盲目の錬金術師

登録日:2014/03/10 Sun 02:07:00
更新日:2024/03/15 Fri 18:09:45
所要時間:約 6 分で読めます




盲目の錬金術師』は、荒川弘の漫画『鋼の錬金術師』の読み切り外伝作品。

2003年11月に発売された『鋼の錬金術師 パーフェクトガイドブック』のための描き下ろし。2003年版アニメとは1ヶ月しか違わないので、影響はないだろう。
後にアニメ『鋼の錬金術師FULLMETAL ALCHEMIST』のブルーレイ1巻のおまけとして映像化された。

ハガレン史上屈指の「後味の悪い話」として有名。


あらすじ

まだエルリック兄弟が「賢者の石」を探していたころ。
二人はアメストリスの名家・ハンベルガング家のお抱え錬金術師・ジュドウが、密かに人体錬成を成功させたという噂を聞き、早速その屋敷を訪れる。

登場人物

エドワード・エルリック

「そのうわさの中に、たまたま真実があったりするんでね」
お馴染み「鋼の錬金術師」。
ジュドウの噂を聞き、なんとかその秘密を聞き出そうとするが…。

アルフォンス・エルリック

「変人…」
お馴染みの鎧。
初対面のロザリーから「鎧が喋ってるわ!変人だわ!」と絡まれ、異様に懐かれる。
なんやかんやでロザリーと遊ぶことになるが…。

ジュドウ

(CV. 速水奨)
「…両の目を持っていかれましたよ。」
ハンベルガング家に長年仕える、顔に大火傷を負った「盲目の錬金術師」。
国家資格こそ持っていないが、実力は国家錬金術師に匹敵すると言われ、ハンベルガング家存亡の危機を幾度となく救ってきた。*1
3年前に死んだロザリーを人体錬成で蘇らせ、罪の証として両目を「持っていかれた」。顔の火傷はその時できたもの。
エドと同様に『真理』を見ている錬金術師となるが、錬成陣無しの手合わせ錬成ができるかは不明。
速水氏は過去、2003年版アニメのオリジナルキャラであるフランク・アーチャーを演じている。
氏はアーチャーを演じる際に原作のどこで彼が出るかを楽しみにしていたが、原作には存在しないという事に落胆していたというエピソードがあった。
そのエピソードを汲んでか汲まずか、今回は原作者の描いた物語の主要人物として起用される事になった。原作単行本には収録されてないエピソードだけど…

ロザリー

(CV.遠藤綾)
「や!! 鎧と遊ぶ!! やーーーーっ!!」
ハンベルガング家の一人娘。
3年前に何らかの原因で亡くなるが、ジュドウの人体錬成で蘇る。

夫人

(CV.寺瀬今日子)
「ロザリー、あの子が、練成の結果です」
ロザリーの母。
ジュドウの錬金術はハンベルガング家の秘術なので教えられないと突っぱねる。

主人

回想にのみ登場する男性。夫人の肩を抱いている事から夫であると思われる。
物語開始時点では登場せず、夫人が家の主人として登場するため既に故人であるか、家を出ていると考えられる。
彼の咄嗟の発言が全ての始まりだった。



※以下、救いようのないネタバレにつきスクロール































真相

ロザリーと遊んでいたアルは、あまりにもアグレッシブなロザリーに頭を引っこ抜かれ、中が空っぽであることがバレる。
大慌てするアルだったが、ロザリーは何かを察したような表情で
「あなたになら見せてもいいわ、ロザリーのひみつ」
と言い、アルを奥の部屋に案内する。

一方、アルの為にどうしても引き下がれないエドに対し、夫人は何かを諦めたように
「見てもらいたいものがあります」
と、同じくエドを奥の部屋へ案内する。



その部屋に隠されていたのは、まるで棺桶の中身のように大量のおもちゃや花に囲まれ、綺麗なドレスを着て椅子に座らされている全身がミイラ化した、ロザリーのような何かであった。

ロザリー(本物)

「これが、ジュドウの人体錬成で戻ってきたロザリーよ」
3年前の人体錬成による本当の成果。
髪の色こそ今まで接していたロザリーにそっくりだが、眼球がなく、歯も一本もなく、頭髪を除いて全身が干からびており、
刺激に反応してほんの少し身体を動かせるだけの、いわば植物人間である。
髪型でそっくりだと一瞬錯覚するが、容姿には髪以外に少女の面影はなく、両眼も落ち窪んで、よく見ると顔の輪郭も歪んでいる。
ロザリーの魂が宿っているかどうかというレベルではなく、もはや「生きている」と言えるかどうかすらわからない。

ロザリー(偽)

「うん。だから…ここにいるのが本物のロザリーだから、私は、この家の本当の子供にはなれない」
顔や声がロザリーに似ているという理由で孤児院から貰われてきた偽者の「ロザリー」。
本名はエミ
豊かな暮らしができることと引き換えに、ロザリーに成りすましている。

結論から言うと、ジュドウの人体錬成はまったくの失敗に終わっていた。
しかしジュドウは人体錬成の過程で両目を焼かれ、その後の惨劇を見ることはなかった。
そのため、ハンベルガング夫妻はジュドウのことを気遣って「人体錬成は成功した」と偽り、それが露呈しないよう偽者のロザリーを用意したのである。
夫人がロザリー(エミ)のことを「錬成の成果」ではなく「結果」と言ったのはこのためであった。

帰り際、アルは近くにいた執事にこのことを尋ねると、執事はこう答えた。
「我ら使用人全員、彼を騙しているのですよ。
 そしてこれからも、騙し続けるでしょう。
 それでみんなが、いつも通りならそれでいいのです。
 さぁ、お部屋に戻りましょう、ロザリーお嬢様



こうして、アテが外れたエルリック兄弟はハンベルガング家を後にした。

「みんないい人だね」

「ああ」







「だけどみんな救われねぇ」


考察


「第1回キャラ人気投票発表」「牛さんロングインタビュー」「カバー裏傑作選」「カワヤンコミック」など、
カオスでおちゃらけた企画を読んでいた矢先に、突然このような爆弾を放り込まれてなんとも救われねえ気持ちになった読者は少なくなかっただろう。
このエピソードには本編のような痛快な戦闘シーンは一切ない(それどころかエルリック兄弟が錬金術を使う場面すらない)ことも後味の悪さに拍車をかけている。


ご存知の通り、作品の後期で「死者の人体錬成は絶対に不可能」*2であることが示されている。

また、そもそもとしてロザリーが錬成時点で既に死亡していた関係上、彼女の魂を錬成することもまた不可能と思われるが、
アルやバリー、スライサー等の例で分かるように、人間の魂を錬成して鎧などに結び付けた場合、
結び付けられたものが例え生命体でなかったとしても、生前と同じように意思を持ち、喋り、行動することが判明しているため、
そもそもとして「ロザリー」に魂が入っているのかは不明であるが、入っていたとしてもロザリー本人どころか人間の魂ですらないと思われる。

よって、これらの設定に準じれば、ジュドウがその両目と引き換えに作った「ロザリー」は、
本当にたまたま人型に成形する事ができた肉人形でしかなく、
うまく作れてしまったがためにかろうじて生体反応が見られるだけ、もしくは、
作中でアルの魂が一瞬だけ人体錬成によって作られた肉塊の中に入ってしまったように、
その辺の虫や小動物などの魂が入り込んでしまい、アルと違ってそのまま定着してしまった、全く無意味な生物である。


また、実際にそのような摂理になっているかは不明だが、
お父様」は人体錬成を行った錬金術師が身体を持っていかれる理由として、
「人が思い上がらぬよう正しい絶望を与える」ためだと発言した。

これが真実で、ジュドウに「正しい絶望を与える」ために彼の目が奪われたのだとすれば、
人体錬成の際にジュドウが、
「お嬢様は…、私の理論は完璧だと証明されたのですか!? お嬢様は!!!」
と、ロザリーが生き返ったことよりも自身の研究が正しかったのかどうかを真っ先に気にしていることから、
「目を持っていかれた」ことで、本人は自身の研究とそれに基づく理論が正しかったのかを直接確かめることが出来ず、
さらに、良かれと思っての行為とはいえ、周囲の人間に「人体錬成は成功した」という嘘を伝えられたことで、
「一生自分の理論が間違っていたことに気付けない」というのが、彼に与えられた「正しい絶望」となる。
まさに「みんな救われねぇ」話である。

さらに言えば、ハンベルガング家には誰も悪意を持った人間は誰もおらず、
表向きには幸福そのものの家庭を築いている。なんとも遣る瀬無い。

それ以前に、眼球はそのままで視力(視神経?)だけを奪われる事になる大佐に対し、
眼球を丸ごと燃やされたジュドウは単純に哀れである。
真実を知ることができなかった彼だが、ここまでやったのだからせめて「真理」を見たことを祈りたい。


また、人体錬成を行い真理を見て生還した人間を人柱として集めているのがホムンクルスたちであるが、
人体錬成を成功させたという噂が流れているにもかかわらず、彼が狙われなかった理由も以下のように考えられる。

ジュドウはハンベルガング家お抱えの錬金術師であり、一般的に謳われる「錬金術師よ大衆のためにあれ」という信条には背いている。
国家錬金術師として資格を取らなかった為、基本的には軍上層部の人間に任せ、
積極的に人柱を探しているわけではないホムンクルス達の捜査網には入らなかったと思われる。

そして何より、「死者の人体錬成は絶対に成功しない」のに、「死者の人体錬成に成功した」と宣言する人間は、
事実を知っているホムンクルス達にとってどう見えるだろうか?
死者の人体錬成を試み、『真理』を見て生還できた人間は、自身が錬成した「肉塊」を見て失敗を悟る。
例え視覚を「持っていかれた」場合でも、周りが騙そうとしない限りは、錬成されたものが人間ではない事には気づくだろう。

つまり、「成功した」という噂が流れている、あるいは自ら宣言した錬金術師がいるという時点で、
真実を知っているホムンクルスたちからすれば「ホラ話か単なる噂であり、実際にはしていないだろう」と判断できるため、
わざわざ事実かどうか調査しには向かわなかったのだろうと考察できる。

人間に対し、強い絆に憧れて欲し揺るぎない信念を持っていると信じて疑わず
現実よりかなり美化して認識している者もいるホムンクルス達には、このように人の弱さが生んだ悲しい真相を想定するのは難しいだろう。



まったくの余談だが、パーフェクトガイドブックは全3巻出ており、それぞれ外伝漫画「師匠物語」(2)、「長い夜」(3)が掲載されている。

「師匠物語」はその名の通り、イズミのブリッグズ山修行。
「長い夜」は人体錬成直後のアルを描いている。

いずれも傑作だが、ここまで救いようのない話ではない。特に「師匠物語」に関しては完全なギャグである。

ちなみにFAのおまけOVAは全4本であり、残りは上記の師匠物語とフィギュアの購入特典であった漫画「シンプルな人々」「それもまた彼の戦場」が、エピソードを加筆されて収録されている。



「みんないいWiki篭りだね」
「ああ」






「だけどみんな追記・修正できねぇ」

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最終更新:2024年03月15日 18:09

*1 「盲目の錬金術師」は彼の二つ名ではなくただのタイトルに過ぎない

*2 錬金術において、死者は「この世に既に存在しないもの」であり、何を代価にしても死者を人体錬成することは出来ず、必ず失敗する。一方で、まだ生きている者を人体錬成によってスワンプマンのように全く同じ存在に錬成し直す事は可能。