錬金術

登録日:2011/07/26 Tue 22:48:45
更新日:2024/03/03 Sun 09:28:01
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錬金術(れんきんじゅつ・英名alchemy)とは、およそ紀元前3〜4世紀から現17〜18世紀にかけて栄えていた学術。
名前の由来は古代アラビア語の「alkimia」で、直訳で「エジプトの技術」(alは冠詞、kimiaがエジプトを指す)。
昨今、魔法染みた扱いをされることもあるが、(魔法の定義自体が曖昧なことを考慮しても)本来の錬金術はあくまで学術・技術であった。


【錬金術とは何か】

まず代名詞的な存在なのが「黄金変成」、則ち「黄金を作り出すこと」である。
これは元になる非金属・卑金属を変容させ金を生み出すということだが、なぜ「金」であるのかは後述。

古代において、あらゆる「技術」は神のものであった。
特にここでは産業における加工技術というものが重要である。

金属を変形させることや布を染めることは、神が人間に授けた「創造物を変化させる技術」であり、便宜上これを「二次的技術」とする。
錬金術では「物質そのものを創造する」という「一次的技術」を手に入れることによって、人間を神に近いものとするねらいがある。
生殖を行わずに生み出される生物、「ホムンクルス」や「合成生物(キメラ)」は、正に生物を創造するという神の行いの模倣であった。

要は錬金術とは「黄金を作り出すこと」自体は目標と言うよりは過程に近く、
真の目的は生命の根元たる「生命のエリクシール」を得ること、つまりありていに言えば『不老不死』の達成である。


【錬金術は不完全なものを完全なものに変える】

「金」は古来よりその希少性以上に神秘的な性質を孕んでいる。
酸化に強い抵抗を持ち永劫に輝き続けるこの金属は、人にとって不死の象徴であると同時に「完全な金属」と呼べるものだった。
また、人は病に侵されることがあるが、これは人体が不完全なものであるからだ。

そこで登場するのが、万能薬たる「エリクシル」である。

ただし、これはエリクシルが「不完全なものを完全なものに変える」という効果を持っているので、
人間を病や老いから解放された「完全な」存在に変成させ結果的に病を治癒する副次効果に過ぎない。

17世紀頃になると、この目的の対象は「宇宙」や「社会」にまで広がっていく。

なお「黄金を錬成する」という部分から、不正または常識から逸脱した手段で金銭的利益を得ることの比喩表現としても使われる。


【人間を神のような存在に変える】

冒頭での「一次的技術」の獲得の他に、上記の達成を以って一応は神の能力の獲得とされる。
しかし忘れてはならないのが、霊的概念である。

肉体に縛られ「欲」や「原罪」等によって苦しめられている我々の魂は不完全なものであり、
それから解放されることで人間は神と同等の世界に立てるのだ。


【第一質料と四大元素】

錬金術では、この世界のあまねく全てのものが「第一質料」という基本から成り立っている。
「第一質料」が「湿」の属性を持つことで「」という四大元素のいずれかに姿を変えるという考え方だ。
つまり、


第一質料 + + =
第一質料 + + 湿 =
第一質料 + + =
第一質料 + + 湿 =


という構成である。
第一質料はいかなる物質にも共通して不変であるので、属性の操作によって任意の元素を導くことができる。
則ち、


- + 湿 =第一質料 + + 湿 =

- + =第一質料 + + =


これが万物を黄金に変えるという理論の基礎になっている。
また、あらゆる属性を第一質料と結び付ける働きを持つものを第五元素「プネウマ」もしくは「エーテル」等と呼ぶ。

これは所謂物質に宿る「気」や「精」のようなもので、これを操ることができれば物質を自在に作り替えれることになる。
その為錬金術師は、この第五元素を手に入れる為の研究を盛んに行った。

第五元素は熱せられた物質から立ち上る湯気に含まれていると考えられ、蒸留に用いられるのは卵だった。
これは、卵の中からは全く違う形のもの(鳥)が生まれてくる為、生物の根源的なプネウマが含まれていると考えられた為である。


【錬成】

物質の変成には、四大元素の考えを用いる。
「金は“冷”と“乾”を11:13で持っている」としよう。
すると金の錬成には第一質料に対して同じだけの属性を持たせてやればよい。
則ち、

「冷と乾を5:2で持っている物質」

「冷と乾を6:11で持っている物質」

を合成すれば金を取り出せることになる。
プネウマを操れるのであれば、元になる物質の属性を調整するだけでそれを金に変えることができる。


【三原質】

これで黄金変成が可能であることは証明された。
続いて重要視されたのは、「硫黄・水銀・塩」の三原質である。

燃焼作用を持ち、金属を黄金色化させる硫黄。
常温で液体であり、様々な金属と合金になりやすい水銀。
古代においては硫黄と水銀が結合することで金が生まれると考えられていた。

また「完全な物質である金」という前提を置けばその他「不完全なもの」は硫黄と水銀に不純物を混ぜたものと考えることができる。
その為硫黄と水銀は、しばしば万物を構成する元素と捉えられていた。

ただし上記のような簡単な計算式にはならず、(火+土)+(水+土)+(土+気)のような複雑性に加えて、
その性質を単純に数値化できないことで、黄金の錬成は一筋縄ではいかなかったようである。

エジプトを中心に栄えていた錬金術はやがてイスラム帝国圏で発展し、十字軍遠征でヨーロッパへ持ち込まれる。
ここで錬金術はキリスト教の要素である「三位一体」を含むこととなり、硫黄と水銀に中間物としての塩を加えた「三原質」が成立した。
これは塩を第五元素とすることで錬金術の発展に貢献したが、実験にはあまり使われなかったようである。


【ホムンクルスとゴーレム】

錬金術の中でも重要な意味を持つ人造人間「ホムンクルス」は、原始的な生殖を排して科学的に人間を作り出す試みだ。某エロ漫画家とは関係ない。
もっとも有名なホムンクルスの材料は、人間の「精液」である。

精液を蒸溜器の中に40日間密封すると、腐敗した精液から質量を持たない生命が誕生する。
そこに人間の血液のみを与えて40週間、馬の体内と同じ温度で養うと、小さな赤ん坊が出来上がるのだという。
精液が生物(種)のプネウマであり、母親の血で肉体を持つ。

40日間は女性の生理周期が目安であり、40週間とは女性の妊娠期間のことだろう。
ホムンクルスの生成は、錬金術として生命の神秘を解明しようとした結果でもあった。

ゴーレム」は人間の肉体を持たない人造人間である。

作成にあたっては、土で作った人形にヘブライ語で「真実」「真理」を意味する「emeth」と書かれた札を貼るだけでよい。
用が済んだら、札のeを消して「meth」とする。

これはヘブライ語で「死」を意味する単語で、こうされたゴーレムはたちまち元の土くれへと崩れ去ってしまうのだ。

余談であるが、ユダヤ教の教えでは、「ゴーレム」は胎児を指す言葉である。
ゴーレムという記述は旧約聖書の中に見つけることができる。

最初の人間である「アダム」は、神が

1時間目に塵を集め、
2時間目に形を作りはじめ、
3時間目に土くれの塊(ゴーレム)ができ、
4時間目に身体の各部が接合され、
5時間目に身体の開口部が開き、
6時間目に魂が与えられ、
7時間目に自分の足で立ち上がった。


【赤い賢者の石

先に挙げた万能薬「エリクシル」と第五元素「エーテル」は、所謂「賢者の石」と同じものである。
賢者の石は純粋なエーテルを取り出して精製することで得られるのだが、それは硫黄と水銀の合成による。

この2つをフラスコに入れて錬成すると、やがて黒い物質が得られるのだが、これが賢者の石の素となるものだ。
さらに精製を続けるとそれは白い石になる。

これは卑金属を銀に変える力を持った、いわばなりかけの賢者の石である。

あらゆるものを完全な存在に変える(=卑金属を金に変える)賢者の石はこれよりさらに変化を進めた先に、「赤い石」として得られる。
これが完成した賢者の石であり、エリクシルなのだ。

この工程を大いなる業(マグヌム・オプス)と呼び、大別すると三つ(分派によっては細分化して五つ)に分けられる

【Nigred】黒化(ニグレド):腐敗の段階。個性化、浄化、不純物の燃焼
 【Viriditas】翠化(ヴィリディタス):活性化。結晶化とエネルギーの抽出。あまりメジャーにはならず白化(アルベド)へと統合される
【Albedo】白化(アルベド):浄化、再生の段階。再結晶、精神的浄化、啓発
 【Citrinitas】黄化(キトリニタス):変容と完成、黄金化。金が精製される段階であり錬金術哲学では「太陽の夜明け」を意味する重要な工程だが、15世紀以降しだいに赤化(ルベド)へ統合されるようになった
【Rubedo】赤化(ルベド):完成。神人合一、全と一、有限と無限の合一

黒は「死・腐敗」、白は「再生・復活」、赤は「完成・完全」を象徴する色である。

錬金術師達が賢者の石を求める為の洗練された科学技術と設備を手に入れた頃
−−およそ17世紀前半−−には、錬金術は様々な宗教観を取り込んでいた。

賢者の石を精製するには必ず黒化から白化、赤化を経ていく。
この三色の変化は「千年王国」への信仰に通ずる。

黄金時代のアダムとイブがエデンを追放される(腐敗)と、メシアの来臨によって悪が滅ぼされ(再生)、新たな黄金時代が訪れる(完成)のである。


【現代の黄金変成】

1919年、アーネスト・ラザフォードは窒素原子にα線を照射して電子を追い出し、水素原子に変えるという実験を成功させた。
また、現在では天然には存在しない30種類以上の元素が人間の手によって生み出されている。

因みに、今の技術では水銀から金を作ること自体は容易にできる。
水銀に強烈なガンマ線をあてると、水銀と金が原子番号が一つしか違わないため水銀が一部崩壊して金になるのだ。

だが今の金は1g3500円程度。
水銀代、ガンマ線を発する電気代、ガンマ線から周囲を守る設備代と考えると1g作るのには数十万円かかってしまい、はっきり言って全く実用的ではない。

また錬金術の本来の目的を考えればこれらの研究よりは、クローン等の生物学的な研究のほうがこれに近いのかもしれない。

俗に、後ろ暗い手段での金儲けを「錬金術」と呼ぶことも。


【歴史上見られる有名な錬金術師】

アルベルトゥス・マグヌス

13世紀の神学者であり鉱物学・天文学などにも造詣があった自然学者でもあった。
錬金術の実験も行っていたが、『鉱物論』では「やっぱり無理じゃね?」とか書いてたり。
しかし、人造人間を作ったが弟子のトマス・アクィナスに壊されたという伝説があったり、17~18世紀に魔術書の作者にされてたり(偽書でつね)という影響もある。

ニコラ・フラメル

13~14世紀の出版業者。
錬金術研究により水銀を変えた黄金で金持ちになったという伝説や妻のペレネレとともに賢者の石で不老不死になったという伝説がある。
魔法学校に賢者の石を預けたかは定かではない
著作とされる秘伝の書『象形寓意図の書』は17世紀の偽書とされている。

パラケルスス

本名は"テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム" 長い
16世紀に活躍した医学者兼錬金術師。
四大精霊論や三元質論など、自然哲学に基づく錬金術理論の研究のために西欧各地を遍歴した伝説の学者。
伝説の物質『賢者の石』の精製に成功した人物の一人として有名。

ヨハン・ファウスト

悪魔と契約して錬金術研究に従事し挙句実験中に爆死したという伝説がある錬金術師。
いわゆるファウスト伝説の源泉であり、その代表的な昇華がゲーテの「ファウスト」であることは言うまでもない。

クリスチャン・ローゼンクロイツ

錬金術思想を持ち、エリクシール完成を目標の一つに掲げる「薔薇十字団」の創設者「C.R.C」とされる伝説上の人物。
存在が神学者アンドレーエの『化学の結婚』でのねつ造なのは秘密。

サンジェルマン伯爵

18世紀のヨーロッパの貴族。
芸術や科学・語学に精通し、科学に精通していたことから、稀代の天才錬金術士とされていた。

アレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵

18世紀において名を馳せた錬金術士にして希代の詐欺師。
名前および肩書きは偽のものであり、本名はジュゼッペ・バルサモ。

アイザック・ニュートン

科学者として有名だが、後半生は錬金術の研究も熱心に行っていた。

ヒュパティア

記録上最初の女性科学者。
錬金術、天文学、数学、哲学を研究しており、水を蒸留させる事で殺菌できる事を発見した。
現代では単純な技術でしかないが、錬金術では水を沸騰させる事で、物質のエッセンスが解放され、純度を高めることができると考えられていた。
ヒュパティアは無神論者であった事から、キリスト教徒の集団に拉致され、暴行の末、命を落とした。

クリスティーナ女王

スウェーデン王国の女王。
錬金術の研究所を開設し、当時高名な錬金術師だったヨハネス・フランクを雇い入れ、また方々から貴重な古代の文献を収集するなど錬金術の研究に没頭した。


【錬金術を主題にした作品】

アトリエシリーズ

ゲーム会社ガストの看板作品であるシミュレーションRPG。
一部を除いて作品名が「〇〇〇(主人公名)のアトリエ~△△△(場所・地名)の錬金術士~*1」となっており、錬金術でアイテムを作成するのがシリーズの基本システムである。
シリーズ通してほとんどが女性主人公なのが特徴の一つ。

デメント

カプコンから発売されたホラーゲーム。作中のテーマに錬金術が組み込まれている。

鋼の錬金術師

『月刊少年ガンガン』で連載していたバトル・ファンタジー漫画。
錬成陣を描くだけ、挙句の果てには手を合わせたり指パッチンだけで発動するという同作における錬金術は、科学者的イメージが強かった錬金術師の印象を大幅に変えた。
錬金術の設定は一部の用語が共通する以外は全く関係がなく、むしろ魔法や異能・超能力に近い(原作者の荒川弘氏もB級映画のノリで「こんな錬金術があるかい!」を心掛けていたとのこと)。

武装錬金

るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の和月伸宏氏が手掛けた『週刊少年ジャンプ』の連載漫画。
こちらはメカニカル要素が色濃い。




追記・修正によって、この不完全な項目を完全な存在に…

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最終更新:2024年03月03日 09:28

*1 近年ではこの部分は地名だけに留まらないようになっている。