クレバーハンス現象

登録日:2013/10/05 (土) 08:18:27
更新日:2023/06/24 Sat 23:17:33
所要時間:約 4 分で読めます




19世紀終わり頃、ドイツに一頭の「ハンス」がいた。



なんとこのハンスは、馬のくせに計算ができたのである。

いや計算だけではない。蹄を鳴らす回数でドイツ語の読み書きや音階までわかったというのだ。



例えば飼い主が

「5+4=?」

と問題を出すと「9!」……などと叫ぶことはできないので、代わりに蹄を9回叩くしぐさをした。

もちろん、問題を変えてもしっかり蹄を叩く回数が正解になる。

計算のできる馬!! ということで、ハンスは一気に有名人もとい有名馬になった。





以下、ネタバレ







もちろん馬にそんな計算なんか出来る訳がない。
そもそも5+4の意味だって分かっている訳がない。





???:「トリックですよ、問題を出した飼い主がトリックを使っているのです」



と思うだろう。



???:「おかしい。出題者を飼い主から変えた時は答えを出し続けることができた。飼い主がトリックを使っているなんて考えられない……」



そう、試しに実験をしたところ、飼い主以外に問題を出させても、正確な答えを出すことが出来たのだ。
飼い主が合図やトリックを使って教えていたのであれば、別人の出題に正しく答えられる訳がない。







真相

確かに飼い主は変なトリックを使っていたわけではなかった

ハンスに凄い能力があった事も間違いない。



ネクストコナンズヒーントッ!!

「表情」

















馬は飼い主の顔を見ることができるのである。

蹄を叩きながら、答えの所まで叩くと、飼い主の顔が変わる。ハンスはそれを見逃さなかったのだ。

飼い主の顔が変わったのは別にトリックでもなんでもなく、
ただ単にいい結果になりそうという事に対する緊張と喜びの感情である。




飼い主「そろそろ答えが近いぞ……」


飼い主「あと一つあと一つ」


飼い主「正しい数まで叩いたぞ! これ以上叩くなよ……」


ハンス「飼い主の表情が変わった。ここで止めたら喜んでくれるのかな? 止めよう」


飼い主「9回叩いて止まった!! おお、こいつは計算ができるぞ!!」



それが証拠に、出題者を飼い主から変えても問題に答えられていたハンスが、
問題を出した途端出題者がいなくなったり、出題者にも答えが分からなそうな問題を出すと、ハンスはほとんど正解を出せなくなってしまった
という。



このことが明らかになってもハンスは人気者であったらしいが。


このハンスに因んで、人間の表情や意向をうかがって、
その通りにしようとする動物の行動を「クレバーハンス現象」というようになったのである。




さて近年の日本に話題を移そう。



平成13年9月22日、大阪高等裁判所で、ある1件の裁判が開かれた。

被告人の容疑は時限発火装置を用いた連続放火事件



被害現場に残された遺留品から、被告人の臭いが出たぞ!! と判断したのは警察犬アルノ・オブ・ベローブロニー号(ゴールデン・レトリーバー犬、以下アルノ号)。

検察は、このアルノ号が反応したという証拠から、
遺留品は被告人のものであり、被告人が犯人に違いないと主張した
のだ。
ちなみに、被告人が犯人であるという証拠はアルノ号の反応以外にはなかったが、代わりに実験結果を信じるなら被告人が犯人とする証拠としてはほぼ完璧だった。


「犯人はお前だ!!」



しかし、弁護人は激しく争った。



「アルノ号は本当にまともに機能していたのでしょうか?」



これに対して大阪高等裁判所の判決は……、

「被告人は無罪。警察犬アルノ号は信用ならない」



実は一審の京都地裁でも同じように無罪だったが



なぜだ!! 犬の臭気は人間の何百万倍にもなっているんだ、信用できない訳がないじゃないか!!



裁判所

「アルノ号の指導手は何度も何度も同じ臭いを嗅がせて、アルノ号にこの臭いを覚えさせていました。

この臭いがあればいいな、という指導手の期待に添うように活動していたクレバーハンス現象の疑いが強く残っています

元々犬は飼い主に従順で言うことを何でも聞く動物です。

疑わしきは罰せずである以上、被告人は無罪です」



つまり、

アルノ号「また同じ臭いを嗅がせている……と言うことは、この臭いがあるということなら、指導手は喜んでくれるのかな?

(また臭いを嗅がされて)ここでこう反応すれば指導手は喜んでくれるワンワン!!



という反応だった恐れがあったのだ。

ハンスの時は、出題した飼い主には事前に答えが分かっていた。
ところが、裁判では答えが事前に分かっている訳ではないし、
犬は喋れないので、指導手が喜んでくれるから吠えたのか、臭いが感知できたから吠えたのか分からない

特に警察犬は、指導手の言うことにきっちり従うようにみっちり仕込まれている。

指導手が間違った答えを覚えていれば、
あるいは指導手が予断や偏見を持っていれば、それは警察犬にも伝染してしまうのだ。

ちなみに、裁判所では念のため、アルノ号が本当に「同じ匂いのする試料を選んでいるのか」検証するために再度実験をさせている。
アルノ号の指導手にも答えが予想できないように問題を作り、「臭いの強いものを持ってくる」ことがないように臭いの強さも同じ程度にし、「前の匂いと同じものを持ってくる」ということがないように試料も適宜交換し、場合によっては正答がない場合もあるという非常に厳格なテストである。
そうすると、アルノ号の臭気選別はでたらめな回答ばかりになってしまった。

こうして裁判所は、アルノ号の臭気選別は信用できないものと判断。
実験までして全然ダメという烙印を押されては検察も打つ手がなく、検察は上告を諦めてこの判決は大阪高裁で確定した。

もちろん、アルノ号には何一つ落ち度はない。指導手の考えを伺うのは、犬の生態として当たり前のことである。
だが、だからこそ指導手はクレバーハンス現象に注意してアルノ号を使わなければならなかった。
それを怠った警察犬の不適切な使用が、放火のような重大犯罪で冤罪を生んでしまったのである。





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最終更新:2023年06月24日 23:17