KISS(バンド)

登録日 :2010/07/23(金) 13:27:48
更新日 : 2017/03/10 Fri 14:04:08
所要時間 :約 9 分で読めます




“最高”を求めてたんだろう!?
もう手に入ったじゃないか!!
そう、世界一ホットなバンド・・・・
KISS!!!!



1974年にアメリカのニューヨークからデビューしたハードロック/ヘヴィメタルバンド。
しかし代表曲にヘヴィメタル調の曲は殆ど無く、分かりやすいアメリカンハードロック。
漫画的なステージ衣装に、白塗りを基礎に黒や緑でメイクした姿が特徴。
メイクには通常40分かかるが、本気を出せば20分で完成する。
全員“悪魔”だの“宇宙人”だの厨二病設定が付いていたが、今では忘れ去られている。

血を吐いたり、ワイヤーアクションや花火、大量の照明、スモーク、火柱、リフト等を駆使したド派手なライブを行い、メイクしたメンバーと相まってド派手。
とにかくド派手。
アルバムの邦題にやたら“地獄”が付き、ほぼ原題クラッシュしたイタいものも。
例:Kiss(デビューアルバムの原題)→地獄からの使者
Alive!→地獄の狂獣
MONSTER→地獄の獣神(最新作)

念の為言っておくが、デスメタルではない。

ちなみにバンドのコンセプトはアメリカ式ビートルズだったりする。(全員が兼任Voであるのもその影響)
さらに自称“世界一アツいバンド”と名乗り、世界一金にがめついもうけが上手いバンドでもある。
1996年にオリジナルメンバーで再編成するが、すぐに崩壊し、 2001年に解散ツアーを行うが翌年に撤回 、現在も世界中で活動中。

2014年にロックの殿堂入りを果たすが、恒例の演奏に関してまたもやエースがいちゃもんをつけた為、キレたポール&ジーンは前代未聞の”演奏拒否”を発表し一時エース&ピーターがドタキャンか?という事態まで発展した。
結局式典では2001年以来13年振りにオリジナルメンバー4人が集合して事なき事を得た。

■メンバー

ベース兼ボーカル: ジーン・シモンズ (1972-現在)
地獄から来た悪魔であり、バンド創始者にしてリーダー(ビジネス面)。
通称・社長
必殺技は火吹きと吐血。
ちなみに彼の著書の内容はいかに俺様以外のメンバー(ポールとエリック・カーを除く)が馬鹿か、いかに俺様が女と寝たか、という話が殆どである。
彼の書く歌詞はほぼ100% 下ネタ である。(NOTHIN' TO LOSEなんかア○ルの事を歌ってる)
ちなみに実業家としての顔を持ち中国にデカいショッピングモールを作るなど発言した事も。
最近ポールと共同オーナーでメキシコにレストランを開いた。
並外れた女好きという致命的欠点にさえ目をつむればビジネスマンの鏡的な人間で再結成の際、エースとピーターは5年くらいしかもたないと判断して、
5年契約の従業員契約 を結ばせてる。(事実2人は再結成から5年前後で相次いで脱退している)
だが、そんな彼も80年代はKISSの活動よりも俳優業に興味を持ってしまい「アニマライズ」では 制作を途中で放棄して 映画撮影に参加してしまい相方ポールを激怒させ、マーク・セント・ジョンが代わりにベースを弾く羽目になった。
ベースマガジンに登場した時、
「ベーシストは曲を作れ。曲が土台なんだ。」「ベースの練習なんかしないで曲をつくれ」
「自分はエンターテイナーで、たまたまベースも弾くだけ(中略)
 ベーシストなんて、どこかのホテルのエレベーターの中で聴こえてくる誰も気に留めない音楽をプレイするのがせいぜいだ」
等彼なりの独自のベーシスト理論を語っている。


リズムギター兼ボーカル: ポール・スタンレー (1972-現在)
セクシー胸毛&尻
バンド創始者にしてもう一人のリーダー(音楽面)。
オカマっぽいがオカマではない。
実は生まれつき小耳症により右耳が聴こえず、それが幼少期の深いトラウマとなると同時に音楽活動にのめり込むきっかけにもなった。
太く鋭いシャウトが特徴的で、ライブでは必ずギターを破壊する。破壊用ギターを50万円で売っていたりする…買えばポールが破壊してくれるよ★~
2013年現在、還暦を超えて声は多少ハスキーにはなれど、その歌唱力はほとんど衰えていない。
(★>`)
2014年、オリジナルメンバーの中では一番最後に自伝を出した。
因みにエースやピーター、ヴィニー、マークはおろか、元マネージャーのビル・オーコインや相方であるジーン、更にはGUNS N' ROSESのスラッシュに至るまでかなり辛辣な評価したりくそみそに貶したりしてるのである意味一読の価値があると思う。
一例を挙げると

ジーン「 ひたすら自分の利害のことばかり気にしてる

エース「 無能であてにならなくてほんの僅かな実力しかないただの負け犬

ピーター「トミー(・セイヤ―)が教えた 犬の芸当以上のプレイは出来ない

と、こんな感じである。
その一方でジーンがプリンスの死に関する発言をした時は彼を非難する一方で他人のジーンの批判には激怒する、
エースのソロアルバムで18年ぶりに共演した時には

「ときに何を言おうが、一触即発の事態になろうが、俺らは家族なんだ。」

と一筋縄でいかない発言もしている。

上記の二人がKISSの中心人物(正式メンバー)である。
以下は歴代メンバー(契約メンバー)

初代リードギター兼ボーカル: エース・フレーリー (1972–1982、1996–2002)
初代宇宙人
下手なのか個性的なのか紙一重な変態ギタープレイ、地声丸出しのダルダルな歌唱スタイルは好みが別れる。
フラフラしながらギターを弾き、煙を出し、花火を発射する。
また平沢唯と同様、レスポールに強い拘りを持つ。
代表曲は「2000 man」「Shock Me」「Rocket Ride」…etc
重度のドラッグ&アルコール中毒でもあり、死にかけたりする事はよくあったらしい。
因みに「Shock Me」は酔ってる時(より正確に言うと70年代のライブ中)に誤って感電した事故を自虐ネタにした歌である。
在籍中にゴネて出したソロアルバムがヒットし、バンド活動よりもソロ活動の方に興味が湧いてしまい脱退。
KISS脱退後「フレーリーズ・コメット」としてソロ活動を始め最初の1作目はヒットしたものの後は全く売れず、ピーターと一緒にドサ廻りしたこともあった。
1972~1982年までは正式メンバー(契約上は84年まで)だったが、1996~2002年の再結成の期間は 5年契約の契約社員 (ジーンの自伝参照)であり、
ツアーの負債を負わない反面ギャラや待遇はジーンやポールと比べて 天と地の差 (例えば飛行機はエコノミークラスであったりホテルはシングルルーム)があった。
もっとも、これについては いつも用意した飛行機に遅刻して乗らなかったり、部屋中を修復不能になるまで破壊する エースにも非があったりする。
再結成の際、完全に自分の持ち曲以外のギターフレーズを忘れており、トミー・セイヤ―に教えてもらっていたのは有名。
また遅刻癖とトラブルメーカーっぷりも変わらず、トミーがいざという時に備えてフルメイク&衣装でスタンバっていたのも有名。

2002年のソルトレイクシティオリンピックの閉会式でのパフォーマンスを最後に脱退した。

その時の動画。
案の定この時も遅刻してトミーがハワイから休暇返上してスタンばってたとか…


再脱退後はソロ活動を再開。
2006年にはVH1殿堂にKISSが殿堂入りした際、前座としてロブ・ゾンビやスラッシュ、ギルビー・クラーク、スコット・イアン、トミー・リーに混ざって登場。
いっその事KISSと共演しちゃえば良かったのに‥
アフター・パーティーでは みんなと仲良く笑顔で写真撮ったり している。
LOUD PARK 09をドタキャンしてLOUDNESSに迷惑を掛けた。
2014年にKISSがロックの殿堂入りした際も最初は

「俺とジーンの間には特になんのわだかまりもないよ!」

なんて言っていたにも関わらず

「俺がメイキャップするとして、トミーとエリックがメイキャップなしでその場にいるのは構わない。
(中略)俺とトミー両方がメイキャップしているってのはなしだ。
エリックとピーター両方がメイキャップしているってのもな。そんなの茶番だ。」

と無理難題を吹っかけたもんだから演奏中止の原因になった。

挙句

「あいつらは俺たちとのどんな形での再結成も蹴ってきたんだよ。本当に頭に来るよ。」
と最初の発言は一体どこにいったかの如く猛批判していた。

2014年9月、5年振りに新アルバムを発表し、ソロ活動では自身初となる全米9位と初のTOP10入りを果たした。
今でも現在のKISSを「KISSの半分コピーバンド」と言ったり、「(演奏中止で)彼ら2人は報いを受けた」などと批判していた
…と思いきや、2016年に発表したカヴァーアルバムでは、何と18年ぶりにポールと共演を果たした。

本人曰く「俺らはいつだって友達だ」とか…。

初代ドラム兼ボーカル: ピーター・クリス (1972–1980、1996–2001、2002–2004)
初代猫
ドラムを叩きながら歌う。
初期は手数が多く忙しいドラムプレイだったが、徐々に劣化していった。
代表曲は「Beth」「Hard Luck Woman」「Black Diamond」…etc
乾いた木の様な嗄れたハスキーボイスが好評で、ピーターの歌うバラードは大ヒットしたが、薬中で性格が悪いのでバンドから3回も追い出された。
バンド脱退後ソロ活動を始めるが鳴かず飛ばずで、元メンバーのマークとデモを作ったりしてるがこれも頓挫。
エースと仲良くドサ廻りしたこともあった。
ポール曰く再結成前のピーターは「辛うじて逮捕されずに済んでいる人間」状態だったとか…
1972~1980年までは正式メンバーだったが、1996~2001・2002~2004年の期間はエースと同じく 5年契約の契約社員 であり、
ジーンやポールの自伝によると2001年の脱退したのはジーンに「契約内容を変えろ」と文句を言って 契約を切られた …。
つまり 再び解雇された のである。

2001年の脱退前最後のライブ

2002年に復帰したのはジーンがツアーの招聘先(エアロスミス側)に「オリジナルメンバーは3人」と強く迫られ、
嫌々 ピーターを雇わざるを得なかった為でありその証拠に契約内容は 前と全く変わらなかった
再結成の際、長年の不摂生でドラムは叩けず、肉体の衰えが顕著でジーンにドラムの猛特訓とジム通いを命じられた。
ジーンの自伝ではエースはまるっきし行こうとしなかったが、ピーターは真面目に通ったらしいが、
ポールの自伝ではピーターも「まるで老人」レベルの体力とやる気のなさでお話にならなかったとか…
それでも鈍った腕は治らず、97年のとあるライブではドクターストップを宣告され、
ピーターのドラムのコーチであるエディー・キャノンというドラマーが猫メイクをして叩いた事もあった。
精神が不安定で彼が自分のワイフをバックステージで殴打する光景を、ジーンは何度も目撃している。
数年前に男性ながら乳がんを患ったが、見事克服した。
現在はフルタイムでの活動を引退し、悠々自適な生活をしている。

2014年の殿堂入りの件では例の如くエース側に付いて批判していたのにちゃっかり式典には何事もなかったかのように出席していた。

2代目リードギター: ヴィニー・ヴィンセント (1982–1984)
黒歴史
“エジプトの魔術士”という謎ポジションで、あのランディ・ローズが受け取る予定だったギターを弾いている。
超絶テクニックの持ち主で、低迷していた人気を盛り返したのは彼による部分が大きかったが、 KY だったのでクビになった。
その後はソロ活動(ソロバンド)を開始し、ヒット曲を出した事もあったが、
やっぱり KY が原因で 彼以外のメンバーが全員脱退した
どんだけKYなんだよ…
その後ジーンに頼み込んでメンバー復帰とまではいかなかったものの、「リベンジ」で久々に曲を提供したりもした。
1996年にキッス・エキスポに招待され、トリビュートバンドのメンバーとして参加したは良いものの
ジーンの許可なしに“エジプトの魔術士”メイクをした為ジーンに罰金を命じられてしまう。アホな子…
2011年に妻への暴行で逮捕され久々に世間に姿を現した…。


3代目リードギター: マーク・セント・ジョン (1984)
黒歴史その2
病気によりアルバム1枚でクビになった。
07年に脳溢血で人知れず急死。


4代目リードギター: ブルース・キューリック (1984–1996)
兄はエースが事実上脱退してた「暗黒の神話」でヴィニー・ヴィンセントと共に影武者でギターを弾いていたボブ・キューリック。
あらゆるプレイをソツ無くこなす職人型。
地味だが、実はオリジナルメンバー以外ではエリック・シンガーに次いでバンドに長期間在籍している。
しかし、96年の初代メンバー再結成により無理矢理追い出されてしまう。
今は現ドラムのエリック・シンガーのソロプロジェクト等で活躍している。
アルバムとライブ1日しか参加してないマークを除けば歴代メンバーの中で唯一Vo曲を持たない且つライブで歌ったことが無い。
(エリック・カーはライブでBlack Diamondを歌っている。)


5代目リードギター兼ボーカル: トミー・セイヤー (2002-現在)
2代目宇宙人
メンバーの中では一番大柄。
元々KISSの大ファンで本業バンドBLACK N' BLUEが解散した後、本家公認のKISSのコピーバンドでエース役をしていた。
BLACK N' BLUEはジーンのプロデュースでデビューした為か、
その繋りでKISSのツアー・マネージャーといつ遅刻してもおかしくない悪癖を持つエースの代役として裏で控え、エースの2度目の脱退後にその後任を務める。
因みにアルバム「サイコ・サーカス」では自分のVo曲以外収録に絶対参加しなかったエースの代わりに11曲中8曲を弾いている。
現在はオリジナルのリード・ボーカル曲を2曲持ち、エースの「Shock Me」を歌うなど活躍の幅を広げている。
声質はやる気のなさそうな初代と比べるとなんか力強い声質。

元キッスファン
   ↓
ジーンの雑用係
   ↓
ツアー・マネージャー
   ↓
エースのギターの先生&代役
   ↓
キッスのメンバー

とシンデレラ並のサクセスストーリーを経験している。



2代目ドラム: エリック・カー (1980–1991)

童顔で小柄だがプレイは激しく、声量もデカいのでボーカルも務めた。
性格は温厚そのものでジーンの自伝でポールを除いて唯一悪口を言われなかったほど。
ファンに対してもメンバー中一番フレンドリーで、ファンレターの返信も熱心に書いていたという。
ピーターには当初こそ恨まれていたものの、実際会ってから和解し非常に仲が良好だった。
後任のエリック・シンガーとも面識があり、シンガーがポールのソロツアーのドラマーを務めていた時にカーがライブを観戦し、
そのあまりの上手さにショックを受けて、シンガーに向かって

「お前は俺の後任になるよ」

といい、ポールにも

「KISSの俺の後任は彼だ」

と言い放ったという。

因みにポールとジーンは知ってか知らずか「Hot In The Shade」のドラム仮テイク用を収録するのにエリック・シンガーを起用してる。
(因みにトミー・セイヤーも参加している。)
結局カーの予感は本当に当たりカーの死後シンガーが後任を務めている…

しかし、ジーンは自伝で

「シンガーは(当時)KISSのメンバーに…とまでは考えてなかった」

「カーが元気になって戻って来てくれると信じてた」

と述べ、ポールも自伝で

「REVENGEのレコーディングでシンガーを起用した事でカーから『KISS』での自分の居場所を奪ってしまった」

「彼の自尊心を最悪な形で踏みにじってしまった…」

と述べている事から、
カーを解雇する気はさらさらなかったらしい(そら一番まともなメンバーだもんなぁ…)。
長年に渡ってバンドを支えたが、あるツアー中に喀血して病院送りとなり、診断で 心臓癌 であることが判明。
しかし手術で回復したため復帰。みんなと一緒にツアーを全うしようとするも、仲間たちからの説得に折れて療養に専念。
再び持ち直すも結局心臓癌により1991年に死去。
奇しくもQUEENのフレディ・マーキュリーも全く同じ日に死去した。
葬儀は家族の配慮で公開葬となり、そのおかげで多くのファンが彼を見送る機会を得たという…。
何気にボーカルの才能もあったが、殆ど発揮されなかった。
声質は前任のピーターによく似たハスキーボイスだがピーターに比べるとやや枯れてない。
亡くなる直前に下ネタ入りビデオレターを作ってたりする。


3代目ドラム兼ボーカル: エリック・シンガー (1991-1996、2001-2002、2004-現在)
2代目猫
BLACK SABBATHゲイリー・ムーア、BADLANDSやアリス・クーパーで活躍していた。
エリック・カーの死後、後任を務めている。
オリジナルメンバー再結成でブルースと共に無理矢理追い出されたが、今はKISSに復帰している。
上記にブルースとシンガーが再結成の煽りでバンドを追い出されたと書いてあるが、
実際は有給休暇で2人には常に充分な給料が支払われており、生活には困らなかった。
休暇中は何処で誰とセッションしようと自由だが、ジーンからの召集には即対応するという条件の有給休暇だった。
つまり、エースとピーターの滑り止めである。
ピーターの結成当時からの悪癖“オレもう辞める病”を懸念しての事だった。
2003年に一度脱退してるのはピーターが一時復帰した為ですぐに復帰している。

本人はインタビューで2度目の脱退に関しては、

「2003年に活動再開する際、エースが脱退してトミーが加入したので招聘先が条件としてオリジナルメンバーは3人必要だと言ってきて(中略)
エースが脱退した以上僕が脱退してピーターが復帰するしか選択肢はないだろ?」

と語っており、決してジーンと揉めた訳ではなく、シンガーも悪印象は抱かなかったとの事。
シンガーの猫メイクは当初不評もあったが、コンサートの定番曲「Black Diamond」や「Beth」を(ボーカルの経験がないにもかかわらず)問題なく歌え、
かつピーターよりドラムが上手いので結果的に好評になる。

ちなみに声質は前任者二人のハスキーボイスとは対照的に、ややクリーンかつマイルド。
何でこうもKISSのドラマーは歌の才能があるやつばっかしなんだろう?
現在はオリジナルのリード・ボーカル曲を2曲持ち、ピーターの曲も歌う等活躍の幅を広げている。
あと以外にもシニカルで毒舌屋でもある。

曰く「俺はバンド(KISS)がやることに対してそれほど価値を見出すことはできない。」
シンガーさん…

またエースとピーターが今のKISSを「KISSの半分コピーバンド」と言った事に対しては

「(2001年の2度目の参加時に)エースはKISSに在籍していたけど、
彼がステージに上がってKISSとしてお金を稼いでいる間は何の問題も無かった。
実際彼はそれを気に入っていたし、ピーターに戻ってきて欲しいなんて思いもしなかったと思うよ。
(事実ポールに「彼(ピーター)がここにいなくて嬉しいよ」と言ってる)翌年にはエースはKISSを脱退したけどね。」

またピーターに関しても

「(2003年の復帰時にエースがいない事に関して)ピーターも何も気にしなかった、だろ?」

と発言している。
シンガーさん、仰る通りです。

おまけ 影武者ドラム:アントン・フィグ(1979-1980)
キッスの歴代サポートメンバーの中で一番有名なので紹介。
1978年に出したエースのソロアルバムから参加。
その伝手で当時重度のアルコールとドラッグ依存症で完全に廃人一歩手前まで行っていたピーターの代わりに、
「地獄からの脱出」と「仮面の正体」のレコーディングにピーターの影武者で参加する。
その後KISSを脱退してソロ活動を始めたエースのソロバンドに参加する等エース絡みの仕事によく参加している人。



KISSといえばメイクしているイメージが強いが、1983年から1996年の13年間は素顔で活動していたこともある。
今度は衣装が派手になった。

電話でKISSのオーディションの誘いを受けたマーティ・フリードマン曰く、バンドの統一感を大切にしているため、

新しいメンバーは

  • 黒髪ロング
  • 髭なし
  • 身長6フィート(約183cm)以上

(ちなみに、オリジナルメンバーの平均身長は181.25cm。)

といった厳しい条件があったという。
マーティは身長制限(彼は外国人としては小柄で170cm弱ほど)に引っかかったため断念したらしい。
しかし、エリック・シンガーが入ってから髪に関する制約からは自由になった。
ポール曰く

どうでもいいんじゃないか、そんなこと。俺達は人生のこの期に及んで誰かの髪の毛の色で物事を決めたりでもするとでも言うのか

とのこと。

因みにドラマーに関しては身長制限はあまり関係なくピーターもエリック・カーも小柄だった。
まあ、ライブ中はいつも座ってるからね。

ちなみに、オリジナルメンバーの平均身長は181.25cm。




イェー!
ミナサン、ツイキシュウセイ!
ツイキシュウセイ!

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