにもかかわらず観客席の声援に応えるのに夢中で三塁ベースを踏み忘れるというポカをやらかし、サードのアピールによってアウトにされている。

*5 また岩鬼はプロ入り後に打順間違いをしており、対西武戦でいつもの1番でなくその日は4番に入ったための勘違いで、初回先頭打者初球本塁打も、西武伊東監督のアピールでアウトになっている

*6 今回の帰塁は「自分がアウトを免れる」のではなく、「不知火から岩鬼への意識をそらす囮になる」ことが目的だった。

*7 その間に岩鬼がホームに滑り込む。なお岩鬼のホームインより先に山田がアウトになった場合、岩鬼の得点は無効(不成立)となる。

*8 ただし、この日は異常に気温が高く、明訓VS白新の次の向ヶ丘桜VS吉良の試合で「向ヶ丘桜の選手が日射病で多数倒れて試合続行不能」という事態になっていたほどなので、延長戦突入という状況もあって、仮に知っていても判断力低下で結び付けられなかった可能性がある。