田中浩康

登録日 :2010/01/17(日) 14:08:10
更新日 : 2017/01/09 Mon 21:50:28
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まだ野球がやりたかった




田中浩康(たなかひろやす)は、ヤクルトスワローズ横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手。
京都府木津川市出身。
守備位置は主に二塁、遊撃と三塁も守れる。

あだ名は『野球学博士』、『ピロヤス』
また並行存在として中日の山井が存在する。


【経歴】


早稲田大学から2004年のドラフト自由枠にてヤクルトに入団。

当時の早稲田は後々チームメイトになる青木や、阪神の鳥谷らが居た、今となっては結構豪華なチームであった。

2005年は開幕一軍入りを果たすが、出場機会に恵まれず5月に二軍落ち。
二軍では8月の月間MVPに選ばれるなどある程度の活躍を見せる。

2006年から毎年恒例となるオープン戦無双っぷりを発揮。
バカみたいに打ちまくり、WBCで岩村がケガをしたこともあって開幕スタメンとなるが、シーズンに入ってから打撃は停滞。
岩村が帰ってくると三塁に回っていたラロッカに二塁を奪われ二軍落ち。
7月になり今度は宮本ケガにより代えの遊撃として一軍昇格。
宮本が復帰すると今度はラロッカが離脱、ハイエナのように二塁の定位置を手にすると、オープン戦ほどではないが初本塁打を記録するなど活躍し、一時は5番にも座った。

翌2007年にラロッカが退団し、二塁に定着。
去年のリプレイを見るかのようなオープン戦無双っぷりをまたもや発揮するが、やっぱり開幕と同時に失速。
一時期他の二塁手と併用になるが5月にはレギュラーに定着。
早稲田大学時代と同様に青木と1・2番を打つこととなり、遂にブレイク。
最終的には規定打席到達で2割9分5厘、5本塁打、51打点。
更にリーグトップの51犠打、8三塁打を記録し、ベストナインに輝く。
しかし、ウッズ、阿部、小笠原らが選ばれる中、いかんせん影が薄く 「誰?」 扱いされていた。

2008年は開幕から打ちまくり、夏バテにも負けず安定した活躍を見せるが、やはりシーズン終盤に失速したものの打率は2割9分をマーク。
守備の不安も改善され、一躍"数字上は"球界を代表するセカンドになった。
でも影薄い。

2009年もレギュラーとして活躍、当初は7番であったが川島の不振もあり2番に昇格、途中まで例年通りに活躍をしていたが9月に入ると急失速。
打撃部門は自己最低に終わるが、犠打38でリーグトップ、守備でも華々しい活躍を見せている。

2010年、ついに3割の壁を超える。

しかし、2011年は打率を大きく下げるなど(このシーズンは犠打はリーグ二位だが)打撃力は低迷。
だが、ここで終わらずに翌年は打率・得点圏打率・守備力などで高い能力を発揮し、ゴールデングラブ賞を獲得した。

ところが、翌年以降は打撃成績の大きな低迷が続く。
さらに不幸なことに、あのトリプルスリーを果たす若手・山田哲人が大きく台頭して出場機会を奪われていく。
チーズバーガー増量法などというふざけたトレーニングをする天才相手に、後輩の見本としてのベテランの力を見せたかったところだが、衰えも隠せず。

リーグ優勝した2015年はFA残留などの誠意を示すが、翌年はさらに出場試合数を落とす。
2016年、ついにコーチ転向を要請されるが、現役に拘った田中はそれを拒否し戦力外通告。
トライアウトへの参加を見送った直後、横浜DeNAベイスターズが獲得を表明した。


【性格・人物】


いい人。とにかくいい人。
どのくらいいい人かと言うと球場の周りでファンにサインを求められたら快く応じファン全員にサインをする。

サインを書きすぎて手首が腱鞘炎を起こしたり 1回球場から自宅に帰ったのに ファンにサインをするためだけに球場に戻ってきてくれる

…さすがに人が良すぎではないだろうか?

さらに小学校時代に地元だった千葉県柏市にあった大津ケ丘中央公園野球場を「田中浩康スタジアム」として命名権を獲得。
1年15万×5年の契約で、田中は地元が盛り上がってくれればと大喜び。
ちなみに、他の野球選手の名前が入った球場に長嶋茂雄やスタルヒンが存在する。
……田中を下に見るつもりはないが、流石にレジェンドの中のレジェンドに「田中浩康」はインパクトがある意味強い。


【プレイスタイル】


三振が少なく、しぶとく右方向へ弾き返すバッティングが持ち味だが、いかんせん併殺打が多い傾向がある。
その分犠打が上手いので、ランナーが詰まると送りバントをするのがお決まりになっている。

固め打ちやベースランニングの上手さから三塁打が多いが、盗塁は不得手で盗塁技術の向上が課題となっている。

守備はプロ入り当初こそ球足の速さに戸惑い、古田に 「はっきり言って下手」 と評されていた。
徐々に慣れてくると思い切りが良く、飛びついても余りボールをこぼさない堅守が光り、守備機会、守備率、失策、レンジファクターの全てにおいて球界でもトップクラスといった所。
だが、守備の上手さが光るものの中日の荒木にゴールデングラブを掠め取られている。

…まぁ、記者の主観で選ぶ賞だし仕方ないよね。
新庄が苦言を呈したことなんか全く気にしてないみたいだし。


【振り逃げない事件】


2007年の甲子園の阪神戦での出来事。
ヤクルト1点ビハインドで最終回、2死3塁の場面で浩康が打席に立った。
マウンドには守護神藤川、既に2ストライクと追い込まれ、「あと1球」コールの中投じられたフォークに反応、スイングと判定された。
しかし、これを捕手の矢野が後逸、振り逃げという思わぬ形で同点となった…かに思われた。

この時浩康はスイングしたとは思っていなかった為、1塁に向かわず、状況に気付き慌てて走り始めるも、時既に遅し。ボールは1塁に送球され、試合終了となった。
ちなみに、矢野も最初は振り逃げとは思ってなかった。
この1件以来、 「振り逃げないバッター」 というイメージが定着した。


しかし2009年、同じ甲子園で三振した際、捕手の狩野がボールをこぼしたと見るや 1塁へ全力疾走 、これが狩野の暴投を誘い、見事振り逃げに成功した。


【フォア・ザ・チーム】


田中浩康を代表するネタコピペ。

当然だが、ライバル意識はあったかもしれないが、このような敵対心を抱いてはいないと思われる。
なお、横浜移籍決定の際は石川雄洋に改変したコピペも存在する。

あっ・・・(チーズバーガー増量法などという馬鹿げたウェイト管理で結局夏場に調子を落としてチームの低迷に拍車をかけ
好調時ですらチームの勝敗と関係のないところで自己満足のバッティングで個人成績を稼ぐばかりの、プロ意識の欠片も見えない
天狗になって野球の怖さを心底舐めきっている小生意気でいけすかないクソガキの山田哲人なんかよりも、
誰よりも野球を熟知し、プロとして野球人としてあるべき姿をもち、常に後輩の良き見本となり
日本一のセカンド守備を誇ると共に、フォア・ザ・チームの精神で投手陣を鼓舞し打線を引っ張る
理想にして究極の「つなぎ役」である田中浩康さんこそがスワローズのレギュラーに相応しく、チームの低迷を救う
頼れるベテランとして大きな存在感を示してくれる唯一無二の選手であることに小川監督は一刻も早く気づき
再び田中浩康さんをレギュラーに復帰させたならスワローズの黄金時代が来るのもそう遠い未来ではないだろう、ということを察し)





追記、修正宜しくお願いします。

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