ノースアメリカンP51マスタング

登録日:2012/05/23(水) 22:53:40
更新日:2023/07/16 Sun 22:51:16
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ノースアメリカンP51マスタングは第二次大戦の米陸軍戦闘機。マスタングとは北米で野生化した馬のこと。
とにかく高性能で量産レシプロ戦闘機ではおそらく最速(H型で784km/h)。現在でも飛行可能な機体が多く、映画にも登場するので見たことある人も多いはず。ちなみにトムクルーズも所有している。
ロールスロイス・マーリンの2000馬力エンジン搭載。(B型以降)

武装:12.7mm機銃×6(D型以降)
爆弾250kg×2


◆開発

第二次大戦初頭イギリスは戦力強化のためアメリカから戦闘機の提供を望んでいた。米国カーチス社にP40の購入を打診するも生産力の限界から期日内の入手が絶望視された。
そこでノースアメリカン社にP40をライセンス生産してくれるよう頼んだところ、P40を上回る自社製次世代戦闘機を作ると言い出した。
交渉の末、120日以内の設計と試作機の完成を条項に含む契約が結ばれ開発はスタートした。
設計主任エドガー・シュミード氏率いる設計チームは激務の末開始102日目に試作機を完成させた。記録的な仕事の速さである(通常戦闘機の設計は年単位でかかる)
契約日5月29日、試作機完成9月9日、初飛行は10月26日であった。

英国軍に契約通り購入された機体は「マスタングⅠ」と名付けられた。一方で米国軍も数機を納入するも軍の意向に関係なく設計された本機を軽視し禄に飛行試験もせずに倉庫に眠らせていた。

太平洋戦争が勃発、日本軍の猛攻に直面した米国は改めて本国にある全ての航空機の性能試験を実施する。その中で本機が低高度で既存の制式戦闘機を上回る性能を持つことが確認され、地上攻撃型の「A36」と戦闘機型の「P51A」が正式採用された。
ここまでの本機体は一段一速過給機しか持たないアリソンエンジン搭載の為、高度6000m以上では急速にその性能を低下させた。これは日本の零戦が42年に登場させた32型からはより性能の上回る一段二速過給機を搭載したことと比較しても、その部分のみでは時代遅れな性能であった。

ここであの高級車で有名なロールスロイス社のテストパイロット、R・ハーカー氏が目を付け、自社の二段二速過給機付き61型マーリンエンジンに換装すれば全高度域で強力な性能を発揮する戦闘機になりえると設計部門と働きかけたところ改装が実現、テスト飛行の結果高度7600mで時速710㎞という当時では最高レベルの性能を発揮することが確認された。
この高性能は英国駐在武官を通じて米国にも伝わり、マーリンエンジン搭載型マスタングの大量生産に繋がる。第二次大戦後半での最優秀戦闘機とまで謳われるマーリン・マスタングの誕生であった。


◆実戦

当時イギリスに必要だったのは爆撃機の護衛戦闘機だった。
最初はB17があれば護衛なんていらないと思ってた。しかしフライング・フォートレスの名を持つ重装甲でも、運動性を犠牲にして戦闘機を重武装化してしまえば、鈍重な爆撃機なんてただのデカい的。毎回一割以上が帰ってこれなかった。このあたりは映画「メンフィス・ベル」をみてもらえればわかりやすい。

イギリスには名機・スピットファイアがあったが、ガス喰でドイツまで飛んで行けない。
航続距離が長く、どの戦闘機よりも速いマスタングは最高の護衛戦闘機になった。重武装に特化したドイツ機は餌食になり、運動性のよい機体ではB17を落とすには火力不足。マスタングとB17はドイツを屈服させるのに多大な貢献を果たした。

マスタングはしばしば「第二次世界大戦の最良戦闘機」と呼ばれる。だが決して「最強戦闘機」ではない。火力は重爆撃機相手には不足だし、格闘性能だって日独機より劣る。
それに弱点も多い。
米軍機にしては機体強度が弱く空中分解しやすかったし、液冷エンジン共通の欠点ではあるがエンジンやラジエータに一発でももらえばスグ駄目になってしまう(反面空冷エンジン機は少々の被弾でも出力は低下するが動作してくれた)。
ロールスロイスのエンジンで高高度性能は劇的に改善したが、低高度だと重い機体の割りに低めのエンジン出力が幸いして加速性や運動性が劣悪。
胴体に燃料が残っている状態で空戦運動をするとバランスを崩してしまうため空戦禁止等々…
戦争後期には航続距離を生かした作戦に参加したら「敵が来たけど増槽を捨てたら帰れない、捨てたところで空戦起動が取れない」なんて羽目になった機体もある。
傑作機と言うよりはむしろロールスロイスの魔改造をもってしても欠陥機と呼ばれかねない機体でもあった。
これが迎撃戦がメインのバトル・オブ・ブリテンで投入されていたり、戦争後期の日独が開発していたらむしろ失敗作になっていてもおかしくない。
実際、敵味方ともに低空でも運動性の高いスピットファイヤや重装甲、重武装のP-47の方を評価する声もある。

だがマスタングは必要な時、必要な場所に充分な数が存在した戦闘機だった。
上記に上げられる弱点も高高度性能と航続距離は他の機体では代替出来ないし、戦争後期なら数でもパイロットの質でも凌駕している。だから活躍できた。
安い、速い、航続距離が長い。必要とされたとき、そこで求められる能力を持っていたからこその高い評価なのである。

だからと言ってこの機体が過大評価されている訳ではない。
中国で鹵獲した機体に乗った坂井三郎は絶賛しているし、実際手を焼いたとも言っている。ただ日本からしてみれば軽量なマスタングより重装甲なF6FやF4Uの方が問題だっただけだ。


第二次世界大戦後のP-51

戦後は命名規則変更によってF-51に改名、ジェット戦闘機などの台頭で戦闘機としては旧式化したが、戦闘爆撃機や対地攻撃機として使用されアメリカ軍では1957年に退役。
余剰となった機体は世界各国の空軍に供与され直ぐにジェット機と入れ替わった機体も多く状態のいいP-51が多く現存している。
中には同じアメリカ供与されたF4Uコルセアと戦闘した例もあり、1969年には最後のレシプロ機同士の戦闘も行われたがこの戦闘ではP-51が撃墜されてしまい
「レシプロ戦闘機同士の空中戦における最後の敗者」という不名誉を賜ってしまっている。


現在のP-51

退役後は民間に払い下げられ数は減らしつつも元々16,000以上も生産されたこともあり現存数は非常に多く、エアレースやエアショーで飛行している。
飛行機好きの著名人で実機を所有していることもあり、ポール・アレン*1はその財力を生かし飛行可能で高品質なP-51を所有し定期的にデモ飛行を実施している。
トム・クルーズは自前のP-51をトップガン マーヴェリックに出演させている*2
更には愛好家向けにサイズを2/3に縮小し実際に飛ばすことが出来るキット機もアメリカでは発売されている。
米軍機らしくないスマートなボディ、安価で癖のない操縦特性。
今でもマスタングは愛され、多数の機体が存在し、時には大空を舞っている。


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最終更新:2023年07月16日 22:51

*1 ビル・ゲイツと共にマイクロソフトを興した共同創業者で2018年に死去したが現在も彼のコレクションは財団が管理している、同時に戦没した艦船調査も行っており戦艦武蔵や戦艦比叡といった数々の日本艦船も彼の保有する調査船で沈没地点が特定されている

*2 元はD型からプロペラを換装した偵察型F-6Kだが、F-6D後期仕様のプロペラに戻し、さらにリアの無線機と燃料タンクを下ろして複座式にカスタムしたモデル。