西村健太朗

登録日:2012/10/27 Sat 02:19:16
更新日:2024/02/21 Wed 07:07:28
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ひぐらしのなく頃に解は第一期アニメ・ゲーム・漫画、全てファンなので選びました」

西村健太朗とは、アニオタ兼読売ジャイアンツに所属していた元プロ野球選手(投手)である。広島県安芸郡出身。
1985年5月10日生(年齢は38歳)
背番号は23→30→35
右投右打

【プロ入り前】
高校時代からその才能は高く評価されており、広陵高校では1年秋からエースをはっており4季連続甲子園出場をはたしている。
3年春には横浜高校を破り全国制覇。
甲子園で通算9勝することとなった。
2003年にドラフト2順目で巨人に指名され右の本格派エースとして期待され入団した。


【プロ入り後】
初めの数年はプロの洗礼を味わうこととなる。
1年目から1軍初登板するも6失点と打ち込まれてKO。
2年目は二軍ぐらしと苦い経験をしている。
これは西村はストレートが速く、切れ味の良いシュートボールを持っていたが空振りをとれる球、決め球というものがなかったためと言われている。
3年目からは才能が徐々に開花。
先発・中継ぎどちらでもいける便利屋要員として出場機会が増える。
2007,2008年には上原浩治からフォークを、2008年には西武の岸孝之からカーブを教わるなど自身のプレイスタイルに幅を持たせるようになる。
しかし、登板が増えたことにより疲労が蓄積したのか、2008年中盤に右肩痛を発症。
2009年には右ひじの違和感により5月に二軍落ちする等、調子が上がりかけたところで…ということが重なる。
本人が先発にこだわっていたということもパッとした成績が残せない要因だったのかもしれない。

しかし、転機はやってくる。


【現在の西村健太朗】
2011,2012年と一年間一軍に帯同しフル回転。
2011年は開幕リリーバーとして登録されたものの後半戦はローテーションの一角になり自身最多の7勝をマーク。
最終成績は防御率1.82で7勝5敗4ホールドと素晴らしい成績を収めることとなる。
契約更改の席で「初めて1年間1軍にいて、充実した1年だった」と振り返るシーズンに。
2012年はリリーフに専念。
前年の抑え久保裕也が故障したことにより抑えを託されることとなる。
6月末からはスコット・マシソンがクローザーになったことで一時セットアッパーに配置転換されるが、オールスター明けにマシソンが離脱したことで再び抑えに。
そして優勝へのマジック1で迎えた9月21日のヤクルト戦では30セーブ目を挙げると同時に胴上げ投手となった。
シーズン最終成績は防御率1.14で3勝2敗12ホールド32セーブ。
28試合連続無失点記録も打ち立てた。
2013年は巨人の黄金の抑えパターン・通称「スコット鉄太朗」の締めとなるクローザーとして完全に開花。わずか一本しか本塁打を許さず、防御率1.13で4勝3敗10ホールドに球団記録の42セーブを記録して最多セーブ王に輝いた。
オールスターにも監督選抜として初出場。第一戦、第三戦の最終投手を危なげなく勤めた。
2014年は序盤こそよかったが徐々に調子を落としてクローザーの役目をマシソンに明け渡してしまい、中継ぎとして働く。
「スコット鉄太朗」の中では最小の登板数にとどまり、防御率2.98で4勝4敗16ホールド6セーブで終わった。
阪神とのクライマックスシリーズでは第2~第4戦に登板。第2戦のみクローザー。自責こそ付かなかったが安打と四球も目立ち、3戦目には代打福留に同点タイムリーを撃たれてしまった。
2015年は前年から久々の先発指示を受けて練習していたがシーズン前のマシソンの好不調やその他投手の起用に振り回されることになる。
結局クローザーとして開幕2戦目に登板することになるも、筒香嘉智に本塁打を打たれる。
2軍落ちしてまた先発の練習をしていたが5月の打球顔面直撃以降毎月のようにけがで離脱した挙句、右ひじの手術をする羽目に。
一軍登板は前述の1イニング1失点のみであった。
2016年は3軍から這い上がって復帰するもののビハインド時の起用ばかりで27試合2ホールドにとどまる。
2017年は調整が遅れて6月まで一軍登板はなかった。
復帰以降は山口、森福らの不調にともない勝ちパターンの7回リリーフとして活躍。
前半は9試合連続無失点を記録するなど好調。後半は疲れもあるのか打ち込まれる試合も目立ってしまった。
最終的には防御率3.56、45試合2敗10ホールド。
2018年は2軍戦での脱臼が響いて初の一軍登板ゼロ。
10月3日に引退を発表した。

以降はジャイアンツアカデミーのコーチや解説者として活動していく模様。

【プレースタイル】
前述もしたが最速153km/hの速球と平均球速143km/hの高速シュートを軸に内外角を抉って打たせて取るピッチングをするいわゆるシュートボーラー。
コントロールもそこそこよく、大きな怪我もなく連投も効くためブルペンの台所事情に合わせて使うことができる便利屋として扱われることが多い。
登板しない期間が長くなると打たれやすくなる。
本人の曰く「登板日程が開き過ぎると肩が軽くなりすぎて逆に調子が出ない体質」だとか。
前述もしたが、プロ入り後はこれといった決め球はなかったが、フォークで空振りを取ることができるようになったためピッチングの幅は大きくなっているといえる。


【その他情報】
見た目は愛称の「フランケン」(フランケンシュタインに似ているため)から想像がつくかもしれないが残念ながら顔はお世辞にもイケメンとはいえない。(鼻から上はイケメン。坂口憲二とか言われている)
ファンも女性ファンよりは男性ファンの方が多い様子。

そして、そんな彼の大きな特徴は…


ア ニ オ タ

ということである。
しかも筋金入りである。
どれぐらいアニオタかというと2008,2009年の2回このアニメがすごい!に登場しちゃうほど。

2008年のランキングは
1.ひぐらしのなく頃に解
2.機動戦士ガンダムSEED機動戦士ガンダムSEED DESTINYファンディスク及びOVA
3.さよなら絶望先生(久米田ファンだったらしい)
4.らき☆すた(原作は私立T女子学園の個人ヒットだそうな)
5.School Days

2009年のランキングは
1.カオスヘッド
2.地獄少女 三鼎
3.シブコミ
4.CLANNAD AFTER STORY
5.ケメコデラックス!

冒頭の台詞は2008年の記事の中のもの。
オタク趣味にハマってしまったのは奥さんがガチオタだからその影響のせいだとか。
(最も後年某匿名掲示板に降臨した高校のチームメイトが語るところによれば、高校時代から寮でアニメを視聴する姿を度々目撃されていたようだが……)
そんなわけで立派なヲタ夫婦。
アニメ好きすぎて、選手登場曲にアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の主題歌「ハレ晴レユカイ」を希望したが実現しなかったのは有名なお話。
(さすがに球団側も許可できないだろ…)
今でもバスの移動時間はラノベを読んでいるとかいないとか。

ハルヒからガンダムまで守備範囲は広い模様…

ちなみにBLEACHの作者である久保帯人は中学の先輩
なん・・・だと…?


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最終更新:2024年02月21日 07:07