戦列歩兵

登録日:2011/02/06(日) 14:11:53
更新日:2024/04/11 Thu 11:14:56
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戦列歩兵(Line Infantry)

17世紀や18世紀を舞台とした戦場が描かれた映画などを観たことがあるだろうか?

きらびやかな制服を纏った兵隊達が、隊列を組み、太鼓や軍楽に合わせて行進するシーンを。
例え至近に榴弾が降ってきても、大砲から放たれた弾丸が仲間を吹き飛ばしたとしても、
彼らは隊列を維持したまま歩き続ける。
そして敵の隊列が眼と鼻の先に見えてきたとき、士官の号令の下に同じ目標へ一斉に銃火を放つ。

イメージ出来ただろうか?
こういった昔の戦争における主役が戦列歩兵である。




戦列歩兵とは、17世紀から欧州を中心として運用された歩兵の形態である。

概要

戦列歩兵はマスケットを主兵装とし1部隊150~200人ほどの兵隊たちが3~4列横隊になって戦列を成し、敵に火力を投射する歩兵のことである。
戦列歩兵は砲兵などの支援を受けつつ戦列を組みながら密集隊形で接近、号令と共に一斉射撃を行う。
これを繰り返しつつ接近を続け、敵陣が崩れたところで銃剣・騎兵突撃などによる近接戦闘で敵軍を粉砕することが基本戦術。
登場後欧州を中心に大きく広まり、当時の戦争は戦列歩兵VS戦列歩兵というのが基本であった。

戦列歩兵の戦術

構成部隊が彼我で変わらないとしたら、勝敗を決したのは単純に数なのだろうか?

実はそうではない。兵や装備の質、投入兵力が変わらない軍隊同士が戦場で会敵した場合を考えてみる。

  • 地形
これは戦列歩兵以外のどんな戦闘にも言えることだが、地形を上手く利用すれば被害を抑えることが可能である。
自分が相手よりも高地にいれば、銃剣突撃の際に突撃力が増すだろう。
また偵察能力が低い当時は、たとえ小高い丘一つでも完全な死角になる。このような場所に置かれた伏兵が戦局を左右する場合も多々あった。


  • 陣形
陣形は非常に重要であり、部隊の火力投射力と防御面に直結する。
横に長い隊列であれば、射撃に参加する兵士が多くなり正面火力が上昇する。
ただしあまりに拡げすぎた隊列は騎兵や歩兵の突撃で分断され、散り散りにされ撃破されやすい危険性もある。
逆に密集した方陣は高い火力・防御を持つが機動力が皆無で砲撃に弱い。
なので、そこらへんの匙加減は軍の運用思想や戦況により変化する。


  • 他兵科による支援
会敵から交戦距離に至るまでに、戦列歩兵は砲兵の支援を(もしくは洗礼を)受けるだろう。
交戦距離に至る前に効果的な砲撃を加えることで敵の士気を下げ、隊列の崩壊を早めることが可能となる。
さらに隙を見て騎兵を突入させれば敵は混乱して壊走し、追撃により戦果拡張ができる。


見合ってまっすぐ進むことしかしないと思われがちな戦列歩兵だが、実際は陣形を維持しつつ挟撃といった機動戦じみた運用も行われたことがあり、騎兵と連携した運用も行われている。
要するに戦場の指揮官の采配が勝敗に強く影響した時代であり、言うなれば“采配の芸術”の時代なのだ。


よくある疑問


<なぜ身を隠さずに狙ってくださいとばかりに堂々と行進するのか?>

近現代の戦場においては、細分化された部隊が相互に連携しながら、敵の射線を回避するため遮蔽物に隠れながら戦闘するのが一般的である。
これは市街地戦でなくとも、例えば平原においてさえ、ただ突っ立っているよりも身体を屈めた方が被弾率が低くなる。
集団でまとまるより散開したほうがいいに決まっている。

しかし、戦列歩兵が活躍した近世においてはそれが不可能に近かったのだ。

  • 銃の性能が現代とはまるで違う。
戦列歩兵が主兵装としたマスケットと呼ばれる先込め銃は滑腔砲、つまりただの筒であった。今日の銃身に旋条(螺旋状の溝)が施された銃(ライフル)は製造も難しく一般的では無かった。
よって銃の命中率なんて50m先に当たるか当たらないかのレベルであり、散兵して個人が思い思いに目標を狙っても当たりはしなかった。
つまり集団で火線を張らなければ敵に打撃を与えられず、それは敵においても同じことが言えたから必然的に戦列同士の撃ち合いになった。
「敵の黒目が見えるまで発砲するな」という教練があったことから、どれだけ近接していたかがわかるだろう。
弾薬面でも当然マガジンなんてものは無く単発式な上、装填に無茶苦茶時間がかかるため連射性能は皆無。
先に撃つと装填中に距離を詰められる分不利であり、戦列歩兵同士の戦いは現代人から「チキンレース」と称されることも。
実際「相手の士官を煽って先に撃たせる」という戦法が取られた記録も残っている。
また先込め式ということから伏せたまま再装填が出来なかっため伏せて撃ち続けるということも出来なかった。

  • 兵の質が悪かった
職業軍人というものは長きに渡る訓練を要し、平時は特別なにか生産するわけでもなく引退も早い。それを大量に抱えておくことは国家財政を破綻させる。
なので当時は職業軍人はあまりおらず、有事には仕方なくそこらへんの平民を徴兵することが一般的であった。
しかし、当時の社会では読み書きすら出来ない平民層は珍しくない。欧州の場合、使っている言語から違うこともある。
前科者や浮浪者のような育ちの悪い人物も、大量に兵になっていた。
戦列歩兵とは、そんな平民でも簡単な訓練と量産可能な装備、少人数の指揮官の簡単な指示のみで戦力になる戦い方だった。
更に兵役逃れや脱走などが横行しており、そんな奴らに散兵させたら途端に戦場から逃げ出したり、さっさと敵に降参してこちらに銃を向けてくるリスクさえあった。
当時は愛国心という考え方自体がほとんどなかった上、いくら愛国心があっても命が惜しくなってしまうのはどうしようもない。
よって集団で行動させて味方に味方を監視させざるを得なかったのだ。

  • 騎兵の脅威があった
火器の普及で騎士階級は廃れたが、騎兵はその突撃力においてなお戦場で恐れられていた。
そもそも火器で歩兵が騎兵を駆逐したのではなく、陣形やパイクなどの対抗手段が開発されたために騎兵無双の機会が減っただけである。
初期は護衛のパイク(長槍)兵、銃剣発明後は銃剣による迎撃が行われていたが、いずれにせよ歩兵が騎兵に対抗するには何を差し置いても密集して槍衾を張ることこそが重要であった。
散らばった歩兵など騎兵の良い餌になってしまうのだ。


<なぜ目立つド派手な衣装を着ているのか?>

この時代の制服が派手なのは、自軍と敵軍の識別を容易にして同士討ちを防ぐためである。
というのも当時の火薬は黒色火薬というもので発砲煙が無茶苦茶多い。しかも大量の人員が同時に発砲するために戦場が瞬く間に煙に覆われてしまうので、あっという間に戦場は真っ白。
その中で騎兵突撃、銃剣突撃といった近接戦闘は多かったのである。
あと敵を威圧するという意味合いもあると言えばある。


<なぜ軽装の服を着ているのか?鎧などの防具は無いのか?>

マスケットは命中率はカスだが並の鎧を撃ち抜く程度には威力が高かった。そのため付けてもほとんど意味が無かったのである。
また戦列での行軍において鎧の機動力低下も無視できるものではなかったため、鎧を装備しないことが一般的となった。
盾に関しても基本的に両手持ちのマスケットの運用に支障が出るため装備されなかった。
この辺は現代戦の歩兵も同じような思想と言えるかもしれない。


<なぜ弓などを使わなかったのか?>

速射性や命中精度ではのほうが当時のマスケットよりも格段に上であったが、それを戦場で発揮するには訓練に多くの時間を費やさなければならなかった。
大量の人員を長く訓練する財政的余裕は各国にはなかったのだ。
一方で兵士を短期間に訓練して簡単な命令に従える即戦力とするのにうってつけの銃兵は、兵士の大量動員を可能とした。
よって早く安く兵数を揃えられる戦列歩兵は近世ヨーロッパの主役になったのだ。



とまぁこういった理由で歩兵たちは戦列を組まざるを得なかった。

現代のような戦い方は、
  • 銃の性能の進歩
  • 散らばっていても兵を一元的に運用できる通信の進歩
  • 散らばっていても逃げ出さない兵の質
  • 複雑な命令を解せる教育水準
  • 複雑な命令を遂行できるほど高度な訓練を行える職業軍人
  • そのような職業軍人を養うことが可能なだけの財政的余裕
などなど、そもそも同じ歩兵でも前提条件が全く違うのだ。


著名な戦列歩兵


大英帝国戦列歩兵

真っ赤に染められたコートを着用していたことから「レッドコート」の異名で呼ばれた大英帝国の戦列歩兵。その威容はまさに冒頭の如く「きらびやかな制服を着て~」と形容するにふさわしい。
他国の軍が保有する戦列歩兵に比べ数は少ないものの訓練度が圧倒的に高く、世界各地で「日が沈まない帝国」の支配を支え続けた精兵である。

ちなみにその強さの秘密は大英帝国の「経済力」にある。
大量の銃器・火打石・火薬・銃弾を湯水のごとく消費する戦列歩兵のコストというのは決して安いものではなく、実弾を使用するのは実戦の時だけ、などという国も決して少なくなかった。
よって訓練時には兵士たちの「どーん!」「ばーん!」などといった擬音が銃弾の代わりとされ、また兵士が落としたり盗んだりしないように火打石も木片で代用するなど、徹底してコストが抑えられていた。

それに対しイギリスはその潤沢な予算によって常に実弾訓練を可能としていたため、練度という面で他国に比べ決定的な優位性があった。
他国の戦列歩兵が3列横隊(先頭が射撃する列、その次が射撃準備列、最後が再装填の列)を組んで戦っている時に、レッドコートの精鋭は2列(1列目で射撃、2列目で再装填・射撃準備)で同じ発射速度を維持することができたほどである。
このため同じ兵力でも敵に対して1.5倍の火力を投射することが可能であり、少数であっても他国の戦列歩兵と互角以上に戦うことができたのである。


大陸軍フュジリエ

ナポレオンが新編した帝政フランスの軍隊である「大陸軍」の主力を担った戦列歩兵。戦列歩兵の中でも最後期に近い時期のものである。
大陸軍の基本戦術として「攻撃はまあ(精鋭部隊や騎兵・砲兵が担当するので)そこそこでいいから、とりあえずお前らは急いで動いて配置につけ」というドクトリンがあり、戦列を組んで維持することより行軍速度を重視していたのが特徴。

実際大陸軍フュジリエは他国の1.5倍にも達する行軍速度を実現しており、彼らを用いた迅速な部隊移動と戦線構築は、ナポレオンの戦術を根底から支えた要素でもあった。
またフランス革命を経て近代的な愛国心が既に生まれ始めていた時代でもあり、「部隊をある程度分けても行動可能」「統制射撃よりも個々の判断による射撃を行う」など、近代の散兵戦術に繋がる戦法の萌芽も見られる。

あと軍服の頭のポンポンが実に恥ずかしい。


ロシア帝国陸軍戦列歩兵

当時のロシア帝国ははっきりいって発展途上国であり、その戦列歩兵もかなりみすぼらしいものだった。昔から騎兵が強力な国であり、そちらに力を入れていたというのも大きい。
特に銃・火薬が低質で命中精度が悪く、当然ながら訓練もいきとどいてはいなかったため、肝心の戦列歩兵同士の射撃戦において他国の軍隊に劣る傾向が強かった。

このためロシアの戦列歩兵は火力を補おうとして銃剣による白兵突撃に頼る傾向が多く、大きな戦果を上げることもあったが、だいたいは悲惨な結果に終わった。まあ兵士は畑で取れるもんね。


スウェーデン陸軍

ヴァイキングが作った高度な軍事国家として知られていたスウェーデンは、軍事面においてヨーロッパの最先端を走り続けていた国家であり、当然戦列歩兵にも力を入れていた。
スウェーデン戦列歩兵の最大の特長はその徹底した訓練による練度の高さであり、かのレッドコートにも匹敵、あるいはそれを上回っていたともされる。

スウェーデン陸軍は基本的に白兵戦、というより接近戦を重視する傾向が強い。と言ってもロシアのように「消去法でしょうがなく」等と言った理由によるものではなく、明確な戦術ドクトリンに基づいた高度な近接戦闘である。
スウェーデン戦列歩兵は他国の戦列歩兵に比べ、思いっきり近距離まで踏み込んで発砲を始めることを可能としており、「静かなる軍隊」と称された沈黙の前進と相まって、とてつもない制圧力と圧迫力を持っていた。
また好機と見れば弾幕を煙幕として一気に突撃して敵の戦列を突破する戦術も得意としており、このためスウェーデン陸軍はかなり後の方になるまでパイク兵を戦列に組み込んでいたのも特徴。

戦列歩兵の終焉

銃の登場によって生まれた銃兵の運用形態として一世を風靡した戦列歩兵だったが、その戦列歩兵を消し去ったのもまた銃であった。
19世紀にもなるとミニエー弾の発明による銃の射程・命中精度の増加、ドライゼ銃に端を発する後装式銃器の登場、ガトリング砲のような連射式銃器etc.とまぁこれらによって「派手な服」で「堂々と歩い」て「密集陣形」の戦列歩兵はただの良い的になっていく。
そうして次第に戦列歩兵の運用は廃れていき、だんだんと現代に連なる「地味な服」で「物陰に隠れ」ながら「少人数で相互に連携し」つつ戦うという戦術が主流となっていくこととなる。


創作における戦列歩兵

戦列歩兵が装備したマスケットと銃剣は、今日の厨二と定評がある創作物でもお馴染みのものが多い。
例えばマスケットなんかは、ごく最近アニメ作品で人外相手に一人戦列歩兵と化した魔法少女がいたり、既に銃剣の代名詞ともなったヴァチカンの神父様だったりがいる。
ただこれらはあくまでマスケットであり、戦列歩兵そのものが登場したり主体となるアニメ作品はあまりない。

  • Holdfast: Nations At War
Steamで発売されている戦列歩兵マルチ対戦FPS・TPS。
基本的な操作などはFPS・TPSのそれなのだがマスケットのクソ命中率&クソ長リロードが再現されており、一般的な撃ち合いの感覚ではまず当たらない。
ではどうするかというと戦列を組んでの同時射撃が有効となっているという戦列歩兵ファン垂涎物の作品。
士官役プレイヤーのボイスチャット指示で味方が行進、射撃位置につけば陣形を組んで号令と共に一斉に発砲するのはまさしくロマンである。
一般的なマスケット兵以外にも味方に範囲バフを与える軍楽隊も選ぶことが出来る。選んだからには戦場の真ん中で死ぬまで演奏し続けることを強いられる。


余談

ここまで読んだ方は、戦列歩兵が何かに似ていることに気付くだろう。


そう、である。


号令一下で集団行動する彼らはまさしくピクミンである。


引っこ抜かれて~(徴兵)、戦って~(戦闘)、食べられて~(戦死)

このフレーズは明らかに戦列歩兵のことにしか思えない。
各国ごとに色とりどりの制服を来ているとことか特にね!


大軍が織り成す戦場音楽が好きな人は追記・修正をお願いします。

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最終更新:2024年04月11日 11:14