ヒトラー 最期の12日間

登録日:2011/11/24 Thu 17:38:32
更新日:2023/09/22 Fri 06:13:06
所要時間:約 7 分で読めます






彼の敵は世界



[概要]

戦後ドイツが初めて本格的に制作した、ヒトラーと彼の第3帝国の崩壊を描いたドキュメンタリー映画。

主演はブルーノ・ガンツ、監督はオリヴァー・ヒルシュビーゲル。日本配給はギャガ・コミュニケーションズ(現:ギャガ)。

これまでタブーとされてきた「ヒトラーを人間的に描いた」ことにより、公開当時賛否両論を巻き起こした問題作。

ヒトラーを演じたブルーノ・ガンツ氏の好演もあって、ヒトラーばかりに目が奪われがちだが、
この作品の主眼はヒトラーを軸とした周囲の人間と、独裁者に自分達の運命を委ねてしまったベルリンの人々の、運命を描いた群像劇にある。

首都での市街戦という極限状態の中で、
あるものは首都を脱出し、
あるものは思考を停止し、
そしてあるものは快楽に逃げ込む。

……と様々な悲喜劇に彩られ、
この世の生き地獄と化したベルリンの様子を細部にわたって再現した傑作である。

後に未公開シーンを追加したアルティメットエディションが発売されているが、劇場公開版だけでも十分に完成された作品である。



[あらすじ]

1942年11月。
数人の女性が総統の秘書として雇用され、その中にトラウドゥル・ユンゲという女性がいた。
彼女はヒトラーに気に入られ、彼の個人秘書となる。

そして時代は下り1945年4月20日。
この日……ヒトラー56回目の誕生日の日に、ソ連軍は包囲した第3帝国の首都、ベルリンに対して総攻撃を開始する。

側近達は彼にベルリンからの脱出を進言するが、彼は最後までベルリンを離れないことを決意。
ユンゲもまた総統と共に地下壕に籠りベルリンに残ることになる……。



[登場人物]


■[総統地下壕]■


  • アドルフ・ヒトラー  演:ブルーノ・ガンツ 吹替:大塚周夫
「クズしか残るまい、
 最良の者達はすでに死んだ」

ドイツ第3帝国総統。
首都ベルリンの総統地下壕において指揮を執っていたが、追い詰められていく。

史実の時系列上、映画開始時点で既に心身症を患っている。劇中では痙攣、かんしゃく等の症状を見せている。
迫りくる破滅という過酷な現実は持病の悪化に繋がり、彼は一つの選択をすることになる……。

某サイトのせいで「カッカしてばかりの閣下」と思われがちだがそれ以外の場面もある、がだいたいあってる。私人としては非常に物静かで禁欲的、特に女性に対しては終始紳士的な態度を崩さないように見える。
かと思えば身近な人間にさえ暴言を叫んだり、女性たちが同席する食事会で突然「よりによってヒムラーが!」「最悪の裏切り行為だ!」「ヒムラーは・・・正気を失ったのか?」といった風に激高したり、次の瞬間には脱力する等、躁鬱的な揺れ動きが激しい。

特に劇中眼鏡を外してからの一連の激怒の流れは役者の迫真の演技もあって最大の見どころだろう。

命令したのに! シュタイナーに攻撃しろと
(Das war ein Befehl! Der Angriff Steiner war ein Befehl!)
私の ― 命令に背くとは けしからん その結果がこれだ
(Wer sind sie, dass Sie es wagen, sich meinen Befehlen zu widersetzen? So weit ist es also gekommen...)
陸軍の嘘つきども! 皆 嘘をつく SSもだ
(Das Militär hat mich belogen! Jeder hat mich belogen, sogar die SS!)
将軍は どいつもこいつも ― 下劣な臆病者だ
(Die gesamte Generalität ist nichts weiter als ein Haufen niederträchtiger, treuloser Feiglinge!)
臆病な裏切り者 負け犬だ
(Sie sind Feiglinge! Verräter! Versager!)
将軍どもはドイツ人のクズだ 恥さらしだ!
(Die Generalität ist das Geschmeiß des deutschen Volkes! Sie ist ohne Ehre!)
将軍とは名ばかり 士官学校で学んだのは ― ナイフとフォークの使い方だけ
(Sie nennen sich Generale, weil Sie Jahre auf Militärakademien zugebracht haben. Nur um zu lernen, wie man Messer und Gabel hält!)
いつも陸軍は 私の計画を妨げる あらゆる手を使い ― 私を邪魔し続ける
(Jahrelang hat das Militär meine Aktionen nur behindert! Es hat mir jeden erdenklichen Widerstand in den Weg gelegt!)
私もやるべきだった 将校の大粛清を スターリンのように!
(Ich hätte gut daran getan, vor Jahren alle höheren Offiziere liquidieren zu lassen, wie Stalin!)

なお、典型的な独裁者として比較されやすいスターリンも、被害妄想等の心身症持ちだった。


  • トラウドゥル・ユンゲ  演:アレクサンドラ・マリア・ララ 吹替:安藤麻吹
ヒトラーの秘書官の一人だった女性。そしてリアル本人も本作の制作に加わった。
本作の主人公の一人。
総統地下壕での物語は彼女を通して描かれることになる。

既に正気を失っていた総統地下壕の異常さに気付くも、彼女もまた正気を失っていた一人であった。


  • エヴァ・ブラウン  演:ユリアーネ・ケーラー 吹替:増子倭文江
「総統がそう言ってるからよ」

ヒトラーの愛人、後に夫人となる。
ヒトラーの事を盲信的に信じており、戦闘が続く中、地上の官邸でパーティーを開く。


  • ヨーゼフ・ゲッベルス  演:ウルリッヒ・マテス 吹替:水野龍司
「我々は強制していない。
 彼らは自ら我々を選んだ。
 自業自得だ」

ナチ党宣伝相。宣伝大臣だけあって165cmしかない身長を高く見せることに余念がない。
ヒトラーと共に地下壕に残る。
地上の惨状を知り、住民を助けるよう進言する将軍を前に冷徹に国民を切り捨てる。


  • マグダ・ゲッベルス  演:コリンナ・ハルフォーフ 吹替:寺内よりえ
「死なないでください!
 どうか私達を見捨てないでください!」

ゲッベルス夫人にして本作最大の狂人
総統とナチズムを盲信的に信棒しており「ナチと総統の死んだ世界で子供を育てたくない」とまで言い放つ。

破滅的な状況の中、彼女は自分の子供達を連れて地下壕へやってくる……。


  • ヴィルヘルム・カイテル元帥  演:ディーター・マン 吹替:益富信孝
  • アルフレート・ヨードル上級大将  演:クリスチャン・レドル 吹替:天田益男
  • ハンス・クレープス大将  演:ロルフ・カニース 吹替:坂東尚樹
  • ヴィルヘルム・ブルクドルフ大将  演:ユストゥス・フォン・ドホナーニ
「我々は総統に忠誠を誓った」

ヒトラーと共に地下壕に残った軍の高官。
某サイトのせいで「閣下に怒られてる無能」といった印象が深いが、実際には絶望的な戦況によって破滅が近いことを一番理解していた。

しかし、それを総統に進言することができず、した時には全てが手遅れになった後であった。(閣下がカッカしたのもこの時)


  • エルンスト・ギュンター・シェンク  演:クリスチャン・ベルケル 吹替:土師孝也
「SS大佐としては命令に従うが、
 国防軍の軍医としては命令を拒否します」

国防軍軍医、親衛隊大佐。
ベルリン撤退命令が出された後もベルリンに残り、地下壕においてハーゼ博士と共に負傷者の治療に当たる。

映画では善人として描かれるが、史実では強制収容所で人体実験に関与した。


  • ヘルマン・フェーゲライン  演:トーマス・クレッチマン 吹替:木下浩之
「そんなのは夢だと
 幕僚は承知だ
 たぶん総統自身も」

親衛隊中将、エヴァの妹の夫。
再三にわたりヒトラーへの首都脱出を進言するも聞き入れられず、エヴァも脱出を聞き入れなかった為、一人ベルリンを脱出しようとする。
だが逃亡罪で拘束され、かの有名なナチス式敬礼を叫びながら処刑される。


  • オットー・ギュンシェ  演:ゲッツ・オットー 吹替:風間秀郎
ヒトラーの副官。階級はSS少佐。ヒトラーの身辺警護を担当している。
ナチスドイツやヒトラーの矛盾に気が付いてた素振りもあったが、軌道修正までには至らなかった。
ヒトラーの遺言に従い、彼とエヴァの遺体をガソリンで焼却処分することとなる。
しかしガソリンは人体の焼却処分には不向きである。遺体は損壊されるに留まり、ソ連に回収された。


■[地上側]■


  • ハインリヒ・ヒムラー  演:ウルリッヒ・ネーテン 吹替:大川透
「首都が戦場か、どうせすぐに陥落だ」

親衛隊長官。
ヒトラーにベルリンからの脱出を進言するも聞き入れられず、ヒトラーを見限る。
首都に残るフェーゲラインとの別れ際に連合軍とのあいさつ(ナチ式敬礼か握手か)について相談する。


  • アルベルト・シュペーア  演:ハイノ・フェルヒ 吹替:加門良
「主演は常に舞台に」

軍需大臣。ヒトラーの側近にして友人。
ヒトラーの56歳の誕生日には新しい首都「ゲルマニア」の都市模型を前に、ベルリンに残ることを彼に進言する。

破滅が近付いた時、再びヒトラーの元に現れ彼にある告白をする。


  • ヘルムート・ヴァイトリング  演:ミヒャエル・メンドル 吹替:側見民雄
「こんなことなら
 銃殺されたほうがマシでした」

ベルリン首都防衛司令官、砲兵大将。
情報の錯綜によって逃亡罪で銃殺刑が言い渡されるが司令部に出頭後一転、ベルリン防衛司令官を任じられる。

絶望的な戦況において逃げず、しかし降伏交渉を進めることもなく、最後まで指揮を執ろうとした。
20世紀以降のドイツでは、ドイツロマン主義や自己犠牲(ゼルブストプファー Selbstopfer)、
エルベ特攻隊等の自殺戦法が尊重されており、その反映かもしれない。

  • ヴィルヘルム・モーンケ  演:アンドレ・ヘンニッケ 吹替:田中正彦
ベルリン官庁街防衛司令官、SS少将。
官庁街の防衛指揮を任されるが、国民突撃大隊など防衛部隊の悲惨な実情に愕然とする。


  • 少年
ベルリン市街戦に参加したヒトラーユーゲントの少年兵。
戦車を撃破したことで総統から直々に勲章を授与される。

父親の忠告を無視して戦場に向かうが、そこで戦争の現実を目の当たりにし、最後に父親の元に戻る。

彼と父親とのやり取りは本作の数少ない感動シーンである。


  • ワシーリー・チュイコフ  演:アレクサンドル・スラスチン 吹替:大川透
「貴官が私の立場であったら
 このような条件を呑むかね?」

ソ連軍第8親衛軍司令官。
ベルリン陥落直前になって停戦を申し入れてきたクレープスの申し入れを一蹴する。

未公開シーンでは予想外の軍使に戸惑い、その場にいた部下にありったけの勲章をつけさせ、邪魔な部下は部屋にあったクローゼットに押し込んで体裁を繕う、というソ連ならではの珍事が描かれていた。

因みに中の人はリアル軍人。

それもあってかクレープスとの対談シーンはプレッシャーとオーラがヤバいことになっている。



[余談]


  • ロケの場所とロシア
本作のロケはロシアのサンクトペテルブルグで行われ、ロシア人が多く出演している。
かつて敵国同士だった国の人々が、ドイツによって包囲された街で、包囲された第3帝国の首都を舞台にした映画を協力して作る姿は、時代の流れを感じさせる。


  • ヒトラーの精神
ヒトラーが絵空事のような事を会議で叫び、狂った独裁者として描かれていることは珍しくない。
そのようなお約束に対して本作が一味違うのは、
救援が来ることを自分に言い聞かせるヒトラーの場面だろう。
ヴェンクは来るとも ヴェンクは来る
(Wenck wird kommen.Wenck wird kommen.)
これだけを見ると、ヒトラーに理性が残っていて、軍事戦略を考えていたかのように見える。しかしこの救援部隊は、側近がヒトラーの機嫌を損ねないために歪曲した報告情報の産物である。同時に、ヒトラーの願望と現実が混濁した発想でもあった。

むしろ攻撃能力を問い合わせねば
(Macht es die Gesamtlage wahrscheinlich, dass Wenck noch eingreifen kann?)

ヴェンク軍は消耗してる 攻撃は無理だ
(Es ist unwahrscheinlich, dass Wenck mit seinen wenigen Truppen der Roten Armee...)

無理とは何だ
(Wieso stellen Sie so eine Behauptung auf?)

ソ連軍に対抗は不可能
(Er ist der Roten Armee völlig unterlegen!)

分かってるなら なぜ総統に言わん
(Dann sagen Sie das doch dem Führer! Sind hier denn alle verrückt geworden?)

ご存知だよ だが降伏はない
(Glauben Sie, der Führer weiß das nicht? Aber er kapituliert nicht! Wir auch nicht!)
降伏の屈辱は一度でたくさんだ!
(Ich hab das einmal mitgemacht. Das reicht!)

もう行くぞ
(Kommen Sie. Ich muss hier raus!)

思考の前提が非合理的信念のまま、近代的な軍事技術を使って生き残ろうと模索するナチスドイツの描写は、枢軸国の縮図とも言える。


  • 市民と兵士
ベルリン市内では一方で市民が戦火に倒れ、もう一方では兵士が娼婦と乱痴気騒ぎをしているという当時の異常さが描かれている。


  • パロディ
ヒトラーが現代にタイムスリップしてきたという設定の小説『帰ってきたヒトラー』の映画版では、
自分を演じて来た役者を映画のシーン込みでヒトラーが思い返すシーンで一瞬この映画のカットが出てくる他、
下記の動画サイトにおける扱いを鑑みてか、一番投稿動画で使われているシーンをパロディした場面が存在する。
また、同じくナチスを扱ったSFコメディ映画「アイアン・スカイ」でも同シーンのパロディがある。ちなみにどちらもヒトラーではなく別人が行っているという共通点があったり。*1


動画サイトでは








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最終更新:2023年09月22日 06:13

*1 しかも後者に至っては、震えながら眼鏡を外すシーンのパロディをやらせるためだけにわざわざそのシーンでだけ眼鏡を掛けさせている。